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<ノベル>
+ 囁きに耳を傾け、見つめるは悪意の眼差し +
「これは……」
古森凛は窓から夜空を見上げ、表情を曇らせた。
(何か悪いことが起きなければ良いのですが)
銀幕市を覆い尽くす様に散らばった悪意が何をしようとしているのか、すぐに対処できるようにと、心に留めた。
それから数日経ったある日。
凛は木の幹に凭れて路上演奏をし、行き交う人の姿や、足を止めて凛の演奏に聴き入る人の様子を見ていた。
疲れた身体が癒されるような気持ちになるのか、しゃがみ込み演奏に聴き入っている人がいるのに気がついた。
普通の疲れ具合ではないと分かると、凛は演奏を終えた後、声を掛ける事にした。
この原因を突き止めなければと思ったからだ。
原因が分からずに身体の不調を訴える人が増えていく状況を変えるべく、凛は自身の能力を使い、その人へと触れた。
「顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」
するりと凛の触れた箇所から、悪意が入り込む。
凛は悪意の塊とも言うべきそれが、身体へと入り込むのを享受しながら、その力の根源とも言うべきものが何処にあるのか。
そして、その玉が望むのは何かということを、凛は悟りの能力でもって読みとった。
悌の玉が今どこにいるのかということを探り、居場所を突き止めたとたん、悪意が凛へと向けられた。
瞬間、凛は勾玉に宿る紫炎を放つ。
凛と悌の玉が放つ悪意を遮断するように展開すると、感染をさせる人数の拡大の方を取ったのか、それ以降は何もしては来なかった。
「すぐに良くなりますよ」
昨日くらいから体調が思わしくないと言っている人へ優しく声を掛け、凛は繋がりを断ち切ることが出来る仕込み刀で、すぱっと玉との繋がりを断ち切った。
続けて自身と玉との繋がりも断つ。
悌の玉が望むことが分かったならもう、繋がって体力を消耗させることはないからだ。
繋がっていた間に奪われた体力や力は戻っては来ないが、それは凛の奏でる曲で癒すことが出来る。
玉との繋がりを解放した人へ、もう一曲奏でた後、凛は玉の元へと向かったのだった。
+++
ぎゅっと強く拳を握りしめ、クレイジー・ティーチャーは立ちつくしていた。
(どうしテ……、あの時に分からなかったんダ)
怒りの感情に支配されながら、思うのは子ども達のこと。
子ども達が大好きで、いつも子ども達の幸せであるようにと祈る彼だ。
(ボクの可愛い生徒たちガ……)
クレイジー・ティーチャーは、自身の身体から玉が徐々に力を奪って行くのを感じながらも、その時のことを思い出す。
学園の子ども達に混ざって遊び、時には先生らしく教授したりしていた、あの日。
遊具のブランコを揺らす子どもの背を押してやっていた時、グラウンドでキャッチボールをして居た子ども達が集まり、キラリと光る玉を掌に乗せ、代わる代わる手にして太陽の光に透かし、煌めく様を楽しそうに見つめていたのを見ていたのに。
玉は遊んでいる内に何処かへと転がっていったのか、しばらくの間探していたようだったが、好奇心も旺盛だが遊びにも熱心な子ども達のこと。
無くなってしまったのは仕方がないと、すぐに興味を失った子ども達は別の遊びに熱中し始めた。
それからは学園の校門が閉まるまで遊んだ子ども達をクレイジー・ティーチャーは、送っていったのだ。
いつもは校門まで見送りに行くくらいだったのだが、その日は何か勘というべきものが働いたのだろう。
遠くに住む子ども達を送り届けたのだ。
次の日、子ども達は体調を崩したと連絡が学園に入ってきて、漸くあの時に感じたものが玉がもたらしたものだと気づいた。
返す返すも腹立たしいと思う。
この玉が持つ力が、旧仇の能力を思い出させるのもクレイジー・ティーチャーの苛つかせていた。
「アーもーイライラするなァこれッ! どーっせ殺るなら、こーんなチマチマしたのじゃなくて、もっとドーンとバーンとチュドーンっと殺れってんだヨ!!」
きぃぃぃとヒステリックに思わず叫ぶ。
クレイジー・ティーチャーの身体は、生命活動をしていない、言わば死体だ。
彼を動かすのは、学校ならば生徒。学校を出たなら、銀幕市に住まう子ども達へと向けられる愛情が、彼を動かす動力源と言っていいだろう。
次第に重くなる身体を引き摺りながら玉を探すべく、歩き始めた。
(必ず、助けてあげるからネ……)
+++
「大変な事態になっているな」
ハンス・ヨーゼフは臨時閉鎖されている幼稚園を見やり、周囲の静けさに目を向ける。
ここへ来る途中に、人に遭遇することも無かった。
生きているものに関しての感染であるため、大丈夫だとは思うが、念のために門扉や塀などには触れない様に注意する。
既にこの近辺の住民も病院へと収容されているのだろう。
子ども達が登下校する時には、地域の住民が安全のために、目を配り、挨拶などをしている場面が多いからだ。
(病院……)
病院は治療するための場所だが、原因が接触感染であることに気づかないまま、治療を続けていたらどうだろう。
感染した最初の患者を受け入れ、診察した医者、看護師、救急救命士など、それらの人間も感染しているということにならないだろうか。
病院のスタッフは何の能力も持たない一般人だ。
接触感染なら、治療を施している医師や看護師も感染していると考えて良いだろう。
そうなると、出来るだけ早い対処をしなければ、病人で溢れかえる事態になりかねない。
大人はまだいい。子ども達は体力が無い分、悪化するもの早い。
被害に遭っている場所へと順番に回って行くことを考えるが、それは常に玉が起こす行動を追う事になる。
出来れば現在進行形で被害に遭っている場所へと向かうことがれば、其処で接触感染をしたとしても、短時間なら自分の体力と能力を持ってすれば、戦うことは出来る。
そう考えた時、体調が優れなければ何処にまず連絡を入れるか?、と考えれば自然と答えは出た。
ハンスは病院へと連絡を入れ、対策課より依頼を受け行動している旨を伝えると、現時点で連絡が多く入っている箇所についての情報を手に入れ、向かったのだった。
+++
「ふむ。妙なものだな」
ギル・バッカスは自身の力が流れ出ていくのを感じ、何かあるに違いないと対策課へと足を運んだ。
触れたことにより、ギルの力を奪っていっているのなら、出来るだけ接触しないように注意しなければと思い、対策課へと訪れてからまず口にしたのは、触れたらまずいらしいから触れるなという言葉だった。
植村にギルが巻き込まれた状況を話す。
「それは大変でしたね……。今はその関連の事件について、皆さんに調査と解決をお願いしている所なのです。バッカスさんが巻き込まれたのは、この悌の玉が引き起こしている事件になります」
そう言って植村は、事件調査中のファイルを開き、ギルへと示した。
触れれば、植村も感染してしまうので、その辺りは気をつけて。
一連の事件を聞き終えると、ギルはふうっと息を吐いた。
「知らない内に、面倒事に巻き込まれちまったようだなぁ?」
「バッカスさんが来られる前に、玉の所在について古森さんから連絡が入っています。既に調査に出ている方々にも連絡を入れましたので、バッカスさんには皆さんに合流して頂いて、対処をお願いします」
玉の破壊を終えても、色々と事後処理があるのがこの玉の特徴だろうか。
「んじゃ、まぁ、さっさと片付けてくるか。このだりぃのもどうにかしたいしな」
そう言うと、ギルは対策課を後にする。
現場へと向いながら、自身と玉の繋がりを縮めるように、力強い歩みで向かう。
(玉は今、人にとりついて居るってことだが、どうやって切り離すか、だよな)
一度感染した人が新たに触れた人にその力を拡大する玉だが、大規模になれば繋がり、集めた力も大きくなる。
大きな力は、操る者が居なければ繋がりの出来た力の道の中で、停滞してしまう。
もし、感染したことで、玉の力を逆に使うことが出来るものがいれば、玉の思惑とは逆の事態になる。
集めた力を戻すことが出来ないのなら、壊すしかない。
玉が存在し、感染者を増やしていく限りは。
「厄介だな」
+ 打ち砕くは悪意の玉 +
対策課から向かったギルが到着するのが一番早かったのか、聞いていたメンバーの姿はまだ無かった。
手始めに感染者を広げたのは囲いのある閉ざされた世界とも言うべき学校や病院だったが、いまギルがいる場所は広く、芝生の美しい公園だった。
年齢を問わず、玉が良いと思う人物を捜すのに丁度良いと思ったのだろう。
今の姿は青年と呼べるくらいの年齢で、一人で居ることが出来る場所を探している所のようだった。
既に感染人数が拡大傾向に在る今、玉が操り、力を動かす人間がいれば、もう人の輪の中へ行く必要がない。
あとは、適度に乗っ取った身体に不調がないように動かせば、順調にいくということだ。
「これで、うまくいけば……」
そう呟いた男の声を遮ったのは、ギルの手にする大槍が風を切る音が聞こえたからだ。
咄嗟の動きで回避したのは、武器を扱う時代の者であるからだろうか。
悌の玉は乗り移った人を操り、その身に宿す力を武器へと具現化する。
すらりと引き抜かれたのは日本刀。
得手である武器を具現化するも、対するギルの武器は大槍だ。
刃を交わしたとしても、接近するのにリーチの長さが在りすぎる。
臨時ででも、大槍の刃を受け流すことが出来ればいいとでもいうのだろう。
「ほう……」
男はギルの方を見て、その身が既に感染し取り込んだ力の内であると悟る。
「ちっ」
ギルは咄嗟に男が向けた視線から本能的に避け、腰に帯剣している短剣を日本刀を持つ男の手首へと投げつける。
噴き出す血。
だが、一度発動した力の先は逃すことなく、ギルを捕らえた。
流れる血には構わず、ギルの方へと歩み寄っていく。
言いようのない不快感がギルの感情を支配する。
抗いたいのに、支配の力による重圧が降りかかってくる。
鍛えられたギルの身体から力が抜け、芝生の上に横たわり、その身に傷ついていない方の手に日本刀を持ち替え、鋭い刃を胸へと突き刺すべく振り上げる。
その時、一発の銃弾が日本刀の刃を打ち砕いた。
ハンスの拳銃から撃ち出された、銃弾だ。バイクからの射撃は当たるかどうか、不安だったが、躊躇する暇などはなかった。
「間に合って良かった」
後ろに乗っているのはクレイジー・ティーチャーだ。
ぐったりとして、今にも昇天してしまいそうな勢いだが、顔色が悪いのは今更なので、たぶん気分。
一緒に乗った時点でハンスも感染しているので、短期決戦で行いたい所だ。
「破壊は少し待って下さい」
隠行で、人の認識する情報から外れて佇んでいた凛は、玉の破壊ではなく浄化をしたいという。
だが、凛以外の3人はすでに感染している。
実際被害が出ている上、破壊して仕舞いたいのが心情だ。
クレイジー・ティーチャーは、生徒達に被害が及んだ時点で処刑決定。
8つの玉の内の1つでも全て破壊され、1つだけ残ったとしても存在としての役割は無くなってしまう。
ならば、他の7つの玉と同様の運命を辿らせるのが良いと思う。
支配が緩んだと同時にギルは、魔法を発動させた。
膨れあがる魔力にその魔法が広範囲だと悟りの力を使った凛は、即決する。
浄化した上での破壊を行おうと。
凛はハンスの手を取り、再び感染すると男が隠し持つ悌の玉を中心にして感染させるというその能力自体を浄化させ、無力化する。
広がる自身の力の広がりと同時に、押し寄せる疲労に溜息をつく。
一度に被害にあった人々を治すには最適な方法だ。
あとは、玉の破壊と、力を扱う男の動きを止めること。
大槍が地面に突き立てられ、注がれる魔力。
男の周囲を取り囲むように乱立する尖塔のような岩石が出現し、逃げ場を奪う。
ハンスが、遮蔽物となり逃走範囲を狭めている岩石と岩石の間を素早い動きですり抜け、狙いを定め足を狙い撃つ。
1発、2発と。
芝生にがくりと膝を折るが、男が抱える力はまだ持っているらしく、痛みを感じさせない表情で、立ち上がった。
「キミもボクとお仲間? ノーだネ!」
クレイジー・ティーチャーはちょっぴり血糊の付いた金槌を持ち、飛びかかった勢いで叩きつけた。
「生徒の敵はボクの敵、Do you understand?」
にやりと笑うクレイジー・ティーチャーに、ハンスが男に銃を突きつけながら言う。
「玉を探すのが先決じゃないのか?」
「アー、そうだったネ」
ギルは、男に直接触れるクレイジー・ティーチャーを操ろうとしていると動きで読みとると、自身のロケーションエリア【Dark Age】を発動させた。
瞬間訪れるのは、ギルだけが動く制止した世界。
一人だけの世界の中、ギルは男が隠し持つ悌の玉を手にする。
玉の活動さえ、止められた世界。
芝生の上に転がし、玉は大槍の切っ先で容易く破壊された。
展開したロケーションエリアを収めると、動き出す時間。
「ボウズ終わったぜ」
男にもう一撃という所で止まっていたクレイジー・ティーチャーにギルは笑いかけた。
「そうか」
ハンスは芝生の上に砕かれて玉の形を失ったそれを見て、全てを悟る。
終わったのだ。
「だが、この疲労は戻らないのだな」
拳銃をホルスターに収め、ハンスが呟く。
「それくらいなら、私が癒して差し上げますよ」
その男性の方が少し大変そうですがと、微笑んで言った。
(今日はいつも奏でている楽曲よりも大曲を奏でないとダメですね)
「良かったヨ」
ふんふふ〜んと、鼻歌を歌いながらクレイジー・ティーチャーは、明日になれば子ども達の笑顔が見られるとご機嫌だ。
「解決したと、連絡を入れておくか」
「たのむぜ」
ギルは適度に影がある芝生の上に身体を横たえ、吹き抜ける優しい風を肌で感じながら目を閉じる。
凛の楽曲がメンバーの身体を癒していく。
連絡を終えたハンスは、シガレットに火を付け、煙を燻らせる。
一段落して良かったと、空を見上げて。
++++
ゆるゆると陽が沈んで行く。
生温い風が臭気を運んで行く。
まるでそこにあるすべてのものが、それの場所を知らせるかのように。
ゝ大法師は山を歩いていた。
昔と、同じように。
あの時も、彼女を捜して、こうして山の中を歩いた。
「──伏姫様」
そして、見つけた。
川が流れている。
川。
そう、川の向こう側……。
そこに、姫がいる。
そして傍らには、ボロボロにひび割れた『義』と書かれた玉。
「金鋺大輔殿か……また来たのかえ」
美しく豊かであった黒髪は、今は白く振り乱されている。
ふっくらとした可愛らしい唇は、乾涸びて割れている。
「殺しに来たのかえ、金鋺大輔。それとも、また外してくれるのかえ?」
にぃ、とわらうと唇は引き攣れ、ぷつりと切れて血が滲んだ。
ゝ大は俯いた。
「その名はあの時、捨て申した。……姫様を殺してしまった、あの日に」
言うと、女は笑った。
森が不気味にざわめき、その声を掻き消して行く。
「金鋺大輔、金鋺大輔よ。私を殺しただと? 殺しただと! 貴様、貴様が殺したと! ひひひ、笑わせるな、笑わせるでないぞ、貴様が殺したなどと!」
目は赤く血走り、瞳からは赤い涙が幾筋も幾筋も零れ落ちていく。
「一思い、一思いに殺せぬなら銃など手にするでない、愚か者。迷うておる、迷うておるのだろう、金鋺大輔? 知っておる、知っておるぞ、貴様、私に懸想しておったろう。ひひひ、ここで叶えてやろうか、我は生き返った! 幸せか、幸せであろう、八房もおらぬ、貴様のものになってやろうかぁあははっはははははっ!」
ゝ大は唇を噛む。
思い出されるのは、鈴を鳴らしたような愛らしい声。
春の花が咲くような、優しい笑顔。
空は血色に染まっている。
俯いていると、すぅと細い枯れ木のような白い手が、ゝ大の頬に伸びて来た。目の前には、自分を見上げる少女。
「……私を見られぬか。さもあろう、のう、金鋺大輔」
いとおし気に頬を撫でる手。
ギリギリと爪を立てて、その頬を赤く染めた。
「まっか、まっかにならんとのう、貴様、貴様もならんとのう、目を、目を閉じるな、閉じる出ない、貴様、貴様が閉じるでない、見よ、見よ、貴様の罪を見よぉおおおおお!」
ゝ大はただ目を閉じてされるがままに引き裂かれた。
頬の肉が削られ、白い骨が覗く。
女は笑いながら削り取った肉を握り潰す。それから滴る血を赤く長い舌に絡ませて笑い続けた。
まっかだ。
「うまくいかぬのう。残った玉も『義』の玉のみ……ふふ、義はよいのぉ、戯れは面白かったか?」
『義』の玉はふよふよと弱い光を放つ。それに、女は笑った。
「そうかそうか、ふひひひひひぃい……我も、我も戯れたいのう、のう、金鋺大輔? 降りたい、降りたい、ここから出してくりゃれ」
削られた頬から流れる血が胸に降りてくる。べったりと血塗れた上に、女は頬を寄せた。ゝ大は動かぬまま静かに言い放った。
「……なりませぬ」
削られた肉の隙間から空気が漏れる。垂れ下がった皮がその空気に揺れた。
女は笑う。
「なりませぬ! なりませぬだと! ひひひい、金鋺大輔、貴様は変わらぬ! 変わらぬ変わらぬ変わらぬ、ではまた殺し損じるがよいぞぉおひいいいいいっ!!」
笑う。
甲高く。
風が。
生臭い風が運んでゆく。
今度こそ。
間違いは起こしてはならぬ。
「損じるがよいぞ! 貴様は私を殺せぬからなぁっ! ふひひひひ、今度は自ら死んでやらぬぞ、生き恥を晒せと申した者共にものど者共に思い知らせてやらねばなららならないのだからぁああああ」
今度こそ。
ゝ大は銃を構える。
間に合わなかった。
また、間に合わなかった。
だから、今度こそ。
為損じぬよう、こうして。
「なんじゃぁ、黒い筒を私に向けるとは、不忠者めが、手柄も上げられず帰ることもせず挙句私を殺し損ねた損ねた筒をまたたたまたまた向けたむけるむけるまたたまたまた」
額に。
指に力を込める。
引き金を引く。
筒が。
天を撃った。
ゝ大は目を見開く。
『義』の玉。
ぼろぼろにひび割れた『義』の玉。
『義』とは正義。
義の者は命令では従わぬ。
義の者は奴隷ではないからだ。
義の者は自らの義の為に義を尽くす相手の為に義を貫く。
『義』が選んだのは。
「いひぃひひひいあああはははははっ! 損じた損じたぞ、また損じたぞ、金鋺大輔、それでこそ貴様きさまさまよよおおぉおおいひひいひひひひ」
伏姫。
ぞぶり。
腹。
腹に。
腕。
細い。
枯れ枝のような。
声。
笑い声。
笑い声。
「さらば、さらぁばばかなかなまま金鋺だ大だいだいすす輔ぇえええ、あは、ははは、はは、は、」
銃声。
笑った顔。
醜く引き攣れ深紅に染まった顔。
ゝ大はじっと見つめていた。
ひび割れた『義』の玉は、二度同じことをする力は残されていなかった。
笑い声。
銃声。
銃声。
銃声。
銃声。
銃声。
銃声。
銃声。
銃声。
銃声。
「今度こそ、おさらばです。……伏姫様」
『義』の玉は粉々に散って。
笑い声の主は干涸びた黒い灰になって。
消えていく。
溶けていく。
生臭い空気を一掃するような風が吹いて。
がしゃり。
銃が地に落ちる。
崩れ落ちる。
山伏姿の男。
「……姫様」
流れる。
瞳から。
溢れる。
次から次へと。
止めども無く。
ごろり。
転がった。
夜が来る。
空には。
満天の、星。
笑った。
そこには。
一つのフィルムと、一丁の銃が残った。
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クリエイターコメント | 一番最後になってしまった竜城英理です。 お待たせしました。
玉が力を奪うので、体力マイナスでのスタートな方が多い中、頑張っていただき、ありがとうございました。
少しでも楽しんでいただける箇所があればイイと思います。 |
公開日時 | 2008-06-07(土) 23:40 |
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