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<ノベル>
自分の中にはふたつの人格があるのだという事を知覚したのは、十代の半ばほどの事だっただろうか。しかも、日頃は“自分”ではない自分の方が主だった人格として現れているらしい。その後、自分がひとつの身体に二重の人格を備えている人間だと自覚したのは十代の後半頃の事だった。主たる人格は穏やかでのんびりとした、腰の低い性格をしている。が、自分はそれとは真逆と言ってもいいような性格をしている。粗雑で、他人には興味を持てず、喧嘩の売り買いもたびたびしていた。そのせいで敵も多く、しかし、敵はできるとすぐに蹴散らしていた。
主たる人格は、自分の中にもうひとつの人格が住んでいる事には気がついていない。それでいいと“自分”も思っている。気がつかれる必要もない。もっとも、“自分”が表層に顔を出す機会など、本来なくていいのだ。意識層の最下層で、静かに静かに黙していれば、それでいい。
けれど、表層に出ている主たる人格が、つい先日、変調をきたしてしまった。『黄金色のテントウ虫の形をしたブローチ』が郵送で届き、それを手にしてからというもの、“彼”は他の何者かの意識によって乗っ取られてしまったのだ。“彼”はまるで吸い寄せられるようにしてアパートを後にし、電車を乗り継いで、市の外れにできていたムービーハザードの中に踏み込んでいった。“彼”の目を通して伝えられる情報をまとめる限り、ハザードの中には『ギャング』を名乗る連中や『麻薬』にとりつかれた連中などがいて、その中には人殺しや悪事を生業とする暗殺チームを組む連中もいた。“彼”は――否、“彼”にとりついた男はその暗殺チームの一員となっていたが、麻薬の売買や『無害な』人間を手にかける事に反発の心を抱いていた。
ギャングの中には、彼らを統治する『ボス』が存在しているらしい。 “男”は『ボス』が行っている行為の中で、麻薬に関連する部位を毛嫌いしていた。特に年端もいかない子供たちにまでそれが出回っていることを、常々不本意に思えていたのだ。いつしかその不満は肥大し、“男”はいつしか『ボス』を倒すことを熱望し始めていた。
その“ボス”が、今、目の前にいる。
トラムを抜け出し、しばらく走り続けてきた彼は、今、地下道にいる。得体の知れない二人組に誘われる(いざなわれる)ようにして進み行ったその場所は、けれども地下道とも思い難いほどに豪奢な造りのなされた部屋の中のようでもあった。
「カジノを護れ」
そう口を開いた“ボス”は、見覚えのある――否、かつての恋人の姿をしていた。もっとも彼女が何者かに身体と意識とを乗っ取られているのであろう事も、『心で理解できた』。“自分”の中にいる“男”も、“彼女”の中にいる“ボス”を前にして怒気で満ちていた。同じように、自分も彼女を乗っ取った何者かに対しての怒りを覚えた。――できることならば、今ここで“ボス”を消し去ってしまいたいほどだ。けれど、それを実行するには、今は分が悪いことも理解できる。どうしても体勢を整えておかなくてはならない。
「了解」
返し、背を向ける。
ギャングにとり、カジノは多大なる利益を生む大切な場所だ。同時に、そこでは麻薬の取り引きも当然のようになされている。もちろん賭場の主である者もいて、彼はボスの配下でもあるのだ。
ボスが後ろで含み笑いをしているのが、気配で知れる。
――今に見ているがいい。
拳を強く握りしめ、寺島はその場を後にした。
「教会に立ち入る前に、ひとつ、よろしいでしょうか」
そう声を発したのはネティー・バユンデュだった。彼女はいそいそと教会内に踏み込もうとしている男たちに向けて声をかけると、常備しているディテクターを手にとり、回線を繋げた。一見すると単なる携帯電話にしか見えない見目のそれは、しかし、地球製のそれとは段違いの処理能力を所有しているマイクロコンピューターだ。
「…………それって、ケータイ?」
ディテクターでネット回線に繋いだネティーの手元を覗き込みながら、リシャール・スーリエがぼそぼそと聞き取りにくい声で訊ねる。ネティーはリシャールに目を向けて小さく肯き、「ジャーナルの過去記事、および対策課の所有データの中で開架されているものを調べます。このハザードの発生点であるはずのスター、あるいは元となっているであろう作品のタイトル、内容に関してなど。そういったものを調べてから進むのが定石だろうかと思われますが」
「元になっている作品………………」
目を細め呟いたリシャールの向こうには、ネティーの申し出などに耳を貸そうという気配すら窺わせないイェータ・グラディウスの姿があった。イェータの隣にはトイズ・ダグラスの姿が並び、共に興味深げに教会内を見渡している。今にも中に駆け込んでいきそうな気配だ。
「そんな事よりもよぉぉ。早く中に入ってみようぜぇ。さっき……この奥から聴こえた『声』も気になるしよぉ」
頭を掻きながらネティーの顔を見据えたイェータに一瞥し、ネティーはふるりとかぶりを振る。
「ハザードの消滅が私たちの任務であるはずです。ハザードの消滅には、発生点となっているスターのフィルム化がもっとも効率が良いように思われます。ただし、ハザードの消滅時、現在行方不明中の方々までもが何らかの形で巻き込まれないとも限りません。よって、行方不明者に関する情報も必要となります。顔や名前等の情報を得、まずは彼らの捜索を第一として考慮するべきだと考えます」
「まあ、そうかもしれねえよな」
バンダナを巻いた頭を撫でつけながら、トイズはネティーの言に同意を見せた。
「でも、さぁ……。さっき……ここから出てきた少年、いた、じゃん。…………あいつからとかさ…………なんか話、聞けないのかなぁ…………」
間に割って口を挟み入れたリシャールが、ついで、小さなあくびをひとつ。
「…………いい天気だよねぇ」
言って空を仰ぎ見る。つられて上空を仰ぎ見たトイズは、そのとき、視界の端にちらりと――そう、小さなプロペラ機のもののような影が映りこんだのに気がつき、瞬きをした。
「どうした?」
イェータがトイズの顔を覗きこむ。トイズは目をこすりながら首をかしげ、
「いや、ラジコンみてぇのが」
「ラジコン?」
返し、イェータも頭上に視線を向けた。
「どこにもねぇし」
あっさりと言ったイェータに、トイズは「そうだよな」と肯き、再びネティーの方に顔を向ける。
ネティーは彼らのやり取りに気を向けるでもなく、ディテクターの画面に映し出されているデータを熱心に検めていた。興味があるのか、リシャールもまたその画面を覗き込んでいるが、ネティーはそれすらも気に留めることなく没頭している。
イェータはネティーと教会内部とを交互に見やった後、小さくうなるような声をあげて頭を掻いた。
「どうもよぉ。こう、準備万端整った、さぁやろうっていうのは、俺には合わねぇんだよなぁぁ。寺島は俺らに『ハザードを消せ』っつったんだからよぉ。四の五の言わずにぶッ壊せばいいんじゃあねえのか」
「何でもかんでもぶッ壊せばいいってもんでもないだろうけどな」
トイズが小さなため息をもらす。「でもイェータに賛成だ。とりあえず先に進もう」
言った二人に対しても、ネティーは特に関心を示すでもなく肯く。
「了解しました。私はデータの収集に向かいます。リシャールさんも仰っていましたが、先ほど教会から出てきたあの少年からも何らかの情報を引き出せるかもしれませんし」
「…………二手に分かれるっていう事…………かな」
「その方がさくさくイケるかもしれねぇしな。うん、そうしようぜ」
リシャールの言葉に返しつつ、イェータは満足そうに教会のドアに手をかける。
「じゃあ、後で合流するか。あーと、あんた、ネティーつったかな。あんた、ひとりでこん中入って来れるか?」
トイズが訊ねると、ネティーはトイズの顔をまっすぐに見据えて肯いた。
「それじゃあ、一時間……じゃあ短いか。二時間。二時間経ったらここに来てくれ。あんたが持ってくる情報と、俺らが見つけた情報とを合わせれば、さくさく終わるかもしんねえしな」
「もしもこの中に何の情報も見つけられなかったら、どうしますか」
訊ねたネティーに、イェータがわずかに頬をゆるめる。
「そん時は、俺らがあんたを探しに行く」
「それは、可能でしょうか」
「もちろん」
応え、イェータは頭を掻いた。リシャールがイェータの頭に視線を向け、興味深そうに目を瞬かせている。
「俺たちはどこにいても、ひかれあう。……そんな気がしてならねぇぜ」
「シブイねぇ……まったくイェータはシブイぜ」
横でトイズがにやりと笑う。リシャールは相変わらずイェータの頭を気にしている。
「それでは、後ほど、また」
言って、ネティーもまたイェータの頭に目を向けた。
気のせいか、イェータの頭に帽子のようなものが見える。キャップ……のようにも見えるデザインの、イェータの頭髪とまったく同色をしたものだ。けれど、これも頭髪の一部だと言われれば、ああなるほどそうかもしれないと思えてしまうほど、それは頭髪と一体化しているようにすら見えた。
次の瞬間、ネティーは教会に背を向け、まずは教会から出てきた少年の後を追うことにした。ディテクターには対策課の開架データに繋げたデータベースが表示されている。そこには『このハザードに関与していると思われる行方不明者』たちの写真と名前、誕生日。そういったデータが表記されていた。ともすれば個人データになってしまう情報ではあるが、失踪者の発見と、発見後の確認とを急ぐためには最低限必要だという目的もあって表示されているのかもしれない。
教会を離れるとすぐに大通りに抜け、そこでネティーははたりと歩みを止めることとなった。
大通りには思いもかけず多くの人間たちが行き交っている。その中から少年を見つけ出すのは案外と手間がかかりそうでもあった。
教会内には静寂が広がっていた。歩むたびに靴音がカツリカツリと高く響く。
「…………ところで、さ」
さきほどからずっと、イェータの髪を気にかけていたリシャールが口を開けた。
「イェータって、…………帽子、かぶってきたっけ」
「はぁ?」
問われたイェータは素っ頓狂な声を一声、リシャールを振り向き、足を止める。
教会内にはアロマ香が強く満ち広がっていた。香水のそれほど強烈なものではないが、それでも、イェータの眉根は盛大にしわを寄せていた。トイズは長椅子の上のアロマキャンドルを手にとり、それが何の匂いであるのかを確かめようとしている。グラスタイプのもので、匂いはベルガモットに近い――ような気もする。ゆらゆらと揺れる小さな炎を見ていると、心なしか、そのまま心がふと囚われてしまいそうな心地すら覚える。
「だってさ、…………その帽子」
トラムに乗る前までは確実にかぶってはいなかったはずのキャップ。それをイェータは目深にかぶり、しかも、キャップが頭髪と同一化しているようにさえ見える。
「やれやれだな。……俺は初めからかぶってたぜ」
キャップを指先で触れながら、イェータはリシャールに一瞥し、それからすぐにトイズの傍に足を寄せた。トイズが手にしているアロマキャンドルを覗き込み、盛大に不快そうな顔を浮かべている。
そう…………だったかな。
呟き、リシャールは面倒くさげに首を掻く。
「まあ、…………いいか」
ひとりごちて、ふたりの後を追う。少しだけ後ろを振り向いて、ひとり別行動をとったネティーを思い出した。
「あのひと…………大丈夫かなぁ」
「心配ないだろ」
トイズがふいに顔を持ち上げて応える。
「あいつも“プロ”なんだしよぉ。今回の“依頼”を請けるって決めたときにはすでに“覚悟”もできてたはずだしな」
「“覚悟”…………」
「まあ、いざとなりゃ、ワイングラスを持って歩いとけばいいんだよ。そうすれば、敵の気配がよぉ。ワイングラスはたまに探知機代わりにも使えるからな」
「ハートも震えるよな」
イェータが口を挟む。
リシャールはふたりの会話に口をつぐみ、しばらくの間、頭の中に詰め込んでいるありとあらゆる知識(主にゲームを中心とした雑学。この雑学の中には漫画のあれこれも含まれているらしい)をめぐらせた。
このハザードの元になっているのは、どちらかといえばコアなファンを多く抱える少年漫画だろうと思う。アニメで映画化もしていたはずだから、まずその映画から生じているものと考えていいだろう。けれど、リシャールはその漫画は漫画喫茶で一読しただけだった。おもしろいとは思ったけれど、知識もうろ覚えだ。それでも、キャラクターたちが“特殊な能力”を持って、それで戦闘を繰り広げていたりしているのは記憶している。
先ほどから微妙に口調があやしくなっているように思えるイェータもトイズも、ハザードの影響を受け、あの漫画のキャラのようになってきているのだと考えていいはずだ。
「なあ、イェータ。…………この先に悪者がいたとしてさ。…………そいつと鉢合わせしたら、おまえ、…………どうする?」
「どうするもこうするもねぇな。俺が裁くぜ」
返し、イェータはにやりと頬をゆるめた。リシャールは肩をすくめて「だよね」笑い、イェータとトイズとがいる長椅子の傍に駆け寄っていった。
ネティーは雑踏の傍らで、しばし行き交う人間たちの顔を検めてみた。そのどれもが、というわけではないが、それでもちらほらと『行方不明者』のデータベースに載っている写真に酷似した顔が確認できる。試しにふたりほど捉まえて名前を確認してみたが、彼らは不審な者を見るような目でネティーを見、自分はそんな名前ではないと言って去っていってしまった。ウソをついている素振りもなかった。けれど、データにある彼らと眼前にいる彼らとが別人であると判じるには、彼らはあまりにも酷似し過ぎだという気もした。
否。同一人物だという確信がある。確かめようもない事ではあるのだけれど、なぜかはっきりと「そうだ」と思える。――だとするなら、やはり、行方不明者はこのハザード内にも確認できる事になろうか。もちろん、すべてがこのハザードに関わっているものだとも思えないが。
データベースから得た情報を頭にいれ、ディテクターは一度回線を閉じてポケットにしまう。そうして雑踏の中に足を踏み入れて進み、視線の先にいる少年を目指して歩き進めた。
少年は、教会に立ち入り、出てきた。初めはまるで生気の感じられない顔をしていたが、教会から出てきたときには、その足取りは揚々とした、軽いものに見えた。あの教会内で何か、少年に変化をもたらすような何かがあったことは確かだ。それが何だったのかを確かめる必要がある。
少年は教会を出てきたときには持っていなかったはずの、チラシの束を手にしていた。それを行き交う人びとに向けて差し出し、配布しているのだ。
「それ、一枚いただけますか」
ネティーが少年の前にたつと、少年は「どうぞ」と言ってチラシを一枚差し伸べてきた。
「エステ“シンデレラ”……ですか」
「お姉さんも行ってみたらいいよ。すごくいい店だからさ」
キヒヒと笑い、少年は再びチラシの配布を始める。表情こそ明るく輝いているが、その輝き方はとても怪しげだ。間近に見れば明らかに顔色も悪く、頬もいくらかこけているようにも思える。
「アルバイトですか」
再び訊ねてみた。少年は若い女性(データベースにはなかった顔だ)にチラシを渡した後、ネティーを振り向き肯いた。
「あんまり時給よくないんだけどね」
「このエステ店に雇われているのですか?」
「なに、お姉さん。興味あるの?」
「ええ。ぜひ一度、このお店に行ってみたいのですけれど」
「そうなんだ。じゃあさ、そのチラシに住所載ってるから、今度行ってみなよ。まだバイトもとってくれてるかもしれないし。客として行くのもいいし。お姉さんキレイだからエステとかいらないかもしんないけどさ」
そう言ってキヒキヒ笑う少年に、ネティーは小さく肯いた。そうしてチラシに目を落とし、確かにそこにエステ店の住所が書かれてあるのを確かめた。今どき珍しく、メールアドレスもホームページのアドレスも載っていない。電話番号も載っていないぐらいだ。これでは新規の予約を入れることは難しいだろう。常連、もしくはその紹介などを伝って行く客がメインということだろうか。
「そういえば、さっき、教会から出てきましたよね」
再び訊ねかけた、その瞬間。
「あ、電話だ。ほら、鳴ってるだろ。とうるるるるるん! とうるるるるるん! ほら、やっぱり」
少年は自分の口で電話の着信音らしいものを発しながらポケットから携帯電話を取り出し、会話を始めてしまった。
「はい、はい、わかりました。すぐにもどります」
言って、少年は残ったチラシを丸めて持ち直し、携帯を耳に押し付けたままで走り出した。ネティーのことなど視界の端にもないようだ。
少年の背中が雑踏の中にあっという間に消えてゆくのを見送りながら、ネティーはふとチラシに目を落としながら思案した。
「……教会とこのお店に……何らかの関わりがあるということだろうか」
呟き、少年の姿をもう一度探してみようと顔をあげ、そこでネティーは自分に寄せられているいくつもの視線に気がついた。
行き交っていた人びとの内、何人かが足を止めてネティーを見ている。どれもがデータベースに載っていた顔だ。
「教会に戻ったほうがよさそうな……」
ごち、足を踏み出す。
本当ならエステ店に足を向けてみたいところではあるのだけれど、それでは約束の時間に間に合わなくなるかもしれない。時間は二時間だったはずだ。それまでに、もう一度ネット回線につなぎ、エステ店の情報を引いてみるのも良いかもしれない。
思いながら教会を目指す。
ネティーを見ている人びとは、どれもが少年と同じような顔をしていた。
どこか病的な空気のうかがえる、怪しげな表情だ。
「ノックしてもしも〜し」
教会の奥へと通じているらしいドアを前に、トイズはドアをこんこんと叩きながら耳をすませる。
押し開けるタイプのものであろうドアは、向こう側から施錠されているのか、押しても引いてもびくりともしない。しかし、先ほどのあの声は確かにこのドアの方向から聴こえてきたような気がする。
「引き戸だとかいうオチじゃあねえのか?」
イェータが身を乗り出してドアに手をかける。ドアは押しても引いても横に引いてもどうにも反応しない。おそらく、鍵が、
「鍵…………かかってんじゃねえ?」
リシャールが口を挟む。その手には、どこから探し出してきたのか、一本の鍵を持っている。
「……リシャール、おまえ、それ」
「ん? …………ああ、なんか…………あったから」
イェータとトイズから視線を注がれながら、リシャールは手の中の鍵を心もとなげにくるくると回転させている。……そう、回転、して、いるのだ。
「なんか、それ、回りながら四角を描いてるみたいに見えるな」
トイズが首をかしげる。イェータはトイズの言葉を受けて改めてリシャールが手にしている鍵に目を落としてみた。銀色の本体に、持ち手の部分に透き通る赤石が装飾されている。デザインはいたってシンプルだ。
「……あれ? なあ、それ。ちょっと……貸してもらっても……いいかなぁ? ……リシャール?」
言いながら手を伸べてきたトイズに目をやって、リシャールはのろのろと手渡した。
「どうした? なんかあったのか?」
トイズの手元に移った鍵に目を落とし、イェータが問う。トイズはイェータを片手で軽く制し、しばらく鍵を検めていたが、ほどなく「やっぱりか」と呟き、イェータに差し伸べた。それからリシャールに目をやって、「これ、どこで見つけたんだ?」
「いや…………だから、なんか…………こっちに何かありそうだなあって思って…………」
返しながら、リシャールは逆方向に置かれていたオルガンに指を向けた。
「ほら……なんか、ありがち……っていうかさあ。教会だし……オルガンに秘密が!? …………みたいなさあ」
続けたリシャールに、イェータはふむと肯く。
「ともかくだ。その石の中を覗いてみちゃあくれないか、イェータ。おまえなら……いや、“おまえの能力”なら……見ることができる……はずだ」
トイズがひどく神妙な顔でそう告げた。
「能力…………」
目を輝かせたのはイェータではなくリシャールだった。
“能力”!!
やはりだ!
表情は少しも変化させず、リシャールは内心、心を躍らせる。
このハザードはあの漫画が元ネタになっている。ゆえに、ハザード内にいる者には元ネタとなっている漫画や映画作品で起用された“特殊な能力”が使用可能になっているのかもしれない! 先ほどからイェータやトイズに起きている変化も、ハザードの影響を受けているものなのだと考えれば、それはむろん、自分にも同じように生じてもおかしくはない話のはずだ。
そうしている間にも、イェータは赤石をじっと見つめている。そうしてほどなく、リシャールが差し出してきた紙とエンピツで、機械のようなスピードと正確さで一匹のテントウ虫の絵を描いた。なぜリシャールが紙とエンピツを持っていたのかとか、そういう疑問を口にしようとする不粋はふたりにはなかった。
「テントウ虫だ。この石にもテントウ虫の模様がある」
「やっぱりか。……やっぱり、テントウ虫ってのは、何か関連があるみたいだな」
トイズが肯く。
「寺島さんも……さっきのあの少年も……持ってた、よなあ」
言いながら、リシャールは少年が落としていった指輪をポケットから取り出し、再びくるくると回転させた。それは見事な長方形を描きながら回転している。
「とにかく、この鍵が合うのかどうか、試してみるか」
イェータが言い、トイズは同意した。リシャールはさして興味なさげな顔でイェータを見たが、内実、教会奥には何があるのか、楽しみで仕方がなかった。
ガチャリ
鍵は何の問題もなく開いた。赤石はステンドグラスから差し込む光を受けてきらきらと光っている。何らかの重要アイテムであるような気もしたが、――イェータはそのままポケットにつっこんでしまった。
ネティーは教会に戻りながら、先ほど通りで目にした風景を思い出し、情報の整理をしていた。そうして、ふと、思い出したのだ。
あの少年は道ゆく人びとに向けてチラシを配っていた。だが、データに開示されている“行方不明者”たちに酷似した人間たちには差し伸べもしていなかった。――それがどういう意味を持っているのか。考え、ネティーはふと足を止めて振り向いた。
『渡す必要がないから』
ぼんやりとそう思いつき、ネティーはふと首をかしげた。
通りにいる人びとの視線がすべて自分に寄せられているような気がする。もちろんそれが“気のせい”であることも認識できる。誰一人としてネティーに気を向けている様子もない。少年が配っていたチラシを手にした女性連れがエステへの興味を口にしていたり、イヤホンをつけた青年が自転車で通り過ぎていったりしているだけだ。
けれど、どこかから確かに視線を感じる。
ネティーはわずかに目を細めて振り向き、再び教会への道を歩みだした。
エステ店はハザードと何らかのかかわりを持っている。本来ならば今すぐにでも件(くだん)のエステ店に足を運んでみるべきなのかもしれない。けれども今は教会に赴き、彼らが何かしらの情報を得たりしていないかを確かめる必要もある。
ドアの奥には薄暗い廊下が続いていた。かろうじて点されていたアロマキャンドルが足もとを薄く照らし出している。
「やれやれだぜ。……ここでもこの匂いか」
イェータが顔をしかめ、恨めしげにアロマキャンドルを見据える。
廊下は短く、すぐに壁に突き当たった。三方を壁で覆われた行き止まりになっている。
トイズが手探りで壁を探ってみたが、どうもドアなどではないらしい。しかし、
「単なる壁じゃあないみたいだぜ」
トイズは壁下を指で触れながら頬を緩めた。そうして振り向き、仲間ふたりの顔を検めて言葉を続ける。
「ここを“誰か”が頻繁に行き来してるのは確かだ。見ろ、放置されているだけの場所にしちゃあ、ホコリが少ない」
言われ、イェータも膝をつき床を調べる。確かにホコリやゴミが少ない。その上、何かを開閉して出来たものと思われる痕跡がついている。
「放置されてるだけ、だと……? そんなはずねぇよな。そんな意味のねぇ場所にわざわざ鍵までつけるわけがねえ」
言いながら壁を見上げ、“いつの間にか被っていた”キャップに指を伸ばして口角をつりあげる。
「そしてこの“壁”……一見すればただの行き止まりにしか見えねえようなもんでも、この向こうにまだ何かが“続いて”いるんだって事は確かなようだぜ……オラァ!」
言うと、イェータは拳を振り上げた。しかしイェータの拳が壁を砕く前に、イェータの足もとから生じた“影”のようなものが素早く壁を砕いたのだった。
メギャン!
派手な音と共に砕かれた壁は案外に厚みも重さもあるものだったが、イェータから生じた“何か”はいとも簡単に破った。破られた壁の向こうにはやはり短い廊下、そしてその奥に、地下へと進む螺旋階段があった。リシャールはすっかり目を輝かせながら、先に歩き出したイェータたちの背中を見つめる。
「どうした、リシャール。はやく行こうぜ」
イェータとトイズがリシャールを振り向く。リシャールは大きく肯き、ふたりの後を追った。
このハザード内では、やはり、異能が身につくのだ。現にイェータにはそれが“備わった”(イェータがそれに気がついているかどうかはさておき)。なら、トイズにも、もちろん自分にもそれが備わっていておかしくはない。
興奮する。自分にはどのような異能がもたらされるのだろうか。いや、それよりもまずはこの異能に対する呼び名があった方がいいだろう。何事も名前は必要だ。
「“アミーコ”…………」
「は? どうした? なんだって?」
呟いたリシャールにトイズが問う。
「……いや、なんでもない」
どうしてもゆるんでしまう口元を片手で覆い隠し、リシャールはわずかにうつむいた。
この世で一番大切なものは何か?
その“こたえ”を、リシャールは自分たちにもたらされた“異能”に対してつけてやることにしたのだった。
数分ほど螺旋階段をくだり、三人は賑やかな広間に抜けた。教会の地下にはカタコンベ(墓)があるというが、この教会の地下にはどうやら違うものがあったようだ。
「カジノか」
イェータが呟き、周囲に気を配る。
ちょっとしたダンスフロアとしても使えそうな広さをもった空間がある。そこには年齢や性別を問わず、多くの人影があった。もっとも、その大半が二十代や三十代ほどの顔といったふうでもあったが。
「行方不明になってる連中に関係してんのかな」
トイズが頭を掻く。イェータはわずかに首をかしげ、「ネティーが調べてくりゃわかんだろうが、俺らは“行方不明者”の顔も知らねえ。まあ、それよりも、とりあえず、俺らに用事のありそうなヤツが来たようだぜ」
促され、顔をあげて示された方を確かめたトイズとリシャールが見たのは、黒いスーツで身を包んだ中年男性だった。男はやけに親しげな笑顔で、うやうやしい所作で腰を折る。
「Benvenutoようこそ、当カジノへ。……あなた方は初めて見るお顔のようですが、こちらへはどなたかからの紹介で?」
「紹介? ああ、まあな」
「それにしては“例のもの”をお持ちでないようだ」
「例のもの、だと?」
「ええ。こちらにお見えになる皆さまは、皆、招待状代わりに身につけていらっしゃる。わたくしもこのように」
言って、男はネクタイを指差した。黄金色のタイピンにはテントウ虫が掘りこまれている。
「ああ、なるほどな。それなら持ってるぜ」
言って、イェータはトイズとリシャールとを見た。リシャールが、教会前で見た少年が落としていった指輪を取り出してみせると、男はそれを指差して言った。
「グッド! しかし“それ”は皆さまひとつずつお持ちのはず。おふたりのものもお見せいただけますかな?」
男は言いながらイェータとトイズの顔を見る。
イェータはまっすぐに男の顔を見据え、表情ひとつ変えずに押し黙った。
リシャールが見つけた“鍵”は、たぶん男が言うものとは異なるだろう。直感がそうイェータに耳打っている。いや、鍵がなければこの場所に立ち入る術はない。――あるいは、どこか、他の場所が入り口になっているという可能性もある。むしろ教会のオルガンに意味ありげに隠されていたほどのものなら、むしろ一般の人間が手にしているという可能性のほうが低いかもしれない。このカジノがギャングの所轄であるのは一見しただけで知れる。なら、鍵を保有しているのはギャングの幹部や関係者。眼前の男と“初見”であるはずもない。
「お見せしていただけますかな?」
男は再度同じ言葉を吐く。ツカリと歩み寄り、イェータの顔に自分の顔を近づけ、至近距離で見上げてきた。
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
「持ってねえな」
「俺もだ」
イェータが言ったのに続き、トイズも肩をすくめる。男は、先ほどまで見せていた『穏やかで親しげな笑顔』をたちまちに消し去って、あからさまに敵を見るような目で三人の顔をねめつけた。
「困りますなアアアァァアア! ウチに来る客はみいいいいぃいひひんな“許可証”代わりに持ってんですよォォォ! いいか “ひとり残らず”みいいいぃいいっひんなだッ! なぜかってええとよおおぉ。それを持ってるってことがステイタスだからなんだよ。いいかッ!? 人間と人間の間にはッ! “信頼”ってものが必要不可欠なんだぜエエ。信頼ッ。その証がコレなんだよォォオオ!!」
言いながら、男は自らのタイピンを持ち上げ、イェータやトイズ、リシャールの顔にぐりぐりと押し付け始めた。
「オマエッ! オマエが持ってるその指輪ッ! それもオマエのもんじゃあねえだろうがよォォォオ!」
「やれやれだな……だったら……俺たちが“招かれざる”客だとしたらどうだってんだ?」
男をまっすぐに睨みおろしながら、イェータは静かに返す。
リシャールは手の中の指輪に目を落とし、小さなため息をひとつついた後に首を鳴らした。集中しながら指輪を見つめると、指輪はゆっくりとだが再び回転を始めた。
「どうするか、だと? オマエらの頭は飾りかッ!? “どうするか”はオレが決めることじゃあねえんだよ。オマエらを“どうするか”。それは“ボス”が決めることなんだよォォォ! まあ、ボスの手を煩わせるまでもねェェエエけどなアアアァ!」
男はそう言って全身をのけ反らせてひとしきり気味の悪い笑い声で声を震わせていた。が、突然それを止めて真顔に戻り、顔を大きくぐるりと動かして、再びイェータの顔にびったァァと自分の顔をくっつけながら口を開けた。
「アナタ方の目的は何なんです?」
「目的だ?」
返し、イェータは眉間にしわを寄せて男をねめつける。
「あのぅ、すみませぇん。…………ここは“カジノ”だよね。しかもこんな、厳重なロックのかかった地下にある。……どう見ても“合法”な場所じゃあないよね」
ふと口を挟みいれたのはリシャールだった。リシャールは指輪をポケットに戻し入れ、カジノ内の賑やかな光景を一望した後に男を見やった。
「……俺たちは別に、このカジノをどうこうしようっていうんじゃあないんだ。ただ、最近ハザードの外で失踪者が相次いでるっていう話があって……。その調査に来て、偶然ここを見つけただけなんだ」
「偶然?」
「そう、……偶然」
肯いたリシャールに、男は頬を歪め上げて眼を細ませた。
「そういうこった。俺らはただ情報が欲しい。おまえが素直に情報をくれれば、俺らはおとなしくここから帰るぜ」
イェータが続けた。
男はしばらくの間三人の顔を順に見やっていたが、やがて「よろしい」と肯いて、ネクタイを正しながらアゴをしゃくった。
「“ポーカー”……ご存知ですかな」
男が示した先には一台のテーブルが置かれていた。そこには美しいプロポーションの女がひとり立っていて、微笑み、カードを切っていた。
『ポーカー』! それは配られた五枚のカードを一度だけ交換して、相手のそれよりもよりよいハンド(役)を揃えていくゲームッ。判断力や度胸、何よりも駆け引きが重要な要素となって影響してくるゲームだッ。ちなみに相手プレイヤーに心理状態を読まれないための、ポーカーフェイスという言葉を生み出したのもこのゲームだッ。
「彼女はbella gamba。ご覧の通り、脚の美しさがグンパツでしてね。ただし、どうも顔を相手の顔に近づけて喋るクセがありまして。……鼻息が少しだけ生温かい」
男がうやうやしい所作で女を紹介する。女はにこりと微笑み、両手を広げてテーブルを示してみせた。
「わたくしに勝てたら、あなた方の質問にお答えしましょう。――ただし、これは“勝負”。いいですかな、勝負には……それが真剣勝負であればなおさら、互いに“賭ける”ものも必要となります。わたくしは“情報”を賭けましょう。さらにこの“命”も」
「その代わり、俺らにも“賭け”ろって……そういうことか、オッサン」
トイズが訊ねる。男はすかさずトイズを指差して返した。「グッド!」
「……で? 三対一でやったら……あんた、負けちゃう確立が高くなっちゃうんじゃあないの?」
リシャールが言うと、男は小さく笑って肯いた。
「むろん、勝負は一対一。あなた方は三人。三人ともわたくしに勝てば、あなた方はわたくしから三つの情報を聞きだすことができる」
「で? 俺らは何を賭けろって?」
「言いましたでしょう。これは“勝負”です。しかも“真剣勝負”。わたくしは“命”を賭けると」
「――つまり、俺らにも“命”を賭けろってえことか」
イェータがため息をつくと、男はイェータを指差しながら肯いた。「グッド!」
「やれやれだぜ」
ため息をつきながら、イェータはキャップの位置を指先で正した。
bella gambaがカードを配る。初めにテーブルについたのはイェータだった。
「さて、どうしますかな。コール(続行)か、ドロップ(降りる)か」
男は先ほどからの微笑みを揺るがせていない。イェータは、ディーラーを務めている女が放つ香水の香りに辟易としていて、表情は不機嫌そのものだった。
「おっさんはどうすんだ?」
「わたくしは……そうですな、二枚チェンジしましょうか。……ところで、わたくしはこう見えてもイカサマが大変にキライでしてね。あなた方を疑うわけではありませんが、念のため、当カジノのガードをここへ立ち合わせても……よろしいですかな?」
「かまわない」
トイズが応える。男は満足そうに肯き、手元にあったベルを振った。そのベルの呼び出しに応じて姿を現したのは、
「……寺島」
リシャールが名を口にする。
男の呼び出しに応じて現れたのは、トラムを降車してから別行動となっていた寺島だったのだ。ただし、寺島は、リシャールの声にも反応ひとつ示す様子もなく、ただ機械のように動き、リシャールとトイズの背後で足を止めた。
「ほう、お知り合いでしたかな。……その男は我々のボスから遣わされた男でしてね。こうして、わたくしや相手がイカサマをしないよう、見張っていただいてるってわけです」
ハンドからカードを二枚抜き出しながら、男はやはり緩やかな笑顔のままだ。
トイズは寺島を振り向き、小声で「なあ、寺島。……おまえ、ここで何を調べてたんだ? まさか先に潜入してるとは思わなかったぜ」
しかし、寺島は応じなかった。表情ひとつ変えず、ただ黙したままテーブルに視線を向けている。
「さて、……あなたはどうします? 何枚チェンジなさるんで?」
男はそう訊ね、イェータの顔をまっすぐに見据えた。イェータは寺島の登場にも表情を変化させず、相変わらず不快そうな顔で女を見上げ、舌打ちしている。
「俺は“このままでいい”」
「ほう。よろしいのですかな? ……わたくしには……ほほう、なかなかに良いカードがまわってきましたよ」
「このままでいい。……ところでひとつ提案があるんだが」
「何なりと」
「勝負は三回、さっきおまえそう言ったよな」
「ええ。あなた方は三名いらっしゃいますから」
「なら、もしもここにもうひとり、俺らの仲間が来たら、もう一回やらせてくれんのか」
「もうひとり? それはその寺島のことですかな?」
訊ね、男は寺島をちらりと覗く。寺島は相変わらず機械のようで、視線も表情もまるで揺るがすことなく黙している。
「いいや、そうじゃあねえ。……それとな、いちいち面倒だから、この一勝負で俺とこいつらの分、まとめて“賭けたい”んだが、かまわねえかな」
言って、イェータはまっすぐに男の顔をねめつけた。
男は驚き、笑顔を崩す。
「ほほう。それは……皆さま方の“命”を一度に賭けられる、と……こういうことですかな」
「そうだ」
間をおかずに肯いたイェータに、トイズとリシャールは刹那驚いたような顔をしてみせたが、しかしすぐに
「まあ、そういうわけだ」「……まぁ、……面倒くさいのは一度で終わらせたいしね……」
それぞれに肯き、間近にあった椅子を引いてきて腰を落とした。
イェータはディーラーである女を不愉快そうに睨みつけ、傍に寄るなと言いたげに手を振っている。
「それならばなおさら……慎重に勝負を進める必要があるんじゃあないのかな」
女が配った二枚のカードを検めながら男は笑う。しかしイェータは「いや」とかぶりを振る。
「このままでいい」
「グッド」
言って、男はちらりと女に一瞥した。女はゆったりとした笑みを浮かべたまま、男と視線を合わせて首をすくめる。
女は、当然のように、男とグルだ。しかもディーラーとしての腕はプロなのだ。怪しまれることなく、イェータにはブタを、男には良いカードを送り込むことができる。女の表情を見るかぎり、イェータには確かにブタしか届いてはいないはず。
「それでは、ドローしましょうか」
言って、カードをめくろうとした、瞬間。
「このゲームは正当のものではありません」
女の声が割って入り、男の手を制止した。
「ネティー。戻ってきたのか」
トイズが声をかけると、ネティーは手にしていたディテクターをしまいながら目を瞬かせた。トイズの言に応じたのだ。
「そちらの女性はそちらの男性の仲間であると認識します。三十四年前に米国で公開された映画のキャラクターで、劇中においてもコンビを組み、詐欺を行っています」
ネティーは静かに、けれど確かな口調で断じる。
「へえ……そうなんだ」
肯き、トイズが椅子を立つ。
「そういえば、確かに。カジノ側のディーラーにカードを任せるってのはアレだよな」
なあ、と、リシャールに同意を求める。
リシャールは面倒そうに頭を掻きながら、
「うん……でも、あれだよね。……こういうのってちょっとクレームっぽいっていうか……」
「俺は“このままでいい”。ディーラーがこいつの仲間だろうが、どうだっていいさ。ただし、もしペテンをしてんだったら、……そん時はちゃあんと、うまく隠し通せよ」
言って、イェータはようやく口角をつりあげた。女を厄介そうに見ていた目をようやく男の顔に引き戻し、にこやかに微笑みながら、――けれども厳しく断じるような目で、まっすぐに男の目を覗きこんでいる。
イェータの言葉と視線に、男はしばし言葉を飲んだ。そうして「ドロー」わずかに震える声でそう告げた。
刹那、
「時よ、止まれ」
イェータの口が、素早く、その一言を紡いだ。
開示されたカードは、イェータのハンドがスペードのロイヤルストレートフラッシュ。男のハンドはフォアカードだった。
「!!」
男の表情が一変、次の瞬間には女を責めるような顔を満面に浮かべて立ち上がり、女の細い腕を掴んだ。女は小さく悲鳴をあげる。カードが派手に散らばった。
「おまえ……ッ! な、な、な、なにをしたんだ……!」
女を責めたてる男に、イェータはやれやれとかぶりを振った後に自分も椅子を立ち、男を制した。
「どうしてそのアマを責める必要があるんだ? おまえはイカサマをしちゃあいなかった。ならこれはたまたま、運が俺に向いてたってだけの話じゃあねえのか」
「そ、そんなはずはない……!」
言って、男は女が落としたカードを拾い集め、一枚一枚をなめるように吟味し始めた。
「ど、ど、ど、どこかに何かが……!」
目を大きく見張り、まるで何かの虫のような動きで床を這う男に、リシャールもまたやれやれといったふうにかぶりを振る。
そうして、次の瞬間。
男が手にしていたカードの数枚が“何か”に打ち抜かれ、床に散った。“何か”は包み紙から取り出されたアメだった。アメは床にめりこみ、床石にはヒビが入っている。
「みっともない…………さあ、俺たちの勝ちだ。……答えてもらおうかな」
アメを手にしていたのはリシャールだった。リシャールは、ちょうど飲み物や食べ物を乗せたカートが近くに来たのを見て、その中から数個のアメをもらっていたのだ。そのアメが、彼の手の中で回転しながら四角を描いている。
「どうやら、これが俺の異能らしいんだけど……。名前……なんかよさげなの、ないかな」
リシャールは、けれど男にはさほどの関心を見せず、ぶつぶつと独り言を口にしている。
「だな。なあ、寺島。あんたも見てたんだろ? イェータはイカサマなんかやらかしちゃあいねえ。やらかしてたのはこの男とネエチャンだってさ」
トイズは寺島を振り向いて声をかけてみた。寺島はトイズの顔をゆっくりと検め、何かを言いたげに口を少しだけ開いたが、すぐにまた押し黙ってしまった。
「さて……。約束だよな。俺らの質問に答えてもらおうか。俺らの質問は『おまえらのボスの居場所はどこだ?』ってのと、『ハザードの外で失踪して、このハザード内でギャング化している連中を解放するにはどうすればいいか?』ってのだ」
「それと、エステ・シンデレラとの関係です。――もっとも、そちらは店に向かった彼らが解明しているでしょうが」
ネティーがイェータに続き、そう声を放つ。
ボス、という名前を耳にしたとき、初めて、寺島が表情を一変させた。しかし、それよりも。
「ところで、だ。……やれやれ、まずはこいつらをどうにかしねえとダメみたいだな」
イェータが頬を歪める。
テーブルの周囲を、カジノを埋めていた客たちが取り囲んでいる。そのどれもが銃やナイフといった武器を手にしているのだ。
「でもよ、こいつら相手にしているうちに、このオッサン逃げちまうかもしれねえぜ」
トイズが言う。イェータは意地悪く微笑み、トイズやリシャールに向けて視線を放つ。
「ネティー、このオヤジが逃げねえように見ててくれるか」
「了解しました」
「ほんの……そうだな、2、3分ってとこか。長くても5分。それだけ見てくれればいい」
「了解しました」
ネティーが肯いたのを見届けると、イェータは携えてきたコンバットナイフを手にしながら口を開いた。
「いるんだろ? ――俺の“影”」
呼びかける。それに応じ顕れたのは、螺旋階段のところで壁を砕いた、あの――イェータとは似つかない姿をした、けれども間違いなくイェータの一部であろうと思われる、例えるならばイェータの力を具象化したものだった。
「よし、――行くぜ」
言って踏み出す。嬉々としたその表情には、一点の曇りも浮かんではいなかった。
トイズは視界の端々に見えていたプロペラ機を“呼んで”みることにした。イェータが使っているあの異能はハザードに影響されたものと考えるのがベストだろう。それなら、もしかすると自分にも何か備わっているかもしれない。そう思えたのだ。
いや、何よりも。頭のどこかが理解していた。『これは自分の力の具現』だ、と。
「――来い」
呼びかける。するとプロペラ機はそれに応じるようにして飛来し、広げられたトイズの腕の中にすうっと溶け込むようにして消えていった。
やはり、そうだ。
「おまえは俺だ。そうなんだろう?」
呼びかけた。その時、間近にまで迫っていた若く体格のいい男が拳を振り上げ、殴りかかってきた。けれどもトイズは表情ひとつ変えず、そちらを一瞥しただけで動こうともしなかった。ただ、プロペラ機がトイズの身体から顕れ、その男に向けて攻撃を始めたのだ。
「よし――ボラーレ・ヴィーア(飛んで行きな)」
リシャールは面倒そうに周りを見渡し、それから嬉々として異能を使うイェータとトイズの姿を見た。まるで四つの影が奔っているようだ。カジノを埋めていたギャングたちはたちどころに数を減らしている。
「はあ…………面倒だな」
言いながらネティーを見る。ネティーは言われた通り、カジノのオーナーなのであろう男と、その相棒であるらしい女とを見張っていた。ふたりは今にも逃げ出しそうではあったが、どうにかそれを押さえ込んでいるようだ。
しかし、イェータもトイズも、ネティーも知らない。
リシャールは内心とても興奮していた。もしもこのままこの能力を維持していけるなら、今後の戦闘時にはとても役に立つはずだ。
のっそりと振り向いて、襲い掛かってきた小柄な男と身丈の大きな男のふたりに向けてアメを放つ。アメはリシャールの手の中で回転した後、勢いをつけて男たちの腹部に命中した。男たちの腹部は大きくねじれ、その勢いで後ろに大きく吹っ飛んでいった。
これは便利なものだ。思いながら、リシャールは小さく笑う。
「ニョホ ホ」
約束の数分が過ぎた。カジノを埋めていたギャングたちはひとり残らずに倒れ、のびている。
「さて、教えてもらおうか。おまえの知ってることをな」
カジノのオーナーであろう男の襟首を掴み、イェータは静かに、けれども脅すような口調で男ににじり寄った。男は、もはや腹を据えたのか、今は逃げ出そうとする気配も見せずにただがっくりとうなだれている。
「わたくしどもも……詳しくは知らないんですよ。“ボス”に直接会ったことなんかありませんしね。……指示はいつも電話で……」
「会ったことがない?」
「ええ。……ボスは警戒心が強い御方らしく……なかなか表には顔を出しません。噂じゃあ女の姿をしてるっていうことですが、……それも詳しくは。わたくしどもは、このカジノを任されて、裏で麻薬を売りさばけっていう指示を受けていました。ここでの資金がギャング全体の盛り上げに繋がっているっていうのは確かなんですが」
「それじゃあ、あんたはボスの顔を見たこともないってのか」
「はい」
肯いた男に、トイズは大きくため息をもらす。男がウソを口にしているとも思いがたい。なら、少なくとも、“ボス”に関する情報はこの男から聞きだすことはできないだろう。
「それじゃあ、次だ。このハザード内にいる“失踪者たち”を解放するにはどうすればいい?」
イェータが問う。男はしばし考えるふうな顔をして、
「このハザード内では、ギャングの証が必要です。彼らはハザードの外にある“エステ店”で魂を抜かれ、魂が抜かれて空になった身体にはギャングの魂がこめられるんです。それを保持し続けるためには証が必要不可欠なアイテムになる。そしてギャングの魂を備えた者たちは一様にハザードの外に出ることができなくなる。……もっとも、わたくしどもはその店に訪れたこともありません。なんでも、スターは“影響”を受けないらしく」
「なるほど……。もしかすると、ただ闇雲にハザードを消滅させればいい、っていうわけでもなさそうだ」
トイズが目を細めて思案顔を作る。
ギャングの魂を埋め込まれた人間たちはハザードの外に出ることができない。それはむろん双方に密接な関わりが――あるいは“影響”があるからに違いないだろう。
ならば、今は、ハザードの消滅よりも先に、身体を乗っ取られている人間たちを救助することのほうが優先されるべきだ。
そのとき、ふいに、リシャールが「ところでさあ」と、ひどくのんきな声をあげた。
「……寺島がいないんだけど」
「寺島が?」
リシャールの言葉に、そういえばと思い出したイェータが顔を持ち上げて周囲を探る。
――確かに、どこにも寺島の姿は見当たらない。
「寺島さんなら、あそこに」
ネティーが腕を持ち上げ、フロアの一方を示す。螺旋階段があったほうでも、大きなドアが備えられているほうでもない、ただの白い壁が広がっている方だ。
導かれ、視線を向けた三人の目に、壁に大きなジッパーで入り口を造り、その中に身を投じてジッパーを閉めようとしている寺島の姿が映りこんだ。寺島はまったく感情の読み取れない表情でこちらを見つめ、しかし素早くジッパーを閉じる。
「止まれ、時よッ!」
イェータが走り出しながら叫ぶ。すると瞬間、イェータ以外のすべてのものが、時を止めた。静止した世界の中を、イェータは走る。しかし、イェータの異能が止めることのできる時間はごくわずかだ。至近距離にあるカードを入れ替えることは出来ても、距離の離れた場所にいる寺島には、イェータの脚でも追いつくことが出来なかった。
壁は元の“壁”に戻り、ジッパーの跡形もない。
「オラァ!」
間髪をいれずに殴り崩してみたが、そこに寺島の姿を見出すことは出来なかった。ただ、暗い地下道が広がっているばかり。
「地下道……?」
リシャールが首をひねる。
「資料によれば、この周辺にはかつて地下鉄を通す計画があったようです。それが工事途中、何らかの事情で中断され、そのまま放置されているそうです」
ディテクターで調べた情報をネティーが読み上げる。
「……なるほど」
肯きながら目を細め、地下道に数歩足を踏み入れながら、イェータは小さく舌打ちする。
と、そのとき、リシャールのポケットにしまわれていた携帯電話がブルブルと震え、着信を知らせた。
「翼姫からだ…………」
表示されている名前を口にしたリシャールの声に、地下道に足を踏み入れかけていたイェータとトイズの動きが止まった。振り向き、「あいつは寺島を追いかけていったんだよな」言って、急ぎリシャールの傍に駆け寄る。
「…………翼姫?」
携帯を広げ耳に押し当てながら、リシャールはなるべく声が皆にも聴こえるようにと配慮する。しかし地下にいるせいか、電波はあまり良好とも言いがたい。
『ハザードが……消えたんだけど……そっち、何かした?』
「は? ……ハザードが……消えた……?」
うっそりとした目で周囲を見渡し、リシャールは小さく首をかしげる。カジノはそのまま広がっている。ハザードは“消えて”いない。
「今……地下にいる。だから確認しようが……ないんだけど。……こっちはカジノのオーナー? ……なんかそんな感じのオッサンを負かした」
電話で話しながら歩き出したリシャールに先んじて、イェータとトイズとがカジノを出て、初めに通ってきた螺旋階段を探し、ドアを押し開けた。だが、ドアの外にあったはずの螺旋階段はなくなっていた。代わりにマンホールの梯子がそこにあった。
「……こいつぁ」
呟き、イェータは急ぎ梯子をのぼる。それを見送って、リシャールもまた数歩を進めた。「これから上に戻って……確認してみるよ」
梯子はほどなく終わり、イェータたちは地上の、アスファルトの上に顔を飛び出させた。
そこには先ほどまであったはずの風景に代わり、ごく当たり前の、ごく平凡な町の風景が広がっていた。石畳の通りもトラムも異国情緒を思わせる建物も、ひとつ残らず消えていた。
イェータやトイズに続き、マンホールを抜け出たリシャールは、面倒くさげに頭を掻きながら目を細める。
受話器の向こう、翼姫はなぜか息遣いも荒く、どこか苦しそうに、時おり声を詰まらせている。
『エステの顧客情報とか、色々、データ送りたいんだけど……受け取れる?』
「情報を送るって言っても……ケータイに? 俺、いま、パソコンとか……持ってないし」
「データを送っていただけるのならば、私のディテクターで受信できるかと思います」
リシャールの言を耳にしたネティーが静かに言葉を挟みいれた。電話の向こう、翼姫が何を言ったのかは聴こえなかった。が、ほどなく、まるで地をはう蛇のように近付いてきた、一本の細い糸のようなものを視界の端に捉えた。糸はネティーが手にしているディテクターを“見つける”と、初めから用意されていた接続コードのような趣でディテクターに繋がった。
「この、糸みてぇなのは……? これも”異能”の力ってやつか……。俺らのとは”一味”違うんだな」
トイズが感心したように呟き、糸をしげしげと見つめていると、リシャールが手にしている携帯電話の向こうで話す翼姫の声が、今度はディテクターを通してはっきりと、その場にいる四人全員の耳に届くようにもなった。
『……大丈夫、そうね。どう? 声がはっきり……きこえる?』
「……聴こえる。……ところで、翼姫。……おまえ、様子おかしくないか?」
『……気にしないで、ちょっと、撃たれただけよ』
「撃たれた!? 誰に!?」
『ちょっとよ……ほんのちょっと。それ以上……聞かないで、自業自得なんだから。あぁ、気分悪い……話し戻すわよ』
『結論から言うわ。『ハザードはまだ消えてない』。何もしていないのに……消えたわ。ハザードの中でしか……動けないギャング……達の事を考えると、多分ハザードの大元はギャングのボス……だと思うの』
「ハザードは”消えていない”。……ああ、そうだと思うぜ。地下にはまだカジノがある。カジノもハザードの一環だろ。それが消えてねぇってことは……消えたのは”表向き”だけってことだ」
イェータが肯く。電話の向こう、翼姫も同じように肯いたような気がした。
『……多分、ハザードもボスの能力の一部で、ギャングが多ければ多いほどハザードが広がるのよ。今は手下が減った事とボスの意思でハザードの範囲が狭まっている。わたしたちが、攻めてきたから体勢を整えているんだと思うわ』
「ギャングが増えればハザードも広がる。……ハザードってのは地下に広がることもできんのか?」
『地下? エステ店の地下室にも通路があったみたいだけど、そっちにもあるの?』
「昔、この辺で地下鉄工事があったらしい。でも工事は中断、その後はそのまま放置されてるらしいんだが」
「…………元々あった地下道を利用してハザードが”広がった”……?」
思いついたように口を開いたリシャールに、三人の視線が集中する。
「寺島は少なくとも地下道に隠れた。ヤツがギャングの仲間になっているんだとすれば、他のギャング連中も地下道に隠れているかもしれねぇな」
「……”ボス”……ボスもいるかもしれない」
肯き、リシャールはイェータと視線を交わらせる。――どうやら皆同じ考えを持っているようだ。
『……依頼にもあった『エステ・シンデレラ』との関係がはっきりするわね。エステの店主はボスの愛人だったわ。ただ、彼女も『肉体』は一般人だったの。そう、他のギャングと一緒で『入れ替わっていた』んだけど、彼女だけは他のギャングと違って『アクアネックレス』というペンダントを持った女性なら乗り移れるようよ。魂を『抜かれていなくても』ね。エステで魂を抜かれてギャングになるのは間違いないわ……。私が体験したわ』
聴こえてきたその言葉に、トイズが驚き、「何を」と一言漏らす。が、すぐに続けられた翼姫の声が、トイズの言葉をやんわりと制する。
『それから、『ギャングは全て行方不明者』これは『黄金色のテントウ虫』の中から臭いで魂を定着、安定させているの。臭いがあれば『能力』はどこでも使えるみたいだけど、ハザードが消えたら解らないわ』
「本来なら今すぐにでも地下道に乗り込んでいきたいところだが、……確かに、今は、その辺で昏倒してる連中を病院に連れてくのが先決だな」
『わたしもそう思うわ』
「……翼姫、おまえもな」
『わたし、は大丈夫だってば。先に昏倒してる一般市民が優先よ。彼等は、魂を抜かれてギャングになったのよ。じゃぁ、今、『元々入っていた魂』はどこにあるの?』
「元々入っていた魂。……そういえば初めに寺島の声がしたよね。……魂を捧げるか、とかなんとか」
「誰に捧げるってんだ?」
「当然、ボス、だよな。……じゃあ寺島とボスはどういう繋がりがあるってんだ?」
続け、イェータは低くうなりながら、マンホールの入り口を睨みおろした。――この下には、まだ、ハザードが広がっているのだろうか。それとももう消えてしまっただろうか。
いや、たぶんまだあるはずだ。――もっともそれは、なんら根拠のない、ぼんやりとした確信にすぎないのだけれども。
『それなんだけど……私、多分ボスにあったわ。ううん、多分じゃない。間違いなく、あの人はボスよ……ただそこに『居ただけ』なのよ。それなのにわたしは動けなかった……』
「“ボスに会った”? 翼姫、ボスは誰なんだ!? 誰を乗っ取っている!?」
訊ねたトイズに、翼姫の声が応えた。
『行方不明者の一人 ムービーファン斉藤美夜子よ』
カジノを離れ、地下道に身を隠した寺島は、ひとまず事の流れを報告するため、ボスの部屋へと向かった。
薄暗い部屋の中、豪奢な調度品が置かれている。敷かれた絨毯もまた高価なもので、それらを照らすのはぼんやりと点るロウソクの明かりだけだ。その中で、ボスは――斉藤美夜子の身体を乗っ取ったボスは車椅子に座った姿勢のまま、静かに寝息を立てていた。
寺島は足音も、気配すらも静めたまま、ボスの傍に歩み寄り、そうして――美夜子の頬に触れようとして、指を、伸ばした。
瞬間。
寺島の手首がボスの手によって拘束され、寺島は咄嗟に表情を曇らせた。ついで不快を顕わにした顔を作り、自分を見上げ薄く笑っているボスの顔を睨みおろす。
「何故……カジノを護らなかった?」
「俺は正しいと思ったからそうした。後悔はしてない」
即答する寺島の手首を掴んだまま、ボスは喉を鳴らし笑う。
「もっと頑丈な「肉体」を集めるんだ。お前のような、頑丈な「肉体」を……私がこの肉体で戦う必要が無いように……な」
言って、ボスは掴んだままの寺島の手を、ゆっくりと、自分の頬に引き寄せた。そうして再び目を閉じる。
ロウソクのひとつが、風もないのに大きく揺らぎ、消えた。
to be continued→
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クリエイターコメント | このたびは当コラボシナリオにご参加くださり、まことにありがとうございました。お届けが遅れてしまいましたこと、お詫びいたします。
そのようなわけで、本当に、元ネタをご存知でなければどうなんだろうというノベルにしあがってしまったような気がしますが、お楽しみいただければ幸いです。
今回、皆さまのご協力のもと、行方不明者の大半は救助されました。ハザードは完全に消滅した、とは言いがたい状態ではありますが、収束に向かったと考えていただいて大丈夫かと思います。
それと、お分かりの通り、前後編にわかれたノベルとなってしまいました。お話は後編へと続きます。 あまり間をおかずに後編の公開へと踏み切りたいところではありますが、ご縁がございましたら、またよろしくお願いいたします。 |
公開日時 | 2009-02-01(日) 09:00 |
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