★ 奏夜 ★
クリエイター高遠一馬(wmvm5910)
管理番号96-6694 オファー日2009-02-16(月) 01:28
オファーPC 山本 半兵衛(cuya9709) ムービースター 男 32歳 萬ず屋
ゲストPC1 鬼灯 柘榴(chay2262) ムービースター 女 21歳 呪い屋
<ノベル>

「はじめてお目にかかります。私、鬼灯柘榴と申します」
 背筋をまっすぐに伸ばし、淀みのない視線でまっすぐに自分を見つめてきた眼前の少女に、半兵衛はしばらく放置している間に伸び放題になってきた髪をぐしゃぐしゃと掻きまぜた。
 正しくは、この時半兵衛はまだ先代からの襲名を終えてはいなかった。だから少女の名乗りを受け、それに対して自分の名乗りを返す際、山本半兵衛ですとは答えられずに些か弱ってしまったのだった。まして、眼前の少女は、聞けばまだほんの十ほどだという。自分より一回り近くも年下の、まだ子供と呼んでも差し支えないであろうその少女は、けれども一端の大人が見せるそれよりもずっと立派に礼儀を見せてくれている。
「はあ、どうも」
 なんとも間の抜けた返事を口にして、半兵衛もまたぺこりと頭を下げた。
「半兵衛様には先代の頃より大変に懇意にしていただいていたようですし、これからも変わらずお付き合いいただければと思い、お邪魔させていただきました」
 淀みのない、流暢な挨拶。感心をおぼえながら、けれど、半兵衛はふと物寂しい気持ちをも味わった。
 鬼灯の名を継承するということは非情な運命をも継承するということになる。
 そう聞き及んだことがあった。むろん、外側にいる者たちには、それが果たしてどれほどの惨澹たるものであるのか、予測するしか術はない。それを分かち持つことも、すべてを正しく理解することも不可能だろう。
 眼前に立つ少女がそれを知らぬはずもない。――かすかに、瞼に泣き腫らしたような痕跡が窺える。少女はすべてを受け入れたのだ、きっと。
 半兵衛はしばし迷いを覚え、それからのそのそと片手を持ち上げて少女の頭をポンポンと軽く撫でてやった。少女はひどく驚き、目を見開いて半兵衛の顔を仰ぎ見る。
「僕も近々“半兵衛”を継ぐことになるんだ。これから長いつきあいになると思うけど、よろしくね、柘榴さん」
 ふわりと微笑み、柘榴の顔を見据える。
 柘榴はしばしの間驚いたような顔を浮かべていたが、ほどなく元の表情に戻し、ぺこりと頭を下げた。「よろしくお願いいたします」

 ◇

 べぃん べぉん べん、べん
 杵間神社の敷地内に物寂しげな琵琶の音色が伝い広がっていた。
 もうじき日暮れ。桜の蕾もずいぶんと膨らみ始めているとはいえ、陽が落ちればまだまだ風は肌寒い。
 祭りがあるわけでもない神社に足を運ぼうなどという者は、けして多くは存在しない。由緒ある聖域だとは言え、社務所にすら人の気配は感じられない。ただ、周りを囲う鎮守の森をざあざあと震わせる風の音と、その風に乗って伝わりくる沈丁花の香ばかりが柘榴の鳴らす琵琶の楽を聴いていた。
 目を伏せ、訪れ来る夜の気配を感じながら、柘榴はひとしきり無心に楽を奏でていたが、やがてふと手を止めて視線を持ち上げ、玉砂利の向こうに目を向けた。
 スタンドカラーのシャツの上に無柄の着物、それに袴を合わせ、足には長編上靴をあわせている。いわゆる書生風のいでたちをした男が、こちらに向かいゆったりとした歩調で歩き進めてきている。
「やぁ、柘榴さん。この楽の音、やっぱりあなただったんだね」
 言いつつ、男はゆるゆると頬をゆるめ、手にしていた煙管をぷうと吹かした。
 柘榴は自分もまたゆったりとした笑みを浮かべ、風にそよぐ髪を片手で押さえながら応えた。
「お仕事のお帰り途中ですか? 半兵衛さん」
「ええ、壷のお届けをね、してきたんですよ。贔屓にしてくだすってるお客でね。前々からずいぶんと探してた代物みたいだったから、良かった、良かったってね」
 言って、半兵衛は柘榴が手にしている琵琶に目を向ける。
「柘榴さん、琵琶も弾くんだね」
「私の琵琶ではないのですけれどもね。時どき、とあるお方からお借りしているのです。――琵琶を弾いているのが私だと知らずに、ここへ?」
 訊ねた柘榴に、半兵衛はわずかに肩をすくめ、笑う。
「初めは分かりませんでしたよ。ただ、随分と見事な音が聴こえてくるなぁなんて思いましてね。来てみたら、途中から、こう、覚えのある空気を感じたっていうか」
 応える半兵衛の煙管からは管狐が顔を覗かせ、何やら喧々と訴えている。この管狐は半兵衛の煙管に棲みついているもので、日頃大半は煙管の中で気持ちよく居眠りしているのだけれど、その途中で半兵衛が煙管に火を点けるものだから、その度に喧々と訴えを口にするのだ。
「ああ、ごめん、ごめんよ。火傷なんかしていないかい?」
 半兵衛は火を点けた煙管はさておき、管狐の体のあちらこちらを検め、申し訳なさげに声を沈めた。
「ごめんで済めば奉行所も御用聞きもいらねぇってんだ。てめぇは毎度毎度性懲りもなく火ぃ点けやぁって」
 管狐はそう言いながら尻尾で半兵衛の顔をぺしぺしと叩いている。半兵衛は叩かれるたびに「ごめんよ」と言い、けれども煙管の火を消そうとせず、むしろそれを吹かそうとするものだから、やはりまた管狐に怒られるを繰り返していた。
「相変わらず、お元気そうですのね」
 喉を小さく鳴らしながら柘榴が笑うと、管狐は「ん?」と言いつつ顔をこちらに向けてよこした。
「おう、誰かと思や、柘榴、おめぇか。この妙ちくりんな街にてめぇも来てたのかい」
「ええ。お久しぶりです、管狐さん。――お元気そうで何よりですわ」
「お元気なもんかい。この阿呆、人がいい具合に眠ってるときに限って火ぃ点けやがる。何遍言っても分かんねぇんだからよ。……ん? そいつぁ琵琶か?」
「私の持ち物ではないのですけれどもね、残念ながら。一時お借りしているものですわ」
 柘榴がそう返すと、管狐は「ほう」と肯き、それからしげしげと琵琶に見入りだした。
「それはそうと、柘榴さん。あなたの弾く琵琶をゆっくり聴かせてほしいな。あなたの楽を聴くのも久しぶりだし」
 管狐が口を閉じたのを見計らってか、入れ替わり、半兵衛が口を開けた。
 柘榴は琵琶の周りをゆらゆらと飛び回る管狐を目で追いつつも、半兵衛の言に口元を緩め、首をかしげる。
「私の琵琶でよろしければ、いつなりと。……ああ、でも、無償で、というわけにはまいりませんわね」
「“代価”が必要かい?」
「もちろん」
 柘榴がくすくす笑いながら答えると、半兵衛は「弱ったな」とひとりごちながらしばし思案に耽り、けれどもすぐに何かを思いついたように手を打った。
「ちょうど時間も時間だし、夕飯なんかどうかな。もちろん、僕が作るけど」
「半兵衛さんが? まあ、半兵衛さんが作る食事をいただくのも久方ぶりになりますね。ぜひご相伴させていただきますわ」
「旨い酒もあるぜ、柘榴」
 管狐が口を挟む。柘榴は「まあ。それも楽しみですわね」と微笑み、半兵衛は苦笑気味に笑って目を細ませる。
「それじゃあ、さっそく行きましょうか」
 言って、半兵衛は先んじて踵を返し、参道の奥の階段に向けて足を伸べた。管狐がそれを追う。
 柘榴はふたりの背中を送った後、静かに振り向いて目を細ませた。
 暮れていく空の下、風は変わらず森を歌わせている。
 自分たちの他、誰の気配も感じられない、静かな空間。
 誰に向けるともなく小さく頭を下げた後、柘榴もまた半兵衛と管狐の後を追って参道を歩みだした。
 沈丁花の気配ばかりが漂い、階段を下りていく彼らの影を見送っていた。

 『萬ず屋 半兵衛』と書かれた暖簾は外に出されたままになっていたが、店の中に客がいる様子はまるで感じられなかった。案の定、店内は閑古鳥の鳴き声が本当に響いていそうな状態だった。さらに言えばどことなく埃の匂いが漂い、それに雑じり、古書や骨董、ごく一般的な文具やらまで幅広く取り揃えられた品々が放つ匂いも満ちている。不思議と心地良い空気だ。
 半兵衛はゆるゆるとした足取りで店の奥へとあがりこみ、柘榴もまたそれに倣う。
 半兵衛が営む萬ず屋は店内そのものの面積もそれなりに広いが、住居として使用している奥の部屋はさらに奥行きを抱えた空間となっている。二階建ての造りで、外から見れば古めかしくもそこそこ大きな家に見えるのだが、実は裏口からまわるとそこに立派な土蔵をも抱えているのだ。
 この土蔵は漆喰総塗籠(しっくいそうぬりごめ)の白壁に瓦を戴いた造りのなされた、見目に厳つい印象のある大きなものだ。中には360代続いてきた萬ず屋が長の歳月の中で抱えてきた幾つもの品々が収められている。柘榴は時どきその蔵の中に入れてもらうのが好きだった。久方ぶりの訪問だ、今日も機があればひとつ頼んでみようかと考えながら、柘榴はふと視線を畳の座敷に向けた。視線の先には一匹の老獪な犬神がいて、火鉢の前、気持ちよさげにうとうととしている。
「ただいま」
 半兵衛が声をかけると、犬神はのっそりと体を起こし、次いで柘榴を見据えてやんわりと微笑んだ、ように見えた。
「これはこれは、結構なお客人。変わりはないかな、柘榴殿」
「ええ、おかげさまで。あなたもお変わりなさそうですね」
 にこりと微笑む柘榴の声を耳にしたか、犬神の周りにちょろちょろと犬神鼠たちが姿を見せ始めた。その他にも、店先や住居内に置かれた品に憑いている付喪神たちも無数に顔を覗かせ、久方ぶりに顔を見せた柘榴を見とめるとどれもこれも喜色を満面に滲ませ、口を開けた。
「おうおう、珍奇な客が来やがってと思えば、なんでぇ、ヒヒヒ、柘榴じゃあねぇかよ」
 犬神鼠たちが口々にさわさわと告げる。
「ご無沙汰しておりました」
 柘榴はいちいち小さく頭を下げて艶然と微笑み、そこここに姿を顕している“常ならざるモノ”たちを視界におさめた。
 半兵衛の家にはこういったものたちが無数に存在している。例えばそれが仮に短くなってしまった鉛筆であっても、それが持ち主に大切に扱われたものであるなら、そこには小さな魂が宿る。すなわち付喪神が憑くのだ。そういった品が半兵衛の家には数知れずあるのだ(蔵の中にはなおさら多く存在している)。犬神は山本家に古くから居座っているらしいのだが、管狐は半兵衛を気に入り憑いているらしい。
 いずれにせよ、彼らには一切の害意はない。口ではどうとでも言う彼らも、結局は半兵衛を好いているのだ。
 柘榴には、この家の中に満ちている穏やかな空気がとても好ましく思える。柘榴にも使鬼がいる。――柘榴が彼らを継承するに至った経緯や背景はどうあれ、使鬼たちも柘榴に対してはとても好意的に接してくれているように思える。
 この場所の空気に親しみを覚えるのは、きっとそういう背景もあるからだろう。――心地良い。
 
「買い出ししてないから、気のきいたものはあまり作れないけど、いいかな」
 台所に姿を消していた半兵衛が柘榴の前に顔を出した。
「とりあえず簡単な煮物と筍ご飯と……あと、今朝お得意さんから鰯のいいのをいただいたから、それもやろうか」
「充分に豪華だと思いますけれど」
 柘榴はにこりと微笑み小首をかしげる。半兵衛は「よかった」と笑ってうなずき、再び台所へと姿を消した。が、すぐにまた顔を出して口を開ける。
「おまえたち、柘榴さんに遊んでもらったらいい。久しぶりだろう?」 
 言いながら、間近に群がっていた付喪神のいくつかを指先でつつき、転がす。箸と湯のみと古書の付喪神たちは半兵衛の指先に転がされてきゃあきゃあと嬉しげにはしゃいだ。犬神ははしゃぐ彼らを鼻面で軽く突いてやりながら座りなおし、姿勢を正す。
「さて、柘榴殿。この街での生活は如何なものですかな」
「そうですね。……退屈はせずに済む場所ですわね」
「ここ最近、この街の様子もずいぶんと荒れてきておるようだが」
「まあ、前のようにゆったりのんびりとお茶をすする……という空気ではなくなってきてはいますね」
 犬神の問いに、柘榴はよどみなく応える。
「このまま崩壊してしまうのではないか、と嘯く輩もいるようだが」
 犬神がさらに問いかけてきたのを受けて、柘榴はわずかに頬をゆるめ、視線を窓の外へと移ろわせた。
 わずかの間、座敷の上に沈黙が降りる。けれど、それほどには間をおかず、柘榴はいつものように艶然とした笑みを浮かべて向き直った。
「きっと大丈夫だと思いますよ。この街にはたくさんの心強い方々がいらっしゃいますし、皆さんのような、心強い味方だって多くいらっしゃいますから」
 言って、心配そうに柘榴を見上げている付喪神を指先で軽く撫でてやる。それだけでも彼らはころりと転がり、けれども嬉しそうに笑いながら小さな頭を撫で回していた。
 犬神は柘榴の応えと表情とを検め、安堵したように「そうか」とうなずき、次いで、
「それで、柘榴殿は今どのような場所に住んでいるのかな? 不自由はしておらぬのかな」
「ええ、おかげさまで」
「こう、気持ちのすっとするような話なんかはねぇかい、柘榴」
 犬神鼠たちが口々にそう告げる。
 柘榴はしばし思案に耽った後、「夏に、懇意にしていただいている方々と、とあるお屋敷跡に行ったのですけれど」

 台所からわずかばかり離れた座敷部屋から楽しげな笑い声が漏れ聴こえる。
 鰯を卸しながら、半兵衛はやんわりと、穏やかに笑んでいた。
 実際、柘榴とこうして顔を合わせたのもずいぶんと久しぶりだ。仕事を介さずにまったくのプライベートで顔を合わせたのは、記憶にあるかぎり、おそらくは数年ぶりのことになるだろう。
 ここ数年、柘榴はずいぶんと穏やかに笑うようになった。
 初めて顔を合わせたとき、まだ稚さを残していた柘榴は、世のすべての憂いを一身に背負ってしまったかのような表情をしていた。痛々しい。かける言葉にすら躊躇してしまうような。
 けれど、この街に来てからの柘榴は、とても穏やかに微笑むようになった。静かな怒りを感じさせるようになった。深い悲しみを思わせるようにもなった。もちろん、それはもしかすると柘榴が幼い頃からつかず離れずの距離に立ち見てきたから分かるだけかもしれない。しかし。
 街中で偶然遠くから柘榴を見かけるとき、時おり柘榴が友人らしい人影と連れ立って歩いているのを見ると、半兵衛の心はすうと安堵を覚えるのだ。そう、今こうして聴こえてくる笑い声に耳を寄せているのと同じような心地になるのだ。

「さあ、出来ましたよ。鯵も筍も野菜のほとんども頂き物ばかりだけどね」
 言いながら半兵衛が運んできた盆の上には野菜の炊き合わせ、鰯の梅しそだれ焼き、それに筍ご飯と生海苔の味噌汁とが並べられている。小鉢には自家製のものと思しき漬物まで用意されていた。
「ご馳走ですわね」
 感嘆の息を吐きながら、柘榴は半兵衛を見やって喜色を露わにする。
「山菜なんかもあると良かったんだろうけどね」
「それなら、今度持ってきます。塩漬けにしたのがまだ結構残っていますから」
 茶碗を受け取りながらにこりと笑う柘榴に、半兵衛もまた微笑む。
「代価はこれで良かったかな」
「もちろんですわ」
 返した柘榴の横で犬神鼠たちがやいのやいのと騒ぎ立てている。
 犬神が窓の外を見やり、口を開けた。
「これはまた、結構な月夜だ」

 春の夜風に白木蓮の花が揺れる。仰ぎ見る空には更待の月が白々と輝いていた。
 障子を開け放ち風の通りのよくなった縁側の上、柘榴が静かに呼気を整え、次いで琵琶を抱え、撥を構え持った。と、それを待ち構えていたかのように、犬神鼠がはやしたてる。
「流泉をやってくれよ、柘榴」
 柘榴は応えるでもなく、犬神鼠を見やるでもなしに、すうと目を伏せて撥を動かした。

 べぃん べぃん べぉん

 琵琶の音が闇に広がっていく。
 半兵衛は酒を注いだ盃を横に、うっとりと目を細めて煙管を口に運び、火を点けた。
 喧々と文句を言いながら管狐が飛び出してくるのは、このすぐ後のこと。今はただ、芳醇な夜の静けさばかりが満ちている。


クリエイターコメントこのたびはオファーをありがとうございました。
お待たせしてしまい、申し訳ありません。

ええと、全体的に穏やかな空気に満ちたノベルになればと思い書かせていただきました。
柘榴様は壮絶な過去をお持ちですし、半兵衛様はおそらくそれをある程度把握されておいでな方なのではないのかなと判断させていただきました。もしかすると半兵衛様にも過去がおありなのかなとも思いましたが、その辺はわたしの妄想にすぎないかもですし、触れずに。

そういえば琵琶って聴いたことないなあなどと思ってみたり。

少しでもお気に召していただければ幸いです。
公開日時2009-03-23(月) 18:40
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