★ 誰がダリオを殺したか。 ★
クリエイター唄(wped6501)
管理番号144-5193 オファー日2008-11-05(水) 12:58
オファーPC ジェイク・ダーナー(cspe7721) ムービースター 男 18歳 殺人鬼
ゲストPC1 ジャック=オー・ロビン(cxpu4312) ムービースター 男 25歳 切り裂き魔
<ノベル>

 そうだな、ここはなんて素敵で窮屈な場所なんだろう。例えて言うなら鉄格子、ちがうなもっと悪い。目の前には見えない壁が存在しているから上手くやろうと思わなければ上手くなんてやれない。たけれど目を細めてみて。そう、よく見ると面白い事だって沢山あるんだ。
 今日もそうだった、とても良いものを見つけられたし新しい観察対象も増えた。さあ、これからどうすればいいだろう? 考えてみて! もしキミだったなら。そうだな、ボクなら……――

 銀幕ジャーナル街頭インタビュー『とあるムービースターの回答』より

 ***

 猫背の男が歩いている。派手とはとても言えない湿った濃緑色のパーカーを着、そのフードまでを頭からすっぽりと被った男は近づかなければ黒いシャツに出来た染みのように、存在感を示さない。
「……おれをつけてるのか……」
 強張る事も、ましてや疑問符もつけずに男――まだ少年であるジェイク・ダーナーは自分よりも更に闇へ溶け込んだ存在に声を投げた。時折、口の中に入れたガムが粘着質に響き渡る。
「つけてはいないかな。 見ているだけ? いや、それも違うな。 キミと話す機会を伺ってたのかもしれない。 さて、どっちだと思う?」
 いつからジェイクをつけまわしていたのか分からない、けれど声さえかければ悪気の欠片も見せずに姿を現した異質な存在――自分も確かに異質と言えたが、どちらかと言えば銀幕市という場所において一般人に見えなくも無いとジェイクは自負している――に振り向きもせず、ただ肩を竦め「さぁ?」と答えた。

 丸まった猫よりは手負いの狼の如く歩く、ジェイクはこう見えて本日、それなりに機嫌が良かった。綺羅星学園高等部に通う『ダリオ』ではない、一人の少年はさほど素行の良い生徒であるとは言い難かったが、それでも普通の少年として授業を受け、帰宅の前にはここでの『職』をこなし、ごく一般的に言う普通の人間としての生活を全うしている。
 ムービースターも疲労位感じても良いだろう、黒よりは深紅に近い黄昏時の散歩は奇妙な倒錯すら感じさせたが、自分が『自分』であるという妙な自信も持たせてくれた。
「……それで、おれに何か用? ……」
「随分な挨拶だな」
 言葉とは裏腹に口元に笑みを見せたまま、動く様子は不快を表していない。姿を現せども用件は口に出さず、男は軽やかな足取りでジェイクの前を通り過ぎると分厚いブーツの底を鳴らし、首を傾げた。
「……あんたに……挨拶する理由が見つからない」
「それはそうだろう。 ボクもそうだからなかなかお話出来なかったんだよ? ようやくだ、もしこのまま話さずに過ぎてしまったら、ボクはキミに何を話していいか忘れてしまったかもしれない!」
 なるほど。ジェイクは迂闊にも男の言葉に心の中で相槌を打ってしまった。自分はお世辞にもフレンドリーな人種とは言えず、必要でなければ言葉で何かを交わそうとも思わない。
 そのついでに目の前の男にも、これ以上無駄な話は止してもらいたい。言葉にはしなかったが、ふと、そう思い及んでパーカーの下に潜んだ眉は曇った。が。
「キミ、人を殺すよね?」
 言葉にするより先に、身が強張るのが分かった。男はフードに隠れたジェイクの顔は見ようともせずに、淡々と大人が子供に言い聞かせるようにして言葉を紡ぐ。
「……殺さない。 もう『それ』は」
「しないの? 何故? どうして? もっと自分に優しく生きようよ、キミは人を殺す人種だ。 殺人鬼っていう、そうだろう? 『そういう』人種なんだよ? 人が衣食住を欲するのと同じだ。 間違っているかな?」
 有無を言わさず、実際ジェイクは何も言えずに話し続ける男の声に聞き入るしかなかった。
「……間違いだ、間違っている……」
 男の声は優しい。銀幕市で出会った思い出深い人達と同じように、暖かい。ぬるま湯のようでいて血の熱さにも似て、柔らかな声はジェイクの耳元でとぐろを巻く。
「どうして? ねぇ、キミは世間で言う『善良』に生きようとしすぎていると思わない?」
 善良、今を生きる事が男の言うような言葉に当てはまるか自分には理解出来なかった。ただ、銀幕市で出来る映画の中とは違う自分を生きたい、それだけであったから。
「堅くなっちゃあ辛いよ? キミが思う『善良』な生活をしている人間だってストレスの発散位はしているのだからね?」
 ストレスの発散。確かに、と渦を巻く気味の悪い感覚を取り払うようにジェイクは軽い息を吐き、頷いた。
 銀幕市で生活する人間がどう息抜きをするか、実際自分が見てきた事もありそれらが思い浮かぶ。温泉であったり、人と関わる事であったり、まだジェイクが完全に溶け込むには早かったが肩の力を抜けるひと時だった事は記憶に残っている。
「きっと、キミが今頭の中で何を思ったかきっとボクには理解できないんだろうな。 でも、少しでいいんだ、ついてきてくれないかな?」
 多分、少しどころか病み付きになってしまう。そう、男は言った。身長差というより、相手の着込んだ服装で黄昏が深夜にでもなってしまった感覚にも陥ってしまう。夜に柔らかな笑顔を纏った彼はそう言い冷たい刃を模した指先をジャックへ差し出した。

「ボクはジャック=オー・ロビン。 ジャックでもいいけれど、ロビンでもかまわないかな? おっと――」
 自分の手に触れると痛むかもしれないと、ロビンは大げさに肩を引きジェイクへ延ばした手を引っ込めると、瞬時。生身になった指先でこちらだと案内し始める。
 ついて行けばいいのか。ロビンから悪意を汲み取れないというのもあり、暖かな言葉を信じてしまうジャックの足は重く進む。
「そうそう、ボクの話を聞いてくれてありがとう、ジェイク?」
 ロビンは振り返って心底嬉しそうに口を吊り上げた。その顔は幸福だけを撒き散らし、ジェイクに広がる不安という穴を静かに埋めてゆく。
 しかし反比例して行く先に待ち構えていたのは相手と同じ色の闇だった。ここ暫く見ていた景色、広場のワゴンや職場の男達の笑い声、綺羅星学園での生活が嘘のように意識の奥へ沈んでしまう。深く、黒に溶け込んだ森林内。ロビンの案内する終着点に見つけたそこに見たものは、大小と佇むロッジに浮かび上がる、異質な暖かさを持つ灯火の数々だった。




 点々とするロッジの中から音は聞こえず、空気だけは人が生活をしているように見えたがそうでもないらしい。ロビンは一通りジェイクがロッジの明かりを眺める様子を一挙一動見逃さずに眺めていた。銀雪のような刃を持った手を木に沈ませ、まるでこちらを観察するように、彼の瞳は動く事は無い。
 対してアイスピックを持ち、映画『ダリオ』の中で凄惨な殺人に身を投じ、熱い血と埋もれた臓器を見てティーン独特の興味を見出していた彼は。ジェイクは、この場所(銀幕市)で生まれ変わろうとしている自分を脳裏に見た。
『……もう、たくさんだ。 あんな日々には戻りたくない……』
 そうだと、過去口にした言葉にジェイクは頷いた。しかし、『ダリオ』は確かに不満を訴える。
「どうかな? キミは殺人鬼という人種だよ? そしてここは映画から出たムービーハザード。 おあつらえ向きにこの中では誰だって、超人的な殺人鬼になれるようなのだけれど?」
「……殺して良いやつは、いない……」
 ジェイクはすぐ否定した。それは、自分の中に未だ時折顔を出す『ダリオ』少年を戒める為であったが、反射的にアイスピックを出してしまう内心が、ぶら下げられた餌に飛びつきたいという衝動の象徴だった。
 超人的な殺人鬼になれるムービーハザード、きっとロビンが言う事は本当なのだろう。何処のホラー映画出身の物かは分からなかったが、ジェイクの鼻に触れる空気は確実にパニックを求めている。
「違うよジェイク。 ここのハザードに出てくるのは『人』じゃない、ましてやムービースターでもヴィランズでもね。 ああ、そうだ。 キミに馴染み深い言葉を使うならシュミレーションゲームが一番近いかな?」
 ロビンは的確にジェイクの心を読んでいるようにも見えた。
 ムービーハザードの中に居る人間は『人間を模したリアルな映像のような物』だと彼は優しく、ジェイクの心を解していく。元の映画の中で殺人鬼となる主人公は当初、このリアルなゲームで殺人という欲求を満たしていたのだとも。
「そんなに警戒されると悲しいな。 説明だけではなんだからね、実践してみるのが一番だと思うのだけど?」
 笑顔を絶やさぬまま「悲しい」と言われても説得力が無い。ただ確かに、ロビンは嘘をついていないし同時に説明に飽きたのだろう。手っ取り早く身近なロッジに足を向けると「ついておいで」と声を弾ませた。

 長い指先に叩かれるドアをジェイクはただ呆然と見守っていた。ロッジの一軒一軒は大小あれども、さして内装も変わらないのだろう、木で出来た暖かい雰囲気はそのままに顔を出した女性もまた温かみのある、美人というよりは『ごく普通の』女の顔をしていたと、一分も経たない内に床に倒れこんだ身体を見つめながらぼんやりと思う。
「へえ、ボクもここを『利用』するのは初めてだけれど。 なかなかリアルに作られているね?」
 声を立てて笑いかねない仕草で華奢な腕を口元に当てたロビンは、何かとても良い発見をしたようにジェイクを見た。
「……そうだな、こいつ……生きてるみたいだ……」
 ロビンはドアを開けた女が彼を認識するその瞬間に、指から出る銀色で彼女を貫いた。腹だけを串刺しにした理由は、彼がまだ息のある相手を見つめる所に答えがある。
「だろう? けれど、声は聞こえない。 このハザードは所詮ゲームなのさ、その辺のリアリティは低いと言えるね。 けれど、ディティールは美しいだろう?」
 息のある女は地べたを這っていた。倒れた後、ロビンとジェイクを見つめ口を数度開けると何かを求めるようにロッジの奥へと進んでいく。
「ジェイク、キミも好きに楽しむと良いよ。 だって、ここには『生きている』ものはいないんだからさ!」
 動いている、女の見たその先にはチャイルドベッドがあった。ロッジ内にはケーキが飾ってあり、何か祝い事でこの場所へ遊びに来た。そんな『ゲーム内の設定』まで見られるようになっている。
「……これが、生きていないのか?」
「ああ! そうだよ!」
 次の瞬間、ロビンは女の身体を高々と指先で持ち上げ深紅の薔薇を完成させていた。被害者――と言えるのか、ジェイクには分からない――の身体は薔薇の茎となり、頭上に咲く一輪の花。
「ふふ、だから『声は聞こえない』と言ったろう? ボクもこの点に関しては少々不満さ」
 血の伝う指先を鳴らしながらジェイクを見たロビンは、ダイニングに飾られたケーキを器用に一口。掬い、口に運び終えると張り付いた笑顔のまま。
「味がしないというのは本当に嫌な事だね」
 黄金色の瞳はそのままに、腕を回してチャイルドベッドに住まう何かを襲う。今度は彼の顔のように繊細な薔薇が純白のベッドから咲き誇る。その薔薇の種子となった何かが『何』であるかなど想像する事すら恐ろしいだろう。だが。
「……生きて……いないんだ……」
 この問いにも近い言葉にロビンは答えなかった。もしかしたら肩を竦め何か口にしたかもしれない、けれど何よりジェイクは既に彼に背を向け歩き出していたのである。
 アイスピックを握り締める手は僅かに震えていたが、何より答えを欲してはいなかった。

 必死だった。手に何か持っているという感覚は無く、凶器と皮膚が一体化しているかのように、ジェイクは目の前の肉塊を文字通り、こじ開け始めていた。今自分はドアから入ったのか、窓ガラスを破ったのか、そんな単純明快な事すら分からない、薄暗い光の中に居た中肉の男はわずか数分経たぬ内にはらわたに塗れた『何か』に変わっている。
「……殺して……いいんだ」
 呟くジェイクの体格とは裏腹な白い手は赤と黒に染まり、メタボリックな身体から流れるリアルな血は粘ついて見えた。血が噴出す音すら聞こえないというのに、服や返り血としてついた色はなんと現実的に作られているのだろう。

 大好きな街だから、君も好きになってくれたら嬉しい。と鼓膜の裏で誰かが笑っていた。明るい、壮年の男として怒れば恐ろしいだろうが笑うと人好きのする『いい人』だ。

「……、これは」
 既に『ゲーム内』でも息絶えているであろう男の腹にアイスピックを突き立てる。
 数回――とジェイクは思っているが実際は数十回だった――えぐっただけで抵抗も、ましてや動く事も無くなった太い身体の一番柔らかい肉に牙を突き立て、そこから内部を更に引きずり出す。

 広場のワゴンへ行き、ジェイクの良く知る『あの人』はホットドックをご馳走してくれた。これから銀幕市で過ごす為の腹ごしらえだと、笑って映画の中に居た殺人鬼へチャンスをくれたのだ。

 ――これは、悪くない。悪い事は、していない。
 男の死体からは当たり前のように器官が出てきた。他にも、灯火の中でてらてらと光っている。それは宝物のようであったか、答えは否である。光るそれは鈍く薄暗い欲望を煽るかの如く、ジェイクの瞳を曇らせる。
 まず鼓膜の裏に居た『あの人』が消えた。数秒もしないで眼球の網膜に浮んでいた『あの人』の笑顔も消えた。次にジェイクは悪くないと無表情で語り始める『あの人』の虚像も次第に歪んでいく。善であるか、悪であるか。果たして今の行為はどちらに属するものなのか、そんな事実は些細な物として深い海に沈んでいった。
「……これくらい、みんなやってる……同じだ……」
 口をついて出た言葉と共に足は外へ向く。こんなものでは到底足りない、このロッジの仕様なのか、窓から見える景色には時間の概念があるらしく何かを嗅ぎつけた『ゲーム内の人間』数人がライトの明かりを持ってうろついている。

 今だ。

 心臓は鼓動し、筋肉は精一杯動いている。ジェイクの腕はまだ自分という侵入者に気付いていない者に向かって大きく振り下ろされた。飛び散る血の色は黒と化し、頬に奇妙な温さを与える。
「……こいつらは、生きてない」
 エキストラやファンでも、ましてやムービースターでもヴィランズでもない。ハザードの中にある虚像。リアルな、殺人鬼の欲求を満たす為に作られた生命の無い固体。
 映画『ダリオ』に登場する主人公は猟奇殺人事件の遺体を見て育った社会の陰であった。生きている者の臓物を見たい、死の瞬間見開かれ充血した眼を覗きたい、大量に流れる血飛沫をその身に浴びていたい。

 手に持っていたアイスピックは次第に突きが弱くなっていった。人のような何かの血と油を浴び続けた鉄のそれは、先端の尖りが既に何者かの暖かい塊によって肌へ突き刺す力を弱めている。
 確かに、ゲームにしては良いディティールだ。立ち並ぶロッジの道端で数人の飛沫を浴びながら、ジェイクは空を見た。片手にはアイスピック、突きの甘くなった先端に赤黒い男の眼球と頭を乗せたまま、もう片方の手で生贄のように片手掴みした足を持ち上げる。まさにシャワーだった。
「……――」
 笑みが零れる。陰鬱で、凄惨な殺人鬼の、決して明るいとは言えない口の端を上げ、歯が覗く。
 そうしてパーカーを頬にべったりと張り付かせたまま、『ダリオ』は少し離れたロッジに潜む黒い影を見た。フロックコートの下に白いシャツ。ロビンは服装の一つすら乱さずに彼の通った場所へ何本かの薔薇を咲かせている。

「やあ! このロッジはとても興味深いところだね!」

 ダリオに気付いたロビンは離れた場所から『空いた』片手で軽くこちらへ手を上げた。彼はどちらかと言えば死体を観察する趣味らしい、少なくともそう見える仕草で、時折一撃を与えずに傾げた首を『ゲーム内の住人』へ向かって突き出していた。
「……興味深い? ちがうな……」
 最高だと、ダリオは狂喜する。この場所に『あの人』は居ない、この場所に『ともだち』も居ない、全てがリアルではない世界。ジェイク・ダーナーすら居ない世界。
 滴り、飛沫を上げる血は勿論味などしなかったが、ダリオの感覚はそれを血と認識して味覚を用意した。実際のところ刺したアイスピックから伝わる頭蓋骨の悲鳴や肉を破くこの感覚は元から自分が用意した物だったのかもしれない。
 そうして、この光景を見た者が後ずさり、死ぬまでに動かす言葉を鼓膜は記憶のある限りで再生する。血と、感触があるなら悲鳴が欲しい。嗚咽の如く漏れた笑みに理性は無く、虚ろな灰が目の前に最後の一人――ライトではなく手紙のついた何かを持った――若い男へ向けて注がれた。

 悲鳴――、否。泣き声――、否。『誰だ』――否。『近づくな』――否。『許してくれ』――否。『ダリオ』――否。
 唇が開き、歯の出たそれを読み取って、ダリオは自分の中に若い男の言ったであろう言葉を再生する。
「……殺人鬼――」
 目蓋の下、ジェイクの眼球よりも更に下で『あの人』と『ともだち』が笑っていた。何事も無いように。抜いたアイスピックが若い男に刺さり、泉の如く湧き出る血を見ている事ですら、嘘のように。
 雷に打たれ打ちひしがれる間もない、この走馬灯は本当に一瞬の出来事だった。
『殺人鬼』
 若い男は最期までジェイクにそう言っていた。言葉には聞こえない、口の動きでそうだと分かる。非難する一言が堅いダリオの心臓を突き破りそうだ。こちらに伸ばされた手は彼の血で汚れパーカーのポケットを鷲掴みにする。
 反撃するつもりか。身構えて、既に相手の息の根が無い事に気付くのにまた数秒かかった。自分の命を奪ったジェイクが憎いのか、ゲームの中の住人である筈なのにそこまで作りこまれているというのか。どこか冷めた感覚で事切れた手をパーカーから外す。と。
「このハザードは面白いね? 人のように見える物が沢山だ」
「……そうだな。 いや」
 ロビンは一通りロッジを巡って来たのだろう、満足げにジェイクへと向かい、両手を広げる。相変わらず返り血は己の指先の刃にしかついていない。
「物……ああ、ふうん。 彼らは独自の生態系を模したデータの一部である筈なのに今ボクはあの生態系を人と言った。 キミも彼らが人に見えたからここまで出来たんだ、そうだよね?」
「……知るか」
 ジェイクの吐き捨てた言葉をロビンは聞いていないようだった。彼独特の考え方があるのだろう、しきりに何か首を捻っては面白おかしいと頷いて小さな微笑を漏らしている。
「ここはもっと貴重に扱うべきだったね。 面白かったし、そろそろ切り上げようか。 ジェイク?」
 優しい声だと思った。ロビンが自分の名前を呼ぶ一言は、まるで『ともだち』が遊びに行こうとでも言うような。
「……そうだな、おれも少し……疲れた……」
 ここは殺人鬼が使用したシュミレーションゲームのハザードだとロビンは言っていた。実際そうである事も確認した。だからだろうか、冷水を浴びたこの状態で『切り上げる』という言葉が出たのはジェイクにとって有り難い事であった。




「今日はありがとう、良い収穫が沢山あったよ。 キミにもあるといいな」
 上機嫌に弾む声が暗闇と化した銀幕市の空気に溶ける。
 ジャック=オー・ロビンは初めて顔を合わせた路地までついてくると、今までに無い一際美しい――ジェイクからしてみればあまりにも表情に乏しい為、奇妙な物を感じるだけだったが――笑顔を向け、人懐っこくロッジ内とは打って変わった、暖かな白い手でジェイクの手に軽く触れた。
「……そうか、そうだな」
 友人同士でするような手の叩き合いのつもりらしい。ロビンの行動は一見して子供のようだった。職場の人間や学園の生徒達と同じように「またね」「じゃあね」と手を振って別れる、これはきっとそんなシーンだろう。
「いつかもっと楽しい事が出来たら教えるよ! でないと退屈で死んでしまうだろう?」
 ジェイクの視界はぼやけていた。去り際にそう言い、走るよりは飛ぶかの如く、星の見えぬ夜空に消えていった後姿をただ眺めていただけであった。

(……何が……したかったんだ?)
 一人取り残されたジェイクは思う。ロビンは自分に何を言いたかったのか、悪意ある誘いにしてはあまりにも彼の放つ言動は無邪気過ぎる。それでも、裏では黒い事を考えていると思えば思えた筈である。けれど、そんな見た目で決め付けられない、恐ろしい何かを秘めていたとしても、今回ついて行ったのは紛れも無く自分の意思だ。ならば『何がしたかった』という言葉は誰に向けたものか。
「……おれは、何が……なんでだ……?」 
 パーカーの上から耳を押さえようとして、その生地が血のような何かで乾き、髪に貼り付いている現実に気付いた。
「……おれは人殺しは、してない、して……ない」
 こびり付いた赤黒い染みはジェイクの服、手至る所について剥がれない。少しでも消したいと手の平を爪で掻くが結局、出来たのは自分の肉を裂く程度だった。思えば、ハザードを消したわけではないから、あの跡が残っていても当然と言えよう。
 ゲームをしていたのだ。夢を見ていたのだ。悪い事はしていなかった筈だ。
「どうしてだ……どうしていっつも……ちくしょう」
 ちくしょう。ジェイクの言葉はどこか掠れ、猫背の身体は鼠にでもなってしまったように路地の隅で縮こまっていた。パーカーはもう着られない、これが本物の血でなかったとしても、きっと『とれない』気がするから。ポケットに手をかけて絶命した若い男の言葉が木霊する。

『殺人鬼――……人殺し』

 多分、銀幕市に来た当初のジェイクならばあまりにも当たり前過ぎて、もしかしたら聞き流していたかもしれない。けれど、今は違う。変わったのだ、知り合った人間が、同じムービースター達も少しづつダリオを薄めてくれた。
 肩が、全身が震える。殺人を犯した狂喜にではなく、犯してしまった事実に嘆き、かけられた言葉を辿るようにポケットを掻き毟った。忘れられれば、また明日から何事も無く学校にも職場にも行ける。
「……なんだ、これ?」
 傷ついた片手で引きちぎったポケットの中には紙切れが挟まっていた。手紙の切れ端、最後に殺した若い男の物だと気付くのに時間はいらない。流れるジェイクの血と、ゲーム内の血に塗れたそれに書いてある言葉も実にシンプルなものだった。

 ――Happy birthday!! Dario。

 『ダリオ』これはきっと皮肉な奇跡だろう。よく覚えていないとはいえ、これがあのロッジの設定の一部だったという事実はすぐに分かる。思えばあのロッジに居た人間は屈強ないし、メタボリック、壮年そんな言葉の似合う男達ばかりだった。ならば最初に入った場所に居た女は、そしてそれが指すものは。
「あいつらは……『あいつら』はゲームなんだ……だから、違う……」

 何も無くなったパーカーのポケット付近をジェイクは引っ掻くだけだった。顔は干からびた皮のようにひりひりと何かが固まる感触がする。耳に入る言葉も自分の、壊れたオーディオが同じフレーズを流すそれに近い。

 殺したかったんじゃない。
 空を見上げ、星を見ても月は無く、記憶の中の『あの人』も笑ってくれなかった。暗い夜道に一人、ジェイク・ダーナー少年は佇んでいる。けれど、明日には目の前にある、銀幕市という名のあてもない、とてつもなく長い道が広がっている。
 だから、ジェイクはすぐに立ち上がろうとはせずに、壁伝いに立ち上がるとおぼつかない足取りで家路につくのだ。

 ***

 ねぇ、見てごらん。もうすぐ朝だよ。太陽が出るんだ。これって凄く不思議な事だと思わないかな?
 ボクはここに来てから初めて太陽なんて見たからかもしれないけれど、この奇妙な光を浴びている生物達は『これ』を当たり前の代物だと思っているんだ! 手を伸ばしてごらんよ、こんなに生物の熱さを感じるのに、まったくどうして触れるなんて事は不可能なんだ!
 そんな不思議な物が毎日出てくるこの街(銀幕市)、ねぇ。ここって本当に不思議な所だと思わないかな?


 Happy birthday to you. Happy birthday to you. Happy birthday dear......?

クリエイターコメントジェイク・ダーナー様/ジャック=オー・ロビン様

両名様始めまして、プラノベオファー有難う御座います。唄です。
今回、グロテスク描写でリテイクがかからないよう推敲時に削りを入れたりあがいてみましたが、まずその辺のさじ加減として如何でしたでしょうか?
全体雰囲気は渇いている、陽気で陰鬱な何処か悲しい、と考えながら描写させて頂きました。両名様とも言葉の出る感覚が違うだろうとこの辺もいつもと違う描写を楽しませて頂きました。
ジェイク様は寡黙だけれどまだ精神的に完全ではない、不安定な形で、ジャック様は飄々としているけれども考えは深く、言葉は子供のようにしておりますがテーマ的にラストなどは切なくと言った形で描写させて頂きましたが気に入って頂けると幸いです。
ラストの雰囲気も今回陰鬱な雰囲気とありましたので救いがあるのか、そうでないのか一見して分からないようにさせて頂きました。両名様のお名前も似ていらっしゃったので場面ごとに変える、或いは姓呼びにしたりとしておりますが、この点について駄目でしたらご一報下さい。
もう一つ、ダリオの綴りが間違っていたらご一報頂けると幸いです。調べてから書いてはおりますが、何分人名となりますと色々ありすぎて迷う所もありますので。
それでは、またシナリオなりプラノベなりにてでお会い出来る事を祈って。

唄 拝
公開日時2008-11-12(水) 19:20
感想メールはこちらから