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<ノベル>
コレット・アイロニーは足を止める。
目の前で突如起こった出来事を、上手く頭の中で整理できていない。
「あれは……何? ムービーハザード、それとも、ディスペアー?」
少し離れた所を、獣が動き回っていた。ぎょろりと目玉を動かし、次の獲物を探している。
ぎゅっと、バッキーのトトを握り締める。それと同時に、鞄の中からぽとりと、何かが落ちる。
「スチルショット……」
借りていたままだった、ファングッズだ。それを使えば、相手の動きを止める事が出来る。ムービーハザードでも、ディスペアーでも。
コレットはそれをぎゅっと握り締め、歩き出す。
「今は、何だって、いい。このままだったら、きっと、悲しむ人が増える。だから、早く皆を助けなくちゃ……」
呟くたびに、震えが少しずつ遠のいていった。
ばさ、と買い物袋が地に落ちる。それと同時に、キイン、という冷たい音が響いた。
「何してやがる!」
旋風の清左は、刀で獣に斬り付けつつ叫んだ。清左の後ろには、震えているムービースターの女性が腰を抜かして座り込んでいる。
買い物に出てきただけだ。いい買い物をした、とほくほくしていた。早く家に帰り、一つ一つ確認しよう……そう、思っていた矢先だ。
家に帰る前に、一つ用事が出来た。
「……何てぇ、硬さよ」
ふ、と苦笑めいた笑みを、清左は漏らす。刀で斬りつけたにも関わらず、獣にはダメージが見受けられぬ。毛の一本だって、落ちてはいない。
ただ、じん、と手だけがしびれている。
ちりん、と鈴の音がしたかと思うと、獣はくるりと踵を返す。なんとも呆気なく。その間に、清左は「大丈夫かぃ?」と女性に話しかけ、立ち上がらせる。
「早く、逃げなすって」
獣の動きを確認しつつ、清左は話しかける。女性は頷き、獣の向かった方向とは反対の方へ走り出す。おぼつかない足取りだ。
「一体、何だぃ? ありゃ」
清左は女性が逃げ切ったのを確認し、再び獣の方を見る。
「それに、あの鈴の音は」
呟いた後、気づけば走り出していた。
シグルス・グラムナートは、崩れ落ちているエキストラの下に駆け寄る。
「おい、大丈夫か?」
自分とエキストラの周りに結界を張り、尋ねる。エキストラは泣きながら、何度も頷く。
「俺の、友達だったんだ。俺の、俺の」
「……そうか」
「それなのに、あいつは」
エキストラは、また涙をこぼす。隣にいた友人が突如飲み込まれて、パニックを起こしているのかもしれない。
(無理もない)
シグルスは優しくエキストラの背を撫でてやる。そしてまた、崩れ落ちた際に出来たのであろう、掌の傷を癒す。
「今は、とにかくここから離れる。ここでお前まで、やられてはいけないからな」
「あ、ああ」
震えているエキストラに手を貸し、立ち上がらせる。
「あの獣、映画等で観たことは?」
逃げる途中、シグルスはエキストラに尋ねる。彼は暫く考えた後、小さく首を横に振った。
チリン、と獣のいる方向から、鈴の音が聞こえた。
左腕に痛みが走り、ツィー・ランは右手で腕を庇った。
「あ、ああ」
ツィーの後ろには、ムービースターの女性がいた。
「大丈夫か?」
「わ、私は……あの、あなた、は」
震える声で、女性は尋ねる。ツィーは「大丈夫だ」と頷いた後、獣をぎろりと睨みつける。
「森に、いなかった獣だ」
ぽつりと呟く。森の民として生きていたツィーでも、見たことの無い獣がいる。そのこと自体は、特に珍しい事ではない。
本能のような所で、見たことが無い、と判断されるのだ。こんな生き物、見たことが無い、と。
獣は、ツィーの後ろの女性とツィーを交互に見、襲い掛かってきた。どちらに狙いを定めるというわけではなく。
(ムービースターを、狙っているのか)
ちっ、と小さく舌を打つ。ターゲットがどちらでもいい、というのは中々にして厄介だ。
(ならば、いっそ)
ツィーは女性のほうを振り返り、逃げろ、と告げる。
「あれは、ツィーが惹きつける。だから、逃げろ」
女性が頷くのを見て、ツィーは獣を殴りつける。
じん、と足がしびれる。何て硬い。壁の方がまだ柔らかいのでは、と思えるほどだ。
が、蹴った衝撃で、毛が揺れた。胸元に映えている毛が、がさりとゆれ、何かがぽとりと地に落ちた。
「何だ?」
確認しようとした次の瞬間、獣が襲いかかってきた。
(一先ず、女性を逃がすのが先か)
ツィーは女性が逃げ切るまで、獣の注意をそらす事だけに専念をした。
騒がしさに気付き、ファレル・クロスはそちらを仰ぐ。
人々が、一つの方向から逃げ惑ってきていた。きゃあきゃあと叫ぶ声が、至る所からこだまする。
「一体、何事ですかね?」
ぽつりと呟き、逃げてくる中心へと向かう。向かうたびに人に押されそうになるが、するりと避けつつ進む。
そうして、潜り抜けた先にいたのは、ぐるるると唸っている獣だった。
獣は、ツィーと交戦していた。だが、獣にはツィーの打撃が効いている様には見受けられず、同時に他の獲物がいないかと見回していた。辛うじて、ツィーによって襲い掛かろうとするのを阻まれている、という具合だろうか。
「あれ、ですね」
再び呟き、そちらへ向かおうとする。
「……ファレル、さん?」
向かおうとする足が、ぴたり、と止まった。振り向いた先に、コレットが立っていた。
「コレット、さん」
どう言葉を出していいか分からず、ファレルは「どうしてここに」とだけ尋ねる。
「あの、私は……たまたま、居合わせて」
「そうですか」
ならば、とファレルは心を決める。
ここにコレットいがいるのならば、自分が為すべき事はただ一つしかない。目の前で暴れている獣が、被害を与えないうちに排除してしまえばいい。
ファレルの目が、冷たく光る。コレットには見えない。ファレルの背に、コレットがいるから。
「コレットさん、逃げてくれませんか?」
「あの……私、足手纏いになるかもだけど、一緒に……」
きゅ、とコレットが手にしているものを握り締める。
「それは?」
「あ、スチルショットです。私、借りたままで」
ファレルは「分かりました」と一つ頷き、空気中の分子を分解する。それらを固め、コレットの周りに見えない壁を形成する。
万が一の際、コレットに被害が及ばぬように。
「気をつけてくださいね」
壁を作ったことは告げず、ファレルはコレットに言う。コレットが頷くのを見ると、ファレルは自らの周りにも同じように見えぬ壁を形成し、歩き出す。
「私も、仲間に入れてくださいよ……!」
口元に笑みを携え、ファレルは獣へと向かっていった。
チリン、という鈴の音がまた響く。
「間違いねぇ。鈴の音がしやがる」
獣と交戦しているツィーに加わろうと近寄りつつ、清左は呟いた。
「……また、鈴の音か」
そのすぐ隣から、シグルスの呟きが聞こえた。清左は振り返り「兄さんもかぃ?」と尋ねる。
「兄さんも、鈴の音を聞いたのかぃ?」
「ああ、聞こえた。あの獣が動くたび、鈴の音が聞こえる」
「どこからしているのか、分かるかぃ?」
「ちょっと、待ってくれ」
シグルスは、すう、と息を吸い込む。そうして、静かに「風の精霊よ」と話しかける。
「鈴の音が、どこからしているか分かるか?」
シグルスの問いに、そよ、と風が吹く。シグルスは「分かった」と答え、清左のほうを見る。
「あの獣の、首元くらいだそうだ」
「首元と言っても……あの毛で見えねぇな」
「ああ。だが、あの獣についているのは間違いない」
シグルスがそういうと、清左は「違ぇねぇ」と言って、くつくつと笑う。
「ならば、鈴の音を頼りにさせてもらおうかぃ」
「俺は……あたりを探ってみる。もしかしたら、鈴の音は操られている音なのかもしれないから」
「ふむ……確かに、その可能性も大事だなぁ。あっしも、一応気にかけておこうかぃ」
刀の柄を握り締め、清左は走り出す。
シグルスは獣の方には進まず、少し離れた位置へと向かう。物陰に、誰か逃げ遅れたものがいないかどうかを、また操っている者がいないかどうかを確認するために。
「どちらにしても、いて欲しくないな」
ぽつり、と小さく呟いた。
ツィーは気付く。自分の周りに、人がいない。無意識のうちに、獣を人気のいない方へと誘っていたのかもしれぬ。
(丁度いい)
ツィーは、小さく笑う。人気がいないのならば、獣が向かう相手は自分だけだ。獣の狙いがムービースターなのだろうから。
「まずは、飲み込んだものを出してもらおうか」
そういうと、ツィーは獣の腹に向かって攻撃を開始する。蹴りだした足は、相変わらず獣の硬い毛によって、ダメージを与えているのかどうかがいまいち手ごたえが無い。ツィーの足の表皮が分厚いため、突き刺さったりはしないのだが。
(やはり、硬い)
ツィーは思い、ぐっと奥歯を噛み締める。手ごたえはないし、獣の表情にも変わりがない。ただただ、ムービースターであるツィーを狙っているだけに見える。それをツィーの攻撃によって、阻まれているだけだ。
箸を持つ手を、ぱちり、と優しく諌める様子にも似ている。
ダメージがあるかどうかは分からない。分かるのは、獣の食事の邪魔は出来ているという、ただそれだけ。
(埒が明かない)
ツィーがそう思った次の瞬間、ふわ、と空間が生じる。あたりを見回せば、近未来的な世界が広がっている。
空を飛ぶ車に、高層ビル群。
それらを呆然と見つめ、ツィーは呟く。
「ロケーションエリアか」
「はい、展開させてもらいました」
ツィーの後ろから、声がした。振り返ってみれば、そこにはファレルが立っていた。その後ろからは、コレットがいる。
「あ、あの、大丈夫……?」
コレットはツィーの傷に気付き、近寄る。ファレルはそれをちらりと見た後、獣に向き直る。
「あなたが、この騒ぎの主ですね」
ファレルはそういうと、ふわり、と近くを走っていた車を宙に浮かせる。マジックショーを思い起こさせるように。
一方の獣は、浮いた車に興味を全く持っていないようだった。まっすぐにファレルを見つめている。だら、と涎が地に落ちた。
「……今ならば」
ぽつり、とツィーは呟く。コレットが「え?」と尋ねてきた。
「さっき、何かがあの獣から落ちた。もしかしたら、何かの手がかりになるのかもしれない」
「それを、拾いに行くの……?」
「ああ。今ならば、ファレル殿が相手してくれているからな」
「それなら、サポートするわ。私、スチルショットを持っているから」
「頼む」
ツィーはそう言って、先程まで戦っていた場所へと向かおうとする。が、やはり獣がツィーの動きに気付いた。ファレルと対峙しているはずの獣は、ツィーのほうへと向かってくる。
「このっ……!」
ファレルは浮かべていた車を、次々と獣に当てる。が、効果があるようには見られない。獣に当たった車達は、次から次へと壊れていく。
「こ、来ないで……!」
コレットは叫び、スチルショットを獣に向ける。しかし、獣は臆する事無くツィーへと向かっていく。
「トト……!」
コレットはバッキーを接続し、引き金を引く。すると、ぴた、と獣の動きが止まった。
「一分間しかないわ。だから!」
コレットが叫ぶと、ツィーは「分かった」と答え、走った。
一度放てば、10分間は使えない。コレットはそのまま何処かに走って逃げることも考えるが、思いなおしてその場にとどまる。
「コレットさん?」
「私でも……私でも、時間稼ぎにくらいはなると思うから」
その言葉を聞き、ファレルは更に獣に向けて車をぶつける。動きが止まっているというので、車は全て獣に命中している。が、ダメージの一つも分からない。
「物理攻撃が効かないと……そういうわけですね」
ファレルは呟き、戦法を変える。今度は高層ビルの電気分子を取り出し、獣にぶつけていく。少しだけ、うう、と獣が唸る。
一分間の楔は、呆気なく終わる。コレットは覚悟し、両手を広げる。
「何……?」
丸腰のコレットに、獣が向かって行くと思われた。だが、獣が向かったのはまた別の場所。
「……何しやがるんだぃ、おめぇ」
カキン、という冷たい音が響く。清左が、刀で獣の腕を受けた音だ。
つまり、獣は丸腰のコレットではなく、電気分子を与えてくるファレルでもなく、何かを拾いに行ったツィーでもなく、新たに現れた清左へと向かったのだ。
「どう、して?」
すとん、とコレットはその場にしゃがみ込む。自分はあの獣に襲われるはずだった。その間に、他の人が攻撃のための手段を練ってくれるはずだった。
それなのに、獣は全く別の方へと向かったのだ。
「飲み込みやすい方へと、いったんじゃないですかねぇ」
くつくつ、と清左は笑う。「冗談じゃねぇや!」
「本当に、冗談じゃないですね」
ファレルは呟き、びりびりと光る電気分子を集める。「コレットさんに行かなかった事だけは、評価しますけど」
「なんだぃ、坊ちゃん。あっしなら、やられてもいいんですかい?」
「まさか」
互いに言い合い、二人は獣に向かう。
清左は刀で以って獣の動きをけん制し、その隙にファレルが電気分子を当てる。相変わらず、ダメージが与えられているかどうかは分からないが。
「相変わらずの、硬さで御座んす」
小さく、清左が呟いた。手足を狙っているものの、動きを止めるほどの傷は与えられぬ。いや、むしろ傷を与えられているのかも分からない。
チリン、とまた、鈴の音がした。
シグルスは一人、あたりを探っていた。
獣が鈴の音によって操られているのならば、操っている者がいるはずだ。
「いなければ、それに越した事はないんだけど」
ぽつりと呟く。もう一つの目的は、逃げ遅れた人がいないかの確認。いずれにしても、誰もいないに越した事はない。
ぐるりと回ってみたが、怪しい人影は見つけられなかった。遠巻きに見ているか、逃げているか、対策課に連絡をするか。いずれかの人しかいない。
向こうの方で、戦闘の音が聞こえる。ロケーションエリアが展開しているようだ。獣が展開したのか、味方が展開したのか、シグルスの位置からは分からない。だが、深刻な悲鳴や叫び声が聞こえてこない所を見ると、味方が戦闘するために展開させているのかも知れぬという、想像がついた。
「確か、持続するのは30分だったか。早めに、手伝いに行った方がいいかもしれない」
シグルスは呟き、はた、と足を止める。
およそ、一周した。獣を中心として、人が作った輪をおよそ一周してしまったのだ。足を止めたそこは、先程清左と別れた場所。
「誰も、いなかった。逃げ遅れた人はもとより、操っているような人も」
それが、答え。
「出現ポイントらしき場所も、見当たらなかった。空気の流れがおかしい部分も、無い」
そうして、出した結論。
「……これ以上獣が出ることは恐らく無いだろうし、操られているわけでもない」
シグルスは、そう結論を出す。ならば、いつまでもこうして周囲を歩いていても仕方がない事だ。
「あんた、あの獣の所にいくのか?」
不意に声をかけられ、振り返る。すると、そこには男性が立っていた。バッキーをもっている当たり、ムービーファンなのだろう。
「ああ。あんた、何か知っているのか?」
「いや……俺はただ、見ただけだ。ムービースターが、あの獣に飲み込まれたところを」
シグルスは「なら」と言って、じっと男を見る。
「それなら、どうして対峙しないんだ? どこか、怪我でもしたとか」
「ち、違うんだ。あれは、バッキーじゃ対処できなくて」
「対処できない?」
男は動揺からか、的を射ない言葉を吐く。シグルスは「落ち着け」と何度もいい、男の話を整理する。
男は、あの獣が出現した際、その場に居合わせた。映画からでてきたモンスターだろうと思ったので、バッキーで飲み込んでやろうと思っていた。
だが、それは叶わなかった。男のバッキーは動かなかったのだ。
どうしても獣を飲み込もうとしない男は、獣が自分の方へ向かってくるのを見て逃げ出した。途中でムービースターが飲み込まれているのを見た。何も出来なかった。走った。ただただ走り、逃げて、逃げて、逃げて……遠くから見るにとどまってしまった。
「他に、何か情報は無いのか? 例えば、ああいう化け物が映画に出てきたとか」
「分からない。だけど、もしそうならば、俺のバッキーが反応するはずだ」
男はそう言い、ぎゅっとバッキーを抱きしめる。シグルスは「なら」と口を開く。
「それなら、あれは、何だって言うんだ?」
シグルスの問いに、男は「分からない」と答えて俯いた。かすかに、体が震えている。
「……分かった。とにかく、行ってみる」
それだけ言うと、シグルスは獣の方へと向かって走り出す。その際、背中に「気をつけてくれ」と声がかけられた。
「あんた、ムービースターなんだからな!」
心配した、だがそれでもシグルスの動きに期待するその声に、そっと手を上げて答えるのだった。
ツィーは、先程まで戦っていた場所に戻ってきた。少し離れた場所で、清左とファレルが戦っている。コレットは、スチルショットを撃った後は分からないが、獣の狙いは恐らくムービースター。ムービーファンであるコレットに襲い掛かる事はないだろう。
「ここら辺だと、思うんだが」
呟き、身をかがめる。戦っていた際、獣の毛の間から落ちたものが、何処かに在るはずだ。ぱっと見、あまり大きなものではなかったが、そう小さいものでもなかったはずだ。
別に、放っておいても良かったのかもしれない、とツィーは思う。ただ、無性に気になっていた。直感に近い。自然の中で暮らしてきたツィーがもつ、第六感と言っていい。
根拠を述べよと言われれば答えられないが、どうしようもなく湧き上がる不安のようなものかもしれない。
「……ここで、何を?」
落ちたものを探していると、声をかけられた。目の前には、シグルスが立っている。シグルスは小首を傾げた後、ツィーの左腕が負傷しているのに気付き、その場にしゃがみ込む。
「少し、じっとしていろ」
「あ、ああ」
手をあて、治癒をかける。ツィーの元々もつ治癒能力が高いのか、いつもよりも早く完治させる事ができた。
「他に、怪我は?」
「無い。有難う」
ツィーは礼を言った後、再び探し始める。
「何か、探しているのか?」
「ああ。さっき、獣と戦っていた時、何かが落ちた。あの獣の体から、何かが」
「鈴ではなく?」
「鈴? いや、違う。もっと、四角いものだった。鈴みたいに丸くはなかった」
ツィーの言葉を聞き、シグルスは「分かった」といい、同じように地面を探し始める。
「一人よりも、二人の方が見つけられるだろう」
「有難う」
シグルスとツィーは、あたりの地面を探す。そうして、ついにツィーが何かを手にする。
「……これだ」
「見つけたのか」
頷くツィーに、シグルスはそちらに近づく。二人はそれを見、あっと言葉を飲み込む。
それは、プレミアムフィルムであった。
「どうして、これが」
「飲み込まれたのは、ムービースターだ。それがプレミアムフィルムになっているという事は」
ツィーの言葉に、シグルスはぐっと手を握り締める。
「腹の中で生きている、という事は無いのか」
「恐らくは」
シグルスは「そうか」と頷く。冷静に言っているようだが、悔しそうだ。
「腹が減っているだけならば、別のものを食べればいいと思っていたんだが」
ツィーはそう言い、プレミアムフィルムを握り締める。
「とにかく、戻ろう。あの獣が飲み込むのは、他者を捕らえるという目的じゃない事が分かったんだから」
シグルスはそう言い、獣のいる方に向かって走り出す。ツィーは「ああ」と頷き、プレミアムフィルムを握り締めたまま走り出した。
そろそろ、30分が経とうとしていた。
コレットはスチルショットを構えている。制限となっている10分は過ぎているから、獣に当てれば一時的に動きを止める事が出来る。有効であると、既に証明はされているのだ。
しかし、その好機は中々訪れない。清左が刀で獣の攻撃を弾いているし、その隙を狙ってファレルが電気分子を当てている。
二人とも、近い。
スチルショットの効果は、半経1メートル。敵味方の分別はできない。
「どう、して」
手が震える。コレットに向かってきてくれたら、襲い掛かってくれたら……いっそ飲み込もうとしてくれれば。スチルショットを放つ好機は訪れる。スチルショットを撃てなくても、清左とファレルの攻撃を食らわせられる時間稼ぎにくらいなる。
だが、獣は決してコレットの方には来ない。一番襲いやすそうであるにも関わらず。
「せめて、一所に留まってくれていたら」
ちっ、とファレルが舌を打つ。そうすれば、獣の足元を分解してやり、底なしの穴を作ってやるのだ。
逆に呑まれる気分を、存分に味あわせてやるのに……!
しかし、それはできない。獣の動きは想像以上に早く、またすぐに間合いをつめられる。その間合いを清左が割り込んで刀でいなしてくれるものの、それは決定打ではない。
とにかく、硬い。
毛むくじゃらのくせに、その毛が硬い。
清左の刀にいなされるたび、カキン、と冷たい音が響き渡る。
「全く、キリが無いでやんすねぇ」
ふ、と苦笑交じりに清左が漏らす。その瞬間だった。
びくん、とファレルの体が震えた。
それと同時に、ぐらり、と回りの景色が揺らいだ。
「なっ……!」
手にしていた電気分子はあっという間に消えうせ、元の世界が広がっていた。
高層ビルも、空飛ぶ車も、無い。至極ありふれた、いつも通りの銀幕大通りだ。
「タイムリミット、ですか……!」
ぐらり、とファレルは体を揺らす。清左は「危ねぇ!」と叫び、今度は清左のロケーションエリアを展開した。
味方の動きが早くなる、ロケーションエリアを。
お陰で、獣が反応するその何倍も早く、清左はファレルの前に立ちはだかる事ができた。獣の攻撃を、カキン、と再び刀でいなす。
「大丈夫ですかぃ?」
「ああ、すいません」
「でも、安心はできないですよ。あっしのロケーションエリアだって、坊ちゃんと同じ30分ですからねぇ」
ファレルは「確かに」と言いながら、態勢を立て直す。ロケーションエリアが消えても、己が持つ能力が消えたわけではない。
ただ、少しだけ。そう、ほんの少しだけ戦いにくくなっただけだ。
獣が再び清左とファレルに向かってこようとする。清左は刀を構え、ファレルは電気分子を再び手にする。ロケーションエリアの中にいなくとも、電気はいくらでも存在する。
二人が構えたところに、しかし、獣の腕は届かなかった。獣は白い壁のようなものに囲まれており、その中でもごもごともがいていたのだ。
「……結界を張った」
静かな声で、シグルスが告げた。その後ろには、ツィーがいる。
「で、どうだったんだぃ?」
清左が、シグルスに尋ねる。シグルスは「いや」と答え、同時に首を横に振る。
獣を操っている者も、逃げ遅れた者も、いなかったのだから。
「あっしも、一応はさがしてみたんだが、何しろ戦うのに夢中でねぇ」
面目ねぇ、といわんばかりに清左が言う。それを、シグルスは首を振って答える。
獣と戦いながら、怪しい人物を探すのは並大抵の事ではないのだから。
「だが、恐らくはいないだろう。人を捕らえているという訳でもなさそうだ」
結界内でもがいている、だがそれでも結界の外に出られぬ獣をちらりと見、ツィーが言う。
拾った、プレミアムフィルムを差し出しながら。
「それが、落ちたもの、ですか?」
コレットの問いに、ツィーは頷く。
「恐らく、間違いない。あの獣が飲み込むことによって、ムービースターは命を落としている」
「なんだぃ、そりゃ」
清左が、ぽつりと呟く。言葉には、怒りが含まれている。
「この銀幕大通りで、誰が、自分が死んでしまう事なんて、考えるかぃ?」
突如として襲われ、死を押し付けられたムービースターを思い、清左は言う。結界内でもがく獣を、じろり、と睨みつけて。
「物理攻撃は、効かない。だから、別の方法を考えるべきだ」
ツィーの提案に、皆が頷く。
「あの、私のスチルショットが使えないかしら? もう一度使える状態に、もうなっているから」
「止まっていてくれれば、地面を分解して穴を作ってやれますね。といっても、獣の一部を提供するのならば、それよりも内部に向けて電気分子をぶつける方がいいかもしれませんが」
コレットの提案に、ファレルが頷く。
「それなら、その隙をあっしが作りましょうかぃ」
「ツィーも手伝おう。もうすぐシグルス殿の結界も崩れる。となれば、今一度獣に結界を張りなおしてもらえばいいだろう」
清左とツィーの提案に、シグルスが頷く。
「確かに、もうすぐ崩れる。スチルショットを撃つ為にも、結界を張るべきだろうからな」
作戦は、決まった。
清左のロケーションエリアにいるお陰で、皆の動きは早い。だからこその、チャンスだ。
――ばりんっ!!
硝子が割れるような音がし、シグルスの結界が壊れる。その音を皮切りに、清左とツィーが獣へと向かっていく。
清左は刀で獣の手足を狙い、ツィーは手足で腹を狙う。
物理攻撃が効かない事は分かっている。だからこれは、あくまでも、獣を一所に一瞬だけ留めておくための行為なのだ。
「はぁぁ!」
「はっ!」
二人の気合と共に、獣の動きが一瞬鈍る。それを見て、今まで呪文を唱えていたシグルスが結界を張る。獣を捕らえるための結界だ。
先程よりも、強固な結界。
「撃て!」
シグルスの声と共に、コレットはスチルショットを構える。
「えいっ……!」
声と共に、引き金を引く。スチルショットはそのまま真っ直ぐに獣の方へと向かっていき、捕らえる。
シグルスの結界の中でうごめいていた、獣を。
「喧嘩は、相手を見てから売って下さいね……!」
ファレルはそう言いながら、電気分子を固める。スチルショットの効果は一分間。だから、その間に放つ。
これが、一番の好機なのだから。
獣は、空中にファレルの姿を見て口をあける。飲み込んでやろうとして。ファレル以外にムービースターはいない。だからこそ、ファレルだけしか獣は見ない。
飲み込みたいとするムービースターが、ファレルしかいないのだから。
「さようなら」
ファレルの言葉と共に、獣は体の中から光を放った。全身を電気分子が駆け巡り、感電状態に陥ったのだ。
それにより、獣は動きを止めた。天を仰ぎ見て、一瞬動きを止めて、ずどん、と音をさせてその場に崩れた。
ちりん、という鈴の音もしたが、崩れ落ちた音によってかき消されてしまった。
「もう……大丈夫かしら」
コレットは呟き、倒れた獣に近づく。獣の周りには、プレミアムフィルムが散らばっている。獣の毛の間から、飛び出たのだろうか。
「他のものを食べれるのであれば、共存って言う手もあったのだが」
ツィーは呟き、しゃがみ込む。あたりに散らばっているプレミアムフィルムを、集めながら。
そうしていると、ふわり、と獣の体が宙に溶けた。
後には何も残らない。ただ、消えた。プレミアムフィルムもでてこない。
「……獣の一部を、対策課に提供しようと思ったんですけれどね」
ファレルはそう言い、肩をすくめた。消えてしまっては、何も提出など出来ない。
「これが、鈴か」
ぽつりと、シグルスが呟いた。獣の首があった辺りのところに、鈴が転がっていた。赤いリボンがついている。
「なんだぃ、これは。まるで、首輪じゃないですかぃ」
はは、と清左は苦笑交じりに言う。
そうして、皆が黙った。一言も、喋らない。
ムービースターだけを狙い、飲み込んでいた。
毛の中に、プレミアムフィルムを沢山持っていた。
首輪のような、赤いリボンと鈴。
それらが意味するものを、誰一人として口にしない。想像していなかったのだから、口には出来ない。可能性の一つとして、挙げても良かったのに、しなかったのだから。
対策課の車が到着したのは、そのすぐ後であった。
後日、対策課を一人の少女が訪れる。
「姉は、ムービーファンでした」
少女は赤くなった目でそう言い、苦笑混じりに「私はエキストラですけど」と付け加える。
「姉は、それはそれはバッキーを大事にしていたんです。でも、事故にあってしまって……。昨日が、初七日だったんです」
少女はそう言い、写真を取り出す。
「バッキー、いなくなっちゃって。お葬式の途中で、急にいなくなってしまって。探したけど見つからなくて……」
写真には、楽しそうに微笑む少女の姉と、赤いリボンに鈴を付けた首輪をつけた、ラベンダーのバッキーが写っていた。
<ラベンダーの獣はいなくなり・了>
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クリエイターコメント | お待たせしました、こんにちは。霜月玲守です。 この度は「むらさきけもの」にご参加いただきまして、有難うございました。いかがでしたでしょうか。
と言うわけで、正体はハングリーモンスターでした。 OPに入れていたヒントを、ここで暴露させていただきたいと思います。
・ムービースターのみ襲う(一緒にいたエキストラが無事) ・色合いがラベンダー(紫+白。モンスター化によって色が劣化) ・鈴の音 ・大きさが人間大
全体的に、意地悪なシナリオでした。すいません。 でも、雑誌社の資料に載っているし、いいかなぁと思いまして。これを機に、他の資料を見ると、また新たな発見があるかもしれません。
少しでも気に入ってくださると嬉しいです。 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。 それでは、またお会いできるその時迄。 |
公開日時 | 2009-01-05(月) 19:50 |
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