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<ノベル>
1.子は来たる
日差しが強い日ばかり紫外線が強いとは限らない。この日、まだ対策課へ向かう途中、リゲイル・ジブリールはラフなシャツとミニスカート、フリルはあまり目立たず、けれど少女らしい装飾のついたそれをさしながら、聖林通りを歩いていた。
「植村さん、何があったんだろうね? 銀ちゃん」
リゲイルのバッキー『銀ちゃん』は通常のそれとは少しばかり大きい部類に属してい、肩から下げたバッグの中から、主が不思議そうに声をかけてくる様子をただ眺めているようで。どんな種族でも夏は暑かろうと入れられた、ハンカチに巻かれている熱冷ましパックへ時折、身体を預けているようでもあった。
「お嬢さぁん、どうだい一つ夏のイベントにでも参加してみないかい?」
「え?」
通りを過ぎようとすればここ数日の暑さを吹き飛ばす為、様々なイベントが催されているのだろう。タオルを頭に巻き、いかにも大学サークルに居そうな汚れたシャツと、だらしないズボンの着こなしをした青年がリゲイルに声をかけてくる。
「ごめんなさい、わたしこれから用事があって……もし、まだやっているようでしたらその帰りに参加させて頂きますね」
対策課から自分に連絡が来たのは数時間前だ、緊急という風でもなかったがあまり良い知らせでもないらしい植村の声色にリゲイルは一瞬、ここ数ヶ月起こった悪夢のような現実を思い出す。
(だから、歩いてきたんだけど……失敗だったかしら)
車を呼んで向かう手はずを整えても良かったのだが、陰気な気持ちで人に顔を合わせたくはない。暑くとも少し外へ出て、空気を吸いながら気分を一新しようとしていた筈がこうして誰かに誘われてしまえば断りづらいというのが心情だ。
「あ、誰かと約束中だった? ごめんごめん、いや、気は遣わなくていいよ。 ごめんね」
「そんな事ないですっ!」
顔を下げてしまったのが悪がっただろうか。リゲイルがはっとして視線を上げた時、青年は既に彼らの催しであろう、派手に塗られたペンキのアーチへと駆け出していた。その横から、黒髪に珍妙な格好をした子供がついてゆくのが見える。
(人、集まってるんだぁ。 良かった……)
断ってしまったようなものだが、賑わっているのならばそれで良い。胸を撫で下ろせば、いらぬ心配をしたものだと気分良く新調したサンダルは歩き出す。
バックの中、大きな身体を少しばかり起こした銀ちゃんがどこか、その催しを眺めている事などリゲイルは全く気にもかけぬまま、対策課へ続く道のりはもうすぐそこで終わろうとしていた。
***
「気分が良いとはとても言えんな」
所も時間も変わって対策課、あまりにも寒い内容の依頼を受けた面々の一人。シャノン・ヴォルムスは壁にもたれ半ば呆れ顔で一言、そう口にした。
先日まだヴォルムスセキュリティにシャノンが入った矢先の事だ、資料にまみれたデスクに置かれた一枚のチケット『眠れる廃墟その深く』と名づけられた、いかにも安いコピー機で作られたそれに、出席する羽目になったのは。唯一の弟がその紙切れを自分宛てに置いていると分かったからである。
「試写会は全くつまらない……挙句にはトラブルか……」
「そ、そんな……そんなにつまらなかったですか?」
シャノンはある意味で鬼であるが、心まで鬼ではない。製作者も居るからと、語尾を下げて苦情を口にしたが存在感の薄い詠史は自分の作品に対してのみ、無駄な存在感で迫ってくるのだから、鬱陶しいと腰に置いた手で否定とも、肯定ともつかぬ仕草を見せる。
何を考えて弟はこの試写会に兄である自分を行かせたのか、悪い冗談か普段あまり取れぬコミュニケーションのつもりだったのか、定かではないが。
「まぁ、つまらんだろうな。 だが財宝のリアリティは良く出来ていただろう? 特に瓦礫の下に眠る黄金の輝きには随分と苦労したものだ……そうだな、あの質感はなかなか――」
「いや、われにそれ言われてもさっぱり分からんわ」
つまらない、そう断言してまた観客の一人であったシャノンに詠史の瞳を向けさせる人物はルークレイル・ブラックだ。彼は試写会当日、製作側のスタッフとして居たが、まさか同じ依頼に参加する事になっているとは。
(客は俺とリゲイルだけだと思っていたのだが、な)
『可哀想』という単語でコウノトリが試写会に居た者の模写子供を運んだと聞いたが、確かに製作スタッフまで居る所を見ると本当に寂しい試写会だったのだろう。
しかも、廃墟ドキュメンタリーらしい映画――実際シャノンから見てどう見ても現存する建物にしか見えなかった――に何故か鈍い光の西欧、ないし北欧神話をモチーフとした短剣や王冠が出てきたのは確実にルークレイル、その男の仕業だったのかと思うと頭痛すら覚える。
「われ? ……ルークレイルだ。 名前位一度で覚えてくれ」
「覚えとるがな、癖や癖。 しっかしまぁ……ガキなぁ……」
ラフな海賊服のルークレイル、その横には紅色が印象的な着物を纏った晦が他の者とは違う、どちらかと言えば懐かしさに浸るように、屈託の無い笑みで顎を掻きながら笑っていた。
「晦、貴様も居たのか?」
「ん、あぁ。 道に迷うてもうてな。 居たっちゅーか……通りかかった?」
何度か顔を合わせた仲であるシャノンが、銀幕市でも比較的に目立つ部類の格好をした晦を見失う筈は無い。しかも、彼は稲荷神。居ればそれだけで試写会は繁盛した筈なのである。
「ま、通りかかっただけやし……思うてたらなんや、ガキが出来たー聞いてな。 ま、呼ばれたっちゅーわけやけど」
「誤解を呼ぶような言い方はやめてくれ。 あくまで俺達の模写だ」
「ははは! せやった、せやった」
通った側からコウノトリの模写が始まったのだろうか、詠史が持ち込んだ模写子供のリストにはしっかりと晦の名前が記載されていて、財宝に関しては熱心。子供に関しては全く理解を示さないルークレイルに軽率な発言だとたしなめられているようだ。
「ねぇ、シャノンさん。 模写なのよね? わたしの記憶とか……ないのよね?」
「この調子からして無いだろうな。 どうした、不安か?」
対策課で詠史の試写会について、それから自分達を模写した子供について一通り聞いている間、唯一口を斜めに閉めて終始無言で聞いていたのはリゲイル、彼女である。
「不安……ううん。 大丈夫、でもねとても複雑な気分で」
ルークレイルと晦のやりとりを傍らに、リゲイルは少女らしく短く切った髪を片手で撫で、手に持った日傘で床を数度、突く。
「あまり深刻に考えるな。 この分だと俺達個人の記憶までは模写されていないだろう。 ――そう思って良いんだな?」
子供扱いをしてはきっと彼女は怒るだろう。けれど、模写とはいえ自分を写した存在に戸惑いを隠せないリゲイルを数度、シャノンは撫でると少しだけいつもの少女に戻ったのだろう、上目遣いにこちらを見上げる瞳が恥ずかしいと微笑み、口ではぷっくりと空気を膨らませて見せた。
「そうですね? 陽菜さん」
「え……。 ええ、はい。 大抵は見たままを模写したらしく、行動が六歳児の頃と似ているだけのようです。 ああ、ホラ、この子。 なんだか今の私よりずっと不細工でしょう、きっと模写がうま――」
「のようですから、大丈夫ですよ」
シャノンの質問に答える植村と、その回答を喋りながらまた意味の無い御託を並べる詠史は、完全に対策課の一室から存在感というものを消してしまう。
正確にはどう見ても植村が一方的に無視をしたと言った方が正しいのかもしれなかったが。
「行きそうな場所やったら森やなぁ。 坊主の頃えろう飛び回った思い出、あるわぁ」
「ほう、森……か」
行動が似ているともなれば捜索は自らの子供の頃を辿れば見つかるのだろう。比較的早く口を開いた晦に、シャノンは思わず目を見開く。
「なんや、シャノンも森におったんか?」
「森……とは意味合いが違うが、そうだな……比較的緑の多い場所を好んでいた覚えはある」
子供の頃の自分はどうだっただろう。そんな、まるで思春期の青少年達が考えるような機会など、今までのシャノンには全くと言って良い程ありはしなかった。
生と死の狭間でただ、亡き人を想い同族を切り続けてきた自分の記憶で六歳児程度の思い出など、息が苦しくなるような苦い気持ちにさせられるだけと心で嗤いながら。
「野生児と庭園じゃ随分と違うんじゃないか? ま、同じ地域(銀幕市)に居ると想定すれば、大方場所は被っていそうだが」
「……――棘のあるやっちゃなぁ、われ。 しゃあないやろ、親父もわしも森育ちなんは……」
「晦、ルークレイル。 このまま放っておくわけにも行かないだろう、そろそろ探しにいかないとな」
言い争いよりはそれこそ、ルークレイルと晦の掛け合いは子供達のそれに近いとシャノンは思う。少し『大きな少年達』の言葉にはついていけないのか、或いは見ているのが楽しくなってきたのか、リゲイルは口に手を当てて笑いを堪えているのだから。
大きなため息を一つ、シャノンはとりあえず一番理解力を示した彼女の手を引き、ルークレイルと晦に探索開始の合図を示す。
「とりあえずはある程度同じ地域に居そうだと思う者同士で分かれるとしよう。 連絡は……携帯で十分だな?」
ヴォルムスセキュリティは日々様々な依頼をこなしている。が、きっとシャノンとしては初めてであろう、自分の『十分』という言葉に子供の引率を思わせる空気を感じ取ったのは。
2.過去からの偶像
ミッドタウン聖林通り、ほぼいつも見慣れた景色を、あまり見慣れない人物と歩くのは最近では珍しくない。けれど、いつも会話をしているシャノンと離れた事でリゲイルは隣に居るルークレイルを眺めながら幾度と無くこう思った。
(ルークレイルさんの子供の頃って一体どんな感じなんだろうなぁ)
自分の子供の頃は確かにまだ、拭いきれない不安はある。けれど、勇気付けられた身としては、しっかりと背筋を伸ばして向き合えばよい。そうやって、一度吹っ切れてしまうと今度は逆に同じ被害に合った人間の子供の頃というものが気になってくる。それも心情だろう。
「何をじろじろと見ているんだ?」
「あっ、いえっ! なんでもないですっ!!」
子供の頃を思い起こせば今は亡き父を思い、よく美術館へとよく足を運んだ。一方、ルークレイルと言えば『財宝に興味があるだろう』という事意外はあまりこの場所、といった特定が無く銀幕市を歩き尽くしているリゲイルと共に探索活動をする事になったのである。
「お宝のありそうな場所……やっぱり高価な物とかなのかしら?」
ギャリック海賊団の一味と言えば、伝説の財宝を求めて日々航海をしているなどというのは有名な話だ。特に、その『伝説級』の財宝を求めるあまり常に貧困にあえいでいるのもまた、周知の事実でもあって。
「いや、年頃から言えばさして意味の無い物ばかり集めているだろうな。 ……くだらない、模写程度ならば見捨ててもいいものを……」
「そんな。 でもきっと、ルークレイルさんの子供の頃ってきっと可愛いと思いますよ?」
「……は?」
対策課に呼び出された時から、ルークレイルの子供に対する評価は悪い。よほど、子供が嫌いなのかもしかすると自分と同じようにあまり良い目を見ていない為、会う事にためらいが生じるのか。それはリゲイルには分からない。ただ。
「やっぱり会ってみるのも、いいかな。 なんて、思ってくれるといいなぁ、なんて……」
確かに昔の自分が現れたわけではない、ただ形だけなのだろう。けれど、少しづつリゲイルが感じ取っていきたいのは、これからの困難に涙しつつも今をこうして生きる自分の姿であった。
自分の考えが全てではなくとも、伝わればそれで良いと。口にした言霊に相手は居辛いと視線を彷徨わせた後。
「良くは分からないが。 受けた以上は探すしかないだろう」
肩の力を落とすように一度、太陽の下で項垂れたルークレイルにリゲイルは笑顔で俯く。
「子供らしい宝物、ってぱっと分からないけれどきっと美術館にも似た物ってありますよね!?」
大人になるにつれて、子供の頃大切にしていた物が分からなくなってくるものだ。美術館に差し掛かるにつれて、足取りが重くなるリゲイルは自分を奮い立たせるようにルークレイルを見る。
「どうだったか。 そんな事は行けば分かるだろ……ん?」
「? 何か、ありましたか?」
一度美術館の白い外見を見た途端、リゲイルはそれから背を向けルークレイルを見たから。その玄関口に居る人間が何人であるのか。ないし人など居るのか、それすらも分からなかった。
ただ、ルークレイルの青い瞳が自分と肩越しよりももっと後ろを数度、行き来する仕草でその意図が理解出来る。
「髪の短いおねえちゃま、そのぬいぐるみ。 とってもかわいいわね! いいな!」
小さく無邪気な声が遠くから次第に近くなってくる、ぬいぐるみとは銀ちゃんの事であろうか。
振り向くのが怖いと、寸で顔を凍てつかせた自分に今度はルークレイルから始めて、前を向けと何処か優しげな視線を受け、走り寄って来る小さな、赤髪のツインテールをリゲイルは視界に入れるのであった。
***
準備があるから少し待っていて欲しい。シャノンと晦が向かうダウンタウン北、自然公園へ行く前、深紅の稲荷神は自分一人を先に行かせ、何処へとも無く消えてしまい、現在に至る。
(一体、どうするつもりだ)
晦の事だ、シャノンの模写に対して何かするという事はないだろうが、自分の写しという理由で捕獲しやすい方法でも思いついたのだろうか、このまま行けば自分と子供。二人だけの空間になってしまうのが気分として良くは無い。
「嬉しくはない状況だな」
対策課から愛車を動かしてここまで来たものの、ためらいの表情を見せたリゲイルの気持ちをシャノンは少しではあるだろうが、理解出来る。
唯一の救いはただの写しである事、だろうか。今の自分にある記憶を洗いざらい詮索される事も無い、これはただ保護する為の活動なのだと思えばシャノンの理性は都合良く働いてくれた。
「……暑い」
愛車の中はクーラーが程よく効いていて居心地が良いものの、目的地へ着いたからと降りてしまえばそこからは灼熱地獄である。眩い黄金の髪に腕で影を落とし、今日の所は酷いムービーハザードの被害が出ていない緑地と森林からなる公園を一旦、眺める。
(晦は森と言っていたか……。 しかし俺の模写となると)
同じ人ではない者同士、互いの移動速度は理解しているつもりだ。ただ、出身映画の違いからかシャノンは愛車を使う事が多いし、晦は自力で神速の如き速さで移動してくる事もある。となれば追いつくのは容易なものだろう。
「庭園から見える花々も美しかったが、自然に芽生える草花も好んでいたな……、複雑な。 気分だ」
公園を歩きながらシャノンは代わる代わる美しさを魅せる花を眺め、その端から覗かせる白い名も無き色を見つけては眉の先を和らげた。
「何か、お探しだろうか? ここの事はあまり詳しくはないが一通り見ては来た。 案内、しましょうか?」
シャノンの声ではない。ずっと細く、それでも聞き覚えは十分にある声色に。ふと、息を呑む。
「いや……その、一人なのか?」
す、と細いシャノンの瞳とは違う、もっと大きく丸い瞳。黄金の髪は今よりももっと短く肩程まである。見事なまでに記憶内から模写された自分の昔の姿は、それでも子供という『設定』上人恋しいのだろう、不器用な言葉遣いではあるが理知的に、かつ他者へ関わりたいという気持ちに溢れているようだった。
「……はい」
「そう、か」
全てが一緒ではないだろう、それでもなんと話しにくい事か。共に歩こう、他の者達と会館へ行こう。そんな言葉すら喉から支え、出てこない。
そんなシャノンをよそに、子供の方は『一人であるか』と聞かれてから次第にこちらへと関心を向けてくるのだから、ぎこちない仕草はお互い様で手を出すと自然に小さな手が木の葉のようにとても軽い重みを預けてくる。
「なんや、めずらしいシャノンやなぁ。 なんや、わしかてもぞもぞするわぁ」
「ッ!? つ、晦か……」
堂々と、かつ緊張に満ちた空気を破り去ってしまうかのように、突如背後から豪快な笑い声が聞こえ、シャノンは子供の手を取った腕を振るわせた。
「知り合い、だろうか? あの、俺は……」
普段であれば決して背後の気配に気づかないシャノンではない、それに例えそれがなんらかの不意打ちであったとしても十分に対処できるというのに、どうしてだろうか。この時は自分と、その模写子供に未だ笑いを抑えられないといった風な晦を、いっそ殴ってしまいたくなったのは。
「そな、怖い顔せんといてぇな。 はは、大丈夫、大丈夫やから。 な? われも、わしの事は気にせんと」
「何が大丈夫なんだ……しかも何だ、その道具は……」
シャノンに対しては大丈夫だと繰り返し、その模写には多分警戒を解くためだろう。
すっかり後ろに隠れてしまった少年の頭を半ば強引に撫でていれば流石稲荷神、いや、元々子供のこれも『設定』なのだろうか、少しづつではあるが晦独特の空気に小さな心は開かれてきているようだった。
「それはあれや、他の連中に今のシャノンの事は話さへんっちゅー……ああもう、睨まんといてや」
「ふざけ過ぎだ……まぁ、いい」
晦が話さないと言うならばそれは本当の事なのだろう。彼は決して他人が知られたくない秘密を漏らすような男ではない。
冗談交じりに発せられた言葉を許し、不思議そうにシャノンへ視線を向ける子供へは『知り合いである』と告げれば丁寧にも、お辞儀をしてみせる。これもまた、模写である行動の一つなのだろうか。
「ああ、ええなぁ。 ――と、せや。 これはな簡単に言えば罠やろか?」
少年のあどけなさが残る礼儀作法に満足げな晦は、片手から伸びる紐を軽く引いてみせる。先はどうやら木々の間へと続いており、その最後尾には既に何か仕掛けてあると言った所だろう。
「まさか……それで捕まえるつもりはないだろう」
大人の発想とはかけ離れたそれに、呆れの色を見せれば視界の外に居る少年からは『大丈夫だろうか』と声がかかる。勿論、これには安心させるように宥めてやるが。
「そやなぁ、流石に冗談のつもりやけど、ホレ油揚げが好物なんはほんまや……」
流石に六歳児という考えを持ってしても、籠と好物、棒に紐と言った簡単極まりない仕掛けに引っかかる筈は無いだろう。そこまでは晦も考えているとシャノンが安堵した矢先、こちらへ視線を向けていた少年はいつの間にか離れ、首を傾げながらこちらへともう一度戻ってきた。
「何か、かかっているようだが、その。 これも知り合い……か?」
シャノンから模写された子供だけが発言権を得ているこの空間は非常に、気まずいと大人二人は籠に納まった小さな赤い仔狐を見た後、互いに目配せをしながら押し黙るのである。
3.思い出の底から
「どうやらあちら側は一人捕獲できたようだな」
美術館にてリゲイルの模写子供を発見出来た二人は次に探すべき場所を考えあぐねていた。
「ええ、シャノンさんの模写……ぷちシャノンさん? はちゃんとついて来てくれているみたい。 晦さんの方は逃げちゃったって連絡で」
「なんと言っていいやら。 子供に逃げられるとは……」
先程からリゲイルは彼女の模写子供の事を『ぷちレッド』と名付けている。曰く『自分の名前と区別しにくいから』だそうだが、このまま行けば自分の模写は『ぷちルークレイル』になるのだろうか。
(……子供の何処がいいと言うんだ)
目の前で少女と、もう一人。姉妹のような微笑ましい光景にルークレイルは心のわだかまりを隠せないでいた。
「めがねのおじちゃま、次はどこへ行けばいいの?」
「何か、催しのある場所。 だな」
純粋に見て、リゲイルの少女時代はとても可愛らしいと思える。柔らかなツインテールはレース編みのリボンで括られ、ドレスは何処か知らないブランドの品だろう。何一つ汚れの無いその様は人形のようで、それがまたルークレイルの自虐心を煽る。
「催し……? あ、もしかしたら聖林通りにそれっぽい物、あった気がするかも!」
行こう。そう、リゲイルが促し、ぷちレッドの手を引いて歩き出す。彼女の模写は初めて当人が見せた一瞬の拒絶をものともせずにルークレイルにも、そして本人にも懐いて人が増えた事を素直に喜んだ。
コウノトリの運んだ子供のムービースターというのは、きっと模写した人物の心や大人の心をある程度読んでいるのかもしれない。
自分が今、共にいる者と関係付けられる存在を理解する能力、そしてその共にいる者とはまた別の存在であり、まるで兄弟を探すように同じように散らばった存在を探す本能。
今まで、ぷちレッドとリゲイルの会話を聞いてきたルークレイルが見る限り、銀幕市の『設定を外す枠』という物が無ければコウノトリが運ぶ子供の意識は環境に非常に従順かつ、適応しやすい物になってい、本来拾われるべき人間の考えに疑問は持たない体質である、と言えるだろう。
(なら一人にしていても良いだろうに)
幾度となく思っては、リゲイルに『そんな事を言わないで欲しい』と懇願されるが如き目で見られた。彼女が純粋に小さな意識を大切に思う気持ちが分からないわけでも、辛く当たりたいわけでもない。だが。
「恵まれたものだな」
「? 何がです?」
振り向き、首を傾げられれば、ぷちレッドを一瞥しルークレイルは肩を竦める。
子供達はただの模写であり他人ではある。けれど明確な親が居ない状況が出来ているのは確かであり、それが元より本当に孤児であった自分の心を捻じ曲げている。
誰かに頼って生きていける存在、心配をしてもらえる存在。ルークレイルの過去はそんなものではなく、まるでゴミ箱から必死で抜け出そうとする壊れた玩具のような少年時代が事実、自身の模写への嫌悪へ繋がるなどと、嫌という程分かっているのにそれでも、分かっているからこそ。
「――いや、こっちの話だ」
こうして、はぐらかしてしまう。
ルークレイルが考え事をしながら歩む間、リゲイルとぷちレッドは順調に彼女が思い出す『催し』の場所へ向かっていて、ついて行けば確かに。派手なペンキで塗りたくられた何処にでもありそうな夏の祭り案内には『宝探し』という項目が掲げられていた。
「あれっ? 来てくれたの、お嬢さん!?」
「ごめんなさい、違うんです。 えーと、この人に似た子供……六歳位なんですけど、見なかったかしら?」
言葉を紡がなくなってしまった自分と裏腹に、リゲイルはぷちレッドを連れ、上手く立ち回っている。
ただ、どうにも面影を残す子供と少女という取り合わせに、催しのアーチから顔を覗かせた青年は怪訝に眉を潜め、その邪推を隠そうともせずにルークレイルを見た。
「無粋な考えは起こさないでもらいたい。 ……親戚の子供を捜しているだけだ」
ルークレイルの口をついて出た言葉にリゲイルが助かった、とその空を思わせる色を輝かせ。自身はその意味に驚愕する。
子供など興味は無い、何事も無いのならばこのまま帰ってもいいと思っている筈なのに。
「なぁんだ。 ああ、そっちのおにーさんにそっくり……てか、まんま小さくしたような子は居たよ」
「本当!?」
飛びつくように、リゲイルが身を乗り出しぷちレッドも真似をして青年に輝かしい瞳を向ける。
「あ、うーん。 でも居たってだけでさ、そこの宝探しって項目あるだろ? あれ解いちゃった後、ウチ主催の似た企画殆ど制覇しちゃってさ……」
「大方、現在は居ないというところか?」
そういう事。青年は肩を竦め、ルークレイルに向かい告げた。同時に、がっかりだと言うように乗り出した身を低くするリゲイルは、日傘を肩にかけ、ぷちレッドと銀ちゃんの頭を撫でた。
「今はね。 俺らの祭りってさ、色々な市が集まってここ(聖林通り)で各自専門分野の催しを出すっていうのが主体だから。 宝探しは一つじゃないんだ」
青年が言う話は要約すると、お化け屋敷が一軒しかない祭りとは違い、銀幕市と別の市が共同して同じ物でも二軒、三軒と別の趣向を凝らしたお化け屋敷が存在する。そんな、規模的には比較的大きいもののようで、宝探しについても各催しの中に隠したイベントもあれば。
「銀幕市内のあちこちに隠した財宝を探せ、ってのがあったかな。 最後。 その子は多分それに参加してると思うよ」
「そんな、それじゃあ広すぎてどこに行けばいいか……」
子供の行きそうな所に各々の幼少時代を思い起こし、捜索に当たっているもののルークレイルだけは場所そのものよりも自分の関心を寄せられる場面でしか思い起こしていない。
「めがねのおじちゃま、どうしよう?」
考えるリゲイルをどうにかしてやりたいのだろう、ぷちレッドがこちらに視線を投げてくる。勿論、子供特有の打算一つ見当たらない色で。
「……宝探しと言うんだ、作り物には違いないだろう。 宝が置いてある場所は何処なんだ?」
「お兄さん、夢。 ないねぇ……」
作り物であるという言葉に棘を感じたのか、青年は半ば興ざめしたと言わんばかりに、声を漏らす。
夏の日差しが、彼の肌から水分を奪い流していた。
「あの子の出て行った時間はそれなりに経ってるから……、聖林通りのはもう全部見つかっちゃってるだろうな。 残りは自然公園とその周辺が多かったね」
青年は服のポケットから皺になった紙切れをルークレイルへと渡し、リゲイルは背伸びをしながら揃って内容を確認する。
運営部用に配られたであろうコピー用紙は汚かったが、確かに、主に自然公園の森林付近に『宝物』と称した景品は隠されているようで。
「自然公園? そこってシャノンさんと晦さんが」
「ああ、居たな」
リゲイルが慌てた様子でシャノンの携帯へと連絡を取り始める。暫しの待ちを要して、相手への連絡が取れたのだろう。何度か電話口で頷いた後、ぷちレッドの手を引き、ルークレイルには『行こう』と合図を送りながら自然公園の方へと足を向ける。
「なぁ、親戚の子だって言ってたけど。 確かにそうかもな、アンタと違って子供さんの方はやっぱ無邪気だったぜ? ちょっとワルだったけどな」
邪推をして悪かったと言いたいのだろうか、青年は最後にルークレイルを引き止めたかと思えば小さな声でそう、言った。
「似てないと言いたいのか」
「まぁね、とにかく頑張れよッ」
これで励ましだと言うのだから、腹が立つのを通り越して呆れてしまう。
(無邪気……なのか――)
子供がそうであるという事になんら不思議はない、というのにルークレイルは自分と違った幼少時代をまざまざと見せ付けられたような、それでも今こうして同じ銀幕市にてリゲイルのように真剣そのものになりながら他人の模写子供を捜している様子を見る事で。何か、嫌悪とは違うものが心臓の隅でくすぶっているのが分かった。
「言われなくても、な」
いつの間にか、口元に笑みを浮かべながら。ルークレイルはリゲイル達の後を追うのである。
***
晦は人の姿を借りてはいるものの、れっきとした仔狐でもある。その辺に居る狐の子とはまた違い、稲荷神としての仔狐ではあったがそれでもれっきとした仔狐なのだ。
「どういう教育を受けてきたんだ、貴様は……」
「や、教育ゆーか、ゲンコツでやられたりな、がなられたりな」
「聞いた俺が愚かだった」
自分の何が悪いのだろう、一度簡単な仕掛けで今の晦よりももっと小さな赤狐が釣れたは良いが、なんとも言えないシャノンとぷちシャノンから送られてくる『大の大人がこんな仕掛けにひっかかるのはみっともない』という空気や、『しかしそれを晦に言ってしまっては相手に申し訳ない』という気配が非常に痛く伝わってきて、逆に身体が縮まる思いをしてしまう。
「もっと、こう……知能的……いや、他に方法は無いのだろうか?」
「シャノン、われの模写……はっきり言いよるなぁ」
抜け目無くしっかりとした利発な雰囲気であるのは矢張り、シャノンの模写と言えるが如何せん彼の幼少の写しなのか、コウノトリの失敗であるのか、時折隠したいと思う筈の本音がぷちシャノンには見え隠れする。
「子供の言う事だ。 ……気にしないでくれ。 しかしな、好物で釣ってその後目を離すと居なくなるというのもそろそろ限界ではないか?」
模写子供は他人から注目される事に喜びを覚える。例え元があまり人好きする人間でなかったとしても、だ。お陰か、シャノンは自分の模写子供にも目を向けてやらねばならなかったし、手伝いとして三人同時に晦の模写捕獲に挑戦したものの、丁度良い所であまり知能的ではない事態に全員が言葉を閉ざしてしまい逃がしているのだ。
「そやけど、それしか思いつかんて。 ようは、わしらが目ぇつけとればええんやけどなぁ」
かれこれもう三回目だろうか。先程などは蜂に追いかけられている仔狐を助けようとし、結局は見失ってしまったのである。
子供の頃。いや、実際今も晦は子供であるが。赤い仔狐はもう二まわり程小さな動物にしては矢張り、あり得ない大きさではあった。
(まだ坊主やったしなぁ。 遊ぶのが仕事やし、一箇所に留まってるっちゅー方がおっかしいわ)
シャノンの模写を見ていると、逆に自分の幼い頃が珍妙に見えてくるからおかしい。お互い人ではないが、人の形をとった者の生きる道と、そうでない者の道は己の実体化映画でもよく知っていると思っていたのだが。木に登り、その息吹を感じる事や別の動物達と遊ぶ事が今、こうして見ると別次元のように感じてしまう。
(わしも老けたんかなぁ)
馬鹿を言うな。きっと、晦の父が居たのならば自分よりは数百倍大きな身体で怒鳴りつけられていただろう。考えると、何故かくすぐったく思えて笑いが溢れる。
「このままだと日が暮れるぞ、早く……――ちょっと待て、リゲイルから連絡が入った」
「ん。 おぉ、どないなっとる?」
携帯を所持していない晦と、比較的このメンバーでの顔合わせが少なかったルークレイルはリゲイルとシャノンに連絡役を任せている。これは殆ど自然にそうなっているだけであったが、せわしない自分よりはセキュリティを運営している彼の方が適任だと静かに続報を待った。
「リゲイルの方でも一人見つかったらしいな。 だがルークレイルの方が保護出来ていないそうだ、目的地は自然公園の方だと聞いたから全員こちらへ向かっている事になる」
「で、ルークレイルの坊主はどない奴なんや? わしと同じ事しよるタイプやなかろう」
もし、晦と同じように森の動物と戯れる性格を、あの鋭く棘のある性格の彼がしていたのだという事実があるとすれば、悪気はなくとも笑ってしまいたい。とりあえずは、同じ場所に居るのであれば保護しやすいという意味で放った言葉ではあるのだが。
「なんでも宝探しの一環のようだな。 この森林公園内に祭りの玩具を隠しているそうだ」
「おもちゃ……? そんな物をさがすのか?」
ぷちシャノンは育ちの問題からか、玩具という言葉にいささか謎を覚えるらしい。大きなシャノンを見ながら話の意味を問いただそうとしている。
「ガキんちょはそういうのが楽しい時もあるて、なんや、あんま知らんとかわいそ思ってまうわ」
「そんなことは……そうなのか?」
「晦、あまり余計な事は吹き込まないでくれ」
この銀幕市へ実体化してから聞く機会の増えた貴族という存在は、まれに晦としてはとても残念な生活を送っているようにも見えた。
特に知り合いの模写だからこそ、浮かぶ自分なりの愛情のようなものだったがシャノンはそれがどうにも慣れないらしく――実際こんな状況になる事が無い為、慣れないのは当然であるが――新緑の瞳で睨み付けてくる。
「はは! 悪かった、悪かったて! そなると二人かぁ、わしの行きそうなトコかて尽きてくるやろし……そや!」
森で遊び、疲れたならば休憩する。動物にとってはそれが自然な行動だ。が、この暑さともなると休憩場所もそれなりに限られてくるというもので、突き詰めて考えていけば三度自分達から逃げおおせたあの小さな仔狐が行きそうな所は晦の知る所で数箇所しか残っておらず。
「退けてくれないか? おまえ、そのしたにはお宝が眠っているんだぞ」
閃いて、立ち上がったかと思えば晦は自然公園のまだ深くに入っていく。そこには数本の木々が茂っていて、一際大きな木には赤ん坊がようやく入る程度の穴が空いており、丁度木陰という空間の中で涼しげな場所となっているのだ。
「お? われ、あれか? ルークレイルんとこの坊主か?」
「……だれだ、おまえ。 俺はこのちっこいのを……いって!?」
シャノンはぷちシャノンを連れているせいで、少しばかり追いつくのが遅くなっている。とはいえじきにこの場所までやってくるだろう。そうすれば子供二人を捕獲するのになんら苦労は無くなる。
木の狭間、穴の中にはプラスティックかガラスか、小さな光が見えるもののその中で眠っている仔狐が邪魔をしていて取れはしない。ぷちルークレイルはそれにご立腹したのか、小さな手を無遠慮に伸ばすが起きた仔狐に噛まれては手を引っ込めた。
「ああ、あかん。 坊主、わしが取ったるさかいに、ホレ、わしの模写やろ? どかん……ッ!?」
次の瞬間、自然公園内に自分の模写子供に噛まれた稲荷神の声が盛大に木霊したのは言うまでもない。
4. 幸せを運んで
「こっちがぷちシャノンさんね、でこっちがぷちルークレイルさん。 で、こっちがぷちレッドに、この子は……」
木の中で眠っていた晦の模写子供は彼なりに疲れていたのだろう、あの後数回、本人の肩をぐるぐると回って逃げようと試みていたようだが追いついたシャノン――正確にはぷちシャノン――が上手く捕獲し。そのすぐ後にやってきたリゲイルとルークレイルの手によって、ぷちルークレイルも無事保護されるに至った。
「なんやの、ぷちレッドて。 なんやおっかしいわ」
「ちがうの、着物のおじちゃま。 レッドはヒーローの赤なのよ!」
晦の言葉にぷちレッドはそうだろう、とリゲイルを見る。勿論、それに頷いた彼女は。
「よし、じゃあこの子はぷちとまとね!」
コウノトリに子供たちを引き渡しに行く途中、ようやくこの一悶着が終わるという時にリゲイルは随分と上機嫌で晦の模写子供ならぬ、ぷちとまと仔狐を抱き上げて放そうとしない。
「なんでやねん……ちっこいのは分かる、でもなんでとまとやねん……」
「可愛いじゃないですか! ぷちシャノンさんも、ぷちルークレイルさんも皆可愛いっ!!」
ぷちレッドも可愛いと付け足してリゲイルはまた、ぷちとまとの毛皮に顔を埋めている。きっと、彼女にとってはペットを可愛がるそれに近い行動なのだろうが、模写とはいえ少女に抱きつかれるのは恥ずかしいものがあった。
「も、もうええわ。 シャノン、われもなんか言ったってくれや」
ぷちとまとはリゲイルの腕の中で、苦しいと尻尾を上下に動かしている。全くもって微笑ましいのか、複雑な気持ちなのか分からない。
「構わんだろう。 リゲイルが少しでも笑えるなら……」
「はぁ。 そか、そうか」
そう、口にするシャノンの声はリゲイルに届かないよう小さく調整されていて、彼がそう言うのならば晦にはもう止める事が出来ないのだと諦めるしかない。ようやく集まった模写子供達と、大人達の姿が会館沿いのアスファルトに影を作る。
(せやけど、さっきから随分静かやな)
ずっと愛車を運転しているシャノンも気づいているのか、或いは気づかないふりをしているのか。会館に着いてすぐ、ルークレイルとぷちルークレイルは数回言葉を交わし、ぷちとまとにリゲイルが気を取られているのを良い事に姿を消した。
「晦、行くぞ」
一緒に、とぷちシャノンの手とぷちレッドの手を取ったシャノンは、矢張りルークレイルの変化に気づいていたらしい。彼は消えた二人が戻ってくると確信しているのだろうか、真っ直ぐ迷わずに進む姿に、晦は喉を鳴らすと後に続くのである。
***
ギャリック海賊団、その海賊船は幸運にも会館とそう離れずに存在していた。
外観や内部、その殆どが既に船の役割を果たさなくなっているが、それは現在進行中で船大工が直しにかかっている。お陰か、今ルークレイルとぷちルークレイルが座っている舳先の外観だけは少し、良い。
「こんなところに用なんてない!」
「だろうな。 ――……お宝は手に入れたのか?」
半ば強引に連れて来たのだから、ぷちルークレイルが自分に慣れていない事くらい理解している。だからこそ単刀直入に、彼の興味が沸きそうなそれを口にした。
「それはあったさ! 光のナイフだろ、人魚のネックレスに……青妖精!」
ルークレイルの服をそのまま小さくしたそれの、ポケットから次々と取り出される『お宝』は大人からしてみれば他愛無い、本当に学生が作って景品にした夏の玩具そのものだった。けれど、視線の下に居る子供の顔はとても満足げで、自分に見せたと思えば『やるものか』と、またしまう。
「それはお前の物だ、取らない。 そうだ、知っているか? これはな、ギャリック海賊団の海賊船だという事を……」
夕暮れの太陽が海へ沈んでいく様子が美しい。そんな舳先で二人、海賊団を知らぬぷちルークレイルに話の一つ一つ丁寧に聞かせてやる。
自分ではない、恵まれた人生を送るだろう彼の宝になってゆけば良い。ルークレイルにはそんな期待と、彼方から見えるコウノトリの、子供数人が納まる大きな袋をぶら下げた。そこへぷちルークレイルを送り出さねばならないという不安が過ぎった。
「もっと良い宝を探せるようになれ。 ――……例え、お前があいつらの仲間に戻るとしても」
幸せになるのだから、大丈夫。依頼を受けた当初はあんなにも馬鹿馬鹿しいと思った言葉が今、ルークレイルの心の支えになって、ぷちルークレイルを舳先からコウノトリの胸元へと運ぶ。
「……みんな」
鳥類の顔なぞ皆同じに見えるせいか、自分が酷く滑稽な感傷に浸っている気がして、口元を緩めた。
黄金色の、誰よりも輝くぷちシャノン。兄弟達に嬉しそうな顔をするぷちレッドはぷちとまとを放そうとはしない。そこに、生意気そうな顔のぷちルークレイルが加わって。
眼鏡のブリッジを上げると、闇に溶ける影をただ、ルークレイルは見送るのだった。
みんな、しあわせに……――。
5.コウノトリ〜その長の日記〜
ここ数ヶ月、実体化というものをしてから人の世が始めて分かってきた気がする。
映画の中に我らが居た、というものは未だ解せぬものではあるが、この場所に一族共々馴染む日も近いのであろう。
先日、矢張り可哀想と思い、届けた子供たち。いや、厳密には我らの仲間達が戻ってきた。
これから先、件に起こった出来事を理解しながら彼らは一族でありながらも独自の姿で生きてゆくのだろう。そして、それを我らが迎え入れる事はなんら難しいものではない。
ぷちシャノンは、飲み込みの早い子だ。礼儀作法は既に一通り覚え、皆を纏める役割を担っている。子供である事に変わりはないが、それでも頼もしい限りだ。
ぷちレッドはよく気がつく子供だ。一族年長の我をよく気遣ってくれる、だがここ最近テレビに釘付けになっているようだ。映画なのだろうかと覗けば、五色の人間がおかしな格好をしている番組だった。少々、この点については我も理解ができぬかもしれん。
ぷちルークレイルはよく一族の住処を抜け出しているようだ。なんでも実体化した『秘宝』とやらを探しに出かけているとか。これも子供である為、保護者として一族の者が彼について歩いている。何事も無ければ良いが、とかく。その見つけた代物を何処かに置いてきているようだが。これについては本人にしか分からない事なのだろう。
ぷちとまとは我ら一族にとっては変わった存在だ。元がコウノトリである我らに仔狐というのは本当に珍しい、よく他の者に触られてはじたばたと暴れるようになってきた。子供たちとの相性も良いらしく、ぷちレッドとはよく遊んでいるようだ。
銀幕市からは出られぬが、我らは子供たちが安全に暮らせる場所で、ひっそりと暮らしている。
皆が幸せに暮らせる時代を願って。そろそろ本日は筆を置こうと思う。
しかし、何故だろう。一人、忘れている気がしないでも。ない。
END
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クリエイターコメント | 『鳥が鳴く度子は来たる』ご参加の皆様、有難う御座います。 プレイングを読ませて頂き、コメディ寄りから静かな方面へ路線が変更されておりますが、当初のシュールな表現もわりと盛り込めたと思っております。 ラスト、忘れたというのは陽菜の模写の事ですが、あれは長と見送った方も模写が居たのに存在を忘れているだけなのか、本当に居ないのかは想像にお任せ致しますが多分前者かと思います。
プレイングにつきましても、相変わらず全て反映できてはおりませんが要所、採用出来ていればなと思います。 皆様の描写も想像で盛り込んだ箇所が沢山御座いますので、良くない場所が御座いましたら申し訳御座いません。 個別の後書きにつきましては相変わらず、シナリオ承認がされました後、ブログにて記載したいと思っております。お気にとめて頂けましたらそちらの方もご覧ください。 また別のシナリオなりにてお会い出来る事を切に願っております。
唄 拝 |
公開日時 | 2008-07-16(水) 21:20 |
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