★ 【銀幕市的百鬼夜行〜雲居の鏡編〜】騒がしき盗賊、逍遥鏡を追跡す。 ★
<オープニング>

 銀幕市という街は、北を山に、南を海に抱かれた、一風変わった街だ。北側半分を取り囲んでいる山々を杵間連山といい、その連山の中で最も高い山を、杵間山という。登山路やキャンプ場があり、夏のレジャー場となっており、頂上近くには展望台があってそこから市を一望することも出来る。また夜景は美しく、密かなデートスポットともなっているようだ。
 その、杵間山の裾野。深い鎮守の森に囲まれた、静謐な空気に包まれた場所に、それはある。
 杵間神社。
 銀幕市の守り神ともされている神社だ。
「……静かですねぇ」
 縁側で熱い茶を啜りながら、年の頃は十四、五といったところの、巫女装束を纏った、長く艶やかな漆黒の髪を携えた少女、日村朔夜はゆるりと微笑んだ。他ならぬ杵間神社の神主の一人娘である。彼女の座るすぐ横では、ピュアスノーのバッキー、ハクタクが午後の暖かな陽射しにうつらうつらとしている。
 祭や正月には大層賑わいを見せる境内だったが、今はただ本来の姿である静けさを湛えている。連立した杉の木も、ただ静かに社を見守っている。
 また、近頃は手足を生やして散歩へ出掛けてしまった品物を探しに行くこともなく、本当に久しぶりにのんびりと過ごしていた。
 ほうと息をついて、再び湯呑みに口を付けた時。
 ぴん、と、何かが引っかかった。
 朔夜は湯呑みを置く。微睡んでいたハクタクが、朔夜の肩によじ登った。ハクタクを一撫でして、朔夜は駆け出した。何とも言えない焦燥感が、朔夜の体を動かした。
 静かな境内に、朔夜の慌ただしい足音が響く。
 行き着いた先は、杵間神社が神宝、『雲居の鏡』が納められた本社のその奥。
 一式の祭壇がしつらえられた、その中央で、神宝『雲居の鏡』が鎮座している。鏡の中の朔夜と目が合った時、その鏡面がゆらりと揺らめいた。
「これは……っ?!」
 『雲居の鏡』が映し出したのは、杵間神社。玉砂利の敷き詰められた境内、その入り口に堂々と立つ鳥居。その先には鎮守の森を抜ける参道。その中を、歩くものたちがある。
 しかしそれは、人ではない。
 人のような手足を生やした、動くはずの無いものたち。
「……百鬼夜行……」
 ぽつり、朔夜が呟いた時、ぞわりと背筋が泡立った。慌てて奥社を飛び出すと、そこには今まさしく『雲居の鏡』に映し出された光景が広がっていたのである。
 朔夜は息を呑んだ。
 その後ろで、かたりと何かが倒れる音がする。
 はっとして振り返ると、『雲居の鏡』もまた手足を生やして駆けて行くところだった。
 一昨年の秋のことが朔夜の脳裏に甦る。神宝を失くすなど、神社に使える者にとってこれ以上無い失態である。
「だ、駄目!」
 慌てて追いかけるが、予想外に素早い動きに、朔夜はあっという間に『雲居の鏡』を見失ってしまった。
「大変、急いで父上とおじいさまに……」
 言いかけて、朔夜は一升瓶を抱えて眠りこける父親と、ボケて昼ご飯は食べたかいの〜と聞く祖父を思い浮かべる。
「いいえ、対策課に知らせなければっ!」
 動き出した器物たちは、妖怪という名をその身に冠して、一様に銀幕市を目指し行列を成すのであった。

 ★ ★ ★

「今日もいい日和だね」
「うん。面白い山菜も採れたしねー」
「猪も捕れたしな」
「今日はちゃんと器を持って来たから、新鮮な血も取れたしね」
「んじゃ、今日は血と肝を混ぜた鍋にするか」
「ああ、久しぶりだね、それは」
 静かな森の中を、それぞれに様々なものを抱えた陽気な一団がある。盗賊団【アルラキス】のその面々である。懲りる事無く、また猪を捕っていたらしい。っていうか、何頭もいるんだ。その場で潰しちゃったんだ。いや鍋はちょっと美味しそうだけど。
「あれー?」
 金の瞳を細めて、ハリスが少し傾斜がかった補整された道を行く、奇妙なものを見つけた。
「なんかちっこいのとでっかいのと歩いてるな」
「あれってお皿?」
「鏡みてぇのもあるな」
「まあ銀幕市だし。俺たちには珍しいけど、あんまり不思議な光景じゃないかもしれないね」
「「「「確かに」」」」
 声を揃えて笑った所で、女の悲鳴が聞こえた。振り返ると、上に白い、下に赤いゆったりとした服を身に着けた少女が立っていた。豊かな黒髪は腰の辺りまで真直ぐに伸び、その上下する肩には白い奇妙な生き物、バッキーがしがみついていた。
 どうしたのかと、声をかけられなかったのは、その怒りの矛先が、自分らに向いていたからである。
 少女はハリスの持つ猪の頭とセイリオスの持つ胴体に目をやって、それからアルディラが抱えた血の満たされた底の深い鍋のようなものを見やる。
「……神聖な鎮守の森で、なんて事を……」
 声は震え、その手は握り締め過ぎて白くなっている。
 さしもの盗賊団も、その気迫に思わずたじろいだ。
「鎮守の森……? ここは、鎮守の森だったのかい」
 シャガールがしまった、という風に顔をしかめた。アルディラが首を傾げた。
「チンジュノモリ?」
「神の領域だよ。神の社を清浄な気で満たす為に作られた森」
 げ、とカエルがつぶれた様な声を上げる。でも、とベラが声を上げた。
「私たちは杵間山に入ったのよ? 神域なんか」
「ううん、でも神の社がある事は知ってたんだし、気付かなかったとはいえ、俺たちの失態だ」
 シャガールは頭を掻いて、色を失いつつある少女に視線を合わせる。
「ごめん、ごめんね。謝って済む事じゃないんだけど、俺たちに出来る事ならなんでもするよ」
「なんでも?」
 少女の声がやけに耳に痛く刺さったが、シャガールは微笑んで頷いた。【アルラキス】の団員たちも、頭が頷けば否を唱える理由も無い。
「では」
 すぅと息を吸って、少女はかっと目を見開いた。
「今すぐその抱えているものを何処かへやってください今すぐにでも血の穢れをお清めしなければまったくこの忙しい時にですから早々に帰りお風呂に入って身を清めこれはまったく神主の恥で恥知らずな方々に頼むのも他の方に頼むのも本当に気が引けるのですけれどどうか我が神社の神宝『雲居の鏡』を連れ戻してくださいああ本当に恥ずかしいですがそんなことも言っていられませんしどうかお願い致しますそれから絶対に壊さないでくださいね神宝なんですからそれだけは本当にお願い致します」
 強弓で引かれた矢のような凄まじい速さで一息に言い切った少女は、窓の隙間から吹き込む風のような音を立てて息を吸い込んだ。
 山菜を抱えたベラがその背を撫でる。
「神宝が、逃げ出した?」
 けれどしっかりとそれを聞き取ったシャガールが聞き返すと、少女は情けなさそうに項垂れた。
「杵間神社は、去年の秋頃から何故か境内の器物が妖怪と化してしまう現象が起こっているんです。今までも、何度かそういう事がありまして、その度に私は境内を走り回っていました」
「神宝って、生き物なのか?」
「いいえ、鏡です。『雲居の鏡』といいます。その昔『雲外鏡』と呼ばれた妖怪ですが、それを私の先祖が封じ、神宝となったと伝わっています」
「で、それが逃げちゃうのー?」
「はい。妖怪化してしまうという現象は、神宝も例外無く……元々が妖怪であったせいかもしれません。ですが、」
 少女は黒い大きな瞳を盗賊たちに向ける。
「神宝『雲居の鏡』が境内から出るなんて、初めての事なんです。他にもたくさん……あんなにたくさんのものが一斉に妖怪になってしまうなんて、今までに無かったことなんです。私はこれから、市役所の対策課に行ってきます」
 強い光を瞳に宿して、少女は真直ぐに瑠璃の瞳を見返した。
「ここで会ったのも何かの縁。どうか、『雲居の鏡』を頼みます」
 深々と頭を下げる少女に、シャガールは微笑んで頷いた。
「わかった。鏡だね」
「はい、ただ、神宝以外の鏡も妖怪になってしまったので、どれが本物かは見てみないとわかりません」
「わかった。時間もないし、とにかく鏡は全部捕まえてくるよ」
 言って、シャガールたちは踵を返した。大荷物を抱えているにも関わらず、その背中はあっと言う間に見えなくなってしまった。
 少女は手を握り締め、そして自分も駆け出した。

「ほらっ、猪や山菜はとりあえず置いといて、お風呂に入って!」
「だぁああ、本当にあいつの言ってた事まで律儀にやるのかよーっ!!」

種別名シナリオ 管理番号379
クリエイター木原雨月(wdcr8267)
クリエイターコメントこんばんは、当シナリオをご覧いただき、誠にありがとうございます。
木原雨月です。

今回のシナリオは七名のWR様との共同による、コラボレーションシナリオとなっています。
すべてのシナリオが多少なりともリンクしていますが、特に【雲居の鏡編】とタイトルのついたシナリオとは完全リンクとなっています。

さて、此度のシナリオでは、盗賊団【アルラキス】と共に逃げ出してしまった神宝、『雲居の鏡』を無事に捕獲する事が目的となります。
間違っても壊したり傷つけたりする事の無い様、慎重にお願い致します。
また、幾つもの鏡が妖怪化しており、更に【アルラキス】のメンバーがやってきますのでどうあっても一筋縄では行かなくなってしまうでしょう。偽物を掴まされる事もあるやもしれません。
内容は真面目なんですが、まあそれはそれ。
変わった服を来た少女、日村朔夜の対策課からの依頼で受けるもよし、騒ぎまくっている【アルラキス】に遭遇するもよし。鏡にばったり出逢うもまたよし。
戦闘はありません。すっ転んだり壁に激突したりはするかもですが、鏡は死守の方向でお願い致します。
なお、【アルラキス】のメンバーはバラバラに散って探索に向かう予定ですので、誰と探索したかを書いてくださると嬉しいです。文字数に問題がありましたら、シャガールなら【シ】、アルディラなら【ア】というように入れてください。
それから、もしも何か思い入れのある品物などがありましたらば、こっそり書いてくださると何か起こるかもしれませんので、どうぞよろしくお願い致します。

【銀幕市的百鬼夜行】は全て同時に起こったものである為、同一PCによる複数のシナリオへの参加はご遠慮下さいませ。

※諸事情で、製作日数をかなり伸ばさせていただいております。悪しからずご了承くださいますよう、お願い申し上げます。

参加者
王様(cvps2406) ムービースター 男 5歳 皇帝ペンギン
麗火(cdnp1148) ムービースター 男 21歳 魔導師
シキ・トーダ(csfa5150) ムービースター 男 34歳 ギャリック海賊団
信崎 誓(cfcr2568) ムービースター 男 26歳 <天使>
新倉 アオイ(crux5721) ムービーファン 女 16歳 学生
レオ・ガレジスタ(cbfb6014) ムービースター 男 23歳 機械整備士
千曲 仙蔵(cwva8546) ムービースター 男 38歳 隠れ里の忍者
太助(czyt9111) ムービースター 男 10歳 タヌキ少年
<ノベル>

 街は異様な空気に包まれていた。
 陽気に、妖気に、喧噪に。
 生命がある筈のない者たちに、ひょろりとした手足が生えて、街中を闊歩しているのだ。
 これは不思議な事態だ。それに、何か……何かがひっかかる。
 そう、雄の感に。
「……ええ、そうです。それと同時に『雲居の鏡』も街へ逃げてしまって」
「鏡が逃げ出した、ねぇ。マジこの街って何でも有りだよね」
 困ったような女性の声と依頼を受ける方向に行きそうな女性の声に、きらーんと目が光る。しゃんと背筋を伸ばし、きちっと襟を整え、するりと優雅に扉の中へと入った。
「お嬢さん、何かお困りのようだね。困っているレディを放っておく事などできない、俺に協力させてくれないか」
 ニヒルに笑ったペンギンに、朔夜はきょとんと目を瞬かせる。その様子に、ペンギンはおおっと、と笑った。
「これはすまない、俺としたことが、まだ名乗っていたなかった。俺は皇帝ペンギンの王様。王様、という名前だから、そこんとこだけよろしく頼むぜ、お嬢さん」
 ぱちりとウィンクをしてみせると、朔夜ははあ、と首を傾げながらともかく協力してくれそうだという事に微笑んだ。
「王様じゃん、久しぶり」
「おお、あの声はやはりアオイ嬢。アオイ嬢がいるならなおさらだ、協力させてくれるね?」
 白く縁取られた丸い目をぱちりと細め、紳士ペンギンは慇懃に頭を下げた。その様子にくすりと笑うと、王様はそうだ、と頷く。
「お嬢さんはなにも心配せず、待っていてくれ。もちろん、アオイ嬢が共に来るというのだから、それを守るのもまた雄の役目さ」
 オレンジの筋が入ったくちばしを釣り上げて、朔夜を仰ぎ見る。それに微笑んで、朔夜は再び頭を下げた。
「神宝を逃がすという失態を冒しながら、皆様に頼らねばならない私をお許しください。――よろしく頼みます」
 頭を上げると、朔夜はまっすぐに二人を見やる。
「この件に関して、盗賊の方々も協力してくださいます。先に来てくださったお二方もそちらにいますから、まずは銀幕広場へ向かってください」
 頷くと、アオイは植村に声をかけた。二、三、言葉を交わし、植村が背を向けると、まるでおもちゃのような銃をアオイに手渡す。王様が首をかしげると、アオイは笑ってそれを構えてみせる。
「使えるのか分かんないけど、無いよりマシかなと思ってね。んじゃ、借りてきまーす」
 アオイと王様の背を見送って、朔夜はもう一度、深々と頭を下げた。

 たふたふと二足歩行をしながら、たぬき姿の太助はきょろきょろと街を見物していた。あちらこちらにひょろりとした手足を生やした皿や湯呑みなどが闊歩して、あちこちで悲鳴や歓声が上がっている。
「あれ、アルディラたちじゃねえか、ぽよんすー」
 見慣れた面々に、太助はととん、とその大きな肩まで駆け上る。
「お、タスケか。久しぶりだなー、元気にしてたか?」
 ちょうど肩車のようになった太助の頭をわしわしとかき混ぜて、アルディラは満面の笑みを浮かべた。
「なんだこれ、タヌキ?」
「へー、シキくん、すぐタヌキってわかるんだー」
「いや、普通わかるよね、どう見たってタヌキだし」
「ええー? 僕たちー、最初、太助くんのこと犬って呼んだからねぇ」
「いやいやイヌはないでしょ。ははっ、ハリスもなかなか面白いこと言うね」
 からからと笑う青年は、ハリスをばしばしと叩く。日に焼けた肌は健康的で、しかし体中傷だらけだ。特に左目はほとんど塞がっているも同様の大きな傷がある。
「太助さんも協力してくれるの?」
 ベラが聞くと、太助は首を傾げた。その様子に、ベラは得心したように頷く。
「対策課から来た訳じゃないのね。……実はね、鏡を探す依頼を受けてるの」
「鏡? なんの鏡だ?」
「『雲居の鏡』っていう、杵間神社の神宝だ。……色々あって、探すハメになった」
 セイリオスが面倒くさそうにため息をついた。
 雲居の鏡、に太助は目を見開いた。
「なんだ、また逃げたのか?」
「また?」
 シャガールが聞き返すと、太助はむん、と腕を組んだ。
 去年の秋のことだ。杵間神社で一斉に器物たちが妖怪化し、神社中を探しまわったのだ。その時、太助も探した一員だった。
「あの時は神社の中だけだったからなぁ。今度は街中か。でも、そういうことなら俺も協力するぜ!」
 太助はぴしっと手を挙げた。
 和やかに笑うその隣で、日焼けした青年が大仰にため息をついた。
「俺なんか、あんたたち盗賊に間違われて探すことになったのよ。まあ、楽しそうだからいいけどね。海賊だっつっても、あのお嬢ちゃん聞いてくれなかったからなぁ」
「あははは、まあいいじゃないか。鏡と言っても、一枚だけというわけじゃないんだし、せっかくだからよろしく頼むよ、シキくん」
「シャガールのその笑いがなんというか何とも言えないのよね、俺……」
 がりがりと後頭部を掻きながら、青年は肩をすくめる。ふと太助と目が合うと、にやりと笑った。右の目は緑の瞳をしている。
「俺はシキ・トーダっつーんだ。よろしくな、タヌキ」
「タヌキは間違ってないけどな、俺は太助だ」
 小さい手でシキと握手して、ふともう一つ、見知った顔を見つけた。それに気付いた青年は、赤みがかった茶の瞳を細めてにこりと微笑む。手には何故かペンキらしき液体が満たされているバケツを持っていた。
「こんにちは、太助くん。おれも鏡を探すことにしたんだ、よろしくね」
「おう、よろしくな、誓!」
 笑い合うと、ベラが手を挙げる。その先を振り返ると、赤髪の少女とシャレたチョッキを身に着けたペンギンが歩いてくるところだった。
「やあ、ベラ嬢。盗賊が探すというからもしやと思ったけれど、俺の感に間違いはなかったようだ」
「……おい、カエル。その手をさっさと離さねぇと焼き殺すぞ」
「セイ、協力しにきてくれたのに、そんなこと言わないの」
 まるで弟を叱るお姉ちゃんである。やれやれと言った風に手を離す王様に笑んで、アオイは見知った顔に手を挙げた。
「シキ、久しぶり」
「おー、アオイちゃん。アオイちゃんも鏡探し?」
 ひらひらと手を振るシキに、アオイは頷き返す。
 あ、という声に振り返ると同時にばっしゃん、という水がひっくり返る、というには重い音が響いた。目をまん丸くして太助は固まる。
「これでもう何も映せないよね」
 空になったバケツを手ににっこりとどこか神秘的な雰囲気さえ漂わせて微笑む誓の足もとには、突然の出来事にひょろりとした手足をぴんと伸ばした鏡……?らしきものが硬直している。
「無傷で掴まえなきゃいけないんだが」
 アルディラが頬をかきながら言うと、誓は微笑む。
「無傷じゃないだろ、これ」
 更にセイリオスが言うと、やはり微笑みながら誓は口を開いた。
「もちろん、ペンキはちゃんと消すよ。掃除屋をやっていてね、ああ、これは所長が、だけど。仕事をもらってこないから、僕が作ってあげようと思ってね」
 ほわわんとした笑みを浮かべる誓に、誰もがぽかんとした表情を浮かべている。
「なるほど、それはいいね」
「いやよくねぇだろ」
 シャガールの言葉に、太助がすかさず突っ込む。
「商売上手なんだね、しっかり者だなぁ」
「ちゃっかり、っていうんだ、こういうのは……」
 やはりどこか抜けているシャガールの言葉に、今度は王様が呆れたように呟いた。
「ええと、じゃあ……そろそろ行きましょうか?」
 ベラの声に、アオイ、シキ、王様が頷いた。
「あ、ちょっと」
 歩きかけたシキを引き止めて、シャガールはにっこりと笑う。
「ベラに何かあったらその心臓えぐり出して償ってもらうから、ようく守ってね?」
「……あの、俺、どんな印象なわけ。つーか、ペンギン陛下はいいの」
「ベラの話では、彼はとても紳士だっていうからね。あとの心配と言ったらキミくらいなものだからさ」
「いやうん、言いたい事はわかるよ、わかったよ、わかったからその何とも言えない微笑みを止めて」
「お頭、そろそろ行かないと」
「そうだね、ベラ。気をつけてね、何かあったらすぐに呼ぶんだよ。アオイちゃんもね」
「いやもうホント、信用ないのね、俺……」
 ともかく賑やかな一行は、そうしてそれぞれに散ったのである。

 * * *

「それにしても、ちょろちょろすんのが多いな。踏みつぶしちまいそうだぜ」
 太助を肩に乗せたアルディラは、足もとを駆けて行く器物たちを見やりながら、少し面倒そうにため息をついた。
「アルディラがデカイんだろ。俺が歩いてたときは、そんなに気にしなかったぞ」
 わかるけどな、と付け加えて笑いながら、太助はつるりとした頭をぺしぺしと叩く。
 アルディラの身長は、こちらの尺で言うなら二メートル超。ただでさえ大きいのに、その足もとを駆けて行くのは小さいものでは十センチにも満たない。
「お?」
 アルディラが緑の瞳を鋭く細める。その視線の先には、陽射しにきらりと光った鏡がちょうど角を曲がったところだった。
 ちょこまか動くお椀やらお箸やらが邪魔臭くて、アルディラは足に力を込めると角まで一足飛びに駆けた。ぐりんっと顔をやると、驚いた器物たちが飛び上がる。鏡ももちろん例外でなく、そのまま駆け去ってしまった。
「あーあ。せっかく見つけたのにな」
 太助の声に、アルディラはぐ、と声を詰まらせる。がっくりと肩を落とす巨漢に、太助はぺちぺちと炎を模した入れ墨が入った頭を叩く。
「ま、次うまくやればいいんじゃね? 俺にちょっと考えがあんだ」
 言うと、太助はにやっと笑ってみせた。

「そんじゃいっちょ、化け鏡を化かしてみっか」
 アルディラに作戦を話してからしばらく、鏡を発見した太助は腕まくりをするそぶりをして、ぴょいと肩から飛び下りた。ほてほと歩くその早さは器物たちより少し早い程度。道行く皿たちは大して気にするでもなく、彼の行く道をすこしばかり譲る。
 そして鏡に追いつくと、太助はそれと歩調を合わせて声をかけた。
「あのな、今一番綺麗で立派に映る鏡を探してるんだ」
 ぴくりと鏡が反応を見せる。歩調がゆるみ、鏡面が太助へと傾いた。
 太助は胸の中で、太助の遥か後方でそれを見守っていたアルディラは小さくガッツポーズをする。
 太助はその一言を発する。
「お前は、一番か?」

 * * *

「あー、めんどくせぇ。こんなに色々あると、疲れるんだよなぁ」
 後頭部をかきながら、セイリオスは盛大なため息をついた。
 あっちもこっちも妖気、妖気、妖気。
 これなら、あの面倒くさくも家族と認めた【アルラキス】の中にいる方がまだマシだ。
ドラゴンの気は、セイリオスにとって実は心地の良いものではない。もっとも、水属性と火属性、また性格の不一致があることも否めないのだが。
 そこまで思って、腹が鳴った。腹が減っては戦はできぬと誰が言ったか、腹が鳴った瞬間、彼の中でのやる気が一気に削がれた。お頭が頷いたのでなければ、ぶっちゃけ鏡探しなんぞやっていられない。思わず電信柱に手を着き頭を巡らせると、一軒の食堂が目についた。

「どわぁあああっ?!!」
 店内にセイリオスの叫び声が響き、べしゃっと壁にぶつかりずるずると下がってどしゃっと床に落ちる。しんとした中に、くつくつと低い笑い声がした。
「大丈夫か、セイリオス……くくっ」
「まぁたぁてめぇか、こるぁああ……」
 セイリオスの赤い瞳に、眼鏡越しに赤い瞳を細めて笑う青年が映った。
「麗火、いい加減そこの風に縄でも付けておけ!」
「無理を言うな。お前が吹っ飛ばないように避けりゃいいんだ」
 いまだ笑いが収まらないようで、麗火は口の端をつり上げたまま、セイリオスを見やる。そのすぐ脇では、風が今まさに突進しようと身構えているところだった。
「部屋ん中では止めろって言ってんだろ!」
「じゃあ、外ならいいんだな」
 にやりと麗火が笑うと、風がぱっと明るく笑ったように気配を踊らせた。
 ……まずい。非常にまずい。今とっても余計な一言を言った。外に出たらそれこそ宇宙の果てまでふっ飛ぶ勢いで突っ込んでくるに違いない。
 打ちひしがれるセイリオスを他所に、麗火は首根っこを掴まえて外に放り出す。
「ばっ……ぎやああああぁぁぁ──……っっ!!」
「おー、飛ぶ飛ぶ」
 空を飛んで行くセイリオスを悠長に見やって、麗火はふと風に目をやる。
「ちゃんと受け止めろよ、死ぬから」
 ガッテン任せろ、と風はくるりと踊ってみせた。

 * * *

 レオ・ガレジスタは興味津々でこの現象を眺める一人だった。
「わ、歩くお皿だ。どんな仕組みになってんのかな?」
 言いながら、ひょいと一匹をつまみ上げ、ひっくり返してみたり撫でてみたり、とにかくしげしげと観察し始める。皿はあわあわと手足をばたつかせたが、レオはそれにさらに興味を湧かせた。
「不思議だな、ホントに生きてるみたいだ」
 元々、彼のいた世界というのは、あらゆるものが機械によって動く世界だった。そしてレオは、その機械の面倒を見る整備士だ。それも、高い技術を持つ者にのみ与えられる、マイスターの称号を得るほどの腕を持つ。ゆえに、彼は動物に非常に興味を引かれる。動物が非常に希少な世界から来たレオには、珍しいものだったからだ。
 電池らしいものは見当たらない、と判断して、レオはようやく皿を解放してやる。自分の足で歩き出した皿は、よたよたとしながらも駆けるように去って行った。悪いことしちゃったかなぁ、と頬を掻く彼の目に、見覚えのある蒼が映った。
「ハリスさん、何してるのー?」
 声に振り返った彼は、鱗の生えた腕を高く上げて微笑む。
「レオくんかぁ、久しぶりー。えっとねぇ、神社から逃げちゃった鏡を探してるんだー」
 相変わらずへにゃりと笑って言うハリスに、レオは首を傾げる。
「うん、なんかねぇ、神社で何かが起こってー、鏡とかー、お皿とかー、なんか色々手足が生えて逃げちゃったんだってー」
「へぇ、すごいや。その神社に整備工場にある機械とか持って行ったら、一緒に歩いたり話したりできるかなぁ」
 楽しそうに笑うレオに、ハリスも笑う。
「できるかもしれないねぇ。……ああ、それでねぇ、神社のお宝の鏡まで逃げちゃったみたいでねー、それが無くなると大変なんだってー。だから、今探してるところなんだー」
 それに頷いて、レオは踵を返した。
「僕も鏡探すの手伝うよ。アシがあったほうがいいでしょ。待ってて、工場からバイク取ってくる!」
 ほどなくして、ドコドンッ、ドコドンッ、という音と共にハーレーのようなデカバイクに跨がったレオがやってきた。
「うわー、すごいね、コレ。唸ってるよ、なんて生き物?」
「あはは、ハリスさんには機械の方が珍しいかぁ。これはね、バイクっていうの。後ろに乗って、これで街を回ろう」

 ところ変わって、こちらはなんだか妙にほわわんとした空気を醸し出す二人。
 シャガールと誓だ。
 その手には、ペンキまみれの鏡が一つと、シャガールの武器である流星錘に搦めとられた鏡が三つ。いくら綺麗に消えるとはいえ、相手は神宝。驚いた鏡が間違ってよろけてパリンといったら困るということで、誓の身軽な素早さと、シャガールの縄使いで着々と鏡の捕獲は進んでいた。
「けっこう、簡単に掴まえられますね」
「そうだね、以外と数もあるみたいだけど」
 にこにこと微笑みながら鏡を担いで道を歩く様は、なんていうかなんとも言えない空気を醸し出している。それはどう何とも言えないかというと、ちょろちょろと駆回っていた器物が、そのほわわんとした空気に触れてなんとなく壁際に寄って道をあけてしまうような空気である。
 そして壁際に寄った器物たちの中で、きらりと陽射しを反射させた鏡を見つける。しかし、その鏡はどこかおどおどとして、じりじりと角へと足を運ぶ。いや、足を運ぶって本当にまんまその通りなんだよ。
「………。」
「………。」
 先ほどまで大人しく捕らえられた(脅されて捕まった)鏡たちとは違う反応。これは面白いと、二人は無言で頷き合う。
 にこにこと微笑みながら近付く二人。
 じりじりと脂汗を流しそうな勢いで体を震わせる鏡。
 とん、と軽く地を蹴ると、誓はふわりと鏡のすぐ真上に到達した。鏡の妖怪なのだから、映ったら何が起こるかわからない。だから映らない角度から掴まえるのが一番。そうして先の四つの鏡も捕らえたのだ。驚いて仰ぐ鏡に映らない様、誓は体を捻る。首から下げた銀の弾丸が、ちりりと宙を舞う。その弾丸が、ちらりと鏡に映り込んだ。
 途端、強烈な光が鏡から発せられ、誓は目をかばった。
 光が収まると、鏡はどこかへと行ってしまったようだった。惜しい事をした、と首を振ると、見覚えのある影がそこにあった。誓は思わず目を凝らす。
 そこには、首から下げた弾丸にそっくりな弾丸が、ひょろりとした手足を生やして立っていたのだ。とっさに胸に手をやると、ひやりとした感触が誓の手に伝わり、確かに存在する事を主張した。
「これ、キミのそれにそっくりだね」
 シャガールが言い、それをつまみ上げようと手を伸ばすと、弾丸はまさしくその名の通り、弾丸のように駆け去った。
「ええと」
 瑠璃の瞳が誓を振り返る。
「追いかけるかい?」

 * * *

 ビシィッと鞭が唸り、鏡の脇スレスレで地を叩く。
 もし鏡に喉というものが存在したなら、ひっ、と悲鳴を上げたことだろう。シキの鞭捌きは見事なもので鏡を叩き割ることなどなかったが、それでも見ているこちらの肝が冷えるほどの非常にギリギリのところに鞭を打ち付けていた。
「……少しでも動いたら……叩き割る」
 台詞を付けるならまさしくこんな感じだろう。先ほどまでの明るい調子とはまるで反対の、冷たい殺気のようなものが滲んだ目で鏡を見据える。ただその口元は笑んでおり、それが余計に恐怖をあおった。
 ぐらりと倒れかけた鏡を、すかさず王様がそのもふもふの体を活かして受け止め、捕獲する。そしてその捕獲した鏡を捕縛するのがシキの結索術である。この結索術は迅速、簡単に結べて、しかも簡単にほどけることが基本。……なのだが、それは扱う者の理屈。縛り上げられた鏡が抜け出すのは至難の業だ。
「やるじゃないか、シキ」
「ペンギン陛下もね」
 にやりと笑い合う海賊二人(いや、一人と一匹か)は、互いの拳(いや、拳と羽か)をこつりとぶつけ合う。
「……なんか、あの二人がいるとあたしらの出番ないって感じ?」
「ううん、そうかも」
 ベラは苦笑しながら頷くと、アオイはスチルショットを玩びながらチューインガムを膨らませた。
 と、海賊の後ろにきらりと光る鏡面が見えた。アオイのガムが、ぱちんと弾けた。
 シリンダーから伸びたコードの先に付いた吸盤をボイルドエッグのバッキー、“キー”に繋げる。構え、そして
「どいてっ!」
 引き金を引いた。
 バチンと電気が弾けるような音がして、銃口からエネルギー弾が奔った。
「え、ちょ、」
「待て、アオイじょ……」
 バッキーのエネルギーを使用しているからだろうか、鏡は慌てて逃げ出そうとする。ぴょういと逃げたその足もとに弾は着弾し、閃光がほとばしると爆音を伴って爆発した。
「わお、効いた。ラッキー」
 アオイは満足そうに笑って、きゅぽんとキーから吸盤を離す。
 そこには、逃げようと片足を踏み出しかけた鏡が、まるでビデオを停止させたかのようにぴたりと止まっていた。
「あの、アオイさん」
「なに?」
「ある意味成功だけど、その……」
 ベラが微妙な表情をしているのを見て、アオイは改めてそちらに目をやる。
「……あ。」
 そこで、ようやっとアオイはベラが言わんとしていることを理解した。

 説明しよう!
 スチルショットは着弾地点で爆発し、半径1メートル以内にあるすべてのムービーハザードと範囲内にいたムービースターを1分間の間、静止させるのだ!

 つまり。
 離れ損ねたシキと王様が、鏡と同じようにぴたりと動きを止めていたのだ。
 アオイは頬をかき、ひとまず鏡を捕獲した。

 * * *

 一方、上機嫌に道をゆくのはアルディラと太助だ。アルディラのその腕には、何段にも積み重ねられた木の箱がある。
「やー、やってみるもんだな」
「おう、なかなかいいアイディアだったぜ、タスケ」
 二人の捕獲作戦はこうだ。
 まず、なぜかあまり警戒心を持たれない太助が鏡に近付き、調子にのせるようなことを言って誘う。真実の姿を映す鏡は、「一番綺麗で立派に映る」と自負しているようで、胸を張ってついてくる。中にはおどおどとしたものもいたが、なだめるように説得を続けると、ついてきた。また、太助に興味津々で近付いてくるものもおり、それは太助が抱き上げた。
 最初は後ろを付いてくるように言うと、素直に付いてきていたのだが、数が増えてくるとなんだかピリピリとした空気を醸し出し始めた。喧嘩をされては困るので、そこでまた太助の一言。
「えっとな、一番を決めるまでまだ時間があるから、寝ててもだいじょうぶだぞ?」
 アルディラが差し出した箱を指すと、鏡たちは大人しくその箱に収まった。
「おもしれぇな、妖怪っつったか。色んな性格したヤツがいるみてぇだし、そのうち喋るヤツに合うかもしれねぇな」
「それも見てみてーなぁ」
 くすくすと笑う太助たちの前を、暢気にとっとこ歩く鏡が横切って行く。二人は顔を見合わせ、先ほどと同じようにまず太助が近付く。
「なあ、おまえ」
 声をかけると、鏡はひょうと振り返る。
「俺たちな、一番綺麗で立派に映る鏡を探してるんだ。おまえは、一番か?」
 首を傾げながら聞くと、鏡はぽぉうと鏡面を輝かせた。アルディラが思わず近付く。しかし、鏡は逃げずにその鏡に太助やアルディラではないものを映し出した。
『カップル撲滅キャンペーン実施中ーっ!!』
 刀を構えた男が、もう一つの声と共にそう叫んだ。
 太助はきょとりと目を丸くし、アルディラははて、と首を傾げた。
「かっぷるぼくめつきゃんぺーんじっしちゅうってなんだ?」
「とりあえず、ちゃんと区切ろうぜ」
 一息で言うアルディラに、太助はあきれた顔を向ける。
「くぎるって……どこで切るんだ?」
「あー、ええとな、カップル、撲滅、キャンペーン、実施中、だ」
「かっぷる? きゃんぺーん? なんだそりゃ」
「おまえ、カタカナの名前してるくせに、カタカナに弱いよな」
 こうして現代語談義を繰り広げているうちに、鏡はひょいひょいとその場を離れて行った。

 * * *

「さて、次の獲物はどこか」
 捕らえた鏡を小脇に抱えて、黒の短髪に灰がかった着流しを身に着けた、精悍な顔立ちをした男はぐるりと頭を巡らせた。対策課から依頼を受け、鏡を探していた千曲仙蔵だ。
「ここで会ったが百年めぇ! ぜってー逃がすか、手伝わせてやらぁ、この野郎!!」
「使い方が違うぞ」
「うるっせぇ!」
 突然響いた声に、男はひょいと角を曲がる。と、そこには色白の肌に赤い髪という派手な男と、赤銅の肌に黒い髪の少年が喧々囂々と怒鳴り合っている。……いや、怒鳴っているのは黒髪の少年だけだが。
 ふいと赤髪が仙蔵を見る。それに気付いて、黒髪も仙蔵を振り返った。小脇に抱えている鏡に目をやって、黒髪が口を開いた。
「あんた、対策課から依頼を受けたのか?」
「ああ。貴殿もか」
「対策課からっつーか、……まあいいや、同じだし」
 がしがしと頭を掻いて、少年は頷く。それに頷いて、仙蔵は二人に近付いた。
「俺は、千曲仙蔵という。一人で探すよりも、多数で探す方が効率がいい。共に行っても構わないか?」
「ああ、いいぜ。俺はセイリオス。こいつは麗火だ」
「おい、手伝うなんて言ってないぞ」
「黙れっ、俺を吹っ飛ばしたんだから手伝えっ!」
「それは俺じゃなくて風だ」
「同じだっ!!」
 この二人は犬猿の仲なのだろうか、と思いながら、仙蔵は頬を掻く。
「まあ、それはいいとして、写真とか持ってないのか」
「しゃしん?」
 セイリオスが首を傾げると、麗火は続ける。
「写真があれば、コンマ1mmのズレまで同じってわけじゃなきゃあ、見分けられるぜ」
「それはすごい特技だな。ふむ、俺は持っていないが……セイリオス殿はどうだ」
 ふと笑う麗火に、仙蔵は関心したようにあごに手をやる。セイリオスを振り返ると、セイリオスは眉根を寄せて口を開く。
「しゃしんってなんだ」
「「……は?」」
 麗火と仙蔵の声がはもる。セイリオスは気まずそうに視線をそらし、その先に鏡が歩いて行くのを見つけた。
「いたーっ!」
 声に、二人もまたそちらを振り返る。鏡はびっけと飛び上がった。そして駆け寄ってくるセイリオスの血走った目に、思わず鏡面を光らせた。
「っ……」
 一瞬の隙。その間に、鏡はその鏡面にここではない場所を映し出す。途端、セイリオスはこれ以上開かないというほどに目を開いた。口をぱくぱくと開閉し、硬直する。その両脇から、麗火と仙蔵が興味深そうにその鏡を覗き込んでいる。
 そこに映し出されたのは、今よりも幼い、セイリオスの姿。ぐしゅぐしゅと泣きべそをかいて、黒檀の肌に銀髪、瑠璃の瞳を持つ男によしよし、と宥められている。
 わなわなと肩を震わせるセイリオスと、鏡に映った押さないセイリオスを見比べ、そして顔を引きつらせたセイリオスを見やる。
「ほほう」
「ふぅん」
 ぐりんっ、と二人を振り返り、ぎっと睨み付ける。
「そんな目で俺を見るなぁあああっ!!!」
「何があってこういう状況になったんだか知らんが、まあいいんじゃないか」
「うむ、よい思い出ではないか」
「……って、視線を逸らしながら言うな、ちくしょぉおおっ!!」
 鏡を捕獲することなどすっかり忘れて、しばらく絶叫が響いたそうな。

 * * *

「うーん、鏡だけ探すのって案外難しいね」
「そうだねぇ」
 バイクを走らせながらレオが言うと、後ろに乗ったハリスは気のない返事をする。どうやら、バイクの走り心地にご満悦らしい。
「それにしても、こうして色んな道具が歩いてるのって面白いねぇ」
「ああ、それは僕も思ったよ。ホント、工場の道具を神社に持って行ってみたいなぁ」
 のほほんと笑う二人は、どうやら楽しくなってきちゃって観光気分になってきてしまっているようだ。
 まあ、それも仕方ないかもしれない。かたや機械だらけの世界から来た青年、かたや魔法の世界から来たドラゴン。道具に手足が生えて動くというのは、どちらにとっても不思議な現象だ。いや、彼らじゃなくても不思議な現象だけど。
 しばらくバイクを転がして、ふとレオの目がひょういと歩く鏡を見つけた。
「あ、いたよ! 寄せるから、ハリスさん、掴まえて!」
「了解ー」
 ハリスの緊張感のない声を聞きながら、レオはどるん、とエンジンを噴かす。あっという間に鏡との距離が縮まり、鏡との絶妙な距離を保ち、車体を傾ける。ハリスが腕を伸ばすと、鏡はちらりと彼を見やるようにして、それから大人しく捕まった。
 ハリスが鏡を掴まえたのを見やって、レオはバイクを寄せた。
「なんだ、案外簡単に捕まったね」
「うん。自分から捕まってくれたみたいー」
 首を傾げながら、ひょろりとした手足を生やした鏡を覗き込む。すると、ぽぉうと鏡面が輝く。そこに映し出されたのは、神社と、その神社にそっくりな、しかしなんか破壊工作をされた神社とが映っていた。
「これ、なんだろうねー?」
「神社って、二つもあったっけ?」
「さあー? ぼくが知ってるのは、一つだけだよー」
 首を傾げながら見入っていると、ふぅとその景色が消え、ハリスとレオの顔が映る。逃げる様子もなくじっとしている鏡に、二人はひとまず杵間神社へと向かってみることにした。

 * * *

 すばしっこかった弾丸が、ゆるゆると動きを鈍くして行く。それを、二人は見逃さなかった。
 シャガールがひょおう、と流星錐を投げ、弾丸の向かう先に錘を落とす。たたらを踏んだ弾丸を、すかさず誓が捕らえた。
 まるで疲れを感じさせなかった弾丸が、息も絶え絶えと言った風にもがく。ピシ、ピシ、と細かくヒビが入る。いぶかしながら見ていると、途端に足もとが揺らいだ。
「なんだろう」
「わからない。でも、山の方だね」
 二人の動きに寄ってしまったのか、目を回したのか、ぐったりとする鏡をしっかりと担いだまま、誓とシャガールは山へと足を向けた。

「あれ」
「あ」
「おう」
「よぅ」
 杵間山付近に着くと、全員がそこに集まっていた。
「みんなたくさん集めたね」
「お頭たちこそ」
「セイ、少ねぇな、おまえ」
「それどころじゃなかったんだよ……」
「そうだよなぁ、なんたって」
「うわああああああっっ!!!」
 麗火が思い出し笑いをすると、セイリオスが声を張り上げる。と、ことさら大きな振動が大地を揺らした。その揺れで、アルディラの手から箱が一つ落ちる。それを、どうにか太助がそのお腹でキャッチし、倒れかけたアオイをシキがしっかりと支える。
 揺れが収まると、ハリスが抱えた鏡がぽぉうと輝いた。
 覗き込むと、大男が涙を流して足もとを見つめていた。その足もとには、黒い物体が転がっていた。皆は目を見張る。
 ふぅとそれが掻き消えると、今度はがらがらと崩れてゆく洞窟の中に倒れ埋もれつつある巨大な物体が映った。アオイは思わず目を背ける。
 それもまたふぅと消えると、誓の手の中でヒビの入った弾丸がぱぁんと弾けた。それと同じく、抱えた鏡たちが次々と手足をなくし、ただの鏡へと変じていく。アルディラが抱えた鏡を開けると、そこにはただの鏡たちが静かに収まっていた。
「あー」
 ハリスの声に、先ほどまで別の場所を映していた鏡がぴょい、とその腕から跳んだ。ずんずんと進む鏡を、全員が追った。

 追って行くと、そこは杵間神社だった。
 鏡はまるで勝手知ったる我が家のように、迷いなく奥へ奥へと進んで行く。そして、からりと障子を開けると祭壇のような場所に自ら昇り、そこに腰を落ち着けるとすぅと手足が引っ込んだ。
 しばらく呆としてそれを見ていると、シャガールが口を開いた。
「……だから、逃げ出したのかな」
 振り返ると、シャガールは微笑む。
「さっきの……黒いものと、埋まっていったものから、逃げたのかなって。もしそうなら、この鏡は自分の役目をよくわかってるよね」
 言葉に、全員が頷き、そして捕らえた他の鏡を朔夜に返すべく、表へと戻っていった。

 その後、シキが海賊船乗船ペアチケットを彼氏と来なよ、と笑いながら真っ赤になる朔夜に渡したり、盗賊たちに協力したんだからこっちのも協力してよね、とチケットをねじ込んだり、太助を見たレオが、電池どこ?と言いながらなでくり回してみたり、朔夜とアオイとベラにねぎらいの言葉と彼女らの美しさなどを褒めちぎる王様が演説を始めたり、麗火の風に吹っ飛ばされたセイリオスの絶叫が響き渡ったりした。
 ともかくもお騒がせな逍遥鏡は、祭壇へと戻り、百鬼夜行はこれにて収束したのであった。

クリエイターコメントお届けが遅くなり、申し訳ありませんでした。
ドタバタとした楽しげな様子が伝わればよいのですが。

口調や設定などで何かお気付きの点がございましたら、お気軽にご連絡ください。
この度はご参加、読了、誠にありがとうございました。
それではまた、どこかで。
公開日時2008-03-01(土) 23:40
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