★ 夏の夕日 ★
クリエイター有秋在亜(wrdz9670)
管理番号621-4394 オファー日2008-08-31(日) 21:47
オファーPC 津田 俊介(cpsy5191) ムービースター 男 17歳 超能力者で高校生
ゲストPC1 藍玉(cdwy8209) ムービースター 女 14歳 清廉なる歌声の人魚
<ノベル>

「プールかぁ……うーん」
 夕方の日差しに翳されるのは、市民プールの無料入場券。津田俊介は、その券を眺めやりながら少し首をかしげていた。
『一枚で幾人か入れたはずですから、どなたかを誘っていかれては?』
 券を渡してくれながらさわやかな笑顔でそう告げた植村氏の顔が思い出される。俊介にはそのとき、ふと脳裏に思いついた名前があった。――その想いに従って、足は自然と公園へ向かう。

「市民プールに?」
 そこはさして大きいわけではないが、綺麗な公園だった。白いワンピースを着た少女が、噴水からそのそばに立つ俊介の方へほんの少し身を乗り出すようにしている。かすかに波打つ水面の下でやわらかく水を抱いているのはしかし、足などではなく透けた輝きを持つウルトラマリンの鱗に覆われた、尾鰭。
「うん。対策課でタダ券もらったからさ。折角だし一緒に行かないかと思って」
「素敵! いつ行くの?」
「藍玉に予定がなければ……休みだし、明日とか」
 俊介の言葉に藍玉はぱっと顔を輝かせ、にっこりと微笑んだ。
「わかったわ。楽しみにしてるから」

 *

「……って、ちょっと待てよ」
 その日の夜。水着などを出してきてゴーグルを探しながら、不意に俊介は手を止めた。頭の中で、明日の予定が反芻される。……藍玉を誘って、市民プールに遊びに……
「え、こ、これってデートじゃね!?」
 二人で・プールへ・遊びに・行くのだ。しかもつまりは水着。誘った時には特になにか下心があったわけでもないが、いや別に今も下心があるわけではないのだが。でも二人で。
「……えっ、と……とっ、とりあえず準備準備!!」

 *

「俊介、大丈夫? 無理してない?」
 眼の下に一見してはっきりとわかるほどのクマがある俊介を、藍玉が心配そうに見やった。いつもの白いワンピースとは違う、水着姿。アクセサリの類はいつもと同じとはいえ、雰囲気がすこし違っていた。
「大丈夫、ちょっとだけ寝不足だけど」
 手を振りながら俊介は答えた。変に緊張してしまったせいなのか、実は昨晩は一睡もしていない。心なしか足元がおぼつかないのは秘密だ。……休日の市民プールは晴れたこともあってかそれなりな賑わいを見せており、子供が多いのか時折上がる歓声も華やかだ。プール日和には違いない。
「大丈夫だって、これくらい」
 なおも気遣う様に首をかしげる藍玉に笑って見せると、俊介は彼女に倣って自分もプールに入った。銀幕市であってもやはり人魚は目を引くらしく、藍玉は周囲の注目を惹いている。隣にいる俊介にまで注目が集まるほどだ。
「泳ぐと思ったより体力が消耗するから、あまり無理はしないでね」
 すっと微笑んで藍玉はすいすいと優雅に泳ぎ、そしてそれを追う様に軽いクロールで泳いできた俊介を見て首をかしげた。
「ヒトの泳ぎ方って、難しそうね」
「実際やってみればそうでもないんだ。同じことの繰り返しだから」
 俊介は立ったまま腕をクロールのように動かして見せた。藍玉は感心しているようにその動きを見ている。
「こうやって腕でも水を掻いて、足もバタ足で水を押して進んでいく」
「へぇ……」
 言ってプールの床を軽く蹴り、水を掻いてクロールで進んでいく。藍玉が少し後からそれを追って、陽光をやわらかく跳ね返すウルトラマリンの尾鰭を揺らした。きらきらと水面は夏の陽を受け止め、上がる水しぶきは小さな宝石のように周囲に降り注ぐ。
 少し大きく足を振って、もう少しだけ大きな水しぶきを上げようか……そう俊介が思って足を動かそうとした瞬間に、足の甲にいやな感覚が奔った。
(しまっ――)
 昨晩からの睡眠不足に、この炎天下、それに疲労が重なったことが祟って、足をつってしまったのだ。とたんにバランスが取れなくなり、立つこともできなくなってしまった。腕で水を掻くのにも、限界がある。とたんに俊介は沈み始めた。
「――俊介っ!?」
 いち早くそれに気づいた藍玉の声が、聞こえた気がした。

 *

 気を失っていたのは一瞬らしい。俊介が目を開くと、そこはプールサイドだった。藍玉が心配そうにこちらを見ている。
「よかった、すぐに目があいて。足は大丈夫?」
「今は一応。……助けてくれてありがとう」
「いいの。でも、疲れているみたいだから少し休んだ方がいいと思うのだけど……」
 彼女の言葉に、俊介は少し苦笑を浮かべて頷いた。
「うん。そうすることにしとく」
 その言葉に、やわらかくにっこりと笑うと、藍玉は近くにいた子供たちに呼ばれ、少しそちらにいると告げ子供たちの輪の中へ入っていった。小さな水の玉を魔法で作りだしたり、水中での一回転を見せてあげたり、また子供が泳ごうとするのを手伝ってやったりと楽しそうに戯れている。それを眺めやりながら、俊介は頭の後ろで手を組んで空の方に視線を移した。……きれいな空色をしている。
 けれどしばらく響いていたきゃあきゃあはしゃぐ声は、いつの間にか悲鳴に変わった。
「あっ、あああっ!?」
「おいあれ!! 落ちるぞ!」
「だめっ! 動かないで――!」
 突如上がった場にそぐわない悲鳴に、勢い良く身を起こす。何事かと見回すと、かなりの高さのある飛び込み台の上で、今にもバランスを崩して落ちそうな子供が一人。……いや、あれではもう、落ちる。
「アクセル! ……ターゲット、ロックオンっ」
 判断は一瞬だった。俊介はプールサイドを蹴って飛び出すとその勢いで駆けるように飛行する。子供の落下速度を鈍らせながら、その真下に回り込んだ。とさっと軽く、少年が腕の中に収まる。あたりはしんと静まり、息を飲んでその救出劇を眺めていた。
「よかっ……た……」
 安心したのも束の間、急に視界が暗く閉じていく。すうっと頭を後ろから引かれるように意識が遠ざかっていった。疲れているところで能力を使ったからだと思いいたる。
 どぱんっと派手な音を立てて、俊介と少年はプールに落下した。水しぶきが上がり、水滴が水面を打つ。瑠璃色の瞳を見開いて見守っていた藍玉は、呪縛が解けたように慌ててそちらに泳ぎだした。

 *

「あれ……ここは」
 そこには天井があった。白く簡素なその天井を眺めながら、俊介は何が起こったのか想い返そうとした。……視界を銀色の泡が埋めていくのが綺麗だと、妙に冷めた頭で考えていたことだけは、覚えている。いったい何があったのだろう? やはり落ちたのか。
「お、気がついたか。ここは救護室だよ」
 声のする方を見やると、良く日に焼け、鍛えられた体付きの男性がにこにことこちらを見ていた。よくよく思い返せば、プールにいた監視員と同じ腕章をしている。
「あの……一体何が」
「ああ、落ちそうになった子供を助けたと思ったらプールに落ちたんだよ。引き上げられたとき少年はぴんぴんしていたが君は息をしてなかったから、まあ意識が戻ってよかったな」
 ……息をしていなかった。
 ということは……救護の基本としては気道を確保したりして……人工呼吸、というのが筋だろう。目の前にいるのはまさしくライフセーバー。思うに、彼が助けてくれたと考えるのがきっと正しいだろう。だろう、が。
「……あ、あの、ありがとうございました」
「疲れてるところでは無理するなよ」
 にこやかに送り出してくれる彼に背を向け、俊介は救護室を後にした。……涙は見せるまい。泣くのは心だけでいい。――あああ、ファーストキス、だったのに。

 救護室の外に出ると、子供たちと遊んでいた藍玉が俊介に気付いて手を振った。
「良かった! 俊介、大丈夫?」
「うん、なんとか」
 心配をかけてしまったのだと思いつつ苦笑して応えると、藍玉がよかったと微笑む。夕方に近づこうとしている空を見上げて、俊介は言った。
「なんだかんだで日も傾き始めちゃったし……そろそろ帰ろうか」
「ええ」

 *

「俊介、今日は誘ってくれてありがとう」
 橙の夕日が差し込む、二人で帰ってきた公園。噴水のふちに腰かけた俊介に、藍玉がにっこりと花のような笑顔を向けた。長い黒髪が燃えるような夕日に揺らめいて不思議な色合いを生み出している。……彼女はそのまま、少しはにかむようにして言葉を続けた。
「私、人工呼吸なんてやったのは初めてだから……目が覚めて本当によかった」
 そっか、心配かけてごめんと言おうとした俊介は、不意にその言葉の意味に気づいた。
「……え」
 見なくても自分の頬が赤く染まっていくのが手にとれるようだ。ファーストキスの相手があのライフセーバーじゃなくて女の子……しかも今目の前にいる藍玉、だったなんて。その時のことなんて悲しいくらい全然覚えてないのに。顔が熱い。もうこれは真っ赤になっているに違いないと頭のどこかが考えた。
 ……でもオレンジ色の夕日が目に痛いくらい差し込んできているから、ちょっとくらい見られてもきっとわからないに違いない。そう思って藍玉のほうをうかがうと、彼女も微笑みながらほんの少しだけ顔を伏せていた。――その彼女の顔も少し赤く見えたのは、現実なのか、それとも夕日のなせる錯覚なのか。

 目が合った彼女は、ふわりと明るい笑顔を浮かべた。
 
 とくとくといつになく早足で心臓が拍を刻む。
 なにがそうさせているのかは、俊介にはまだ分からない。


クリエイターコメントこのたびはオファーありがとうございました。
二人の素敵な一場面。ということで、
とても楽しくどきどきしながら書かせていただきました。

お楽しみいただければ、幸いです。
公開日時2008-09-06(土) 11:50
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