★ 麗顕聖嘆カタルシス ★
<オープニング>

「……なにやら、妙なことになっているようだな」
「の、ようだ」
 場所は、銀幕市の一角に存在する地獄の近く。
 魔王がその絶大なる魔力で持って創り出した空間の中にそれはあった。
 地獄を統べる大公のひとりにして、地獄最大の実力を誇る紅蓮公ゲートルードの片腕でもある劫炎公ベルゼブルは、ゲートルードの義弟唯瑞貴とともにそこにたたずんで、眼下に広がる景色を見下ろしていた。
「映画の内容は知ってるか?」
「ああ、さっき、対策課で調べてきた。『聖嘆の姫君』という異世界ファンタジー映画で、巫女姫と呼ばれる聖女を筆頭にいただいた小国と、軍事国家である大国との戦いを描いた戦争物語らしい」
「……で?」
「で、と言われても困るんだが。世界最大の軍事国家ダイ・ラ・ナフカは、巫女姫と呼ばれる聖女を筆頭にいただく象徴国家エルクレイネアを手中にせんと狙っている。おまけにダイ・ラ・ナフカの元首はエルクレイネアの巫女姫に邪な思いを抱いていると」
「それはなかなかにお約束だな」
「我々の世界も充分にお約束だ、そこは流してくれ。さておき、エルクレイネアの象徴にして守り手でもある聖なる姫君ウェル・ライラには思い人がいて、その相手は神威騎士(かむいきし)の青年であるらしい」
「……もちろん、両思いなんだろうな?」
「あなたのそういうロマンティストなところはとても地獄の大公とは思えないわけだが。幸いにもその通りだ」
「それはよかった」
「しかし、巫女姫とは生涯純潔を保つべき聖性の顕現。ふたりの関係は清いものだったが、その結びつきを危険だと判断した神官たちは、青年騎士を亡き者にすべく、エルクレイネアを狙うダイ・ラ・ナフカに取引を持ちかけた」
「……それもまた、お約束だな……」
「そうだな、定石通りと言っていいと思う。無論、当人たちにとってはそんな言葉で済ませられるような類いではなかっただろうが」
「まァ、それはそうだ。で、取引というのは?」
「エルクレイネアの神威騎士は姫と国家の守護者だ。ひとりひとりが、言葉の比喩でなく一騎当千の実力を秘めている。その騎士十人と、ダイ・ラ・ナフカの兵士千人を戦わせて、兵士が勝ったらエルクレイネアの一切はダイ・ラ・ナフカに帰属し、神威騎士が勝ったらダイ・ラ・ナフカは今後一切エルクレイネアに手を出さない、という約定が交わされた」
「我々が言うのもなんだが……荒唐無稽だな。すでに人間をやめてるだろ、その神威騎士とやらは」
「そもそもあなたなどは人間ですらないわけで、そんなあなたに言われては立つ瀬がないだろうと私などは思うわけだが。しかし、実際、神の威光とともにある神威騎士たちの実力において、それは不可能ではなかったらしい。ダイ・ラ・ナフカ側は自分たちの有利とエルクレイネアの愚かさを疑ってはいなかったようだがな」
「まぁ、普通はそうだろう。人間千人ごとき、俺たちには容易いが、同じヒトの身でそこまでとは思うまい」
「そうだな、神威騎士が姫と国を守るためにしか戦わない存在でなかったら、あの世界の勢力図は完全に変化していたと思う。だからこそ、神官たちは姫と青年騎士の結びつきに手を焼き、またそれを、自国を守るための取引に利用したと言えるんだが」
「で、それが今目の前にあるわけか」
「そういうことだ。千人の人間が集まるというのはなかなかに圧巻だな」
「だが……」
「ああ」
「肝心の神威騎士とやらは、どこだ?」
「そこが問題なんだ」
「……その微妙な物言い、もしかして、実体化していないのか、神威騎士の連中は」
「ご明察。さすがは劫炎公ベルゼブル」
「それで褒められてもちっとも嬉しくないぞ。なるほど、それでなんとも言えない雰囲気が漂っているんだな」
 ベルゼブルが言うと、唯瑞貴がうなずく。
「このままだと、兵士たちは痺れを切らしてウェル・ライラの居城を襲いかねない。それはちょっと不味いんだ」
 ふたりは今、赤茶色の岩に覆われた崖の上から、壮麗にして優美なる白亜の城を遠くに臨む、広大な平原を見下ろしている。
 地獄と同じく、映画から実体化した世界だが、魔王や冥王や天帝が存在する『天獄聖大戦』のように強大な力を持った神々が現出していないらしく、『扉』を創って別の空間に世界を『置いておく』ことが出来ておらず、危うく銀幕市の一部をつぶしてしまうところだったのを、それに気づいた魔王の采配で存在するための空間を与えられ、何とか悪玉ムービーハザード扱いされずに済んでいるのだった。
「無論、魔王陛下におかれては、あの程度の空間を維持することなど呼吸よりも容易い。何か問題があるのか?」
 ベルゼブルが問うと、唯瑞貴は少し考える表情をした。
 対策課から得てきた情報を思い出し、かつ、整理しているらしい。
「十対千の戦いは行われ、結果的に言えば、神威騎士たちが勝利した」
「ふむ」
「だが、神官たちの罠によって、千の兵士たちと同じく十の騎士たちも皆死んだ。平原の戦いに生者はなかったんだ」
「……なるほど」
「だが、ダイ・ラ・ナフカは約束を守らず、神官たちを捕らえて見せしめに殺し、姫を我がものにという元首の目論見とともにエルクレイネアを攻めた。エルクレイネアはひとたまりもなく陥落し、姫は元首の手に落ちた」
「思う存分バッドエンドだな。なんというか、いっそ清々しいほどだ」
「――この世界には『鍵』というものがあるらしい」
「なんだ、急に?」
「浄化される必要があるほど世が、ヒトが穢れたと世界が判断したとき、『鍵』は天の蓋を開き、浄化の――世界崩壊の光を降らせるのだという」
「ああ、そうか……なんとなく、判ってきたぞ。『鍵』とはもしや、姫君か」
「その通り。しかし『鍵』に己が『鍵』だという自覚はない。ただ、平等に世界を見る目と、すべてを愛する心と、それらすべてを打ち砕くほどの悲嘆が訪れたとき『鍵』となる運命を与えられているだけだ」
「――そして彼女が『鍵』となったとき、あの小さな世界には終焉が訪れる、ということか」
「そうだ。事実映画内では姫君は『鍵』となり、世界はかの神雷によって灰燼に帰した。そこから先、いかなる新世界が構築されたかは私には判りかねるが、しかし、」
「偉大なる魔王陛下を疑うわけではないが、今あの城が陥落し、姫の嘆きによってこの小さな世界が滅びたとして、その余波が銀幕市に及ばぬとは限らないわけか」
「ああ。何よりも私は、せっかくこの世界に実体化できたものを、元の世界の思惑によって、思い合う心が蔑ろにされることを残念に思うんだ。出来ることならば、あの姫と騎士に、一時なりと幸せになって欲しい」
「……なるほど。神威騎士たちに実体化の兆しはないのか?」
「微妙なところだ。今、オルトロスに匂いを辿らせているが……銀幕市は広いからな」
「ふむ」
 ベルゼブルは呟き、徐々に殺気立ち、また戦意を高めてゆく千の兵士たちを見下ろした。
「助っ人に入るとして……、俺と、お前と、真禮(シンラ)は確保できるか、ひとまず」
「……やはり、そうなるか。異議もないが。なら、まぁ、いつものように対策課へ行ってくるとするかな」
「ああ、そうしてくれ。この世界観はどうやらあまり魔法と相性がよくないようだから、なるべく物理攻撃の得意な連中を頼む。魔王陛下謹製の擬似空間とはいえ、あまり不安定にするのも危険だからな。それと、出来れば、神官やダイ・ラ・ナフカの上層部を黙らせる手段も講じて欲しいものだな」
「判った……そうお願いしておく」
 頷いた唯瑞貴が機敏に踵を返すのを見送って、ベルゼブルはまた眼下を見下ろした。
 それから、白々と輝く美しい城を見やり、アイスブルーの目を細める。
 擬似空間によって保たれたこの小世界では、太陽はすでに彼方へと帰り逝こうとしており、これから始まるだろう盛大な祭になど興味もない様子で、空はアメジストのような深い深い色を湛えてゆったりと広がっていた。
「――じきに、夜が来るな」
 彼は生まれた瞬間から地の獄の住人だ。
 死は彼の友であり、隣人だ。
 死を忌避し、恐れるつもりは彼にはなく、ゆえに、誰が死に、誰が生きようとも口を差し挟むつもりはない。
 それでも、あの虚ろな神の器がふたりの幸いを願い、ふたりのために動くと言うのなら、ベルゼブルはその助力をするにやぶさかでないのだ。
「派手な祭になりそうだ」
 緊張や焦燥とは無縁のまま、その始まりを待つ。

種別名シナリオ 管理番号163
クリエイター犬井ハク(wrht8172)
クリエイターコメント皆さんこんにちは、新しいシナリオのお誘いに参りました。

麗顕聖嘆(れいげんせいたん)カタルシス、と題された今回のシナリオでは、恐ろしい兵力差の中、軍事国家の兵士たちを打ち倒すことで、巫女姫と呼ばれる聖女を守っていただき、彼女が世界を滅ぼす『鍵』となることを防いでいただきたく思います。

味方は十、相手は千。この荒唐無稽な戦いに、危険を顧みず挑んでくださる猛者を募集しております。血みどろの戦いが予想されますので、傷を負いたくない方のご参加はお勧めできません。

魔法は使用可能ですが、擬似空間を崩壊させる危険性がありますので、それほど大規模なものは使えません。武器による物理攻撃の補助に、とお考えいただくのがよろしいかと思います。

そして可能ならば、姫君と騎士が晴れて結ばれるため、神官たちや敵国を黙らせるような案や策をご提示いただければ幸いです。

なお、皆様の行動如何によっては騎士たちが実体化し参戦する、もしくはこの無益な戦いを終わらせる行動を取ることもありえます。その辺りはご自由にプレイング設定をしていただければと思います。

それでは、皆様のご参加をお待ちしております。

参加者
ブラックウッド(cyef3714) ムービースター 男 50歳 吸血鬼の長老格
墺琵 琥礼(cspv6967) ムービースター 男 22歳 流浪人
シャノン・ヴォルムス(chnc2161) ムービースター 男 24歳 ヴァンパイアハンター
クハイレ・ウヴェウィンベレ(cfsd7292) ムービースター 女 26歳 メイド・召使(使い魔)
白亜(cvht8875) ムービースター 男 18歳 鬼・一角獣
タスク・トウェン(cxnm6058) ムービースター 男 24歳 パン屋の店番
理月(cazh7597) ムービースター 男 32歳 傭兵
<ノベル>

 1.御前にて

 どおぉーん、と、平原の彼方で何かが鳴った。
 何の音なのかと思いを巡らせる前に、どぉん、どぉおんん、と、更にふたつ三つと続いてゆく。
 喊声(かんせい)が聞こえたような気がした。
 士気を鼓舞するための戦太鼓なのかもしれない。
 音は徐々に大きく、激しくなってゆくように思われたし、そこに鼓動や息遣いまで感じられるようですらあった。
 何にせよ、今この場に集う人々にとって不吉な音であることに変わりはない。
 彼らはこれから、あの獰悪な場へと斬り込んでゆかねばならないのだ。
「このままだと、じきに攻め込んで来るだろうね」
 平原へ意識を馳せながらブラックウッドがつぶやくと、
「空気に、殺意が混じっているな……」
 頷いた墺琵琥礼(オウビ・クライ)が月の輝く空を見上げた。
「指先がぴりぴりするような感覚だな……ここまで届く戦意か。相当の手練ればかりなんだろうな、ダイ・ラ・ナフカ側も」
 鮮やかな緑眼を細めたシャノン・ヴォルムスがこれから見(まみ)えるべき相手について言及すれば、
「互いの国の命運がかかっておりますれば、それも当然のことかと」
 クハイレ・ウヴェウィンベレはどこまでも表情の伺えない声で返した。
「よく訓練された千の兵士たちが雪崩れ込んで来れば、この規模の国などあっという間に陥落してしまう」
 映画内では将として、策士として主人公の前に立ち塞がったという役回りを持つ白亜(ハクア)が敵軍の配置図を見下ろしながらつぶやくと、
「……罪のない人間が死ぬのは、やりきれないな」
 タスク・トウェンは闊達な面立ちを曇らせて言い、腰の剣に――その柄にそっと手をかけた。
「さて……俺たちに、どこまで、何が出来るか、だな」
 静かに言って、平原の方向へ白銀の眼を向けるのは理月(アカツキ)だ。いつも通りの出で立ちの中で唯一違うのは、まだ、彼のしなやかな長身痩躯を、白い包帯が覆っていることだろう。
 それを目に留めて、ブラックウッドが品よく苦笑する。
「理月君、君は完全に傷も癒えていないのに、こんな場に」
「や、大丈夫だよ、もうほとんど治ってるって」
「そして、君のことだ、また己を顧みぬつもりなのだろう。……あまり心配させないでくれたまえよ?」
「あー……うん、まぁ、肝に銘じとくわ」
 と、理月が肩をすくめたところで、
「ウェル・ライラ様のご出座です!」
 先触れの少年従者が告げた。
 一同は会話を中断させて大きな扉を見つめ、無言でじっと窓の外を見つめていた唯瑞貴(ユズキ)と真禮(シンラ)が頭(こうべ)を巡らせる。
 繊細な装飾のなされた広い謁見の間を、劫炎公ベルゼブルにエスコートされた女性が、優雅な、洗練された足取りで訪れたのはその数分後だった。
「お初にお目にかかります、銀幕市の皆様――ブラックウッド様、琥礼様、シャノン様、クハイレ様、白亜様、タスク様、理月様。わたくし、この白蓮城の主、ウェル・ライラ=エル=クレイナ・フォルネリアと申します。どうぞ、お見知りおきを」
 金の鈴を震わせるような、しっとりと落ち着いた――同時にどこか庇護欲を誘う――美しい声とともに、この小さな世界でもっとも貴いと言われる姫君、ウェル・ライラが、純白の、ドレスと着物の中間のようなゆったりとした衣装の裾を少し持ち上げて深々と頭を下げる。
「皆様のご厚意、ご尽力に感謝いたします」
 彼女の黒髪を彩る、いくつもの小さな銀の鈴が、しりん、と涼しげな音を立てた。
「おや……」
 ブラックウッドは微笑むと同時にひざまずき、恭しく頭を垂れた。
「……」
 琥礼は無言のままに一礼した。
「美しいな、確かに」
 シャノンはそんなつぶやきとともに目を細め、
「何故でございましょうか……あのお方を目にすると、守って差し上げねば、と思います。獣であるこの私が」
 クハイレはかすかに首をかしげた。
「聖性とは、こういうことを言うのだろうか。魔たる我が身の内が震えるような、この感覚は」
 白亜は、しかしそれを不快だとは思わずに言い、
「綺麗な人だ……是非、幸せになってもらいたいな」
 タスクは人好きのする笑みを浮かべてそう言った。
「ああ……何でかな、何かしてやりてぇって気分になる。巫女姫の資質って、そういうことなのかな」
 つぶやき、理月もまたウェル・ライラの前にひざまずいた。
 誰もが、姫君の出座に息を呑み、感嘆の息を漏らしたほどに、ウェル・ライラは美しかった。
 外見年齢で言えば、二十歳を少し過ぎた辺りに見える。
 腰にも届く長い黒髪は自ら光を放つかのように輝き、肌はまるで真珠のように白く、滑らかで、しみや汚れひとつない。
 身体は華奢だが、ぴんと伸びた背筋は凛とした強さをも伺わせたし、彼女が清廉で誇り高い性格の持ち主だということを教えてもくれる。巫女姫という重い立場において、彼女が、自分の願いよりもまず、国や民の幸い、安寧を優先させて生きていることが判る。
 ――強く、潔く、誇り高かったがゆえに、すべてを愛し、慈しんでいたがゆえに、すべての運命から裏切られ、すべての大切なものを奪われたとき、彼女は激烈なるその哀しみで持って『鍵』となったのだろう。
 それを心底思わせる雰囲気を持った女性だった。
「皆様のお手を煩わせるわたくしを、どうぞお赦しになって」
 同時に、最高級のオパールのような不思議な――神秘的に美しい色彩の双眸は、その眼差しは、彼女が誰よりも優しく、誰よりも愛情深い助成なのだということを教えてくれる。
 彼女は、誰を傷つけたいわけでも、誰と争いたいわけでもないのだ。
 この場に集ったにわか神威騎士十人全員が、何の疑いもなくそれを理解していたし、何故か、我が身に変えてでも守らねばという思いに駆られてもいた。先刻誰かが言ったように、それこそが、巫女姫という聖性の具現たる女の持つ力なのかもしれない。
「この、老いたる死に損ないでよろしければ、是非巫女姫の騎士に」
 彼は今や滅びにさらされているこの国を憂えるのと同時に、この危機に際しても取り乱すことなく凛と背筋を伸ばす姫君に、我が身を呈して守った聖女の面影を重ねた。
 ――そして百人の『狩る者』と対峙した過去をも思う。
 問題なのは、勢力の多寡ではないのだ。
 意志と、覚悟だけなのだ。
「あんたを責める気は、ない」
 琥礼は、姫君に妹を重ねていた。
 どこが似ているというわけでもなかった。
 姿かたちも境遇も生い立ちも、何もかもが違うのに、ふと妹を思い出した。
 苦境にあってなお、逃げることをよしとはせず、己が責務を――本分をまっとうしようとするウェル・ライラに、定められた運命を行かざるを得ない妹の姿を重ねた。
 それが、守らねばという思いに拍車をかける。
「敗北は許されんな……この世界のためにも、銀幕市のためにも」
 銀幕市に実体化して、シャノンは変わった。
 映画での彼は冷酷で、どこまでもシャープで、そしてどこまでも孤高だった。どこまでも、たったひとりだった。
 だが、今は、違う。
 シャノンを慕うものがいて、彼を愛してくれるものがいて、彼が愛するものがいる。たくさんの人々が、映画内ではありえなかったような感情や言葉を向けてくれる。
 だからこそ、彼は、戦う。
「私は獣でございます。獣は偽りを申しませぬ。ここへ集ったからには、最後まで職務をまっとういたしましょう」
 クハイレは人間ほど生命に執着はしない。
 彼女にとって生きることは朝の領域で、死ぬことは夜の領域だ。起きているか、眠っているか、それだけの違いに過ぎない。
 彼女は――獣は死を恐れない。
 しかし、死を恐れる気持ちを持つものがいることは理解できる。
 そこに、数多の感情が絡み合っていることも。
 だから彼女は、生きたいと願うもののために戦う誰かを、馬鹿げたことだと嘲笑いはしないし、時には手を貸しもするのだ。
 あの、可哀想な子供を庇護し、影から助けたように。
「もとより、一度は死した身だ。今更、何を躊躇うことがあろうか」
 言葉は、笑みとともにこぼれ出る。
 白亜は、彼の世界において、一族を救うために我が身を投げ打った。
 自分自身を計算に入れず、ただ、愚直に進むことでしか、彼の十全は発露しなかった。
 だからこそ、彼は自分の命の軽さを理解しているし、誰かの重荷にならぬためにも、他者のために戦うものの命は、常に軽くあるべきだとも思う。軽くあるからこそ、躊躇いなく前を向けるのだとも思う。
 同時に、彼は、守りたいという思いの重さをもよく理解している。
 白亜もまた、その思いのために生きたのだ。
 それは、今もまだ、続いている。
「誰にだって幸せになる権利がある。俺は、その権利を守る人間でありたいと思うから」
 タスクは、世界中の人々が幸せならいいのに、と本気で思う。
 世界が平和で、誰もが笑顔で、町には花と風と美味しいパンの匂いが満ちていればいいと思う。
 ――同時に、それが叶うにはまだ、人間という種が幼すぎることを知っている。人間が、あまりにも不完全で醜い、憐れでちっぽけな生き物だということを知っている。
 けれどそのちっぽけな生き物たちが、時に、目を背けたくなる醜さ、憐れさを払拭するほどの、まぶしく清浄な光を放つことも知っている。
 その光のため、その光に照らされる世界のために、生きて戦えればいいと思うのだ。
「俺は傭兵だ、命は戦場に置いてある。――それを、あんたのために使うのは悪くねぇと思う」
 理月は虚ろな生を抱いてこの八年を生きてきた。
 彼の命は戦場にのみ昇華されるだろう。
 ――死は彼の隣人で、彼が待ち望む最果てだ。
 けれど、この銀幕市で、たくさんの大切なものが出来た。
 たくさんの人々の思いを知り、生きる喜びを再度思い出した。
 そのために、この命を使うことは悪くないと思う。
 そのために費やされる生ならば、きっと、あの『家族』たちは彼を叱りはしないだろうとも。

 だから彼らは示すのだ、その意志を。
 剣に、銃に、拳に、掌でそっと触れて。
「我らに、何が出来るかは判りかねるけれども、出来る限りのことはさせていただこうと思う」
 全員の思いを代表として口にしたのはブラックウッドだった。
 そして誰もがそれを否定しない。
 ウェル・ライラがわずかに瞑目し――それは、ここにいない誰かに思いを馳せるかのようでもあった――、そして、どこまでも静かに一礼した。
「皆様のご厚意を、エルクレイネアは決して忘れはしないでしょう」
 姫君はまだ、自分が『鍵』だということを知らない。
 彼女が知ることで何が起こるか判らないため、この小さな世界が実体化して間もなく、住民たちにそれを知る余地がないという以前に、映画の情報は秘匿されていた。
 更に、たとえ善意からによるものであったとしても、外部のものが彼女にそれを教えぬよう、魔王の結界内にあるこの世界の中では、彼女の前で『鍵』に関する話題を口にしたり文字にしたりという、外に向けて発信する行為が出来ないようになっている。
 無理やり、力ずくでそれを行おうとすれば、魔王の力によって骨の髄まで灼かれることになるという。
 無論、それは、今この場に集った彼らにとっては、特に関係の話だったが。
「十全を尽くそう、あんたと、あんたの大切なもののために」
 理月がそう言って立ち上がった、そのとき。

 どおおおぉ……んんん。

 一際大きな音が、届いた。
 音には苛立ちが感じられた。
 ウェル・ライラが長い睫毛に彩られたオパールの目を伏せる。
「神威騎士を、呼んでいるのです。現れぬならば、このまま攻め込むと」
「おやおや……せっかちなことだね」
 ブラックウッドが飄々と笑い、
「なら……往(い)こうか」
 琥礼はつぶやき、扉に向かって歩き出した。
「精々、死なぬように努めよう」
 シャノンもまたその後ろに続き、
「兵士たちは高揚しているようですね……」
 空気の匂いを嗅いだクハイレが部屋から出てゆく。
「さて、では私は、先に一仕事を」
 怜悧な目で周囲を見渡し、部屋を出た白亜は、城の出口ではない方向へ向かって歩き出した。
「……負けられない、よな。なぁ、マイネ?」
 彼がつぶやくと、その周囲で、誰かが頷いた……ような、気配があった。
 その後、姫君に恭しく一礼した唯瑞貴と真禮が退室し、小さく何事かを囁き交わしたベルゼブルが二人を追って出て行ったあと、未だ跪いたままの理月だけがその場に残った。
 ウェル・ライラが小鳥のような仕草で首を傾げる。
「理月様……?」
 問われて、理月は顔を上げる。
 そして、口を開く。
「頼みがある」
 その言葉に、ウェル・ライラが瞬きをした。
 理月は、惨い懇願だと思いながら、なおも言葉を重ねる。
「残酷と知って頼む。……命じてくれ、俺に」
 ――しかし、それもまた、この小さな世界と、姫君を生き永らえさせたいという思いがさせたことなのだ。



 2.その名は無明

 にわか神威騎士となった人々が謁見の間から現れ、戦いに赴くために門へ向かうその背を、苦々しい表情で物陰から伺っている者たちがいた。
 針金のように細長いのから太くて丸いのまで、かたちは様々だが、全員が大よそ七十代前後と思われる外見で、数は全部で十二、これはエルクレイネアにおいて神聖とされている数字である。
 裾や袖の長い、重厚で美麗な衣装は、彼らが明らかに武人ではないことが判るし、何より、彼らの隙だらけの物腰は文官のそれだ。一般人よりも動きが鈍重なのは、常に椅子や輿に踏ん反り返っているからだろうか。
 出で立ちや尊大な雰囲気から、彼らがこのエルクレイネアを影から支配する神官たちであることは明白だった。彼らの威光の前には、エルクレイネアの政(まつりごと)を司る国主ですら膝を折らざるを得ないという。
 その驕慢な威光が、映画内ではエルクレイネアを――そして世界を滅びに導いたのだが、それを彼らが知る由もない。
「……まったく、忌々しい事態だ」
 ひとりが重々しく唸ると、同意の声が返る。
「国の大事を、よそ者に任せざるを得ないとは、情けない。貴き神聖国家の名が泣くわ」
「まったく、神威騎士どもは何をしておるのだ。何のための神威なのだ、役立たずどもめ」
「まったくだ、後で罰を与えねばならぬ。しかし……銀幕市に実体化だと? ならば、我らは今までどこにいたというのだ? 一体何が起きたのか、よく判らぬ」
「それは儂も同じことだが……しかし、外部からの協力者が来たということは、あやつはまだ実体化しておらぬということか」
「レニ・オルダ=ソーマか」
「……これは、好都合かもしれぬな」
「確かに」
「今後実体化する可能性は?」
「あるだろうな。だが……それまでにことが終わってしまえばよい」
「ふむ?」
「すべてが終わったあとに、のこのこと彼奴(きゃつ)が現れたなら、不在の咎で極刑に処せばよいのだ」
「おお……なるほど。ならばむしろ、辿り着けぬ方がよいな。『右の針』どもに探索を命じ、足止めさせよう。始末しても構わぬが……あれは神威騎士だ、『針』ごときには不可能だろう」
「ふむ、不在の咎による処刑を大々的に行えば、姫も目を覚まされることだろう」
「そうだな、姫には目を覚ましていただかねばならぬ」
「ならば、いかなる赦免も弁護も効かぬよう、一層間違いがなくなるように、『客人』たちの死の責も負わせるとしようか。――神聖にして高貴なるエルクレイネアに、下賎の輩が英雄として在り続けるなど、許されぬゆえな」
「ああ、それはよい。では、平原には『左の針』どもを潜ませるとしよう」
 神官のひとりが、『針』と呼ばれる間者の長の片割れ、常にどこかの陰に潜んでいる彼を呼び寄せ、巫女姫との仲を危ぶまれている神威騎士の足止め、もしくは始末を命じる。
 男は黒頭巾の中から、感情のない目だけを覗かせて頷き、すぐに影の中に消えた。
 次に、神官のひとりがもう片方の『針』の長を呼び寄せようとしたとき、謁見の間から、黒ずくめの全身を包帯で覆われた、背の高い男が出てくる。
 黒髪に銀の目の、野生の獣のような鋭い雰囲気を持った、シャープで端正な顔立ちの男は、しばらく何かを考えている風情だったが、ふと何かに気づいた様子で神官たちが隠れている廊下の隅辺りをちらりと一瞥し、意味深な――そこには多分に呆れが含まれていた――笑みを浮かべたあと、しなやかな長身を翻した。
 あとはもう、振り返ることもなく、足早に歩いてゆく。
「な……何なのだ、あやつは。我らに気づいたというのか……?」
「20クエルも離れておるのだぞ、ここから」
「だが、神威騎士の代わりならば、当然やもしれぬ」
「……む、なるほど、そういうものか……」
 一瞬鼻白み、同胞の言葉に何とか納得したらしい神官が、再度、『針』の長を呼び寄せようとした時だった。
「ああ、こんな場所にいたのか」
 中性的なやわらかい声が彼らの背後から響き、そして、
「あなた方にお話がある」
 白い美貌が、艶然と微笑みかけたのは。
 神官たちは瞬きし、お互いに顔を見合わせて、声の主を見つめた。
 彼の目論見には気づきもせずに。



 3.戦いの始まり

 平原までは、彼らの脚で十分といったところだった。
 無論これは、あくまでも彼らの脚で、と限定される速さであり、夜の闇にも、険しい岩肌にも、黒々とした木々にも邪魔されぬ彼らでなければ、平原へ辿り着くまで、恐らく一時間はかかっていたことだろう。
 それでも、ダイ・ラ・ナフカの兵士たちはすでに充分待ちくたびれていたようで、どろどろと鳴り響く戦太鼓は、すでに、地面に落ちる寸前の果実のような、極限まで高められ爛熟した気配を漂わせている。
 だから、彼ら十人が――その内のひとりはすでに獣の姿を取っていたが――平原に立ったとき、兵士たちの間に安堵めいた雰囲気が流れたのも仕方のないことかもしれなかった。
 どおおん、と、戦太鼓が鳴る。
 月と篝火に照らし出された平原の向こう側で、兵士たちが、次々と臨戦態勢を取ってゆくのが判った。
 剣を手にしたもの、槍を手にしたもの、騎馬のもの、弓を手にしたもの、後方で様々な武具を準備しているものなど、様々な得物と役割を持った兵士たちが敵陣営では蠢いていたし、中にはこの世界にしか存在しないと思われる奇妙な動物を連れているものもいた。
「やれやれ……なかなか出来るようだね、向こうも。これは、骨が折れそうだ」
 蝙蝠に変化して上空から戦力を分析したあと、人の姿に戻ってから、特に緊張もない声音でブラックウッドが言う。
 琥礼は緊張を隠そうとはしなかったが、
「……だが、退くわけにはいかない」
 それに倍する覚悟を声に滲ませていた。
「銃だけでは、潜り抜けられんだろうな」
 二挺の愛銃FN Five-seveNを確かめながらシャノンがつぶやく。
 銀狼の姿を取ったクハイレは、言葉を話すことはなかったが、漆黒の目を細めて平原の向こう側を睥睨していた。
 白亜は純白に輝く角を隠すことなく、むしろ己が力を100%引き出せるよう、本来の姿を取っている。
 本当は、一角獣の姿に戻って敵陣に突っ込み、撹乱を狙おうと思っていたのだが、
「……あの様子では、無意味か」
 異様ですらある熱気に、却って危険だと判断し、その案を自ら却下していた。これならば、恐らくまだ、幻影を発生させる方が得策だ。どちらにせよ、混乱によって自滅してくれるほど生易しい相手ではないらしい。
「さて、そろそろかな。気を引き締めないとな」
 腰の剣を引き抜きながらタスクが言う。
 その頭上を、古の英雄・マイネの霊魂が漂っていたが、それを目にすることが出来たものはいただろうか。
 理月にとって、少数対多数の戦いはそれほど珍しいことではなく、彼は普段通り、無造作に敵陣を眺めているだけだったが、
「理月君、姫君と何を話していたのかね」
 近づいてきたブラックウッドに問われ、小さく肩をすくめてみせた。
「何でもねぇよ」
「おや……教えてはもらえぬようなことなのかな。それは、妬けるね」
 と、黄金の目を妖艶に細めたブラックウッドが、意味深な流し目を寄越したので、
「う……」
 理月は一瞬詰まり、一歩後退しかけ、何とか踏み止まった。
 剣の塔での対戦以降培われた、反射的なそれに、ブラックウッドがくすくすと笑う。
「冗談だよ、気にしないでくれたまえ」
「気にするに決まってるじゃねぇか。あんたのそれは冗談に聞こえねぇからおっかねぇんだよ……」
「おや、そうだったかな。気づかなかった」
 平素とまったく変わりのないブラックウッドに溜め息をつき――しかし、そこに安堵感が含まれていたことを理月は否定しない――、それから理月はかすかに笑った。
「大したことじゃねぇんだ、すぐに判るようなことさ」
 言っても仕方のないことだからなのだろう、それ以上は何を言うつもりもないらしく、口を噤む。無理やり聞き出すような無粋をする人物でもなく、ブラックウッドも追求はしなかった。
 ――平原の向こう側では、指揮官らしき人物が雷声を張り上げて兵士たちを鼓舞している。
 彼らもまた、負けるわけには行かない立場にある。
 勝てば、ダイ・ラ・ラフカの元首は莫大な褒美を与えるだろう。彼は尊大で驕慢だが、自分の仕事をやり遂げた者には寛大だし、嘘をつかない。ここで勝利し、ウェル・ライラを元首に引き渡せれば、彼の覚えもめでたくなり、兵士たちの将来は約束されたも同然だ。
 だが、任務を遂行出来なかった敗残兵の辿る末路など、知れている。
 命があるかどうかすら判らない。
 つまり、彼らもまた、家族のため恋人のため、そして親しき隣人のために命を懸けて戦うのだ。
 その必死の気迫は、彼らひとりひとりが手練れであるという事実以上に、彼らに強い力を与えることだろう。
 シンと冷えた夜の空気を、ぴりぴりとした棘のような気配が刺した。
 ダイ・ラ・ナフカの兵士たちが、突撃の――開戦の態勢に入ってゆく。
「――そろそろのようだ」
 ベルゼブルがアイスブルーの双眸を細めてつぶやく。
「おお、そうだ、ベルゼブル」
「どうした、真禮」
「魔法の類いは使えぬという話だったが、まったく不可能というわけではないようだな?」
「ああ、二流三流程度の術師では無理だろうが、あんたは仮にも半神だ、不可能ではなかろうよ。それに、そもそもは、相性がよくないというのが一番の理由だからな。無論、結界に何かあっては困るから、あまり大きなものは使わない方がいいだろうとは思う」
「……では、小規模なものは可能か」
「混戦状態にあって、言霊を紡ぐことが出来るならな」
「なるほど、覚えておこう」
「何か、する気なのか?」
「いや、攻撃系統のものは皆を巻き込んでは困るゆえ使わぬが、それならば、多少なりと皆の傷を癒すくらいは出来るだろう」
「ああ……なるほどな。ならば俺も、疲労回復程度のことはしようか」
 半妖半神と地獄の大公がそんな言葉を交わすのを、聞くともなく聞いていた唯瑞貴の視界の隅に、忠実なる友の姿が映る。
 先刻まで、銀幕市の方へ、神威騎士が実体化していないかどうか探しに行っていたオルトロスだ。一頭だけで戻ったということは、彼らはまだ現れてはいないらしい。
「――……オルトロス」
 するりと戻った双頭の巨犬が、蛇の尻尾を振り、ふたつの顔、ふたつの舌で唯瑞貴の顔を舐めた。そして、咽喉を鳴らすように低く唸る。
 唯瑞貴は不思議な赤瞳を細めた。
「……そうか、判った、ありがとう」
 労いに頭を撫でてやると、オルトロスは嬉しそうに甘えた声で鳴いた。
「どうかしたのかね、唯瑞貴君?」
 ブラックウッドの問いに、唯瑞貴は首を横に振った。
「まだ、何も。だが……きっと、よい方向に進むと思う」
「ふむ……では、それが現実となるよう、祈ることにしよう」
 飄々と笑い、ブラックウッドがそう言った、そのとき。

 わあ、あ、ああああああああぁッ!!

 平原が震えるほどの大喊声が上がった。
 そして、最前列の第一陣、恐らく百人ばかりの兵士たちが、こちらへと突進してくる。
 ――第二陣の進攻が開始されるのも時間の問題だった。
 しかし、にわか神威騎士たちは眼差しを鋭くはしたが、特別慌てることも取り乱すこともなく、めいめいに得物を手にして、その到達を待っているだけだった。
 傍らのオルトロスに目をやった唯瑞貴が、ふと気づいたようにつぶやく。
「……しまった、オルトロスを入れたら十一になってしまうな、数が」
「ああ、いいんじゃないのか? 向こう側も馬だの奇妙な動物だのを連れ込んでいるんだ、とやかく言われる筋合いはなかろう」
「――そうか、ならいいんだが」
「けど、だったら」
「ん、どうかしたかよ、タスク?」
「いや、クハイレさん、今狼の恰好だし、もうひとり誰か連れて来てもばれなかったかなーってさ」
「はは、それは確かにそうだねぇ」
「なら、私も一角獣の姿で参加すればよかったかな。そうすれば、更にもうひとり、連れて来られた」
 生真面目な白亜が冗談めいた言葉を口にしたので、その場にいた誰もが思わず笑った。
 ――だれもまだ、未来を悲観してはいない。
 誰もがまだ、やるべきこと、なすべきこと、果たすべき責務を果たすのだと、自分の矜持と立ち位置にかけて果たすだけだと、胸のうちに決意の炎を燃やしているだけだった。

 ――第一陣は、もう目前に迫っている。



 4.血臭の夜

 周囲はすぐに混戦状態に陥った。
 十人と一頭からなるにわか神威騎士たちは、数こそ確かに少なかったが、やはり、兵士たちとは一線を画しており、第一陣として突っ込んで来た人々は、すぐにその実力を身を持って知ることとなった。
 無論、彼らもまた自国では手練れと称される人種のひとりであり、だからこそこの戦いに遣わされたのだ。さすがに、問答無用でなすすべもなく鏖殺(おうさつ)されることはなかったが、それでも彼らは、世界には驚くべき実力を持った猛者がいるということを思い知らされただろう。

「さあ……削れるうちに、削ってしまおうか」
 鋭く伸びた爪で、この日七人目となる犠牲者の首筋を切り裂き、プレミア・フィルムを作り上げたあと、こんな場面でも穏やかに、しかしどこか黒く笑ったブラックウッドは、裂帛の気合とともに斬り込んで来た兵士の背後にするりと回りこみ、その身体を絡め取った。
「なッ……!?」
 驚愕しもがく彼を巧みに押さえ込み、
「やれやれ……あのときにも思ったが、やはり、もう少し時間をかけて味わいたいものだ」
 やや場違いな嘆息をこぼしつつ、躊躇いなく彼の首筋に食いつく。
「っが……!?」
 兵士の身体がびくりと震える。
 周囲から、驚愕が伝わってくる。
 どうやら、この世界には、吸血鬼という生き物は存在しないらしい。
 どう対処していいのか判らないのか、それとも巻き込まれては堪らないと思ったのか、兵士たちが『食事』中のブラックウッドに剣を向けることはなかった。別のにわか神威騎士へ向かうか、もしくは、遠巻きにブラックウッドを見ているだけだ。
 彼の周囲だけ、何か別の空間のようになっていた。
 やがて、力を喪った兵士の身体が、どさりと、取りこぼした荷物のような無機質さで地面へ倒れる。
 首筋には、ふたつの赤い穴が空いていた。
「……ふむ、なかなかだね。手練れの血というのは、濃厚で、コクがある。これは……次も、期待できそうだ」
 赤に濡れた口元を品よく拭い、凄艶に笑ってみせると、明らかに兵士たちは怯んだ。
「さあ……踊ろうか、ともに」
 言って、ブラックウッドは更なる追撃の態勢に入る。
 ――削れるうちに。
 それが自分たちの状況を正しく言い表していることを理解しているからこそ、ブラックウッドは手を緩めない。

「……墺族が裔(すえ)、墺琵琥礼、推して参る!」
 低い名乗りとともに琥礼は二刀を抜き放つ。
 刹鬼と桐炬狗、一般的な刀にしてはあまりに長いそれは、琥礼と数奇かつ激烈な運命をともにしてきた他に類を見ない戦友だ。琥礼の意志が折れない限り、このふたつが彼を裏切ることなどありえない。
 兵士たちが剣を構えた。
 自分たちの未来がかかった戦場において、一対一の戦い、義を重んじるなどという甘い考えが通用するはずもなく、今、琥礼の目の前には十人近い兵士がいる。
 彼らに隙はない。
「ならば……作る」
 言って、琥礼は硬い地面を蹴った。
 兵士たちの間に緊張が走る。
 ――速度は、琥礼に一日の長があった。
 兵士のひとりの懐へと入り込み、右の手にした桐炬狗で水平に薙ぐが、さすが精鋭集団と感嘆すべきか、彼の剣は琥礼の一閃をしっかりと防いでいた。
 ぎちり、と刃が鳴く。
 だが、それで終いではない。
 琥礼の左手には、刹鬼と呼ばれる刀がある。
「悪く、思うな」
 兵士が反応しきれないほどの速度で左下段から上段へと揮われたそれは、彼の首を、あっけなく宙へと撥ね上げた。
 彼は、自分の死すら認識できなかっただろう。
 力を喪った身体が地面に倒れ、フィルムへ戻るまでに、琥礼は次の相手へと向かっていった。
 幾合かの打ち合いを経て、次なる犠牲者を作り、更に次の兵士に向かい合う。
 無論、相手は多数で、しかも鍛え上げられた手練ればかりなのだ。その間まったくの無傷でいられたわけではなく、琥礼もまた、身体のあちこちに幾つかの剣創を作っていた。
「だが、まだ」
 彼は怯まない。
 ただ、戦うものとしての矜持のために、刀を振る。

「まったく……面倒臭い連中だ」
 シャノンはFN Five-seveNを手に敵兵の間を駆け抜けていた。
 もっとも優れた飛び道具が弓矢という、原始的に過ぎる異世界でありながら、兵士たちの動体視力及び反射神経は突出していた。
 何せ、ごくごく至近距離で、逃れようのない状態で撃たねば、そのほとんどの弾丸は避けられてしまうのだ。恐るべき体機能がどこで培われたものなのかひどく気になるところだが、そのためシャノンは、兵士たちの固まったところへ突っ込んでは、足技を基本として相手を蹴散らしながら、体勢が崩れた瞬間を狙って撃つ、という撹乱戦法を多用している。
 あまり恰好のいい戦い方ではないが、多勢に無勢のこの状態において、卑怯だの美しくないだのという言葉は無意味だ。
「すまんが、負けてやるわけには行かん」
 縦一文字に振り下ろされた剣を銃身で受け止め、シャノンはつぶやく。
 映画の中ではありえなかったような感情が、今の彼を突き動かしている。
 生きる理由に、たくさんの意味が加わりつつある。
 だから彼は、銃を握り締め、引鉄を引くのだ。
 一瞬動きの止まった兵士の腹に強烈な蹴りをお見舞いし、ぐっ、と息を詰めて後方へよろめいた――シャノンの足技を受けて吹き飛ばなかっただけでも賞賛に値する――彼に銃を向け、シャノンは引鉄を引いた。
 轟音、低い呻き声。
 からりと崩れ落ちるプレミア・フィルム。
 敗れれば自分もまたこうなるのだと眼差しを厳しくし、シャノンはすぐに次の、親愛なる犠牲者へと向かう。

 クハイレは獣の本性そのままに死を撒いていた。
 彼女は疾(はや)く、そして靭(つよ)い。
 クハイレの大きな顎(あぎと)が、兵士の首筋を易々と噛み裂き、その決して細くはない首を、小枝でも手折るかのような容易さで砕いてゆくと、彼らの間にはざわめきが走った。
 グウェイオンを呼べ、という声があちこちから聞こえてくるが、それが何のことなのかを考えるより早く、クハイレの牙は次の犠牲者の首を裂いた。
 絶叫とともに、真っ赤な、温かい血が噴き上がり、クハイレの見事な毛皮を濡らす。
 クハイレは漆黒の目を細めて舌なめずりをした。
 濃厚なる血の匂いが、彼女を更に興奮させ、残虐にする。
 咽喉の奥から、機嫌のいい唸り声が漏れた。
 ――だが、敵もさるもの、彼らはクハイレに翻弄され続けてはくれないようだった。
 それは、彼らもまた、重い、切実な何かを抱いて戦っているという証明なのだとも言えるだろう、彼らは徒党を組み始め、長槍と剣とを組み合わせて、互いに補い合うようになったのだ。
 寄せ集めの烏合の衆には出来ぬ芸当だった。
 クハイレは、この部隊の強さの理由を垣間見た気がする。
 絆や誓いや強い思いによって結びついた人間たちは、時にクハイレたち獣を容易く凌駕する。彼女はそれを知っている。
 だが、クハイレの機嫌はいいままだった。
 血の匂いは彼女を高揚させるばかりだ。

「やはり……出来る」
 白亜は怜悧な眼差しで周囲を伺いながら、慎重に、しかし確実に犠牲者を増やしていた。
 彼は武器を扱うことが出来ない。
 人間の武器は、白亜に、あの忌まわしい過去を思い出させるから。
 しかし、その代わり、鬼としての卓越した体機能と、無手に特化した格闘能力とを持っている。
 華奢で儚げな外見からは想像もつかぬ怪力で相手の剣を止め、そのまま撲り倒したり、頚骨をへし折ったり、鋭く伸ばした爪で頚動脈を切り裂いたりと、彼の攻撃は決して派手ではなかったが、確実だった。
 そういう世界で生きてきたのだから、その程度のことは当然でもあった。
「どこかで、もう少し、混乱を引き出せれば……」
 彼は、自分の能力で出来ることを探していた。
 正直なところ、戦闘能力で言えば、白亜は、兄であり鬼の総大将でもあった酒呑童子には遥かに及ばない。白亜は基本的に将、率いる側であって、兵、正面を切って人間たちと戦う存在ではなかった。兄がそれを望まなかったというのもある。
 映画の中では、それを特に不便だと思ったことはなかったが、やはり、もう少し何か使えた方がいいのか、とも思う。
 特に、少しずつトラウマを払拭しつつある、この銀幕市においては。
「……今度、剣の扱い方でも、教えてもらおうか……」
 現在、様々な面で世話になっている友人を脳裏に思い描き、つぶやいたあと、鋭い気合とともに振り下ろされる剣を掌で弾く。
「っ……!」
 予想を超える強い力に、息を呑んで体勢を崩した彼の首筋に、白亜は爪を滑らせた。
「あ、ああ、あ……!」
 噴き出す血に心を揺れさせることもなく、次なる相手へと向かう。

「……本当は、全部説明して、こんなこと無駄だからやめろって言えれば一番いいんだけどな」
 不可能と知っていて、そんなことをつぶやかずにはいられないほど、タスクはこの戦いを哀しんでいた。
 特に、タスクは、ダイ・ラ・ナフカの兵士たちにも退くに退けない理由があることを知っている。彼らにも彼らの事情があり、守りたいものがあり、喪えないものがあることを知っている。
 彼らが、醜悪な欲望のためにここにいるわけではないことを知っている。
 だからこそ、このどうしようもない邂逅をタスクは哀しむ。
 ――勿論、そんな甘ったれた考えが通じる場面と通じない場面があることも、充分すぎるほどに理解してはいるのだが。
「でも、やるべきことはやらないとな。――マイネ、往こう」
『ええ……タスク』
 古の若き英雄・マイネは、すでにタスクに憑依していた。
 彼女の強い魂、強い意志、そして彼女が重ねてきた経験が、タスクに普段以上の力を与え、肉体を高揚させる。
 タスクは剣を握り締めた。
 篝火に長剣をぎらつかせ、兵士のひとりが目前に迫る。
「ここに命を懸けてる人たちに、この瞬間さえ無意味だなんて、言えないよな……」
 ならばせめて、タスクもまた、全力を持って相対するだけだ。
 ヒョウ、と夜気を裂いて襲いかかる剣をわずかに身体を捻ることで避け、タスクは自分の剣を中段から水平に振り抜いた。
 彼の剣は速く、そして重い。
 兵士は甲冑によって武装していたが、タスクの揮った剣は、その甲冑をへこませ、彼の内側に衝撃という名のダメージを与えた。
「ぐ……!」
 呻き、よろめく彼の首筋に、タスクが剣の柄を叩き込むと、兵士は声もなく昏倒した。
 甘いと思ったが、殺さずに済むのならそれに越したことはないとも思う。
 マイネがくすりと笑った。
「……笑うなよ、俺だって甘ちゃんだって判ってる」
『いいえ、あなたのそういうところ……好きよ』
 マイネの言葉に勇気づけられる。
 タスクはかすかに笑い返し、次なる相手と対峙した。

「さて……どう、斬り込むかね……?」
 理月は冷静に周囲を観察しながら兵士たちと向かい合っていた。
 相棒『白竜王』は、すでに何人もの血を吸っているにも関わらず、白々と清浄に輝いている。
 彼がいた傭兵団『白凌(ハクリョウ)』は、個人個人の能力こそ突出していたものの、あの世界での常識に即して考えれば中寄りの小といった規模で、決して大きくはなかったが、よく自団の倍以上の兵力を相手に戦局を覆してきたものだ。
 だから理月は、圧倒的不利という言葉に対して恐怖や慄(おのの)きを感じはしない。
 ただ、最期の日の、あの悲嘆をわずかに思い出すだけで。
「でもまぁ、今は、そんなこと言ってる場合じゃねぇしな」
 肚の内にある重苦しいものを覆い隠そうとでもするように、戦場の高揚は常に理月を駆り立てる。
 剣を手にした五人の兵士たちが、理月に向かってくる。
 彼らは数の優位に立ったものが大抵するであろう不細工な言葉を吐くことなく、ただ一直線に理月の命を狙ってきた。
 風を斬る鋭い音とともに飛来する五本の刃を巧みに避け、理月はまた距離を取る。周囲は完全に囲まれていた。
 第三陣までが投入された平原は確かに混乱を極めていたが、しかし、身動きすら出来ずに串刺しにされるほど逼迫してはおらず、もっと数にものを言わせて圧殺しに来ると思っていた理月は、何か理由があるのだろうかとちらりと考える。
 もちろん、考えるだけ無駄だとも理解しているが。
 すぐに、打ち合いが始まる。
「お互い、苦労するね、まったく」
 親近感すら滲ませて理月が言うと、彼より十ほど年かさの男の目に、苦笑めいた共感が浮かんだ。
「まったくだ」
「駒は駒らしく盤上を転がされるが似合いってか。泣けてくるね」
「戦争など、そんなものだろう」
「はっ、違いねぇや」
 笑い、理月は『白竜王』を打ち込む。
 高らかに刃が鳴った。



 そうして、一時間ばかりが経った頃だろうか。
 にわか神威騎士たちはその突出した戦闘能力でもってまさに獅子奮迅の働きを見せ、この圧倒的不利な場において、ひとりとして欠けることなく、休むことなく新しい屍を作り上げて行った。
 しかし、彼らがこの一時間で築いた屍の山は、千の兵士たちの内の、わずかに二割弱に過ぎず、それを多いと見るか少ないと見るかは、各人の判断に委ねるしかない。
 そんな中、まだ彼らの意志が折れていないことだけは確かな事実だった。
 ブラックウッドは『食事』によって自らを回復させつつも密かに『種』を蒔き、琥礼は二刀を閃かせて戦場を駆け回り、シャノンは足技と銃とを巧みに組み合わせて兵士たちを牽制しながら何とか有利な状況を作ろうとし、クハイレは獣の本能の、愉悦のままに血を求めて咆哮していたし、白亜は冷静に戦況を分析しながら相手側の隙を探り、タスクは心を痛めつつも迷わずに剣を揮って幾人もの脱落者を作り続けていた。
 唯瑞貴はオルトロスとともに的確な動きでひとりずつ確実に仕留め、ベルゼブルと真禮は時折回復系統の魔法や言霊を紡いでは同胞たちの疲れを癒しつつ得物を揮っている。
 彼らの周囲には濃厚な血臭が満ちていた。
 兵士たちは確かに力量の違いを感じ取ってはいるようだったが、それで怯むことはなく、大小の差こそあれ波のように押し寄せて、様々な攻撃を仕掛けてくるのだった。
「――おかしい」
 そんな中、理月がそれに気づいたのは、やはり彼が、少数対多数を基本とする集団戦闘に、この場の誰よりも慣れていたからだろう。この規模の兵力ならば、普通はもっと投入されているべき兵士の数が、あまりにも少ないことに内心で首を傾げていた彼は、斃したからではなく、兵士の数が減っていることに気づいて眉をひそめた。
 純粋に歩兵だけならば、この数では、おかしい。
 特に、神性の顕現たる神威騎士を相手にしようというのなら。
 騎馬兵の数は百ばかりで、それはまだ温存されているようだ。
 そのとき、兵士の誰かが、背後を――平原の向こうを、ちらりと見た、気がした。
 途端、何か、激烈に冷たいものが理月の背中を滑り落ちていった。
 戦場において何度も彼を救い、何度も生かした、獣すら超越した第六感。
 それが、危険を告げる。
 そして、音もなく飛来する何かの存在を、意識の隅っこが感じ取った瞬間、理月は叫んでいた。
「皆ッ、避けろ――――ッッ!!」
 仲間たちの反応はさすがに速かった。
 速かったが、しかし、『それ』は、もっと速かった。

 ゴッ。

 夜空から降り注いだそれは、子供の腕ほどの太さと、二メートルばかりの長さがありそうな、巨大で長大な矢の雨だった。
 誰かが、驚愕の息を呑む音が、聞こえた。



 5.それぞれに、死を渡る

 それが弩弓と呼んでいい規模のものだったのかは、判らない。
 否、名前など、どうでもいいのだ。
 ただ、それが恐るべき速度で飛び、大地に、そしてヒトの身体に突き立てられたことだけが判っていれば。
 逃げ遅れたダイ・ラ・ナフカ側の兵士が十数名、矢の犠牲となったが、その数は彼らにしてみれば大した被害ではなかっただろう。誰もがその犠牲を予測し、納得は出来ずとも理解していただろう。
 だが、エルクレイネアの未来を預かる十人と一頭はそうは行かなかった。
 このために投入される兵士の数が少なかったのだと――友軍の撤退を速やかにし、彼らがそれを察する前に、混乱に乗じて射抜くつもりだったのだと――気づくよりも速く、琥礼とタスクが矢を受けて吹っ飛び、また、シャノンとクハイレが地面に縫い止められた。
 琥礼にせよタスクにせよ、幸いにも矢の切っ先がかすっただけで貫かれたわけではなかったが、矢の勢いに巻き込まれて十メートルばかり吹き飛ばされ、受身を取る間もなく地面に叩きつけられた。
 ぐっ、と咽喉が鳴る。
 しかも、かすっただけとはいえ、矢の速度は並ではなく、琥礼は左脇腹の、タスクは左上腕の肉をごっそりと持って行かれていた。
 恐ろしい勢いで血が噴き出し、辺りに滴る。
「ぐ……う……!」
「くそ、やってくれる……!」
 双方、跳ね起きたものの、ダメージは浅くなく、武装が血に染まってゆく。
「この状態では、複雑な魔法を紡ぐ余裕はないな……荒っぽい方法ですまんが、血だけ止めるぞ」
 第四陣第五陣の突入を感じ取りながら言ったベルゼブルが、手のひらに高熱を集める簡単な魔法でふたりの傷口を灼く。幸い、ふたりとも落下地点が近く、措置は速やかに済んだし、血は絶望的なまでに流れ出す前に止まったが、それが恐ろしく痛かったこともまた、事実だ。
 肉の焦げるいやな匂いがする。
「……ッ!」
「っちょ、ベルゼブルさん、もーちょっと手加減してくれ……!」
「すまんな、苦情はあとだ。――来るぞ」
 ベルゼブルがシンプルな長剣を構えると、琥礼もタスクも表情を引き締め、取り落とした得物を拾い上げて身構えた。
 喊声とともに、兵士たちがこちらへ突っ込んでくる。
「ちょっと、イヤになるような数だなぁ」
 タスクが深々と嘆息した。
「なかなか経験できない気持ちだな、これは」
 琥礼が同じ色彩の息を吐く。
 彼の二刀はすでにたくさんの人間の血と命を啜っていたが、状況は、それ以上の『活躍』を強いることになるだろう。妖魔を狩るために創り出され、またそう存在する二刀にとっては、不本意なことだったかもしれない。
「――絶望って、言葉にするのは簡単だけど、実際に感じてみると、一言では表しきれないな。肚の底に、氷が挟まったみたいだ」
「ああ……まったくだ。危機なら何度も経験してきたが……まだまだ、俺も青いということかな」
 苦笑し、琥礼は刀を握り締めた。
 数は未だ圧倒的にして絶望的、向こうは意気軒昂、こちらは手負い。
 ――どこにも突破口が見出せない。
 他の仲間たちがどうなったか気懸かりだったが、気にしている余裕がないのも事実だった。
 どんな苦境に立たされ、どんな痛みに苛まれ、どんな結果が待ち受けようとも、負けるわけに行かないという絶対的な真実が、彼らの目の前には重々しく目の前に鎮座しているのだ。
「……やるしか、ない」
 タスクのつぶやきは、彼らの内心のすべてを代弁していた。



 そこから、少し離れた位置でのことだ。
 シャノンは右胸から入った矢が左脇腹を抜けた無残な状態で、しかも、長く太い鉄の矢が地面にめり込んだ所為で身動きが取れなくなり、自らそれを引き抜くことも出来なかった。
 それは磔刑に処される罪人にも似ていた。
 脳を灼くような激痛、痛みというより熱そのものの感覚が身体中を駆け巡る。
 内臓が激しく損傷したらしく、口から鮮血があふれた。
「がッ……ァ、あ……!」
 幾ら再生するとはいえ、彼にも痛みの感覚はあるし、それ以前に、これだけ大きな矢が体内に残ったままではどうしようもない。
 呼吸をするたびに血があふれ、咽喉を塞ぎそうになる。
 激痛にかすむ視界の向こう側に、突入してくる兵士たちの姿が見えた。
「く、そ……!」
 シャノンが、何度目かの金臭い呼吸とともに歯噛みしたとき、唐突に彼を貫く大矢が消えた。
 あまりに突然のことで受身も取れず、地面へ倒れ掛かりそうになる彼の身体を、半妖半神の男の手が支えた。
「真、禮……」
「無事か、シャナーン?」
「……この場面で、それは、やめてくれ……気が、抜ける」
「おお、それはすまぬ」
 平素と変わらぬ声で謝罪の言葉を口にする真禮に溜め息し、シャノンは咳き込みながら何とか立ち上がった。
 見れば、真禮の手には、成人男性の頭くらいのサイズの鉄塊がある。少し赤みが混じった、鈍い色のそれは、金属を操る彼が、かたちを変えてシャノンの身体から抜き取ってくれたものであるらしい。
 そのお陰で、シャノンの身体は再生を始めていた。
 穴の空いた身体が、ひしゃげた内臓が、少しずつ修復されてゆくのが判る。
 この世界が、魔王の結界の中にあるからだろうか、修復はいつもほど速やかでなく、万全からはほど遠かったが、シャノンが自由を取り戻したという事実に変わりはない。
 血の味のする口元を拭ったあと、シャノンは銃を握り直した。手が血でぬめるが、それを清めている余裕はなかった。
 隣では、鉄塊を大きな槍に変えた真禮が、迫り来る兵士に向かってそれを投擲したところだった。ヒトの手で放たれたものとは思えない速度で飛んだ鉄槍が、兵士のひとりを真っ向から貫き、更に背後のふたりを巻き込んで地面に突き刺さる。
 それを合図に、シャノンは走り出した。
 身体はまだ激痛を訴えていたが、頓着してはいられない。
 まだ、やるべきことは果たされていないのだ。



 クハイレは背中から鉄の大矢に貫かれ、腹から下へ抜けたそれによって地面に縫い止められた。
 本能で察知して逃げる暇すらなかったほどの、速やかにして激烈なる『雨』だった。
 それでもわずかに身を捻ったお陰で、心臓を串刺しにされることこそ免れたものの、臓器の幾つかを無骨な鉄矢に引き裂かれて、鋭い牙の並んだ大きな口からごぼごぼと血があふれた。
 跳ね起き、力ずくで矢を引き抜こうにも、あまりにもものすごい勢いで地面に突き刺さったそれは、硬く土を噛んでしまいびくともしない。
 救いと言えば、矢柄の部分に、更に肉を裂くための鉤などが施されていなかったことだろうが、そんな事実は、身体に矢を飲んでなお『救い』と言えるほど確かなものではなかった。
 身動きできない歯痒さに、前脚ががりがりと土を掻く。
「――クハイレ」
「大丈夫か」
 声は白亜と唯瑞貴のものだった。
 少なくともふたりは無事だったらしい。
 ごぼりと血塊を吐いたクハイレが動きを止めると、白亜がほっそりした見かけによらぬ怪力で、力任せに矢を――それは、白亜の華奢な身体の前にあると、鉄の大きな槍のようにしか見えない――引き抜いた。
 クハイレは、鉄の棒が身体をこすって出てゆく感覚に背中の毛を逆立てたが、自由になれたことは素直にありがたく、白亜の頬を大きな舌で舐めて謝意を表した。
 かすかに笑う白亜の隣で、懐から紙切れを出した唯瑞貴が、
「義兄上からいただいた治癒の符だ」
 そう言って、符をクハイレの傷跡にそっと当てた。
「それほど強いものではないが、足しくらいにはなるだろう」
 深い傷が完治するような類いの強烈な符ではなかったものの、効果は確かで、背と腹に空いた特大の穴は少なくとも血をこぼすことをやめたし、少しずつ塞がっているようだった。
 クハイレが咽喉の奥で感謝の唸り声を転がし、白亜が、唯瑞貴が頷いた、そのとき。
 唐突に、白亜の華奢な身体が吹っ飛んだ。
 否、それは吹っ飛んだのではなかった。
 漆黒の風が脇を吹き抜けて行ったかのような錯覚。
 獅子と狼と鷲とを掛け合わせたかのような、クハイレよりも一回りほど巨大な、何と表現すべきかも判らない漆黒のけだものが、白亜を、左肩から胸や腹の辺りに喰らいついた状態で引きずっていた。
 牙が、彼の身体に食い込んでいるのが見える。
 闇の中で、朱金の目が煌々と輝くのが見えた。
 かふ、と、白亜が血を吐いた。
「白、……ッ!?」
 彼の名を呼びかけた唯瑞貴は、背後から突進してきたもう一頭に突進され、十メートルほど軽々と吹っ飛んで地面へ激突した。あまりの速度に背骨が軋み、内臓が悲鳴を上げる。
 肋骨が折れたのは確かなようで、血の臭いのする咳がこぼれた。
 再度追撃しようとするけだものの前に、全身の毛を怒りに逆立て、牙を剥いたオルトロスが立ちはだかる。
 何とか身体を起こした唯瑞貴は、咳き込みながらつぶやく。
「グウェイオン……投入されたのか……!」
 それは、映画内においても、戦局を最後まで混乱させた、ダイ・ラ・ナフカ軍が誇る戦獣の名だった。
 戦略兵器的な位置づけにある、特別な方法で幼獣を捕らえて来ては育てるこの戦獣は、扱いこそ難しいものの、恐るべき速さと力、そして鋭い牙と爪で持って、戦場に数多の死を蒔くという。
 周囲をぐるりと見渡してみれば、少なくとも七頭以上のグウェイオンがいる。恐らく、見えないだけでもう少しいるはずだ。――戦局がぐらりと向こう側へ傾くような錯覚を覚える。
 白亜が、血を吐きながら、自由の利く方の手でグウェイオンの目を抉り、けだものが咆哮を上げた隙に何とか自由を取り戻すのが見えた。しかし、その身体には、すでに、幾つもの大きな穴が空き、激しい出血とともに肉を覗かせている。
 クハイレが低く唸りながらグウェイオンの一体と対峙した。身体の大きさでも、無傷という意味でも、今のクハイレが不利であることに疑いようはなかった。
 白亜は口元を拭いながら、けだものにどこまで効くかどうかは判らないものの、彼らを撹乱するために自分たちの幻を作り出し、グウェイオンの前に解き放った。
 無論、そこに己が巻き込まれることなど頓着してはいない。
 唯瑞貴は折れた肋骨が肺を刺しているのを感じつつも、取り落としかけた剣をきつく握り締めた。
 オルトロスはすでに、グウェイオンの一体と殺し合いを始めている。
 ――双方が退けぬ事情を抱えているがゆえに、戦場は混乱を増してゆく。



 理月は周囲を槍兵に囲まれながら二頭のグウェイオンと対峙していた。
 普通の獅子や虎とは違う雰囲気を持ったけだものの、理月を見透かし射抜くような眼差しに、知らず知らず、背中を冷たい汗が流れ落ちる。
 けだものを警戒して動きが止まると、背後からは槍が突き出された。
 切っ先が脇腹をかすり、漆黒の肌に血を流させたが、理月は怯まず、『白竜王』を揮ってその刃先を切断し、木の柄だけになった槍を強く引くと、よろめいた兵士の首を一撃のもとに刎ねた。
 そのまま槍の刃が届かない、もしくは下手に揮うと同士討ちになりかねない懐へ入り込んで、柄を掻い潜りながら彼らの陣形、体勢を崩し、ひとりずつ確実に葬っていく。
 切っ先がかすり、頬や首筋や腕に決して浅くない傷跡が刻まれたが、今の理月にとってそれはどうでもいいことだった。気にしているだけの余裕がなかった、というのが正しいかもしれない。
 フィルムが、この場にはそぐわぬ無機質さでぱたぱたと倒れてゆくのを確認する暇はなかった。
 自分を取り囲んでいた槍兵を全部で十二人倒したあと、乱れる呼吸を整えようとわずかに立ち止まった瞬間、横から漆黒の颶風が突っ込んでくる。
「く……!」
 一頭目は辛うじてかわした理月だったが、無理な体勢で避けたために更に体勢が崩れたところを、もう一頭のグウェイオンに頭から激突され上空へ跳ね上げられ、高々と宙を舞った。
 目も眩むような、吐き気を催す衝撃に唇を噛み締め、せめて受身を、と思ったところで、同じく跳んでいたグウェイオンに前脚で叩き落とされる。
「あ、ぐ……ッ!」
 予想もしない一撃に、理月はなすすべもなく再度吹っ飛び、したたかに地面へ叩きつけられる。
 『白竜王』が手から離れて遠くへ転がるのが見えたが、全身が悲鳴を上げ、拾いに行くどころか起き上がることさえ出来なかった。息が詰まり、激烈な吐き気と頭痛が襲いかかる。鋭い爪に抉られたらしく、背中には四本の線が深々と刻まれ、そこからおびただしく出血している。
 衝撃と大量出血で、視界には紗がかかったようになっていた。
 るるる。
 理月の十メートルほど手前に、巧みに着地したグウェイオンが、舌なめずりをしながら朱金の目を細め、まるで理月に見せつけるかのように前脚を掲げると、ナイフのように鋭い爪を月下に光らせてみせた。
 かすんだ視界にあってすら、それは凶悪に、恐ろしく映る。
 ――『白竜王』に手は届かない。
 グウェイオンが後脚に力を入れるのが見えた。
 彼がここまで到達するのに、何秒もかからないだろう。
 ここで安穏と死ぬわけには行かないことを理解しつつも、理月は、半ば朦朧とした意識で、それをじっと見つめているだけしか出来なかった。
 やがて、黒々とした塊が視界を覆い尽くし、そして――

 ざ、しッ。

 肉を――骨を断つ、鈍い音がした。
 だが、どこにも痛みは来ない。
 同時に、警戒を含んだ声で低く唸ったグウェイオンが、後方へと跳ぶ音が聞こえた。
「な、あ……?」
 理月はゆっくりと顔を上げ、そして、
「ぶ……ブラックウッドさん!」
 思わず、息を呑んだ。
「無事かね、理月君?」
「いや、そ、れは、」
 艶然と微笑まれ、理月は口ごもる。
どう答えていいのか判らなかったのだ。
 ――理月の前に立ち塞がり、グウェイオンの爪から身を持って彼を守ったブラックウッドからは、頭の右半分がざっくりと喪われていた。
 グウェイオンの爪が、切り裂いたのだろう。
「ブラックウッドさん、それ、」
「何、すでに死したる身だ、問題ない」
「いやあの、問題ねぇってことは……ッ危ねぇッ!」
 頭部を欠損した壮絶な姿で、常と変わらず優雅に微笑むブラックウッドに、一瞬ここがどこであるか、自分たちが何をしているのかを忘れて珍妙な顔をしかけた理月は、息を呑んで警告の声を発した。
 背後に、牙を剥き出したグウェイオンが迫っていたのだ。
 いかに不死身のブラックウッドといえども、粉々に噛み砕かれて胃の腑に収まっても無事でいられるわけがない。
 我が身を呈して庇おうにも起き上がれず、理月は思わず呼吸を詰めたが、それに気づかぬはずがなかろうに、ブラックウッドは特に取り乱すでもなく、理月を助け起こすべく手を差し伸べただけだった。
 しかし、理月が再度危険を叫ぶ必要はなかった。
 何故なら。

 ――すまぬが、おまえたちにかれをくらわせてやるわけにはゆかぬ。

 グウェイオンの一頭がブラックウッドに齧りつくよりも速く、月光によって浮かび上がった彼の影の中から、禍々しくも神々しい文様に彩られた巨大な蛇が顕れ、けだものを頭から丸呑みにしてしまったからだ。
 牙を剥いて襲いかかって来た、もう一頭も同じ運命を辿った。
 くすり、とブラックウッドが笑う。
「偉大なる蛇のご助力に心からの感謝を」
 現(うつつ)にあれば虚無を撒いてしまう蛇が、この世に現出していられる時間は短い。
 わずかな邂逅を喜び、また惜しむかのように、黒と黄色の鱗を月光に輝かせて影に沈んでゆきながら、蛇もまた笑ったようだった。

 ――おまえはわがしんあいなるとも。
 ――そのたすけとなれて、わたしはうれしい。

 それに再度微笑み、ブラックウッドが理月を助け起こす。
 理月はよろめきながら立ち上がり、なんとも表現しがたい表情でブラックウッドの喪われた頭部を見つめた。
「……悪ぃ、ありがとう」
「何、君の力になれたなら幸いだよ」
「それは……光栄だと、言っておくべき、なのかな……」
 笑いかけ、理月はわずかに上体を傾がせる。
 理月の背はまだ出血していた。
 現代という世界で言えば、今すぐに集中治療室とやらに放り込まれてもおかしくない状態だったが、理月は傷の痛みには慣れているし、まだ自分が動けることを理解している。
 今動ければ、あとのことはどうでもいいのだ。
 そう、どうとでもなる。
「大丈夫かね?」
「大丈夫じゃなくても、やるしかねぇだろ」
 よろめいた身体を支えたブラックウッドに問われ、苦笑とともに返す。
「そういうあんたは平気なのかよ、それ?」
「ああ……問題ないよ。決してこの目だけで『視て』いるわけではないからね。なに、じきに再生するだろうよ」
「そうか、なら、いいんだが。すまねぇ、俺のために」
 突入してくる第四陣第五陣を視界の片隅に確認しながら言うと、ブラックウッドは晴れやかに――どこか黒々と――笑い、
「理月君に案じてもらえるとは、私も幸せ者だね」
 言って、ごくごく自然に理月の頬へ唇を寄せ、妖艶な仕草で、その頬を濡らす血をゆっくりと舐め取った。頬に、冷たい、やわらかいものが触れ、それが傷口をゆるりと撫でてゆく。
 予想外の『攻撃』に理月は思わず飛び上がりそうになり、飛び上がりそうになったお陰で背中の傷が恐ろしく痛んで、
「――ッッあのなぁッ!」
 涙目で抗議するも、ブラックウッドはどこ吹く風といった風情で、優雅に口元を拭って笑っただけだった。
 命を助けてもらって言うのもなんだが、命以外のものが危機にさらされているという、退けず行けずの状況である。背中を守られていながら、別の意味で危険を感じるような状態だろうか。
「ふむ、やはり、甘いね。――少し、元気が出たよ」
 いつも通りの笑顔で、いつも通りのことを口にするブラックウッドに、理月は脱力し苦笑し――そして、安堵もする。
 まだやれる、と、思える。
「さあ、ここからが正念場だ、理月君。かの麗しき姫君の嘆きによってこの世界が滅びぬよう、もう少し力を尽くそうじゃないか」
「……ああ」
 『白竜王』を拾い上げ、理月は頷く。
 三百からなる兵士たちは、もう、すぐそこまで迫っている。



 ――戦況は未だ絶望的で、光は見えない。
 それでも諦めるわけには行かないことを、投げ出すわけには行かないことを、誰もが理解している。
 理解し、血に塗れ傷に疼く身体に鞭打って、それを実践するのだ。
 己が矜持と信念、そして他者を思う心にかけて。



 6.終焉と絶望のロンド

 平原では、泥沼の戦いが繰り広げられていた。
 白亜が放った幻によって、兵士たちだけでなく戦獣たちまでが目をくらまされ、ダイ・ラ・ナフカ勢のあちこちで同士討ちが起こっていたが、その混乱は同時に、エルクレイネア勢のにわか神威騎士たちにも被害をもたらした。

 琥礼は、一体どんな幻を見たのか、恐慌状態になってがむしゃらに突っ込んで来た兵士を避けようとしたところを背後から斬りつけられ、更に、グウェイオンの前脚によって吹き飛ばされた。
 地面に叩きつけられながらも跳ね起きようとしたが、すぐ傍にいた槍兵に、石突の部分で鳩尾付近をしたたかに一撃され、
「ぐ、ゥ……!」
 嘔吐しそうになりながらのたうちまわった。
 今の一撃で肋骨が折れ、肺に刺さったらしく、血が次から次へと口からあふれた。
 更に突き入れられる槍を、地面を転がり、這いずって何とか避けるものの、反撃に転ずるだけの余力は今の琥礼にはなかった。切っ先に腕や脚や腰をかすめられ、おびただしい血をこぼしながら、琥礼は死を垣間見る。
 ここで、何もかもが終わりになるのかと。
 ――言葉にならない苦痛が、身体から力を奪ってゆく。

 シャノンは身体の再生が思うように行かぬ中、グウェイオンの一体と対峙しているところを、唐突に背後で始まった同士討ちに巻き込まれ、左腕を切断寸前まで深く傷つけられて銃を握っていられなくなった。
 やはり、再生は、速やかではない。
「ち……不便な……!」
 グウェイオンが轟と吼えた。
 その巨体が目の前から掻き消えたのは次の瞬間のことだった。
 跳んだのだと一瞬理解できなかったのは、シャノンがあまりにも深く傷つき、重いダメージを抱えていたからだろう。
 しまった、と思う暇もなかった。
 グウェイオンが地響きを立てて着地したのは、まさにシャノンの身体の上で、だった。前脚に押し倒され、腹部に圧迫されて、地面へと強烈な勢いで押し付けられる。
 めりめりという、いやな、鈍い音がした。
 身体が軋み、悲鳴を上げる。
 身体のどこかで、何かが砕ける感覚があった。
「がッ、は……!」
 死という言葉がちらりと意識をかすめた。
 死にたくない、死ねない、という思いがそれに重なる。
 ――自分が死を恐いと思う日が来るなんて、シャノンは予想もしていなかった。

 タスクは自分の腹部から槍先が生えたのを呆然と見下ろしていた。
 剣を手にした歩兵たち数人と、自由の利かない左腕に苦労しながら渡り合っていたときだった。
 背後で膨れ上がった殺気に――マイネの警告に反応するよりも速く、背後から槍を突き入れられたのだ。咄嗟に、ごくごくわずかに身体を捻ったお陰で、重要な臓器を破壊されるには至らなかったが、傷は浅くなく、槍を引き抜かれたあとの傷口からは、生々しい色をした腸が覗いていた。
「ぅあ、あぁ……!」
 吐き気と血の臭いとが同時に襲ってくる。
 そこを、背後から更に斬りつけられ、
「ぁぐ……ッ!」
 前のめりに倒れかけたところを蹴り飛ばされた。
 タスクはなすすべもなく吹っ飛び、滑稽ですらあるほどの勢いで転がって、砂と泥と血に塗れた姿で地面に横たわった。
 自分の身体のあちこちから、熱いものが流れ出してゆくのが判る。
 身体が冷えてゆく。
 マイネが悲痛な、絶叫めいた声で自分を呼ぶのが聞こえた。
 ここで終わるのかと、ぼんやりと思った。
 脳裏を、たくさんの記憶が巡る。
 ――あふれた涙が、目尻を伝って地面へと滴り落ちていった。

 槍兵によって包囲されたクハイレは、すでに、身体のあちこちに槍を受けていた。
 引き抜かれる前に身をよじり、攻撃に転じた所為で柄が折れ、彼女の身体の中には、四本もの刃先が残ったままになっているが、クハイレはそんなことには頓着していなかった。
 血の臭いが彼女の野性を高揚させ、痛みや恐怖を払拭するほど興奮させる。
 クハイレは銀色の毛皮がべっとりと汚れるほど出血していたが、身体のあちこちを裂かれ、血を吐きながらも、彼女は兵士たちを食い殺し続けた。
 だが、ダメージが蓄積されていることは確かで、次の瞬間突っ込んで来た巨体の一撃を踏ん張って堪えることも出来ず、クハイレは弾き飛ばされ、地面へ叩きつけられる。
 ギャン、という鳴き声が漏れた。
 視界の先には、同じく、血に酔ってぎらぎらと輝く目をしたグウェイオン。
 彼はまだ、傷ひとつ負ってはいない。
 ――そのとき胸中に去来したものが、絶望だったのか歓喜だったのか、彼女にすら判らない。

 白亜は自分の放った幻によって混乱を極める戦場のさなかで、その混乱に巻き込まれて幾つもの刃を身に受けていた。
 なにごとかを喚きながら突っ込んで来た兵士の剣が脇腹をかすり、わずかによろめいた右大腿に槍の穂先が突き刺さる。
「ッ……」
 咄嗟に槍の柄を折って自由になり、後方へ跳んで逃れたが、穂先は大腿骨の半ばまでめり込むほど深く身体に埋め込まれてしまっていた。引き抜くと同時に大量の血があふれ、身体が冷えてゆくような感覚に膝が折れそうになる。
「ああ……あの時も、こんな感じ、だったな……」
 しかし、白亜の心は凪いでいた。
 死にたくないと、もう少しあの町にいたいという思いならばある。
 どうにかしてこの世界に生き延びて欲しいという思いもある。
 しかし、この期に及んで思い出すのは、あの最期の日の戦いだ。
 悲痛な決意でもって臨んだあの日の、血と絶叫と慟哭と怒号に満ちた戦場が脳裏をよぎる。
 あの地獄を経験した自分が、今更何を恐れればいいのか、白亜には判らない。
 槍兵たちが、包囲の輪を縮めてくる。
 白亜は微笑み、一歩踏み出した。
 ――せめて、後悔だけはせぬように、と、思う。



 戦場は混乱を極めていた。
 極めながらも、十人と一頭の決死の――必死の覚悟を含んだ攻撃によって、少しずつ、ダイ・ラ・ナフカ側の兵士たちは数を減らしていった。
 特に、グウェイオンがすべて駆逐されたことは大きかった。
 彼らは黒々とした骸を血まみれの大地に横たえたあと、ゆっくりとフィルムに戻って行った。
 しかし、それでもまだ幕切れにはほど遠く、エルクレイネア側の人々は痛む身体に鞭打って剣を、拳を揮い続けるしかなかった。
 戦いが始まってから、一体、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
 しかし、無論、その場において、時間など無意味な単位、区切りでしかなかった。
「くそ、いつまで……」
 四方八方がいつまで経っても敵兵で埋められたこの状態に、思わずこぼしかけたタスクは、言葉の続きを飲み込んだ。
 唐突に、さっと視界が晴れたのだ。
 何故かと言えば、歩兵たちが彼らの周囲から撤退し、同時に、逃れられぬように少し離れた場所から十人と一頭を包囲したからだ。
 そして、何が起きたのかと訝る彼らを威圧するように響いたのは、激しい地鳴りの音だった。 
 ――百からなる騎馬兵たちが、月光と篝火に剣をぎらぎらと輝かせながら、鬨の声とともに、突入してくるのが見えた。
 最後の、必殺の、畳みかけるような攻勢。
 誰もが息を呑み、傷つき疲弊した身体で死を思った。
 しかし。
 満ちかけた絶望のさなか、ともすれば途切れそうになる呼吸をつなぎながら、必死で『それ』を探していた理月の目に、捜し求めるものが映ったのも、そのときだった。
「見つ、けた……!」
 白銀の目が、ぎらりと戦意をはらむ。



 7.白銀、約束を果たす

「協力、してくれ、ブラックウッドさん!」
 残った力を振り絞って上げた声は、隣で――背後で、理月を気遣いながら戦っていたブラックウッドだけではなく、奇しくも、まるで絆か運命のように近場にいた仲間たち全員に届いた。
「あの騎馬兵を超えて、向こう側に行きてぇんだ」
「何故だね?」
「果たすべき仕事があるからだ」
「それは、この戦いを終わらせるに足る力となり得るかい?」
「どう、だろ……。確かじゃねぇけど、でも、足しにはなるんじゃねぇかな」
「……そうか」
 理月の物言いは今ひとつ要領を得なかったが、汚れ傷ついた身体を引きずって集まった仲間たちは、互いに顔を見合わせたあと頷いた。
 ――他になすすべがない、というのもまた事実だった。
「判った。最後の一仕事ということかな……なら、力を振り絞るとしよう」
 琥礼は血と泥に塗れた顔を拭いながら二刀を握り直し、
「いいだろう……どうせ、惜しんだところで勝てぬ戦いだ。お前の言葉に賭けてみよう」
 シャノンは残り少なくなった弾丸を装填しながらかすかに笑い、ぶるりと身体を震わせて血と泥を払い落としたクハイレは、同意を示すように低い唸り声を上げてみせた。
「ならば……これを、最後と」
 白い美貌に黒く乾いた血をこびりつかせた壮絶な姿で、場違いなほど静かに白亜が微笑み、
「俺は……まだ、死ねないから。帰らなくちゃいけないから。だから、死力を尽くすよ」
 涙の跡を隠すことなく、タスクはぎゅっと瞑目し、絶望と恐怖に倍する覚悟を浮かべてみせた。
「ならば手向けだ、受け取れ」
 あちこちから血を流しつつも、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべた真禮が血に汚れた手を掲げると、そこから小さな青白い光が浮かび上がり、皆を包み込む。
 その光は、彼らの傷をわずかなりと癒し、血を止めた。
「そうだな……俺も、贈るとしようか」
 つぶやき、ベルゼブルが指先を宙に滑らせる。
 不思議な光文字が浮かび上がり、くるりと宙を一回転すると、それもまた仲間たちの中へと染み込んで行った。光文字は、未だ熱を持つ傷の痛みを一時なりと遠ざけ、彼らの身体を軽くする。
「……さすがは魔王陛下謹製の結界空間、いつもほどは効かんな」
 ベルゼブルはそう苦笑したが、彼らには充分だった。
 今この時、この一瞬にすべてを賭けるしかない彼らには。
「オルトロス、もう少し、頑張ってくれよ」
 あちこちから血を噴きこぼしたままの唯瑞貴が、グウェイオンとの殺し合いで傷ついた――結局、十頭いたグウェイオンの半分以上を屠ったのが彼だった――オルトロスの双頭を撫でて言うと、忠実なる巨犬は赤光のごとき目を細めて咽喉を鳴らし、蛇の尻尾を千切れんばかりに振った。まだやれる、と、言っているらしかった。
 そうこうしている内に、地響きを立てて騎兵部隊が突っ込んでくる。
 全員が悲壮なまでに表情を引き締め、身構え――そして、最後の力を振り絞って走り出した。
 轟々と風が啼いた。
「来たれ清霊――我が内に宿れ」
 騎兵部隊に向かって突っ込みながら、琥礼は印を切り、清霊と呼ばれる存在を我が身に顕現させた。
 ここが、魔王が創り出した空間だからだろうか。いつもより強い、清浄だが激烈な力が身体の中を駆け巡り、
「……ッ」
 弱った肉体をかき回すのが感じられたが、何もせぬままでいても、どうせ死ぬだけだ。死を恐れ痛みを厭って、何も出来ぬままで最期を迎えるなどという醜悪な終わり方を、武人として、受け入れるわけには行かない。
 ゴウ、と、彼の身体から凛冽な風が吹き上がり、琥礼の身体能力を、限界を超えて更に高めた。
 いつの間にか、琥礼の双眸は鮮やかな碧に染まっている。
「……やるべきことを、やろう」
 それが彼の誇りだ。
 たとえ、闇に生き、泥の中に死ぬが定めだとしても。
「ぅお、お、おおぉッ!」
 騎馬兵の進路を見定め、すれ違いざま、裂帛の気合とともに桐炬狗を一閃させる。
 これまでに数多の死地を潜り抜けてきた無二の戦友は、此度も琥礼を裏切ることなく、まるで一条の光のように閃いて、騎兵と馬とを、一刀のもとに真っ二つに断ち切った。
 血泡を吹きながら人と馬とが地面に崩れ落ち、フィルムに変わる。
 それを見届ける間もなく、琥礼は更なる死地へと駆け込んでゆく。
 人馬が入り乱れる混乱の中へと。
 蹄が大地を踏みしめる、雷鳴のような音が周囲を満たしていた。
「今度は、外さん」
 シャノンは、疼く身体に鞭打って、それでも冷静に状況を見定めていた。
 弾丸の残りはあともうわずかだ。
 その一発も無駄には出来ないという思いを込めてつぶやき、シャノンは愛銃FN Five-seveNのグリップを握り締めた。
 そして、騎馬の波の間に出来たほんのわずかな隙間へと身体を滑り込ませ、馬体に……馬影に己が身を隠すように、身を潜め、気配を殺して走りながら、騎兵たちが気づかぬ間に、次々と引鉄を引く。
 轟音とともに、騎兵たちが馬上から転がり落ち、フィルムへと姿を変えてゆく。
 それと同時に、今まで聞いたこともないような大きな音に驚いて、主人を振り落として逃げた馬がいたことは僥倖だった。
 騎兵の真髄はやはり馬あってこそ発揮される。
 馬から下りてしまえば、騎兵はただの歩兵、もしくはそれ以下に過ぎない。
 シャノンは馬を喪って怯む彼らを絶妙の足技で蹴倒し、なおも向かってくるものには容赦なく弾丸を食らわせながら、徐々に戦場の深部へと踏み込んでいった。
 騎兵の数は、少しずつではあるが減って来ている。
 決死の覚悟が人間をこれほど強くするのだと、彼ら自身が驚いていた。
(ふむ)
 クハイレは、実を言うと、愉快な気持ちでいっぱいだった。
 否、愉快な、という表現には語弊があるかもしれない。
 満身創痍のこの状況で、未だ先の見えないこの戦局において、愉快だなどといっている余裕が正直あるはずもないのだが、言うなれば、そう、彼女は満足していた。
(長生きは、してみるものよな)
 ちっぽけな、人間という生き物が、まさかここまでやるとは思ってもみなかったのだ。強大な魔としての名をほしいままにした彼女を、ここまで追い詰めるものがいるとは思ってもみなかったのだ。
 同じく狩る者として、クハイレはそれを純粋に賞賛し、感嘆する。
 そして、己もまたかくあらんとするのだ。
 強靭にして無慈悲な狩手たらんと。
(さて……踊るとしようか、木の葉のごとくに)
 彼女は咽喉の奥で機嫌のいい唸り声を転がし、そして攻撃に転ずる。
 すでに血で赤く染まった大きな牙が、暗闇の中、おどろおどろしく浮かび上がった。
 騎馬部隊に頭から勢いよく突っ込み、そのうちの一頭に跳びかかったクハイレの巨体が、憐れな一頭を地面に押し倒し、その咽喉笛を食い破る。不幸にもクハイレの下敷きになり、その脚に踏み躙られた騎兵は、ほぼ全身の骨を砕かれて即死していた。
 高らかな咆哮を響かせ、クハイレは次なる獲物を狙う。
 ――獣の本能そのままに。
 誰もが、これを最後と、何が何でもここを切り抜けるしかないのだと理解して戦っていた。
 タスクは再度マイネを憑依させて最大限まで身体能力を上げ、騎馬と騎馬の間を飛ぶように駆け抜けながら剣を揮って馬を驚かせ、この場から追い払っていた。
 馬には罪がないから、とはこんな場面でも甘さを、優しさを捨てきれないタスクの弁だが、事実その方法は有意義だった。
 驚いて立ち上がり、仰け反った馬を落ち着かせようと騎兵たちは右往左往せざるを得なくなり、戦いどころではなくなってゆく。
 黒髪を翻して密集する騎馬の間をすり抜けた白亜が、目にも留まらぬ速さで騎兵たちを馬から落としてゆき、そのあと、馬に恐ろしい獣の幻を見せて追い払う。
 恐慌状態に陥った馬たちはつい先刻まで主人であった人間を踏み躙り、散り散りに逃げ去っていった。
 騎馬部隊が崩れたことを理解して、平原を包囲していた残りの兵士たちが色をなし、再度得物を構えた。
 そして彼らが再び突入の姿勢を取った、そのとき。
「……頃合い、かな」
 響くのは、そう、
「さあ……では、繰り糸を引くとしようか」
 こんな場面でも悠然とした、艶やかなるベルベット・ヴォイス。
 未だ頭部を欠けさせたままのブラックウッドが、数万の観客が息を呑んで見守る大コンサートホールの指揮者さながらに手を掲げ、優雅に一振りした。
 舞うように、謳うように、語りかけるように。
 そして。
 ――ようやく、種は発芽する。
 ブラックウッドが密かに蒔き、潜ませていた、屍鬼という名の芽が。
 それは、エルクレイネアのにわか神威騎士たちを離れた場所から包囲していた兵士たちの、すでに初めの頃の半分まで数を減らしたその中に、ひっそりと……そして激烈に芽吹いた。
 強靭にして無慈悲なる死者の軍団は、いつの間にか五十という数になって、ブラックウッドが繰り糸を引くと同時に身の毛もよだつような方向を上げ、かつての同胞であったダイ・ラ・ナフカの兵士たちに襲いかかった。

「う、わ、ああああああぁッ!?」

 絶叫があちこちから上がる。
 咽喉笛を食い破られ、首筋に喰らいつかれた兵士たちが、驚愕と恐怖が相半ばした悲鳴を上げるのが聞こえた。
 味方だと信じていた人間がいつの間にか化け物になり、自分たちを襲うというその衝撃、恐ろしさ。
 ましてやここに吸血鬼に関する知識はなく、兵士たちは目に見えて崩れた。
 未だ分厚かった人の壁が、ぐらりと、傾いだ。
 ブラックウッドは満足げに微笑み、理月を促す。
「行きたまえ――君の思うように」
 理月は頷き、走り出した。
 その前に、他のメンバーたちで抑え切れなかった騎馬兵が数騎、迫った。
 そのうちの一騎は理月が自ら斬り伏せ、三騎はブラックウッドに操られた屍鬼たちが我が身をぶつけることで止め、一騎は真禮が、最後の一騎は唯瑞貴が止めた。
 ――だが、まだ、騎兵たちは残っている。
 単身、陣を抜けてゆけば、追われることは目に見えていた。
「オルトロス、頼むッ!」
 高く跳躍した唯瑞貴が、騎兵のひとりを斬り落としながら叫ぶと、その言葉に一鳴きし、オルトロスが理月の隣に並ぶ。
 四つの目に乗れ、と言われ、理月は血に汚れてごわごわになった毛皮を掴んでその背に飛び乗った。振り落とされぬよう、身を低くしてその大きな背中にしがみつく。
「このまま真っ直ぐ、進んでくれ」
 理月の視線の先には、何故か、この激戦、混戦のさなかにあっても動かない一団がある。
 彼らは混乱を極める戦場にひどく悲痛な表情をし、自分たちもまたそこで同胞たちとともに戦いたいと思っているようだったが、しかし、どれだけ気持ちが逸ろうとも、どうあってもその場から動くことは出来ないようでもあった。
 彼らが動けぬ理由は簡単だ。
 何故ならば、二十数名の兵士からなる円状の守りの、その中には。
「……見つけたぞ、イィレク・フロウ……!」
 この戦いの元凶となった、ダイ・ラ・ナフカ帝国元首、イィレク・フロウ=テオダナの姿があったからだ。
 ウェル・ライラが言った通りの風貌、禿げ上がって脂ぎった精力的な顔と、きらきらしい衣装を身に着けた、元は軍人であったという恰幅のいい身体、自分以外の存在に価値を見出せない人間特有の鮫のような目をした、この戦いの勝利を疑いもしていない俗物は、悲惨な死の場面を見世物のように楽しむべく、わざわざ兵士たちに自分を護衛させてまでこの場に出向いていたのだ。
 豪奢な椅子と絨毯と酒器の類いを持ち込ませ、隣には愛妾を侍らせて、人々の死と慟哭を笑いながら見ているその様子に、理月は自分の『家族』に死を蒔いたのもまたあんな人間たちだったと、胸中に怒りの炎を燃やした。
 だが、人の命を軽々と扱える人間ならばここに来ているだろう、その驕慢さでもってこの死の遊戯を見ているだろうという理月の考えは正しかったし、そしてエルクレイネアにとって幸運だった。
 少なくとも、銀幕市でのエルクレイネアにとっては。
 オルトロスに乗って突っ込んでくる理月に気づいた護衛兵たちが、さっと顔を強張らせて身構えたが、大地が震えるような声でオルトロスの双頭が咆哮すると、彼らは目に見えて怯んだ。
 イィレク・フロウなど腰を抜かしている。
「……退いてくれ」
 オルトロスの背から降り、『白竜王』を手にした姿で理月は言った。
 兵士たちが、訝しげに彼を見る。
「な、なんだ、貴様は……」
 逃げようともがく愛妾の背に隠れようと、巨体をみっともなく縮こまらせながらイィレク・フロウが言う。
 理月はかすかに笑い、刀を構えた。
「俺は理月、“黒暁”理月。エルクレイネアの巫女姫、ウェル・ライラの命によりあんたを狩りに来た」
「な……!」
 仮にも元軍人、理月の技量は判るのだろう、イィレク・フロウの脂ぎった顔に蒼白が差した。イィレク・フロウの狼狽と、『白竜王』の輝きに怯えて、肌をあらわにした愛妾が金切り声を上げる。
「神聖国家の象徴姫が、俺を!? 馬鹿な……それは、巫女姫自身の神性を損ねる愚行だぞ!」
「はッ」
 あり得ないという驚愕をありありと貼り付けて喚く元首に、理月は冷たい笑いを向けた。
「あんたの欲が始めたいくさだろ? 姫さんは国と民と自分の大事なもんを何が何でも守りてぇんだと。それが姫さんの欲なんだと。その欲によって自分が狩られるってことも、判れよ」
「だがッ、エルクレイネアの聖姫が、そのような……」
「ここは銀幕市だぜ? もう判ってるだろ、今のてめぇが、故郷にいたときと同じようではいられねぇってことも」
 理月は深呼吸をし、痛みを脳裏から振り払うように『白竜王』を掲げた。
 たとえここで自分が死んででもこの男を討ち取る。
 それが、理月がウェル・ライラに命じさせたことだった。
 優しい姫は、敵であれ命を奪わねばならないことを哀しんだが、願いのためにはどうしても犠牲が出ること、その犠牲の上に幸せや欲が成り立つのだということを理解し、納得して、罪はすべて自分が負うからと、理月にイィレク・フロウの殺害を依頼した。
 姫君は、イィレク・フロウという人間の命を犠牲にして、エルクレイネアを存続させる道を選んだのだ。
「き、貴様らッ、俺を守れ!」
 イィレク・フロウの叱責に、護衛兵たちは一歩前へ出かけたが、しかし、
「こいつが死ねば、いくさは終わるんだぜ?」
 理月のその言葉に足を止めた。
「な、」
「ここはてめぇの世界じゃねぇんだ、銀幕市なんだよ。故郷みてぇに何もかもが思い通りにいかねぇってわけじゃねぇんだ。少なくとも、こいつさえ死ねば、この無意味な戦いは終わるし、これ以上の無体を働かれることもなくなるんだ。この町でなら、やれることがたくさんある」
「こいつの甘言にたぶらかされるな! 俺がいなくなれば、ダイ・ラ・ナフカは、」
「てめぇが思ってるほど大事じゃねぇもんさ、為政者なんて」
 理月はまた一歩踏み込んだ。
 イィレク・フロウはますます蒼白になり、そして兵士たちは、
「……それでいい」
 動かなかった。
「貴様らッ、そんなことが許されると……ッ!」
「うるせぇよ」
 吐き捨て、理月は、『白竜王』の切っ先をイィレク・フロウの腹に突き入れた。
 鋭利で強靭な刃は大した苦労もなく彼のでっぷりとした肉の中に深々と収まり、臓器を破壊してゆく。
「っが……ぎゃあぁッ!」
 聞き苦しい悲鳴とともに、元首が手足を痙攣させる。
 肉と脂肪のぶよりとした手応えを感じつつ、即死はしないが致命傷は免れない程度に傷口を抉り、『白竜王』を引き抜く。
 黒い血が、どろりと流れ出した。
「ぁぐ……が、っは……」
 びくびくと数度身体を震わせて、イィレク・フロウは豪奢な絨毯の上に倒れ込んだ。
 つい先刻まで彼の隣に侍っていた美しい女の目が極限まで見開かれ、

「きャアああァアアああアァ――――ッッ!!」

 その咽喉から、辺りを震わせるような絶叫が響き渡る。
 調子の外れた女の金切り声は平原を吹き渡り、あまりに場違いな声に一瞬、ほんの一瞬沈黙が落ち、兵士たちの視線が、傲岸で尊大な元首の御座す場所へと集まった。
 それを見計らって、オルトロスが、死に瀕して横たわるイィレク・フロウの脚を咥(くわ)え、ずるりと引きずった。
 そのまま、硬い平原の真ん中を、彼の巨体を引きずって歩いてゆく。
 それを目にして、兵士たちが息を呑んだ。
 がふっ、と、死に逝く元首が血を吐く。
「た、のむ、……す、け……」
 目から絶望の涙がこぼれ、何かを哀願するかのように、手は空しく宙を掻いたが、誰も、――そう、誰も、手を差し伸べなかった。
 イィレク・フロウを無造作に引きずったオルトロスと、彼の隣に並んだ理月が平原の真ん中を進むたびに、ゆっくりと、潮が引くように、戦場の熱気が収束してゆく。
 誰もが、横暴な為政者の最期を知って、これ以上戦うことの無意味、無意義、虚しさに思い至ったようだった。
 それに気づいたブラックウッドが、静かな微笑とともに繰り糸を切った。
 今ようやく己の死に気づいたかのように、屍鬼となった人々が倒れ伏し、そしてフィルムへと我が身を転じてゆく。
 生き残った人々は、どうとも表現できない複雑な表情をしたあと、自ら武器を捨てた。
「……お帰り、理月君」
 ようやく頭部の再生が終わりかけ、人間らしい姿に戻ったブラックウッドが艶然と微笑んで言えば、
「ああ……ただいま」
 理月は少し照れくさげに笑ってそう返した。
「お手柄じゃないか、理月。姫君と話していたのは、このことか」
 頬の血を拭い、銃をホルスターに戻しながらシャノンが理月の肩を叩き、琥礼は茶色に戻った目を細めて平原を見遣る。
「……しかし、お陰でいくさは終わりだ」
「そうだな、琥礼。……よかった、映画と同じ最後にならずにすんで」
 タスクは心の底からの思いを込めて胸を撫で下ろし、クハイレは咽喉を鳴らして毛繕いを始めていた。
「しかし、皆、満身創痍だ。あと少し長引いたら、危なかった」
 未だ穴だらけの身体を気にすることなく白亜が言うと、誰ともなくかすかな笑い声が漏れた。
「でも、生きてる」
 タスクのそのつぶやきは、この場にいた全員の思いを代弁していたことだろう。
 オルトロスの足元で、イィレク・フロウがフィルムへ戻ったのはその一瞬あとのことだった。
 誰もが――そう、ダイ・ラ・ナフカの兵士たちさえもが――安堵の息を吐き、そして、生き延びた己の幸運を思った。

 ――気づけば、地平の向こう側からは、もう、明るい太陽が顔を覗かせようとしていた。



 8.大団円 ――パンの香り、兆す光。

 満身創痍、傷だらけのままで、十人と一頭が、ウェル・ライラの御座す居城、白蓮城へ戻ったのは、そこから三十分後のことだった。
 謁見の間へと、足を引きずるように歩きながら、
「……そういえば」
 ふと気づいたようにシャノンがつぶやく。
「確か、映画では、ここの神官が邪魔をして、その所為で神威騎士たちは全滅するんじゃなかったのか? 何か仕掛けてくるのかと思ったが、なかったな」
「そんなことしたら自分たちの国が危ないって、思い留まってくれた……んじゃ、ないだろうな、やっぱり」
「タスク様は善人であらせられますね。人の中にある光を信じておられる」
「や、クハイレさん、そんなこと言われたら恥ずかしいけどさ。でも……そうだったらいいなって、思うだろ?」
「さて……私は獣でございますれば。しかし、何故、ヒトの愚かさを余すところなく体現したかのような神官たちが、邪魔を思い留まったのでございましょう?」
 人の姿に戻り、少し身を清めて、いつも通りの衣装、いわゆるメイド服に着替えたクハイレがかすかに首を傾げる。
「ああ、そのことか」
 答えを寄越したのは、白亜だ。
「どうせ何か仕掛けてくるだろうと思ったから、下手に手を出されないよう、避難と称して小部屋に押し込め、『出口が永遠に見つからない』幻を見せておいた」
 線の細い、少女と見紛う美形一角鬼の口からさらりとそんな言葉が出て、一同、思わず言葉を喪う。
「それって結構怖い幻なんじゃ……?」
 タスクが恐る恐る問うと、白亜は薄紅色の唇にわずかな笑みを刷き、
「我々も、姫も、怖い思いをした。彼らにも、恐怖の何たるかを味わってもらっても、罰は当たらないと思う」
 淡々とそう言い切った。
「……白亜って、敵に回すと怖ぇタイプだよな」
 理月がぼそりとこぼす。
 彼はさすがに出血しすぎており、自力で歩き続けることが辛くなって、ブラックウッドに肩を貸してもらっていたが、正直これも別の意味で危険なんじゃ、などと内心で思っていた。――ブラックウッドには内緒だが。
 白亜は理月の言葉にうっすらと笑ったけれど、否定も肯定もしなかった。
「とりあえず、戦いも終わったことだから、彼らを解放してくる」
 白亜はそう言って、謁見の間から少し離れた小部屋へと入っていった。
 残りの面々は、大層恐ろしい、心細い思いをしているだろう姫君を一刻も早く安心させて差し上げるべく、足早に――とはいえ満身創痍状態での『足早』なので、大して速いことはなかったが――謁見の間へと足を踏み入れる。
「ああ……皆様!」
 かかったのは、涙声だった。
 ウェル・ライラは悲壮な、しかし同時に歓喜に満ちた表情で、その場にひざまずいた。感謝と歓喜に濡れるオパールの双眸は、思わず虜になってしまいそうなほどに美しい。
「隣人にこのような痛みを強いるわたくしをお赦しになって……!」
 嗚咽めいた言葉に、誰もが顔を見合わせ、笑顔で首を横に振った。
「その隣人のために力を尽くすことを、厭おうとは思わない」
 姫君の手を取って立ち上がらせながら、生真面目に返したのは琥礼だ。
「まぁ、生きて帰れたしな。問題はないだろう」
 シャノンはかすかに肩をすくめてみせた。
 他の面々にも異存はなく、皆が頷く。
 ウェル・ライラが再度、涙を滲ませながら深々と一礼した。
 ――そのとき、クハイレとオルトロスが、同時に扉の向こうを見遣った。
 足音が近づいてくる、皆がそう思ったとき、大きな音を立てて扉が開いた。
「姫様ッ!」
 濃紺のマントを翻し、息せき切って飛び込んできたのは、金の目に赤い髪をした、優しさと誠実さを併せ持った印象の若い男だった。彼が身にまとうその雰囲気は神々しく、同時に強靭で、清冽だ。
 彼を目にしたウェル・ライラの白い美貌が喜色に輝く。
「ああ……レニ・オルダ! あなたも実体化したのですね!」
 オパールの双眸に宿る感情が、ただの守り手に向けるものにしては愛しさに満ち溢れていることは、この場にいた誰もが感じていたし、美しく理知的な姫君のこんな可愛らしい情熱をくすぐったく思ってもいた。
 姫君に、歓喜の涙に輝く目を向けられた青年、レニ・オルダと呼ばれた彼は、唐突に、何も言わずにウェル・ライラを抱き締めた。
 最期まで清い関係で通したはずのふたりだ、映画内ではこんなシーンはなかったはずで、ウェル・ライラが驚きと羞恥に目を見開く。
 けれど彼女は、レニ・オルダを振りほどこうとはしなかった。
「レニ……?」
「この大事にお傍を離れた私をお許しください」
「いいえ……だって、こうして戻ってきてくれたのですもの」
「銀幕市の方々には、多大なご迷惑をおかけしてしまいました」
「そうですね……少しずつ、お返ししていきましょう。それよりもレニ、あなたは今まで何をしていたのですか?」
「はい、私は不運にもここの外に実体化してしまい、町を彷徨っていたのですが、私を探しに来た『針』の長が教えてくれたのです。姫様とエルクレイネアが危ないと」
「『針』が……そうだったのですか」
「そして、ここまで私を案内してくれました」
 ようやくウェル・ライラを離し、その白い頬を両手で包み込むように覗き込んでレニ・オルダが言う。
 映画内では、神威騎士たちが全滅する原因となった『針』たちだが、どうやらこの町でも暗殺を命じられた彼らは、しかし、自分が銀幕市という自由な場所に実体化したことを知り、また、自分たちの行為がこの小さな世界を滅ぼしてしまいかねないことをも知るに至って、レニ・オルダ及びウェル・ライラの味方に転じたものであるらしかった。
「他の、神威騎士たちは?」
「まだ、判りません。ですが、今、『針』たちが探してくれています」
「そう……ですか……」
 ウェル・ライラの声には紛れもない安堵が含まれていた。
 レニ・オルダがもう一度姫君を抱き締める。
「……レニ」
 ここが故郷の世界ではないことを知ってか、ウェル・ライラは目元を薔薇色に染め、幸せそうに微笑んで、彼の背中に手を回した。
「たとえこれが一時の幻であろうとも。姫……ウェル・ライラ。こうしてあなたを抱き締めることが私の願いだった」
「わたくしも、あなたに抱き締められることが、願いでした。今、この世界でだけは、赦されるかしら。あなたを愛しても……一番に想っても、赦されるかしら」
「――……はい」
 皆が目を細めて――タスクとその背後に浮かんでいるマイネはちょっと泣きそうだ――それを見守り、この銀幕市だけではあれ成就した思いを言葉なく祝福していた、そのとき、
「うう……何なのだ、何だったのだ、あれは……」
「に、二度と太陽の光を拝めぬかと。あのような恐ろしい思い、生まれて初めてだ」
「心臓が止まるかと思うた、もう二度とごめんだ……!」
 間抜けな泣き言が聞こえてきた。
 ようやく白亜の幻から開放された十二人の神官たちが、よほど恐ろしい目に遭ったのか、情けないことに全員泣きべそをかきながら、白亜に連れられて謁見の間へと入ってきたのだ。
 そして、抱き合うふたりを見て目を白黒させ、何かを――恐らく文句や諌言や讒言の類いだろう――言おうとしたが、しかし開きかけた彼らの口は、白亜が彼らをちらりと無表情に一瞥しただけでしおしおと閉じてしまった。
 白亜に対してよほど恐ろしい感情を抱かされたらしい。
 夜中いっぱい部屋に閉じ込められ、恐ろしい幻を見せられて逃げ惑いでもしたからか、床にへたりこんでしまった神官たちの腹が盛大に鳴った。
 間抜けな、しかし生きた音だ。
 同時に、激戦を戦い抜いてきた面々も、この怪我にも関わらず、自分がかなり空腹だということに気づく。
「そうだよ、ここは銀幕市なんだから!」
 タスクは晴れやかに、満面の笑顔を浮かべて両手を打ち鳴らすと、盛大にロケーションエリアを展開した。
 瀟洒なデザインの城が、今ばかりは、様々な種類のパンがところ狭しと並ぶパン屋に変わる。
 ふかふかの、熱々のパンが、その香ばしく甘くやわらかい香りが、皆の胃の腑を刺激する。
 巫女姫と神威騎士は不思議そうに周囲を見渡したあと、楽しそうに――どこか無邪気な笑みを交し合い、神官たちはごくりと咽喉を鳴らしてパンの山を見上げた。
 タスクの闊達な声が、明るいパン屋さんフィールドに響き渡る。
「色々あると思うよ、映画とこことじゃ、色んなことが違うから。でも、せっかく銀幕市に実体化できたんだ、映画通りに何もかもが進まなきゃいけない、なんてことは絶対にないよな?」
 タスクが、ロールパンやクロワッサン、アンパンやクリームパン、卵やチーズやハムがたっぷり入ったサンドウィッチ、揚げたドーナツに蜂蜜パンにレモン風味のブリオッシュ、パリッとした塩パンなどを次々と神官たちに手渡しながらきっぱり言うと、咄嗟に受け取ってしまった熱々のパンを手に、神官たちは珍妙な顔でお互いに見つめあい、うなだれた。
「だから、話して行こう。姫様とレニは幸せになればいい。でも、この国だって、ダイ・ラ・ナフカの人たちだって幸せであればいい。神官さんたちだって、幸せじゃなきゃいけない。だから、話そう。美味いパンを食べながら」
 タスクらしい物言いに、くすくす笑った銀幕市民たちが、次々と目当てのパンを手に取った。
「大丈夫だって、美味いパンを食べて、満腹になったら、きっといい方法が浮かぶよ。全部巧くいく」
 タスクは特大のイチゴとカスタードクリームが乗ったデニッシュを手に、確信を込めて断言した。
「絶対に、巧くいくよ」
 タスクの真っ直ぐな、裏表のない言葉に、――自分たちをも気遣う彼の善意に、神官たちがぎこちなく笑うのが見えた。
 勿論、何十年も国の頂上に君臨してきた老人たちだ、すぐに、完全に変われるはずもなく、きっとわだかまりはまだあっただろうが、少なくとも彼らは銀幕市に生きるべき自分たちと、銀幕市に住まうたくさんの人々の、不思議な力と善意とを感じ取ったはずだった。
 それは確かな、一歩と言うべき変化だっただろう。
 ウェル・ライラが無垢に笑み崩れ、レニ・オルダはそんな姫君をきつく抱き締め、彼女の額に親愛を込めて口づけた。くすぐったげに笑ったウェル・ライラが、レニ・オルダを強く強く抱き締める。
 死地を潜り抜けてこの国に明日をもたらしたにわか神威騎士たちは笑い声と歓声を上げ、祝福の拍手を贈る。

 ――誰もが、傷の痛みも疲労も忘れ、今はその、兆した光を喜び、その喜びを分かち合える幸いをも喜んでいた。
 まぶしい太陽の光が、白蓮城を明るく照らし出している、そんな朝だった。

クリエイターコメント皆さん今晩は、シナリオのお届けにあがりました。

血みどろギリギリバトルと銘打ったこのシナリオ、プレイングによってはどこへも転がる可能性があったのですが、皆様の強く真摯なお心のお陰で、見事大団円を迎えることが出来ました。

無論問題は残されており、すべてが解決されたわけではありませんが、この銀幕市には様々な奇跡が存在し、いくつもの道があることもまた事実。
きっと彼らは、映画の中では見つけられなかったような結末を探し出し、幸せになることが出来るでしょう。

銀幕市の皆様には、その道筋を見守っていただければと思います。

それでは、素敵なプレイングをどうもありがとうございました。皆様のご活躍を楽しみ、またその結末と功績を讃えていただければ、幸いでございます。


では、また次なるシナリオでお会いしましょう。
公開日時2007-08-09(木) 23:40
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