★ それはきっと、何かのはじまり。 ★
クリエイター福羽 いちご(wbzs3397)
管理番号97-3617 オファー日2008-06-23(月) 01:50
オファーPC 津田 俊介(cpsy5191) ムービースター 男 17歳 超能力者で高校生
ゲストPC1 藍玉(cdwy8209) ムービースター 女 14歳 清廉なる歌声の人魚
<ノベル>

     ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 指先に少し力をこめると、プシュッと炭酸の香気が弾ける。
 汗をかいたように濡れる缶を傾け、津田俊介はよく冷えた飲料を喉を鳴らして飲み下した。
 飾り気のない服装と短い黒髪、そして眼鏡。そうして缶ジュースを飲んでいる様子は、ごく普通のどこにでもいる男子高校生に見えるけれど……ムービーファンの中には、彼が映画『ガイア』の主人公であると見分ける者もいるかも知れない。
「ふぅーっ」
 津田は長く息を吐くと、空を見上げた。
 頭上には夏空が広がっている。
 足下からはアスファルトの照り返しの熱がじわじわと。
 フェンスの向こうからは、サッカーの練習をしている小学生の呼び交わす声、ボールを蹴る音がひっきりなしに聞こえてくる。
 それを聞きながらまた缶に口をつけようとした時、仕事用の携帯電話の着信音が鳴った。
「あれ?」
 番号非表示。
 この携帯の番号を知っていて、かつ、非表示でかけてきそうな相手に考えを巡らせながら、津田は携帯電話をとった。
「はい。……あ、そうだけど…………は? それはどういう……」
 聞こえてきたのは知らない声。だが、間違い電話ではなく、その声の主は津田に仕事を頼みたい、と依頼を持ちかけてきた。
 勿論これは仕事用の携帯だから、仕事の依頼が入るのに不思議はない。だがそのほとんどは対策課経由で入ってくる。何らかの理由によって、対策課から紹介を受けた依頼主が直接、ということが無いわけではないが、かなり珍しい。
 いぶかしみながら聞いている津田に、依頼主は慣れた様子で依頼内容の説明をしていった。
 依頼内容は物品の運搬を警護すること。運搬自体は他の者がするので、津田はそれを目的地に到着するまで守り、依頼主に引き渡せば良い。物品の内容や運搬場所等の詳しいことは、契約が成立してからしか教えられない、とのこと。
 急な仕事なので、報酬は相場より若干高めになっていて、結構美味しそうな仕事だ。
 どうしようか、と迷う気持ちもあったけれど、今の津田にとって、この銀幕市で生活してゆく糧を得ることは重要かつ危急の課題なのは確かで。
 首を捻りながらも、津田は依頼を受けることにしたのだった。

     ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 が……。
 依頼主に指定された場所に赴いた津田は、トラックに積まれた物品を前にしばし固まった。
 それは、水をなみなみとたたえた大きな水槽だった。
 いや、水槽だけなら何ら問題はないのだけれど……。
 ゆらり……。
 長い髪が艶やかな黒の流れを描いている。
 エメラルドとパールのブレスレットをはめたほっそりとしなやかな腕は、差し伸べる形のまま、力無く揺れ。
 ミニワンピースを着た可憐な少女が水槽に浸かっている……が、彼女が人でないことは一目瞭然だった。
 人ならば耳のある位置には鰓があり……その下半身は、透き通るウルトラマリンの鱗に覆われた魚の尾。
「らん……」
 静かに目を閉ざし、意識無く水槽内に漂う藍玉に呼びかけようとして、津田は口をつぐんだ。この依頼を持ち込んだ者達に、彼女と知り合いだと知られることが、吉と出るか凶と出るか分からない。
 どうしたんだ大丈夫かと水槽を叩いて呼びかけたい気持ちを抑え、津田は振り返った。
「運ぶものはこれか? なら俺は引き受けられない」
「なんだとぉ?」
 がたいの良い男が、津田につかみかからんばかりの勢いで詰め寄る。が、依頼主だと名乗った男は、鷹揚に手を振ってそれを止めた。
「気が乗らないなら無理にとは言わん。別の奴にやらせるまでだ」
 依頼主はそこで言葉を切ると、津田に静かだが鋭い目を向け。
「依頼を受ける受けないは自由。ただし……もちろんこの依頼の件に関しては他言無用だ。……もしそれを守れぬようなら、金輪際、君に依頼をしようという者はいなくなるだろう。まあ、当然だな。守秘義務を守れぬ者に依頼を任せる者がいようはずもない」
 余裕たっぷりの笑みを浮かべると、依頼主は別の誰かを捜すつもりか、携帯を取り出した。その指が携帯を操作しようとするのを津田は止めた。
「分かった。引き受ける」
 引き受けたくはない。だが、受けねば藍玉は誰か別の者の手によって、津田の知らないどこかへと運ばれるだろう。それよりは自分の目の届く範囲にあって欲しい。
 急に意思を翻した津田に、依頼主は探るような視線を当てた。
「契約は果たしてくれるんだろうな?」
「はい。引き受けたからには必ず」
 その気持ちには嘘はない。
 迷い無く答える津田の様子からそれを読み取ったのか、依頼主は携帯をしまうと、よろしく頼むと言い置いて、トラックの荷台から離れていった。

     ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 エンジン音、そしてトラックが走り出す。
 水槽の水は振動に波打ったが、藍玉はゆらゆらと漂うままで、目を開ける様子はない。
 津田は水槽に寄ると、キュア――治癒の力を使った。
 ゆっくりと快方へと向かって流れてゆく藍玉の自己治癒能力を、津田の念動力が加速させ、眠りからの解放をはやめる。
 津田の力で出来るのはここまで。あとは藍玉の持つ治癒力を信じて待つしかない。
 見守るうちに……藍玉の長い睫がぴくりと震え、次の瞬間、ぱちりと目を開けた。自分がどういう状況に置かれているのか掴みかねるように、藍玉は視線を彷徨わせ……そして、瑠璃色の宝玉のような瞳が津田を捉えた途端、大きく見開かれる。
「俊介!」
 すい、と泳ぎ寄ってきた藍玉に、津田は人差し指を口の前に立て、静かにするようにとサインを送った。
「俊介、ここはどこなの?」
 囁き声で尋ねてくる藍玉に、津田はこれまでの経緯を説明した。
「何があったんだ? どうしてあんな奴らに運ばれてる?」
「よく分からない……。いつものように公園の噴水で泳いでいたら、急にたくさんの人に囲まれて……気づいたらここにいたの」
 藍玉は困惑の表情で首を振る。
 思った通り、彼女の意思で運ばれてはいないようだ。
 不安に揺れる藍玉の瞳は、今すぐ安心させてやりたいと思わせるものだったけれど。
「ごめん。今は助けてやれないんだ。一度受けた仕事を途中で契約破棄することは出来ない」
「……しゅんすけ……」
 責めるのではなく哀しげに、藍玉は呟いた。
 水槽のガラスに当てられた白い手に、津田はガラスの外側から自分の手を合わせる。
「だけど必ず……必ず助けるから」
「うん……待ってる」
 藍玉が頷いた時、トラックが止まった。
「もうしばらく、意識が戻ってないふりをしててくれ」
 藍玉に指示すると、津田は水槽から離れ、荷台の扉が開けられるのを待った。

     ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 藍玉の入った水槽は、薄暗い倉庫へと運ばれ、荷受け人へと引き渡された。
「ご苦労だったな。これが報酬だ」
「……どうも」
 意に染まぬ仕事でも、契約は契約。津田は封筒の中身を確かめると、無造作にポケットにつっこみ、踵を返した。
 その背で、がらがらと重い音を立てて倉庫の扉が閉められる。
 閉められる直前に聞こえてきた野卑な笑い声が、無性にかんに障った。
「仕事終了、だな」
 倉庫から数歩離れた地点で、津田は足を止めた。
 すっかり馴染んで、普段はつけていることを忘れている眼鏡を外す。その下から現れた目は、剣呑な色をたたえていた。
 脳裏にイメージを喚起し、人の意識ネットワークに乗せて、己の身体を移動させる。
 ふっと周囲の景色がぶれた……次の瞬間、津田の身体は先ほどの倉庫の中へと戻っていた。
「何だっ?」
 不意の出現に慌てる男達を横目に、津田は真っ直ぐ水槽に走り寄った。
「俊介!」
 水槽のへりに手をかけた藍玉が、ばしゃりと強く尾で水を叩き、その勢いで外へと跳ね出る。
 水槽を載せている台車に飛び上がった津田は、両腕で藍玉を受け止めた。軽いけれど、確かな質感のある身体をしっかりと抱くと、再び瞬間移動。倉庫を離脱する。
 倉庫の澱んだ空気の中から、夜風が心地良い外へと身を移せば、そこにはうってかわった平穏な日常の風景が広がっていた。
「ここで待っててくれ。俺はあいつらがもうこんな事に手を出さないように、ちょっと懲らしめてくるから」
「あ……待って……」
 藍玉が伸ばした手が触れる前に、津田はまた倉庫へと跳んだ。
「てめえ、荷物を返しやがれ!」
「人を荷物呼ばわりする奴には、返してやれねーよ。――バースト!」
 発動キーワードと同時に、藍玉を入れてあった水槽が派手に水しぶきをあげて爆発する。
 動揺を誘った処へ、畳みかけるように念動力を発動させ、津田は男達を次々に撃破していった。
 殺すつもりはないから手加減はしているが、有る程度痛い目にあわせておかないと、また同じ事を繰り返すだろう。
「やばい、逃げろ!」
 歯が立たないと知った男達が、倉庫から外へと逃げ出してゆく。
「逃がすかよっ!」
 電子の運動に関与すれば、ばちばちと音を立てて光が弾ける空間が生み出される。
 空間を抱えていた両腕を逃げる敵へと振り出せば、集められた雷光の力が逃げようとする男達へと向かい、感電させる。
「くらえっ!」
 津田の意識が前方に向いているその隙を狙って、背後から気合い一閃、鉄パイプが振り下ろされた。
 凶行に慣れきった男のふるう鉄パイプは、的確に津田を捉え……。
「……カーブ」
 ガキッ。
 脳天を直撃、とみえた次の瞬間、男は手が痺れる程の勢いで、コンクリートの床を叩いていた。
「何ぃ?」
「ベクトルをずらしただけ。いやぁ、そこまで驚いてもらえるとはねぇ」
 津田が説明する間にも、男は再び鉄パイプを薙ぐ。
「ぐはっ……!」
 鉄パイプを自分にヒットさせ、男は転がり呻いた。
「自分で受けると、その痛みが分かるだろ。これに懲りたら、二度とこんなことに手を染めるなよ」
 これくらい懲らしめておけば良いかと、倉庫内を確認しながら外に出た、その時。
 トラックのヘッドライトが津田を照らした。
「随分暴れてくれたようだな」
 トラックにもたれている男の顔はヘッドライトに邪魔されてよく見えないが、その声は今回の件の依頼主のもの。
「だが、それもここまでだ」
 ガチャリ……。トラックの荷台が開けられる金属音。そして。
 トラックの陰からぬっとばかりに、異形が現れた――。
 2mを越すごつごつした躯。異様に発達した太い腕。
 紫と緑をぶちまけたような色合いの使鬼が、ぎょろりと津田を睨み付ける。
「うっ……」
 じりっ。
 津田の足が我知らず後退する。
 冷たい汗がびっしょりと全身を濡らす。
 身体の隅々までもが異形を拒否し、悲鳴をあげているのだ。
 それは津田に根ざした根元的な恐怖……。
「どうやら形勢逆転のようだな」
 息をするのも忘れている津田に、依頼主がにやりと口元を歪めた。

     ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

 怖い、という気持ちはどこからやってくるのだろう。
 生命維持の為? 危険回避の為?
 だとしたら何故、平静ででいなくてはならない局面で、恐怖が身体を縛るのだろう。
 覚悟を決めて戦う、あるいは脱兎の如くに逃げ出す。どちらか選択すれば、この状況から脱することが出来るのに、戦おうとすれば心が竦み、逃げようとすれば足が竦む。
 戦うことも逃げることもできず、津田はじりじりと追いつめられていった。
 使鬼の口元がにたりと開く。
 依頼主の笑い方とそっくりだ……。
 自分に向かって振り下ろされる腕を見上げつつ、痺れた頭の片隅でそう思った時。
 ――歌が聞こえた。
 こんな状況下にあってもその歌は、清廉に清冽に。
 打ち寄せる波の如く豊かに流れる歌声と、波頭の如くに弾けて輝きを添える息遣い。
 その歌に魅入られたように、使鬼の動きがぴたりと止まる。
「藍玉! 待ってろって言ったのに」
 使鬼の恐怖も忘れ、津田は叫んだ。
「だって、俊介が心配だったから……」
 間に合って良かった、と藍玉が微笑む。
 が。
「自分から戻ってくるとは、躾の良い荷物だ。捕まえろ!」
 依頼主の命令に、仲間の男達が一斉に藍玉へと飛びかかった。
「そいつに触れるな!」
 津田の身体は楽々と宙を翔け、男達の手から藍玉を掬い上げた。
「しっかり捕まって」
「うん……」
 藍玉は言われたとおりに津田の首に腕を回し、ぎゅっと身を寄せる。藍玉の背と膝下を腕で支え抱くと、津田は上空へ、男達の汚い手の届かぬ場所へと飛んだ。
「……怖いか?」
「ううん。俊介が守ってくれたから」
「じゃ、悪いけど、安全な場所に行くのはちょっと待ってくれ。片づけなきゃいけないことがあるんだ」
 使鬼を倒しておかないと、あの依頼主は悪事のたびにこうして使うだろう。あの使鬼を使って再び藍玉を手に入れようとしないとも限らない。
「わたしも手伝うよ」
 藍玉は夜気をいっぱいに吸い込むと、歌い始めた。
 深く、深く……深海の眠りにいざなう子守歌。
 歌っている間、藍玉の喉には淡く紋様が浮かび上がる。
 それこそが、歌姫の印。藍玉に刻まれた宿命の印。
 世界を眠らせる為に歌うことを運命づけられた、蒼き歌姫……。
 その歌声には抗えず、使鬼のまぶたが閉じ、だらりと腕が下がる。
「ファイア」
 津田は使鬼の周りにある原子運動を急加速させた。生み出された熱が炎となって使鬼を包み、焼き尽くす。
 歌姫の眠りの中、使鬼は炎によって浄化され、消えていった……。

     ◇       ◆       ◇       ◆       ◇

「終わった、か……」
 とんでもない仕事になったもんだと津田は息をついた。
「お疲れ様」
 腕の中から津田を見上げ、藍玉は花開くように笑う。
「俊介、わたしにちゃんと触れたね」
 人外に対しての恐怖が強く、逃げずにはいられない。藍玉に対してもそうである津田のことを、藍玉は蔑むことなく、心配してくれていた。
 津田が人外である自分に触れられたことを素直に喜んでくれている藍玉の笑顔は、夜空の月の如く津田の目をとらえ。
「え? あ、あっ……こ、これは緊急事態だったから……」
 急に跳ね上がる心拍数に、宙に浮かんだままの身体がぐらりと傾いだ。
「きゃっ」
 崩れたバランスに驚き、藍玉が津田の首にぎゅっとしがみつく。
「わわわわっ!」
 接近する藍玉の顔に、津田の心臓は爆発寸前。
「俊介? 大丈夫?」
 大きく見開かれた瑠璃の瞳に、ドクドクと打つ鼓動が耳にまで響く。
 どっと出る汗は、緊急事態が去ったことによって戻ってきた人外への恐れなのか、それとも……?

 がんばれ、津田俊介17歳。
 オトコゴコロはオトメゴコロに負けず劣らず、複雑なのだった――。

クリエイターコメント オファー、有り難う御座いましたの。

 出会い編との事でしたので、一連の物語の中に、金平糖をちょんちょんと置いてゆくような心持ちで書かせて戴きました。
 恋が始まろうとしている時は、この時期にしかないトキメキが、金平糖の御星様のようにきらきらと。そんな時期のお話を書かせて戴けた事、とても嬉しく思いますの。

 これからの御二人の未来が楽しいものである事を御祈り致しつつ……。
 此の度は有り難う御座いました。
公開日時2008-07-16(水) 18:50
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