★ 【White Time,White Devotion】Nevermoreの花束 ★
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
管理番号102-5952 オファー日2008-12-18(木) 02:28
オファーPC 真船 恭一(ccvr4312) ムービーファン 男 42歳 小学校教師
ゲストPC1 旋風の清左(cvuc4893) ムービースター 男 35歳 侠客
<ノベル>

 2008年十二月三十一日の銀幕市。
 時刻は午前十時を過ぎた辺り。
 年末の真船家は例年にない慌しさを見せていた。
 真船恭一(まふね・きょういち)とその妻の美春は、昨年までは毎年、東京の某大ホールで第九を聴いて年を越していたのだが、今年は自宅での越年を選択した。
 当然、コンサートよりも魅力的なもののためにここにいるわけだが、毎年の恒例行事をキャンセルしてまで家に残ったことが不思議らしく、同居人である旋風の清左(つむじかぜのせいざ)は首をかしげている。
「旦那は、今年はその……こんさーとってのに、行かねぇのか?」
「ああ、うん、せっかくだからね」
「……せっかく? 行きゃァいいのに」
「だって、君やふー坊と一緒に年越しがしたいのに、何故?」
 恭一が心底不思議そうに問い返すと、
「いや、そう言われんのは悪ィ気はしねェし、嬉しいっちゃ嬉しいんだが……」
 恭一の肩に乗っかったバッキー、メンデレーエフが可愛らしく小首を傾げて見詰める先で、清左は微妙な顔をしていた。
 ――銀幕市に魔法がかかって三回目の年越しだ。
 いつまでこの魔法が続くのか判らないという現状の中――もちろん、出来る限り長く続いて欲しい、と、恭一は思っているが――、真船夫妻が、同居人と実子のように可愛がっているバッキーと過ごす年末を選んだのは、自明の理でもあった。
 もう一度、が、あるかどうか判らない一時のために、その瞬間の最善を尽くしたい、と、ふたりは思ったのだ。
 そして当然、
「まぁ、そんなわけで、今年はいつもより徹底的に掃除を、ってことになるわけだけど」
 自宅に残るとなれば、気持ちのいい新年のために、やるべきことはたくさんある。
 几帳面で綺麗好きな人々の住まう真船家は、それほど乱雑ではないものの、一年の汚れを落とすことで気持ちを引き締める、という意味では、大掃除は大変有意義な行為だ。
 恭一は、スラックスにシャツ、セーターという出で立ちの上からエプロンをして、腕まくりをし、頭に鉢巻まで巻いて、全身で『掃除を頑張る自分』を鼓舞していた。
 ……鉢巻の真ん中に『合格祈願』と書いてあるのはご愛嬌である。
「えーと、まずは押入れ……うわわっ!?」
 古い品々を飲み込んだまま開かずの間と化している押入れを掃除すべく、中のものを引っ張り出すと、中から、古い雑誌やアルバム、何が入っているのかも定かではない箱などが雪崩を打って崩れ落ちて来て、その雪崩を真正面から被ってしまった恭一は、思わず遭難しかけた。
「う、動けない……た、助け……」
「……初っ端から、先が思いやられるなァ」
 溜め息をついた清左が、恭一を掘り起こしにかかる。
「あらあら、恭一さん、大丈夫?」
 と、そこへ、様子を見に来たのか、顔を覗かせた美春が目を丸くする。
 恭一は、自分はこのまま古雑誌に埋もれて死ぬのではないかと悲観的な未来を思い描いたが、大変ねぇでもそんな恭一さんも素敵よウフフなどと夫萌え全開の彼女の口元は笑っていて、あまり緊迫感はない。
「私はキッチンのお掃除に戻りますけど……大丈夫? ああ、うん、大丈夫そうね。そうそう、お昼ごはんと、夕飯と、年越し蕎麦の準備もしなくっちゃ」
 恭一が、清左によって何とか掘り起こされるのを見届けて、美春が楽しげに自分の仕事へと戻っていく。
 恭一は額の汗を拭った。
 運動したわけでもないのに、すでに汗が滲み、身体は温かくなっている。
「ふう、死ぬところだった。とりあえず、片付けないと……あ、これは」
 崩れ落ちた古雑誌の中に、若い頃の美春の姿を見い出して、恭一は目を細めた。
 十年も昔の写真だが、紙はそれほど劣化しておらず、雑誌の中の彼女は、今と何も変わらず美しい。
「美春さん……やっぱり、綺麗だなぁ……」
 初心な少年のように頬を染め、ほんわかと若かりし妻の姿に見入ったあと、
「あ、こっちは僕が採用されたばっかりで受け持ったクラスの! 懐かしいなぁ、皆、元気でやってるのかなぁ」
 今度は十七年前に授業を受け持ったクラスの子どもたちからもらった手紙や、四季折々のイベントで児童たちが作ってはプレゼントしてくれた工作の入った箱に釘付けになり、手が止まる。
「旦那、いつまで経っても終わんねェぞ、それじゃ! きりきり働け、年が越せなくなっちまう!」
「え、だって、懐かしくて。ほら、これなんか……」
「手ェ止めんな!」
「は、はいっ」
 清左はというと大掃除に取り組む人間の大半が陥る、『出てきたものに目が釘付け』の罠にかかった恭一を叱咤しつつ、てきぱきと雑誌などをまとめあげていたが、その彼の手も、
「……おや、これは確か、あるばむとかいう……」
 古びて色褪せたアルバムを見つけると、ぴたりと止まってしまった。
「あ、それは……!」
 清左の筋張った手が、アルバムのページをめくると、そこには、十数年前の、美春とまだ交際中だった頃の写真がずらりと並んでいる。
 時代遅れの――もちろん今見れば、の話で、当時としては普通だったのだろうが――ファッション、髪型、無防備極まりない、年を取ってかたちが少し変わった以外は表情にも雰囲気にも変化のない、若々しさと危なっかしさと純粋さ、脆さを如実に現した自分の顔。
 その隣では、大抵美春が笑っていて、美春と一緒に写真に写っている恭一の顔は、恥ずかしいくらい幸せそうだ。
「清左君、それは勘弁! ぼ、僕には手を止めるなと言ったじゃないか……!」
 慌てる恭一を尻目に、清左の手がページをめくる。
 気恥ずかしくはあるが、懐かしく愛しい気持ちが込み上げるのもまた事実で、いつの間にか恭一も、清左と一緒にアルバムに見入っている。
「は、そう言えばアルバム整理も暫くしてな、」
「来年にしろ!」
 そこでようやく我に返ったらしい清左に、一刀両断に斬って捨てられる。
 まさに全否定。
「で、でもこっちの手紙も一度目を通したいし、子どもたちからもらったこの工作はちゃんと整理整頓して飾っておきたいし、古雑誌は美春さんの部分を切り抜いてちゃんと保存しておきたいし……」
「来年にしろ!」
「また!?」
「いい加減にしねェと全部捨てる!」
「ひぃそれはご勘弁! どれも宝物なんだから……!」
「じゃあ急げ、きりきり働け!」
「いや、でも、人間には分というものがあってだね、そりゃあ僕はそもそも身軽なわけじゃないけど、その限界を超えて動くことは不可能……」
 マイペースな自分を判ってもらうべく、恭一が弁解しようとするより早く、
「だったらもっと速く動けるようにしてやらァ!」
 短気な突っ込み気質の清左が、痺れを切らしたのか、いきなりロケーションエリアを展開する。
「ちょ、清左く……」
 広がるのは、満月の夜の草原か町。
 ただし部屋そのものは健在。
 ロケーションエリアの効果で、恭一は、着物を尻っ端折りして襷がけし、猿股を着用した出入り装束になっていた。
 効果の一端のお陰で、身体が異様に軽い。
「効果は三十分だ、死ぬ気で片付けろ!」
 自分も素早さを増した清左が怒鳴り、出来なきゃ斬って捨てると言わんばかりの気迫に恐れ戦きながら恭一は古雑誌の束に手を伸ばす。
 古雑誌を紐で縛り、児童からもらった作品は丁寧に段ボールの中へ仕舞い、手紙の束は差出人ごとにリボンで括って箱に仕舞う。
 何のために残しておいたのか判らない類いの雑誌やプリント、古着や古道具の類は、清左が情け容赦なく問答無用で『要らないもの入れ』と書かれた段ボール箱の中へ放り込んだ。
「うう、こ、腰が……折れる、砕ける……!」
「来年にしろ!」
「無理だ!?」
 弱音を瞬殺する清左に無茶振りされて目を剥く恭一。
 部屋の片づけでハッスルしすぎて腰をいわせました、なんて、欠勤理由としては笑うに笑えない。
 同年代の同僚が、同じような症状に悩まされ、時には長期療養を必要として数ヶ月の病休を取ることを余儀なくされているという事実を知っているだけに、非常に身近でリアルな悩みだ。
「ううう、大掃除って、こんなに過酷な労働だったのか……」
「そうとも、こいつぁ、あっしらと部屋との、魂をかけた戦いなんだ……!」
 そんな熱い謎設定を口走ってしまう辺り、清左も少々テンパっている模様。
 どちらがボケでどちらがツッコミなのかもう判らない。
「そうか、そうだったのか……うん、頑張るよ清左君、あの栄光の星に向かって……!」
 やはりこちらも謎設定を口走り、満月の輝く夜空の端っこにある星をびしりと指差して、何故か感動のあまり熱い涙をこぼしながら、恭一は部屋の中を駆けずり回る。
 そんな中、ひとり……いや一匹だけ冷静な、バッキーのふー坊ことメンデレーエフが、小さな前脚で、ふたりが取りこぼした小さな道具や、紙の欠片などを拾い集め、ゴミ袋に運んでいた。
「お、終わった……」
 その甲斐あって、ロケーションエリアの効果が切れる頃には、一番の強敵である恭一の部屋の掃除はなんとか終わっていた。
 ぐったりと疲れて絨毯に突っ伏す恭一、
「……何か、勢いに任せて変なことを口走った気がする……」
 何だったかなァ、と首を傾げる清左。
「あら、綺麗になったわね、さすがは恭一さんだわ」
「いや、どっちかっていうと僕より清左さんのお陰かな……」
「そうなの? ありがとう清左さん」
「いえ、礼を言われるようなことでも」
「それで、もうお昼ご飯にします? それとも、もう少し片付けてから?」
 美春に言われて壁の時計を見遣れば、午後十二時になるかならないか、と言ったところ。
 恭一は清左と顔を見合わせた。
「……もうちぃっと、進められそうだよな、旦那?」
「そうだね、清左君の部屋なら、そんなに時間もかからなさそうだし」
「ああ、そもそもものが少ねェからなァ」
「なら、三人で清左さんのお部屋の片付けをしましょう。それからお昼ごはんね。今日は、玉子たっぷりの中華スープと、金華ハムの炒飯と、青菜の炒め物なの。お夕飯が蟹鍋で、年越し蕎麦もあるから、和風以外にしてみたんだけど……」
「美春さんの作ってくれる食事は、どんなものでも美味しいから、歓迎だよ」
「恭一さんったら、もう……そんな嬉しいことを言われてしまったら、興奮のあまりうっかり鼻血を出すところだわ」
 目を細め、妻の手料理を褒める夫、そんな夫が好きすぎて、少々アブノーマルな手法で歓びを表現する妻。
「……仲のいいのは判るんだが、見てて飽きねェよな、このふたり」
 思わずぼそりと突っ込む、ひとりだけツッコミ体質で苦労人気質の清左だった。

 * * * * *

 時は行き過ぎ、
「あー……疲れた。いやぁ、よく働いたなぁ」
 時計は午後十一時五十分を指し示している。
 炬燵と、机の上には蜜柑……という伝統的な日本の冬の光景が広がる居間で、恭一が、湯呑み茶碗を手にしたまま遠い目をしている清左を何度も慰めていた。
「清左君、さっきのことは、その、あまり気を落とさずに……」
「……いや、いい、気にしねェでくれ」
 いい、と言いつつアンニュイなオーラを漂わせる清左。
 彼は、自室の片付け中、うっかり衣装ケースを倒してしまった美春に、替えの褌を目撃されてしまったのである。
 美春は、清左さんは兄弟みたいな人だから見ても平気よ、と言ってくれたが、断じてそういう問題ではないと思う清左だった。彼がもう少し違う、リアクションの大袈裟な世界から来た人間だったら、恥ずかしさのあまり顔を覆って泣き崩れていたかもしれない。
 何にせよ、なんとか大掃除が終わったことは事実で、あともう少しで今年が終わることもまた確かな事実だ。
 ごおおーん、と、除夜の鐘が鳴り響き始めた。
「はい、恭一さん清左さん、お待たせ」
 美春が、年越し蕎麦を運んでくる。
「あら、除夜の鐘。……あともう少しね、今年も」
「ああ、本当に。今年も色々なことがあったね」
「そうね、大変なこともたくさんあったけど……でも、」
「うん、どうしたんだい?」
「いいえ、恭一さん、何だか、前よりも活き活きして、元気そうだから。素敵なことだと思って」
「……ああ」
 ごおおおーん、と、除夜の鐘が、腹腔を低く揺らしながら響いていく。
 百八つの煩悩を除去してくれるという鐘の音は、荘厳で、物寂しく、どこか懐かしい匂いを含んでいる。
「そういえば、清左君」
「ん、ああ、どうした」
「昔は、年を越すとひとつ年を取る計算をしたんだっけ」
「そうだな、数え年ってんだ」
「今は、自分が生まれた日にお祝いをするんだよ」
「はァ、なるほどな。で、それが?」
「いや……清左君の誕生日って、いつなのかなぁと思って。せっかくだから、お祝いをしたいじゃないか」
 恭一が問うと、清左は蕎麦を啜る手を止めて首をかしげた。
「そんなもん、覚えてねェなァ。必要もねェことだから」
「ああ、そうなんだ、残念」
「あら、簡単なことよ、恭一さん」
「え?」
 自信満々の美春の言葉に、ふたりの視線が集中する。
 美春は穏やかに、まるで慈母のように微笑んで、
「なら、今日を誕生日に」
 どこか悪戯っぽくそう言った。
「なるほど」
 恭一がぽんと手を打ち、居住まいを正す。
 折しも時刻は午後十一時五十九分後十九秒。
 そして、かちり、と音を立てて、時計の針が、新しい年の新しい時刻を指し示す。
 恭一は満面の、無防備で開けっ広げな、少年のように純粋な笑みを浮かべた。
「誕生日おめでとう、清左君。新年もおめでとう」
「……新年がついでかよ」
 苦笑しながら、清左は年越しそばを啜る。
「どちらもおめでたくて嬉しいことだから、いいのよ」
 言って笑う美春は、恭一でなくとも見惚れてしまうほど美しい。
「まァ……そういうことにしておきやしょうか。……ありがとう、おめでとう」
 歪んだ魔法に踊らされるこの街に、自分が……自分たちムービースターがいつまでいられるのかは判らない。未来のことなど、何ひとつとして判らないに等しい現状だ。
 しかし、
「今年もよろしく、清左君、美春さん」
「ええ、こちらこそ今年もよろしく、恭一さん清左さん」
 穏やかに言葉を交わす、暢気でそそっかしいこの夫婦と同じ時間を過ごせることを嬉しく思うように、清左は、この街に実体化できた自分を幸せだと思うし、最後の瞬間まで、自分と同じムービースターたちが、大切な人々との時間を全う出来ればいいとも思う。
 魔法のあるなしに関わらず、命に、日々に二度はないのだ。
 後悔のない、最後の最後に悪くなかったと笑えるような、そんな道を探し、厳しさを増していく状況の中でも、絶望せず、自分に出来ること、守るべきものの存在を模索しながら進めればいいと思う。
「……あ、雪だよ、美春さん」
「本当、いつから降り出したのかしら……もう結構積もってるわね、気づかなかったわ」
 窓を開けて清左にも雪景色を見せてやろうと思ったのか、ふたり同時に立ち上がる夫妻を苦笑とともに見詰めながら、彼は、そんな、覚悟とも決意とも取れぬ感情を、胸中に確かめるのだった。
 新しい年に、幸多からんことを祈りつつ。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました!
幸せな年末年始を描くプライベートノベル群、【White Time,White Devotion】をお届けいたします。

賑やかで騒々しい、ボケとかツッコミの乱舞する年越し風景と、その中にある皆さんの絆、ほんわかと通う温かい感情、そして二度と来ない『今』を大切に生きたいという思いを描かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。

実は記録者、密かに癒し系四十路先生とそのご家族(同居人様含む)のファンなもので、少々愛が暴走しておかしなことになっている箇所もありますが、これも皆さんへの熱い愛のゆえだと、ご寛恕いただければ幸いです。

この街の魔法がいつまで続くのかは、神ならぬ記録者には判りませんけれども、その日まで皆さんが、日々を大切に、慈しみながら過ごして行かれるよう、皆さんを包む日々が優しく明るいものであるよう、祈ってやみません。

素敵な、楽しいお話を書かせてくださって、どうもありがとうございました!


なお、言動などでおかしな部分などがありましたら、可能な範囲で訂正させていただきますので、どうぞお気軽に仰ってくださいませ。

それでは、またの機会がありましたら、どうぞよろしくお願い致します。
公開日時2009-01-07(水) 19:30
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