★ Good Fine Everyday! ★
クリエイター遠野忍(wuwx7291)
管理番号166-5378 オファー日2008-11-16(日) 21:41
オファーPC 刀冴(cscd9567) ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
ゲストPC1 薄野 鎮(ccan6559) ムービーファン 男 21歳 大学生
ゲストPC2 鳳翔 優姫(czpr2183) ムービースター 女 17歳 学生・・・?/魔導師
ゲストPC3 香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
ゲストPC4 スルト・レイゼン(cxxb2109) ムービースター 男 20歳 呪い子
ゲストPC5 昇太郎(cate7178) ムービースター 男 29歳 修羅
<ノベル>



 宵の帳が少しずつ開かれる。
 銀幕市の、杵間山の夜の底が白く染まっていく。
 夜が明けてゆく。


 カラリと柔らかい音を立てて簡素な襖が開かれる。
 まだ昇らない朝日だが遥か遠くにその暁を映す。
 杵間山の峰から僅かに吹く風が刀冴を柔らかく貫く。
 両手を大きく天へと向けて背筋を伸ばす。
 この古民家で……というより、刀冴の周りで温度の変化を感じ取ることはない。しかし僅かに流れる風から冷えた空気を感じ取ることは出来る。冷えている、と実感するわけではないのだが、においと風の硬さで、今朝は冷えるのだろうということは自覚している。
 日が昇ってからであれば、よく訪れる気心の知れた仲間達が「今日は冷える」とか言ってくるので、予感を確信に変えている。仲間達が「寒い」「冷える」という日の空気と同じ感触が刀冴を包み込む。
 寒さや暑さを感じないというものは便利なのだが、寒暖の差を感じ取られないということは些か物足りないかもしれない、と銀幕市に着てから少しそう思うらしい。
 だが、彼ら天人の側にいると、寒くなくていい暑くなくていい、心地よい、そう言ってくれるのが嬉しいのも事実だ。
 刀冴にとっては当たり前のことなのだが、やはり好きな相手に喜んでもらえることは代えがたい喜びである。
 
 まだ辺りは暗い。住宅街や商店街のように街灯や家々の灯りがあるわけではないから、街中よりもずっと漆黒に包まれている。
 しかし全くそうだと感じさせない程、刀冴はつらつらと歩みを進める。
 自宅なので当たり前だし、暗闇と光の精霊達が我先にと刀冴の腕を引っ張るのだ。まるで子供が父親を奪い合うような可愛らしい争奪戦。
 水と風の精霊達が我先にと用意した洗顔用の木の桶に井戸水が汲まれている。
 案内役の精霊達に礼を言い、常人であれば痛みを感じるほど冷たい水を掬い上げてからだの芯を覚醒させる。
 前髪に付いた僅かな水滴を頭をふって振り払う。
 ぱらぱらと音がして、井戸周りの植物をたたく。水の精霊達が潤しているから問題は無いのだが、植物達にとって心地よい水滴であることに変わりは無いだろう。
 元々用意してあった――守役がいつの間にか用意しているのだ――タオルで大雑把に顔を拭き、やはり刀冴のために洗濯場へと運びたがる精霊達にそれを優しく渡す。
 彼らは嬉しそうにそれを運ぶ。
 礼を言うが、聞こえていたかどうか。
 毎度のことなので、苦笑しながら、刀冴は井戸を後にする。
 きゃっきゃっ、と楽しそうに騒ぐ精霊達の声がする。
 いつもと同じことの繰り返し。
 やはり毎日の通例通り、鍛錬をする為に自室へと戻る。
 寝巻きのままではまともな鍛錬も出来ない。鍛錬で汗をかくのでまた着替える羽目になるので、寝巻きほどではないが、簡素な服にしゅるると腕を通す。脱いだ寝巻きはくるくると丸めて纏めて洗濯物籠へとぽいっと放る。
 刀冴自身でも洗濯はするのだが、それ以上に手早く守役が済ませてしまう。あまりにも毎日やられるのも悪いとは思っているのだが彼は、刀冴の世話をすることに命を懸けているといっても過言ではないほど、溺愛している。刀冴にさせる訳には行かぬ、とでも思っているのかもしれない。
 だからもういっそのこと、色々な手間を守役に任せている。ただし料理だけは全てをやらせない。それは刀冴がある意味生きがいとも言えたし、趣味てもいえるものだからだ。二人で台所に立つのも悪くはない。
 図体だけは守役と変わらないほどにまで成長したが、子供の頃、守役は聳える山のように雄大で美しく、そして遠かった。
 鬱陶しさも多大に感じるが、根底にあるのはやはり感謝である事には間違いない。
 きゅ、と一度その無骨な手を握り、刀冴は木刀片手に少しばかり開けたそれ専用の庭へと大股で歩き出した。

 
 すいと伸びた背筋に幅広の肩。そこに余分に力がかかっていないことは恐らく誰の目から見ても明らかだろう。
 ぶん、と空気を切る音が冷えた空気の流れに乗って響く。
 鍛錬の時だけは、彼ら天人をこよなく愛する精霊達も近寄らない。邪魔になってはいけないからだ。精霊達はそれを熟知している。
 稀に魔法に関する鍛錬の一環として瞑想もしている時があるが、本日は剣の鍛錬だけのようだ。
 双眸を閉じたまま、一片の無駄もない動きで辺りの空気を張り詰めさせて鍛錬を続けていた刀冴だが、ふ、と集中を解き杵間山の麓に視線をやる。
 彼の感覚の端に、よく知った気配が二つ、混じりこんだ。
 −自然と顔が綻ぶのが刀冴自身にも判った。
 だから彼は、切のいい所までいっていた事もあり、鍛錬を切り上げて古民家へと戻った。
 




 スルト・レイゼンは銀幕市における胡麻団子愛好会の会長である。何故ならば、銀幕市に着てから、甘味処・あじいち という店の主人の世話になっている影響で胡麻団子をこよなく愛するようになったからである。
 日々、胡麻団子及び甘味全体の素晴らしさを伝道するために奔走している。
 そういえば聞こえはいいが、ただ単に気の合う仲間と甘いものとお茶を囲んでまったりのんびり時に騒がしくすごす、という趣旨と、甘味情報が早く耳に入ったり、割引券がもらえたり、会長の手作り御菓子がもらえたりという特典もある。会員は着々と集まっている。
 集合場所は大抵あじいちの軒先だ。
 世話になっている、場所を借りているというだけではないが、スルトはよく店の手伝いをしている。
 この日も朝も、いつもと同じように、軒先を箒で掃いて掃除をしていた。
 ぷおお、と豆腐屋のラッパの音が聞こえる。あじいち近くの豆腐屋のものだろう。あそこの豆腐は実に美味い。スルトも何度も食べたことがあるし、割と知人に薦めたりもしている。
 このあたりの住民は、スターに偏見を持っていない。
 スターだけが罪を犯すものではない。人間だけが正しいのではない。
 店の中に箒と塵取を片し、のれんを上げる。一般的な開店時間にはかなり早いのだが、あじいちには胡麻団子愛好会会員の他に、店主の知人もよく集るし、通勤前等に午前のおやつ用として胡麻団子をはじめとする自慢の商品を買っていく客もいるのだ。
 背の高いスルトにはたいした労働ではない。
 のれんを上げるには背中を路地に向けなければならない。
 だからというわけではないかもしれないが、一人の青年に気が付かなかった。早朝の静かな商店街では気配を探る必要は無い。
 その青年は、周りをきょろきょろと見回している。何かを探しているようだ。
 臙脂色の羽織を着たオッドアイの青年―昇太郎だ。
 スルトとは親友と言っても差し支えないほど、打ち解けている。
 ふいと振り向いたスルトが昇太郎を見つける。何をしているのだろう、と首を傾げつつ、片手を挙げて彼を呼び止めた。
「どうしたんだ、昇太郎?」
「スルトじゃないか。こがな所でどうした……って、お前の家この辺りじゃったんか」
 にこりと笑う昇太郎は、とても齢二十九には見えない。スルトは二十歳だが、外見だけなら自分と大して変わらないんじゃないかという気もしてくる。
 童顔ということもあるだろうが、とてもじゃないがスルトより九つも年上には見えない。
「豆腐買うて来いってゆわれたんじゃが、見失ってしもうて。音を頼りにこの辺りまでは追い付けたんじゃが……スルトの家の近ぉだったとは気づかんかったわ」
 困ったように、しかしスルトに会えた安堵感からかどこか安心した様子で昇太郎は笑った。
 なんでも、朝食のメニューに、昇太郎の同居人の不良天使がいきなりわかめと豆腐の味噌汁を飲みたいと言い出したらしい。昇太郎としては最近食というものをきちんと味わって食べることに目覚めた所為もあり、異存はなかった。
 が、問題は、彼らの住まう部屋に豆腐がなかったこと、食事を作ることができるのが昇太郎の相棒である男だけだった、ということである。
 早い話が、俺が作るんだから我侭言うやつが買ってこい、というわけである。
 腹黒い天使と素直な昇太郎では、買いに行く面倒を被る事になるのはどちらになるか、まさしく火を見るより明らかだった。
 その様子がまさしく手を取るように想像出来たスルトはこっそり苦笑した。
 昇太郎が追いかけていたであろう豆腐屋は、近所の豆腐屋に間違いはないだろう。なにしろ、最近は豆腐屋が自転車で売りに行くという光景は殆ど見ない。スルトが感じていることではない。あじいちの主人夫婦がなにかの際に呟いていたのだ。スルト自身は砂漠の生まれだしそもそも豆腐というものが無い場所で暮らしていた。食べてみたら存外美味かったし、奇を衒ったものでもないのにバリエーション豊かなのにも感動したものだ。しかしそれでもスルトにとって、胡麻団子以上のものは無いのだが。
「あの豆腐屋、多分午前の分はもう売り切れてると思うぞ? 大体いつもそうだからなぁ……」
「そうなんか。そりゃぁ困ったの。スーパーで売っとるんじゃだめってゆぅから、追いかけてきたのに」
 空の桶を所在無げに弄る昇太郎を見て、スルトは出来るなら豆腐を都合してやりたいとは思う。目の前で友人が困っていたら何とかしてやりたいと思う者が人たる所以だろう。友人でなくてもスルトは昇太郎も手を貸しただろうが。
 残念ながら、あじいちの冷蔵庫には豆腐は無かった。無いよりはマジだろうが、コンビニには確実にあるかどうかが判らない。コンビニ巡りの旅は想像するより辛い。駅前スーパーもまるぎんも開店時間にはまだまだ遠い。
 大の男が二人揃って甘味屋の前で腕と桶を抱えて途方に暮れていた……が。
 スルトがポン、と古典的な仕種で両手を打った。
「どうしたん?」
「確実に豆腐がありそうで、もし無くても作れそうな奴がいるだろ?」
 悪戯っぽい笑顔を浮かべたスルトをしばらく不思議そうに見ていた昇太郎だったが、スルトが言外に忍ばせた相手を理解した瞬間、嬉しそうに笑った。




 刀冴は素早い手つきで湯浴みを済ませた。友人達を出迎えるのに汗まみれというものは無礼だ。たとえ男同士であったとしても。
 水の精霊達がここぞとばかりに手伝うものだから、いっそう早い。
 火の精霊が瞬間的に体を熱くし水分を飛ばす。そのお陰で髪が瞬間的に乾いていく。どこが一部が火傷しているとか焦げているとかは全く無い。刀冴が精霊達に簡素だが気持ちのこもった礼を言うと、心からの喜びを全身全霊で表している。
 いつもの衣装に着替え、せめて玄関先で出迎えようか、と靴を履く。
 とんとんと爪先を地面に打ち付けると硬い音が聞こえる。刀冴は武人であるから、保護目的と蹴り上げた時に威力があるようにと硬いものを使用している。銀幕市に着てから知った、スニーカーというものはいまいち履き心地が合わない。軽くて機能的で実用的、と履いている友人はいっていたが(後デザイン性も高いらしいがその辺りのことには頓着しない性質)、軽すぎて少し本気出して走ったら破れてしまいそうな気もするから、少なくとも刀冴にとってスニーカーは実用的でも機能的でも無かった。
 古民家の古びてはいるがしっかりとした玄関から出ると、スルトと桶を昇太郎がゆっくりと歩いてくるのが見えた。


「よう、スルトに昇太郎!」
 刀冴が二人の名前を呼ぶ。よく通る、風のような声だ。
「おはよう、実は頼みがあっ……」
「頼み? 何だよ、どうしたんだ?」
「あ、いや……大した事じゃないんだが……」
 満面の笑みで出迎えた刀冴に、スルトは若干硬直していた。
 彼は昇太郎をとても可愛がっているようだ。それは知っている。
 しかし。
 ものには大抵限度がある。いくら昇太郎が丈夫……だからといって、刀冴渾身のヘッドロックは如何なものだろうか。
 昇太郎も刀冴も楽しそうにしているから、力加減に問題は無いのだろう。まるで大型犬二頭がじゃれあっているかのようで微笑ましいし、ちょっと可愛らしくも見える。スルトが一番年下ではあるが、人との接し方においては一番落ち着きを持っているのかもしれない。
 だからこのヘッドロックも、シャイニングウィザードやスリーハンドルファミリーグラダンザでないだけ良いのだろう。刀冴がそういったものに詳しいとも思えない。
 因みにスルトだって別に詳しくは無い。
「つうかスルトも久しぶりだな!」
 やっと昇太郎を解放した刀冴が、にっこりと笑いながらスルトの肩を思い切り叩く。
「いたたたたたた!? た、確かに久しぶりだな……すまなかった」
「いや許さねぇ。 ってのは冗談として。元気なら、別にいいさ、便りが無いのは元気な証拠って言うしな」
 からからと笑う様子はやはりいつも通りの刀冴である。剛毅で豪胆な青狼将軍だ。
 刀冴の後ろでは昇太郎が桶片手に、空いている手で首をコキコキとしている様を見てしまうと、うっかり「自分でなくて良かった……」と思ってしまうのもまた事実だった。しかし刀冴のことだから、自分が相手の時はもっとちゃんと力を加減するのだろうなぁ、とも、思うのだった。


「豆腐? あーっと悪ィ、夕べ湯豆腐して使っちまったわ」
 上がれよ、と家主に言われる前になんとなく自然な流れで、スルトと昇太郎は古民家に上がった。無遠慮なのではなくて、古民家は、そういう場所だった。
 座敷に通されて、温かいお茶を刀冴が淹れる。そこで二人連れ立ってやってきた理由を語る。スルトは無沙汰をしていたが、昇太郎は度々ここを訪れている様だった。
「そうなんか……ほぃじゃがどうするか……」
 ううむ、と昇太郎は唸る。まだ床に桶を置かずに大事そうに抱えている辺り、真面目なのか子供っぽいのか。
「無かったら刀冴に作って貰おうかと思ったんだが、迷惑だったか?」
「ンな訳ねぇだろ。 作れんだけどな、そもそも豆腐ってのは大豆から出来てる。この大豆を一晩漬けて置かなきゃなんねぇんだ。それさえありゃ、ちょいと時間はかかるが作れるぜ」
「そうなんか……」
「とりあえず、飯食ってけ、な? まだ食ってねぇんだろ? 勿論スルトも食ってくよな?」
 朝食を摂っていてもまたここでも食っていけ、と言わんばかりの断定にスルトは嬉しそうに「勿論だ」と頷いた。刀冴は時として人の話しを聞かないが(誰とは言わないが例えば昇太郎の相棒とか)、その割りに言動が押し付けがましくない。
 そこが刀冴の刀冴たる所以……と例えるのは大袈裟かもしれないが、刀冴が色んな者から慕われる要因なのだろう。スルトもそこに惹かれているのだ。そしてきっと、昇太郎も。
「俺まだ食べとらんから、楽しみやけん」
「おう、期待してくれていいぜ。待ってな」
 刀冴が腰を上げて厨へと向かう。
 待っているだけと言うのも落ち着かないから、二人は手伝いを申し出たが、そこは断られた。別に二人が料理に不慣れだからということではないだろう。多分。
 昇太郎は以前幾度か食事作りを手伝ったことがある。
「待っちょるだけって、落ち着かんな」
 きょろきょろと辺りを所在無げに、昇太郎は辺りを見回す。湯のみにもう三分の一程度しかお茶が残っていなかったから、スルトは昇太郎の分を足してやった。
 ふいと手を伸ばした昇太郎がお茶が増えていることに全く気づかず、持った瞬間の重さに驚愕している。昇太郎はこびとさんを信じるタイプかもしれない。
 増えていることに気付きながらも、不思議そうに首を捻る。口をつけるから、不信感は無いようだ。
 スルトと昇太郎が少しづつまったりし始めたころ、座敷に香ばしい香りが届く。
 刀冴が大きな盆に朝食を載せてやってきた。
 白米と、ほうれん草の白胡麻和え、タラとエノキのホイル焼き。それと敢えて味噌汁ではなく梅のスープ。
 ホイル焼きのバターの香りが程よく強くて食欲をそそる。
 普段はホイルなどは殆ど使わない刀冴だから少し珍しいメニューだった。だからと言って食欲に変更があるわけでは無い。
「待たせたな、さ、食おうぜ!」
 どっかりと座った刀冴を合図とするかのように、三人は両手を合わせて、「頂きます!」と、旺盛な食欲に任せるがままにがつがつと食べ始めた。



 なにがどうなって、三人そろって街に下りてきたのかは定かではない。
 腹ごなしの散歩を兼ねているのかもしれないし、何か買い物でもあったのかもしれない。もしくは、豆腐を買いに来たのかもしれないのだが、男三人は特に何かの目的があったような気もするし。ない気もする。
 とにかく、ぶらり旅なのだ。
 その過程で、生活必需品などはちょこちょこ買い足していたから、荷物の量はそれなりになっている。男三人で持てば、一人当たりの負担はかなり軽くなってはいる。
 昇太郎はまだ豆腐の桶を持っているから、豆腐のことは忘れていないのかもしれない。
 そしてなんとなく、対策課に顔を出した。
 三人ともそれほど頻繁に対策課の依頼をこなしているわけではない。だから訪れるのは割合久しぶりになる。
 しかし対策課はいつもの通り喧騒に包まれている。よく顔を出す眼鏡の職員も奥さん大好き職員もわんこ的職員も、ある意味珍しく仕事をしていた。
「騒々しいなぁ」
 刀冴が邪魔にならないように、と、端によって対策課を見回す。
「そうじゃのう。こがに騒がしかったか?」
「こんなものじゃなかったか? いや、暫く着ていないからうろ覚えなんだが」
 デカい男が三人いると、かなり目立つ。
「最近はこんなもんみたいだよ、僕も最近は着てないから、人伝に聞いただけなんだけど」
 振り返ると、すらりと背の高い、黒髪の少年然とした人物が立っていた。
 鳳翔優姫だった。
 昇太郎は初対面だったが、刀冴とスルトは知り合いであるようで、片手を上げて挨拶をしている。
「あ、どうも。僕は鳳翔優姫。ヨロシク」
「昇太郎じゃ。よろしゅう頼む」
「で、みんなはこんな所で何してるの? 今、目立った依頼はないみたいだよ」
 じっと刀冴を見上げて、優姫は言う。
 その視線はまっすぐ強いが、どこかに迷いがあった。刀冴に何か思うところがあるのかもしれない。うら若い少女の視線なのに全く色恋の予感を感じさせないのもある意味凄いといえば凄い。
 刀冴も優姫もそういったものからは縁遠いようだ。その辺りは似たもの同士なのかもしれない。
「や、俺らはぶらっときただけなんだよ。あとは飯の買出し、かな」
 しかし刀冴のそんな優姫の視線に気づいているのかいないのか、全く変わらない態度で話を続ける。
「暇ならお前も来いよ。昼飯だけじゃなくて夕飯も用意するぜ?」
 誘いの言葉に、優姫は一瞬の躊躇いを見せる。
 スルトや昇太郎の顔は嫌がっているそぶりなど欠片もない。そういう気持ちがないのだから、そぶりも出ないのは当然なのだが。
 また優姫は刀冴をじっと見上げてから、
「そうだね、僕もお邪魔しようかな。確か刀冴さんち、自家製の野菜作ってるんだよね」
「おお、美味いぜ。是非食っていってくれよ」

「……あれ、刀冴さんにスルトさん」
 またしても声をかけられて四人がほぼ同時に振り返ると、優姫とは逆の、たおやかな女性然とした青年がいた。
 薄野鎮だった。
 片手を何故か上下に手を振っている。挨拶ではない。遥か後方に怯えた屈強な男がいるから、また鎮は女性と間違われてナンパでもされていたのだろう。
 屈強な男達に外傷は見当たらないから、別の何かで鎮自身が男だからそんな事しないでね☆アピールでもしたのだろう。鎮は弱いものに戦闘をせざるを得ない場所以外で暴力を行使するほど愚かではない。
 優姫も鎮とは初対面だったが、何度かお互いジャーナルで見かけたことはある。簡単に挨拶を交わした後、やはり刀冴を中心に話が進む。
 優姫は男衆をじっと見る。
 刀冴の持つ雰囲気というものは不思議なものだ。周りを自然と和らげ明るくする。

 優姫は自分の手を見る。
 ―以前刀冴と会った時のことで、ずっと、心が落ち着かないままだ。瞳を閉じても、晴れることはない。
 だから刀冴を見かけたとき、意識するより以前に彼に声をかけていた。刀冴は何もなかったかのように、まるで親しい友に向けるものと同質の笑顔をくれた。
「僕もお邪魔していいんですか? 嬉しいな、じゃあ、遠慮なく」
 女性然とした柔らかい微笑を浮かべる。
「そうだ、何が食いたい? それ決めた方が色々楽だからな」
 対策課の一端で話し込むのも迷惑だろう、ということになり、ゆっくりと古民家への道を歩く。
 本来ならば紅一点である優姫の歩調に合わせるべきなのだろうが、百七十センチを超える長身の為、一番小柄で歩幅もこのメンバーの中では小さいと思われる鎮に併せていた。
「この時期大根と白菜が美味しいですよね〜、風呂吹き大根とか、シンプルに鍋とか。美味しそうだ……」
 幸せそうに鎮が言うと、スルトも同意するように、
「鍋かぁ、いいよな。あとは葱と人参もたっぷり入れれば文句ないな、俺は」
「鍋は煮るもんじゃないんか?」
「料理のことだよ。でっかい土鍋に入れて野菜とか肉とか魚とか入れて煮込んで、皆で食べるんだよ」
 うっかり昇太郎がかましたボケ(というか、本当に知らなかったらしい)に、優姫が珍しく解説している。
「そうなんか! そうやって食べるんも楽しそうじゃのう!」
「よし、じゃあ今晩は鍋だな!」
 基本、刀冴は昇太郎に甘い。彼がそう言ったらもう夕飯は鍋である。
 スルトや鎮も喜んでいるし、優姫も異存無い様なので、話はどんどん進む。
「肉は買ったからな、野菜はうちにあるからな。ちょいとばかり収穫に時間かかるから、まあ待っててくれよ」
「いや、俺も手伝うわ。待っちょるだけなんも暇やけん。な、スルト?」
「ああ、そうだな。収穫も楽しそうだし。持て成されるだけってのも……落ち着かない」
 そうか?と刀冴は首をかしげた。大切な友人の為に大切に育てた野菜を収穫するのは何の苦痛にもならない。喜んでもらえるのが何よりの喜びなのだ。
 しかし手伝ってくれる、というよりも、一緒に収穫をするという事がとても喜ばしい事かもしれない。
「じゃあ僕にもお手伝いさせて下さいね、殆どしたことないけど」
 鎮も苦笑しつつも申し出る。その割りに表情は楽しそうだ。
「僕は殆どどころか全くしたことないけど。いい?」
 楽しそう雰囲気に影響されたのか、優姫も参加表明する。
 刀冴は勿論だ、と言った様子で笑う。からからと。
 それを見てまた、優姫の胸の奥は澱んだ。






 香玖耶・アリシエートはご機嫌だった。
 何故か。
 まるぎんのセール品を見事にゲットできたからである。
 タイムセールではなかったから、その時よりは激戦区ではなかったかもしれない。しかし勝利は勝利である。
 以前依頼が来て行ったタイムセールは戦場と呼ぶのに相応しい場所だった。
 エルーカとして生きて千年余り。あれほどの戦場は駅前のタイムセールくらいだろう。勿論過言。
 台所洗剤と浴槽用洗剤は何故か同時に無くなる。シャンプーとリンスは無くなるタイミングが全く違う。今回は洗剤2種類を買うだけだったので、それ程の重みは無い。
 よく晴れている日だったから、香玖耶は遠回りしてのんびりと帰ろうと思っていた。途中で疲れたらバスに乗るなりすればいい、とウキウキとして歩いていた。
 ……タクシーを呼ばないのか、という意見は却下である。別に儲かっていないわけではないが、裕福なわけでもないのだ。タクシーなんていう贅沢品は控えるべきだ。うん。
 杵間山は今日も太陽によく栄えていた。
 いつもは遠めに見るだけで、あまりこの辺りに来たことは無かった。だから気が付かなかったのだ。杵間山の一部分に精霊達が集い、そしてとても動きが活発だということに。
 精霊と共に生きるエルーカたる香玖耶にとって、見過ごせないものだった。
 まるぎんの袋に入った洗剤を抱えたまま、香玖耶はヒールのブーツのまま、軽快に杵間山を登っていった。



 香玖耶の周りを、小さな精霊達が飛び交っていた。
 精霊達には香玖耶が害を成す者ではないということが判っているのだろう、くすくすと可愛らしく笑いながら飛び回る。香玖耶も挨拶をするが、元来彼らは気まぐれな生き物だ。
 ふと辺りを見回すと、風の精霊も火の精霊も水の精霊も、とにかく、その場に存在している全ての精霊達が活発なのだ。
 香玖耶の元々いた世界にいる精霊達とは少し性質が違うかもしれない。しかし彼らと通じ合えることに違いは無いらしい。
 精霊達がいつの間にか香玖耶を導く。
 −コッチ、コッチダヨ、オイデ。
 導かれるままに香玖耶は足を進める。どう勘繰っても騙されているとも思えない。それに何より、精霊達が楽しそうなのだ。自分達の愛する者達を自慢したくてたまらない、と言わんばかりに、精霊と通じ合うことの出来る香玖耶を導いているのだ。
 それが判るから、尚の事、香玖耶は精霊達の導く先に興味があるのだ。
 一体誰が。
 もしくは何が。
 精霊達を惹きつけて止まないのか、と。
 

 やがて笑い声が聞こえた。
 仲間同士なのだろうか、悪意の無いからかいの声と明るい話し声。なにやら作業中であるようだ。
 広大というほどではないが、見通しのいい空間に野菜が植わっている畑があった。そこに、若い男性4人と女性1人―いや、若い男性4人と少女が1人、いた。
 全員知らない顔であった。しかし全員、幾度もジャーナルで見かけたことのある顔でもある。
 その中の一人、漆黒の髪に透き通った青い瞳をした男の周りが一番、精霊達が活性化していた。
 彼等はいわゆる農作業中らしい。香玖耶はしたことはなかったがそれは判った。
 精霊達に愛されている男がまとめ役となっているのか、色々と指示を出していた。その指示も決して命令口調なのではなく、アドバイスと言ったほうが適切だろう。
 両腕に包帯を巻いた少し髪に癖のある青年も、臙脂の羽織を着たオッドアイの青年も、慣れない手つきながら楽しんでいるように見受けられる。
 女性と見紛う青年はちょくちょくアドバイスを求めてその通りに実行していたから不慣れなのであろうが、器用に作業をこなしていく。飲み込みがかなり早い。
 少年然とした少女は、勝手が判らず、青年達の作業を手伝おうとしていた。端整な顔立ちが土で汚れていたが、本人は全く意に介さず、彼女なりに懸命に働いていた。
 だからか。
 香玖耶は納得した。
 自然と共に生きるからあの男は精霊達に愛されているのか、と。そしてその男に集うもの達もまた、そうなのだろう。
「……ん? どうした、うちになんか用か?」
 少し離れた場所にいた、武人の男がよく通る声で香玖耶に声をかけた。
「あ、ごめんなさい、勝手に覗いちゃっていたわ」
 はたと自分がまるで覗きと疑われても仕方ない様な、じっと見つめていたことに気づき、香玖耶は素直に謝る。そんな気は毛頭無くとも、人様の敷地を勝手に見ていたのは事実だ。
「いや、気にしないでくれ。ただ野菜取ってるだけだからな、夕飯分の」
 男は―刀冴は、勿論何の誤解もせずに笑った。スルト達も一旦作業の手を止めて、香玖耶に声をかけた。
「ありがと。 だって、山の麓の辺りで気が付くほど、精霊達がとっても楽しそうで活き活きとしていたのよ。どんな人達が住んでいるのか気になっちゃって」
 心地よくたなびく風に香玖耶の銀糸の髪がさらさらと揺れる。
「ああ、知ってるよ」
 笑顔で刀冴は返事をした。
 周りの精霊達も嬉しそうに空気を奏でる。
「ふふ、本当、楽しそうだわ」
「あんたも手伝って言ってくれるか? こいつらもそうして欲しいみぇだしさ」
 こいつら、とは精霊達のことだ。
 香玖耶は紫の知性的な瞳を何度か瞬いた。
「いいのかしら? 私、こういうことやったことが無いのよ」
「俺達もないさ。でも刀冴が教えてくれるし、みんなでやればそんな事問題じゃない」
 スルトが額の汗をぬぐいながら香玖耶に言う。昇太郎は沢山取れた白菜を抱えて、少しバランスを崩しかけていた。気づいたスルトが慌てて昇太郎を支え、鎮が抱えている白菜をかなりの絶妙な配置に直す。鎮よりも昇太郎のほうが背が高かったから、伸び上がる羽目になっていたのだが、傍から見たら微笑ましい光景だった。
 優姫は何とか自分で抜いた大根に甚く感動していて、丁寧に丁寧に泥を落としていた。
 成程確かに全員手つきは不慣れだった。
「よーっし、じゃあ、私もお手伝いさせてもらうわね!」
「おお、ありがとな。 っと、悪ィけど、外套と靴は履き替えてもらえるか? 土が痛んじまうからさ」
 刀冴が示した先は、古民家の軒先だった。ブーツのヒールは確かに少し高めだったから、言われたとおりに香玖耶は畑には入らず迂回して軒先へと向かう。素人でも、着ていたら作業の邪魔になるということは判るのだが、この寒空の下コートを脱ぐには勇気がいる。が、意を決してコートを脱ぐと、これが寒くなかった。
 見れば、1人として厚着してはいなかった。
 作業をしているからだろうか。と思っていたがどうも違うらしい。これも刀冴の力の一つなのかもしれない、と漠然と思った。

 

 農作業は終始騒々しかった。
 しかし煩わしい騒がしさではなかっただろう。
 土の中からミミズが出てきてうっかり香玖耶が絶叫したり、昇太郎が白菜を抱えたまま歩いていたら持ちすぎて前が見えなくなって転びそうになっていたり、スルトが抜けにくい大根を力いっぱいにして抜いたらその反動が強すぎてころんっと見事に後ろに転がっていったり、優姫はうっかり大根の葉っぱはいらないものだと思ってしまい鉈で丁寧かつ綺麗に大半をそぎ落としていたり、そういうことはあった。
 夕飯の分は十分に収穫できたし、後で漬物にする分もばっちり穫れたから、農作業は一旦打ち止めになった。夕飯の支度をするのにも丁度いい時間になっていた。
 顔にも泥がついしまったし、手も足も泥まみれだが、誰一人として嫌がってはいなかった。
「皆泥だらけじゃ。 香玖耶、ほら、額についとる。ここの辺」
「ええっ!? やだ、ちゃんと拭いたと思ったのに」
 刀冴から人肌温度のタオルが差し出されて、顔などに付いた土は各々それでふき取っていた。手足に付いたものは簡単な湯浴みで落とした。
 昇太郎は香玖耶を指摘したが、そういう本人も、何故か首の後ろに土が付いていた。ある意味器用なのかもしれない。
 スルトが苦笑しながらそれを拭ってやっている。
 その様子を横目に、鎮が刀冴と話している。
「じゃあ、僕は野菜を洗っておきますね。出汁は昆布でいいですか?」
「おう、頼んだ。俺ぁ鍋持ってくるからよ。そうだな、あとは酒と醤油で味付けするわ」
 厨では先に運ばれていた野菜の山(文字通り山だった)を前にして、手を丁寧に洗った鎮が大作業に入ろうとしていた。他の具材である春雨や豚肉は既に用意されていたから、それらはとりあえず端に除けておく。
 一番外側の葉を丁寧に剥がして、しかしそれを暫く見つめる。
 確かに表面の部分だから中の葉よりは傷ついてはいるけれど、味に差はないだろうし、土を落とせば文句なしに食べられそうだから、勿体無いと思った様だ。
「あ、そうだ♪」
 なにやらいい思い付きをしたらしく、鎮は鼻歌交じりに作業を開始した。



「―刀冴さん」
 物置へと向かう刀冴を、後ろから優姫が呼び止める。
 覚醒領域を使わずとも誰がいるのかは判っていた。だから、警戒する事はないが緩慢とはしない動作でしかしゆっくりと振り返る。
 まっすぐな視線の中にある一欠片の迷い。
 対策課であって以来、彼女は何かに迷っていた。苦悩というほどではないだろう。しかし、優姫の中で自分1人ではどうしようもない澱が溜まり始めているのだ。
「−どうしたよ」
 刀冴はその視線をはぐらかす事無く受け止める。優姫が何かに惑っているのには気付いていたが、彼女から言い出してこないから澱の正体は断定までは出来なかったし、それに―
「この間は、ごめんなさい」
「こないだ……? ああ、あん時の事か? あれは別に謝ってもらう事じゃねぇよ、それにあんたは操られていたじゃねぇか」
 以前―スターを憎む団体を潰す、という依頼があった。
 その時優姫は操られて、刀冴と本気で殴り合いをしたのだ。
 事も無い風で、気にするな忘れてくれ、と言外に潜ませた刀冴だが、優姫はピシャリとはねつける。
「それは違う。……いや違うっていうのもどうなんだろう。でも、操られていたから許されるっていうのは違うと思う」
 その言葉ははっきりと迷いがなく、澱を感じさせない強さがあった。
「夕飯の後でもいいから、僕と……手合わせをして欲しい」
 おかしな申し出ではない。
 優姫の戦闘能力は少女の身でありながらも、かなり高い。守ってもらうだけの心身ともに共に弱い少女では決してない。―もしかしたら、刀冴も優姫も、お互いのことを“自分よりも尚甘い”と認識はしているかもしれないが。
 だが刀冴は、首を左右に振った。
「……どうして?」
 優姫が女だからとか、そんなつまらない理由で断る男ではないということを、短い付き合いの中でも知っている。
 刀冴も何が原因で優姫が惑っているのか、察しがついたからこそ、首を縦に振ることは出来なかった。
「そいつぁ、俺にはどうする事も、どうしてやる事もできねぇよ」
 悲しいほど優しい目で、穏やかな声色で、刀冴は勇気を諭した。
 胸の中に惑った澱は簡単には除去できない。例え第三者の力を借りたとしても―むしろ借りてしまうと、澱は掻き出せても新たな澱が溜まるだけだ。
 なら僕はどうしたらいい?
 そう叫びそうになるが、叫んだ所でどうにもならない。
 それこそまさしく、“自分でなければどうにか出来ない”事なのだろうから。
「座敷で待っててくれよ、美味いもん作るからさ」
 そう言って鍋を取りに向かう刀冴の背中を見つめながら、優姫は自分の胸元をぎゅうと強く握り締めた。手の甲が尚白くなる程。




 ぐつぐつと鍋が少しずつ煮立っていく。
 昆布と醤油、みりんと僅かな酒の香り。野菜の甘いにおい。
 なれない農作業で刺激されまくっている食欲中枢にはあまりにも刺激的な香りだ。
 大の男が一抱えも出来そうな巨大な鍋に、これでもかと入れられた野菜が美味しそうにくたりはじめている。
 鍋将軍、という訳ではないが、鎮が誰もが取りやすいようにと配置を整え菜ばしで野菜や肉を放り込んでいく。
 準備段階において、刀冴、鎮、スルトと香玖耶は食事の支度をしていたのだが、あまりに不器用で危なっかしい昇太郎は不慣れな優姫とともにテーブルを片したり拭いたり、皿を並べたりという作業に従事していた。
 鍋の取り皿の側にはスープが用意されていた。
 鍋にスープというものはミスマッチかもしれないが、案外イケるものである。
 これは鎮がチキンブイヨンベースに作ったものだ。スープに入れてしまえば、多少の見た目の悪さは問題にならなくなる。ちょっぴりのエノキと刻み葱が最高のトッピングとなる。
「よし……そろそろ、かな? どうでしょう、刀冴さん」
 流石に最後の微調整は刀冴に任せる。
「……いいんじゃねぇ?最高に食べごろだと思うぜ」
 にやっと悪戯が成功した子供のように笑う刀冴を見て、昇太郎と香玖耶が目を輝かせる。二人とも、鍋を食べるのは初めてらしい。ムービースターで、それも日本人でなければ無理もない。
 スルトはあじいちで何度か食べたことがあるし、優姫はスターだが日本人だ。鎮はファンの日本人だから、むしろこの時期に鍋を食べないなんて人生損している、とか思っているかもしれない。
「とってもいいにおい……! でもこれ、どうやって食べるのかしら?直接とってもいいの?」
 香玖耶が隣にいたスルトに尋ねる。
「ああ。取り箸ってのもあるみたいだが、直接取っても平気だ。この大き目のスプーンで少しだけ鍋のスープをすくって後から具を皿に入れると、美味い」
 見本を見せるように、スルトが器用に大き目のスプーンと称した散蓮華を使って、スーパーで買ってきた豆腐をすくい続いて箸で野菜等を取る。
 それを皮切りにしたのか、各々鍋に箸を入れる。
「……あちっ! あ、でも甘い……」
 大根を口にした優姫がその甘さに感嘆する。
「はふ。体があったまりそうね、美味しいし……」
 幸せそうに香玖耶が言う。鍋の温かさは確かに体を芯から温めてくれる。
 刀冴も鎮もスルトも、問題なく好きな具材を拾って何度も食べている。
 ―あ、その肉僕が目をつけていたのに!
 ―残念、鍋は早い者勝ちだからね。頂きまーす。
 ―鍋ってサバイバルなのね!? 負けていられないわ!
 ―いや別にそういう意味じゃないと思うんだが……
 ―ははは、まあいいじゃねぇか、ほれ、みんなもっと食えよ……ってあれ昇太郎?

 1人、昇太郎だけが。
 散蓮華を使っても尚、豆腐をうまくすくえずに四苦八苦していた。
 ―勿論その後、その場にいた全員で昇太郎の取り皿に具材を入れたことは言うまでもない。





 大きな月と瞬く星が空に浮かんでいる。
 食後の腹ごなしと熱くなった体を落ち着かせるために、縁側で全員、茶を飲んでいた。
 体感温度は変わらないが、鍋で火照った体に冬の夜の風が心地よい。
 何を語るべくも無く、ただ全員、風に身を任せ月を愛でる。
 適当な話を、という無粋な真似がいらない心地良さがあった。
 古民家には時計というもの無い。
 日が昇れば目を覚ますし、月が満天に輝いて睡魔が訪れれば眠る。そういう感覚が古民家にはある。
「……あ。いくらなんでもそろそろ帰らないと」
 どれだけの時間が過ぎていたのか判らないが、優姫が忘れていた、と言わんばかりにはたと言い出した。
 鎮がそういえば、と携帯電話を取り出して時間を確認すると、もう二十一時を回っていた。
 優姫の言葉を皮切りに、時間のことも照らし合わせて、めいめい立ち上がる。
「あ!」
 突然、昇太郎が声をあげる。なんだ?と全員が驚いて昇太郎を向くが、彼は困ったように眉を顰めて呟いた。
「豆腐のこと、すっかり忘れとった……」
 刀冴とスルトが顔を見合わせて暫く沈黙し、二人で大笑いする。
「そうだ、何か忘れていると思ったら、昇太郎の朝食か……っ!」
「……なあスルト、そがに笑わのうてもええじゃないか……?」
 流石に憮然としてそっぽを向くが、刀冴やスルトに宥められて何とか機嫌を直したようだ。
 鎮と優姫と香玖耶は豆腐のことは全く知らなかったので、頭にハテナを浮かべて首を捻っていた。
「さて、と……今日はご馳走様。ありがとう」
 コートを着なおした香玖耶が、丁寧に刀冴に頭を下げる。
「それじゃ俺達もいぬるわ。どうもご馳走さんじゃった」
「機会があったら手伝わせてくれな、楽しかった」
 昇太郎とスルトは途中まで一緒という事もあり、香玖耶を送りがてら帰るそうだ。ムービースターとは言え、女性の一人歩きは宜しくない。というスルトの配慮だ。
「本当にいいんですか、後片付けしなくて」
「おう、気にしないでくれ。俺とウチの小煩いのでやっちまうから」
 鎮がマフラーを巻きなおしながら、申し訳なさそうにしている。食べるだけ食べて後片付けをしないというものは、彼にとって少し収まりが悪かったらしい。
「……それじゃあ。今日はありがとう、とっても美味しかったし楽しかった」
 まだ少し惑いがあるように見えるが、優姫の言葉は本心からのものだろう。
 鎮は優姫と帰るらしい。
 やはり女性の一人歩きは、ということらしいが、優姫としては自分よりも鎮の方が襲われる確率は高いんじゃないかと思っているのは敢えて口には出さない。穏やかで優しそうな鎮だが、この手のタイプは怖い、と思っているからだった。
「それじゃあ、またな。気をつけて帰ってくれよ」



 玄関から出る五人を、手を振りながら刀冴は見送る。
 スルト、昇太郎、優姫、鎮、香玖耶もつられるように、「また」と返答する。
 暫くは刀冴に手を振るために後ろ向きで歩いていたり危なっかしい足取りだったりしたが、やがて彼等の姿は闇に溶けていく。

 またな。
 
 また。またね。また明日。また次の機会に。

 また会おうね。


 不思議な言葉だ、と刀冴は思う。
 スルトや昇太郎とは何度も会ったことがあるし、友人であるし、彼等も古民家に何度も着てくれている。
 しかし鎮や優姫、香玖耶とは二度目の邂逅であるか初対面なのだ。
 けれども「またな」と声をかければ、必ず近いうちに合えるような、そんな確信めいた予感がある。
 銀幕市は狭くて広い。広くて狭い。
 この街に住んで、騒動に首を突っ込めば近いうちに会えるだろうが、それだけではなくて。
 今日のように日常に溶け込んだ時でも、再び巡り合える気がしている。

 銀幕市に実体化しなければ、こんな奇跡の出会いは無かったのだ。
 彼等をはじめとして、沢山の人と巡り合えたこと、心を通わせられたこと。時に傷つき辛いこともあるがそれらを含めて、全てが尊く大切なものであり、守るべき人や場所を与えられたことに、感謝をせずにはいられないのだ。
 辛いことがあるからと拒絶していれば、その先にある一欠片の希望には決して手は届かない。
 また、という言葉には明日への希望が惜しみなく含まれているような、そんな印象を刀冴は持っている。
 だから言うのだ。何度でも。

 闇に溶けた友人達はもう見えないが、きっと呟きは届いていると、刀冴は信じていた。
「また明日、な」


クリエイターコメントはじめまして。この度はご指名誠にありがとうございました。
遠野忍と申します。

お届けが遅くなってしまって申し訳ございませんでした!
のんびりとした、なんでもないいつもの日常の一端を表現できていれば何よりです。
今回のことが切欠で、皆様の有効がより一層深まればいいなぁ、なんて思っております。

重ね重ね、この度は誠にありがとうございました。
皆様のご活躍をこれからも影からこっそり覗かせて頂きます。
誤字・脱字、言葉遣いの違和感等ございましたら、善処させて頂きますので、遠慮なくご連絡下さいませ。
公開日時2009-01-27(火) 18:30
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