★ 【SAKURA−blooming】さくらいろロールプレイング ★
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
管理番号102-2640 オファー日2008-04-11(金) 23:18
オファーPC 太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
ゲストPC1 エメラルド・レイウッド(ctad9638) ムービースター 女 13歳 野生児
ゲストPC2 ベアトリクス・ルヴェンガルド(cevb4027) ムービースター 女 8歳 女帝
ゲストPC3 鬼灯 柘榴(chay2262) ムービースター 女 21歳 呪い屋
ゲストPC4 理月(cazh7597) ムービースター 男 32歳 傭兵
<ノベル>

 1.おだやかなひるさがり

 じゅうじゅう、ぐつぐつという食欲をそそる音と、香ばしいにおいとが周囲に満ちていた。
 見事な花を咲かせる桜の大木の下、広げられた茣蓙の上。
「あかっちー、またけがしたのかよー。ったく、しょうがねぇんだからなーあかっちはー」
 ぷいぷいと可愛らしく怒り呆れる太助(たすけ)の姿に、
「いやもう太助にそうやって怒ってもらえるだけで幸せっつーか幸せすぎて傷が開きそうだぜ……!」
 少々アブノーマル寄りの喜びを口にして鼻血を堪えたり堪えなかったりするのは、漆黒の傭兵、理月(あかつき)だ。
 黒い髪に黒い肌、黒ずくめの武装、色違いなのは白銀の目のみ、という彼は、今日もデフォルトのように身体のあちこちを包帯で覆われている。どうやら、また、どこかで無茶をして包帯のお世話になっているようだ。
 それを案じる太助がつい詰る口調になるのは当然なのだが、可愛い動物が大好きで太助のことも大好きな理月には、まず『幸せ』としてインプットされてしまうらしかった。
「いや、そこできずぐちに開かれちまうと俺びっくりするからやめような?」
 スルーともボケのボケ重ねとも取れる発言をしてから、太助は、器用に鉄板の上で音を立てている桜色の肉を引っ繰り返し、反対側の鍋に、葛きりと水菜とを放り込んだ。
「あかっち、このへん焼けたぞ。ようじょうだ、くえくえ」
 太助が、小さな手で皿と箸とを手渡すと、それだけで理月の目尻が下がる。
「いうまでもねぇだろうけど、野菜もたべろよ?」
「おう、勿論だぜ。力つけなきゃいけねぇから、太助もいっぱい食えよな」
 言った理月が、カセットコンロで熱された鉄板で香ばしい匂いを立てる肉や野菜を太助の皿の上に載せてやると、太助はえへへと笑って頷いた。
 鍋の方も、水菜がしんなりしたのでもう食べ頃だ。
「さくらを見ながら桜肉をたべるなんて、ぜいたくだよなぁ」
「まったくだぜ。色も綺麗だし、風味がやさしくて食いやすいしな。安くで手に入ってよかった」
「そだな。ほらあかっち、これやけたぞ」
「お、ありがとよ。んじゃ太助、こっち煮えたぜ」
 微笑ましい、このふたりに関してはよくある光景だが、太助の配色がいつもと違うことを突っ込む人間はこの場にはいない。
 全体的には淡い色合いのピンク色で、魔性のおなかと尻尾、顔の一部、耳は暗緑色、肉球は紫がかった茶褐色。
 ……見事な桜餅仕様、と言うしかない色合いだった。
 つぶつぶしていないので、関東風だろうか。
 が、前述の通り、仔狸本人と太助が好きすぎて太助なら何でもいい傭兵がひとりでは、ツッコミや疑問の声が上がるはずもなく、養生を名目とした、桜花下での桜鍋&桜焼肉パーティーは粛々と進む次第である。
 ふたりが今日この場に持ち込んだのは、某スーパーで大量に仕入れた桜肉、某友人宅で大量に分けてもらった新鮮野菜に新鮮果物、某カフェの新作タルト、懐かしい駄菓子、お茶と酒類を筆頭とした飲み物、という大荷物で、これがすべてふたりの腹に収まるとは到底思えない規模だ。
 しかしふたりはそれを気にするでもなく、和気藹々と肉をつつき、野菜をいただき、肉をお互いのために焼いたり焼かれたり煮たり煮られたりしながら、楽しい一時を過ごしていた。
 薄紅色の花びらが、風に乗ってふわりと飛んでいく。
 青い空に薄紅はひどく映え、胸の奥に、甘い切なさをくれる。
「しあわせだよなぁ、こういうのってさ」
 理月が注いだウーロン茶を啜りながら太助がしみじみと言う。
 理月は缶ビールを手に頷いた。
「……ホントだよな。こういう日のために生きてんのかなって思うよ」
 哀しい、重苦しい事件が重なって、銀幕市はこの一ヶ月で目まぐるしく変化したように太助は思う。
 それは太助がどうにか出来るようなことではなく、彼はじっと、ずっと、無力感と寂しさと胸の奥の寒々しい穴に耐えていたが、それらを感じ取ったかのように咲いた美しい花は、――そして、大切で大好きな友人と過ごす平穏な日常は、太助に、明るい気持ち、希望と呼べるものを与えてくれた。
 それは太助が……ヒトが、心あるものが、生きてゆくうえで必要不可欠な糧であろうと思う。
「俺さ、あかっち」
「うん?」
「このまちのことが、だいすきだ」
「……俺もだよ」
 言った後、笑い合い、小さなグラスと、缶とを、カツンと触れ合わせる。
 そこへ、
「……いい匂いなのである」
「花見をしながら鉄板焼きとは、風流なのか賑やかなのか判らんな」
 幼い、可愛らしい声と、聞き覚えのある男の声とがして、ふたりはくるりと振り向いた。
 それから、
「余はルヴェンガルド帝国187代皇帝ベアトリクスである。呼びにくければ陛下と呼ぶがよいぞ」
 春っぽいパステルカラーのワンピースを着たベアトリクス・ルヴェンガルドと、
「何にせよ、楽しそうじゃないか。よかったら、仲間に入れてくれ」
 ジャケットにシャツにジーンズと言うラフな格好の地獄の大公ベルゼブルとが並んでいるのを目にして笑顔になり、頷く。
「おー、いらっしゃい、べあっち、べるっち。たくさんあるから、たんと食ってくれー」
「べあっちではない、ベアトリクスなのだ」
「ああそっか、あんた、ビイだろ。聞いたことあるわ」
「……ベアトリクスなのだ」
「ベルゼブルさん、あんた、ビイと知り合いなのか?」
「ベアトリクス、」
「ん? さっきそこで会ったんだ。どうも、道に迷ったようだったから、ひとりで帰すのも危ないかと思ってな」
「よ、余は迷子になってなど……」
「ああ、なるほど。よし、ビイ、こっち来いよ。『楽園』のストロベリータルトがあるぞ」
「……」
「ほら、新作だぜ、美味そうだろ」
 幼女帝のささやかな自己主張は、
「……う、うむ、そうまで言うのなら食べてやってもよい」
 真っ赤な苺が山のように載った鮮やかなタルトを前に、あっけなくスルーされてしまうのだった。
「いい天気で、よかったじゃないか。桜が神秘的なほどに美しいな」
 理月から缶ビールを手渡されながらベルゼブルが言うと、きらきら輝く苺を凝視していたベアトリクスが頭上を見やって頷く。
「このようにうつくしいものは、なかなかお目にかかれぬであろうな」
「うん、俺もそう思う。あ、べあっち、にくも食うか? 桜肉って言って、馬のにくなんだけど、くせがなくて食いやすいぞ」
「べあっちではな……む、むう。……いただくとするか」
「ベルゼブルさんは? あんたたちって、普通に人間の食い物を食うのか?」
「ん? ああ、俺たち魔族は物質のみで構成されているわけではないからな、別に食わずとも死なないが、食うのは好きだぞ。楽しいじゃないか。ついでに言うと味覚も普通にある」
「そうか、なら問題はねぇな」
 理月が、取り皿に玉子を割り入れ、箸と一緒にベルゼブルに差し出す。
 太助がベアトリクスにタレが入った小皿と箸を手渡す。
 鉄板からも鍋からも、食欲をそそるいい匂いが立ち上っている。
「まぁまぁ、すきなだけくってくれ」
 太助が言うと、あちこちから箸が伸びた。



 2.あやしいくもゆき

 バケツに一杯分という大層な量を仕入れていただけに、桜肉は四人で食べても健在だ。
 ある意味肉体労働者の理月や、身体のサイズからは想像もつかないほど食い意地の張った仔狸、食べ盛り育ち盛りの少女が好きなだけ食べても、まだまだ在庫が残っている。
 そこへ、左右から通りかかったのが、呪い屋こと鬼灯柘榴(ほおづき・ざくろ)と、野生児エメラルド・レイウッドだった。
「あら……皆さん、楽しそうですね」
「……にくか。にくだな」
 白皙の美貌をかすかな笑みのかたちにして柘榴が会釈し、エメラルドはふんふんと鼻を鳴らして鉄板と鍋とを見下ろす。
「えーと……あんたは柘榴だよな。古民家で会ったことある」
「ええ、今日は、理月さん」
「……あんたは?」
「わしか。わしはエメラルド。……うまそうな匂いだな」
「エメラルドか、判った。肉、好きなのか?」
「好きだ」
「端的だな。まぁいいや、よかったらふたりも食って行けよ、な?」
「そうそう、まだたくさんあるからなー」
 当然のように柘榴とエメラルドが招き入れられ、箸と小皿が手渡され、更に少し賑やかさを増したお花見パーティが再開される。
 そろそろ満腹した太助と理月は鍋奉行鉄板奉行に徹し、ベアトリクスは美味しいタルトにご満悦で、ベルゼブルは缶ビールを片手に慎ましく野菜を口にする柘榴と談笑し、エメラルドはひたすらに肉を貪っている、そんな状態が小一時間ばかり続くと、太助と理月が持ち込んだ食材はかなり少なくなり、皆のおなかも一段落、ということになってくる。
 ぽかぽか陽気に美しい風景、おなかはいっぱい。
 満ち足りた太助が、ついうとうとしはじめた辺りで、
「……ところで」
 どこからともなく一升瓶を取り出し、理月とベルゼブルと酒を酌み交わしていた柘榴が、切れ長の目で、理月に寄りかかって舟をこいでいる仔狸を見つめた。
「うん、どうした、柘榴?」
「いえ、今日の太助さんのお色、素敵ですね、と」
「ん、ああ、可愛いよな」
「アカツキ、目が真剣すぎて怖いのである」
「え、でも本当のことだし……」
 理月が、太助がいかに可愛いかを真剣に語り出すよりも早く、
「私」
 柘榴が嫣然と微笑んだ。
「太助さんの構造がどうなっているのか、正直、興味があります」
「え」
「染めているわけではないのでしょう。体毛の色を自在に変化させるなど、愉快すぎて素敵です。……その内部構造が知りたいですね」
 知識欲に衝き動かされ、柘榴の目が妖しく光る。
 何せこの呪い屋嬢は、知的欲求で生きていると言っても過言ではないのだ。
 危険を感じてか、ぱちっと目を開けた太助が理月にしがみつき、理月は幸せすぎて死にそうになりながら太助を庇うように腕に抱え込む。
 そこへ、
「興味。――わし、太助の味、興味ある」
「ぅえっ!?」
 エメラルドが本気の眼差しで一歩踏み込み、太助は驚きで尻尾をぶわっと広げたあと、ぴゅうと理月の頭上に逃げた。
「エメラルドとやら、狸と言うのは食せるのか」
 興味深そうにベアトリクスが尋ねると、エメラルドは大きく頷いた。
「ベアトリクス、知らないか。狸、食える。風味ある。美味いぞ」
「……そうか、美味なのか。余も少し興味が出てきたぞ」
 野生児と幼女帝の視線が狸を射抜く。
「ぅひぁっ!?」
 もちろん食われたいはずもない狸は理月の後頭部に顔を伏せる。
 隠れたつもりのようだ。
「……太助のそういうところは素晴らしく可愛いと思うわけなんだが」
 頭の持ち主の理月はどこまでも真顔だ。
 あまりに真顔過ぎてちょっと怖い。
「正直、幸せすぎて傷口が開きそうだぜ」
 言っていることも怖い。
 目がちょっと遠くを見ているのも怖い。
 あんまり突っ込みどころが多すぎてどうしようかと太助は思った。



 3.俺は姫じゃねぇ

「じゃあ、こういうのはどうでしょう」
 いかにも名案を思いついたとでも言うような、晴れやかな、しかしどことなく黒い微笑とともに柘榴がぽんと手を打つ。
「うむ、どうしたのであるか、ザクロ」
「ええ、太助さんを捕獲することが第一の条件なのですが」
「ほかく!? じょうけん!?」
「太助さんを捕獲後、まず私が心行くまで彼を『調査』し、」
「『調査』ってひびきがちょうこえぇよざくっち! なんだよ、なにするんだよ!?」
「調査の結果生産された肉を、ああ、食べやすいように細かくカットしておきますから、それをベアトリクスさんとエメラルドさんに進呈する、というのはどうでしょう?」
「せいさんされたにくってのがなまなましい……ってかできたてで新鮮そうっておもっちまった自分がいやだ! くえねぇくえねぇ、俺くえねぇからな!? ちょ、きたいにみちたかおすんのやめようぜ、べあっち!」
「べあっちではない、ベアトリクスなのである」
 あくまでも主張し、両手を広げて太助及び理月ににじり寄る幼女。
「心配は要らぬ、余は慈悲深いゆえ、味見程度で済まして進ぜよう」
「解体はわしに任せる。……腕が鳴る」
「いやいやいや、あじみでもなんでもかじられたら痛ぇっつかかいたいするとか言ってんじゃねぇか、えめっち!?」
 普段お茶目なボケっぷりで動物スキーたちを和ませたり煙に巻いたりしている太助が全身全霊で突っ込みに回らざるを得ないこの状況。
 何かがまちがってる、と太助は尻尾をぶわぶわに膨らませながら思ったが、そんな疑問は、黒さ全開の柘榴と、狩人さながらの鋭い目をした少女ふたりが迫ってくると雲散霧消する。
「ここには鍋も鉄板もありますから、狸汁でも狸の鉄板焼きでもいけそうですね。野菜も残っていますし、ちょうどよろしいのではないかしら」
 にこやかかつ黒い柘榴の言葉。
 彼女の影から妙な威圧感すら漂ってくるようだ。
 太助はひぃっと悲鳴を上げて理月の背中にしがみついた。
「あかっちー、たすけてくれー! お、俺、くわれちまうようううぅ!」
 しかし、狸の切実な悲鳴は、
「あー、その、なんだ」
「え?」
「そんな愛の告白をされちまったら、俺は、三つ指をついてよろしくお願いしますと頭を下げるしかなくなるような気がする」
 夢見る乙女のようにうっとりした理月の前で砕け散る。
 太助は目を剥いて理月にしがみついた。
「ちょ、あかっちー!? なんだ、なんのもうそうにとりつかれてんだっ!?」
「太助の嫁か……うん、悪くねぇよなぁ……」
「よめ!? なにがよめ!?」
 幸せすぎて意識を彼岸に遊ばせているらしい理月に、小さな前脚で思わず裏拳を放つ太助。
 しかし効果はなかった。
 その間にも、三人はじりじりと迫ってくる。
 ぶわんぶわんにふくらんだ太助の尻尾がびくびくと痙攣する。
 救いを求めるように巡らせた頭(こうべ)が、面白い催しを見る目で一連の流れを眺めていたベルゼブルに行き着いた。
 正直、今の理月は役に立たない。
 しかも、あまり幸せにしすぎるとまた傷を悪化させる恐れがあると来た。
 理月を案ずる太助としては、それは避けたい。
 となれば、頼れるのはひとりだけだ。
「べ、べるっち……!」
「ん、どうした、太助」
「どーしたもこーしたも、今までのじょうきょうを見てたらわかるとおもうんだけどな、俺っ。と、とりあえずたすけてくれよう、俺くわれちまう……!」
 太助が、理月の背中にしがみついたまま、ぶるぶる震えながら哀願すると、ベルゼブルはそうか、と笑って缶ビールを茣蓙の上に置き、立ち上がった。
 助けてもらえる、と、太助がホッとしたのも束の間。
「折角だから、俺もネタに走ってみるとするか」
 なんだか物凄くありがたくないことを言うや否や、ベルゼブルは彼の首根っこを掴んでぷらんとぶら下げ、
「あっ、太助!」
 背中からぬくもりが失われたことに気づいてこの世の終わりのような表情をする理月や、『獲物を横から掻っ攫われた』的驚きを浮かべる三人の娘たちを一瞥し、にやりと笑った。
 そして、
「え、ちょ、べ、べるっちー!?」
 小さい手足をばたばたさせてもがく太助を腕に抱え込み、漆黒のマントを――いったいいつの間にそんなものを身にまとっていたのか、誰にも判らなかった――ばさりとたなびかせる。
「姫君は俺が預かった。返してほしくば、俺を倒しに来るがいい……!」
 悪役そのものの口調と表情で告げるベルゼブル。
 『天獄聖大戦』における地獄の人々は、決して絶対悪などではないはずなのだが。
 超楽しそうに見えるのは、太助の気の所為だろうか。
 ――きっと気の所為だ。
「くっ……畜生、絶対に助けるからな、太助姫……!」
 何故かノリノリな理月。
 太助姫って何かおかしくねぇ? とは誰も突っ込まない。
「まあ……獲物を横取りだなんて……人道に反しますよ」
「どうどうとなまなましくえものっていうのやめようぜ、ってか、俺をくうのはじんどうに反さねぇのか、ざくっち!?」
「うむ、魔族の風下にも置けぬ輩なのである!」
「それをいうなら風上にもおけねぇ、だとおもうぞ、べあっち!? 風下においちまったら、別にかんけいなくなっちまうだろ!?」
「わし、あいつ斃す。斃して狸取り戻す。今夜は狸汁だ」
「だんげんしない、だんげんしない、えめっち! 俺をくうことからとりあえずはなれようぜ!?」
 かなり必死な太助のツッコミなどどこ吹く風で戦意を漲らせる三人娘、
「皆、協力してくれ、地獄の大公から太助姫を救い出すんだ……!」
 大真面目でベルゼブルを睨み据える理月。
 しかし、彼が手にしている『武器』は食材のひとつ、某所で分けてもらったという太くて立派な白葱だった。一番握り易そうではあるが、手が葱臭くならないかだけが気懸かりである。
「ちょ、も……なにをどうつっこんだらいいのか、さっぱりだ!?」
 オーバーヒートを起こしかけ、太助が別の意味で悲鳴を上げる。
 ベルゼブルはというと超絶楽しそうだ。
 ノリノリだ。
「くくく、貴様らにこの俺が斃せるかな……!?」
 映画の中でもこんなに悪役っぽくなかった、と、『天獄聖大戦』のベルゼブルを知るものなら言うだろう。
 で、そのベルゼブル、
「ふむ、折角だから、雰囲気も出すとするか」
 そんなことをぼそっと呟くと、

 ――ついでに、ロケーションエリアまで展開しやがった。

 周囲が、黒々と険しい岩山に囲まれた黄昏の光景に変わり、
「さあ、見事俺を斃し、太助姫を救い出してみるがいい!」
 更にそのまわりを、暗黒色のもやが包み込む。
 もやに混じって、
「俺は姫じゃねえぇええ!?」
 太助のそんなツッコミが聴こえたが、多分皆スルーだ。



 4.実は小ボス戦

 そこから、たった数分後のことだ。
 眼下には、なんだかすごい光景が広がっていた。
 太助はそれを、ベルゼブルの肩に乗っかって呆然と見下ろしていた。
「……なんか、すげぇおおごとになってねぇか、あれ」
「そのようだな」
 頭から角を生やし、アイスブルーのみだった双眸を、縦に切れた黄金の瞳孔に変化させ、あまつさえ背中に竜を思わせる大きな四枚翼を広げたベルゼブルは、まったくもって他人事だ。
「……それって、べるっちのほんしょうってヤツか」
「ん? ああ、そうだ。腐っても魔族だからな」
「『ベルゼブル』は蝿の王だってどっかできいたけど、はねは虫っぽくねぇんだな」
「ああ、それは『ベルゼブブ』だ。俺は『ベルゼブル』、即ち大きな館の主、だからな。スタッフのこだわりと言うヤツだろう」
「ふーん、そういうもんなのか。でもそれ、ロケーションエリアをてんかいしねぇと、出てこねぇんだ?」
「いや、そういうわけではないが」
「うん?」
「雰囲気が出なくて面白くないから、この風景の中でだけ元の姿を顕すことにしている」
「あー……」
 太助は、こんなところにも愉快犯が、という表情をありありと浮かべる。
 ベルゼブルはふふふと笑って、当社比1.5倍くらいの長さと鋭さになった爪を輝かせながら、器用に顎を摘んだ。
「しかし……皆、面白い力を持っているな。このまちは本当に面白いところだ」
「おもしろいですませちまうべるっちがすげぇ……」
 思わずアンニュイな溜め息を吐く太助である。
 ちなみに、彼らが今いるのは黒々とした岩山の一角だ。
 翼を顕現させたベルゼブルはひとっ飛びでどこへでも行けるが、ゆうしゃたちはそうは行かず、あまり遠くへ行くと折角のロケーションエリアがタイムリミットを迎えてしまうという理由で、徒歩五分くらいの超近場にふたりはいる。そんなお手軽なラスボス認めねぇ、とRPG好きなら裏拳込みで突っ込むかも知れないが、ベルゼブル曰く、俺は小ボスだということなのでたぶん問題はないだろう。
 ともかく、ふたりのいる岩場を目指して、ゆうしゃたちが爆走してくるわけだ。
 柘榴は十二の使鬼を伴い、ベアトリクスは何種類かの精霊たちを引き連れ、理月はロケーションエリアを展開しているわ、エメラルドは電柱みたいな(やや誇張)棍棒を軽々と振り回しているわで、こんなちぐはぐなゆうしゃ様ご一行見たことない、と、ゲーム世代の人々は思うはずだ。
「んで、どーすんだ、べるっち」
「どうする、とは?」
「みんな、殺る気まんまんだぞ」
「ああ、それはちょっと怖いな」
「……全然怖そうに聞こえねぇ……」
 太助ががっくりと脱力した辺りで、
「劫炎公ベルゼブル! 太助姫を返してもらいに来たぞ!」
 でんせつのねぎソードを手にした理月が、やっぱりノリノリハイテンションで岩場へと到達する。
「だから、俺は姫じゃ……」
 無駄な気がしたものの、社交辞令のように突っ込みを入れようとした太助の涙ぐましい努力は、
「さあ……使鬼たち!」
 柘榴が使鬼たちを解き放ち、
「炎なるものサラマンダー、風なるものシルフ! 我、ベアトリクス・ルヴェンガルドの命により、我が怨敵を打ち滅ぼせ!」
 ベアトリクスが精霊たちに命を下し、
「……」
 無言のままエメラルドが棍棒を振り上げるという『いきなりラストバトル勃発』によって儚くも失われた。
 太助は、なんでこんなことになってるんだろう、と遠い目をしながら、ベルゼブルの肩にしがみついた。頭に乗っからないのは、角が刺さると痛そうだから、というのもあるが、彼が、理月の頭を一番居心地がいい場所だと信じているからだ。
「くくく……さあ、来い……!」
 とかいう、ベルゼブルの悪役丸出しの言葉とともに戦いが始まり、

 ――へー、ざくっちの使鬼ってすげー、べあっちはちいせぇのにあんなすげぇやつらを使えんのかー、えめっちのこんぼうは俺だったらもちあげることもできねぇだろうなー、ってかあかっち、カッコいいんだけどまがおすぎてこえぇ……

 というような、太助の個人的感想を含みつつ、熱く激しく繰り広げられた。
 何と言っても理月は戦いのプロだし、柘榴もベアトリクスも奇跡とでも呼ぶべき技の使い手で、エメラルドは狩人だ。
 おまけに言葉を交わすでもない四人の連携たるや素晴らしく、使鬼の一体をベルゼブルが避けた瞬間を狙って理月とエメラルドが斬り込む、その斬撃をかわしたところへサラマンダーが襲い掛かるなど、ほぼ初対面の一行とはとても思えない。
 もっとも、何でこのじつりょくをここでだしちまうかな、というのが太助の正直な感想ではあったが。
 太助が遠い目でたしか今日ってふつうのおはなみのはずだったんだけどなーなどと呟いている間に、戦いは佳境に入っていた。
 愉快犯ベルゼブルは悪役っぽくマントを翻して避けるだけで攻撃はせず、その結果、岩場の一角に徐々に追い詰められてゆくことになる。
「べるっちは、はんげきはしねぇんだ?」
「ノリと勢いでロケーションエリアを展開しておいて何だが、本性を顕したこの状態で下手に攻撃なぞしたら、辺り一帯が焼け野原になるぞ?」
「あー、うん、とことんむてーこーでおねがいします……」
 ぼそぼそ会話を交わす狸と劫炎公。
 劫炎公は死ぬほど楽しそうだが、狸はハラハラしっぱなしだ。
 誰かが怪我をするなんてことがないように、とだけ、どこにいるとも判らない神さま辺りにお願いするしかない。
 そこへ、柘榴の使鬼が突っ込んできて、
「お」
 ベルゼブルが体勢を崩した。
「サラマンダー、今なのである!」
 凛としたベアトリクスの命で、火蜥蜴が炎を吐く。
「あちちちちっ!?」
 ――被害に遭ったのは、実は太助の尻尾の先だったが。
「くっ! 中々やるな、貴様ら!」
 わざとらしいくらい迫真の演技で、ベルゼブルが焦りの表情を浮かべたところへ、エメラルドが特大の棍棒とともに突っ込む。
 ぶぅん、という、鈍くて凶悪な音がして、
「……さすがに当たると痛そうだな」
 ものすごく素でベルゼブルがつぶやくのが聴こえた。
「いたそう、どころのはなしじゃねぇ気がすんのは俺だけか……?」
 そんな太助の疑問に答えるものはない。
 ――いつの間にか、背後に、理月が回り込んでいた。
 太助には、その気配すら感じ取れなかったほどの速度だった。
「劫炎公ベルゼブル、覚悟っ!」
 そして振り下ろされるでんせつのねぎソード。
 それはあまりにも見事な、あまりにも速い一閃で、ベルゼブルが避ける暇すらなかった。
 べし、めしょっ、という、打擲音と何かがひしゃげる音がする。
 うん、ねぎで硬いもの叩いたら折れるよね、そりゃ。
 というのはさておき、
「ぐ……!」
 またしても迫真の演技で、ベルゼブルが胸を押さえた。
 よろめく彼の肩から、理月が太助を抱き取り、その場から飛び退く。
「俺を斃したくらいでいい気になるなよ、勇者ども。お前たちの行く先には、更なる強大な敵が待つのだからな……!」
 自分は小ボスだと言っていたのだから、それは確かにそうだろう。
「だが……見事だった、と、褒めてやろう……!」
 『天獄聖大戦』のベルゼブルってそういう役柄じゃなかったよね、という言葉を遺して、ノリノリの劫炎公がその場に倒れてゆく――……。
 という瞬間、黒々とした黄昏の岩山は、唐突に吹き込んできた清涼な風と、薄紅色の花びらたちによってかき消される。ざぁあっ、と、青い空を、雪片のような花びらが舞い、多い尽くさんばかりに渦巻いた。
「……ふむ、タイムリミットのようだ」
 唐突に素に戻った劫炎公が、もとの、シャープな青年の姿を取り戻すと同時に、周囲の景色はもとの、桜並木へと戻っていた。
「……あれ? 俺は一体何をしてたんだっけ……?」
「あら、そうですね、私も記憶が少し、途切れています」
「うむ、何か血湧き肉踊る出来事があったように思うのだが……」
「わしも記憶ない。肉、狩ったか?」
 心底不思議そうに周囲を見上げている四人を見て、太助は思う存分脱力した。
 なんだったんだろう、今のノリ、と思いはしたが、多分突っ込むだけ無駄だ。
 花見の昂揚が見せた幻と言うことにしておこう、と心に決めて、太助は理月の腕の中から飛び降りた。何せ、狸鍋云々を思い出されて再度生命の危機に晒されるよりはずっといい。
「まぁまぁ、いいじゃねぇか。茶でも飲んでいっぷくしようぜ、みんな。『楽園』のタルトも、まだたくさんのこってるんだしさ」
 それに、午後のお茶の時間に差し掛かっている、というのもまた事実だ。
 太助の言葉に一行は頷き、いそいそとお茶の準備を始める。
 何かつかれたなぁ、などと呟きつつ、太助もその手伝いに勤しんだ。



 5.エンドロールもさくらいろ

「はー、楽しかったなー」
 大荷物を特に苦にするでもなく抱えた理月の頭の上で、太助は晴れ晴れと笑った。
 柘榴と、彼女の隣に並んだエメラルドとがこくんと頷く。
「ちちうえ、ビイ、ちちうえにおちゃをいれてあげるねぇー……」
 ベアトリクスは、ベルゼブルの腕の中で、むにゃむにゃと、幸せそうに寝言をこぼしながら、穏やかな寝息を立てている。
「だから、ずっと、ビイのそばにいて……」
 神聖にして偉大なる国を背負うものとして、一生懸命に威厳を保とうとする幼女帝の姿はそこにはない。ただ、無邪気で可愛らしい、傷つきやすい、小さな少女がいるだけだ。
 そんなベアトリクスの姿に顔を見合わせ、五人はくすくすと笑った。
 同時に、この幼い女帝が、健やかに長じ、国と民のために尽くす、よき為政者となるよう祈るのだ。
「時間って、あっという間に過ぎちまうんだな」
 しみじみと理月が言うように、青空には朱が混じり始めていた。
「それを考えると、ちょっと寂しい、な」
「ええ……本当ですね。でも、楽しかったという気持ちは、残りますから」
 切れ長の目を細めて柘榴が言い、
「皆さん、今日はどうもありがとうございました。ご一緒できて、嬉しかったです」
 長く美しい髪を揺らして一礼した。
 それから、
「では、私、道がこちらですので」
 千切れるほどに手を振る太助に意味深な微笑を向け、歩み去ってゆく。
「あれ、なんかいま、さむけが……」
 思わず理月の頭にしがみつき直す太助を、やはり意味深な目で見つめた後、エメラルドは年相応の明るい笑みを浮かべ、
「わしも楽しかった。美味かった。また遊ぼう」
 再会を約束して、手を振り、別の道へ走って行った。
「では、俺はこの女帝陛下を送り届けてくるとしよう。今日は楽しかった、感謝する。……まぁ、言うまでもないだろうが、息災でな」
 なおも幸せそうな笑顔で寝言を呟くベアトリクスを抱いたベルゼブルが脇道を逸れてゆき、姿を消すのを見送って、太助はかすかに笑った。
「またな、みんなー!」
 皆が去って行った方向へ、ぶんぶんと手を振る。
 ざああっ、と、風が吹き、薄紅色の大波のように、桜の花びらを舞い踊らせた。
 太助は、理月の肩に移動すると、ちょこんと腰を落ち着け、花びらたちの競演を、大きな口を空けて見つめた。
「……きれーだな。きょねんも見たけど、きょねんよりことしのほうが、きれーだ」
「ああ……そうかも知れねぇな」
「きっと、らいねんは、もっときれーだよな」
「ああ」
「らいねんも、みんなで、こんなふうに、さくらが見られたらいいな」
「……ああ、そうだな……」
 やわらかく微笑んだ理月が、白銀の目を細めてさくらいろに染まった空を見上げる。
「なあ、あかっち」
「ん?」
「らいねんも、いっしょに、見ような」
「……もちろんだぜ」
 他愛ない、小さな約束を交わし、ふたりは笑う。
 何もかもが不確定な、いつ途切れるとも知れぬ、しかし愛しく賑やかで活気と命に満ちたこの日々を、迷わぬよう、後悔せぬように生きたいから、彼らは前を見るのだ。
「まぁ、その前に」
「ん? どした、あかっち」
「まずは、夏の、海だろ」
「……だな」
 くすくすと笑い合いながら、徐々に赤みを増してゆく空の下、ふたりは帰途につく。

 桜は、自分たちの居場所へ帰る人々を見送るように、やさしい色の花びらを散らしていた。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました!

お任せ要素が強かったので、色々と飛ばさせていただきましたが、大変楽しゅうございました。カッコいい、美麗でシリアスな皆さんを色々とブッ飛ばさせて申し訳ありません。しかし後悔はしていない。

大変な時期だからこそ、今の一瞬が大事なのだと、そんな思いも込めて書きました。楽しんでいただければ幸いです。


それでは、また、機会がありましたらどうぞよろしくお願い致します。

彼らの友情・愛情が末永く続くことを祈りつつ。
公開日時2008-06-08(日) 19:40
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