★ サイレントイヴ ★
クリエイター梶原 おと(wupy9516)
管理番号589-5930 オファー日2008-12-16(火) 02:41
オファーPC 香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
ゲストPC1 シグルス・グラムナート(cmda9569) ムービースター 男 20歳 司祭
<ノベル>

 身を切るような風が吹き抜けて、カグヤは思わず首を竦めた。巻きつけているストールをまだ上まで引き上げ、恨めしげに風の抜けた方角に振り返る。
 この時期のこの地域が寒いのは、当たり前だ。けれど今の風は、どこか悪意さえ帯びていなかっただろうか?
「……早く済ませて帰ろう」
 風に八つ当たりをしてどうするのだと小さく頭を振ったカグヤは、少し足を速めて村に入っていった。
 いつもならばよほどのことがない限り、村には足を踏み入れない。けれど食料が尽きかけてきたのも然る事ながら、最後くらい少し豪華にしても構わないだろうと決めた新年の準備も兼ねた買出しならば出てくるしかない。
 今までも、雪が降るまで、新緑が芽吹くまでとずるずる出て行くのを先延ばしにしてきたが、この辺り一帯の精霊を全て掌握してしまった今、ここにいるべき名目は何もなくってしまった。
 心残りがあるのは、エルーカとしてではなくただの「カグヤ」としてだ。そんな我儘が、精霊たちに通じるはずがないとも分かっている。
 先日、笑いながら警告されたように、ここに彼女が留まり続ければどんな厄災を招くか分からない。焦れた精霊が彼女の憂いを断つ為に何を仕出かすか見当がつくなら、本当は今すぐこの足ででも出て行くべきだろう。
(いつまで、私はここにいる気なの?)
 出て行かなければならないと、強く思ったのではなかったか。
 何の罪もない村人を、何より大事だと自覚してしまったたった一人を。守りたいと思うのならば尚更、出て行くことこそが唯一の手段だと覚悟しているはずなのに。
(私って、いつからこんなに未練がましくなったのかしら)
 エルーカが精霊の道具だと認識した時から、それを上手に受け入れたと思っていた。
 幾らも繰り返す出会いと別離に心が千切れそうになったのも、最初の内だけだ。精霊と契約を交わす時ばかりは相手の想いが雪崩れ込んできて、時々崩れそうになるけれど。それら全部を受け止めて繋いでいく、それを自分の役目と、つい先日、シグルスに自分でそう話したばかりではないのか……。
 精霊の道具。想いの器。記憶の継承、その為の長寿。
 出会った最初の瞬間から、彼と同じ道を歩くことができないなんて知っていたのに。だからこそ置いてきたはずの距離は、今はどこに行ってしまったのだろう。
(異端者と神の愛し児の手が触れ合うなんて、有り得ないわ)
 有り得ないのよと口の中で繰り返し、冷たい風が吹く中を顔を上げて前を見据える。
 聖なると称されるはずの夜は、こんなにもカグヤに冷たく痛く深く昏い。身体の芯から凍えそうな風は強く村を駆け抜け、入ってきた異端者を追い出そうとせんばかりにも思える。
(そんなに私が嫌い? そんなに、私が憎い?)
 エルーカとなったからではない、その前から神は彼女に何の慈悲も与えなかった。エルーカとなることがどれだけに過酷で残酷か、何も知らないカグヤにそれを教えることもなく進んで生贄の如く突き出した──。
 精霊は、確かにその彼女を守ってくれた。真理を得る為とはいえ、全てに見離された彼女を選び、守ってくれた。
 手段を問わずに真理を求め続ける精霊もいるが、彼女の傍らに優しく寄り添ってくれるのもまた精霊だ。神が見捨てたことで精霊を得ることができたのなら、彼女を愛してくれない神などいらない。姿も形も分からない不確かな物を信じて精霊を捨てることなんて、彼女にはできない。
(それが、シヴとの道を決定的に分かつことになっても……?)
 仕方がない。構わなくはないけれど、仕方がないとは思える。
 彼に会えたのだって、神の思し召しなどでは決してない。彼女が精霊を得てこんなにも永く生きていたから、ようやく出会うことができたのだ。
 いつもの如く、怪我をした鳥を助けるくらいの些少な出来事のはずだった。お礼に彼女には酸っぱすぎる木の実を貰ったり、綺麗な声で鳴いて一時なりとも心を慰めてくれたり。
 思い出してふっと口許が緩む、そんな程度の出来事で終わるはずが、こんなにも永く留まって交流を持てたのも──。
 思い出に耽りながら歩いていると、くん、といきなり髪を引かれた気がした。はっと我に返って視線を巡らせると、すぐそこに控えめながらツリーが飾られているのに気づいた。
「教会……」
 呟いた言葉に、暖かな色は乗らない。それが彼女を魔女と弾劾すると知っているのに、どうして好意を持てるのか。
 それでも先ほど吹いていた風のように底冷えするほどにも冷たくないのは、シグルスが正式にそこの司祭となったと知っているからだ。
 躊躇いがちにそっと足を向け、教会の敷地に踏み入る時は手酷い拒絶を受けるのではないかと僅かに身構えた。
 けれどさわりと温い風が頬を撫でただけで特に何もなく、恐る恐る顔を上げて扉に近寄る。
 子供たちが作ったのだろう、少しぎこちないけれど暖かなリースが飾られているのを見つけ、知らず強張らせていた表情を緩ませる。
(神は信じられないけれど……、人の想いなら分かる)
 リースを落とさないように気をつけて扉に手をかけ、そっと押し開けて中を覗く。
 警戒していた姿どころか人気のないことにほっと息を吐き、静かに扉を閉めると祭壇に近寄っていった。
 神の家に入ったのは、一体何年──何十年振りだろう?
 貧しい村の状況を反映してか、華美な装飾は一切施されていない。それでもこの聖夜を祝おうと村人が贈ったささやかな飾りは、カグヤにはひどく好ましく思えた。
(こんなに愛されているのは、神ではなくて神父様たちのほうよね)
 小さな飾りの前に立ち、その想いに当てられたように立ち尽くしながらカグヤは小さく皮肉に自問する。
(感謝なんてできないような仕打ちしか与えてくれなかったのに、どうして聖夜にこんなところにいるの?)
 感謝の祈りでも、捧げろというのだろうか。それとも幼い頃から受け続けてきた理不尽を、ここで果たす好機なのだろうか。
 聖なる夜に、神聖なる神の家を叩き壊す。それはカグヤの心にしっとりと入り込む、甘い囁きにも似ている。
「まだ何方かいらっしゃるのですか? ミサの礼拝は、もう終わりましたよ。他の方々は皆帰られて……、──カグヤ?」
 まさかと疑るような声で名を呼ばれ、村人に帰りを促すべく声をかけてきた神父──シグルスに振り返る。
 神の愛し児。神の御子の誕生を讃える夜に相応しい神聖の登場に、それでも皮肉を口にする気にはなれなかった。
「……今晩は、シヴ」
「本当にカグヤか? 何だよ、どうしてこんなところにいるんだ?」
 弾んだ声で問われるそれは、幾らか揶揄を秘めている。いつもであれば受けて立っただろうが、今はそんな気分になれなくて微かに口許を緩めると、神父様みたいねと棘のない声で素直な感想を紡ぐ。
 シグルスは軽く片目を眇めて、神父なんだよと噛みついてくるが、それさえ可愛らしく思えてくすくすと笑うだけ。調子が狂ったように頭をかいたシグルスは、近寄ってきて彼女をしげしげと眺め始めた。
 その視線がくすぐったくて身動ぎし、小さく首を傾げる。
「何?」
「いや、本当にここにいるんだなと思ってさ。村に来るだけでも珍しいのに、聖夜に教会に来るなんて。礼拝に来たのか?」
 どこまでもからかう口調で語尾を上げられるが、シグルスの言葉は妙にすとんと彼女の胸に落ちた。
「そう」
 答えると、シグルスが珍しく素直に驚いた顔をするのが楽しかった。
 カグヤは優しく笑ったまま膝を突き、初めてに近く敬虔な気持ちで頭を垂れた。シグルスは少し戸惑っていたようだが、やがてそっと彼女の上に手をかざして祈りを始める。
「天にまします我らの父よ 願わくば御名の尊ばれん事を 御国の来たらん事を 御胸の天に行われる如く 地にも行われん事を 我らの日常の糧を 今日我らに与えたまえ」
 少し低めのよく通る声で続けられる祈りに目を伏せながら、カグヤは気づかれないようにそっと息を吐いた。
 神の御子の生誕なんか、彼女にとってはどうでもいい。けれどたった一つだけ神に感謝してもいいと思うのは、彼女の目の前にある存在。
 彼女と敵対すべき位置にあるのに、変わらず彼女を姉のように慕ってくれるシグルスがこの世に生を享けてくれた事、それにならば尽きせぬ感謝を捧げてもいい。
「我らが人に許す如く 我らの罪を許したまえ 我らを試みにひきたまわざれ 我らを悪より救いたまえ アーメン」
 彼女の罪は、きっと彼が戴く神には許されない。それを悲しいとは思わないけれど、僅かに胸がちくんとした。
(大丈夫。シヴを巻き込んだりはしないから)
 彼女が離れる事で彼の平穏が保たれるなら、この場を去るのにどんな躊躇いがあるというのか。
 こんなに穏やかな気持ちで祈りを聞く聖夜が来るなんて、思ってもみなかったから。それを教えてくれたシグルスを最後に離れるのは、悪くない選択だと思った。


 この時はまだ、それで間に合うのだと思っていたのに──。

クリエイターコメントクリスマスに教会で。言葉だけを聞くとひどく神聖で美しい状況でしょうに、無駄に不穏が漂っていて申し訳ありません。
甘くしっとりと語って頂きたい気もしましたが、別れを決意される時に過剰な言葉は野暮かと思い──言葉足らずで終わってしまった感も否めませんが。
できればせっかくのクリスマス、あんまり何もかもが詳らかになっていないほうが空気が出るかな? と足掻いた結果でもあるようです。
今回は短めを意図してましたので、司祭様よりはエルーカ様の心情を中心に。密やかな夜の空気をちょっとでも伝えられていたら幸いです。
素敵なオファーをありがとうございました。
公開日時2008-12-24(水) 02:00
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