★ 【銀コミ夏の陣・改】慕情の姿は真実に似て ★
クリエイター高村紀和子(wxwp1350)
管理番号98-4220 オファー日2008-08-24(日) 00:49
オファーPC 簪(cwsd9810) ムービースター 男 28歳 簪売り&情報屋
ゲストPC1 信崎 誓(cfcr2568) ムービースター 男 26歳 <天使>
<ノベル>


 笈を背負った簪は、熱気あふるる銀幕平和記念公園を見て、首を傾げた。
 夏で酷暑だが、それ以上に何かがアツい。あの空間には熱気が圧縮充填されています、と説明されても納得しただろう。
 入場する人々は、百戦錬磨の戦士の形相をしていた。
「攻略マップを作成しました、班長」
「担当を発表する。百舌1号は緑、みるにゃん☆はラインオレンジ、デカチョーさんはライン青。私はラインピンクだ。各々、五冊ずつ購入するように。なお冊数制限に触れた場合は、一巡後にふたたび並ぶべし」
「「「了解です!」」」
 任務に赴く小隊までいる。
 一方、出てきた人々は至福の表情を浮かべていた。
「これのゲストでクリデザしてる人、『ヘンデルゲイザ』のラスボスデザインの人」
「マジ! てかやっぱ? どこかで見た鱗の生え方だと思った」
「私の神が新連載のやつにハマって、今回の新刊それでさー。うっかりそっちのジャンル買いあさっちゃった。原作読んでないけど」
「あるある。同人から原作に行くと、贔屓キャラが豆粒程度の活躍だったりとかね」
 和気藹々とした雰囲気に、簪は目尻を下げた。
 見れば、入退場はフリーのようだ。
 人混みの中に知人の姿を見つけて、揺れる気持ちが定まった。
「誓さん」
 呼ばれて、信崎誓がこちらへ来る。挨拶して、不思議そうに尋ねる。
「あんたも銀コミに来たのかい?」
「銀コミ? そういうお祭りの名前なんですか」
 納得して頷く簪に、信崎は曖昧に答えた。
「そういう名前の、謝肉祭みたいな大騒ぎだよ」
「誓さんも参加なさるんですか?」
「盛大なイベントだから、楽しもうと思ってね」
「あちきも見学できますか?」
 目を輝かせて尋ねると、信崎は微妙に目線をそらす。
 あの世界の楽しさを伝えるのはいいが、地雷原の存在を明かすのは勇気が必要だ。
 だが、知るは一瞬の衝撃、知らずにエンカウントするのは再起不能の衝撃。前者の方がまだ優しい。
「気軽に参加していいんだよ。一緒に行くかい?」
「ええ。ご一緒させていただきます」
 簪はほんわりと笑った。信崎の良心を痛めつけるとも知らず。




 信崎の説明によると、『何か』に対する愛を表現し、同好の仲間と楽しむのが同人誌即売会――銀コミの趣旨なのだそうだ。
 会場内を歩くと、抽象的な表現が理解できる。
 丸々とした姿にデフォルメされた『レビたん』というぬいぐるみは、絶望の海から生まれた怪物がモチーフなのだろう。
 コスプレイヤーの服は、映画の衣装係なら絶対気にするカメラ映えや着心地を二の次に置いて、本物『らしく見える』仕上がりだ。
「銀幕市には、職人さんが多いんですねえ」
 感心した簪が呟くと、信崎は笑った。
「参加者は素人が多いよ。趣味だから、市販品より完成度が高いものがあるけどね」
 アマチュアだからこそ逆に、プロより素晴らしい作品を生み出すことがある。その理屈は、簪も知っている。
「粋なお祭りですね……ぇ?」
 視界をかすめた違和感に、簪は振り返った。
 硬直すること十秒。気づいた信崎が腕を引いて、強引にその場から遠ざけてくれる。
「成人向けも賑やかだよ。容認されている場所だからね。会場によっては、成人向けが過半数だったりするって聞いたな」
「ちょっ……とばかり、驚きました」
 簪は息を吐いて、視界にちらつく残像を追い払った。
 裸と変わらない装いの少女や、衣服が不自然に破れたメイドのイラスト。それもまた、愛情表現なのだろう。
 簪のいた色町でも、有名な役者を題材にした春画は大人気だった。勝手に拝借するのだが、肖像権が保護されていないから野放しだ。それにあれらは、あくまでも『実用品』で。
 簪は信崎を見上げた。横顔は飄々としている。
「誓さんも、ああいうのが気になりますか?」
「なんとも言えないな。興味がないと言うとホモセクシュアル扱いだし、気になると答えればペドフィリアに認定される。『人並みに』というのが無難な回答かな」
 苦笑混じりに答えた信崎に、簪はうつむく。
「下世話な質問をしてすみません」
「いや、普通は気になると思うよ? ポルノグラフィがあふれる会場に来た男が、そういうものを使うかどうかって」
 笑い声が挟まる。
「今日の目的はそういうのじゃないよ。それと、誤解しないでね? あんたや十八歳未満の人間でも、イベントは充分楽しめるものだから」
「はぁ」
 広いというか深いというか。
 今はわからないことばかりだが、楽しめる部分で楽しめばいい場所なのだな、とうっすら理解する。




 信崎の出身映画は、『X.Y.Z』なのか『Michael-Angelo』なのか、はっきり言えない。二つの映画は原作者が同じで、彼は両方に出演している。
 だから、映画ジャンルで関係スペースが入り混じっているのを見て、正直ほっとした。どちらでもいい、と言われた気がした。
「本物!」
 彼の姿を見つけたファンが取り乱す。
 信崎は人差し指を唇に当て、『しーっ』とアクションする。一瞬で騒ぎが収まった。
 人々に微笑みを贈り、信崎は簪に話しかける。
「自分の映画の同人誌をチェックできるなんて、かなり贅沢なことだよ」
「そうですねえ」
 実体化しなければ、簪も信崎もスクリーンの中の存在で終わっていた。箱庭の偶像だった。だが、彼らはフィルムの外へ出た。舞台は限られるけれど、シナリオのない日々を送っている。
 信崎は近くのスペースに寄った。目を白黒させている売り子にウィンクをし、同人誌を数冊を選ぶ。
「可愛い絵柄の……あれ」
 天使の微笑を浮かべる信崎は、助手×掃除屋のにゃんにゃん本を携えていた。成人指定マークがホログラムの箔押しという、無駄に豪華な仕様だ。
「所長へのお土産に。ミケショが多い中で、これは貴重なんだよ」
 当事者が聞いたら血管ブチ切れるまで怒りそうな発言に、簪は微妙な表情で頷く。
「男色も容認されるんですね、ここは」
「女性用の成人向けは、男同士の恋愛がほとんどだよ。そして対象は男であれば……いや、明確に女性と設定されていなければ誰でも何でもアリだから――」
 語尾を濁した信崎の笑顔が、過去の惨劇で翳る。簪は作者の妄想力におののいた。
 あ、でも、と信崎はとりなすように続ける。
「女性が描いて女性が読むものだから、実際に夜道で襲われるようなことはないよ」
「ええまあ、実害がなければ、人の趣味に口出しはしませんが」
 現物を目の当たりにしなければ、(魂に)致命傷を負うことはないだろう。
「むきになって否定するほど燃え上がるから、気にしないでいれば……ヴェ」
 信崎は奇声を発してよろめいた。
 簪は目の前のサークルを見て、痛恨の一撃の理由を知る。
 『X.Y.Z』の主人公である壮年男性と信崎の、BL本だけが並んでいた。カップリングは天使社長で、オヤジ受け至上主義というポップアップも卓上に並んでいる。
「気を確かに」
「全ての景色がかすんでいく……」
「しっかりなさってくださいな」
 簪は瀕死の負傷兵を支えて、前戦から離れる。
「長い夢を見ていたようだ。それともまだ、夢の中にいるのかな」
「逃げちゃダメ……ではありませんけど。逃避しても現実は変わりませんよ」
「おかしいね、天使なのに三途の川を見ているんだ。向こう岸で懐かしい人達が手を振っているんだ。待っていて、すぐ行くから」
「ここで死んだら、屍――フィルムはホイホイお持ち帰りされそうですね」
 その一言で、信崎は正気を取り戻した。
「ありがとう。生きていれば楽しいことがあって、思い出したよ」
「いえいえ」
 簪は身震いした。耐性がありそうな彼がここまで壊れるなんて、恐るべき精神破壊兵器ではないか。しかも信崎は、並んだ表紙を見ただけだ。
 怯えっぷりに妙な責任を感じ、信崎はフォローを入れる。
「今のアクシデントは極端な例だからね。一般映画ジャンルで、自分が対象になっているボーイズラブに遭遇するなんて滅多にないことだから」
「交通事故だと思うんですね、わかります」
 軽口で返した簪は、ぴたりと足を止める。
 ――『偽形』スペースが、通路の左右にずらりと並んでいた。




 和風ダークファンタジー『偽形』は、ファンの年齢層が高いこともあり、スペースの飾り付けから凝った雰囲気がにじみ出ていた。
 自作のミニジオラマや屏風を品良く飾ったスペースあり、新刊表紙を浮世絵タッチに加工したポスターが目立つスペースあり。
 同人誌も作り手が道楽を極めており、和綴じやら本文総二色刷やらトムソン加工五枚連続やらで、特殊製本の見本市になっている。
「大人の道楽だね」
 信崎の感想に、簪は頷いた。ここまで違うものかと、驚きが生まれる。
 妖艶な雰囲気のイラストはあれど、やけにつやつやした肌色に占領された表紙は見あたらない。
 成人指定はエロよりグロが多いという、少々異端なサークル比率のせいかもしれない。
 全体を冷やかしていた簪は、吸い寄せられるようにあるサークルに寄った。売り物の表紙、そこに描かれた人物から目が離せない。
「簪さんがいらっしゃるなんて、光栄ですわ。肇さんが好きで、勢いだけで書き上げましたの。稚拙ですが、よろしければどうぞ」
 作家は最後の一冊を、惜しげもなく簪に差し出した。
「おいくらですか?」
「簪さんからお金を取るなんて、出来ません」
「いいえ、払わせてくださいまし。欲しい物に値段がついていたら、お代と品物を交換してもらうのが筋でしょう? それに、タダより怖いものはありません。商売人のあちきが言うのだから、間違いありませんよ」
 まぜっかえすと、作家は笑って値段を告げた。相場に比べて安い数字だったが、信崎は野暮を言わないでおく。
 ほくほく笑顔の簪に、信崎はつられて穏やかな気持ちになる。
「肇、って弟だっけ」
「そうです。うちのお間抜けさんと、こんな再会をすることもあるんですね」
 簪は衝動買いした本に目を細めた。
 お忍びで町歩きをしている肇が、振り返った瞬間を切り取った表紙だった。あまりに彼らしくて、こんな写真をいつ撮られたのかと思ったぐらいだ。
「弟が好きなのはわかるけど、にやけるには場所が悪いよ」
「なっ……! 所長さんの天使のくせに、人をからかわないでください」
「所長じゃない、あれは社長で――」
 互いのジャブがクロスカウンターで決まり、二人は気まずく沈黙した。
 穴があったら掘られる空間で、墓穴まで掘るのは勘弁願いたい。場所が場所だけに、ネガティヴゾーンまでぶち抜いてしまいそうだ。
「他に見たい場所はある?」
「そうですね、最初に通った小物のあたりを案内していただけますか?」
 強引に話題を変え歩き出した二人の背中に、迫撃砲に相当する宣言が浴びせられた。
「私、今日から誓簪に転びます!」




「行かないでください、偽形の壁担当!」
「兄攻めを格好良く描かせたら、あなたの右に出る人はいないんです!」
「あなたは綺麗な和エロの神様なんです! カリスマを失ったら、斜陽の偽形エロは潰れます! 偽形グロに貪り食われます!」
 必死に止める周囲に対して、大手作家は首を横に振った。
「今日のヲタクデートを見てお腹いっぱいになった気持ちを、誰かと分かち合いたいの」
 雄々しく決意を語ると、愛読者がむせび泣く。
 簪は白目を剥いて顔色を無くす。信崎は慰めるべきかべきでないか迷い、それが致命的な隙となった。
「そっちのジャンルにも、同好の士がいたわね」
 壁沿いの四つ向こうのスペースで、女が立ち上がる。『Michael-Angelo』の最大手で、助手所長の中核たる作家だ。
 偽形大手とM-A大手はどちらからともなく駆け寄り、中間地点で熱烈な抱擁を交わした。
 両ジャンルの読者から、断末魔のような絶叫が生まれる。
 渦中の人となった簪と信崎は、気を失うことすら許されずに、立ち尽くしていた。
 壁とか大手とか呼ばれるサークルは、ジャンル差はあるものの、成人向けなら一万部印刷して完売させられる実力を持つ化け物だ。
 一説には、大手サークルがジャンルを変えるだけで経済に波及する効果は、数百万とも数千万とも言われる。
「見て、あそこで肩を寄せ合って震えている、違う世界に生まれた恋人達」
「タブーは越えるためにあるものね。フフフ。古米でも特盛り五杯はイケる光景だわ」
 作家同士はラブラブと抱き合いながら、あらぬ妄想の世界の住人になっている。
 二次元と三次元を区別してくださいとか、本人が目の前にいる時は自重してくださいとか、信崎は常識的な注意を入れようとした――が。
「二サークルからのスタートだけど、夢は大きく持ちましょう?」
「来年にオンリーイベント開催、わかっているわ子猫ちゃん」
「お姉様ったら」
「フフフフ」
 百合混じりの暴走は止まらない。カーブでもトップギアで突っ込んで、神業ドリフトを決めそうな勢いだ。
 轢死か、公然羞恥プレイか。究極の二択だった。
 硬直した信崎の脇を抜け、簪が歩み出た。
「お待ちくださいな」
 つかみ所のない笑みは商売用に見えるが、死んだ魚の目をしている。
「惚れた腫れたはひょんなきっかけで始まるもの、あちきと誓さんの間に絶対起こらないとは言えやしません」
 本人の肯定ともとれる発言に、偽形ジャンルは諦めムードに包まれる。
「ですけれど、今のところさっぱり気配がありません。あちきにはその気がありませんし、それに」
 信崎の手を取り、指を絡めるように握る。
「誓さん、素直な感想をどうぞ?」
「暑苦しい、かな」
 この陽気に、指と指とてのひらが密着しているのはあまり気持ちの良いものではない。
 簪があちきだって暑いですよ、と言うと信崎はさっさと手を解く。
 こざっぱりとした色気のなさに、大手作家らは萎えきった。会場の隅で膝を抱えて、ぼんやりと空中に視線を泳がせる。
「しょっぱい。現実は粗塩味……」
「三次元の男なんか絶滅して、二次元の男で世界が満ちるといいわ」
 事態の悪化を防いだ簪は、清々しい顔でその場を後にした。




 涼しくなってきた夕方、二人は家路についている。
「人の趣味ですけど……流行が来たら、あちきにも被害が及ぶでしょう? 損失が出そうな時は、早めに手を打つんです」
 信崎に聞かれて、簪は新カップリング誕生を阻止した理由を説明した。
 確かに、被害は少ない方がいい。
「それより、誓さんはどんな本を買われたんですか?」
「ギャグ本を何冊か。シリアスだと、本人を知っているから解釈の違いが嫌でね。それから所長へのお土産。あんたは?」
「本は一冊だけです」
 笈に大事にしまい込んでいた、弟表紙の本を取り出す。不意を突かれた、少し間の抜けた表情が本当にうり二つだ。
「ありきたりな日を、ありきたりに描いてあるんですよ」
「褒め言葉?」
「ええ。あちきが知らない場所で、うちのお間抜けさんはこんなことをやっているんだって。納得しそうになりました。後書きに『純正の捏造品です』と書いてなければ、公式の番外編だと言っても通用しますよ」
 大絶賛に、信崎は小さく笑う。
「よかったね。最後の一冊を買えて」
「はい。それから、映画の小物が素晴らしい再現具合で、買いすぎてしまいました」
 笈から次々と、戦利品が取り出される。原作を知らないアイテムもあったが、どれも手の込んだ逸品と呼ぶにふさわしい。
「どれもこれも、芸術家のお仕事ですね」
 簪は、羨望の眼差しで苦笑いを浮かべる。
 時間と予算、あるいは材料を限定された中で物を作るのが職人だ。そんなつまらない枠を越えた、趣味だからこそ出来るアマチュアの作品。
 遠くで雷が轟く。
 風が湿り気を帯び、夕立の気配が匂う。
「一雨来そうだね」
「傘をお貸しします」
 笈に手を突っ込んだ簪に、信崎は手を振る。
「事務所はすぐそこなんだ。……雨宿りしていく?」
「通り雨でしょうから、結構ですよ」
「それじゃ、言い方を変えようかな。寄っていかない? あんたが気に入った本が気になるんだ」
「では、お邪魔させていただきます」
 ほんの少し、照れくさいものを感じながら簪は承知した。照れているのは、弟の日常を他人に見せてしまうから。そういう理由にしておく。

 ――事務所には所長と、所長の掛け算相手と、所長の天敵が雁首を揃えていて、信崎の『お土産』で大層にぎやかなことになった。

クリエイターコメント大変長らくお待たせしました、銀コミノベルのお届けです。
表記が(記録者にとって)大変紛らわしかったため、信崎様の呼び方が多少変則的になっております。

キャッチコピーは弟さん本の意味ですが、このイベントそのもの、および巻き起こったミラクルカオスを含んでいます。
このたびはありがとうございました。
公開日時2008-10-27(月) 17:50
感想メールはこちらから