★ A snowstorm of the spring ★
<オープニング>

 気が付けば冬も終わり、空から降り注ぐのはうららかな春の日差し。
 ぽかぽかと暖かい陽気に誘われ、会社や学校などで居眠りをしている人もいるのではないだろうか?
 そんな気候に関わらず、目を凝らせば建物の影となっている場所に、所々白いものがうっすらと積もっている。
 訝しげに思い、そっと指を這わせてみると、ひんやりとした感触が。
「雪? こんな時期に?!」
 いささか驚いた男――片岡清十郎は思わず声に出して呟いた。
 しかし、TVの天気予報でも雪が降ったなどとの情報は流れていない。
 ――となると、ムービーハザードか。
 つらつらとそんな事を考えていると、一陣の風と共に冷気が漂ってきた。
 ブルリと体を震わせ、振り向いた片岡の目の前にいたのは1.5mほどの雪の塊。
「な……」
 驚く片岡を尻目にそれは尋ねてきた。
「Do you like the snow?」

 もし、あなたがこの場に居て、同じ質問をされたらどう答えますか?
 Yes? No? それとも……

種別名シナリオ 管理番号474
クリエイター摘木 遠音夜(wcbf9173)
クリエイターコメント初めての方もそうでない方もこんばんは。
今回はぶっちぎり(?)のゆるゆるKYシナリオへのお誘いです。
片岡の目の前に現れた物体は、皆様のご想像通りのものです。
住宅地ではこの雪のせいで色々と被害が出ているようです。
大人は一様に困ったり怒ったりしているようですが、子供達はそうでもない様子。
ハザードを起こしている当人に悪意はありません。
以上の事を踏まえてプレイングをお願いします。
プレイング中に以下の事が書いてあると嬉しいです。

・「Do you like the snow?」と問われたら何と答えるか。
・このハザードを起こしている当人を倒すか否か。
・とにかく話し合う、説得する。
・むしろ一緒になって騒ぐ?
などです。

このシナリオはどたばたコメディ路線で行こうと考えていますが、PL様のプレイング次第でいかようにも変わります。
ハロウィンシナリオの時と同様に、皆様のプレイングがストーリーの柱となります。
皆様のご参加と、楽しいプレイングをお持ちしております。

参加者
ルイス・キリング(cdur5792) ムービースター 男 29歳 吸血鬼ハンター
狼牙(ceth5272) ムービースター 女 5歳 学生? ペット?
赤城 竜(ceuv3870) ムービーファン 男 50歳 スーツアクター
グレン・ヘイル(cbsm3414) ムービースター 男 24歳 元・魔王
リャナ(cfpd6376) ムービースター 女 10歳 扉を開く妖精
ミケランジェロ(cuez2834) ムービースター 男 29歳 掃除屋
<ノベル>

 ♪ When it snows, I am excited
    If snow is piled up, what will you do?
    Snow snow
    Fall more
    I am white, and finish dyeing ♪

 白い体をジャンプさせながら、ソレは移動していた。温かいはずの大気を凍らせながら。
 彼の周りには白いものがちらちらと舞っている。まるでそこだけが春という季節から切り離されたかのようだ。
 鼻歌混じりに移動していた彼だが、ふと、ある事に気が付いた。
「あれ? ここどこだ?」
 キョロキョロと辺りを見回し首を捻る。周りの景色には全く見覚えがなかった。
「ま、いっか。――の笑顔が見られれば」
 そうして彼は移動する。春の陽気を切り裂いて。

 
 *

 
 とあるデパートの屋上では、今人気の特撮戦隊モノ『ハイパー戦隊! Gレンジャー』のショーが行われていた。
「大変! 主役のピュアレッドが急な腹痛に襲われて、続けての公演が無理みたいなの。どうしたらいいかしら?」
 その報告を受けた共演者が「またかよ」と、げんなりとした顔を見せる。実はこの彼、こういった急病に襲われる事が一度や二度の事ではなかったのだ。
 アクションも演技も悪くないのだが、些か精神面が弱い彼は、同じような事でマネージャーや共演者を困らせる事が度々あった。
「す、すみません」
 トイレから戻った彼は、椅子に座ってうずくまり、申し訳なさそうに頭を垂れた。
「じゃあ、オレの出番だな?」
 がはは、と赤城竜は明るく笑い、主役の彼と共演者の間に流れる陰湿な空気を吹き飛ばす。
 赤城は最近、悪役の部下その1・その2的な役柄が多く、こういう突発な出来事が起こった場合、対処しやすいのだ。――というより、むしろこの主人公になってから雑役に回るようになったと言った方が正しいのだが。
「じゃあ、お願いするわね」
 これで一安心と赤城に頭を下げ、マネージャーは主役の彼へと薬を手渡す。
「毎回すみません、竜さん」
「いいってことよ!」
 赤城はバンッと彼の背を叩き、衣装に袖を通して正義のヒーローへと早変わり。舞台では悪役が、観客席では子供達が彼の出番を待っている。


 降りしきる雪の中を、アルバイト先の喫茶店に着いてみれば『臨時休業』の貼紙がしてあった。
「うん? “一身上の都合により、本日は休業致します”だ? あの野郎、サボりやがったな」
 そう独り言ちるが、怒っているわけではない。
 良く言えばおおらか、悪く言えばいい加減なマスターの事をグレン・ヘイルは結構気に入っている。
 今回の休業理由も雪が降ってて寒いから嫌だとか、気分が乗らないとかそういった類のものだろうとグレンは踏んでいた。――実際その通りなのだが――わざわざ電話で確認を取るのも面倒臭かったので、そのまま突発の休みを楽しむ事にする。
 グレンは雪のちらつく中、己の気の向くままに歩を進める。
 ――今が雪ではなく、桜の花弁が舞う季節だという事に疑問を感じる事もなく。


 無事舞台も終わり、今は握手会や撮影会へとなだれ込んでいた。
 物語のヒーローとなれば、当然人気も高く、子供達の間で引っ張りだこだ。一息つく暇もない。
「凄ぇよな、竜さん」
「ああ、あれで50だもんな。俺たちにゃあ真似できねーよ」
 舞台を終え、本来ならばすぐにでも休憩に入りたいだろうに、赤城は疲れなどおくびにも出さず、子供達の相手をしている。
 群がる子供の一人が肩車と言えば、他の子供達もそれをせびりにやってくる。もはや撮影会や握手会と言った生易しいものではなく、保育所状態へとなっていた。
 それでも赤城は子供達の要求に応え、端っこでモジモジしている子供を見つければ、自分から抱き上げたりして、子供達の歓声を一身に受けていた。
 ――と、その内の一人が唐突に住宅街の方へ指を指し、声を張り上げた。
 何事かと思った赤城と子供達は、指差した方向へと顔を向ける。なになに? と子供達は一斉にフェンスへ駆け寄って行った。
「こらこら、皆でフェンスに寄っ掛かったら、危ね……いや、危ないぞ」
 地が出そうになった赤城は慌てて言い直す。声のトーンも心なしか高めだ。
「あそこだけなんか白っぽいよー?」
 その内の一人が赤城の方を向き、報告する。
「どれどれ」
 んー、と目をしかめて見るが、ヒーローのマスクをしている為、よく見えない。――が、そんな事を子供達に言う訳にはいかない。
「よし、じゃあ、俺が様子を見てくるから、君達は家で良い子にしてるんだぞ。悪の組織の仕業だったら退治してくるからな!」
 赤城が扮するピュアレッドが言うと
「はーい!」
 と子供達は素直に返事をする。
「じゃ、行ってくるぜ!」
 赤城は満足気に頷き、ニカリと笑うと駐輪場へと向かった。彼はソレに跨り、颯爽と現場へと奔らせる。
 ――彼が乗った物、それは格好いいバイクではなく自転車だったのだが。


「オォ?! 雪? 本物か、コレ?」
 狼牙(ろうが)は積もった雪を前にして言う。尻尾はパタパタと忙(せわ)しなく動き、瞳はキラキラと輝いている。
 遊び心を刺激された狼牙はおもむろに来た道を戻ると、雪に向かってダッシュ&ジャンプ!
 ボフッ
 プハ、と顔を上げた狼牙が感嘆の声を上げる。
「オモシレー! もう一回!」
 程よく積もった雪は狼牙の体を柔らかくキャッチし、衝撃を与えはしない。
 この遊びが気に入った狼牙は何度も何度もジャンプしては雪に突っ込む。当然、狼牙が通った後には色々なポーズの形が残される事となる。

 暫くそんな事を繰り返しながら住宅街を進んでいると、一軒の住宅から女性の悲鳴が聞こえてきた。何事かと思い、門からひょいっと中を覗いて見ると、一人の女性がわなわなと震えていた。
「やだ、何よこれ。雪?!」
 そう呟き、近くのプランターを覗き込む。
「どうしてこんな時期に? 芽は大丈夫かしら?」
 プランターに積もった雪をそっと掻き分け、先日芽吹いたばかりの命に目を向ける。
 女性の願いも空しく、それは無残にも押し潰され、しんなりとしていた。――もう、どうにもならない状態だった。
「やっと芽が出たのに……」
 項垂れる女性を目にした狼牙は、今まではしゃいでいた自分が急に申し訳なくなり、ぶるりと全身を震わせ、体についた雪を落としてから女性に近付いた。
 けれども何と声を掛けたらいいのか見当がつかない狼牙は、尻尾を垂らし女性の周りをウロウロオロオロする事しかできなかった。
 ややあって気配に気付いたのか、女性が振り返り、狼牙に声を掛ける。
「あら、ワンちゃん、どうしたの? 迷子?」
「いや、あの、おれ……」
「……! あなた、ムービースターなのね?」
「そうそれ、アタリ! スターってヤツ! ……ナァ、何か困ってんなら力になるぜ?」
 狼牙の言葉に女性は淡く微笑み、だが首を振って答えた。
「ありがとう。でも、この様子じゃあもう……」
 寂しげに答える女性を前にして
「そう簡単に諦めんなよ! 待ってな!」
 そう言うや否や、狼牙の体を文様のようなものを浮かび上がらせた赤い帯が取り巻き、体色も赤く変化し始める。帯はやがて炎と化し、積もった雪の表面を撫で上げ、融かしていった。
「フゥ、今日は上手くいったぜ」
 雪が融かされると、この季節本来の陽気が戻ってきた。
 狼牙のこの能力は、安定したものではなく、体調が悪い時などは暴走する事もあるのだが、今日は上手く制御出来たようだ。
「凄いわ。ありがとうね、ワンちゃん」
「いーって事よ。……それから、おれの名前は狼牙ってんだ。名前で呼んでくれると嬉しいなぁ」
 狼牙は褒められて嬉しくなり、尻尾をパタパタと振る。――ふと数あるプランターの一つにある発見をした狼牙が
「ホラ、見てみなよ、あれ」
 と女性の視線を促す。
「まあ……このプランターの芽は無事だったのね。ああ、こっちのプランターも!」
 全滅かと思われていたが、茎が太くて丈夫なものは難を逃れていたらしく、雪が積もる前と変わらず、元気よく双葉を太陽の方へと向けていた。
「よかったじゃん」
 女性が笑顔を取り戻してくれた事が嬉しくて、狼牙も笑顔で言う。
「でも、そうだな、この雪もつまって(積もって)困るとこに降るんじゃなくて、みんなが喜ぶとこにだけ降ってくれればいーのになぁ」
「つまって? ああ、積もって、ね」
 狼牙の言い間違えを女性がやんわりと正す。
「オゥッ、それそれ、積もって、だな。うん」
 狼牙はハズカシー、と前足で顔を隠す。
 くすりと笑った女性が前を向いて言う。
「さあ、私もいつまでもくよくよしてたら駄目ね。駄目になったものは、もう一度種を蒔く事にするわ。まだ、春は始まったばかりだものね」
「オウッ、そうだぜ! まだ始まったばかりだぜ。おれは雪を降らせてるヤツを探して、話ししてみる」
 狼牙は門を飛び出し、雪のちらつく方角へと駆け出す。きっとそこにハザードの原因となるムービースターが居ると信じて。
 
 
 * *

 
「お? こりゃぁ、雪か? どうりで寒いはずだ」
 ミケランジェロは天から降る白い綿毛に手を差し伸べながら呟く。
 手の上に降り立った雪はあっという間に融けてなくなる。正真正銘の雪だった。
「ハザード、か? ……まあ、俺には関係ないがな」
 面倒臭そうに歩く彼の前を、元気な声をあげながら、30cmほどの何かが飛んで行った。
「わぁい、ゆき! ゆき大すき! きれーい!」
 キャーッと騒ぎながら其処彼処(そこかしこ)をくるくると飛び回る。
 その声に反応して、サラリーマン風の男性と向き合っていた大きな雪の塊がリャナの方を向く。
「好き? 本当か? よおっし、じゃあもっと降らせてあげる!」
 凄く嬉しそうにその雪の塊――雪だるまは空を舞う雪の量を増やす。
 とたんに視界が白く煙り、それは吹雪の様相を呈してきた。
「おいおいおいおい」
 自分には関係ないと思いながらも、見過ごせない状況になってきた事に、ミケランジェロは溜息を吐く。
「消す、か?」
 “消す”――この能力を使えばこの厄介な状況は打開できるだろう。しかし、これは“消す”ほどの事だろうか?
「おお、凄いな、ここは」
 ミケランジェロが逡巡していると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「グレン……」
 ミケランジェロの呟きが聞こえたのか、声の主がこちらを向く。
「あ、ミィちゃん!」
 ミケランジェロの姿を認めたグレンは満面の笑みで声を弾ませ、飛びつかんばかりの勢いで突進してくる。
 ミケランジェロはそんなグレンを、モップの柄で阻止しする。
 ゴッ……!
「痛ってー」
「ミィちゃんはやめろと言っているだろうが」
 小突かれたおでこをさすりながら、恨みがましい視線をミケランジェロに向ける。
「ミィちゃん、冷たい」
 冷ややかな台詞もグレンには効果がなかったようだ。
 しゃがみ込み、上目づかいで拗ねたように睨むグレンを軽く無視して、ミケランジェロは言う。
「この調子で吹雪き続ければ、ここら一帯は雪で埋まってしまいそうだな」
 周囲に害がないようであれば関わらないつもりであったが、ここは住宅街。下手をすれば積雪の為、玄関が開かないといった被害に見舞われるかもしれない。
 ミケランジェロがちらりと横目で見れば、グレンがにへへ、と笑う。
 ――こいつに助力を求める、というのもなぁ。だが、俺の力を行使する程の事でもないような……。
 キイィーッ!
 思案するミケランジェロの、いや、その場に居た全員の耳に自転車のブレーキ音が突き刺さる。
「お、ここが現場か?!」
 自転車をその場に止め、姿を現したのは赤いマフラーに赤い手袋、ついでに衣装も真赤なヒーローのマスクを被った赤城……いや、ピュアレッドだった。
「うお、寒い! いやいや正義のヒーローはこんな事じゃへこたれないんだぜ!」
 赤城の口からは思わず本音がこぼれる。
「そうそう、この位は屁の河童!」
 ヒャッホイ☆と現れたのはこの寒い中、わざわざ上着を脱いでタンクトップ姿となったルイス・キリングであった。
 あっけにとられている皆をよそに、
「子供は風の子だもんな!」
 とほざく。いや、君、子供じゃないから! とその場に居たなら突っ込みたいところだ。
 くしゅんっ!
 いつの間にか雪だるまの肩にちょこんと座っていたリャナが、小さなくしゃみをした。
「ン? 寒いの?」
「うん、風がつめたいの」
「そっかー」
 雪だるまはそう言うと、風を弱めた。自然、吹雪がおさまった状態となり、今は静かに雪が舞うだけとなっていた。
「わぁい、ありがとー」
 リャナが笑顔で言うと雪だるまもにこにこと笑顔を返す。
「やれやれ……」
 自分が何とかしなくても、事態の改善がなされた事にミケランジェロは安堵する。
「アッ、いた!」
 そこへこのハザードの張本人を探していた狼牙がやってきた。
「おまえがこの雪を降らしてんのか?」
 狼牙は雪だるまに向かって問うが、雪だるまは逆に訊いてきた。
「Do you like the snow?」
「ふぇ?!」
 リャナはぽかんと口を開けている。雪だるまの言っている意味がわからなかったのだ。
 しかし狼牙には意味が通じたらしく
「ゆき? オウッ、好きだぜ! けまくら(かまくら)とか雪観戦(雪合戦)とかイロイロできておもしれーよな♪」
 と答えが返ってきた。
 その答えに嬉しくなったのか、雪だるまの周りではビュオウと雪が舞った。
「だけどなぁ、色んなとこで降らすと、じいちゃんばあちゃんが転んだりするかもしんねぇし、あんまいっぱいつまる(積もる)と困るよなー」
「そう?」
 続いた言葉に少ししゅんとする。
「要するにあれか? 場所が問題なのか?」
 二人の間に割って入ったのはグレンだ。
「んじゃ、場所を移動すれば問題ナッシングだな☆」
 と、何故かテンションの高いルイス。
「この先の小高い丘に自然公園がある。そこはどうだ?」
 と提案したのはミケランジェロだ。
「はいはーい! じゃあ、あたしがみんなを連れていってあげる!」
 手を上げて発言したのはリャナ。どうやって? という突っ込みを全員がしそうになったのだが
「えーい!」
 指を人を指す形にし、リャナが腕を振ると周りの風景が一変。うっすらと雪の積もった住宅街から無数の蒼い扉の並んだ部屋へと様変わりしていた。
「これは……」
「ロケーションエリア?」
「ピンポーン! このなかの扉のひとつがあそこの丘につながっているのよ!」
「へぇ、面白いな」
「でっしょー」
 えっへん、とリャナが胸を張る。
「ただしー……」
 リャナが続けて説明しようとしたのだが
「スゲーな。この扉の向こうが目的地に繋がってるんだ?」
 ルイスが無造作にその中の一つの扉に手を掛ける。
「あっ! だめ!」
 リャナが制止の声を上げるも、時既に遅し。
 ガチャリ
「え? 何か言っ――うひょわぁぁぁあああぁぁああぁぁぁ……?!(フェードアウト)」
 バタン。
 皆が見守る中、ルイスは扉の向こうへと吸い込まれ、何処(いずこ)かへと飛ばされていった。
「おい、ルイスは何処へ行ったんだ? 丘か?」
 ミケランジェロの質問にリャナは
「ううん、ちがうよ。」
 と答える。
「では何処へ?」
「わかんない……。あたし、せいかいの扉いがいの場所がどこにつながってるのかわかんないの。」
 と項垂れて言う。その瞳には涙がじわりと浮かんでいた。
「っと、悪ぃ。別におまえを責めてる訳じゃねぇんだ。泣くなよ」
 まいったな、とミケランジェロが頭に手をやる。
「まぁ、あのテンションの高いルイスなら何処に飛ばされたって平気なんじゃねぇか?」
「そうそう、その通り」
 ミケランジェロに続き、赤城とグレンが相槌を打つ。
 そんなやり取りをしている脇で、狼牙はそーっと扉から後退った。
「フゥ、危なかったぜ。危うくおれも飛ばされるとこだった」
 狼牙はルイスに続き、うっかり違う扉へと突進するところだったのだ。
「せーかいはこの扉だよ。あけて、あけてー!」
 リャナが正しい扉を指し示し催促する。
「よし、この扉だな」
 ゴクリと皆が固唾を呑んで見守る中、グレンが取っ手に手を掛ける。
 ギィ……
 開けた扉から顔だけ出してグレンが辺りを窺う。
「お、凄いな」
 キョロキョロと辺りを見渡すと、そこはまぎれもなく目的地の自然公園だった。
「グレン、先に進んでくれんと後ろが閊えてるんだが……」
 ミケランジェロがモップの柄でグレンの背中をグイグイ押しながら言う。
「イテテ、押すなよ。せっかちだな、ミィちゃんは」
 ブリブリと文句を言いながらグレンが進む。
 狼牙が二人の足の隙間をぬって扉の向こうへと抜け出す。一足先に抜け出した狼牙は、スゲェ、スゲェと興奮気味に辺りを駆け回る。
「どこ○もドアみたいだな」
 某アニメ番組に出てくる便利グッズの名を言いながら赤城は扉をくぐりかけて止まり、サラリーマン風の男性――片岡清十郎の腕を掴み、問答無用で巻き込む。
「ちょっ、私は関係ないでしょう?!」
「まあまあ、いいじゃないか」
「何がいいんですか、何が!」
 清十郎は抗うも、後に続いたリャナと雪だるまに押される形で二人は扉の向こう側へと押し込まれた。
 ――バタン
 最後尾のリャナと雪だるまが通過すると扉は自然に閉まり、消える。
 後にはいつもと同じ閑静な住宅街が佇んでいた。
 
 
 * * *

 
「あ…あれ?」
 気が付くとルイスは狭い個室に居た。
「ここって……」
 見覚えのある……いや、見覚えがあるどころかよく知っている場所にルイスは居た。場所は古い言い方をすれば、“ご不浄”。いわゆるトイレの便座にルイスは座っていたのだ。
 ――ゴクリ
 ルイスは唾を飲んだ。今、ここから出たら確実にイヤンな目に遭う自信がある。が、ここから出なければどこにも行けない。
 意を決したルイスは相棒に見つかりませんように、と心の中で願いながらそうっとトイレの戸を開いた。
 バチッ
 願いも空しく、見つかりたくない相手とばっちり目が合ってしまった。都合の悪い時に限って見つかるのは世の常か――。
「いや、あの、な……」
 何とか弁明をしようとするルイスの目の前で、拳を握り締め、ブルブルと震えながら相棒が低い声で問い質す。
「何でお前がここにいる?」
「その疑問はごもっともですけどぉ……」
 何故か敬語で話してしまうルイスが、デバガメしようとして潜んでいたんじゃ訳じゃないんだ。と続けようとしたのだが
「今すぐ僕の前から消えてなくなれっ!!」
 と鋭いパンチがルイスの頬にクリーンヒット! ぐふっともごふっともなんとも形容しがたい呻き声を上げて、ルイスは空の彼方へと消えていった。
 キラン☆
 ――さようなら、ルイス。君の事は忘れない。


 一方高台の公園ではグレンが上機嫌で言い放つ。
「舞台は整った。さあ、思う存分降らせるがいい!」
「OーKー!」
 その言葉を待っていたように、春らしく穏やかな暖かさを保っていた気候が一変する。
 ――ビュォウ
 一瞬、肌を刺すような冷気が吹き抜けて行ったかと思うと、空からちらちらと雪が舞い降り始めた。
 雪は徐々に量を増し、視界を白く染め上げていく。
 だが、雪の積もり方に業を煮やしたグレンが、
「ふん、このままでは陽が暮れる。俺が手を貸してやろう」
 と己の魔法で補助しようと、黒いローブ状の修道服の下に隠し持っていた棒付きキャンディーを魔法の杖代わりにして手を振るう。するとどうだろう。見る間に雪が積もり始めたではないか。
「わぁ、すごーい」
「オウッ、スゲエな」
 リャナと狼牙が感嘆の声を上げる。
「こんなの朝飯前だ」
 フフンと気をよくしたグレンが得意げに胸を張り、飴を口に入れ、ニィっと笑う。
「何故私までここに来なければならなかったんだ?」
 強制的に連れてこられた清十郎がブツクサと文句を言う。
「まぁ、いいじゃないか。季節外れの雪は、俺ら忙しい現代人へ夢からのプレゼントと思って楽しめば」
 巻き込んだ赤城が微妙にズレた返答をする。
「そうではなくて……」
 清十郎が渋い顔で返す。
「あんたさ、子供ん時を思い出してみろよ。雪が降った日、雪合戦をしたり雪だるまを作って遊んだ時の事を、その時の気持ちを」
 確かに子供の頃には、雪が積もるとそれだけでわくわくしたものだ。
「たまにはさ、何も考えずに無邪気に遊んでみろよ。見えなくなってたもんが、見えてくるかもしんねぇぞ?」
「……そういうものか?」
「そうさ。――ってことで、俺はこのプレゼントに便乗させて貰うぜ」
 そう言うや赤城は積もり始めた雪を掻き集め、ギュッギュッと固め始めた。
「ん? 雪合戦をやるのか?」
 その様子に気付いたグレンが赤城に問う。
「おう! 雪と言えば雪合戦。これ常識!」
「なるほど。ではオレも雪合戦に参加してやろう」
 以前TVで見て“雪合戦”に興味を抱いていたグレンは嬉々として参戦する。
 見よう見まねで雪を固めていると、遠くの方から妙な音が聞こえてきた。
 ヒュルルルルルル……
 ドカッ
 バキバキバキ……ボスッ
 それは立ち並ぶ木に激突し、落下した。その上に雪が落ち、小さな山を築き上げる。その謎の物体に注意を向けていると、やがてもぞもぞと動き出した。
 ボコッ
「た、ただいま……」
 唐突に顔を出したのは左頬を赤く腫れあがらせたルイスだった。
「器用な現れ方だな」
 ミケランジェロが呆れて言う。
「いやん☆これは不可抗力なのよ? いやー、まいったわ、こっちの言い分も聞かずにいきなりバコンだもんな。――っていうか、もう始まっちゃってるんだな」
「とっくにな」
「よおーし、ボクちゃんも負けてらんねーな☆」
 ルイスは張り切って雪合戦の最中に飛び込んで行く。
 そんなルイスや他のメンバーの様子を見ながらミケランジェロは溜息を吐く。いつの間にか傍に来ていた雪だるまが聞いてくる。
「Do you like the snow?」
 本日何度目かの質問に
「ああ、嫌いじゃないぜ。寒いのは嫌だがな」
 と答える。その答えに満足したのか、雪だるまは嬉しそうに笑い、移動する足も軽やかだった。

 ワアッと辺りが一気に賑やかになった。近所に住む子供達がこの公園に押しかけて来たのだ。制止する親も一緒になだれて来る。
「わぁ、雪! すごーい」
「うん、凄いね。たくさん積もってるや」
 子供達は口々に感嘆の声をあげ、元気に走り回っている。早速雪合戦に交じっている子供もいるようだ。
 一方、親達はというと、ゼイゼイと息を上げ、その場にへたり込んでいる者が大半だった。
「まったく、何でこんな時期に雪なんか……」
 渋い顔をして呻く大人の顔に、ボフッと雪玉が投げつけられる。
 不快な顔で視線を向けた先には、悪戯っ子の瞳をしたルイスがいた。
「なんだね、君は?!」
 不快感も露に問い詰めると
「そんな怖い顔しちゃイヤン☆折角、こんな愉快な事が起こっているんだからさ、楽しまなきゃ損だぜ」
 と悪びれなく言う。
 なおも文句を言いたげに口を開いた男性の顔に、再度雪玉がぶつけられる。これに堪忍袋の緒が切れた男性は反撃に出た。
「いい加減に、しろ!!」
 ブンッと勢いよく投げられた雪玉を軽々とかわし、お尻ペンペン☆とルイスは相手を挑発する。
「こんっの……!」
 完全に頭に血が上った男性は、むきになって雪玉をルイスに投げつける。それをひらり、ひらりとかわしながら、雪合戦の渦中へと引き込む。
 男性は気付いていなかった。実はルイスの策に嵌められていた事に。
「ミッション完了! こういう事は皆で楽しまなきゃな。さて、次はっと……」
 お、とルイスの視線がある場所でとまる。
「も、もふもふ……」
 ルイスが熱い視線を送っているのは、雪合戦に参加しているものの、手で雪玉を作る事ができない為、後ろ足で雪を相手にぶっ掛けるという荒業を繰り広げている狼牙だった。
 まるで何かに憑かれたようにフラフラと狼牙の元へと近寄って行く。目が尋常じゃない。逃げて、超逃げて!

「あっはっは。愉快愉快!」
 上機嫌で雪玉を投げているグレンのもとに雪だるまがやって来て聞く。
「Do you like the snow?」
「もちろんだ。おかげで今日は最高に気分がいい」
 全開の笑顔で――少々黒くはあったが――答えると、雪だるまも嬉しそうに笑う。
「エヘヘ、よかった」
 ぐるりと辺りを見渡すと、楽しそうに皆がはしゃいでいる様子が窺える。
 本当、大人も子供達もあんなに楽しそうにしてる。不思議だな。さっきまであんなに怒っていたのに。
 あの子も、こんな風に喜んでくれたっけなぁ……
 雪だるまが物思いに耽っている隣でグレンは雪玉を投げ続ける。
 彼の投げる雪玉は豪速球で、投げつけられた者は堪らない。それを自覚しているのかいないのか、皆の逃げ惑う姿を見ては笑っている。
「いちいち丸めて投げるのは面倒だ」
 雪玉を作るのが面倒臭くなったグレンは魔法で大量の雪を空へと舞い上げる。
 ゴオォォオォォオォ……
 渦を巻いて地上から上空へと舞い上がる雪を見たミケランジェロが、グレンのもとへと駆けてきた。
「何をしている?!」
 珍しく慌てた形相のミケランジェロをきょとんとした顔でグレンは見る。
「いや、雪玉作るのが面倒臭くなって……」
 あのような大量の雪が空から落ちてきたらどうなるか考えていない様子のグレンに、ミケランジェロはアイターと顔を塞ぐ。
「おまえな、あんな大量の雪が一気に落ちてきたら、普通の人間はただじゃ済まねぇぞ?」
「む、確かに」
「とにかく、あの雪を静かに地上へ下ろすんだ」
「……わかった」
 ようやく事態を飲み込んだらしいグレンが渋々承知する。
 キャウンッ
 その時、犬の鳴き声がグレンとミケランジェロの耳に届き、そちらの方に顔を向けた。
 見ればルイスが狼牙の腰にしがみつき、
「もふもふ、最高……!」
 などと呟きながら顔を擦り付けているではないか。顔には恍惚の表情を浮かべているが、狼牙の方は堪ったもんではない。
「は、離……っ!!」
 真っ赤になったり青くなったりしながら、腰の抜けた状態で、前足だけ動かしてルイスから逃れようと必死に這いずっている。
「ミィちゃん」
「何だ?」
「あいつの上に落としていいか?」
「ああ、好きにしろ」
 ミケランジェロの許可を得たグレンは、薄ら笑いを浮かべながら上空に舞い上げた雪をルイスの頭上へと移動させた。
「いざ、天誅!」
 元・魔王が“天誅”とは矛盾を感じるが突っ込んではいけない。
 ドドドドドドドド……
 頭上から聞こえる雪崩れの音に、その場に居た誰もが頭を上げた。
「い゛?!」
 当たり前の事だが、一番驚いたのはルイスだ。気付いた時には既に雪の大群は眼前に迫っており、彼に逃げ場などなかった。
「……!!」
 声にならない悲鳴を上げ、哀れ、ルイスは雪の下敷きに。
 狼牙はというと、すんでのところでルイスの腕から抜け出し、難を逃れていた。
「あ、危なかったぜ」
 ドキドキしながら先程まで自分がいた、今は雪山ができている場所を見詰める。
「ねぇ、大丈夫かしら? 彼」
「さあ……」
「お兄ちゃん、大丈夫ー?!」
 いつの間にか雪山の周りには人集りができていた。
 少々心配になったグレンやミケランジェロもやってくる。
「おい、生きてるか?」
 赤城が声を掛ける、が、反応が無い。その場に居合わせた面々が顔を見合わせる。
 グレンがそろそろと雪山に手を掛ける。狼牙もルイスを助け出そうと雪を掘り始めたその時、
 ボコッ
「わはははは! 俺様、復活!」
 雪煙を上げながらルイスが雪山から姿を現した。
「ゴキブリか、おまえは……」
「酷いわね?! 人をゴキブリ扱いしないでちょうだい」
 安堵の溜息がこぼれる中、呆れた口調で呟いたミケランジェロに何故かオネエ言葉でルイスが突っ込む。
「ま、いいや」
 コホンと一つ咳払いをした後、ルイスが提案する。
「せっかくこれだけの雪が積もったんだ。ここはいっちょ記念にでっかい雪だるまを作らないか?」
「雪だるま!」
「さんせーい!」
 きゃあきゃあと子供達が賛成し、早速雪玉を転がして形作っていく。
 赤城と子供達も競争とばかりに雪玉を転がすのに夢中になっている。
 巨大なものだけでなく、銘々が好きな大きさの雪だるまを作っている中、ハザードの原因である当人はリャナに話し掛ける。
「楽しんでる?」
「うん! でも、あたし小さいから、みんなといっしょに雪だるまつくれないのがちょっとさみしい」
「じゃあ、君にとっておきのプレゼントをあげる!」
 キィ……ンと雪だるまの周りの大気が、突き刺すような寒さのものに変わる。
 あまりの寒さにリャナは小さな悲鳴を上げるが、目を開けた瞬間、それは感嘆の声へと変わっていた。
 今、空から舞い降りているのは大粒の雪ではなく、降り注ぐ太陽の光を反射してキラキラと虹色に輝いている結晶だった。
「わぁ、きれーい!」
 リャナは小さな手を差し出して結晶に触れる。
「つめたぁい! でも、すっごくきれいね!」
 にこにこと上機嫌で雪だるまの方を振り返ると、彼もにこにこと笑っていた。
 だが……
「ゆきだるまさん? どーしたの?!」
 リャナの目の前で雪だるまの体がどんどん縮んでいく。
「やだーやだー、消えちゃやだー!」
「ちょっと……力を使い過ぎたみたい……」
 リャナの叫びに答える声が弱々しい。 
 1.5m位あった身長が、今では50cm程になっていた。彼の体が完全に消えてしまうのは時間の問題であるように思われた。
 リャナの悲鳴めいた叫びに、雪だるまを作っていた手を止め皆が集まってくる。
「こりゃあ……」
「ああ……」
 赤城の呟きに相槌を打ったのは誰だっただろうか? だが、そこにいた誰もが同じ結末を想像し、暗い溜息をもらす。
 そこに明るい声で口を挟んだのは5mもの巨大雪だるまを作り終えたルイス。
「オレにいい考えがあるぜ。まかせな」
 とウインク。
 一同が顔を見合わせる中、不敵な笑みを浮かべていた。
 
 
 春の日差しがゆっくりと積もった雪を溶かしていく。
 溶けた雪は大地に浸み、穏やかな春の気候を取り戻し、彼等の間を流れる風はもう、冷たさを感じさせはしなかった。

 
 * * * *
 
 
「いよう、元気か?」
 ここはベイサイド・ホテルの巨大冷凍庫。――いや、冷凍室といった方が正しいか。片手を上げ、ひょっこりと現れたのはルイス・キリング。
「うん、元気だよ。君のお陰で消えずに済んだ。ありがとう」
 ルイスの声に答えたのはあの雪だるま。ルイスが対策課の植村に相談した結果、この場所を提供してもらえたのだ。
「ゆきだるまさーん」
 キャー、と歓声を上げながらルイスの影から飛び出したのはリャナだ。
「あ、リャナちゃん!」
 リャナは飛び出してきた勢いそのままに雪だるまに抱きついた。抱きつかれた雪だるまも嬉しそうに笑っている。
「また一しょにあそんでね!」
「うん。ボクもまた皆と遊びたい」
「やくそく」
 リャナは雪だるまの枝でできた手に指をかけ、指切りをする。
 ルイス・リャナ・雪だるまは、あの日に撮られた写真を手に、一時思い出話に花を咲かせた。

「さて、と。そろそろ帰るか」
 冷凍庫の中で長時間話しをするのはさすがに辛い。また会う約束をして雪だるまに背を向ける。
 その背に雪だるまは問いを投げかける。
「Do you like the snow?」
「Love!」
 YesでもNoでもなく。それがルイスの答えだった。
 
 
 トットット……
 狼牙は町中を軽快に駆け抜ける。
 楽しい事があったんだ。
 あの時の事を話したい。きっとばっちゃんなら優しく微笑みながら聞いてくれるだろう。
 今度はばっちゃんも一緒に遊べたらいいなぁ。
 そんな事を思いながら、狼牙は大好きな人のもとへと走って行く。
 
 
 客足が途切れたその隙に、くあ、と大きな欠伸を一つ。
 カウンターに腰掛けるとマスターが「お疲れ様」とミルクティーを出してくれた。
 この前のように臨時休業になっていないかと淡い期待を抱きながらバイトに来る毎日。
 けれどもそんな事はそうそうあるはずも無く、今日も営業スマイルで接客対応。
 だが、そんな日常も悪くない。
 そういえばお気に入りの棒付きキャンディを今日は忘れてきてしまった。バイト帰りにミィちゃんに催促したら、どんな飴が出てくるだろうか? そう考えると楽しくなってきた。
 カランコロン……
「いらっしゃいませ」
 来客を告げるベルが鳴り、マスターとグレンが同時に声を掛ける。
 さあ、もう一仕事終えたらお楽しみが待っている。
 
 
「あいたたた……」
 またか、と言う顔で共演者が主人公役の青年の方を見る。
 自分の出番か? と赤城がガタンと椅子から立ち上がる。
「大丈夫? 代わってもらう?」
 マネージャーが青年に声を掛けると軽く手を上げ
「大丈夫です。今日はやれます」
 とキッパリ断る。少しずつだが舞台慣れしてきたようだった。
 このぶんだと代役が完全に要らなくなる日も近いだろう。
「出番です」
 主人公の青年を呼ぶ声が聞こえる。
 背筋をピンと伸ばし、舞台へと歩いて行く姿が眩しい。
 自分が必要とされなくなるのは少し寂しい気もするが、後輩達の成長する姿を見られるのは嬉しいものだ。
「そんじゃ、予定通り悪の手先となって暴れるか。覚悟しろよ、ピュアレッド」
 ニヤリと笑った赤城が舞台へと向かった。
 
 
 ぶぇっくしょい!
「あ゛ー……」
 突然のくしゃみに襲われたミケランジェロはズズッと鼻を啜る。
「嫌な予感がする。今日あたりあいつが事務所にやってきそうだ」
 とは言うものの、実はそんなに嫌じゃない。
 何をしに来るのか、わかりすぎているだけに失笑を禁じ得ないが。
「しかし、何であんなにアレが好きなのかねぇ?」
 顎を軽く擦りながら考えるが、本人ではない為一向に答えは出てこなかった。そんな取り留めのない事を考えながら歩いていると、一軒の駄菓子屋が目に映った。
「仕方がない。あいつの為に幾つか飴を仕入れておくか」
 ちょっと変わった形のものがあればいい、と思いながら暖簾をくぐろうとすると、ちらりと白っぽいものが目の端に映る。
 ――雪?
 思わず手を差し伸べ確認すると、それは雪ではなく桜の花弁。近くの桜の木から散ったものだろうか。
 ふと、彼の問いかけを思い出した。 
 ――Do you like the snow?
 あの時は嫌いじゃないとだけ答えたが、一面に雪が降り積もった景色は、何も描かれていないキャンパスを連想させる為、悪くはないと思っている。
 掌の花弁を握り込もうとしたその時、一陣の風がそれを奪い去り、また上空高く舞い上がっていった。
 
 
 時は流れる。否応なく。
 この時がずっと続けばいいと願っていても……
 

 ――了

クリエイターコメント長々とお待たせしてしまって申し訳ございません。
ようやく公開の運びとなり、ホッとしております。
お届けが遅くなりましたが、この事件が起こったのは桜の咲いている時期と思って下されば幸いです。
少しでも参加PL様に喜んでいただけるものとなっていればいいのですが、どうでしょうか?
何か文中に気になる点などございましたら、耳打ちして下さると幸いです。
この度はこのシナリオに参加して下さり、ありがとうございました。
お届けが大変遅くなってしまい、申し訳ありません。
また、何か事件が起こった際はご協力頂けると嬉しく思います。
公開日時2008-06-21(土) 20:10
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