★ 幸福の在処 ★
クリエイター高遠一馬(wmvm5910)
管理番号96-6696 オファー日2009-02-16(月) 20:25
オファーPC 刀冴(cscd9567) ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
ゲストPC1 トイズ・ダグラス(cbnv2455) エキストラ 男 23歳 White Dragon隊員
ゲストPC2 スルト・レイゼン(cxxb2109) ムービースター 男 20歳 呪い子
ゲストPC3 理月(cazh7597) ムービースター 男 32歳 傭兵
ゲストPC4 月下部 理晨(cxwx5115) ムービーファン 男 37歳 俳優兼傭兵
ゲストPC5 イェータ・グラディウス(cwwv6091) エキストラ 男 36歳 White Dragon隊員
<ノベル>

 それを至高のものと喩えよう。
 いつか途が別たれても消え往くことのない永遠を。
 
 ◇

 今や夢むかしや夢とたどられていかに思へどうつつとぞなき   右京大夫

 ◇

 遠く近く、囃子の笛が響いている。
 両脇には仄明るい紅の電飾を灯した屋台が並び、屋台の奥には老若男女を問わず、店主らしき人影がちらちらと揺れて動いている。どの人影も貌はいまひとつ判然とせず、けれどもなぜか彼らが穏やかな笑みを浮かべているのだけはありありと知れた。
 行き交う人影は浴衣姿であるのが大半で、性別や、あるいは背格好から年齢の推定だけは可能だが、屋台の店主と同様に、その貌は判然としない。――狐面をつけた者や、屋台で買ったばかりなのだろうか。アニメのものと思しきキャラクターの面などをつけているのだ。いや、面をつけていない者も、貌にはぼうやりとした薄霞がかかっているようで、その下を覗き見ることはかなわなそうだった。
 仰ぎ見る空は夜のもので、月や星のひらめきもない。祭りの提灯や屋台の電飾がかわりに夜を明るく染め上げている。
 風にのって広がるのは鉄板の上で仕上げられていくヤキソバのソースの匂い、あるいはザラメが白い雲のように変じていくわたあめの匂い。姫リンゴにベッコウ飴がからめられる横では見事な飴細工が串にさされてキラキラと輝いている。
 スルト・レイゼンは両手にヤキソバ、わたあめ、それにタコヤキを器用に抱え持ちながら、今は飴細工に目を奪われていた。両翼を大きく広げた鳥の形をしたそれを、瞬きもせず感嘆の色を満面にたたえて見つめているのだ。
「なんだァ? おまえ、まだ何か欲しいのか」
 スルトの様子に気がついたのは刀冴だった。刀冴は先頭を歩いていたはずだったのだが、一番後ろをゆっくりと歩き、しかも目にする屋台のひとつひとつに目を奪われては足を止めるスルトに気がついたらしい。今はスルトのすぐ横に立ち、眼前の飴屋台を眺めて興味深げなため息をひとつ。その目は屋台の主が忙しなく動かす指先に向けられている。
 貌の知れない店主が作っているのは花だった。見頃はまだ遠い、桜のそれに似ている。そして作り終えると、店主はスルトの顔をまっすぐに見つめ、微笑んで、できあがったばかりの飴の花をするりと差し伸べてよこした。
「へ?」
 スルトは少しだけ驚いて、店主の貌と差し出された飴とをしばしの間きょろきょろと見比べる。それから横にいる刀冴の顔を見上げて首をかしげ、刀冴の意見を求めてみた。
「オヤジ。これはサービスってやつか」
 スルトにかわり訊ねた刀冴の言葉に、店主は「お連れさんが、さっきからずっとオレの仕事を見てくれているからな」と応えて笑う。声音から察すればたぶん齢五十ほどといったところだろうか。相変わらず貌は判然としないから、窺いようもないのだが。
「おう、ありがとよ」屈託ない明朗とした語調で返すと、刀冴は飴屋が差し出したそれを受け取り、そのままスルトに差し出して眦を細めた。
 刀冴とスルトとの縁は、実のところさほど長いものではない。だが、スルト・レイゼンという人間を知れば知るほど、その存在は刀冴の身近なものになっていった。
 スルトは刀冴から飴を受け取って店主に礼をのべると、出来たばかりの飴の花を口の中に放りこんで嬉しそうに頬をゆるめる。
 ――スルトはなにも言わないが、たぶん、彼もまた並ではない暗部を多々見聞しているのだろうし、抱えてもいるだろう。それでも、そういうものを抱えてもなお明朗と笑うことのできる人間を、刀冴はけして嫌いではない。
 スルトの腕を軽く叩き、刀冴は目を伏せて微笑む。きびすを返し振り向くと、いくらか離れた距離に月下部理晨の姿が見えた。ダウンジャケットを脱ぎ、脇に抱え持って、肩に座っているバッキーに面を被せてやろうとしているらしい。

 この場所がムービーハザードであるのは、きっとこの場にいる全員が解っていることだろうと思う。そのことに関しては誰ひとりとして口を開こうとはしないが、それは全員が揃って同じことを理解できているからだろうとも、理晨は思う。――すなわち、このハザード内にいる者たち(もっとも、彼らが人間であるとも思いがたいのだけれども)は害意を持たず、“ただそこにいて、祭りを謳歌している”。ゆえに理晨たちもまた、このハザード内の祭りを思うさま楽しもう、と。そう思っているのだろう。少なくとも、理晨は。
 お面の売り場を通りかかったときに目にしたのはバッキーの顔を模ったものだった。
 理晨のバッキーは名前をカナンという。理想郷を意味する名だ。そのカナンに、カナンと同じ色のバッキーお面を被せてやると、カナンは落ち着かなさげにお面を外しにかかり、その所作の愛らしさに頬を緩め、理晨は笑った。
「可愛いなぁ、理晨」
 ふいに声をかけてきたトイズ・ダグラスを肩越しに振り向いて検めた理晨に、トイズは日頃鋭利な切先のような色を浮かべがちな青い双眸に幸福の二文字を滲ませて微笑む。
「サイズがカナンに合ってないんだよな。見ろよトイズ、すげェブカブカだろ」
 お面を外そうと四苦八苦しているカナンを見て笑う理晨をまっすぐに捉え、トイズは頬をわずかに染め、今にも卒倒しそうなほどの喜色を浮かべている。
「ああ……だな。可愛いぜ、理晨」
 恍惚とした表情のトイズに対し、理晨は「だろ?」と返してカナンを指先でつついたりしていた。
「そういえば理晨。あっちに射的があったぜ。やってみねぇか?」
 言って、トイズは後ろ手に屋台の群れを指して言葉を続ける。視線は、もちろん理晨をまっすぐに捉えたままだ。きっと片時も離すことはないだろうとも思えるほどに。
「射的? ああ、だな、面白そうだ。俺とおまえでやったら、景品ぜんぶなくなっちまうかもしれねぇけどな」
 うなずきながら笑う理晨に満面の笑みを返すと、トイズは理晨の手を引き、歩みを促す。
「フィギュアとかいっぱいあればいいよな。俺、イェータに土産渡しそびれてんだ」
「土産?」
「レヴィアタンの1/50スケールリアルフィギュア」
「そんなモン、持っててどうするんだよ」
「だよな。理晨にもなんかとってやるよ」
 理晨は自分の力でいくらでも景品を入手できるのだろうが、それはそれ、これはこれだ。
 満面の笑みを浮べながら、トイズは理晨の顔をまっすぐに見つめて頬を緩める。
 近く、囃子太鼓の音がことさら音高く響き始めていた。

 氷と書かれた布が風をうけてはたはたと揺れている。
 理月は数多く並ぶ屋台を端から順にひやかしていたが、風鈴屋の隣に軒をつらねていたかき氷屋を目にとめて、はたりと足を止めた。
 かき氷のシロップが多彩に取り揃えられている。もちろん定番のイチゴやメロン、ブルーハワイは当然のごとく一番前列に置かれていた。その他にもレモンやカルピス、みぞれや、ブドウまで並んでいる。抹茶も用意されているし、コンデンスミルクはさすがに店主のすぐ傍にあって、客がやすやすと手を出せる範囲にはないようだが。
「なあ、イェータ」
 隣の金魚屋をひやかしているイェータ・グラディウスを呼び、理月はシロップ群の中の一点を指した。
「んぁ? どうした理月。すげえぞ。デカいのがけっこう交ざってるんだ。後で金魚すくいやろうぜ」
 言いながら、イェータは一度理月の顔を確かめた後、その視線の先にあるものを検めるために自分の視線もシロップ群の中に放りやる。そうして理月の指が示しているそれを見つけ、しばし目を瞬かせた。
「なぁ、親父。これも氷にかけんのか」
 自分もそれを指しながらかき氷屋台の店主を見つめ、イェータはふと口を開ける。
 店主は屋台の奥に置いたパイプ椅子に深く腰かけた状態のままニヤリと笑い、くゆらせていたタバコを指先でつまみ外しながらうなずいた。
「試してみるかい、兄ちゃん」
 貌の窺い知れない店主はそう言い終えてゆっくりと立ち上がり、手慣れた所作で氷をしゃりしゃりと削りだした。
「おいおい、買うなんて一言も」
「試食ってやつだ。――そいつは変り種ってやつでな。オレはウマイと思うから並べてんだが、なかなか捌けやしねェ」
 言いながら理月をちらりと見る。理月はかき氷機が大きな氷塊を雪のように細かなものに削りとっていくのを、さも面白いものを見るかのような目でまじまじと見入っていた。
「ほらよ」
 店主が差し出してきたのは小さな器に盛り付けられた小さな氷の山。
「それにそのシロップかけてみな」
 言われるまま、理月は小さくうなずいて先ほど指差したシロップの瓶に手を伸ばす。――どう考えても、毒々しいほどに赤い。しかも瓶にはハバネロと書かれている。
「……シロップ?」
「シロップ」
 首をかしげた理月の言に、店主はニヤリと笑ってうなずく。
 理月はしばし店主を見据えていたが、ほどなく、恐々ハバネロシロップを氷にかけてスプーンを差し入れた。
「…………!」
 真っ赤に染まった氷を口にいれた瞬間、理月の顔が青くなり赤くなったのをイェータは見た。
「あ、理月!?」
 理月の名を呼び、咄嗟に理月の体を支えようとして両腕を伸ばしたが、理月はイェータに向けて手をひらひらと動かしてみせた。だいじょうぶ、ということらしい。
 はらはらしながら理月を見やり、その後勢いよく店主を振り向いたイェータに、氷屋はいつのまにか再びパイプ椅子に腰をおとし、腕組みをしてニヤニヤと笑っている。
「どうだ、旨かっただろう」
 笑いを含みながら口を開く店主に、理月がようやく人心地ついたように息を吐いて目を瞬かせた。
「なんていうか……新境地ってやつだよな、これって」
 言いながらゆるゆると頬を緩めた理月を検め、イェータも安堵の息を吐き出したとき。
 ずっと鳴り響いていた囃子の音が一層音高くなり、それを合図にしたかのように、辺りを賑わせていた人びとが歩みを止めて貌の向きを一斉に揃えた。皆、同じ方向を見ている。
 つられて顔を持ち上げたイェータの目に映りこんだのは、屋台が並ぶ石畳の通路の先に広がる深い森の入り口だった。
 
 そもそも、ハザード内に足を踏み入れるきっかけとなったのは、刀冴と彼の守役とが住む古民家へ向かう道中で遭遇した“音”だった。市街地をはずれ、喧騒から遠のいた静かな道の途中、一陣の風が吹き流れたのが最初だった。まだ季節は冬と呼ぶにふさわしい頃合、しかも時刻はやがて夜を示そうとしている。あたたかな春風が流れるはずもない。――否、それは春風と呼ぶにもふさわしくはなかったかもしれない。譬えるならば、例えば梅雨の明けた日の土の匂い、草花の匂い。あるいは夏の日の太陽の匂い。そういったものを思わせるような風だった。
 刀冴が精霊たちに愛されているのは、刀冴に関わったことのある者ならば大抵は皆が理解できている事実だ。刀冴がいれば、その一帯は真冬の凍てつく厳寒の中にあっても春の陽光で満ちた暖かさに包まれる。それははたから見れば奇蹟と呼ぶより他にない現象なのだろうけれど、刀冴という存在に触れた者はきっと大半が納得するのだ。彼が精霊たちから愛しまれる、その理由を。
 ともかくも、春の陽気を通り越し、初夏のそれを思わせるような空気に触れた彼らは、視界の端に小さな参道を見出した。そこは本来ならば錆び付いたすべり台とブランコがひとつずつしかない小さな公園がある場所で、参道を要するような社があるわけでもないような場所だった。
“奥から祭り囃子の音がする”
 初めにそう口を開けたのはスルトだっただろうか。彼は好奇心で満たした目をきらきらと輝かせ、行ってみようと言って振り向いた。対し、初めにうなずいたのは刀冴だった。この時期に祭りがあるという話を耳にしたこともなかった刀冴は、参道の奥にあるものが――否、参道をひとつ進んだ先からムービーハザードに続いているのであろうことも把握していた。あるいはもうすでに踏み込んでいたのかもしれない、とも。そしてそれは他の皆も同じだった。ただ、トイズは祭りにもハザードにもさほど関心はなさそうだった。そんなことよりもさっさと古民家へと向かい、ゆっくりと座りながら理晨と酒を酌み交わし会話を楽しみたかったのだ。だが、その理晨もまた迷うことなくスルトの案に乗った。そうなるとトイズも乗らないはずがない。トイズもまた二つ返事で賛同したのだった。

 そのトイズは今、理晨と共に、射的で手にいれた景品のいくつかを抱え持ったまま、のろのろとした足取りで前を行くイェータたちをどこか恨めしげな目でじっとりと見つめている。
 参道に並んでいた屋台を抜け、杉や椎の木立が並ぶ森の中へと踏み込んだ。森とはいってもけして鬱蒼とした、とか、湿っぽいような場所ではない。確かに夜露を含んだ土や落葉の匂いはそこかしこを満たしているが、どこか――屋台を照らす電飾かもしれない。どこかからこぼれ差し込む明かりが、森を包み込んでいるかのようにぼうやりと仄かに照らしている。そのせいで、六人は難もなく森を歩き進むことができた。仄かな明かりは森を進むにつれて強い光へと変じているようにも思えた。水の気配がする。誰かがぼそりと呟く。
 乱立している木立の間を、時どき他愛もない会話を交わしながら、あるいは言葉を発することもなく進み、やがて彼らは唐突に木立の途切れたのを知った。
 
 小さな泉があった。どれほどにゆったりとした歩調で歩いたとしても、半時とかけることなくその周囲を一周してしまえるであろうほどの大きさだ。
 泉が眼前に広がった瞬間、水の気配が色濃いものへと変じた。透き通った、清流の匂いだ。
「ホタルっていうのか、あれ」
 理月が口を開けた。
 泉の上や周りでは小さな光が明滅している。儚げに飛び交う小さな光だ。それが数知れずいくつもいくつもひかり、泉の青や夜の闇を鮮やかに照らし出している。
「ホタル……じゃねぇと思うがな」
 イェータが応え、髪をかきあげた。
 光はホタルのそれよりもさらに小さなものに見える。それでもそれが大きく見えるのは、数がそれほどに多く密集しているということか。
 明滅を繰り返すそれに見入るスルトの後ろで、トイズはおもしろくもなさそうに眉根を寄せ視線を脇に向けた。確かに、ホタルなのか何なのか解らないあの光のおかげで視界は極めて良好だ。理晨が興味深げに光に見入る横顔がよく見える。
「ホタルは水がキレイじゃねぇと住み着かないんだって言うよな。ここの水はすげえキレイなんだろうな。飲めるかな」
「流れがあれば試してみてもいいかもしれないけどな」
 刀冴と言葉を交わす理晨をぼんやりと見つめていたトイズは、ふと、首をかしげ再び表情を曇らせた。
「……なんだ、あのジジイども」
 ふつりと落としたトイズの言を耳にとめたスルトが、トイズの視線の先を追う。
 初めに目に映ったのは白兎だった。白兎は若い青年の傍に控え、青年と共に泉を中心に飛び交う仄かな光に見入っている。また、青年の隣には子供ほどの大きさの男があぐらをかいていた。男の脇には釣竿と魚篭が置かれている。他にもうら若い美女がふたり仲良く並んで座り、時おり何事かをささやきあいながら、やはり泉の光を見守っていた。
 泉の上を舞い飛ぶ光は時おり思い出したように輝きを強め、泉の上を越えて木立のすぐ傍にまで漂う。その光が闇を照らすたび、泉の周辺には数多の人間の姿をした何者かがいるのが知れた。年も背格好もバラバラではあったが、その大半は和服めいた出で立ちに身を包んでいる。そのどれもが一様に、まるで見守ってでもいるかのように、光のひとつひとつをじっと眺めているのだ。

「……あ」
 そのとき、理月がふいに声を洩らした。
「どうした?」
 刀冴が問う。理月は刀冴の顔を見つめ、しかしすぐにまた光の方に視線を移して、何かを確かめたかのように目を細めてうなずく。
「……ホタルとは違うものだ」
「ああ、だと思うぜ」
 同意を見せた刀冴の顔を見上げ、理月は言葉を継げる。
「蝶のような……羽虫みたいな……そんな感じなんだけど」
「光る虫か。捕まえてみたいな」
 スルトが目を輝かせる。その手には飴屋からもらった飴が、まだずいぶんと残されたままになっていた。
「で。その羽虫がどうした?」
 イェータが続けて訊ねた。
「死んでるんだ」
「は?」
 理晨が顔を持ちあげて理月を見る。理月はまっすぐに光の群れを見据え、迷いない語調で、今度は言い切るように強く
「あの光、死ぬんだ。泉の中から生まれて、何分かな――そう長い間じゃないと思う。その間だけああして飛んで、光と光とが重なり合って、そこからまた新しい光が生まれる。でもその後、新しい光を生み出した光は輝きを失って消えていく」
 理晨は理月の隣に歩み寄って視線を合わせ、理月が見ているものを検めた。理晨を追ってきたトイズもまた同じように目をこらす。
 理月の言葉は確かだった。光は、蜻蛉のように、生まれて子を残し、そうして消えていくのを連綿と繰り返している。その一生はとても短いもののようだ。
 光が繰り返している営みを間近で確かめようとしたイェータが足を踏み出し、それを追うように刀冴も歩き出す。それに続き、スルトも興味深げに目を瞬かせながら小走りに進み、数歩を歩み進めたところで足を止め振り向いた。
「行ってみようよ」
 屈託なく笑うスルトの穏やかさに、それまでどこか身を強張らせていた理月がふと表情をやわらげる。
「そう、だな」
 うなずき、スルトを追った。

 光は本当に小さな、小さな羽虫のようだった。けれども見ようによっては羽を生やした小さな人間のようにも見える見目をしている。精霊というものを具現化したなら、あるいはこういう存在であるのかもしれない。
 泉の周囲に座る数知れない人影は、横手から現れた六人を見やり、邪険にするでもなく、けれども特に関心を寄せるでもなしに、ただ静かに微笑みかけてきた。一番近い位置にいた壮年が言葉なく手の動きだけで「座りなさい」と表示する。それに従うように、六人はめいめい草の上に腰を落とした。
 
 空気が暖かい。風は勢いをひそめている。まるで光が繰り返している営みの邪魔になるのを控えてでもいるかのように。
 泉の周囲には光を放つものたちの骸が積み重なっている。もう光を発さなくなったもの、あるいはたった今まで光を放ち飛び交っていたものも、次の瞬間にはその骸の上に積み重なっていく。そうかと思うと、その骸の山の中からまた新たな光が飛び出していくのだ。

 ――まるで生命というものが連綿と繰り返している営みのようだ。
 もしもそうであるのならば、それを見守っている人影は神と呼ばれるものであるのだろうか。
 ならば泉は生命の源だろうか。この森は胎内を意味しているのだろうか。森の外にいるあのヒトのようなものたちも、この風景の一端を担っているのだろうか。

「俺さ」
 気付けば言葉を忘れ光の群れを見入っていた静寂を、理月の声が破った。
「俺、生まれて来られて良かったって思う。――俺たちの一生なんかきっとあっという間に終わるんだろうし、しょうじき、辛いこととかも本当に山ほどあったけど……でも、今、こうしてみんなと出会えて一緒にいて笑っていられるのは、本当に、本当に、すごい奇蹟だと思うんだ」
 理月の目はまっすぐに光の群れに寄せられている。おだやかに頬をゆるめ、歌うかのような口調で言葉を編んだ。
 
 生きるということは、けして楽しく美しいばかりのものではない。時にすべてを呪いたくなるほどに辛いときもあるし、死を願いたくなるほどに苦しいときもある。孤独に苛まれるときもあれば、絶望に目が澱むときもある。
 それでも、足掻いて、しがみついてでも歩き続ける。光を掴もうとして懸命に、拙いながらも必死で歩き続けるのだ。たぶんきっと、今ここにいる六人は、口にしないまでも、それぞれが言葉に編むこともできないほどの傷を負っている。それを乗り越えて「なんでもない」と笑うことができるからこそ、同じ時の中で言葉を交わし笑い合えているのだろう。
 理月の言葉はたぶんそれを伝えたいのだ。
 生まれ、同じときを歩むことができる。それだけでも、とても素晴らしい奇蹟なのだ、と。
 刀冴が俯きながら頬をゆるめ、理月の髪をぐしゃぐしゃと撫ぜる。
「いいかげん、十狼が首長くしてやがるかもしれねえな。――行くか」
「そうしようぜ。こんなもん、見ててもつまんねぇだけだろ」
 トイズが腰を持ち上げた。スルトがそれを仰ぎ見て首をかしげる。
「つまらない?」
「そうだろ。いいか。今ここにいるのは“俺”だ。ホワイトドラゴンとしての俺は今ここにしかいねえ。もし永遠に生まれ変われるような能力があったとしても、だ。理晨や団員の連中がそこにいねえなら、それには何ら意味もねえんだよ」
 尻についた草を払い落としながら言い放ったトイズの言に、イェータが小さな笑みをこぼして続いた。
「それもそうだな。――なら、おまえらといることができる今こそが俺の幸福だ」
 言いながらトイズに視線を送る。トイズはイェータの視線を受けて片眉を吊り上げた。
「行こう。十狼さんの料理が冷めちゃうかもしれない」
 理月も勢いをつけて立ち上がり、
「また屋台寄ってもいいかな。俺、金魚すくいとかまだやってないんだけど」
 スルトが周りの五人を順に見やりながら声を弾ませた。
「……それ以上荷物持てるのか」
 理晨が半ば呆れたようにスルトを見る。スルトは「ヨユーヨユー」と笑いながら先陣切って泉を後にした。
 
 泉からは光が生まれ続け、夜の空を仄かに照らし続けていた。

「――ほう、望月か」
 刀冴が大切な客人を伴い帰宅するのを心待ちにしている守役が、夜空に輝く月を仰ぎ呟いた。
 春はまだ遠い。が、古民家の庭先にある沈丁花はもうすでに小さな蕾を結んでいる。
 鼻をくすぐるかすかな芳香が風に舞い上がり、輝く月をぼうやりと包み込んでいた。

クリエイターコメントお届けが大変、大変に遅くなりましたこと、お詫びいたします。ひたすらに申し訳なく思うばかりです。申し訳ありません。

皆さまの先行きが幸いたる光で満ちていますように。
ご祈念させていただきます。
公開日時2009-06-14(日) 21:00
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