★ 【終末の日】勝ってる途中 ★
<オープニング>

 
 その日は何のまえぶれもなく、訪れた。
 いや――
 兆しは、あったのだ。
 不気味に蔓延する『眠る病』。杵間山に出現したムービーキラーの城。青銅のタロスの降臨。そしてティターン神族の最後の1柱となったヒュペリオンの、謎めいた行動――。さらに言うのなら、2度にわたるネガティヴゾーンの出現も、それにともなう幾多の悲劇も、また。意図されたかどうかにはかかわらず、それらはみなこの日へとつながっていたのだろう。

 このままでは、いつか、銀幕市は滅びることになる。

 そうだ。そのことは、今まで、何度となく指摘されてきたではないか。
 そもそもこの魔法それ自体、人間が生きる現実には、あってはならないものなのだから。

「それでも……、人はいつだって生きることを願うもの。そうだろう?」
 言ったのは白銀のイカロスだった。
 タナトス3将軍が、その空の下にたたずんでいる。
 杵間山での戦いが決着した、その報せと時を同じくして、銀幕市の上空に、まるで鏡合わせのように、もうひとつの蜃気楼のような街があらわれたのだった。
 アズマ研究所では、ネガティヴパワーの計測器の針が振りきれたらしい。急遽、ゴールデングローブの配給が急ピッチで進んでいる。
「どう見る?」
 青銅のタロスが、空を睨んだまま、うっそりと訊いた。
『ネガティヴゾーンであろう。本来なら、山にあらわれるはずだった』
「そっちがふさがれてしまったので、別の場所にあふれてきたということか」
「もはやそこまで……猶予をなくしているのだな」
『左様。このままでは、我らの使命が果たされぬうちに、この街が滅びることにもなりかねぬが……』
 そのときだ。
 空を覆う蜃気楼が、ぐにゃりと歪んだ。
 そして、まるで絵を描いた布を巻き取るように、その図案が収縮していく。
「あれは……」
 人々は、戦慄と畏怖をもって、それを見た。
 蜃気楼の街は消えた。
 しかしそのかわりに……市の上空に、あたかももうひとつの太陽のようにあらわれた光球と、そこから、いくつもの小さな光が飛び出すのを。


『非常事態だ。繰り返す。非常事態だ。これは訓練ではない』
 マルパスの声だった。
『あの巨大な光球は、それ自体がネガティヴゾーンであることが判明した。飛びだした光はディスペアーと考えられるが、中型規模で、強いネガティヴパワーの反応をともなっている。この対象を、以後、『ジズ』と呼称する。ジズ群は1体ずつが銀幕市街の別々の場所に向かっており、地上へと降下を行うものとみられる。降下予測地点について対策課を通じて連絡する。至急、各所にて迎撃にあたってほしい。……諸君の健闘を祈る!』



 ★ ★ ★



『皆さんは、綺羅星学園に向かってください!』

 そんな指示が出される少し前、現場である綺羅星学園―――。

 春のぽかぽか陽気に、国語教師の念仏みたいな漢文。更には最後尾の窓際の席。昨夜はうっかりDVDに見入ってしまい夜更かしもした。とあっては居眠りするなという方が間違っている。
 そんな次第で浦安映人は徐々に重たくなっていく瞼にうとうとと机に突っ伏しかけていた。
 半開きの目に映る空は抜けるように青い。雲一つない蒼天に太陽が……。

 ―――2つ!?

 眠気も吹っ飛ぶその異様な空に反射的に飛び起きて、映人はマジマジと窓辺に立った。教師がヒステリックな声をあげたが耳には入らない。ただ、目を凝らす。
「先生、外!!」
 言いながら映人は机の脇にかけられた自分の鞄に手を伸ばしていた。
「AD!」
 呼ぶとサニーデイのバッキーがちょこんと顔を出して彼の腕にぶら下がる。それを肩に乗せて映人は廊下に向かう。
 2つ目の太陽から飛び出す光。まるで悪魔を思わせるような黒い羽。コウモリのようなそれを羽ばたかせながら光の球が、まっすぐこちらに向かってきている。
 廊下に出ると映人は非常ベルを押した。けたたましいベルの音が高校の校舎全体に非常事態を告げる。騒然と浮き足立つそれは、だが日ごろの避難訓練の成果か、程なくして速やかに各々の行動へと移行した。
 映人は既に放送室へと走り出している。
「映人!!」
 階段を二段飛ばしで下りていた映人に聞き知った声が届いた。
「さくらか」
 そこに、嶋さくらが数人の女生徒らを伴って駆けてくる。どうやら考える事は同じらしい。
「私たちは幼稚園と小学校の校舎に向かうわ」
「了解」
 そうして彼女と別れた直後。幼稚園から大学までフルオープンでの校内放送が中型ディスペアー<ジズ>の襲来を告げた。

『―――迎撃可能な者は、使えそうなものを持って総合グラウンドに集合!!』

 総合グラウンドは、綺羅星学園の高校と大学校舎の丁度中間くらいにある400mトラックの運動場だ。建物もなく学園内で最も広いだろうスペース。そこに奴――或いは奴らを押しこめようというのだろう。恐らくは校内放送をしている誰かの発案。被害を最小限に抑えるために。
 その指示に一端足を止め、映人は考えるようにして弓道場に走りだした。同様に武道場に駆けて行く者、或いは科学準備室なんかに向かう者たちもいる。武器でも武器になりそうな物でも何でもいい。それらを取りに向かうために。
 その一方で、保健室に駆け込む者、医療箱を抱えてグラウンドへ走る者もあった。高校の校舎だけではない。大学校舎からも何人もの学生が既に駆け出してきている。
 さくら達のように幼稚舎に向かう者たちも多くいた。不安に怯えているだろう園児たち。容易に想像がつく。泣き出してしまっている子どももいるに違いない。先生だけでは手が足りないはずだ。
 小さな光球は一つではなかった。きっと銀幕市のあちこちでいくつもの戦いが始まろうとしているのだ。だとするなら小さな子ども達は不用意に下校させるべきではない。
 けれど、ならばここが安全であるという保障はあるのか。
 どんな事をしても守らねばならない。
 必ず応援が来ると信じて。

 ―――絶対に総合グラウンドからの進攻を許すな!!



 やがて―――。
 空から降ってくる。

 バリ。バリ。バリ。
 ひび割れるような音。

 パリン。パリン。パリン。
 砕けるような音。

 そして、キラキラとした光。

 後に【メイキョウギスイ】と名付けられる綺羅星学園に出現した<ジズ>の、それが産声だった。



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!注意!
イベントシナリオ「終末の日」は複数のシナリオが同時に運営されますが、一人のキャラクターが参加できるのはいずれかひとつになります。
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種別名シナリオ 管理番号996
クリエイターあきよしこう(wwus4965)
クリエイターコメント ネガティヴパワーはポジティヴパワーでねじ伏せろ!(誤)
 カラ元気でも元気!! あきよしこうです。
 殆どの皆様、初めまして。一部の皆様、ご無沙汰しております。

 今回の舞台は綺羅星学園内にある総合グラウンド。
 襲い来る悲壮感も落ち込みそうになる気分も
 折れない心と若さゆえの無謀さ(←?)で吹き飛ばしましょう!


◆戦いは2段階で進行します◆
 ゴールデングローブやファングッズを始めとした武器の支給が終わり、応援が駆けつけるまでは、学園にいる生徒・職員らで<ジズ>の攻撃を退けるしかありません【第1段階】
 それを凌ぎきると次に<ジズ>は小ネガティヴゾーンを展開してきます。応援があれば総力戦で<ジズ>との決着に挑みます【第2段階】

 綺羅星学園の生徒さんは自動的に【第1段階】からの参加となります。その他の皆さんはプレイングに特に記載がない場合、応援部隊として【第1段階】中盤からの参加となります。


◆プレイング◆
 とにかく、<ジズ>襲来に対抗するための戦闘方法などと、ムービースターの皆さんはゴールデングローブの形状、それから、悲愴感に沈んだチームを盛り上げるための小粋なジョーク(※)をプレイングに添えて学園防衛隊まで志願ください。

※小粋なジョークは必須ではありません。キャラにあったプレイングで大丈夫です。また、奇跡的にもたくさんのプレイングが集まった場合や、KYになるほど戦闘がシリアス進行してしまった場合は、採用されない場合もありますので予めご了承ください。


◆プレイングが余ったら◆
『メイキョウギスイ(明鏡戯水)』の特性予想とそれに即した攻略法などお書き添えいただくと。。。正解した場合は有利に活躍できるかもしれません。不正解だった場合は、カウンターを喰らって瀕死になるかもしません。


◆たくさんの志願、お待ちしております。
 

参加者
手塚 流邂(czyx8999) エキストラ 男 28歳 俳優
新倉 アオイ(crux5721) ムービーファン 女 16歳 学生
シュウ・アルガ(cnzs4879) ムービースター 男 17歳 冒険者・ウィザード
四幻 ミナト(cczt7794) ムービースター その他 18歳 水の剣の守護者
神月 枢(crcn8294) ムービーファン 男 26歳 自由業(医師)
葛西 皐月(cnhs6352) ムービーファン 女 16歳 高校生
香我美 真名実(ctuv3476) ムービーファン 女 18歳 学生
古辺 郁斗(cmsh8951) ムービースター 男 16歳 高校生+殺し屋見習い
相原 圭(czwp5987) エキストラ 男 17歳 高校生
綾賀城 洸(crrx2640) ムービーファン 男 16歳 学生
佐々原 栞(cwya3662) ムービースター 女 12歳 自縛霊
北條 レイラ(cbsb6662) ムービーファン 女 16歳 学生
<ノベル>

 
■起承転結の起:戦闘開始○分前?■

 
 鳴り響く警報と、ジズ降下予測ポイントの速報に神月枢はせっかくの端整な顔を何とも微妙に歪めて軽いため息を吐き出した。
 綺羅星学園―――母校である。幼稚園から大学部まであるマンモス校。平日の昼間。大学部の連中はともかく小さな子ども達は真面目に授業を受けているだろう時間。
 枢はそのまま衝動的に自分の診療所を出ていた。彼の開く診療所に現在患者は居らず、居るのも自分の安全ぐらいは確保できる連中ばかりだ。そもそも放置が大前提。問題ない。
 空にはいくつもの光―――ジズ。まるでその一つを追いかけるように走りだす。
 途中対策課に寄ってファングッズを調達。
 車に乗り込んだらいつの間にやら助手席に見ない顔。
 いや、見た事はある。但しテレビや映画で。一瞬スターかと身構えつつ枢は尋ねた。
「……どちら様ですか?」
「手塚流邂だ。知らないのか? お前モグリだろ。そのバッキーは伊達か?」
「…………」
 どうやら主役級の役をこなすタレント本人らしい。それでもバッキーを連れていないところを見るとスター本人のくせにエキストラ。なんて微妙な。
「降りていただけませんか」
 枢は至極柔らかな口調で彼の降車を促した。自分はこれからジズ迎撃に向かうのだ。
「え? なんで? 綺羅星学園に向かうんだろ?」
 そうだ、その通りだ。知ってて乗り込んだのだとしたらいっそタチが悪い。
「だったら何ですか?」
「綺羅星学園は俺の母校だ」
「だから?」
「学校の後輩は俺が守る」
「それで?」
「俺は戦うセンパイだ!」
「それ、で?」
 枢はなんとなく視線を彼の手元に向けた。そこには一本の木刀が握られている。まさかそれでジズと戦おうというのか。
「あぁ!? お前今、バカにしただろ。この木刀をバカにしただろ」
 学校。子ども達が多勢集う場所。それでなくても守ってやらなければならない子どもらがたくさんいる場所なのに、更に足手まといを増やしてどうする。自問の答えは決まっている。
 言い募る流邂を枢ははったと睨みつけた。
「この木刀はな、ただの木刀じゃない。妖刀星砕っつーそれはそれは由緒ある……」
「降・り・ろーーー!!」
 果たして彼らは応援に間に合うのか。


 》》》


 その頃、綺羅星学園―――。

 異変に気付いて本能的に危険を察知した雀が一斉に学園から飛び立った。

 ジズ接近中の報に古部郁斗は右往左往する生徒らの合間を縫ってロッカールームに飛び込んでいた。
 自分のロッカーを開ける。
 いつか一人前の殺し屋になるためにいつも忍ばせていた大量の銃火器。まさかこんなところで役立つとは思わなかった。
 学園という場所柄を考えれば、戦闘系のスターも戦闘経験者も少ないだろう。応援が駆けつけるまでは距離を取って戦える銃の方が有効に違いない。
 素人が撃って当てられるとは考えないが、とにかく打ち続けていれば下手な鉄砲でも数撃てば当たる。
 後は自分が正確にジズにダメージを与えていけばいい。
 郁斗は左腕の腕輪を袖の上からなぞった。ゴールデングローブの感触。ゴールデングローブが稼動すればロケーションエリアの展開が出来ないと同時に、行使出来る能力が半分以下になる。それが半人前の自分にどれほどの影響を及ぼすのかわからないが。
 大丈夫。自分に言い聞かせるようにして郁斗は銃火器を取り上げた。と、その時。
「わっ!?」
 驚きの声に振り返る。
「すごい武器だ」
「ああ。マガジン運ぶの手伝ってくれないか」
 声をかけると彼は。
「任せてっす!!」
 と意気込んで、何も持たずにロッカールームを出て行った。
「……おい?」
 声をかける暇もなく、正に脱兎の勢いで駆け去る彼に、郁斗は半ば呆然と立ち尽くしていた。やっぱり学園に銃火器なんて持ち込んだのがやばかったのかな、などと内心で舌を出してみる。とはいえそんな風に驚いてるようには見えなかったのだが。
 武器を取り出し、とりあえず自分が持てる分だけ抱えあげた時、ピンポンパンポーンと校内放送が入った。
『手の開いてる男子はロッカールームに集合! 武器を運び出すのを手伝ってくれ!!』
 さっきの彼の声だ。
「…………」
 その直後、大量の生徒がそのロッカールームに押しかけてきた。


 相原圭は放送室のマイクを握り締めながら、そこで一つ深呼吸した。これでさっきの大量の武器は無事運び出せるに違いない。
 だけど、マイクを握る手はわずかに震えていた。ビビリな自分。
 いやきっと、自分だけじゃない。誰もが不安でいっぱいなのだろう。不安に押しつぶされそうになっているに違いない。
 圭はマイクの握る手に力をこめた。
 みんな迷っている。きっと同じ。ならば自分の出来ること。みんなの出来ること。
『オレ達の学校はオレ達で守るんだ!! 何も最前線に立つ事ばかりが戦いじゃない』
 くすぶるばっかりだった熱い気持ちをこめて。圭は自分を奮い立たせた。自分だって戦いたい。
『怖かったら後ろに隠れてたっていいと思う。だけど応援ぐらいは出来ると思うんだ。ただ祈ってくれるだけでも構わない。それがパワーになるから!! だから―――そうだ! 校歌斉唱!!』
 言い切って、我ながら何で校歌斉唱だったのかとセルフ突っ込み。勢いで口走ってしまっていた。
 そんな自分に笑ってしまう。それはきっとこみ上げてくる勇気。圭はそうして放送室を出た。
 何をすればいいのか戸惑っている生徒たちを見かけて、出来る事が何かあるはずだ、と叱咤激励しながら、圭は弓道場を目指した。


「僕も同感です」
 圭の校内放送。スピーカーに向かって呟いて綾賀城洸はサニーデイのバッキー『蒼穹』を肩に乗せ、生徒達の避難誘導に走り出した。
 誰もがみんな戦えるわけではない。自分だって類稀な戦闘力を有しているわけでもない。最前線に立つ事だけが戦いじゃない。適材適所。それでいいと思う。焦る必要もない。だからといって戦えない事を気に病む必要もない。
 出来る事から始めていけばいい。
 体育館には幼稚園や小学生たちとその担任。それからそんな子どもたちを励ます生徒らが集まってきていた。残りの生徒は総合グラウンドに向かっているのだろう。
 洸は武道場にテキパキと救護スペースを作った。武道場には柔道部や空手部が使う畳があるのだ。怪我人が多く出れば保健室の布団だけでは足りなくなる。
 搬送先を整えながら洸は他の生徒と励ましあった。
 迷子になって今にも泣き出しそうな小学部の1年生を見つける。
「大丈夫です! 必ず応援が来ますから! 行きましょう」


 学園の回線フルオープンで告げられたジズ襲来の報。
「ちょ、マジ洒落になってないから!」
 新倉アオイは驚いたように立ち上がって教室の窓の外を見た。
「なんでよりによって学校な訳!?」
 勿論、学校だけではなく、そしてその数も多いのだが。
 アオイは携帯電話を取り出した。対策課は通話中。当たり前だ。この状況なのだ。
 しかし学園内は自分も含めムービースターよりもムービーファンの方が遥かに多いだろう。ファングッズは必須に違いない。
 リダイヤルを繰り返しながらボイルエッグのバッキー『キー』を連れて自分のロッカーへ向かう。
 護身用にと半ば託されるようにして渡された友人の刀。生きて返すために。
「絶対綺羅星学園でジズの好き勝手なんかさせないんだから!!」
 それを腰に佩くようにウェストポーチに固定して、『キー』をポーチの中に仕舞うとアオイはロッカールームを出た。各踊り場に設置された消火器を取る。持てるだけかき集めて総合グラウンドへ向かった。

 同じ頃、アオイの親友北條レイラも立ち上がっていた。
「……来ましたわね」
 小さく呟いて走り出す。ロッカーから二丁の拳銃。両親からそれぞれにプレゼントされたもの。リボルバーの装弾数は共に6発。但し1発は空砲。たぶん、自分には撃たれる覚悟がないから。
 弾倉を確認して、レイラはウェストポーチにそれを収めた。
 サニーデイのバッキー『サムライ』を抱き上げる。
「わたくし達……学生を攻撃してくるという事は、この街の未来を妨害する物と考えます。全力を持って、攻撃を防御―――及び回避致しますわ!」
 走りだす先は400mトラックの総合グラウンド。その周囲を囲むギャラリー。そこに消火器を抱えたアオイを見つけて声をかける。
「考える事は同じなのね」
 レイラの言葉にアオイがにやりと笑みを返した。
 何度目かのリダイヤルが繋がる。
 ファングッズを持ってきてもらえるよう依頼すると既にこちらに向かっているという。但し、状況が状況だけに対策課も半ばパニック状態らしい。応援は期待しないで欲しいというものだった。
 アオイがその内容を親友に報告。
「――だって」
「已むを得ませんわ」
 レイラが応えた。
 大量のジズ襲来。
 しかし、ともすればこれだけで戦わなければならなくなるかもしれないという事だ。何となく2人の間に重苦しい空気。
 と、その時、圭の校内放送が入った。
「応援だけでも心強いですわ」
「でも、校歌斉唱はありえなくない?」
「確かにそうですわね」
 二人でくすりと笑い合った。いつの間にか重苦しい空気は消えていた。

 しかし、消火器を集めたはいいがジズは綺羅星学園の上空から降りてくる気配を見せない。纏っていた光輝く空間の鎧のようなものは収束したが、本体と思しき一点の曇りも見られない透明な球体はダイヤモンドのような硬質感を持ってそこに浮遊していた。
 これでは攻撃のしようがないとレイラとアオイが顔を見合わせていると、制服や体操服姿の集団がそれぞれに体育用具を持って総合グラウンドにやってきた。どうやら運動部の者たちらしい。
 その中の1人、ピーチのバッキーを連れた葛西皐月が持っていたバットを振り上げた。
「さぁ、打ち落とすわよー!!」
 言うが早いか、ソフトボールを目の前に軽く投げ上げて、それを力いっぱい打ち放つ。
「…………」
 ボールは綺麗な弧を描いてギャラリーからグラウンドへと落ちた。野球で言えばピッチャーゴロみたいな感じのあれでそれだ。
 どっと笑いが沸き起こった。
「ま、まぁ。私も現役ってわけじゃないからさ」
 皐月が笑ってごまかしていると、他の生徒たちもそれで緊張が取れたのか一斉にソフトボールや野球ボール、或いはテニスボールだのバレーボールだの、バスケットボールだのを思い思いに打ったり投げたりし始めた。
 届くのはその1割にも満たないほどだ。
 しかしミスをいくら連発しても諦めない。落ちてきたボールはまた拾って打つだけだ。
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってね!」
 元気一杯の皐月に、レイラとアオイが駆け寄った。
「私たちにもやらせてよ」
「手伝いますわ」
 あれを空から叩き落さない事にはどうにもならない。
「勿論。あ、この際だからボールの飛距離を争うなんてどう?」
 皐月が余っていたバットを二人に手渡しながら言った。
「へ?」
「目当てにした敵には届かなくても、鬱々とした気分で戦うより、笑顔で向かって行ったほうが力になると思わない?」
 皐月の提案にレイラが頷いた。
「面白そうですわね」
 アオイも頷く。
「よーし、負けないんだから!!」
 そうしてボールの打ち合い合戦が始まった。


 その頃。
 スターの天敵ともいえるネガティブパワー―――ジズに対して、正直あまりお近づきになりたくないと思っていたムービースターの佐々原栞は、しかし集団行動を乱す事も出来ずに、体育館に向かっていた。
 そこに校内放送が入る。聞き知った声。
『オレ達の学園はオレ達で守ろう!!』
 熱弁をふるう彼の呼びかけにクラスメイトたちが奮起した。担任の制止も振り切って僕らもと言い出す始末。
 ヒーローに憧れ、一緒に悪い奴らを倒そうと怖いもの知らずに勇み立つ。だが闇雲に戦いに参加すれば足手まといにしかならないだろう。それが理解出来ないのもまた幼さゆえ。
 そして栞もいつしかそんな集団に流されていた。
 止めてもどうせ止まらないなら、彼らにも出来る―――戦いに参加する手段をきちんと与えてやればいいではないか。
「先生、机とか椅子とか、いくつか壊れちゃっても大丈夫?」
 栞が尋ねると担任は訝しげに首を傾げながら、えぇと答えた。
 栞はクラスメイトに机や椅子を運んで欲しいと頼んだ。
 どうするのかと思っている担任を他所に。栞は総合グラウンドのギャラリーに辿り着くと、おもむろに持っていた机をジズ目掛けて投げつけた。
「佐々原……さん……」
 その剛速球と彼女の豪腕ぶりに担任はあんぐりと口を開けて、大きく目を見開いて、呆然とそれを見つめていた。
 的をはずした机がグラウンドの向こう側に落ちた。その音までは聞こえなかったが、遠目にへしゃげているのがわかる。
 それに気付いたらしい綺羅星学園教頭が駆けて来た。
「何をしているんです! 小学生までこんな危険な場所に!!」
 ヒステリックにかなきり声をあげて近づいてくる教頭を栞はマジマジと見返していた。特に生え際の辺りを。
「相手はジズですよ。椅子や机でどうこうできるような相手だと思ってるんですか!? これだから子どもは……」
 とごちゃごちゃ撒くし立てる教頭に椅子や机は駄目らしいと何となく理解。
 栞は呟いた。
「……代わりになるもの……」
「あ、栞ちゃん、それは……」
 弓矢を持って映人と共にグラウンドに現れた圭がそれに気付いて慌てて止めに入ろうとしたが、少し遅かった。
「ひぃーーーーーーーっっ!!」
 教頭が悲鳴をあげた時には、教頭のかつらはジズに向かって飛び、塵と化してグラウンドに落ちていた。
「…………」
 栞が圭を振り返る。
「あ、花見の時の……」
「やぁ」
 苦笑を滲ませながら圭が応えた。


 綺羅星学園大学部校舎。
 鳴り響く警報。ジズ襲来の校内放送。香我美真名実はゼミの研究室から自分のロッカーへ急いだ。
 薙刀を取る。これでジズをかわせるかどうかはわからないが、何も持っていないよりはマシだろう。
 それから。
 幼稚園や小学校等の小さい子供たちが怯えているだろう事は想像に難くないから、少しでも落ち着かせてあげられたら、とお菓子を集める。他の学生たちにも頼んで分けてもらって、持てるだけのお菓子を持って、真名実は体育館を目指した。
 そこに子ども達は非難しているはずである。
 だが大学部と高等部の建物の間にある総合グラウンド。それを横切るようにして体育館に向かっていると、逆に体育館の方から総合グラウンドへ向かってくる小さな集団と出くわした。
 一目でわかる小学部の生徒たち。それが各々に机や椅子を持ってやってくるのだ。
「あなたたち?」
 声をかけると子ども達は意気込んで答えた。
「僕たちも戦うんだぜ!」
「悪い奴らをやっつけるんだ!」
「学校は俺たちが守る」
 口々に言い放つ子どもらに真名実は困惑げに首を傾げた。
 もっと不安がっているかと思っていたが、実際は自分たちも戦うのだと意気込んでいた。
 だけれどそれはとても危険な事だ。とはいえ、戦う意志のある者を無碍に止める事も出来なくて。危険な場所に向かっていく子どもらをほっておけなくて。
「わかった。じゃぁ、お姉さんも一緒に守るわね」
 学校を、子どもたちを。
 真名実は薙刀をぎゅっと握り締めて、子ども達の輪に加わった。


 ジズ襲来の校内放送。浮き足立つクラスメイトにシュウ・アルガは小さく息を吐いた。チラリと横目で窓の外を見やる。いくつもの光。
「やれやれ……『授業中は静かにしなさい』って言われたことねぇのかよ」
 独りごちて立ちあがった。思った以上のパニックはない。誰もがこんな日が来る事を予感していたからだろうか。いや、違う。みんなまだ、その脅威を実感していないからだ。
 刹那、突然巨大地震が起こったような震動と轟音が辺り一面に響き渡った。
 総合グラウンドにいた者たちはそれを目の当たりにしていただろう、ジズの一発目の衝撃波。
 マグニチュードに換算すればいくつになるのか。
 シュウは総合グラウンドへ走りだした。
「出し惜しみして救援が来るまでに全滅してもシャレになんねぇしな!!」
 ロケーションエリアを開放。風景が変わる事はないが、その足下に巨大な魔法陣が浮かびあがり、彼の制服は映画の中の魔道士の衣装へ、その手には杖。
 間髪いれず彼が召喚したのは幻獣〈名も無き不死鳥〉。赤い髪。赤い翼。金色の瞳。雪のように白い肌を持つ女性。実体はなく半透明。無属性の白い炎で対象物を守り、それを害するものを焼き尽くす。
「行くぞ」
 だが走りだしかけたシュウを誰かが呼び止めた。
「待て!!」
 振り返る。見かけない顔。大学部の学生。四幻ミナトだった。
「何だよ」
 シュウがぶっきらぼうに返す。
「ムービーキラーになるつもりか!?」
 ミナトの憤激。だがそれに気圧されるでもなくシュウが言い返す。
「ここはまだ、ネガティブゾーンの中じゃない」
「だからといって、ネガティブパワーの影響を全く受けないとは言い切れないだろ」
「さっきの衝撃波を見ただろ。また次にあれがきたら、間違いなくいくつのかの校舎は倒壊する」
 確かにシュウの言い分もわかる。だが。
「……それと同時にお前はムービーキラーだ」
「なら、このまま手を拱いて、校舎の下敷きになる生徒らを見てろってのか!?」
「…………」
「少なくとも俺は出来る限りの事をする。『オレ達の学校はオレ達で守るんだ!!』」
「だったら僕は、あんたがムービーキラーになるのを手を拱いて見ているつもりはないからな」
「…………」
 先ほどの衝撃波をまともに食らえばキラー化する可能性が高い。場合によっては衝撃波の直撃を受けたものに触れても、ネガティブパワーに感染する可能性がないわけではないのだ。本当は、このロケーションエリアにジズが介入しても感染するかもしれない。
 次がきたら終わる。かといって、確かにこのままでは校舎が倒壊するのも事実だろう。
 ならば選択肢は1つしかない。
 ミナトは左手首のゴールデングローブに右手を重ねた。ロケーションエリアは解放出来ない。力の威力は半減する。それでも。
「威力は半減しても、人1人密閉するくらいは出来るだろ?」
 ミナトは決断した。





■起承転結の承:合言葉は一つ■

 透明な球体―――ジズがふと強い光を纏った。
 そう思った刹那、そこからまっすぐ大学部校舎の方へ向けて一発目の衝撃波が浴びせられた。
 総合グラウンドを挟んでこちら側にいたアオイやレイラや皐月らまでそこから発生した余波と呼ぶにはあまりに強い突風と地軸を揺るがすような地響きに、バランスを崩し、或いは弾き飛ばされ、もんどり打っていた。もちろん、他の生徒たちも似たようなものだ。
 直撃ではないまでも、まるで地震と竜巻を合わせたようなそれに小学生の生徒の間では泣き出してしまう子もでた。
 当たり前といえば当たり前かもしれない。しかしそこには確かに、越える事の出来ない力の差が横たわっているようにみえた。学校を守ると決めた覚悟は、吹けば飛ぶほどに軽いものではなかったはずだ。だが、その覚悟をもあっさり消し飛ばしてくれるほどの力の差。
 誰もが息を呑んだ。
 大学部の方は大丈夫なのか。遠目にもわかる大学部側の惨状。
 今のがこちらへ向けられたら。そう思うと誰も、無条件で無責任に大丈夫とは言えなかった。
 刹那。彼らは遠くで淡い光が広がるのを見た。
「まさか!?」
 アオイが思わず立ちあがる。
「嘘でしょ……?」
「誰かが、ロケーションエリアを開放した?」
 皐月も呆然とそれを見つめていた。
「ちょっ!? ネガティブゾーンが攻めてきてるのよ!」
 アオイも皐月もレイラも、いや誰もが知っている。ネガティブパワーに感染したムービースターの末路。その悲劇を知っているからこそ愕然と。
 それは間違いなく自殺行為だ。
「今がその時だと感じたのですわ」
 レイラは立ち上がると厳かに言った。
 わかっていての選択なのだ。学園を守るために。
 ジズを囲むように、或いはグラウンドの外を守るように張り巡らされたと思しき結界。これ以上ジズに攻撃を許さないためのもの。
 自分も同じ立場であったなら躊躇わないかもしれない。たとえそれが小さな可能性であったとしてもゼロでないなら。
 レイラはバットを握り締める。
「私たちも負けてはいられませんわよ」
 敵の攻撃はこの結界によって止められると信じよう。ロケーションエリアを開放してくれた人間を信じよう。
 ならば我々がすべきことは、あの空中に浮かぶジズを叩き落とすことだけだ。
 レイラの言葉にアオイと皐月もバットを振り上げた。ボールを握る。
 レイラは子どもたちを振り返った。
「皆様。ここを襲撃してくるという事は、あれはきっとわたくし達が恐いのでしょうね。敵が一番嫌がることは、わたくし達の生還ですわ。存分に悔しがって頂きましょう」
 そうして子どもらににっこりとした笑顔を送った。
 そんな彼女らに怖気づいていた子どもらも落ち着きを取り戻し始めた。特に単純な男の子たちは、喉元過ぎて熱さも忘れたような元気を取り戻す。
 それでも震えの止まらない子らもたくさんいた。
 それに真名実が優しく声をかけた。
「大丈夫。皆さんには指一本触れさせません」
 みんながその為に戦っているのだ。
「敵がもし襲ってきたら、私が追い払いますから」
 薙刀を片手で軽く横に薙いでみせて。
「だから、大丈夫です」
「うん……」
「体育館にいる皆さんにも教えてあげてください。きっと小さな子どもたちは、まだ怖がってるかもしれませんから」
 そう言うと子どもらは自分たちよりももっと弱い者達の存在に上級生としての強さを取り戻した。
「うん!」
 子どもらに持っていたお菓子を託して真名実は立ち上がるとジズを振り返った。
 決意をこめる。このグラウンドから外への攻撃は絶対にさせないと。
 栞もジズを睨み据えていた。
「代わり……」
 そうして辺りを見渡す。どうやら机や椅子は駄目らしいからだ。
「それ、使ってもいい?」
 声をかけられてアオイは「へ?」と栞を振り返った。栞がアオイの足下の消火器を指差している。
「うん。いいけど……」
「うん」
 栞は消火器をジズ目掛けて投げつけた。
 それを半ば呆然と見つめながらアオイも気を取り直す。
 小学生の栞が反撃を開始した事で、俄然周囲のやる気は盛り上がった。
 圭は弓を構える。和弓は引くのに大きな力が必要そうだったので、初心者でも扱えそうな洋弓だった。
 矢を番えて狙いを定める。
 その傍らで郁斗は片膝を付いた姿勢で組み立てた狙撃銃を構えながらポツリと呟いた。
「この状況でロケーションエリアを開放して、勝算はあるのか……?」
「…………」


 洸はジズの一発目の衝撃波のあった頃、体育館の中にいた。不安ながらも圭の校内放送などもあって気持ちが前向きになっていた生徒たちも、見せ付けられた力の差に瞬く間に萎縮してしまっていた。
 衝撃に巻き込まれたのだろう怪我人も運ばれ始めると、水溜りに小さな小石が投げ込まれ出来る波紋のように不安は瞬く間に広がった。
「今迄も皆さんで協力して撃退して来たじゃないですか!」
 洸は避難してきている生徒らに声をかけた。少しでもネガティブな気持ちにならないように。
「今度だって絶対に勝てます!」
 笑顔で声を掛け、元気付けて廻る。
「大好きな人達を、大好きなこの街を、一緒に守りましょう!!」
 そして、出来そうなら怪我人の手当てを手伝ってくれるよう、声をかけた。
 自身も自前の簡易医療キットで運ばれてきた怪我人の応急処置。手伝ってくれる生徒には医務室から持ち出してきたものを渡して手当ての仕方をレクチャー。
 そうして保健医の先生を手伝っていると、小学生高学年といった子どもらが体育館に駆けて来るのが目に止まった。各々に手にはお菓子を持っている。小さな子どもらに配っている姿を見つけて声をかけると、お菓子は大学部のお姉さんに貰ったのだと教えてくれた。どうやら、子ども達はつい先ほどまで前線にいたらしい。
 前線の状況を尋ねると子ども達が口々に答えた。そこに出てきた単語に洸は自分の耳を疑う。気付いた時には駆け出していた。

 ―――この状況で、ロケーションエリアを開放してるですって!?

「攻撃はするなよ。わざわざネガティブパワーにこっちから触れにいく必要はないからな。衝撃波はまともに受けるな。二次災害が広がらないようにだけ、守りに徹しろ」
 口早に命令してミナトはゆっくり息を吐き出した。
 出来る限りシュウは後方に退かせている。後は、自分が彼を守るだけだ。衝撃波の波動がシュウにまで届かないように、ネガティブパワーが彼自身に届かないように。
 そんな事が可能なのかはわからない。けれど出来る限りの事をするしかなかった。後は運を天に任すだけ。いや違う。人事を尽くしたのだから天命を待つだけだ。
 シュウがミナトのずっと背後で小さく舌打ちしていた。命令された事にだろう。だが、シュウ自身選択肢はない。
 自分がキラー化すれば、更に事態が悪化する事もわかっているからだ。
 シュウを水が包み込んだ。
 ミナトが空気中の水分から集めたものだ。ネガティブパワーの衝撃が彼に届かないように変幻自在の水のシールド。ゴールデングローブを付けていてもこれくらいの力は何とか使用可能らしい。
 勿論、これ以上は出来そうにないが。
 さて、自分にきた攻撃はどうやって退けたものか。
「僕にも手伝わせてください!」
 そこへ洸が駆けつけた。


 シュウの結界にジズの衝撃波による攻撃は落ち着いていた。
 ここぞとばかりに生徒らはありったけの攻撃を仕掛ける。
 その攻撃がジズに命中するたびに、水滴のようなものがジズの透明な球体の上を流れた。
 まるで傷つけられて流す血のように。
 但し、それは赤くない。
 ポタリと垂れてくるのは透明な液体というわけでもない。
「何、あれ……?」
 銀色の液体がグラウンドにポタリ、ポタリと落ちてくる。まるで水銀のような雫だった。
 アオイは思わずバットを竹刀のように構えていた。レイラは開いた手がウェストポーチをなぞっている。
 銀色の液体のようなものが、まるでアメーバーか何かのようにもぞもぞと動きだした。
 それが小さな丸い板のようになる。
「鏡?」
 手鏡ほどのそれを見つめていると、その中から銀色の雀が現れた。
 いや、銀色ではない。
 普通の雀だ。
 それが飛び立ったのを半ば呆然と見つめていると次の瞬間、銃声と共に雀が粉々に砕け散った。
「…………」
 撃ったのは郁斗だった。
「何をしている。あれはジズだぞ」
 その言葉にその場にいた誰もが我に返った。そうだった。雀を模してはいたが本物の雀があんな風に砕けるわけがなかった。


 そして。
 雀は一匹ではなかった。
 攻撃を受け、流されたジズの血―――或いは体液の雫の数だけ飛び立っていた。
 洸はY字パチンコを構える。科学部や大学部の理工学部の学生らが即席で作った塩酸弾で迎撃する。
 飛び散った破片に、洸は蒼穹を促した。元は液体のようなものだったのだ。アメーバーのように再び雀や別の何かになって襲ってくるとも限らない。粉々になったものが再び一つにならないとも限らない。
 洸は煙幕弾を前方に放つ。
「蒼穹!」
 洸の肩に乗っていたバッキーが降り立って、その破片を食べた。
 くしゅくしゅと、くしゃみのような仕草を繰り返して、蒼穹がお腹をごろごろと鳴らし始める。
「無理ですか?」
 心配そうに声をかけると蒼穹は顔をあげて洸の肩に戻った。まだ、お腹をごろごろ言わせてはいるが、とりあえずは平気そうだ。
 程なくして煙幕が晴れた。そこには何匹もの雀。
「!?」
「この数は結構ヤバいんじゃないか?」
 ミナトが呟いた。水のシールドを維持するのに集中しているため、他の事をする余裕が無い。
 その後方、水のシールドの中でシュウが小さく息を吐く。
 〈名も無き不死鳥〉がミナトを守るようにその前に立ちはだかった。
 無属性の炎が雀を燃やし尽くす。
「今すぐ杖を離せ!!」
 誰かの声が響いた。
 その指示に反射的にシュウは持っていた杖を手放していた。
 水のシールドが弾ける。
 ネガティブパワーの影響を受けたのか〈名も無き不死鳥〉の幻が醜く歪んだ。
 杖が焦げたように真っ黒になるのをシュウは視界の片隅で見つめていた。
 自分の体を誰かが捕らえている。
「間に合ったか!?」
 〈名も無き不死鳥〉が、いや、彼の解放していたロケーションエリアが『杖』に向かって収束していた。
「誰だ……?」
 尋ねたシュウに、彼を支えているのとは別の男が自身満々に言ってのけた。
「ふっはっはっはっはっ!! ヒーローは遅れてやってくる!!」
「…………」
 それに、シュウを支えていたスーツ姿の男がやれやれといった口調で言った。
「バカはほっておいて下さい。ゴールデングローブです」
 そう言ってシュウの手の中にゴールデングローブを握らせる。
「杖が魔法の媒体だったのが上手く作用したのかもしれません」
 ネガティブパワーの感染は彼に届く前に、媒体であった杖に集中していたという事だろうか。後少し手放すのが遅かったら、自分があの杖のようになっていたかもしれない。
 推測の域は出ないが、とにかく奇跡的に助かったという事だ。
「…………」
 無意識にシュウはホッと安堵の息を吐き出していた。
「本当に……無茶をするのが好きですね、あなたたちは」
 スーツの男がやれやれといった口調で呟いた。若気の至り。或いは若さゆえ、と。


 雀になって飛び立ってしまうと、ジズ本体からある一定の距離でしか動けないようだが、撃ち落すのが困難になので手鏡の内に壊してしまおうとギャラリーからグラウンドへ降りてきた面々。
 皐月はバットで手鏡を割りながらふと気付いたように言った。
「まさか、このジズ。対峙したものを鏡のようにコピーしてしまう……とかないかな?」
「え……?」
 同様に鏡を割っていたアオイが顔をあげる。
「それって、あの雀もどこかでコピーしたって事?」
「そういえばジズの警報と一緒に雀が飛び立つのを見たな」
 郁斗が狙撃銃で雀を撃ち落しながら言った。
「だったら今は鏡が小さいけど、これ、大きくなったらもっと大きいものも映せるようになるんじゃない?」
 皐月の言葉に圭が目を見張る。
「それって俺たちがコピーされるって事っすか?」
「可能性としてはありえますわね」
 レイラが頷いた。
「合言葉を決めておいた方がいいんじゃないかな?」
「合言葉……」
 考えるようにそれぞれが視線を馳せた時。
「ふっ。合言葉は決まっている」
 突然、どこからともなく声が降ってきた。
「へ?」
 不敵なその声に思わず誰もが振り返る。
 いつの間にそこに立っていたのか、総合グラウンドの片隅に立つクスノキの枝に立って、その男はジズを指差しながら、ジズに向かって、その言葉を高らかに宣言していた。
「ネガティブゾーン! それがどうした!! 俺達は今、勝ってる途中だ!!」
 何の事やら。
「…………」





■起承転結の転:ミラーハウス■


 ジズが攻撃をやめて総合グラウンドに降り立った。

 バリ。バリ。バリ。
 ガラスに小さな皹が入るような音。
 パリン。パリン。パリン。
 ガラスの割れるような音。
 粉々に砕け散るジズ。
 降り注ぐそれはまるでダイヤモンドダスト。キラキラとした光。
 それが山のように降り積もり、風船のように膨れ上がる。
 いや、正しくは収束していたのだが。雀が飛びまわる範囲に薄く展開されていた小ネガティブゾーンは視認出来なかったため、そう見えたのだ。これは余談だが、視認できなかったネガティブゾーンの幕は、この時点でシュウの立っていた場所までは届いていなかった。
 とにもかくにも。
 グラウンドにいた全員が慌ててギャラリーへと走り出た。
 だが、間に合わなかった者がいる。―――いや、違う。
「なっ……!?」
 グラウンドの外で映人は呆然と声を漏らした。
 退避が間に合わなかったわけじゃない。自らがその意志でそこに留まったのだ。
 不気味な色合いの渦巻くエネルギーのドーム。凝縮された小ネガティブゾーン。外からはもう入れないのか。
 中に飛び込んだものは全部で12人。
 その中に広がるのは不気味な空間。空と呼ぶべきか、天井と呼ぶべきか、そこから水銀にも似た雫がポタリポタリと落ちてくる。
 栞が嫌そうに顔を歪めていた。雨と違うのはわかっていても、雫が頭上から降ってくる事実が不快なのだ。黄色い傘を開いて俯いている。
 周囲を囲むのは鏡。
 ならば落ちるのは鏡の雫か。
 いろんな色が混じり合うような壁。映っているのは自分たち。バスケットコートが4面くらい作れそうな広さ。
 アオイはバットを手放し腰に佩いた刀の柄を掴んだ。
 レイラもバットを置き、リボルバーの弾装を確認した。
 皐月はバットを握ったまま、1つ深呼吸する。
 洸はショルダーバッグの中に入った科学部の薬品の小瓶の数を手探りで確認していた。
 シュウは杖を手放した手持ち無沙汰に、アオイの置いたバットを拾っていた。杖に比べたら随分太いがないよりマシに思えた。
 圭は怖気づいたように笑い出す自分の膝に叱咤しながら弓と矢を握り締めている。残っている矢は全部で5本。
 郁斗は狙撃銃のマガジンの残弾を確認した。
 ミナトはただ剣を静かに下段に構え気剣体一致を試みる。
 真名実は間合いを確認するように薙刀を斜に構えた。
 流邂は、持っていた木刀を振り翳す。
 そして枢は膝をついた。持っていた荷物。それを広げようとした時。
 突然彼らの足下から鏡の壁が立ちあがった。

 ―――!?

 まるでミラーハウスのような鏡の迷路が展開して、彼らを分断していったのである。


 》》》

 流邂は鏡の壁に囲まれた畳みで数えるなら6畳くらいのその空間で、きょろきょろと辺りを見回して言った。
「あれ? 女の子いなかったっけ? 女の子いたよね? なんでなんで? なんでよりによってお前なの? 俺は後輩を守りに来たのに!!」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ、センパイ」
 ぐったりとした面持ちで枢が言い返す。よりにもよってどうして分断されて一緒にされたのが彼なのか。
「何!? お前、俺の後輩だったのか!?」
 驚いたように流邂が言った。
「…………」
 ほんのり痛むこめかみを押さえて枢が溜息を吐く。
「ちっ。しょうがない。守ってやるか」
「結構です」
 心底しょうがなさそうに言った流邂に枢は即答で返した。こんな奴に守られたなんていったら末代までの恥だ。
「えぇ!? なんで!?」
 本気で理由がわからないらしい流邂を尻目に枢は広げていた荷物を見やる。だが、そこには壁しかない。
「……それより、ちょっとまずいかもしれません」
 呟く枢を流邂が怪訝に覗き込んだ。
「どうした?」
 枢は不本意そうに流邂を振り返った。
「持ってきたスチルショットがありません」
「何ぃ!?」


 》》》

 丁度その頃、その枢の目の前の鏡の壁のこちら側。
「あれ? 女の子いなかった? なんでお前?」
 シュウが辺りを見渡しながら、流邂と同じような事を口走っていた。
「それ、そのまま返していいか?」
 ミナトがゲンナリ答える。呟いてしまう気持ちもわからなくもない。どうせ守るなら女の子の方がいいというのもある。この状況というのもある。愚痴の一つも出たってしょうがないだろう。
「だよな……」
 シュウは苦笑を浮かべながら肩を竦めた。さて、どうしたものかと一歩踏み出すその足に何かが当たる。
「あれ? これ、もしかして?」
「ん? さっきの男が持ってきた荷物だろ……」
 ミナトが荷物を覗き込んだ。
「って、これファングッズか?」
 二人で顔を見合わせる。鏡で仕切られたこの空間には二人しかない。いや完全に仕切られてしまってるわけでもないが。
「俺達じゃ使えないだろ?」
「バッキーを連れてる連中じゃなきゃ意味がないな」
「届けた方がいいんじゃない?」
「ところがどっこい、そう簡単には行かせてくれないらしいぜ」
 そう言ってミナトがそちらを振り返った。鏡の迷路の入口を。


 》》》

 そのまた彼らの目の前の鏡の壁のこちら側。
「あれ? 女の子もいたよね?」
 圭が至極控えめに、やっぱり流邂と同じような事を呟いていた。綺羅星学園にはフェミニストが多いのか、たまたま、そういう男どもが集まっただけなのか。
「ああ、いたな」
 郁斗がボソリと答える。
「なんで? なんで? なんで?」
「……さぁ?」
 ただの偶然だろ。それよりもこの状況を考えるべきだ、と思いながら郁斗は周囲を見渡した。
 鏡の壁に囲まれて仲間と分断された。いや、四方が完全に壁というわけでもないらしい。迷路のようだ。鏡の迷路。その入口。
 ならば迷路を出るには右手の法則が有効なのだろうか。左手を鏡に付ける。利き手は開けておくため。そうして鏡に沿って郁斗が歩き出すと、圭も並んで歩き出した。
 しかしこう周囲が鏡では距離感が掴みにくい。行き止まりなのか、道が続いているのか咄嗟の判断に苦しむ。この状況で敵に出くわしたら―――などとぼんやり考えていた郁斗は刹那、殺し屋としての直感に足を止めた。
「おい」
「え?」


 》》》

 一方、彼らが求める女性陣は、一枚鏡の壁を挟んだ向こう側にいた。
「これ何? ミラーハウスってありえなくない?」
 アオイが刀の柄を握ったまま言った。ゆっくりと抜き放つ。刃は周囲を囲む鏡にも負けずに光を跳ね返していた。
「遊ばれている……と解釈して宜しいかしら?」
 隙なくレイラが拳銃のセーフティをはずして構える。
「なら、こっちが遊んであげるわよ!」
 レイラの背に自分の背を向けて。どこからでもかかってこいといった風情でアオイが身構える。
「油断は禁物ですわ、アオイ」
 鏡に映る自分を見据えながらレイラは答えた。じりじりと鏡の迷路を進みだす一歩。
「でもさ。さっき木の上に登ってた人って応援よね?」
 ふと思い出したようにアオイが言った。
「ええ、たぶん」
「ファングッズはどうしたのかしら?」
 対策課に連絡をした時、応援は期待しないで欲しいがファングッズはこちらに向かっていると言ったのだ。
「さぁ? ……それよりも、今はそれどころではなくなったようですわ」


 》》》

 そして逆側の壁の向こうでは。
 真名実が薙刀を中段に構えながら眉を顰めていた。
 畳6畳ほどのこの広さでは、薙刀が壁にぶつかってしまい動きが制限されてしまう。これで敵に襲われたら。
 小さく息を吐いて、傍らの栞に声をかけた。
「大丈夫ですか、栞さん」
 まさかまだ子どもの栞がこの場に留まるとは思わなかった真名実である。とはいえ、机や椅子を軽々と投げてみせた、あの豪腕ぶりなのだからただの小学生ではあるまい。
「うん。大丈夫」
 栞は答えた。彼女はムービースターの自爆霊である。どちらかといえば悪役に分類される。だけど、ヒーローに憧れるクラスメイトの子どもたちにいつの間にか感化されてしまっていたらしい。戦闘が長引けば、実体を持たず物理攻撃でダメージを受ける事もなく、疲労が蓄積する事もない自分は、それなりに手伝えるはずだ。
「出来るだけ早く、皆さんと合流しましょう」
 真名実がそうして鏡の迷路へと足を踏み出した。
 それに栞が続く。
「うん」
 出来るだけ早く。ならば壁をすり抜け互いの位置を確認した方が早い気もしたが。この鏡の壁は下手にすり抜けて大丈夫なのだろうか。相手が相手なのだ。
 しかし、鏡に映る自分がこんなに不快だとは思わなかった。しかもそれが周囲の鏡に数え切れない自分を映し出しているのだ。実体を持たない自分を異様なまでにくっきりと。


 》》》

 鏡一枚を隔てたすぐ近くに仲間がいるとは気付かないまま。
「これって、鏡の迷路かしら?」
 皐月が辺りを見渡しながら言った。
「そのようですね」
 洸が頷く。それを驚いたように皐月が振り返った。
「あら?」
 てっきり1人にされたのかと思っていた皐月である。
「お久しぶりです」
 洸が笑みを返す。
「お花見以来かしら?」
「ええ。与平さんも元気そうですね」
 洸は皐月の肩の上に乗るピーチのバッキーの頭を撫でた。
「蒼穹くんもね」
 皐月もサニーデイのバッキーに挨拶する。
 それから、洸に視線を戻して。
「さて、どうしましょうか」
「とりあえず、皆さんと合流すべきだとは思いますが、壁が突然出現したりするところを見ると、そうそうには会わせてもらえないでしょうね」
 迷路と思しき道を進んでも、出会う直前で壁の邪魔が入る可能性の方が高い気がするのだ。
「そうよねぇ」
 皐月がううむとばかりに首を傾げた。


 《《《

 ―――と、その時。

 彼らの前に鏡の中から敵が現れた。それは、自分たちと全く同じ姿形をしたディスペアーだった。


 》》》

「倒し甲斐がありそうですね。丁度殴り飛ばしてやりたいと思っていたところです」
 枢が楽しげに指を鳴らしながら言った。半ばヤケクソ気味に。但しは半分は本気で。
「それはこっちのセリフだってーの!」
 流邂が木刀を掲げてみせる。
「では、行きますか?」
「でもさ。お前にコテンパンにされてる俺を見るのは何か嫌だな」
「大丈夫です。コレをかたづけたら、そちらも手伝ってあげますから」
「その言葉、そっくり返してやる!!」
 二人は我先に床を蹴っていた。


 同じように。
「いいご趣味ですわね」
 レイラは微笑んで銃口を自分の鏡像に向けた。
「ったく、サイテー。まさか自分と戦うなんて」
 アオイは刀を中段に構える。
 それを迎え撃つ自分の鏡像も同じように刀を中段に構えていた。
「レイラ、背中は預けた」
 アオイの言葉にレイラは鏡像を見据えている。
 鏡像から自分に向けられる銃口。
 引き金を引かれたら、不用意に避ければ後ろのアオイに当たるだろう。
 覚悟を決める。
 狙う先は一つしかなかった。自分の銃口を相手の銃口に向けて。アオイの呼吸に自分のそれを合わせる。
「ええ。そちらは任せましたわよ、アオイ!」
 同時に床を蹴った。
 鏡像の一閃。それをかわしてアオイが間合いを開ける。腕を掠め血が滲んでいた。
 レイラの鏡像の銃口がアオイの背を追いかけるのに、レイラは迷わず引き金を引く。銃声は全部で2つ。
 レイラの頬を掠めた銃弾は鏡の壁に当たって消えた。
 だが鏡像を掠めた銃弾は鏡に皹を入れていた。


「お…俺っすか?」
 と声をあげた圭に向けて、圭の鏡像がアーチェリーの弓を引いていた。
 ヘタレた矢が圭を掠めるどころかあさっての方に飛んでいく。
「……切ないくらい、自分を完全コピー、なんすね」
「まぁ、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるって言うしな」
 油断するなよ、とばかりに郁斗がゆっくり後退った。視線を馳せる。盾になる障害物といえば、鏡の壁くらいしかない。それでも一旦迷路に逃げ込んでしまえば振り切れるか。
 圭の鏡像の第2射。それと同時に郁斗が圭の腕を掴んで飛んだ。鏡の迷路に転がりこむ。
「わっ!? ……とと」
 郁斗に引きずり込まれるようにして鏡の壁の影に隠れた。背を預けながら敵の気配を窺う郁斗。
 一方で大して動いたわけでもないのに、圭の息はあがっていた。恐らくは極度の緊張のせい。
 喋っていないと不安に声をあげそうで。
「郁斗は撃たないの?」
 圭はどうでもいいような事を聞いていた。
 思えばこの中に入ってきてから、郁斗は全く狙撃銃を構えていないのだ。
「ああ。スナイパーが高い地点からターゲットを狙うの、何でか知ってるか?」
「え? 狙いやすいからっすか?」
「それだけじゃない。ターゲットに当たって貫通した弾を地面に埋め込むためだ」
「え?」
「ターゲット以外には当てないためだよ」
 つまり流れ弾を作らないためである。狙撃銃の一般的な射程は100〜600m。この至近で撃てば当たっても貫通する確率が高い。後ろは鏡。割れて更に飛べば、その向こうに他の生徒がいないとも限らないのだ。
「あ、そっか」
「だから、ここじゃ撃てない」
「…………」
 だけど、敵は撃ってくるんじゃないのか、と思い至って圭は無意識に生唾を飲み込んでいた。
 次の瞬間、案の定と呼ぶべきか銃声が一つ。目の前の鏡に穿たれる孔。そこからバリバリと広がるひび割れ。どんどん、大きくなる。
 圭は無意識に何度も息を飲んでいた。
 郁斗が狙撃銃を構える。撃つ為に、ではない。ストック部は殴打用武器としても使えるのだ。
 ―――来る。
 刹那、勢いよく鏡が割れた。
「…………」
 飛び込んでくるのは自分だと思っていた。自分でなかったら、郁斗だと思っていた。どちらかの鏡像。或いはその両方。
 だが実際は。翻るスカート。綺羅星学園の制服。弧を描く白刃。自分の目の前で寸止め。
 その向こうにもう1人、2丁拳銃を操る女性。
「あ……」
 その声はどの口から漏れたものか。先ほどの銃声は郁斗の鏡像が撃ったものではなかったらしい。
「お前ら本物か!?」
 郁斗が尋ねる。
「当たり前でしょ!!」
 アオイが声を張り上げた。
 2人の前に、同じく制服姿の女の子たち。あれが鏡像か。確かに一目でわかった。無機質な眼差し。完全な無表情。まるでマネキン人形のようだ。
 圭は立ち上がると割って入るように2人の前に立った。殆ど条件反射のように。女の子は守る。さっきまでの怖気はどこへいったのやら。
「ちょっ。邪魔よ!」
 アオイが圭の肩を掴む。
「あなた方の鏡像は?」
 レイラが尋ねた。
 だが、それに答える前に。
 逆側の鏡がミシッと音をたてたかと思うと。
「どわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 鏡の壁に背をぶつけるようにして転がり出てきた男に、驚いて圭は目を瞑ったまま無我夢中で何度も弓を振り下ろした。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「痛い、痛い、痛い、痛い」
「何やってるんです!?」
 怒った声が更に続く。叱咤の先は転がった男らしい。目を開けた圭は自分の足下に転がる男を見た。木刀を握っている男の顔を見て圭は思わず声をあげる。
「手塚流邂!?」
 さっきは木の上で遠目だったのと、ネガティブゾーンに入ってきてからはテンパっていたおかげで気付かなかった。
「おお、少年。俺を知ってるのか」
 血のついた口の端を持ち上げて、流邂は自信満々の笑顔で答えた。
 勿論圭は、テレビの中でしか彼を知らない。
「なんで、ここに……」
 それでも圭は嬉しくなった。それはテレビの有名人に会えたからとか、そんな理由ではない。スターのくせにスターでなく、バッキーも持たない一般人。エキストラにはエキストラなりの戦い方があると思う一方で自分なんて前線に立ったら足手まといにしかならないんじゃないか、とも思っていた。だから同じエキストラの存在に心強さを感じたのだ。自分もここにいてもいいんだと思えて。
「とか、のんびり挨拶している場合ですか?」
「そうだった……」
 スーツの男―――枢に叱責されて流邂が立ちあがる。相変わらず口の端には不敵な笑いで、自身の鏡像を睨み据えていた。
 既にこんなにボロボロなのにどこからそんな自信が沸いてくるのか。
「自分が相手ってこんなにきついなんてな……」
 荒い息を吐きながら流邂が呟いた。
「同等の力、ですか」
 枢も息を吐く。
 流邂の鏡像と思しきそれが一気に間合いを詰めて、流邂に向かってに木刀を振り上げた。それを避けるように飛んだ先。最初からそこに着地するのを見越していたように、枢の鏡像が流邂の鳩尾にまわし蹴りを叩き込む。見事な連携と呼ぶべきか。
 間違いなく本物同士にはないものである。
 流邂は体をくの時に折り曲げながら、それでもぎりぎりで木刀をかざしていた。直撃は免れたものの後ろに吹っ飛ばされ2枚ほど鏡の壁をぶち破って止まった。
「くそぉ!! 俺はなぁ、ガキの頃から死ぬときは畳の上に敷いた布団で死ぬって決めてんだバーカ!」
 流邂が喚いた。負けず嫌いなのだ。
 それを半ば呆気にとられて見ていたレイラが口早に言った。
「何か方法はありませんの?」
 流邂と枢は応援に駆けつけた者達だ。ならばファングッズを持ってきていてもおかしくない。
 だが、ファングッズはここにはなかった。
 そして気付けば鏡像たちに周囲を囲まれていた。割れた鏡のおかげで居場所がまるわかりとなったのだろう、郁斗と圭の鏡像もいる。
 ただ、あちこちの壁が割れたおかげで、空間が広がってもいたが。
「そうだな」
 枢が考えるように視線を馳せた。
 ファングッズを探しに行くべきか、ここで奴らと決着をつけておくべきか。視界の隅で、アオイの鏡像が動く。
 一歩踏み出しかけた時。
「ある!」
 流邂が立ち上がって木刀をアオイの鏡像に突きつけていた。
 横合いから、流邂自身の鏡像も突っ込んできている。
「なんだ?」
 郁斗が聞いた。
「バカは相手にしない方がいいですよ」
 枢は聞くだけ無駄だとばかりに切り捨てる。
「あれがコピーしたのは過去の俺のはず」
 流邂は言うが早いか床を蹴っていた。中段から横に。自分の鏡像に向かって駆けて行く。
「過去? まだ数分しか経ってないじゃない」
 アオイが言ったが、流邂は聞こえているのかいないのか、力いっぱい木刀を水平に薙いでいた。
「成長期舐めんなバーカ!!」
 鏡像の木刀が流邂を掠める。そして流邂の一撃が鏡像の腹部にヒットした。そのまま力任せに流邂は振り切る。
「…………」
 流邂の鏡像が粉々に砕け散った。それを誰もが呆気にとられて見つめていた。
 まさか、それだけ?
「成長期って……」
 圭が呆然と呟く。
「成長期って歳か」
 枢が呆れたように吐き捨てた。
 しかし自分の鏡像を倒しきった流邂は天狗になっている。最早誰にも止められない。
 いや、そもそも彼は最初の最初から無駄に偉そうだったし、根拠のない自信にも満ち溢れていた。
「ふっはっはっはっは。俺はこの学校のThe OBだぞ。OBはオールド・ボーイ。即ち俺はボーイ―――少年なのだ」
 きっぱり。
 だから成長期でも何らおかしくないと言わんばかりの主張で、握った拳に親指だけ立ててニッと笑ってみせた。
「バカはほっておきましょう」
 枢が一刀両断する。しかし。
「でも、それ一理あるかも」
 アオイが言った。
「そうですわね」
 レイラが頷いた。
「うん。俺達成長期っす」
「そうだな」
「ん?」
 枢が目を見張る。
「私たちだって―――」
 アオイは刀を上段に振り上げた。
「成長期ですわ!!」
 レイラが引き金を引く。迷わずダブルタップ。
「俺だってやる時はやるっす!」
 圭が弓を引く。今度こそ外さない。
 郁斗も床を蹴っていた。筋力が足りなくて、身体能力が低い事がずっと劣等感だったけれど、目の前にいるのは自分だ。届くはず。それも過去の自分なら。越えられるはず。
 アオイが切り裂く。レイラが撃ち抜く。圭が射抜く。郁斗が叩き割る。
 砕け散るそれぞれの鏡像。
「……結局、勝敗を分かつのはその紙一重ですか」
 何とも複雑なため息を枢は吐き出していた。
 学生ぐらいの歳の子らが、無茶が大好きなのは嫌というほどよく知っていたが。よもやそれが突破口となるとは。医者という因果なものを生業にしていると、絶対に勝ち目のないものに遭遇する事がある。だからこそやれる事は高望みせず着実に積み上げていくべきだと思っていた。今もその考えに変わりはない。奇跡なんてものを夢見たりもしない。
 だが―――。
 思いの強さというものも確かにあるのかもしれない。
「残るは一体ですわ!」
 レイラが言い放った。
「大丈夫!」
 アオイが応える。
「みんなで力を合わせてフルボッコだ!」
 流邂が木刀を掲げて言った。
「なっ!?」
 枢が慌てて声をあげる。
「やめてくれ。自分のかたは自分でつけされてくれー!!」
 たとえ鏡像であったとしても、自分が彼らにフルボッコにされている図など見たくない枢であった。


 》》》

「冗談でしょ……」
 鏡の中から現れた自分自身に皐月はうろたえた。勿論、想像していなかったわけではない。合言葉を決めておこうと言い出したのは彼女だ。
 けれど、自分と同じ姿をした人間がバット振り上げて襲い掛かってくるのだ。
 いや、そうではない。自分の鏡像が襲い掛かってくる事よりも、見知った人間を迎撃する事に無意識に力が鈍る。
 鏡像のY字のパチンコが目の前で爆ぜた。
 咄嗟に皐月は顔を腕で覆う。
 誰か―――いや、洸が皐月の腕を横に引っ張っていた。
「攻撃手段も同じですか。さすが鏡ですね」
 呟くように言って、洸がショルダーバッグの小瓶を投げる。煙幕弾。もうもうと立ち上るスモークに、洸は記憶だけで、そこへ飛び込んでいた。鏡の迷路の中へ。
 鏡に背を預けて一息吐く。
「ねぇ、互いの力が全く同じだったらどうなるの?」
 自分の中で膨らむ不安を抑え切れずに皐月が言った。
 きっと相手は疲れを知らない。
「このまま持久戦になったら―――」
 それを吹き飛ばすように洸は強い語調で皐月の言葉を遮った。
「僕達は、ネガティブには絶対負けません!」


「俺なら通してくれるだろ」
 自分の鏡像にシュウは軽口を叩く。
「そうだといいけどな」
 ミナトは両手の平を天井に向けて肩を竦めた。
「まさか、自分と戦う日が来るなんてな」
「セオリーからいくと、こういう場合、自分より強かったりするんだよね」
「なんでそれがセオリーなんだよ」
「だって、あいつら、ゴールデングローブ付けてないし。模してるだけで」
 そりゃそうだ。ディスペアーが自分からゴールデングローブをはめていたら、自分で自分の首を絞めるようなものである。
 つまり。
「リミッターなしの自分と戦うってのか!? 冗談だろー!!」
 シュウは悲鳴にも似た声をあげていた。
 鏡像のシュウの手が掲げられる。その手の平に炎の球。あれが本当に自分のコピーなら、あの炎は無属性の炎に違いあるまい。
「おい、逃げるぞ!」
 水を操るミナトにシュウはそう、声をかけていた。三十六計逃ぐるにしかず、なのである。


「まさか、そんな……」
 真名実は鏡の中から出現した自分自身に思わず後退っていた。
 鏡像に栞は不快感を滲ませている。
「何これ。鏡? 殺してもいい?」
 聞くまでもないに違いない。あの雀と同じ、これはジズの一部。或いはディスペアーなのだ。
「人じゃありませんから」
 真名実が答えた。
「殺せない?」
 栞が首を傾げる。
「さぁ、どうでしょう?」
 そんな問答を遮るように真名実の鏡像が持つ薙刀が二人の間に割って入った。
 真名実が応戦する。間髪いれずに叩き込まれるのは鏡像が持つ黄色い傘。
 薙刀の長い柄を払っただけのそれだったが、鏡像の腕力に、真名実は薙刀を落としそうになる。腕まで痺れるほどの剛力。
 何とか膝をついて踏みとどまった真名実に、更に自身の鏡像が畳み掛けてくる。
「死んじゃえ!!」
 栞が駆け寄って、真名実の鏡像を黄色い傘で力いっぱい凪いだ。だが単純な攻撃は空を切る。それでも真名実を襲うはずだった攻撃はそれて。
 鏡像らは間合いを取るように一歩後退いた。
「…………」
 睨み合う。
 腕の痺れが取れない。真名実はゆっくりと息を吐いた。たったこれだけの攻防で握力がなくなるなんて。
「皆さんと合流しましょう」
 真名実が言った。それに栞が頷く。
 虚像らが動いた。
 真名実はそれに真正面から挑みかかると、攻撃をかわして薙刀の柄で正面の鏡を突いていた。
 それとほぼ同時に栞も黄色の傘を鏡に叩き付けていた。
 どれほどの厚みかと思えば1cmもない鏡は簡単に砕け散る。そのままの勢いで鏡の向こう側に飛び込むと、そこでは、シュウとミナトが応戦中だった。
「よぉ!」
 シュウが気付いて声をかける。
 咄嗟にシュウに向けて薙刀を構えた真名実は、すぐにそれを収めた。
 一目でわかる。鏡像には表情がない。冷たい目をしていたからだ。
「すみません」
「いいって。それより、あんたそのバッキー」
 謝った真名実にミナトが応えて言った。
「はい?」
「これ、使えるんだろ」
 そう言ってミナトは真名実にファングッズ―――スチルショットを手渡す。
「でも、これは……」
「俺らには使えないからさ」
 真名実は困惑げにスチルショットを握った。使える事は使えるのだろう。だが。
 と、そこへ、ミシッと音をたてて再び鏡の壁が割れた。
 バットで鏡を粉砕して入ってきたのは皐月と洸だ。
「良かったー。合流出来たみたい」
 皐月がホッと安堵の息を吐く。
「まだ安心するのは早いぜ」
 シュウが呆れた口調で言った。
「そうですね。あ、それはスチルショット」
 洸が真名実の持っているファングッズに気付く。
「まだあるぜ」
 ミナトが洸たちに投げて寄越した。
「それで何とかしてくれ。特に、あれを」
 と、自分達の鏡像を指す。
 シュウの鏡像が両手を広げていた。大気が彼の腕の中で渦を巻く。
「やべ……こっちだ!!」
 ミナトが彼のファングッズを抱えながら、今、洸と皐月が割った壁の中へ飛び込んだ。
 それに5人が続く。
 紙一重で竜巻が誰もいなくなった空間を襲った。
 ただ、最後に飛び込んだシュウの足をかまいたちが切り裂く。倒れたシュウに栞が目を見開いた。
「平気、平気。かすり傷だ。それよりどうだ? 使えそうか?」
 手を振って笑みを返して元気さをアピールしながらシュウが尋ねる。
「ええ。……でもスチルショットは1発撃つと2発目は10分後でしょ」
 皐月が言った。
「え?」
 鏡像は全部で6体。スチルショットを撃事が出来るのは3人。つまり、単純計算したら、3体スチルショットで倒した後、10分、スチルショットなしで応戦しなければならないという事だ。
 しかもそれは、スチルショット1発で1体を確実に仕留められたら、の話しである。
「それでも今の状況よりかは幾分マシだろ」
「それは、そうだけど……」
 皐月はスチルショットのシリンダーから伸びたコードの先端に与平さんを繋げてみる。
「そういえば、あれって最初、水のように滴ってましたよね? もし水属性を持ってるなら火属性の攻撃で応戦できませんか?」
 洸が尋ねた。
「普通、火は水で消えない?」
 皐月が首を傾げる。
「あ……」
「それにこっちはゴールデングローブがあるから、あっちほど高度な魔法が使えないんだよ」
 溜息混じりにシュウはゴールデングローブのブレスレットのついた左腕を掲げてみせた。
「治癒能力はなんとか使えるみたいなんだけど」
 ミナトも疲れたように息を吐く。怪我は癒せるが魔法を行使し続ける精神力には限界がある。このまま持久戦になればこちらの方が分が悪いのは間違いない。
「能力までコピーされてるのは厄介よね」
「このままじゃ全滅だ」
「俺達、もしかしてまだまだピンチ?」
 シュウが言った。バッキーを連れたファンと合流出来てラッキーだと思っていたのだ。これで何とか出来ると。
「ピンチはチャンスって言うだろ」
 ミナトが返した。
「それだと……チャンスはピンチなの?」
 栞が不思議そうに尋ねる。ピンチがチャンスなら、チャンスはピンチ。
「言うな!! チャンスはチャンスだ!!」
 ミナトが喚く。
「それですよ」
 ふと思いついたように洸が言った。
「ん? なんだ?」
 ミナトが首を傾げる。
「コップの水は半分。それを、もう半分と思うのか、まだ半分と思うのか」
 言った洸に皐月が意味を理解し損ねる。
「なに、それ?」
「事実は変わらないって事です。だけど……」
 洸はそうして鏡像らを振り返った。いつの間にか囲まれている。
「まだまだやれる、ってか?」
 シュウが尋ねる。
 洸は力強く頷いた。
「そうです。敵も僕らも同じ半分なら、心を持たない彼らに勝ち目はありません」
 結局100%の力を、120%にするのも80%にするのも、気の持ち方次第なのだ。
「なるほど」
 自分達は、自分たちを越えられる。心を持たない奴らに自分たちが負ける道理はない。臆する必要など最初からなかったのだ。
 洸は蒼穹をスチルショットに装着した。真名実も聖を繋げる。
 3体。スチルショットで一番に倒すとしたら、魔法を使うシュウとミナト、それに豪腕を誇る栞の鏡像だ。
 それを倒せば、後の3体は自分たちの力で倒せるはず。
「行きますよ」
「おう!」
 ミナトとシュウと栞が囮となって鏡像を一つところに集めるべき駆けた。
「今だ!」
 その掛け声と共に、洸と皐月と真名実は引き金を引く。
 スチルショットが炸裂した。
 これで倒しきれなくても弱体化していればいい。10分待たずに倒しきってみせる。畳み掛けるように総攻撃。
 皐月はスチルショットを置くとバットを握っていた。
 洸もショルダーバッグから塩酸弾を取り出す。
 真名実も再び薙刀を取った。
 シュウがバットを振り下ろす。
 ミナトが剣を凪いだ。
 栞が黄色い傘を叩き込む。
「くたばれ!!」


 《《《

 ―――その差を分かつのは、いつだって、心意気なのだ!


 どうやら鏡像は鏡の壁と連動していたらしい。
 刹那、全ての鏡の壁が砕け散った。





■起承転結の結:勝ちに行け■

「晩餐会とやらはやっつけたぞ! 次はどいつだコノヤロー!」
 流邂が飛び出した。全身傷だらけで血まみれだ。
「心意気だけは買いますけど、もうあなたの出番はないですよ、流邂」
 枢がやれやれとその傍らに立つ。こちらもボロボロだった。
「やっとラスボスのお出ましのようだな」
 ミナトが不敵な笑みを浮かべてみせた。服はボロボロに切り裂かれていたが、意外に傷は少ない。
「死んじゃえばいい」
 栞が呟く。赤い血をそこここに見つけて不機嫌に顔を歪めながら。
「これを倒せば学園は守れるのね」
 アオイが刀を中段に構える。腕に浅い切り傷。スカートに切れ込み。
「きっとみんな応援してくれてますわ」
 レイラが続いた。頬にかすり傷。
「さすがに校歌を歌ってるやつはいないだろうけどな」
 郁斗がボソリと言った。息もあがらず怪我もなく。
「授業の邪魔をした詫びはいれさせる」
 シュウがバットを構える。右足に深さのある傷。若干機動力に難ありと自己判断。面には出さず。
「私たちの学園を壊させたりしない」
 皐月はスチルショットを握りしめた。疲れはあるが元気は忘れずに。
「オレさ、この戦いが終わったらさ――」
 圭が言いかける。その後を継ぐように洸が言った。
「そうですね。大好きな人達の笑顔を失いたくありません。だから終わったら、みんなで一緒に笑いましょう」
「…………」
 ボケ損ねて圭は視線をそっと俯けた。2人は共に怪我はなく。しかし圭の方は体力的にかなり息があがっている。
「ええ。絶対にこのネガティブゾーンからの彼らの進攻は許しません」
 真名実がスチルショットを構える。怪我はないが握力もなく。
 そして、目の前にはこの学園を襲ったジズの本体が立ちはだかっていた。まるで氷の彫像かガラス細工のそれ。慈愛に満ちた天女の微笑み。両手には2本の剣。背中には6枚の翼。
 それから。
「そういえば、みんな本物なの?」
 場を盛り上げるように冗談っぽく皐月が聞いた。
 それに流邂が一歩踏み出す。木刀をジズに突きつけて。
「いいか、よく聞けジズとやら!! 俺達は勝つ。絶対に勝つ。最後には必ず勝つ。だから俺達はなぁ―――今!!」



「「「「「「「「「「「「勝ってる途中!!!」」」」」」」」」」」」


 だバーカ。なんだよ。なのよ。ですわ。です。だ。だってーの。だもん。
 語尾はさまざまに違ったけれど。
 思いは一つ。
「ま、満身創痍で言っても説得力はありませんが」
 枢が茶化した。
「うるせぇ!!」


 一番乗りとばかりに流邂がジズに向かって走りだす。ジズの攻撃をかわして木刀を振り上げた。
 ジズの飛翔に流邂の木刀は空を切る。
 シュウも同様に走りこむと粉砕バットを振り上げた。
 それに栞も続く。流邂の肩を蹴って跳躍。黄色い傘をジズに向かって振り下ろす。翼の防御。
 圭が援護射撃とばかりに弓を射る。下手な弓だって数射れば当たる。はずれた矢は拾って何度も射る。
 その傍らで、郁斗が的確にジズの攻撃を粉砕していた。
 ミナトも負けじと剣を振るう。敵の攻撃と体力を殺ぎ落とすように。
 一方、ジズの周囲を取り囲む面々。
 手にはスチルショット。
「撃て!!」
 枢の号令。
 初弾はレイラ。右上段の翼へ。
 一斉攻撃を行わないのはスチルショットが発射のあと、オーバーヒート状態になり10分間は次の発射が出来なくなるからだ。
 先に一度使用していた皐月と真名実と洸のクールダウンが間に合わない。
 それに、発射されたエネルギー弾は障害物に阻まれるとその位置で爆発してしまう。そのため一度に撃ってしまってあの翼で弾かれた場合を考慮したのだ。6発全部を1枚の翼でかわされたら、次の10分間がシャレにならない。
 時間が多少かかっても確実に敵の力を殺いでいく方を選択した結果である。
 ダメージを受けた翼にジズがバランスを崩す。その隙をつくように流邂が粉砕に走った。
 それを退けようと剣を振るうジズにシュウがフォローに入る。
 怒ったように羽ばたくジズ。小さなかまいたちにミナトと栞が相殺に入る。スチルショットを構える彼らにまで攻撃が届かないように。
 時計で時間を確認しながら再び枢が腕を振りあげた。
「撃て!」
 2発目はアオイが。右中段翼へ。
 間髪入れずに郁斗が狙撃。穿たれひび割れた翼は、同時に放たれた圭の矢であっさり粉々に砕けた。
 ジズが4枚の羽で何とかホバリング。剣を薙ぐ。ズキンという痛みにシュウが立ち往生。避けきれない。
 そう思った時。
 栞が傘で弾いて剣の軌道を変えていた。
「サンキュ」
 シュウが後方に退きながら声をかける。
「赤、嫌い。これ以上見たくないから」
 呟くようにして栞が応えた。
 時間差を付けた3発目は枢自身が放つ。
 流邂とミナトが攻撃をバックアップ。右下段の翼へ。
 右側の翼が砕け散り、さすがのジズも床に下りた。
 枢は立ち上がると同時に洸たちを振り返る。
「どうだ?」
「もう少し」
 ジズが左の翼を羽ばたいた。羽がナイフのように彼らに襲い掛かる。
 それを栞が勢いよく傘を回して弾き飛ばした。
「いけます!」
 クールダウンの完了。洸がスチルショットを構える。
「撃て!」
 枢の号令に引き金が引かれる。左上段の翼。
 ジズの咆哮。その表情からはとても想像出来ないような音響。
 ミナトの跳躍。剣が翼を一閃する。
「こっちもOKです」
 皐月がスチルショットを構えた。
「私もいけます」
 真名実も構える。
「順番だ」
 言って枢は腕時計を見た。号令。
 皐月の攻撃は左中段の翼へヒット。
 郁斗の狙撃。はずれた圭の矢の代わりに、シュウがバットを投げていた。
 怒り狂ったように剣を振るうジズに、一同一旦退いて間合いを取る。
 そして最後に真名実がスチルショットの引き金を引いた。
 6枚全ての翼を砕いて。盾を失ったジズと向かい合う。
 既に、レイラのスチルショットはクールダウンを終えている。
 最後の本体。
 だがこのまま一撃を食らわして倒しきれるのか。枢はジズを見据えていた。
「まだかよ!!」
 振るわれる剣戟を木刀一本で応戦しながら流邂が声を張り上げた。
 敵も弱体化してきているとはいえ、こちらも戦い続きだ。連戦に体力の限界も近い。
 レイラはゆっくりと深呼吸して、スチルショットではなく、自分の拳銃をジズに向けていた。
 再び振り上げられるジズの右手の剣に銃弾を浴びせて軌道をずらす。
 そこにいたミナトがジズの腕を切り落とすように剣を凪いだ。
 だが、さすがに先ほどのスチルショットで弱体化した翼のようには簡単に切り裂けない。アオイが突っ込む。シュウが切った線をなぞるように刀を振って退いた。
 痛がるでもなく左手の剣を振り上げるジズに郁斗の狙撃。弾かれたジズの腕にシュウが先ほど投げたバットを拾って再び投げつけた。
 流邂と栞が間髪入れずにジズの右手を急襲。木刀と黄色い傘。だが、それでも小さい傷一つ付けられない。
 やはりスチルショットで弱体化させなければ、この程度の物理攻撃では殆ど効き目がないのか。
 洸が硫酸弾を投げた。与えられるダメージは極小。
 皐月がバットを握ってジズに向かっていく。
 振り下ろされる右手の剣。いや、ほぼ同時に左手の剣も振り下ろされていた。
「危ない!!」
 右手を攻撃しようとした皐月を庇うようにして枢が滑り込む。
 ジズの左手が枢の体を薙ぎ払った。
 鈍い音。自分でもわかる。肋骨の折れる感触。
 更にジズの右手があがる。
 振り下ろされるそれ。圭の矢と真名実の薙刀がその軌道を変えていた。
 床を蹴るように這う這うの態で後退。
「すみません!!」
 謝る皐月に枢は笑顔を取り繕った。
「いや、大丈夫だ」
 応えて枢は大きく息を吸い込んだ。折れた肋骨を無理矢理戻すのと、内蔵の損傷を確認するためである。
 これくらいなら、問題はないだろう。
「来るぞ!」
 その言葉どおり、再びジズが剣を振り上げていた。
 身構える面々。
 だがその剣は一向に振り下ろされない。
「あれ?」
 ふと、圭がそちらを振り返った。
 そこにあるのは鏡の壁。だけど。
「歌?」
 それに気付いたようにアオイも振り返った。
「この曲……」
 皐月が呟く。聞いた事のある曲。思わず目を閉じて、耳を澄ます。
「校歌ですわ」
 レイラが笑みを零した。
「校歌って……」
 シュウが首を傾げる。
「誰が歌ってるんだ?」
 ミナトが肩を竦めてみせた。
「クラスメイト……」
 栞が呟く。
「外の皆さんです」
 真名実が答えた。
「外のみんなが応援してくれてるんです」
 確信したように洸が言った。
「よかったな。校歌斉唱だ」
 郁斗が圭の肩を叩いた。
 あの恥ずかしい校内放送を思い出して圭は顔を赤らめる。
「べ…別に俺は……」


 その頃、中の面々は後から知る事になったが、外では総合グラウンドを取り囲むようにしてほぼ全校の生徒が校歌斉唱と小ネガティブゾーンへの一斉攻撃を行っていた。
 外からの攻撃自体が、どれほどの効果をもたらすかはわからなかったが。
 何もしないよりは、少しでも助けになりそうな何かをせずにはいられなかったのだろう。


「みんなの応援がジズの攻撃を止めさせたのかもしれませんわね」
 レイラの言葉に、だが、止まっていたジズが再び動きだす。剣を振り下ろすように。
 しかし既にそこには誰もいない。
「スチルショットは?」
「10分経ってる」
「行くぞ」
 6人はそれぞれにスチルショットを拾いあげると構えた。
「撃て!!」
 枢の号令に一斉にスチルショットが炸裂する。
 あの強硬だったジズの体にピシリと皹が入った。
 それに全員が一斉に最後の攻撃を仕掛けた。

「行っけぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 次の瞬間、ジズの体は砕け散った。
 それと同時に、ネガティブゾーンが収束する。
 気付けば、生徒らに囲まれるようにして、12人はグラウンドの中央に佇んでいた。
 生徒らの拍手。

「ふっはっはっはっはっは!! 正義は必ず勝つ」
 満身創痍だが相変わらず不敵な笑いで流邂が応えた。
「終わったー!!」
 アオイがその場で頽れる。明日はきっと全身筋肉痛に違いない。
「やりましたわね」
 レイラも力が抜けたように座り込んだ。
「結構きつかったな」
 シュウも足を投げ出して座る。
「まぁ、あんたがロケエリを展開した時はどうしようかと思ったがな」
 ミナトも傍らに腰を下ろした。
 それを言われるとシュウは笑うしかない。今思うと我ながら無茶をした。
「大丈夫ですか?」
 皐月が心配そうに枢に声をかける。
「ああ、問題ない。あなたの方こそ、大丈夫でしたか?」
「はい。ありがとうござました」
 皐月が深々と頭をさげるのに、枢は困ったような笑みを返した。最後の最後で手を拱いてしまったのは、たぶん自分の方なのだ。そのままスチルショットを撃ち続けるという選択肢もあったのに。最後を分かつのが思いの強さだと思ってしまった。だから最後は全員でと思ってしまったのである。その代償がこれというなら悔いはない。
 そんな枢の思考を読み取ったのか、単なる偶然か。
「終わりよければ全てよし、ですよ。ね」
 真名実が皐月と枢に笑みを向けた。
「……そうですね」
「良かったです。みんなの笑顔をまた見る事が出来て」
 洸が言った。
「うん……」
 呟くように頷いた栞がクラスメイトの方へ駆け出した。疲れを知らない彼女らしいその背を洸は見送った。
 今日からきっと彼女はクラスのヒーローだ。
「越えなきゃならない壁は自分自身か……」
 郁斗がポツリと呟いて自分の手の平を見下ろした。少しだけ強くなった、と思う。
 その傍らで圭が誰にともなく問いかけていた。
「勝ったんだよね? 俺、やったんだよね?」
 自分でも戦えた。自分にも出来た。
 だけど、まだ勝利を実感できなくて圭はグラウンドの周囲をゆっくりと見渡していた。
 祝福と労いの拍手。
 それから。
 生徒たちがこちらに向かって駆け寄ってくる。
「夢じゃない!」
「おお、夢じゃないぞ!」
 流邂が応えた。
「やったー!!」
 飛び上がって喜んで圭はそのままグラウンドに大の字に寝転がっていた。
 陽は随分と傾いているはずなのに、見上げた空はどこまでも澄んだ青空に見えた。


 それから暫くして、ミナトがゴールデングローブをはずして学園に癒しの雨を降らせた。
 栞は不機嫌そうにしていたが、その雨はそれ以上にたくさんの人々の傷を癒し消していった。

 

クリエイターコメント一つの災厄は消えたけれど、銀幕市の戦いはまだ続いている。
けれど、最後には勝利を掴む、その心意気さえあればきっと大丈夫。
だからみんな、まだまだ勝ってる途中!!

というわけで、お疲れ様でした!!

楽しんで書かせていただきました。
キャライメージなど、壊していない事を祈りつつ。
楽しんでいただければ嬉しいです。
公開日時2009-04-22(水) 19:30
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