★ 【銀幕市的百鬼夜行〜妖魅暗躍編〜】弔いの灯火 ★
<オープニング>

 銀幕市という街は、北を山に、南を海に抱かれた、一風変わった街だ。北側半分を取り囲んでいる山々を杵間連山といい、その連山の中で最も高い山を、杵間山という。登山路やキャンプ場があり、夏のレジャー場となっており、頂上近くには展望台があってそこから市を一望することも出来る。また夜景は美しく、密かなデートスポットともなっているようだ。
 その、杵間山の裾野。深い鎮守の森に囲まれた、静謐な空気に包まれた場所に、それはある。
 杵間神社。
 銀幕市の守り神ともされている神社だ。
「……静かですねぇ」
 縁側で熱い茶を啜りながら、年の頃は十四、五といったところの、巫女装束を纏った、長く艶やかな漆黒の髪を携えた少女、日村朔夜はゆるりと微笑んだ。他ならぬ杵間神社の神主の一人娘である。彼女の座るすぐ横では、ピュアスノーのバッキー、ハクタクが午後の暖かな陽射しにうつらうつらとしている。
 祭や正月には大層賑わいを見せる境内だったが、今はただ本来の姿である静けさを湛えている。連立した杉の木も、ただ静かに社を見守っている。
 また、近頃は手足を生やして散歩へ出掛けてしまった品物を探しに行くこともなく、本当に久しぶりにのんびりと過ごしていた。
 ほうと息をついて、再び湯呑みに口を付けた時。
 ぴん、と、何かが引っかかった。
 朔夜は湯呑みを置く。微睡んでいたハクタクが、朔夜の肩によじ登った。ハクタクを一撫でして、朔夜は駆け出した。何とも言えない焦燥感が、朔夜の体を動かした。
 静かな境内に、朔夜の慌ただしい足音が響く。
 行き着いた先は、杵間神社が神宝、『雲居の鏡』が納められた本社のその奥。
 一式の祭壇がしつらえられた、その中央で、神宝『雲居の鏡』が鎮座している。鏡の中の朔夜と目が合った時、その鏡面がゆらりと揺らめいた。
「これは……っ?!」
 『雲居の鏡』が映し出したのは、杵間神社。玉砂利の敷き詰められた境内、その入り口に堂々と立つ鳥居。その先には鎮守の森を抜ける参道。その中を、歩くものたちがある。
 しかしそれは、人ではない。
 人のような手足を生やした、動くはずの無いものたち。
「……百鬼夜行……」
 ぽつり、朔夜が呟いた時、ぞわりと背筋が泡立った。慌てて奥社を飛び出すと、そこには今まさしく『雲居の鏡』に映し出された光景が広がっていたのである。
 朔夜は息を呑んだ。
 その後ろで、かたりと何かが倒れる音がする。
 はっとして振り返ると、『雲居の鏡』もまた手足を生やして駆けて行くところだった。
 一昨年の秋のことが朔夜の脳裏に甦る。神宝を失くすなど、神社に使える者にとってこれ以上無い失態である。
「いけない!」
 慌てて追いかけるが、予想外に素早い動きに、朔夜はあっという間に『雲居の鏡』を見失ってしまった。
「大変、急いで父上とおじいさまに……」
 言いかけて、朔夜は一升瓶を抱えて眠りこける父親と、ボケて昼ご飯は食べたかいの〜と聞く祖父を思い浮かべる。
「いいえ、対策課に知らせなければっ!」
 動き出した器物たちは、妖怪という名をその身に冠して、一様に銀幕市を目指し行列を成すのであった。

 ★ ★ ★



 ――自分と同じ姿のものが来て。僕の手を取った。
 こんな所に。大丈夫だったか? もう大丈夫だ。あいつらは全部やっつけるから。
 笑ったその顔を視界の端に、僕はその先の、自分と同じ存在を見ていた。
 大勢の、自分と同じ姿のものが来て、自分と同じ存在を取り囲む。
 そしてそのまま斬りつける。
 無惨にも倒れこむ、自分と同じ存在。
 やめろ。と言おうとした。
 しかし、今にも絶えそうな自分と同じ存在が、叱責するように僕を見た。
 だから僕は何も喋らなかった。強く強く。口をかんで耐えていた。
 自分と同じ存在が、絶えた。
 自分と同じ姿のものに、殺された――。

 深い闇の中。男は静かに目を閉じていた。
 人間の青年となんら変わらぬ風貌の彼は、しかし人間ではなかった。
 いや。確かに人間でもあった。しかし彼は、自分を人間だとは決して認めない。
 人間と妖怪の混種。いわゆる半人半妖の彼。しかし彼は、自身を半人ではなく半妖と呼ぶ。
 目を閉じている半妖。強く強く。口をかんでいる。
 やがて半妖は目を開けると、目の前にある白い繭状のものに、優しく語りかける。
「もうすぐ。もうすぐだよ」



「しっかし。すげぇなこりゃあ」
 二つの杵間神社を見比べ、大男は呟く。
 大男というのは、彼の見た目の印象であり、彼の呼び名でもあった。
 市内で妖怪達の百鬼夜行を見ていた大男だったが、杵間神社の方も面白い事になっているらしい。との噂を聞き、杵間神社へと足を運んだのだ。そこで目にしたのは文字通り二つの杵間神社。
 突如として二つに増えてしまった社。理由は分からない。
 とりあえず追い出されないように対策課の人に手伝いを申し出た大男。人手が足りないのか、大男の申し出は簡単に受け入れられた。
 簡易テントなど、対策ベースの設置に手を貸そうとも思ったのだが、好奇心がどうにも押さえられず、まずは状況把握というのを言い訳に、大男は二つの杵間神社を見比べていた。
 対策課から人が派遣されるから、それまで二つ目の神社には近づくな。そう言われていた大男だったが、分かっているのか忘れているのか、どんどんと二つ目の神社に近寄り、裏へとまわる。
「へぇ。こっちもきっちり出来て……んあ?」
 呟いた大男、が、そこに誰かがいたのに気がつく。
 ごく普通の青年。に、大男は見えた。が、その男こそ半妖だった。
「あー……っと。わりぃわりぃ。対策課からのかぁ? ちょっと探しもんをしててな」
 はははっと笑いながら言い訳をする大男。半妖の男を対策課から派遣された人間だと勘違いしたようだ。
「誰にも邪魔は……させない」
 小さく、しかしはっきりとした意思を感じさせる呟きで半妖は言う。深紅の眸を大男に向け。気がつけば半妖の頭にはキツネの耳に似た耳が生えていた。
「んあ?」
 意味が分からずに聞き返そうとした大男だったが、途端に心の奥から強い想いが湧き上がるのを感じた。
「――っ」
 強すぎる想い。そして願い。
 それは大男が普段はひたすらに隠している想い。
 幾重にも壁を作り。鍵をかけ。出てこないように。見られないように。でも決して忘れないようにしている大切な想い。
 その想いが急激に主張し。大きくなり。我慢できないほどに沸きあがる。
「あ……んた…………か」
 心臓の付近を強く押さえながら大男。堪らずに、目からは涙が流れている。
 確かに。それは半妖の能力だった。
「くそおおおっ!」
 言いながら、大男は半妖に殴りかかる。
 一瞬。大男の太い腕が半妖を捉えたかと思ったが、半妖の姿はいつの間にかそこから消えていた。
 大男は荒い息で地面に膝をつき、額に手をあてて呟いた。
「くそっ。なんで、今更……」



 大男が対策ベースに戻った時、ベース設置は既に終わっていた。
「あなたは対策ベースでの連絡役をお願いします。じき、対策課から派遣された方々や有志の手伝いの方が来るでしょうから、その方たちと様々な情報を集め、神社、偽神社への調査隊への連絡をお願いします」
 その言葉に、こくりと頷く大男。
「……何か、ありました?」
 大男の態度を不審に思ったのか問われた言葉に、大男は一瞬だけ視線を外し、けれどもすぐにいつもの調子で答える。
「ん? いやあ。連絡役なんて俺に出来るかねぇ。ってな。はははっ」
「あー。それと」
 付け加えるように大男。
「気をつけたほうがいいかもしれねぇな。調査隊は勿論。ここに残る人間も」
 確認するようにぐるりと周囲の人々の顔を見回してから、大男は言った。

種別名シナリオ 管理番号378
クリエイター依戒 アキラ(wmcm6125)
クリエイターコメントこんにちは。依戒アキラです。
今回のシナリオは七名のWR様との共同による、コラボレーションシナリオとなっています。
すべてのシナリオが多少なりともリンクしていますが、特に【妖魅暗躍編】とタイトルのついた西向く侍WR様・西WR様のシナリオとは完全リンクとなっています。
このシナリオでは、半妖との接触。様々な情報の調査による調査隊のサポート。の二つがメインとなります。
後にもう少し詳しく書きますが、半妖との大規模なバトルは恐らくありません。

・地下迷宮、偽神社への連絡役として、NPC大男が対策ベースにいます。

・様々な情報の調査。と言っても、OPだけで予測するのは難しいと思いますので、傾向などを書いて頂ければ、詳しい内容はこちらで考えます。勿論。詳しく予測されるのも大歓迎です。

・半妖との接触について。
ばればれかとは思いますが、半妖はある目的の為に動いています。
計画を邪魔されたくない半妖は、いくつかの手で何かをしてくると思います。予想するのもありです。また、対話などもあると思います。
半妖については、直接的な戦闘能力はありません。物理的な力なども、一般青年と大差ありません。ので、直接的なバトルは恐らくありません。
能力については、大男との接触を参考に考えてみてください。そこそこ分かりやすくしたつもりではあります。その能力を使った妨害を仕掛けてくるかもしれません。

と、色々書いていますが、勿論。メインの二つの動きとは違うプレイングでもOKです。

あと一つ。【銀幕市的百鬼夜行】関連のシナリオはすべて同時期に起こっていることになりますので、同一PCでの複数シナリオへの参加はご遠慮ください。



ええと、初めてのコラボシナリオということで、かなりドキドキしています。
興味が沸きましたら是非にご参加くださいませ。
素敵なプレイングを心よりお待ちしております。

参加者
崎守 敏(cnhn2102) ムービースター 男 14歳 堕ちた魔神
ゆき(chyc9476) ムービースター 女 8歳 座敷童子兼土地神
ミケランジェロ(cuez2834) ムービースター 男 29歳 掃除屋
薄野 鎮(ccan6559) ムービーファン 男 21歳 大学生
ツィー・ラン(cnmb3625) ムービースター 男 21歳 森の民
<ノベル>

「クソッ」
 地上対策ベース。大男は荒れていた。簡易テントの周りをぐるぐると回り、落ちている石を蹴飛ばしたりしている。
 彼に与えられた仕事は事件に関する情報収集と地下迷宮、偽神社の調査隊との連絡。本来ならば、先ほど向かった調査隊の為に少しでも情報を集めるべきなのだろうが、何を調べればいいのかも分からないし、連絡するも今しがた出発したばかりなので、対策課から派遣されるであろう人物を待っているところだった。
 自分がイライラしていることに、大男は気が付いていた。原因だって勿論、分かっていた。
 それは、秘めていたはずの。誰にも見せまいと隠していたはずの強い想いを強引に引きずり出された事。
 想い自体が嫌なわけでは決してない。普段から大男は、その想いを忘れた事など一度も無かった。幾重にも壁を作り。何重にも鍵を掛けながらも、決して忘れた事など無かった。
 だから何が彼をそんなに荒れさせているのかというと、まるで関係ない人物に、その想いを掻き乱されたことだった。それ程に、その想いは彼にとって大切な想いだったのだ。
「――っ!」
 無意識的に一際大きく石を蹴る大男。すぐに強く蹴りすぎた事に気が付き、誰かに当たったりしないか石の行方を見守る。
 蹴り飛ばした石は勢いよく飛んでいき、石段から落ちて見えなくなる。
「……まぁ。平気だろう」
 呟いてみるものの、目が離せないでいた大男の目に、ひょこひょこと石段から飛び出す影がうつった。
 ぱっと見、小学生くらいだろうか。着物に綿入れを羽織り、おかっぱ頭を手で押さえてひょこひょこと階段を上ってくる少女。
 少女の名前はゆきといった。子供の姿をしているが、長い時を生きている座敷童子兼土地神。映画『福来町幸せ壮の住人達』から実体化したムービースターだった。
 大男は、頭を抑えているゆきを見て慌てて駆け寄る。
「済まねぇ嬢ちゃん。怪我ねぇか」
 突然駆け寄ってきて話しかける大男に、ゆきははてな顔で返す。
「むう? なんじゃ?」
「だいじょぶか? ちょい見せてみ」
 そう言って頭を抑えているゆきの手を取ってその部分を見る大男。困惑気味なゆき。怪我どころか石がぶつかったような跡も確認出来なかった大男は、ゆきの反応を見て気が付いたのか、訊ねる。
「えー……っと。嬢ちゃん。なんで頭抑えてた?」
 質問の意図が分からずも、ゆきは素直に答える。
「風が強いから髪を抑えていたんじゃよ」
「お? あ、あぁ。そうか、よかった。ところで、嬢ちゃん。ちょっくらこの辺り、危険かもしれねぇから――」
 大男が言い終わらないうちに、ゆきは言葉を重ねて言う。
「そう思って、来たんじゃよ。わしにも何か手伝える事がないかと思っての。こう見えてもムービースターなんじゃよ」
 そう。市街での百鬼夜行を見て、ゆきは来たのだった。
 ムービースターがどれ程頼りになるかを知っている大男。しかし、どうしたものかと悩んでいた時、階段からにょきっとモップが生えた。
「んお?」
 百鬼夜行だろうか。ゆきも大男も、その目で百鬼夜行の様子を見ていたため、一瞬そう思う。が、すぐに遅れて生えてきた顔を見て理解する。
 現れたのは様々な色のペンキがはねた黒のツナギに片手にモップとバケツを抱え、もう片手で頭を抑えている男。人目を惹く銀色の髪に紫の瞳は怠惰そうに覇気が無い。咥え煙草にやや猫背気味なその姿も、さらに怠惰そうな印象に拍車をかける。
「なァ。なんか石が降ってきたんだけど、知らねェ?」
「し、知らねぇなあ」
 そう言った男に対して、大男はとぼけて返す。男は大男の足元を見ながら、ふぅん。と訝しげに呟く。男の視線の先、大男の履いていた靴は、つま先にあたりになにか引っかいたような白い傷が残っていた。
「まァいいか。俺ァミケランジェロ。ミケ、とでも呼んでくれや。なんかこの辺りで楽しそうなこと起きてんだろ? 混ぜてくれや」
 ミケランジェロ。それが男の名前だった。楽しそうな事が好きな彼、市内での百鬼夜行を見て、その百鬼夜行がこの神社から始まったと知り、顔を出しに来たのだった。
「あーー。ま、いっか。人手は大いに越したこたねえ。状況とか色々説明するから、来てくれ」
 そう言って対策ベースへと向かう大男。
「ミケ。可愛い愛称じゃの。わしはゆきじゃ。よろしくの」
 ゆきはミケランジェロに笑いかけてそういうと、大男の後について行く。ミケランジェロはなんとも微妙な表情をして、二人の後を気だるそうに追った。



 二つの神社から少し離れた木々の中。金色の短髪から白いキツネのような耳を生やした青年。いや、半妖と呼ぼう。半妖は目を閉じて、深く意識を飛ばしていた。
 思い出すのは自分と同じ存在達。大切だった者達。
 自分と同じ、姿のものに。殺された者達。
 すっ、と。その頭からキツネのような耳が消えていき、人間の青年となんら変わらぬ風貌になる。
 何も出来なかった自分。倒れていく大切な者達を見ながら。足元に転がってきたその亡骸に触れることすら出来なかった自分。ただ。ひたすらに前だけを見て耐えていた自分を、半妖は思い出していた。
 半妖の名はコトハといった。ある映画からのムービースターだった。
 それは、人間と妖怪の争いを描いた映画。しかし、その内容は争いと呼ぶにはあまりにもおこがましい。人間による妖怪の虐殺だった。映画内では、妖怪の姿かたちをしていた者は全員殺された。姿かたちは人間の青年とかわらないコトハは。半分妖怪でありながら生き残った。
 その映画のタイトルは、そう――。



『ほとりの闇ぃ?』
 電話口からの確認する声に、小さく、ええ。と返して薄野 鎮(すすきの まもる)は続ける。
「間違いない、と思う。一度見たことがあるから。映画『ほとりの闇』に登場する半人半妖の存在。名前は確か……」
 声を殺して薄野。ちらりと木々の影から金髪の青年、半妖を盗み見て続ける。
「コトハ。だったはず。見た目はごく普通の青年。映画内では、キツネに似た耳を生やしている描写もあった気がしたんだけど、詳細まではちょっと」
『ああ。耳。やっぱあいつか。気ぃつけたほういいかもしれねえ。……妙なことを、そいつはする』
 電話の向こうから聞こえるのは大男の声。言葉を濁して、告げる。
「大丈夫ですよ。結構、尾行は得意なんです……と、動きがありそうだから、一度切ります。また連絡します」
 立ち止まっていた半妖が動く気配を感じて、薄野は注意を向けながら小さく言い、携帯電話を切る。
 実は薄野。大男の言った妙なことというのを実際に目で見ていた。コトハと大男の接触の場にいたのだ。
 対策課からの依頼を受けて神社の対策ベースへと向かっていた薄野。途中、木々の陰から対策ベースを盗み見ていた青年姿のコトハを見かけ、気になって見ていると大男とのやり取り。その時のコトハの振る舞いで事件との関連を疑い、気付かれないように尾行していたのだ。そしてコトハが物思いに耽っている所で、予め聞いていた対策ベースの番号へと報告したのが今だった。
 何処かへ向かうコトハを、十分に距離をとって薄野が追う。どんどんと、対策ベースの位置から離れていく。
 危険かな。
 と、薄野は考える。
 確定要素が強い訳ではないが、自分の見た映画内容や大男との接触を判断材料に考える限り、コトハは特別高い身体能力を持っている訳ではないように思えた。最悪、尾行が気付かれたとしても逃げれる位置を、対策ベースと保っておけば平気だと考えていた。
 が、勿論。コトハのことも薄野の予測。対策ベースとの距離が離れれば離れるほどに危険度は増す。
 しかし、コトハが今回の事件に何らかの関わりを持っているというのを、薄野はほぼ確信していた。コトハに気付かれずにその動きを監視できれば、それはきっと事件解決のための大きな武器になる。
 ――カサリ。
 小さな葉音を鳴らして、コトハがぴたりと足を止める。すぐに姿を隠す薄野。
 コトハは動きを止めてじっと先の方を見ている。何かあるのか。と、薄野もコトハの視線の先に目を凝らしていると、黒い服を着た少年のような人影があった。



「ほとりの闇ぃ?」
 大男のその声が受話器に向かって放たれたとき、ゆきは調べていた神社についての古い文献から顔を上げた。そして空いている電話の受話器の持ち上げて短縮コールを押す。
『――映画実体化問題対策課』
「杵間神社の対策ベースじゃ」
 数コールで繋がった先は市役所内の対策課本部。ゆきは杵間神社からだといって、用件を話し出す。
「『ほとりの闇』という映画に関する資料と映画本編を届けて欲しいんじゃよ」
 ゆきがそう告げると、受話器の向こうでキーボードを叩くカタカタという音が響き、数秒の沈黙の後に声が届く。
『ほとりの闇。ですね。検索情報をそちらのメインPCに送ります』
「頼んだんじゃよ」
 ゆきが受話器を置くと、既に電話を終えていた大男がゆきに向かって笑いながら礼を言う。
「ははっ。あんがとな嬢ちゃん」
 そして電話で聞いた情報を大まかに伝える。
「とりあえず、映画を見ながら資料を見てみるんじゃよ」
 そういって、ゆきはパソコンに向かう。
「文献のほうが見やすいんじゃよ……」
 小さく呟きながらイスの上に立ってパソコンを操作するゆき。
「そのコトハってのに接触してみんのが一番早いんじゃねェの?」
 そう言い放って森の方へ歩き出すミケランジェロ。
「さっきも言ったが、妙なことをする。危険かもしれねぇ」
「まァ、平気だろ。俺ァそっち方面調査してみるわ」
 ふらふらと歩いていくミケランジェロ。
「確かに、そのコトハという人物に一度会ってみるのが良さそうですね。大男殿。その人物について知っていることを教えてくれませんか」
 森に入っていくミケランジェロを見送ってからそう言ったのは、対策課から来たというツィー・ランというムービースターだった。
 自らを『森の民』と名乗ったツィーはその言葉に相応しくらいに緑の髪に緑の瞳だった。
 まるで獣のような釣り目と短い眉。左の頬には大きな引っかき傷のような傷が三本。それぞれ違う長さでついている。
「知ってること……っつってもなあ。さっき言った以外に俺も大した」
「妙なこと、というのは具体的には」
 鋭い目で、ツィーは問いかける。一瞬ぴくりと眉をひそめて視線を伏せる大男。そのまま押し黙る。
「……申し訳ない。ツィーも少し調査してみます」
 言いたくないことなのだ。と察したツィーは、そう言ってミケランジェロが入っていった場所とは少し間隔をあけ、薄野からの報告があった位置の方角へと歩いていく。
 ぽん。と。
 目を伏せていた大男の肩に、小さな手が置かれる。大男が振り向くと、笑顔のゆきがいた。
「食べると、少しだけ幸せな気分になれるんじゃよ」
 差し出された小さな手に乗っていたのは、青い包装紙に包まれたごく普通の飴玉だった。
 驚いたようにゆきを見た大男は、人差し指で軽くこめかみをかいた後、小さく笑って飴玉を摘み、包装紙を解こうとしたが、途中でやめてポケットに入れた。
「あんがとな。辛くなったら、幸せを分けてもらうわ」
 大男は大げさに伸びをして、仮設テントの中へと入ってく。
「さー……って。仕事仕事っと。ああそうだ。報告しないとな」
 偽神社内へと入って行った調査隊に、ゆきが調べた神社についての情報を連絡しようと電話をかける大男。が、しかし。その電話が繋がる事は無かった。コール音すらならないそれに、大男は訝しげに電話を確かめた後、ちらりと偽神社を見てから別の番号にかける。
 数回のコール音ののち、そちらには繋がった。
「佐野原さんか。対策ベースだが、偽神社の調査隊との連絡が取れなくなった。携帯にかけてもコール音すらならねぇ。ああ。こっちは特には。ああ」
 大男がかけたのは地下組の連絡役としてついて行った佐野原 冬季(さのはら とうき)の持つ携帯電話だった。
 電話を切って、時間を確認する大男。偽神社の方は、とりあえず中に入った調査隊に任せ、あまりにも戻るのが遅かったら新たな調査隊を編成して中の様子を見ることになった。
 ゆきは再び映画を見ながら設定資料などに目を通す作業に戻る。
 風に揺れる木々が、どこかざわめきを増していた。



 黒い服に身を包んだ。少女めいた少年は、傷ついていた。
 それは心。
 けれども、少年はにこにこと笑っていた。
 少年の名前は崎守 敏(サキモリ ビン)
 ムービースターの敏は、映画内にいたときから揺るがない一つの欲求があった。
 還りたい。
 映画の中でも、敏は強制的に召喚されたのだった。その頃からの、それは確かに強い想いだったはずなのだ。
 はずなのに。
 銀幕市での目まぐるしい日常は、敏自身、疑いようもないほど確かに敏の還りたい欲求を緩和していた。そのことが敏をぼんやりとさせ、調子が出ない毎日を最近敏は過ごしていた。
 銀幕市での日常は、元のどちらの世界よりも触れる痛みや望みが多く、そのことに還りたいという欲求が惑うなら、もう誰かと関わるのは止めようかとも思っていた敏。
 けれども、面白いかと思った。そんな理由で杵間神社へと足を運んでしまった敏。地下迷宮へと続く入り口に立って、周りを調べていた。
 ――カサリ。
 不意に聞こえた小さな葉音に、敏はゆっくりと振り向く。
 敏の視線の先には青年姿のコトハ。それでも敏は一瞬でその正体に気がついたのか、にこにこと笑みを浮かべながら言う。
「君は人間なの? それとも、妖しの者なのかい?」
 ぴくりと、コトハは敏を睨みつけた後、口元に薄い笑みを浮かべて返す。
「僕には、きみも人間には見えないけれど?」
 その言葉に、二人のやり取りを遠くから見ていた薄野は混乱する。コトハが人間ではないのは分かっていたことだったが、敏の姿もどこからどうみても人間の少年と変わらなかったのだ。
 だが、コトハの言葉通り、敏は人間ではなかった。存在自体は魔神。しかし、右腕を除き、身体的には人間とほぼ変わらないし、その右腕も肘まである黒い皮手袋によって隠されていた。薄野が普通の少年と見てしまっても不思議は無かった。
 笑みを浮かべたまま、コトハの言葉に返事を返さない敏。薄野は、敏が人間ではないと知り、助けに入るかどうかを迷っていた。それは勿論。人間でなければ助けないという意味ではない。自分がコトハの能力を教えなくても対処できるなら、自分の存在はギリギリまで隠しておいたほうがいいと考えていたからだ。
 敏とコトハ。対峙したまま数秒の沈黙。
 が、しかし何もしていないわけではなかった。いつの間にかコトハの頭にはキツネのような耳が現れていた。
 きりきりと。心が少しずつ締まっていくような感覚を、敏は感じ取っていた。
 それはほんの小さな異変だったのだが、敏はすぐに察知し、自分の心を冷静にするように努めた。
 本来ならばまだ気がつくはずの無い、それはコトハの能力だった。
 想いや願いを増幅させる能力。
 しかし、ロケーションエリアに似た効果を持つ敏は、逸早く精神に作用する何か。自分のロケーションエリアに似た効果の能力を使用されたと気がつき、対策をとったのだ。
 それでも徐々に強くなっていく、ある想い。完全に止めることが出来ないならば。と、敏は軽いステップでコトハとの間に木が視界を妨げる位置に移動して、右腕を振るう。するとその腕にはめられていた優美な銀の腕輪がぐにゃりと形を変えて、銀の鞭となって木々の間をすり抜けてコトハへと向かう。
 木々の間から突然襲ってきた銀の鞭に、コトハは体勢を崩しながら辛うじてよける。
 ちらりと、木々の陰からコトハを見た敏。銀の鞭がもう一度大きくしなってコトハに向かう。その銀の金属は、敏の意志に従い変幻自在に姿を変える敏の武器だった。
 眼前に迫る銀の鞭を、妖力を使って無理やり軌道を変えたコトハ。身体的な能力に秀でてない上に自分の能力もすぐに察知されたし、戦うのは不利だと判断して逃げる。その際、ほんの数秒間。自分のいた場所の視界を妖力で乱し、自分の姿が敏に映らないようにする。
 二人の戦いを隠れてみていた薄野は、ちらりと敏を見るが、すぐにコトハを追う。
 一瞬だけの戦闘が終わり、途端に辺りは静かになる。
 立ち尽くす敏は、目を閉じて、僅かに余韻の残っている想いを抱きしめるように、胸に手を添える。
 還りたい。
 再確認できたその想いに、敏は小さく口を緩めて歩き出した。



 森へと入ったツィー。本当は神社を見るのは初めてだったので、もっと色々見てまわりたかったのだが、それを抑えて報告のあった方向へと進む。
 『森の民』であるツィー。森に入ってすぐにその異変には気がついていた。
 動物が、昆虫が、姿を見せない。
 人の気配で逃げるのとはまた違う。それならばすぐに戻ってくるはずである。
 何か、大変な事が起きるということを物語っていた。
「……ん?」
 何かを感じて。ツィーは立ち止まる。そしてそっと耳を澄ませる。
 空気を切る音。そしていくつかの乱暴な足音。
 常人の100倍以上は五感が働くツィー。遠くで響く戦いの音を聞いて、その方向へと足を向ける。
 戦いの音が止み、走る二つの足音が近づいてくるのをツィーは感じていた。立ち止まり、その足音の元が来るのを待つ。
 そうしてツィーの前に現れたのは、コトハだった。コトハはすぐに佇んでいるツィーに気がつき、立ち止まる。少し後ろでコトハを追っていた薄野も立ち止まって姿を隠す。
「コトハ殿ですね」
 コトハに向かって一歩前に出てツィーが話しかける。
 瞬間的に能力を使おうとしたコトハだったが、先ほどの時みたいに気が付かれていきなり戦闘になるのを警戒して、様子を見るようにツィーを見た。
 ツィーは無言のままのコトハを肯定として話を続ける。
「対策課から来ました。今回の事件。コトハ殿はなにか関わってますね?」
 対策課のことは、勿論コトハも知っていた。自分が目的を達成するとなると、必ず障害になるだろうと。
「知っていることを――っ!」
 ――ぞわり。
 そこまで言ったところで、ツィーは大きく目を見開いて。大きく後ろに跳躍した。
「くっ」
 コトハが小さく毒づいて左右に目を配らせる。
 コトハは、能力を使用しようとしたのだ。しかしかける寸前に、ツィーは野生動物の如く本能に従って距離をとった。
 これでは成功しない。
 コトハの能力は、妖力を用いた暗示の類で、意思のあるものにかけるにはいくつかのプロセスが必要なのだ。
 次の手を考えるコトハだったが、今、自分がそのほかに出来る事といえば妖力を用いた小手先の技だけだ。普段だったら対応策もあるのだが、今のコトハは他の事に妖力を使いすぎていた。先ほどのツィーの行動、動きを見る限り。戦闘になって勝ち目が無いのは明らかだった。
 それでも。
 と。コトハはツィーを睨み付けて臨戦態勢をとる。しかしその時、ツィーの口から出た言葉はまた違うものだった。
「戦わないで済むなら。ツィーはそのほうがいい」
 警戒は解かずに、ツィーはコトハに話しかける。
「今起こっていることを解決に向かわせる意思があるのなら、コトハ殿を傷つける事はしません」
「……断る」
 コトハのその答えは、自分が今回の事件を解決に向かわせる方法を知っており、その上で解決に向かわせる意思が無いということを意味していた。
「目的はなんなのですか」
 二つになった神社。地下空洞の存在。そして関連性はまだ不明だが市内で起こっている百鬼夜行。まるで見えないその目的を、ツィーは問いかける。
「…………」
 しかし、コトハは答えない。
「そうですか……それなら」
 数歩、歩き出し。ツィーは続ける。
「目的が果たされるまで、協力します」
「――っ!?」
 ツィーのその言葉に、コトハは驚いてツィーを見る。いや。コトハだけではなく、遠くで二人を見ていた薄野も目を見開く。
「ツィーには分かります。コトハ殿は純粋な目をしている。何か大切なものの為に、それを成そうとしていることが」
 訝しげに、コトハはツィーを見る。しかし、コトハはすぐに分かった。ツィーが本気でそれを言っているということが。
 少しだけ。コトハは迷った。
 コトハの目的は、決して褒められた行為ではない。恐らくそれは止めるべきものであり、止められるべきものであった。
 しかしそれでも。何か大切なものの為にそれを成そうとしているというのは。確かな事だった。
 だからコトハは。チクリとする痛みを無視して、言った。
「感謝する」
 この日の為に、何度も耐えてきた痛みだった。ここで痛みに折れるわけには、いかなかった。
 コトハがツィーの横を通って先に進むのを、薄野はじっと見ていた。
 追おうにも、ツィーが自分の方向をじっと見ているので、その場から動けなかった。
 ツィーが薄野の存在に気がついていることは、薄野自身も気がついていた。出て行くべきか、対策ベースに連絡するべきかを迷っていた。
 ツィーがコトハに協力すると言ったのを、薄野は確かに聞いた。しかし、その言葉を鵜呑みにして対策ベースに報告しても良いものなのかを迷っていた。
 もしかしたらツィーには何か考えがあるのかもしれないが、それを確かめるために話しかけるというのも、危険をはらむものだった。何故なら、コトハに協力=薄野にとっては場合によって敵となり得る。ということだったからだ。
 しかし、ここで二人で我慢比べをしていてもしょうがない。ツィーは自分の存在に気がついているだろうし、気がついていて仕掛けてこないということは、問答無用で戦いにする意思はないのだろう。と、薄野は木の陰から出て行った。
「対策課から依頼を受けてきた者です。少し、話を聞いていいですか」
 言いながら薄野はツィーに近づく。薄野の言葉に、ツィーはこくりと頷いた。



 コトハは、対策ベースへと向かっていた。
 予想よりも、事が早く露見した事。そしてその対処が素早かったことを考えて。少しでも計画が成功するためにと、自分の能力でかき乱そうと考えていたのだ。地上の対策ベースを混乱させれば、偽の神社も地下迷宮の調査もスムーズに行かない部分が出てくるだろう。とコトハは考えていた。
「そこの、金髪の兄ィさん」
 もうすぐ対策ベースへと出るという時に、その声は唐突にコトハにかけられた。
 びくりとして声の方を向くコトハ。そこには咥え煙草で木に寄りかかっているミケランジェロの姿があった。
「ここは危ないぜ。特別用事がないなら下ァ降りてた方がいい」
 抱えていたモップをくるくると器用に回し、びっ、と杵間山の麓を指すミケランジェロ。
「僕は平気だ。構わないでくれ」
 言い放ち、ミケランジェロの横を通り抜けようとするコトハ。今はキツネのような耳も出ていなく、外見的には人間と変わらないコトハ。人間の振りを装ってその場をやりすごそうとした。
「いや。危ねェんだ。人間≠ヘ降りてたほうがいい」
 その言葉にぴくりと反応するコトハ。が、ちらりとミケランジェロを一瞥しただけで普通に返す。
「きみも人間≠ノ見えるけど? 僕のことは放っておいてくれ」
「いやァ。こう見えても実は人間≠カゃないんだわ、俺は。兄さんは人間≠セろ?」
 ミケランジェロのその言葉に僅かに悪意のようなものを感じながらも、コトハは先を歩きながら言う。
「奇遇だね。僕も人間≠カゃあないんだよ。それじゃ、先を急ぐから」
 そう言って足を速めようとしたコトハ。その背中にミケランジェロは言い放った。
「いいや。おまえは人間≠セよ」
 ぴたりと。コトハは足を止める。その言葉には明らかな悪意があったからだ。
「僕は、人間≠カゃあ。ない」
 ゆっくりとミケランジェロを振り向きながらコトハが言う。その口調には怒気が含まれていた。
「あァ。だが、人間≠ナもある」
 しかしミケランジェロには分かっていた。芸術の神は見ることに置いてもまた特異であった。コトハに流れる人間の血が、ミケランジェロには見えていた。そしてその自らの血から逃げようとしているコトハが、ミケランジェロには許せなかった。
「僕を、人間≠ニ呼ぶなあぁ!」
 叫び。コトハはミケランジェロに能力をしかける。怒りに任せて妖力を乗せて放ったコトハの能力は、一瞬にしてミケランジェロの想いを増幅させる。
「――っ」
 急激に湧き上がってきた想いに、ミケランジェロは顔を歪める。
 それは、普段は隠しこんでいる過去の自分の想い。人間に価値を見出せなかった過去の自分の想い。それに付随する想い。
「だが……、おまえは人間≠セ。そ、して……おまえが言う、人間≠ニ同じ事を、やろうと、して……いる。そうだろ?」
 強くなる想いを押しとどめながら、ミケランジェロはコトハに言う。その言葉にコトハはさらに怒り、妖力を強める。
「ぅ……ぐ、ぁ…………」
 膨れ上がる想いに、ミケランジェロは既に呻く事すらままならないほどになっていた。通常なら決して到達しない。あまりにも強すぎるほどに膨れ上がったほどの想いは、やがて――。
 こころを壊す。
 まるで抜け殻のように、呆然と立ち尽くすミケランジェロ。定まらない視線で、その顔は空を向いている。
 同じように、コトハは呆然と立ち尽くしていた。
「――くっ」
 歩き出した足がよろめき、倒れそうになるコトハ。妖力が少なくなってきたせいだ。
「僕は……」
 小さく呟き、やがてもう一度歩き出す。
 やがてコトハは見えなくなり、ミケランジェロは先ほどと同じ状態で呆然と立ち尽くしている。
 が、不意にその姿が霞む。
 まるで塗られたペンキが色を落とすように。その存在ごとすう、と消えていく。
 ――がさり。
 大きな音を立てて、木々の間からミケランジェロが姿を現した。新たに現れたミケランジェロは、今にも消えて無くなりそうなミケランジェロをじっと見た後、その視線をコトハが進んだ先に移す。
 研ぎ澄まされた刀のように、それは鋭い視線。
 が、すぐにその視線は普段のやる気のない目に変わり、ミケランジェロはぽりぽりと小さく頭をかいてコトハの向かった先へと歩き出した。
 呆然と立ち尽くしていた方のミケランジェロが完全に消える。そのミケランジェロは、偽者だった。本物のミケランジェロが書いた絵画を具現化させた、ミケランジェロの能力だったのだ。



「映画は、そこでエンディングを迎えました」
 ツィーと話をしていた薄野は、自分が覚えているコトハの出身映画の内容をツィーに話し終えたところだった。
「それでは、コトハ殿は……」
 静かに話すツィーに、薄野は頷いてその先を答える。
「断言は出来ないけど……多分。復讐。の可能性が一番高いように思います」
「復讐とは、誰に?」
「それはまだ……。映画内で妖怪を滅ぼした側の人間が実体化したのかもしれませんし、最悪――」
「すべての人間」
 呟いたツィーの言葉に、薄野は頷く。
「コトハ殿の目は、確かに純粋だった。何か大切なものの為に。その気持ちが伝わった」
「そう。大切なものの為に、きっと彼は」
 薄野が呟き。二人押し黙る。
「僕は、止めれるのならば止めようと思う。他の解決方法が、必ずあるはずだから」
 薄野はツィーを見て言う。コトハに協力すると言ったツィーの目の前でそれを言うのは、ある種危険な行為だったが、薄野は恐らく大丈夫と感じていた。
「ツィーも、確かめてみようと思います。コトハ殿の目的が、もしもそうならば。見過ごすわけにはいきません。コトハ殿の為にも。コトハ殿の大切な何かの為にも」
「決まりですね。急ごう」
 笑いかけて、薄野。二人は対策ベースへ向かって走り出した。



 対策ベースで資料に目を通しながら映画を見ていたゆきは、その内容にショックを受けていた。
 ゆきは座敷童子。座敷童子は妖怪。そして、ゆきが見ている『ほとりの闇』は人間と妖怪の争い。人間による妖怪の虐殺が強く描写されている映画だった。
 ゆきの出身映画の設定では、妖怪とは人の心から生まれ、ゆきたち座敷童子は人々の幸福を願う心から生まれたとされていた。
 そしてゆき自身も、人々の幸福を願い、与えることを、己の存在意義だと思っていたし、人間が好きだった。
 だからゆきにとって、『ほとりの闇』を見るのはとても辛いものだった。
 ゆきが座敷童子だと知らない大男も、ゆきが辛そうなのには気がついていた。だから何度も映画は自分だけで見るからいい。と言っていたのだが、その度にゆきは「大丈夫じゃよ。事件解決の為のヒントがあるかもしれんからの」とぎこちない笑顔で答えていた。
 そうして見ていたとき、パソコンが映す映像が伝承という部分の映像にかわり地下迷宮が映し出された。
「おい。これってもしかして……」
「地下迷宮の調査隊に、何か関係ありそうじゃの」
 大男の言葉に、ゆきが頷く。
 流れる映像を見ていく二人。そしてある部分で、ゆきがその画像を止める。
「んあ?」
 不思議そうに大男。ゆきはパソコンの映像を少し戻して調整すると、食い入るように画面を見る。
 それは地下にあった部屋のような空洞の壁画を映した場面だった。大男も見てみるが、それらは大男にとっては意味の分からない文字のようなものであったり、絵のようなものであった。
「これは、古い字じゃの」
 呟きながら、画面に映る文字を紙に写し取っていくゆき。
「読めるのかい……? 嬢ちゃん」
 驚いたように大男。
「これでも結構長生きしているんじゃよ」
 作業を続けながら答えるゆき。
 そのとき、大きな音を立てて対策ベースの電話が鳴った。すぐに大男は受話器を取る。
「おう。俺だ」
『対策ベースですね』
 聞こえてきたのは佐野原冬季の声。そしてその用件は、丁度今ゆきが調べている壁画の文字についてのことだった。
「ああ。それなら多分、今こっちで調べてるのと同じもんじゃねぇのか。今調べてるとこだから、これまでに分かった事を先に話してるぜ」
 そう言って映画のタイトル。コトハの存在。それまでに分かった映画のストーリーを話し始める大男。話の途中で、ゆきが壁画に書いてあった文字を解読できたので、それも伝える。
 伝え終え、電話を切った大男。ふう。と大きく息を吐き、話し出す。
「しかしこりゃあ……。すまねぇな嬢ちゃん。変な事調べさせちまって」
 書かれていた内容の一部を指して、大男は言う。
 ゆきも、解読した文字が導く結末を予測して静かに言う。
「悲しい事にならなければいいんじゃがの」
 悲しげに呟いたゆきを大男が見る。そして大男の目は、そのずっと先に向かった。
 コトハの姿が、そこにはあった。
 がたん。と、大男は勢いよく椅子から立ち上がる。足に当たった机が小さく飛び跳、細いパイプの椅子が倒れる。
「あんたは……コトハ。だな?」
 前に出た大男に、コトハは能力を使おうとする。が、横に居たゆきの姿を確認した瞬間。大きくその目を見開かせる。
「――っ!」
 見た瞬間に、コトハは気がついた。ゆきが人間ではない、妖怪だということに。
 別に、不思議なことではない。銀幕市に妖怪は沢山いる。たとえ妖怪が自分の計画を邪魔しようと目の前に立ちはだかっても、計画を実行する決意は持っていたコトハだった。
 が、大きく揺れる。
「くっ」
 一度引こうと後ろを向くコトハ。だが、そこには敏の姿があった。
「色々聞かせてもらったよ。やっぱりこの騒動、君が関係していたんだね」
 敏を見て、小さく毒づくコトハ。実は敏は、薄野とツィーの会話を聞いていたのだった。
「君の目的はなんなの?」
 笑顔で問いかける敏。その問いに、別の場所からも声が響く。
「それは、ツィーも聞きたい。返答によっては、コトハ殿を止めなければならない」
 ツィーと薄野の姿が、そこにはあった。
 見事に三方に囲まれたコトハ。逃げれるとは思わなかったが、無意識のうちに残りの一方を見ると、丁度ミケランジェロが森から出てきたところだった。
「丁度いい場面かァ」
 倒したはずのミケランジェロを凝視するコトハ。それでも、不思議ではなかった。相手もまた、人間じゃないと自ら口にした存在なのだ。
「あんなものを用意して、どうするつもりだったんだ」
 大男が怒ったようにコトハに問いかける。
 あんなもの。それが意味するものが、地下迷宮にあるものだと。コトハはすぐに気がついた。それを知っているならばもはや隠す意味もない。とコトハは静かに口を開く。
「想像できるだろう。虐殺さ。人間の」
 その言葉に、ゆきと薄野は目を伏せる。笑顔だった敏の顔には僅かに怒りが滲み、ツィーと大男は口を噛み締める。ミケランジェロは変わらずの目でコトハを見ている。
「何故ですか!? 大切なものの為に、コトハ殿は! コトハ殿の大切なものが、本当にそれを望むと思っているのですか」
 叫んだのはツィー。コトハはツィーに目を向けて返す。
「大切なものの、為さ」
 それはコトハの本心だった。そして、大切なものが自分の行動を望まないだろうという事も、コトハには分かっていた。
「だからって……! 何で周りを見ようとしないんだ!」
 そう言ったのは敏だ。怒りをあらわにした口調だ。
「此処は映画の中じゃないし、誰かを傷付けなくても望みが叶うかもしれない場所なのに!」
「叶わない! 僕の望みは絶対に、人間がいると叶わない!」
 同じくコトハも、怒りにまかせて言葉を叩きつける。
「そうかい」
 コトハの叫びの静けさの中、ミケランジェロのその呟きはやけに響いた。
「人間がいると叶わないか。だけど俺ァ人間が好きだ。敵意を向けるおまえは気に食わねェ」
 コトハを睨み付けて、ミケランジェロは言う。
「僕も、気に食わないという部分は同感だよ。このまま続けるのなら、力ずくでもやめさせる」
 敏が言い放ち、腕を構える。ぐにゃりと形を変えた銀の腕輪が手甲型の刃となる。
「ちょっと待って」
 一歩前に出る薄野。悲しげな顔で続ける。
「話で解決できるなら、絶対にそのほうがいいよ。他の解決法が、絶対にある」
 全ての言葉を切り捨てて、コトハは言う。
「計画をやめる気は、無い」
 その言葉には、強い決意があった。
 それが分かったから、敏とミケランジェロはすぐに動いた。
 敏が軽い身のこなしでコトハに近づく。が、ツィーが間に入る。
「……邪魔するの?」
「戦うつもりはありません。ですが、まだ、もう少し」
 問いかける敏に答えるツィー。コトハの決意が恐らく揺らがないものだというのは、ツィーにも分かっていた。しかし、ツィーは諦める事が出来なかった。コトハの為に、コトハの大切なものの為に、幸せな結末を迎えたかった。
 敏は銀の形状を鞭のように細長く変え、ツィーを避けてコトハに走らせる。ツィーは脇を抜けていく銀の線を、常人以上に伸びた大きな手で掴み、鋭い爪で捕らえる。
 その間に、ミケランジェロはモップに仕込んだ刃を出し、コトハに切りかかる。ミケランジェロの早い動きについていけないコトハは、妖力を用いた壁をいくつも作り出し、どうにかその攻撃を受けるしか術はない。
 元々妖力を消費していたコトハ。あっという間に、それは底をつき、防御すらままならなくなる。
 それに気がついたミケランジェロは、攻撃を止めてコトハを見る。コトハは息を荒くして、立っているのすらやっとのようによろよろとしている。妖力を使う証であるキツネのような耳も、もう現れてはいなかった。
「もう、何も出来ねェだろう」
 敢えて命を奪う事も無い。と、ミケランジェロはコトハの妖力が残っていないのを悟って、距離をとる。それを見た敏も戦闘態勢を解いて、ツィーもほっとしたようにコトハを見る。
 よろよろとした足取りで、森に向かうコトハ。そのコトハを追って止めを刺そうとする者は誰もいなかった。奪わなくていい命なら、奪う必要は無いと誰もが考えていたのだった。
「このまま二手に分かれて、もう一つの神社と地下への支援に行ったほうがいいのかな」
 薄野が大男に向かって言う。ぼんやりとコトハの背中を見ていた大男は、その薄野の言葉に気がついて返す。
「あ、ああ。いや。平気だろう。……ちょっと、済まねぇ。あいつと話がしてぇ」
 そう言ってコトハが消えた森へと向かう大男。訝しげに大男を見るほかの者達に、大男はははっと笑って続ける。
「いやぁちょっと。あいつの能力が気になってな」
 咄嗟に口にした言葉。しかしそれは、まるっきり嘘だった。
「ああそうだ。神社組へもう一度連絡を取ってみてくれねぇか。嬢ちゃ……」
 言いかけた大男。だが、ゆきの姿はいつの間にか消えていた。



「くぅ」
 よろよろと木に何度も身体を預けながら、コトハは奥へと進んでいた。
 死ぬわけには、いかない。と。
「辛いのは、嫌なんじゃよ」
 響いた声に、コトハは顔を上げる。目の前にいたのは、ゆきだった。
「きみは……」
「座敷童子。コトハと同じ、妖怪じゃよ」
 自分を妖怪≠ニ呼んでくれたゆきが、何故だろうか。妙に嬉しくて。コトハは小さく笑って木の根元に倒れこんだ。もう、歩くのすら厳しかった。
 ゆきは倒れこんだコトハに近づき、その深紅の眸を覗き込む。
「助けたいと、思ったんじゃよ」
 辛い気持ちを抱えたまま、過去だけ見ていては辛いのだ。と、ゆきはコトハの眸を見て感じていた。
「妖怪の……為に。妖怪の安心できる世界を、創りたかった」
 ぽつりと。コトハは秘めた想いを洩らす。
 本当は復讐がしたかった訳じゃない。ただ、妖怪とまた暮らしたかった。
 また映画の中のような理不尽な思いをしない為に、妖怪だけの世界を創りたかった。それがコトハの願いだった。
 方法が間違っている事は、コトハにも分かっていた。映画の中で共にいた妖怪たちが喜ばないなんて事も分かっていた。銀幕市に住む妖怪たちがそれを望まないなんてことも。全部分かっていた。
 ――それでも。
 そうせずには、いられなかった。それ程に、コトハが負った傷は深かった。
「妖怪の為に。みんなで、笑って過ごす為に……」
 何度も、何度もコトハは呟く。
「分かっておるんじゃよ。コトハの想い。ちゃんとわしに届いたんじゃよ」
 コトハのしようとしたことは許される事じゃない。そんなことは勿論ゆきにも分かっていた。けれど、コトハの妖怪を想う気持ち。その純粋な気持ちも、ゆきは感じていた。
「あぁ……ぅあぁ…………」
 震える気持ちは言葉にならず。コトハの口からはただ、呻くように声が出た。
「ぁぁ……」
 何度も。何度も。
 ふわりと。コトハは温かさを感じた。
「ありがとうの……コトハ」
 ゆきがコトハを抱きしめて。そう言った。
「あぁぁ……うあぁぁ」
 言葉も、想いも。何も形にはならずに、コトハは泣く。
 何度も何度も。まるで子供のようにコトハは泣いた。
 何度も何度も。ゆきは優しくコトハの背中をぽんと叩いた。
 ――その時。大きな振動が走った。
 悲しげに俯くゆき。その後ろから声がかけられる。
「悪い……そろそろ」
 振り向かなくても。それが大男だというのはゆきには分かっていた。事情を知っているのは、ゆきと大男だけなのだから。
 それは。ゆきが解読した壁画だった。
 地下迷宮に眠っている危険なもの。銀幕市を壊しかねないそれを、コトハは蘇らせようとしていた。その為にコトハは行動していたのだ。
 恐らくそれは今頃もう蘇っていて、地下組は危険な状態に陥っているだろう。
 そしてそれは、大元の妖力の提供者の命が絶える事により、力が奪われると。
 そう。ゆきが解読した壁画には記してあったのだ。
 それが意味するのは。コトハの死。
 決してまだ、終わりではなかったのだ。
 ゆっくりと。ゆきはコトハから離れる。
「行ってていいぞ。こんなの……見るもんじゃねぇ」
 大男の言葉に、ゆきは無言で対策ベースへと歩いていく。
 ゆきが完全に見えなくなるのを待って、大男はコトハを持ち上げてその首に手をかける。
「ぐ……っ」
 小さく咳き込んで、コトハは首を掴む大男の手を外そうと手をあてる。が、力が入らない。
「怨んでもいい。あんたを、殺すぞ」
 少しずつ、力を入れていく大男。
「なぁ。本当にあんたが死ななきゃ解決できねぇのかよ」
 ぽつりと。コトハに語りかける大男。
 ――何故だろう。こんなときだからだろうか。コトハはまるで別な事を考えていた。
 ――それはとある友人のこと。
「なぁ。本当は何かあるんじゃねぇのか。全部うまくいく魔法みてぇの。なぁ……」
 その声は徐々に震えていき。やがてぽつりと。涙が零れる。
 ――実体化した頃からの付き合いだった。
 ――どこか過ごしやすい空気を感じ、杵間神社に足を運んでいたある日、その友人と出会ったのだった。
「なぁ。何かあるって言えよ? ここは銀幕市だろうよ」
 ぎりぎりと。力がこもる腕は、その手は。気持ちの悪い音をたてる。
 ――その友人の軽口を聞いているのが、好きだった。
 ――その友人と過ごす時間は、唯一この街で楽しい時間と思えた。
「なぁ! あんたが一言言えば済むんだよ! 言えよっ!!」
 絞められている喉が震えたのを感じて、大男は少しだけ手に篭めた力を緩める。その目からはぼろぼろと涙が零れていた。
 ――最後にもう一度、話をしたかったな。
 ――最後にもう一度……。
「け……いかく、を、やめる気は、無い」
「…………」
 ごきり。と。ひどく鈍い音が辺りに響いた。コトハの腕がだらりと垂れる。
「馬鹿野郎」
 静寂が辺りを支配する。虫の鳴き声一つ、しなかった。
 大男の腕からすべり抜けたコトハは、どさりという音を立てて地面に落ちる。そしてその姿はプレミアフィルムとなる。
 フィルムを拾い上げて歩き出す大男。空いた右手をポケットに突っ込むと、その指先が何かにあたる。摘み出してみると、それは青い包装紙の飴玉だった。
 大男は器用に片手で包装紙を剥がし、自分の口に含もうとするが、すんでのところで止める。
 そしてポイ。と後ろになげて、言う。
「ほらよ」
 ころころと。その飴玉はコトハの倒れたあたりまで転がっていった。



 後味の悪い事件だった。
 帰りの道で、敏は振り返って神社を見上げる。
 しかし、今回の事件は、敏にとっては大きな意味を持たせた。
 それは、自分の内に秘めた想いを再確認できたことだった。
 最近、薄れていたように思っていた、還りたいという気持ち。
 その強い想いを、改めて実感できたこと。
「うん」
 笑顔を浮かべて、敏は再び歩き出す。
 故郷の異世界が銀幕市に実体化する、している可能性。異世界に還る方法が見つかる希望を持っているから、敏は歩いていけるのだった。



「はあ」
 小さく。薄野はため息をついた。
 事件が終わったあと、大男が手に持ってきたプレミアフィルム。それの意味するところを、勿論薄野は分かっていた。
 今回の事件。本当にコトハは悪かったのかというのを、薄野は少し考えていた。
 勿論。いいことではない。
 けれど、それを言うならば『ほとりの闇』での人間の行動はいいことだったのだろうか?
 勿論。それは映画だと切り捨てる事は出来る。
 しかし、ここは映画の街。
「鎮さん」
 唐突にかけられた声に、薄野は声のしたほうを向く。それは、別の所へと行っていた居候だった。
 考えを中断して、薄野は居候に向かって話しかける。
「帰ろうか」
 何が正しいのかなんて、きっと分からない。
 それならば、自分は自分の信じるように行動するのが、きっといいんだろうな。
 そんなことを思いながら。薄野は歩き出す。



 ツィーは自分を責めていた。
 コトハが死んだことは、それしか道が無かったことは、ツィーも理解していた。
 あの時、ツィーはコトハに協力すると言った。
 結論を言うならば。コトハは、ツィーの純粋な気持ちを利用したのだった。
 しかしそれでも。ツィーは自分を責めていた。
 協力するといいながら、しきれなかった自分を。
 目的が目的だから、恐らくは仕方が無い。
 けれど、命くらいは救いたかったとツィーは思っていた。
「ぐ……ぅ……」
 コトハが息絶えた森の中で。
 ツィーの目からは、一筋の涙が零れ落ちた。



 結局。自分には何が出来たのだろうか。
 帰る道で、ゆきは自分に問いかけた。
 あんなにも妖怪のことを想ってくれたコトハに、自分は何をしてあげれたのだろうか。
 ゆきは、妖怪も人間も大好きだった。
「わしにもっと、ちからがあればいいんじゃがの」
 各地でいくつかの戦争を経験しているゆき。
 その体験は、ゆきに自らの力のなさとこぼれていく命のはかなさを覚えさせていた。
 どんなに助けたいと願っても、すべてに手を伸ばす事は出来ないのだと、ゆきは知っていた。
「悲しいの」
 呟いて、ゆきは続ける。
「みんなが幸せでいれれば、いいんじゃがの」
 切なる願いは。小さく空に溶けていった。



 事件から数日が過ぎたある日のこと。
 ミケランジェロは普段は『掃除屋』であり、掃除的な仕事を主に請け負うのだが、その日は違った。滅多にない、画家としての仕事を、その日は請けていたのだ。
 なんてことはない。とある店の外壁に絵を描いてくれとの依頼だった。
 店の壁沿いに敷かれた大きなビニールシートの上に、様々な色のペンキの缶が並び、まんなからへんには脚立。そして店の外壁には描かれた絵。
 殆ど完成に近づいたそれを、通りかかる人々は感嘆の声を残していく。
「そろそろ完成ですか?」
「あと一息ってとこかねェ」
 依頼主である店主の言葉に、ミケランジェロは間延びした口調で答える。
「しかし、すばらしいですね」
「そりゃどーも」
 受け流すようにミケランジェロ。
「タイトルは、なんというのですか」
 店主の問いかけに、ミケランジェロはそうさなァ……と呟き、ほんの少し口元を緩めて答えた。
「コトハの世界」
 そこには、キツネのような耳を生やした金髪の青年を囲むように、様々な妖怪たちが笑いあっている姿が描かれていた。

クリエイターコメントこんにちは。依戒です。

ええと、初のコラボシナリオ。とても楽しかったです。
あ、私のことなんていいですよね。あはは。
みなさまは楽しんでいただけたでしょうか? 

ええと。いつものように、長くなるお話は後ほどブログにてあとがきを綴ると思いますので、よければ是非によっていって下さい。

参加してくださったみなさま。シナリオを読んでくださった誰かが、ほんの一瞬だけでも、幸せな時間だったと感じて下さったなら、私は嬉しく思います。

それでは、失礼します。
公開日時2008-03-01(土) 12:00
感想メールはこちらから