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<ノベル>
★ OPENING ★
ドーム状の天井に、歓声が反響する。
不自然なほど暑い。そして血と汗のまじった匂いが、嗅覚を去ることがなかった。
いくつもの照明が闇を裂き、闘技場を照らし出した。
全方位を取り囲む客席からの声が、いっそう高まったのは、5人の入場があったからに他ならない。
「いよいよか。これで勝てば…………嬉しそうだね」
エドガー・ウォレスは、傍らの桑島を見て言った。
「何? べ、べつにそんなことねえぞ! 普段より強くなれてて気分がいいとかそうことはだな……」
「晴れの舞台じゃからのう。さあ、今度も派手にやってやるわい」
風轟が、豪快に笑った。
「俺はとっとと解放されてえよ」
ギル・バッカスが息をつく。
観客席からの声援が、女性の黄色い声ならまだよかった。だが見渡すかぎり男しかいない。それもかなり暑苦しい。
「そう言うなって。こいつで最後だ。さあ、やってやろうぜ」
屈伸運動をしながら、ジム・オーランドが言った。
5人が歩きだすと、かれらの入場口とは反対側を、ひときわまばゆいスポットライトが照らし出し、いっそう会場の熱気が増した。
天地を揺るがすかのような歓声。
「豪腕!」「豪腕!」「豪腕!」
その人物が、片手をあげて連呼に応える。
屈強な体躯を、金糸の肩章と飾緒で彩られた軍服に包み、男は入場してきた。
異様なことに、その頭部は鉄の仮面で覆われ、風貌をうかがうことはできない。
ドームの宙に投射された映像が、男と、5人のそれぞれの姿を映し出す。桑島がきょろきょろしているのはカメラを探しているからだが、どこにも見つからなかった。
「ファイナルステージへようこそ。この私と拳をまじえることができる栄誉に咽ぶがいい」
男の声が反響する。
『FINAL STAGE』
光の文字が空中に描かれ、高らかなファンファーレが戦士たちを迎えた。
5人がこのムービーハザードに巻き込まれた顛末は省くとしよう。
なにゆえこの5人だったのか、それが本当に偶然だったのかどうかはわからない。役者が揃い過ぎている、というのなら、舞台がそれを欲したのかもしれない。
『豪腕コロッセオ』は、まあどうということはないアクション映画だ。
原作は格闘ゲームで、その世界観をあたりさわりなく映像化したが、大して話題になることもなく忘れられた。
それが今。5人を主人公の位置に据え、ムービーハザードとして銀幕市の一画を占拠していた。これを解くには、物語通り、この壮大な武闘大会を勝ち抜いていかなければならないのだろう。腕に覚えのあるものたちが5人一組でチームを組み、行われるトーナメント戦だ。そして勝者は、この大会の主催であり、最強の戦士とされる「豪腕卿」と戦うことになる。
ジムたちは、まさにその、最後の戦いに挑もうとしていた。
ここまで立ちはだかった幾多の強豪チームは、もとより戦闘能力に長けた面々はむろん問題ないとして、常人レベルの桑島も世界観補正によって身体能力が底上げされていたため、順調に勝ちぬくことが許されていた。
その激戦の数々は、今、闘技場の上にダイジェスト映像で流されている……。
★ BATTLE:01 ★
「仏罰を恐れぬ衆愚の輩よ。われらが威光にひれ伏すがいい」
「ごたくはいい。さっさとやろうぜ」
槍をかついだギルが、首をひねると、コキリ、と音が鳴る。
この闘技場では飛び道具でない武器の使用は認められている。第一回戦の相手――『教令闘神』の面々も、宝剣などの武具を所持し、甲冑を身にまとっていた。
両者が間合いをはかりながら歩み寄る。
ギルの頭上で、大槍が旋回する。
『教令闘神』五大明王のひとり・クンダリーニは、炎のように波打つ宝剣を武器としてもつ。間合いの長いギルの槍のほうが有利そうに見えるが……。
「オン・アミリティ・ウン・ハッタ」
あやしい呪文めいた声音とともに、繰り出された一撃は、
「!?」
すんでのところでギルの喉元をかすめた。
やつの腕が長く伸び、一気に間合いを詰めてきたのだ。抜きん出た動体視力を誇るギルでなければ喉を掻き切られていた。
「ンだよ、このでたらめなのは!」
「仏罰である」
巻き戻されるように腕が戻る。梵字をかたどった青白い燐火が燃え、クンダリーニの周囲に踊った。そしてそれが炎の弾丸と化してギルへと射出される。
ギルは槍をふるってそれを叩き落した。
そうしながら、大股に駆けて敵へと迫る。
「オン・アミリティ・ウン・ハッタ」
再び、腕が伸びる奇怪な術で読みづらい攻撃が仕掛けられる。それさえかわし、槍の穂先が大きくを弧を描いた。
「!」
だがクンダリーニはこれを避ける。長い槍を近接した間合いで振るっては動きが大きくなりすぎた。切っ先がリングに突き刺さる。
「これすなわち因果応報。諸行無常、色即是空なり!」
勝ち誇ったように、掲げられた宝剣が炎に包まれる。
それが振り下ろされる――よりも、早く!
「バカが!」
地に突き立った槍をそのまま支柱にして、ギルは地を蹴り、その身体が宙を舞った。体格に似ぬ、体操選手のような動きだ。豪快な蹴り技が敵を狙う。
相手の獲物は槍だとばかり思っていたクンダリーニは反応が遅れた。それでも、身をそらして直撃を免れたのはさすがというべきだ。だがそれさえ、ギルの読みのうちだった。
「……ッ、な、なんと……」
ブーツの踵から飛びだしたナイフが、正確に、クンダリーニの甲冑の隙間を貫いている。
それが決着だった。
★ BATTLE:02 ★
「ちょっとまて! なんだあれ! 反則だろ!」
桑島が喚いたが、聞き入れてくれるものは誰もいなかった。
「俺達にルールなんざ関係ねぇんだよ! 俺達はすべてに反逆する! 俺達に明日などない!!」
二回戦。対戦チームは『怒羅魂道(ドラゴンロード)』。
桑島の相手をつとめる「ぶっちぎりの虎鉄」はなんとバイクに乗っていた。どうやらこのバイクも「飛び道具ではない武器」として認められているようだ。実際――、それは武器だった。唸りをあげて疾駆するバイクは、虎鉄自身が着るレザージャケットと同じく、鋭いスパイクをその身にはやし、かすめられただけでも傷を負う。
それが、まるで曲芸乗りのようにトリッキーで巧みな動きで桑島を追い回していた。
世界観補正によって戦闘力が増し、警察柔道で敵を打ち倒してきた桑島だったが、バイクとどう戦えばいいというのか。
「夜の校舎窓ガラス壊してまわった俺様の釘バットをくらえ〜!!」
「バイクだけでも物騒なのにバットとかねーだろ、うお!」
釘バットがかすった頬に、血の筋が流れる。
「わしに代われ! あんなもの、つむじ風で吹き飛ばしてやるわい!」
リング外で風轟が叫んだ。他の仲間たちもそうしたほうがいいといった表情だったが、桑島はかぶりを振った。いくら世界観補正があってもこの面々の中では、桑島が「輪の弱い部分」だ。そこを突かれることでチームが敗北するようなことがあってはならない。桑島の瞳が燃えていた。
「オラオラオラ、逃げろよオッサン、盗んだバイクで轢き殺す〜♪」
調子っぱずれの歌をうたいながら迫りくるバイクの前にたちはだかる桑島。
「うるせぇ! 教育的指導だぁああああああああ!」
「な、なに――!?」
踏み込んだ桑島は、紙一重で車輪に轢かれることなく、敵の襟を掴んでいた。
そのまま、渾身の背負い投げ!
バイクごと、相手の身体が宙を舞った――お見事、一本!
空回る車輪。昏倒した虎鉄を見下ろし、
「警察、なめんじゃねーぞ、このクソガキども!」
と胸を張る桑島だった。
★ BATTLE:03 ★
『豪腕コロッセオ』は他ではあまり見られない壮年のキャラクター満載ということで話題になった作品で、その意味で5人が選ばれたのもむべなるかな、というところであるが、先の『怒羅魂道(ドラゴンロード)』のように若者のチームがいないわけではない。
今、エドガー・ウォレスと対戦中の『聖マルス学園』チームも数少ない青年の参加者であった。
「ごきげんよう」「ごきげんよう」
溌剌とした、しかし芯のある低音で挨拶をかわしつつ、一番手の青年がリングに入る。詰襟の黒い制服に、竹刀が武器だ。
「わが学園の守護神、マルス様も見ておられる。兄弟(フレール)の誓いに恥じぬよう、われらの力を示してやれ、よいな、ロサ・ネグラ・アン・ブゥトン」
「はい。お任せ下さい、兄様(グラン・フレール)」
一番手、<黒い薔薇の蕾>藤堂礼次郎は、対戦者エドガーに礼儀正しく頭を下げた。今までの対戦者とは色彩の違う青年だ。むろんだからといって手加減は無用。いや、礼を知る相手だからこそ、全力で挑むべきだ。
エドガーは真剣を抜き放つ。
真剣に竹刀で挑むことに、相手が不安をおぼえている様子はなかった。エドガーはその美青年が、たたずまいに反してかなりの使い手であることを感じとっている。
はじまりの合図とともにまず仕掛けたのはエドガーのほうだった。
その速きこと、雷光の如く!
居合いの切っ先は、しかし、礼次郎の竹刀が真っ向から受け止めた。
なにか特殊な素材でできているのか、それともその他の能力か、エドガーがその気になれば首級を獲ることさえできるだろう一刀をそれは耐えた。だがエドガーは引かない。鍔迫り合いの格好になる。火花が散るような睨み合いだ。
だがその刹那、ふたりの表情がほどける。
反発する磁石のようなバックステップ。そして斬り込んできたのは礼次郎のほうだ。エドガーのそれに劣らぬスピード。だがエドガーの剣も的確に竹刀を弾く。日本刀はたやすく刃毀れするというが、彼の剣にその気配はない。ぎらぎらと鬼気迫る輝きを帯びて、反撃の太刀筋を描いた。
両者一歩も退かぬといった風情の斬り合いだった。
「良い腕だ」
ふいに、エドガーが言った。
「ありがとうございます」
相手は素直にそう応えた。
「だが――若い」
エドガーは踏み込む。たったそれだけのことだったのだ、ふたりの差は。そしてそれで十分だった。
「!」
瞬間、返した刀の峰で、礼次郎の腕をしたたかに打つ。
それでも竹刀を取り落とさなかったのはさすがだが、両腕はその一撃で完全に痺れてしまっていた。
閃く白刃――。
真剣の刃が、首筋から1センチのところでぴたりと止まった。
「……」
「……参り――ました」
青年らしい悔しさのにじんだ声。
エドガーは刀を引く。そして言った。
「次!」
★ BATTLE:04 ★
ジムは、間違いなく、この面々の中でもっとも状況を楽しんでいた。
もとより戦うことはジムにとっての日常だ。戦闘のためにチューンナップされたボディを遊ばせておいても仕方がない。
何に気兼ねすることなく、力を使い、暴れまわるのは彼にとって楽しいことだったのだ。
「くらえぇぇぇえええい!」
「ンだこの野郎!」
交錯する怒号。
四回戦の対戦チームは『蟹工戦』。過酷な労働で鍛えた屈強な肉体をもつ男たちが相手だ。
今、ジムととっくみあっている同志・ウラジミールは赤毛の大男で、ヒグマのような体躯を作業着に包んでいた。だが対するジムも体格ではまったく負けていない、身長201センチの巨漢だ。重量級ファイターふたりのぶつかりあいは、それだけで闘技場全体を揺るがすかのような迫力をもっていた。
「我々は闘うぞッ! すべての搾取に反対するッ! 革命だッ!」
ウラジミールが身体ごとぶつかってくる。ジムが受け止める。敵はジムと違って生身のはずだが、その勢いは引けを取らない。汗をしたたらせ、熱っぽい眼差しで、鬼気迫る戦いを仕掛けてくるのだ。
「うるせぇ! 何をゴチャゴチャ言ってやがる!」
激突してくるエネルギーを受け流し、そのまま相手を抑え込む。猛獣のように暴れる男を組み伏せ、関節をキメた。相手の口から、痛みと怒りに、野獣のような咆哮がほとばしる。構わずジムは、相手の腕にからめた脚にいっそうの力をこめる。
ごきり、といやな音がした。ウラジミールがカッと目を剥き、額に脂汗が浮かぶ。骨が折れたようだ。
通常なら勝負あったところ、だが敵はおそるべき胆力を見せた。
「労災だ! 補償を要求するッ!」
骨が折れたのいいことに、不自然な曲がり方をした腕をずっぽりと抜きとって自由になったウラジミールは、その腕以外の全身を武器に、まったく衰えることのない闘志でジムに立ち向かう。
「へっ」
ジムは不敵な笑みでそれに応えた。
右手と右手で組み合う。ジムの左手は、ウラジミールの肩を押さえる。両者一歩もひかずに、そのまま睨み合った。闘技場の強いライトの中で、ふたりの身体から湯気さえ立っているのが見えた。
ジムは楽しそうだった。
心底、楽しそうだった。
「ぬおおおおおおおおおおお」
雄叫びをあげ、真っ赤な顔で、ウラジミールが力を振り絞る。150キロもあるはずのジムのサイバーボディさえ、徐々に圧されていく。
ジムは笑った。
「嬉しいぜ……、真剣勝負はいくらでもあるが、こんなに真ッ正面ぶつかってきてくれたやつぁ久しぶりだ! それなら俺も……正面から返さないとなァッッ!!」
そして、渾身の力をこめて――頭突きを放った。
ひどく硬いものがぶつかり合う音が、闘技場に響き渡った。
首は、人体の中でもっとも鍛えにくい部位だと言っていい。見るからに太い、筋肉でできた大木の幹のようなジムの猪首は、だから、それ自体類稀な凶器となりうるのだった。
ずしん、とウラジミールの巨体がリングに沈む。
ジムが腕をふりあげ、勝利を宣言すれば、わっと歓声が彼を包み込んだ。
★ BATTLE:05 ★
「軽くのしてやるかのう!」
リングに立つのは風轟。その足元に、カッ、と突き立ったのは――名刺のようだ。
「よろしくお願いします。『マサクゥル株式会社』暴虐一課主任の川崎と申しますッ!!!」
スーツ姿に眼鏡の壮年が、信じがたい跳躍力を見せて、風轟へ躍りかかる。手裏剣のように投げつけられる名刺。これは禁止されている飛び道具ではないのか?という疑念もわくが、銃火器でなく自分の力で投げつけるものは許容されているようだ。
風轟がぶん、と太い腕をふるうと、つむじ風が巻き起こって名刺を弾き飛ばした。
「そっちがそうなら、わしからもいくぞ!」
胸の前で十時に組んだ腕を勢いよくほどけば、真空の刃が生じて宙を奔る。
敵は今度は身体の柔軟さを見せ、弓なりの姿勢でそれを避けたが、ネクタイが犠牲になってすっぱりと切り裂かれる。カマイタチの威力のほどがうかがい知れた。
川崎は、だが、それを恐れることなく、地を蹴って飛び込んでくる。まるでコマ落としのように、瞬きの瞬間に眼前に迫る敵。川崎の革靴のつまさきから刃が飛び出した。鋭く叩きこまれる回し蹴りを、風轟はぎりぎりかわす。
「ふん!」
彼の気合は風を呼ぶ。空気が怒ったかのように、気流が唸りをあげ、全身の膂力をのせた鉄拳の一撃が放たれるのだ。さながら生きたパイルバンカー!
しかし、風轟の武器がパワーなら、川崎のほうは動きの素早さに長けている。優れた反応速度でバックステップを踏み、その拳を避けた。ごぉう、と空振った腕の起こした風を頬に感じつつ、川崎の顔に残忍な笑みが浮かんだ。
風轟の技は動きが大きい。それは技を繰り出したあとの隙が大きいということ。
川崎の眼鏡が照明を反射する。彼は当然、それに気づいている!
半呼吸で、風轟の懐に飛び込んだ。
ぐっと握りしめた拳を、スーツの袖から飛び出した手甲が一瞬で覆う。そのまま鋭い突きが風轟の腹に埋まった。
「――」
「……」
リングに静止するふたり。
敵をしとめた満足感に、川崎がほくそえむ。……だが、その笑みが、しだいに苦さをおびて。
「……ぐ」
「……ふふん」
風轟が鼻で笑った。
川崎の腕を這い上るじんじんとした痛みと痺れ。その頬を、汗が伝った。
パワーに勝るがスピードで負けた風轟は、タフさにおいても相手を凌駕していたのである。
鋼のような腹筋は、まったくダメージを通していなかった。
するとあとに残ったのは、風轟の至近距離に川崎がいるという事実だけ!
「……ァッ!?」
滝を落ちる流木のような重さで、風轟の両腕が川崎の肩を砕いた。
衝撃に意識が白くかすむ。
風轟の鉄拳が、今度は下から襲いかかってくるのを、もはや避けることはできなかった。
巻き上がる暴風とともに、敗者の身体が高く高く宙を舞った。
★ THE LAST BATTLE ★
いずれ劣らぬ強豪チームを勝ち抜いて、豪腕卿への挑戦権を得た。
リングにたどりついた5人を待ち受けていたのは、鉄仮面の格闘王そのひとただ一人であった。
「チームはいないのか?」
ジムの問いに、豪腕卿は平然と頷いた。
「ファイナスステージは1対5。まとめてかかってくるがいい」
「大した自信だな、おい!」
「今度は順番でもめなくてよさそうだぜ」
呆れたような桑島。そしてギルが笑った。ここまで、試合ごとに、まず俺が行く、いや俺がと争いをしてきた5人なのだ。
「ふむ。では……いくか」
風轟がみなを促す。
「……」
エドガーは慎重に、敵を観察する。ここまでの戦いぶりを見ていながら、この5人を1人で相手どろうというのだ。相当な実力者だと見ていい。
そして……。
最後のゴングが鳴り響く――。
闘技場の空気を満たし、埋め尽くすのは、割れるような歓声と怒号――飛び散る汗と血の匂い――熱気、熱気、熱気……。
豪腕卿は、重量級の体格とパワー、タフネスに、体躯に似ぬスピードを兼ね備えた、まさに鬼神のような闘士であった。その肉体は圧倒的な闘気(オーラ)をまとい、常人ならばその姿を見ただけで戦意を失い、鉄仮面の奥からほとばしる眼光によって魂を砕かれてしまうだろう。
もちろん5人はそんなものに怯みはしないが、それでも、5対1という状況でさえ、この男が強敵であるという信じがたい事実を血の味とともに知ることになったのだった。
確かに突き出した槍が男を貫いた!と思った次の瞬間、槍に加わる重みは、豪腕卿が槍の柄の上についたステップだ。あっと思う間もなく、顔面を踏みしだかれて、ギルは怒りに吠えた。
ギルを乗り越えて飛んだ卿へ、風轟がカマイタチを放つが、空中にあって無防備な卿の身体は、闘気の鎧に護られていた。その身を飾る軍服はぼろぼろと敗れたが、その下にあらわになった鋼鉄の肉体には傷ひとつつけず、舞い降りた卿の蹴りが風轟の胸板にきまって、彼を吹き飛ばした。
そのとき、背後からは桑島が忍びよっていて、組みついて動きを奪おうとしたが、まるで背中に目があるとでもいうような正確な後ろ回し蹴りにてカウンター。
次の瞬間、斬り込んできたエドガーへ、まるで白刃を掴みとらんかのように突き出された掌からは闘気がほとばしり、エドガーはかろうじて避けたものの、今まで一度もなかった刃毀れが、触れられもせずに起こったのに目を見開く。
「そんなものか! コロッセオの王座に迫った貴様らはそんなものか! この豪腕卿に傷ひとつつけてくれんというのか!」
鉄仮面から叫びがほとばしる。
それは挑発ではなく、純粋な戦いへの渇望の叫びだった。
だが、ジムたちをいっそう熱くしたことは間違いない。
「豪腕!」「豪腕!」「豪腕!」
会場が、豪腕卿をたたえる。
その風格はまさに王者。
だが彼自身を含め、闘う男たちは知っている。
王座とは決して温まらぬものだ。つねに、その床は血と汗で濡れていて、かたときも休まることなく奪い合われるものだ。
なぜならばここはコロセウム。闘士たちの場所。
闘うことに理由などない。
ただ、目指すべき勝利があるだけだ!
「うるせぇ、まだこれからだろうがぁ!」
ジムが叫んだ。
突進していく。
何の策もなくただ突進していっただけに見えた。
実際のところ――何の策もなくただ突進していっただけだった。
別に頭に血が昇ったというのではない。
もはや、無意味なのだ。
いかなる策も、小細工も。
この期に及んで、勝敗を分かつのは、ただ気迫でしかなかった。勝利をもぎとろうとする意志だけが――、わずかでもそれがうわまったものだけが、最後までリングに立っていることができる。ここはそういう場所だ。
ドン、と自動車事故でもあったかのような音が響いた。
闘気のカーテンが、距離にしてわずか2メートルのところで、ジムを阻む。コンクリートの壁に頭から思い切りぶつかったように、ジムの額が切れて血が流れた。しかし、1ミリたりとも後退しない。歯をくいしばって、彼を圧し返そうとする闘気に抗う。
ドン!と、再び響いた音は、桑島がそれに加わった音だった。
鉄仮面の中から、ひややかな眼光がふたりを見る。
桑島は、豪腕卿のさらに向こう、リングの外から、かれらを見つめる視線に気づいた。それは『怒羅魂道(ドラゴンロード)』の面々だった。桑島たちにぶちのめされて、腕を吊っていたり、顔面あざだらけであったりする5人が、熱っぽいまなざしで、こちらを見ている。
かれらだけではない。『教令闘神』たちの仁王めいた立ち姿がある。礼儀正しく並ぶ『聖マルス学園』の5人、リングにかじりつくようにしている『蟹工戦』の労働者、そして『マサクゥル株式会社』のものたちも。
敗者たちは、自分たちを負かした5人が、豪腕卿の前にひれ伏すのを望むのだろうか。
最初はそうだったかもしれない。
だがいつしか、その瞳は同じものを見る。リングの5人と同じ光を共有する。
なぜならかれらもまた闘士だからだ。
いつだって、その目指すところは、王座でしかない。
気合いの声とともに、エドガーが踏み込んだ。
力任せにぶつかるジムや桑島とは違う、流れる水のような動きだった。しかしそれは幻惑めいたものではなく、太刀筋はまっすぐだ。
まっすぐに振り下ろされた真剣が、その瞬間、闘気の壁に切り込みをいれたのを、その場にいたものたちははっきりと見た!
「!」
豪腕卿の目に、はじめて、予想外の出来事への戸惑いの色がのぼった。
雄叫びとともに繰り出されるのは、ギルの槍だ。エドガーのつくった切り込みから穂先を喰い込ませる。
ギルの槍はただの槍ではない。魔力を封じた石を埋め込むという術式がほどこされているのだ。ギルがその魔力を解放する。目に見えない爆発が、内側から闘気の壁を崩壊される。
そのときすでに、風轟が身を躍らせていた。
一息に間合いを詰める。
豪腕卿がそれに応じて拳を繰り出すが、風轟はその打撃を受け止めた。受けとめたまま、相手の腕をがっしりと抱え込む。
うしろからは桑島が組みついてきた。飛びかかって、うしろから首に腕をまわし、固定する。
そして最後に走り込んでくるのがジムだ。
一切の躊躇なく、彼は豪腕卿の鉄仮面に――
渾身の頭突きを喰らわせた。
しん、と静まり返る闘技場。
からん、と乾いた音をたてて……まっぷたつに割れた鉄仮面が転がる。
そして、崩れる豪腕卿。
これ以上ないと思われた歓声が、さらに大きく響き渡り。
リングを照らす照明は目をあけていられないほどになった。
すべての音が歓声に、すべての色が白へと溶けてゆく――
★ ★ ★
「……というわけでだな」
ジム・オーランドは得々と、武勇伝を語る。
それなりにダメージを受けていた5人は、ハザードから解放されるや、その場から動けずに病院に運び込まれることになった。
それで、仲良く5人で1日だけ入院することになったのだったが、翌日には、すっかり回復した様子で、看護師相手に、まるで遊園地に行って帰ってきた子どものような様子で話し込むジムの姿があったのだった。
「俺の活躍で見事に豪腕卿ってやつをぶったおしたわけよ」
「ちょっと待て、おぬしだけの手柄ではないぞ。あのときのワシの役割を忘れてもらっては困る。だいたいこういうときはもっと年寄りを立てるもんじゃろうが」
「年寄りが聞いてあきれるぜ。……ま、おめぇさんの石頭具合だけは感服だがな」
風轟とギルも元気そうだ。
ただひとり――桑島だけは、世界観補正のなくなったところにすべてのダメージがどっときて、全身ギプスのミイラ男のような格好で寝かされており、談笑にくわわることはできないでいた。
それを気の毒がってか、エドガーは傍についてやっているが、そうしながらも、すこし刃毀れしてしまった愛刀を手入れする手は止めない。
「そうそう。あとで例の映画のこと、調べたのだけど」
エドガーが言った。
「『豪腕卿』というのは、あの鉄仮面に宿った集合意識のようなものが本体だという設定だったらしいね。そして戦いの勝者の中から、次の肉体を選ぶのだとか」
「なんだと。それじゃストーリー通りなら、俺があの仮面をつけて次の豪腕卿になってたかもしれないのか」
「わははは、それはいい。似合いじゃわい」
「バカ言え。それは年の功で風轟のじいさんにゆずるぜ」
皆が笑った。
笑いながらも、ギルは、ふと視線を遠くに投げる。
あんな男くさい世界に閉じ込められるのはまっぴらごめんだが、しかしあの瞬間の、空気の濃密さ、気持ちの熱さは本物だった――と思うのだ。そしてそれが、めったに味わえるようなものではなかった、ということも。
俺もつくづく傭兵稼業が沁みついているらしい。自嘲めいた笑みににやにやと口元をゆるめていると、エドガーと目が合った。お互い、同じようなことを考えていたのを悟り合ったとでもいうよりに、微笑んで。
病室の窓からは、やわらかな日差しが差し込む。
この世界は、実に平穏、なのだった。
(了)
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クリエイターコメント | 大変、お待たせしました。
疑いもなく、今までいただいた中でももっとも難しいオファーでありました。どのように構成すればこのオファー内容の要件をみたし、なおかつ、リッキー2号が書く意味のあるノベルになるのか。心底悩んだ結果が、このようなものになりました。
根本的に解釈に迷う部分があって書き始めるまでだいぶうだうだしていたのですが、書き始めるといつものごとく一気呵成だったんですけどね。
お楽しみいただけていることを祈ります。
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公開日時 | 2009-05-01(金) 19:00 |
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