★ 極彩色の花遊び ―悲鳴と八つ当たりと友情の三原則― ★
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
管理番号102-7242 オファー日2009-04-01(水) 00:34
オファーPC 月下部 理晨(cxwx5115) ムービーファン 男 37歳 俳優兼傭兵
ゲストPC1 ルークレイル・ブラック(cvxf4223) ムービースター 男 28歳 ギャリック海賊団
ゲストPC2 レーギーナ(ctzm3286) ムービースター 女 30歳 森の女王
<ノベル>

 1.いつもの光景in『楽園』

 今日もたくさんのお客で賑わうカフェ『楽園』。
 月曜日と金曜日に、亜子ちゃんと朱鷺子さんなる美漢女がお給仕に立つことは、『楽園』ファンの間では今更確認するまでもない事実だったが、本日水曜日の『楽園』は、アイドル美漢女不在にもかかわらず、月曜日と金曜日並に混雑していた。
 ――なぜかというと、
「ルンルンちゃん、三番テーブルにルビー苺と淡雪クリームのタルトふたつ、それからオリジナルブレンドコーヒーふたつお願いね!」
「理佳(りか)さん、六番テーブルのお客様がアフタヌーンティーセットをご所望よ、準備をお願い!」
「お返事は、ルンルンちゃん?」
「お返事は、理佳さん?」
「「あーもう判りましたはい喜んでー!」」
 前述のふたりとはまったく毛色の違う、新しい美漢女たちが、額に脂汗と青筋を浮かべながらも、張り付いたような営業スマイルとともに、てきぱきとした動きでお給仕に精を出していたからだ。
 漢女たちのお給仕は、このカフェ『楽園』周辺のみならず銀幕市一帯、更に言えば銀幕市外の同好の士にとってもある種の名物となっているため、彼(女)らの給仕がある日の混雑は並ではない。
 飛び入りで漢女の給仕があることを聞き知った人々がひっきりなしに訪れるお陰で、『楽園』の営業が始まってから三時間、今日などランチもない日なのに、客足は途切れることを知らない。
「うう、捌いても捌いても客足が途切れねぇってこれなんていじめだよ……!?」
 アフタヌーンティーの準備をしながら、息を切らして理佳さんが愚痴る横を、スカートの裾を翻してルンルンちゃんが走っていく。
 ふたりは、質のいいシルクで仕立てられた、裾の短いエプロンドレス、袖口がゆったりとふくらみ、パニエのお陰でふわりとボリュームを増したスカートが大変可愛らしいそれに身を包み――無論、正しくは包まされ、である――、縁に薔薇とハートが刺繍された純白のフリルエプロンを身に着けた、メイドといえばコレ、とでも言うような出で立ちで店内を走り回っている。
 顔が若干引き攣っているような気がするが、多分そこは気にしてはいけないところだ。
 ちなみに、ルンルンちゃんのいでたちは夕日を思わせる温かな朱色のエプロンドレス、耳元にはサンストーンとプレシャスオパールを使った可憐なイヤリング。理佳さんは鮮やかなのに下品ではない深紅のエプロンドレス、耳元にはリチア輝石すなわちクンツァイトとガーネットを使った美麗なピアスである。
 ふたりとも身長180cmを超える長身だが、鍛え上げられているとは言え双方すらりとした細身であることと、胸元に詰め込まれたパッドが恐ろしく自然だったこと、更にメイクが巧みだったのもあって、残念ながら違和感はほとんどない。
 十二番テーブルでは、このカフェ『楽園』の主にして神代の森の女王、そして歩くトラウマ製造機であるレーギーナが、繊細優美な神々しい美貌を晴れやかに黒い笑みに輝かせ、ルンルンちゃんと理佳さんの紹介をしている。
「ええ……そうなの、今日から入ってくださる漢女たちなのよ。ルンルンちゃんはギャリック海賊団の航海士さんで、理佳さんは傭兵団ホワイトドラゴンの前衛隊員なのですって。この美しさからは想像もつかないでしょう?」
「ちょっと待て女王陛下、そこまであからさまに身バレすんのは勘弁っていうかお願いですからやめてくださいッ!?」
 思わず突っ込むルンルンちゃん。
 思わず語尾が敬語になったのは、過去二回の美★チェンジ経験のお陰ですっかり迫力負けし、女王に逆らえなくなっているからだ。
「しかも『今日から入ってくださる』って、妙にこう、続きを連想させんのは気の所為か……!?」
 嫌な予感がして突っ込む理佳さんの言葉も、
「ええ、大丈夫、気の所為よ。気にしちゃ負け。ね?」
 外見は優美で儚げだが中身は強靭で豪胆、かつ老獪という森の娘たちにはそよ風だ。あっさりとスルーされてしまう。
「うう……な、なんでこんなことに……」
 三十路後半・男、というステータスでは絶対に手を出してはいけない類いの衣装を見下ろし、理佳さんはがっくりと項垂れた。
「ルンルンちゃんはすんげー似合ってると思うけど、俺にはやばいってこれ……!」
「はははそう謙遜するな、俺なんかより理佳さんの方がよっぽどお似合いだ」
「だから理佳さんじゃねぇっつーの! ……大体ルークがあの時行ってみようって言ったから……」
「何を言う、あれは理晨が依頼書を受け取ってしまったからだろうが」
「違うって、」
「違わない」
「……」
「……」
「あらあら、喧嘩は駄目よ、ふたりとも。仲よし姉妹、っていうコンセプトなんだから」
 胡乱な目つきで睨み合う、大人気ないにもほどがあるふたりの間に、くすくす笑った女王が割って入る。
「でもレジィ様、喧嘩するほど仲がいい、とも言いますから。喧嘩するほど仲がいい美漢女姉妹なんて、本当に萌えですねうふふ」
「萌えとか言うな、萌えとか!」
 そんな萌え断じて要らない、と叫びつつ、まったく堪えた様子もない女王と非情な仲間たちの様子に、ちょっぴり諦観すら沸いてくるルンルンちゃんは、先ほどの理佳さんと同じく、何でこんなことに……と遠い目をして思った。



 2.傭兵と海賊

「んー……あとちょっと、足りねぇんだよなぁ……」
 午前九時。
 穏やかな陽光に照らされて道を行きながら、月下部理晨(かすかべ・りしん)は低く唸った。
 お気に入りのオキナワデザインのTシャツに、明るい色合いの青のパーカー、ダメージ加工を施したヴィンテージ・ジーンズ、更に頭に流行のヘアターバンというラフな――三十路後半などとは誰も信じてくれない驚異の童顔のお陰で、それらはとてもよく似合っている――出で立ちで街を歩く理晨の手には、銀行の通帳がある。
「……あと三日、かぁ……」
 ゼロが六つまであと少し、という額が入ったこの通帳には、理晨が、恋人の誕生日にちょっと奮発した腕時計を贈りたくて――といっても、百万や二百万などという額は、その百倍千倍を一晩二晩で軽々と扱うあの邪悪なセレブには小銭も同然だろうが――、地道に、積極的に対策課の依頼をこなして得た金銭が貯蓄されているのだった。
 しかし、必要な額にあと少し足りず、誕生日まであと三日に迫った現在、理晨は、割のいい仕事を求めて対策課を訪れる途中なのである。
 無論、俳優の仕事をすればそのくらいの額はすぐに手に入るのだが、基本的にハリウッドが拠点である理晨の場合、それはすなわちこの街を出なくてはならない、ということに他ならず、銀幕市でしか生きられない『弟』や友人のムービースターたちと離れたくない――特に、じわじわと終焉を感じさせる事件が増えてきている昨今では――彼は、必然的に、高額バイトを求めて対策課に入り浸ることになるのだった。
 ちなみに、彼の本職であり根本でもある傭兵の仕事は、傭兵団ホワイトドラゴンの在りようからして儲ける儲けないの問題ではなく、最初から『稼ぎ』の数にも入っていない。
「まぁ、ぎりぎりまで働いて……っと、ルークじゃねぇか!」
 銀幕市役所までやって来た理晨は、銀色の視線の先に、親しい人物の姿を見い出して笑顔になった。
「ん、ああ……理晨か」
 市役所の駐輪場に大型バイクを止め、今まさに市役所へ足を踏み込もうとしていた、ライダースーツ姿の青年は、名をルークレイル・ブラックと言う。かの絶望の顕現、レヴィアタンの討伐戦において同じチームに所属して以降、親しく言葉を交わすようになっている人物だ。
 人名をほとんど略称で呼ばない理晨には珍しく、ルークという愛称を使う辺りが、理晨がルークレイルに向ける好意や信頼の感情が一定以上であることを言外に物語っている。
「どうした、こんなところで」
 理晨を見つけたルークレイルが、シャープに整った面を綻ばせる。
「ん? 俺は仕事を探しに来たんだ。そういうルークは?」
「俺も同じだ。……メアリの餌代を稼いで来いと言われてな」
「メアリ? ああ、カレークエストでもらった象だったか」
「ああ……こいつがよく食うんだ。飼い主の俺としては、肩身が狭くてな。それを少しでも解消すべく、今日も出稼ぎに来ているというわけだ」
「なるほど、そりゃ喫緊の課題ってやつだな」
「だろう? ……おまえもか?」
「んー、俺は同居人の誕生祝いの資金がちょっと足りなくてさ。Xデーまであと三日なもんで、ここに来ることにしたんだ」
「そうか……何か、いい依頼があればいいんだがな」
「まったくだぜ」
 などと話しつつ、対策課へと向かう。
 対策課には今日もたくさんの人々がいて、忙しく立ち働いていたり、悩みごとを相談していたり、仕事を探したり勧めたりしている。
 特に、高額な報酬のついた、ムービースターやムービーハザードが巻き起こす事件の解決依頼が提示されたブースではたくさんの人々が条件にあった仕事を探しており、理晨とルークレイルもそれに倣った。
「んー……今日明日でなるべくたくさん稼げそうな……」
「ふむ、荒事でも肉体労働でも何でもいいんだが……」
「だよな。まぁ、さすがに、全長50メートルのドラゴンをひとりふたりで斃しに行け、とかは勘弁して欲しいけど」
「ああ、それは確かにちょっとどころじゃなくハードルが高いな」
 言いつつ、物色すること十数分。
「あ、これ、すごい高額報酬だ。……すげぇな、一日働いたら目標金額を軽々と超えるわ」
「ほう、どれどれ……本当だ、悪くないな。だが、ちょっと胡散臭くないか? 男性限定、軽作業、制服貸与、交通費支給……まではいいとして、店の名前も仕事内容の詳細も、何も書いていないぞ?」
「あー……まぁ、なぁ。受ける場合は十時までに住所のとこまで来い、ってか……うーん」
 胡散臭いことは胡散臭いが、報酬は日払い、というところも魅力的で、理晨が掲示板を見上げながら唸っていると、職員が出てきて依頼書のコピーを渡してくれた。
「いや、まだ受けるって決めたわけじゃ……」
 言いつつ、ありがたく押し頂いて、プリントを見下ろす。
「……試しに行ってみるか? ちょうど、募集人員も二名だし、この住所なら、時間までに辿り着ける」
「だなぁ」
「それに……まぁ、その、なんだ」
「うん?」
「……何かあっても、おまえとだったら切り抜けられる気がするしな」
 ぶっきらぼうな、少し照れたようなルークレイルの言葉に、理晨はぱちぱちと瞬きをし、それから無邪気とすら言える表情で笑った。
「……だな」
 頷き、この依頼を受ける旨を職員に伝えて、ルークレイルとともに歩き出す。
 いってらっしゃいと手を振る職員の眼差しが、妙に温かかったような気がしたが、気の所為だろうと意識から除外する。

 ――まさか、その先にアレが待ち受けているだなんて、その時のふたりは想像もしていなかった。
 当然、そういう殿方を逃さないために、仕事内容も店の名前も公開されていないのだが、その時のふたりにそれが判るはずもない。



 3.ぐらぐら揺れる大事な天秤

 くだんの住所に近づくに従って、ルークレイルの足取りは重くなり始めた。
「おかしいな、……何か、覚えのある気配が……というか、妙に足が重い……?」
 財宝探し以外では海図や地図の読めないルークレイルと、本拠地が日本ではない所為でこちらの地形には詳しくない理晨という取り合わせなので、ここへ辿り着くまで若干時間がかかったが、明らかにその疲労ゆえの重さではなかった。
「……うん、何だろう、なんでか危機感が募るんだけど……」
 言いつつ路地を抜けると、その先に、緑にあふれた空間が広がっていた。
 依頼書が示す住所は、その緑あふれる場所で間違いないようだ。
 が。
「ま……まさか……」
 ルークレイルの背中を冷たいものが滑り落ちる。
 とても美しい、瑞々しい緑だ。
 あおあおとした、爽やかな匂いと、彩り豊かに咲く花々の香りが仄かに漂ってくる、美しい場所だった。
 木造りのテラスに瀟洒なテーブルセットが幾つも設置されているところからして、カフェやレストランの類いなのだろう。確かに、こんな場所でお茶や食事をいただいたら、心底リラックス出来そうだ。
 しかし。
「も、森の娘……!」
 その店先を、繊細優美な、神々しいほどの美貌を持つ娘たちが、楽しげに掃除しているとなれば話は別だ。
「って、『楽園』かよ、ここ! あああ、何か見覚えがあると思ったんだ、この辺り……!」
「ちょ、おま、そういうことは早く気づけ!?」
 『楽園』のタルトには何度もお世話になっているが、店舗を訪れたこと自体は実は一回のみ、という理晨が驚愕の声を上げ、ルークレイルは大慌てで依頼書のコピーを見下ろす。
「ま、まさか、男性限定の軽作業、というのは……」
「う、うん、制服貸与ってのも、もしかして、」
「あら……アルバイトに来てくださったのかしら? 嬉しいわ」
 戦々恐々としながら『楽園』の様子を伺っていたふたりの背後から、唐突ににこやかな声が響き、
「ぎゃーッ!?」
「きゃあああああぁ!? じょ、女王……陛下ッ!?」
 絹を引き裂くような悲鳴を上げ、迫力に負けてつい敬称をつけつつ、ルークレイルは、思わず理晨と抱き合って後ずさる。当然、そのくらいの脅威が背後にいたからだ。
「あら、ルンルンちゃんに理佳さんが今日のアルバイト? ……素敵な一日になりそうね!」
 それと同時に、わらわらと沸いて出た森の娘たちに取り囲まれ、
「違、その……た、ただの通りすがり、」
「というか俺はルンルンじゃない……ッ!」
 あれよあれとよいう間に店内へと――スタッフルームへと引きずり込まれる。
 有無を言わさぬ、というよりは、抵抗するのも馬鹿馬鹿しいような強引さであり、手際のよさだった。そもそも、儚げな外見に似合わぬ豪胆さと怪力の持ち主である森の娘たちと腕力で勝負する根性は持ち合わせていないルークレイルだが。
「だ、だから、俺は理佳さんじゃねぇし理佳さんになる気も、」
「では、待遇をお話しするわね。時給換算はこちら、一日フルで入っていただいた場合の支給総額はこちらよ」
「……あ、やべ、超好条件」
「おい理晨、そこで絆されるなよ!」
「午後十時の店仕舞いまでお手伝いくださるのなら、更にこれだけ上乗せさせていただくわ」
「……ほ、ほう……なかなかない好待遇だな、それは……」
「ルークだってぐらぐら来てるじゃねぇかよ!?」
「あとは、制服手当てと言って、こちらで用意した衣装を着てお給仕していただけるなら、これだけ支給させていただいているのだけれど、どうかしら?」
「……」
「……」
 理晨と顔を見合わせて沈黙するルークレイルには、にっこり笑う女王が、地獄へ手招きする魔王のように見えた。
 どう考えても見透かされているとしか思えない。
 そんな極彩色の地獄へのお誘いは真っ平ごめんだと言いたいが、ルークレイルの立場がそれを許してくれない。
「そ……それは、じゃあ……その、なんだ……」
 歯切れ悪くもごもごと言い、視線を泳がせつつ、ルークレイルは、メアリの餌代(=ルークレイルの海賊団内における安らかな日々)と、自分の男としての大切な何かとの板ばさみになっていた。あまりにも壮絶なものを載せた天秤が、左右双方にがたがたと揺れているのが判る。
 ――象のメアリがいる限り、そしてその餌代を稼げない限り、ルークレイルに安息の地というものはないのだ。
 このままでは、今までについた不本意極まりない各種呼び名に、ごくつぶしだの冷や飯食いだのというまったくありがたくない呼称が増えてしまう。
「じゃあ、決定でいいかしら? 一日よろしくね、ルンルンさん、理佳さん」
 ふたりが逡巡している間に、女王と鬼畜な仲間たちの中で話は決まってしまったらしく、
「え、ちょ、まだ何も言って……」
 再度わらわらと沸いて出た娘たちに取り囲まれ、手を取られて、契約書に拇印を押させられたあと、『お着替えルーム』へと引っ立てられる。
「大丈夫よ、痛くないから」
「身体は痛くなくても別のものが傷むんだが――――ッ!?」
 理晨の上げる悲鳴を意識の片隅に聞きながら、ルークレイルは引き攣った笑みを浮かべていた。

 当然、『お着替えルーム』では、理晨を盾にしたり生け贄に差し出したりして、往生際悪く足掻いたルークレイルだったが、男としての大切な何かを懸けた、必死の攻防が報われないこともまた、この不条理な空間においてはデフォルトなのだった。



 4.美漢女姉妹キューティ★レッドの八つ当たり

 開店から十時間以上が経っていた。
 その間、ふたりは必死で働いた。
 馬車馬のようにってこういうことかな、などと遠い目をしつつ働いた。
 お客さんたちの向けてくれる笑顔が嬉しくて、こういうのも案外悪くないな――メイドじゃなければ、とスカートの裾を握り締めて思ったこともあったが、自分の出で立ちさえ気にしなければ、ここは、たくさんの人たちと触れ合える、賑やかで楽しい空間でもあるのだった。
 その頃になってくると、敵は主に同じ『楽園』スタッフ内から発生し、
「リーリウム、八番テーブルのお客さんが苺のタルトにヨーグルトムースのっけて欲しいって……ぎゃー!?」
「あら、どうなさったの理佳さん? そんな、この世の終わりのような悲鳴を上げて」
「どうなさったもこうなさったもねぇだろ、ちょ、どこ触って……」
「もちろん、制服の裾を直すふりをしながら理佳さんの臀部を撫で回しているのよ」
「若い娘さんが臀部を撫で回すとか言わない!」
「あらあら、若い娘さんなんて言ってもらえるのは嬉しいけど、でもわたし、理佳さんの三百倍は生きているのよ?」
「え……ってことは、一万一千歳以上……!?」
「あら、ごめんなさいさすがにそこまでは生きていないわ、レジィ様より三十世紀ほど年下だから、わたし。……つかぬことをお尋ねするけれど、理佳さん、おいくつ? わたし、二十代前半から半ばだと思っていたのだけど……違うの?」
「へ? 三十七歳だけど?」
「わたしたちも自覚はあるけれど……理佳さんも相当外見詐欺なのね」
「え、え、何が詐欺!? って、だから、人の尻触んのやめ……ッ!?」
「あらあらリーリウムったら、自分に正直なんだから……」
「……と言いつつ人の太腿をいやらしい手つきで撫でるのはやめないかイーリスさんとやら……!?」
「ええっ、だって、せっかくの機会じゃない。言ってみれば役得なのよ? これを享受しないでどうしろと言うの?」
「いや、そんなさも当然のような驚いた顔をされても困るんだが……!」
「そうでしょう? そう思うわよね? じゃあ、失礼して」
「何がどう『そうでしょう』なのかさっぱり判らんわ! ちょ、まままま待てッ、早まるな、電車は急に止まれないんだぞッ!?」
 腹黒ドSの筆頭リーリウムと次席のイーリスに、メイドさん同士のふれあいにかこつけて様々なセクハラを受け、理晨もルークレイルも相当なダメージが蓄積されつつあった。
 森の娘たちの白い繊手が、酔っ払ったオッサンもかくやという手つきで逃げるに逃げられない漢女たちに猛攻をかけ、
「うう、なんか、報酬の高額さの理由が判った気がする……!」
「これはアレか、俺たちは、男として大切な何かを切り売りしてるということなのか……!?」
「……ルーク」
「理晨……!」
 思わずふたりがよろよろと歩み寄り、手に手を取って世の無常や人の身の儚さなどを嘆いてしまったとして、それを嗤える殿方などいなかったに違いない。というか、嗤おうものなら、女王と非道な仲間たちに同じ目に遭わされるに決まっている。
「でもっ、頑張るわよルンルンちゃん、あともう少しなんだから……!」
「ええそうね理佳お姉さま、あと少しの辛抱だわ……!」
 疲労とセクハラへのストレスで若干テンパり気味のふたりから、無意識かつナチュラルにそんな台詞が飛び出し、ふたりを見守る森の娘たちのみならずお客さんたちまで拍手喝采し、ひしと抱き合う美漢女姉妹を讃える、そんなカオス空間である。
 と、そこへ、

「お前ら、手ぇ上げろ――――ッ!!」

 濁声とともに店内にずかずかと入り込んで来たのは、サブマシンガンやアサルトライフルで武装した、迷彩服の男たちだった。
 数は、全部で十二人。
 銃の製造会社の刻印や迷彩服に縫い付けられたワッペンなどが架空の会社や組織を表していることから、戦争映画などから実体化したテロリストだろうと推測される。
「あ、『黒い朝』に出てきた【真実の夜明け】じゃねぇか」
「ムービースターか。見たところ物騒な連中のようだが……」
「えーと、独裁者政権に正義の鉄槌をっつってニューヨーク市内でテロ活動をしてた、かな」
「なるほど、典型的なテロリストという奴だな。……ちなみに、直截的にはどういう奴らだ?」
「えー……噛ませ犬のやられ役?」
 男たちから漏れ出てくる物騒な気配に、武人の顔になってぼそぼそ言葉を交わす理晨とルーク。
 その言葉には気づかぬ様子で、右目に黒い眼帯をした一番厳つい男が、天井に向けて拳銃を一発撃った。がしゃああん、という音がして、天井を飾っていた綺麗なガラスのランプが砕けて落ちる。
「ここは我々【真実の夜明け】が占拠した! この街で我々の主張を通すために、お前たちには我々の『仕事』を手伝ってもらう!」
 男はにやにやと笑って周囲を見渡し、
「……それに、ここはかなり儲けてるって話だ、この街での活動を始めるに当たっての資金調達には持って来いだろう」
 下卑た顔で店の奥を見遣った後、天井に向けてもう一発撃った。
 きゃーっ、という悲鳴は、若い女性のものだったが、手に手に銃火器を持った凶悪なテロリストが武器を向けているにしては、お客の反応は冷静で、パニックとも無縁だった。
 むしろ、店内に生温かい空気が流れ、憐れむような視線が男たちに向けられたのも事実だ。
「……あのランプ……」
 ぼそり、とリーリウムが呟いた。
「イーリスとラウルスが、精魂込めて作ったものなのだけれど……?」
 その眼差しに鬼火が燃えているのを見て、理晨とルークレイルは思わず悲鳴を上げて手に手を取り合った。竦み上がったと言って過言ではない。
 何も、よりにもよって、こんな物騒な店に押し入らなくても、と、そんな義理もないのだがテロリストたちに同情したくなる。
 この店を支配している神聖生物たちは、外見はどんなに美しく儚げであろうとも、中身は地獄の獄卒よりも冷酷非道で容赦のないドSなのだ。ファンタジーとは無縁の世界から実体化した連中が、事情を知らずに特攻をかけて敵う相手ではない。
 ついついテロリストたちに同情したふたりだったが、それも、
「おい、そこの女ふたり!」
「え、女ふたりってもしかして俺らのことか……!?」
「お前ら以外に誰がいる! 咽喉が渇いた、何か飲むものを持って来い。……妙な動きをしたら他の連中の眉間に風穴が開くぞ、気をつけろよ」
 リーダー格の男の、
「……いい女じゃねぇか、あとでいただくかな」
 そんな下卑た台詞の前に呆気なく砕け散った。
 何かもう色々切れた。
 自分たちを取り囲む理不尽な事態のすべてが、自分たちを女と信じて疑わないテロリストの所為のような気がしてきて泣きたい気分にすらなった。
 ということはぶん殴るしかないよね的な思考が脳内を席巻し、一気に膨大な怒りと敵意となって膨れ上がる。
 ――人、それを八つ当たりという。
 当然、八つ当たりだと判っていたが、今更この怒りの矛先をどこに収めればいいのか、という話だ。
「……」
「……」
 無言で男を睨み据えることしばし。
「どうした、恐怖ですくんで動けないか!? 動けるように、誰かの足に穴でも開けてやった方がいいか!」
 男の濁声が『楽園』に響き渡る。
「……リーリウム」
「なぁに、ルンルンちゃん」
「客の安全は任せた」
「了解よ」
「女王陛下」
「あら、どうなさったの、理佳さん?」
「弾除け、頼むわ」
「ええ……判ったわ、お気をつけて」
 女王とリーリウムが微笑んで頷く。
 理晨はルークレイルと目配せをし、小さく頷いて歩き出した。
 男が厳つい顔を下品に綻ばせる。
「そうだ、女は素直な方がいい」
「……誰が……」
 男の台詞と同時に、ふたりは走り出した。
「美麗で可憐で有能な花形メイドさんだッ!」
 テロリストたちの間にざわめきが走る。
 そんなこと誰も言ってねぇだろ、と天晴れにも男の誰かが突っ込んだが、今のこの廃(ハイ)テンションの前には無意味と言わざるを得ない。
「「美漢女姉妹キューティ★レッド、推して参るッ!」」
 ナチュラルに声を揃えてナチュラルにキメポーズまで取り、ルンルンちゃんがスカートの裾を翻らせ、太腿にベルトでセットされたチェコスロバキア製の名銃、Cz75 SP-01を手にする。同時に、同じ仕草でスカートを翻した理佳さんも、白く輝くサバイバルナイフを手にしていた。
 豪華なレースとフリルでかたちづくられたパニエがふわりとたわみ、無駄にお色気満載な美漢女ふたりの太腿をあらわにすると、
「あら素敵、チラリズムね! どうしましょう……興奮のあまり鼻血が出そうだわ!」
 いつの間に移動していたのかも判らない速さで客席間を駆け回り、お客を一斉に伏せさせたリーリウムが目を輝かせる。
 美漢女ふたりが聞いていたら(少なくとも外見は)若い娘さんが鼻血はやめなさい、と突っ込んだかもしれないが、そもそも神聖生物の鼻腔に毛細血管が通っているかどうかも微妙だ。
「な……何だ貴様らはっ!? くそっ、撃て、始末しろ……!」
 声に焦りと驚愕を滲ませながら男が命じると、顔を緊張させた十一人のテロリストたちは、銘々にサブマシンガンやアサルトライフルを構え、滅多矢鱈に乱射した……が。
「これ以上、無粋なものでわたくしの聖域を汚されては困るわ」
 艶然とした女王の声とともに、周囲から物理的な圧力さえ伴ってツタがあふれ返り、弾丸のすべてを吸収してしまった。
「な、な、な……!?」
 現代映画から実体化した所為だろう、あまりのことに声をなくしているテロリストたちの間を、朱色と深紅の風が駆け抜けていく。
「ルンルンちゃん!」
「ええ、理佳お姉さま!」
 若干おかしな呼称とともに背中合わせで回転し、美麗でフェティッシュなスカートを翻らせ、長くすらりとした美脚を華麗に舞わせて同時に蹴りを放つと、見事な脚捌きに打ち据えられて、ふたりの男が声もなく昏倒する。
 そのまま呼吸の合った動きで、互いの背中を軸に回転して相手の動きを翻弄し、バランスを崩したテロリストの首筋に、拳銃とサバイバルナイフの柄を叩き込んでゆく。
 ツタに銃を無効化されているのもあって浮き足立っていたテロリストたちは、次々に戦闘不能に陥り、ばたばたと倒れて行った。
 ちなみに武器を手にしていながら本来の使い方をしないのは、床や設備を血で汚して女王と鬼畜な仲間たちにお仕置きされたくなかったからだ。少々混乱気味のふたりにも、その分別くらいはあるのだ。――ある意味本能と言うべきなのかも知れないが。
「くそ……殺せ、始末しろ……!」
 叫ぶ男に、
「……美しくないわ……」
「ええ、この美しい庭園には相応しくないわね」
 やはりナチュラルに女言葉で侮蔑を向け、喚く彼に向かって同時に走り出す。
 どちらも、何も言わないのに、ルンルンちゃんは左、理佳さんは右から、弾丸のように一直線に肉薄し、ルンルンちゃんは首筋に、理佳さんは鳩尾に、それぞれの一撃を叩き込んだ。
「ぐ……!?」
 男は衝撃に目を瞠り、
「まさか、女に斃されるとは、む、無念……」
 やはり勘違いしたままで、ゆっくりと崩れ落ちていき、そして動かなくなった。
「「美の名において……成敗ッ!!」」
 びしっ、という効果音つきで、昏倒した男たちを指差し、キメポーズを取るふたり。
 しばしの沈黙。
「お姐さま、素敵……!」
 誰かの感極まった震える声が響くや否や、どっ、と歓声が上がり、満場一致の拍手喝采が『楽園』を震わせた。
 そこでようやく我に返ったらしいふたりは、
「ちょ、美漢女姉妹ってどうなんだよそれ……!?」
「何がどう美の名においてなのか、一分前の自分を小突き回して尋ねたい……!」
 自分たちが口走った諸々の台詞に、打ちひしがれる人妻のポーズで落ち込んでいる。
 惜しみなく向けられる賛辞と拍手が、ふたりを一層落ち込ませたが、
「……でも」
「どうした、理晨」
「いや、俺ら、息ピッタリだったよな」
「……まぁな」
「ムービースターとムービーファンで、出身も全然違うのに、それでもこんだけ息が合うもんなのな。そこだけ、ちょっとすげーと思った」
「……ああ、俺もだ。まさか陸に、そんな相手が現れるとは思ってもみなかった」
 ツッコミどころに目を向けると割腹したくなるので、それらを意識から除外し、背中を預けて悔いない、心配のない相手と窮地を切り抜けたことを喜ぶことにして、ふたりは顔を見合わせて笑った。



 5.異邦の友に謝す

「あー……や、やっと、終わっ……」
 時刻は午後十時三十分。
 閉店の作業まですべてが終了し、理晨が顔面をテーブルに埋めて沈没している。
「財宝探しと同じくらい、ハードだった、な……」
 隣では、理晨と同じくようやくもとの出で立ちに戻ることを許されたルークレイルが、魂が抜けたような顔で天井を見上げている。
「ふたりとも、今日はありがとう、とても助かったわ」
 そこへ、サンドウィッチやサラダ、ポテトフライやパスタ、キッシュにピッツァ、更にクッキーや焼きケーキやタルトの皿を手にした女王と愉快犯な仲間たちが現れ、ふたりを囲むかたちでテーブルについていく。
「美漢女姉妹キューティ★レッドの降誕に立ち会えて、わたし、とても幸せだったわ。本当に素敵な姉妹愛よね」
 うふふと笑ったリーリウムが、軽食やスイーツ、お茶やワインなどを勧めてくれる。
「いや、あの、出来ればそのことはもう忘れて欲し……」
「というか、本当にアレはなんだったんだろうな……」
 乾いた笑いを漏らしつつ、折角なので心尽くしの夜食をいただく。
「ん、このサンドウィッチ、美味い。中にチーズとチキンカツが挟んであるのか……この鶏、味が濃いな。肉の味、という感じだ」
「あー……うん、この限定タルトも美味いわ……生き返る」
 しみじみしていると、女王が白い封筒をふたりの前にひとつずつ置いた。
「今日一日の報酬よ、どうぞお受け取りになって」
 色々あって目的を忘れかけていたが、よくよく考えたらふたりは資金調達のためにここに来ていたのだった。
「あ、うん、ありがとう」
「ああ、すまないな。……おや?」
「どうしたルーク……あれ? 何か、ちょっと多くね……?」
「ええ、強盗を退治していただいたから、危険手当もおつけしたわ」
「いや、でもあれは……」
「別名チラリズム手当だ、とリーリウムが言うのだけれど」
「……」
「……」
 思わず黙るふたりに、リーリウムがうふふと笑う。
 そのリーリウムからサッと目を逸らして、
「じゃ、じゃあ……うん、ありがたくいただこうかな」
「そ、そうだな、色々と頑張ったのも確かだしな」
 一連の『仕事』が終わったことに心の底から安堵し、深々と息を吐くふたり。
 にっこり笑った女王がごゆっくりなさって、と席を立ち、残った森の娘たちと他愛ない会話をしながら――ところどころで弄られながら――、理晨がふと微苦笑した。
「どうした、理晨」
「ん? いや……」
 理晨は言葉を濁してしまったが、ルークレイルには、何となく伝わった。
 彼らは今、お互いに、こいつと一緒に働くのはちょっと楽しかった、と思っているのだ。
 もちろん美漢女姉妹になってしまった衝撃は、しばらく夢で魘される類いのものだし、二度はごめんだと激しく慌てる、『大事な天秤』を持った自分もいるのだが、最終的にはやはり、こいつが一緒でよかった、という思考に落ち着く。
「……俺も多分、お前と同じことを考えている」
 ワイングラスを手にルークレイルが言うと、オレンジジュースの入ったグラスを傾けていた理晨は、透き通った灰色にも見える不思議な銀眼を和ませて笑った。
「そっか」
 そんな顔をしていると俺より十も年上には見えない……などと思いながら、ルークレイルは静かに笑って頷き、ムービースターとムービーファン、映画世界と現実という境界を超えて出会って、背中を預けてもいいと思える友人を得た、その不思議に感謝していた。
 理晨も同じことを感じ、同じことを感謝しているという確信もあった。
「まぁ……うん、悪くなかったよな」
「……そうだな、そういうことにしておこう」
 顔を見合わせて笑い、赤とオレンジの液体がたゆたうグラスを触れ合わせてから一気に中身を乾す。
 その様子を、どこか慈愛めいた眼差しで、森の娘たちが見つめている。
 ――総じて言えば悪くない一日だった、と、ルークレイルはまた、ほんの少し笑った。



 ちなみに、「そういえば」と書類を手にして戻った女王に、半ば脅迫され逃げ場をなくしたふたりが、毎週水曜日に『楽園』でアルバイトをすることになってしまうのは、そこから二十分後のことである。

クリエイターコメントオファー、どうもありがとうございました!

何と言いますか……うん、我が人生に一片の悔いなし(超真顔で)。

あんなことやこんなことまで書かせていただいて大変幸せでございました。ありがとうございました……というか、ごちそうさまでした。

暗い事件が続くだけに、この一時は一服の清涼剤となりました。同時に、どんなことがあっても、理晨さんとルークレイルさんの間に通うような思い、絆があれば、銀幕市は大丈夫なのではないかとも思います。

色々やらかしましたが、楽しんでいただければ幸いです。

それでは、どうもありがとうございました。
またご縁があれば、どうぞよろしくお願い致します。
公開日時2009-04-03(金) 18:40
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