★ 沈黙は金 ★
クリエイターリッキー2号(wsum2300)
管理番号107-6753 オファー日2009-02-20(金) 21:01
オファーPC エドガー・ウォレス(crww6933) ムービースター 男 47歳 DP警官
ゲストPC1 レオンハルト・ローゼンベルガー(cetw7859) ムービースター 男 36歳 DP警官
<ノベル>

 デスクの中身をすべてダンボール箱に移し替え、ふと顔をあげると、今日このときまでの同僚たちの視線に出くわした。
「なんて顔だ」
 エドガー・ウォレスは苦笑まじりに言う。
「今生の別れでもあるまいし」
 同僚たちはあいまいに笑い返して、もごもごと言い訳を言いながら、きまり悪そうに仕事に戻る。
 ある意味、今生の別れなのだ。かれらにしてみれば。
 エドガーは息をついた。
 彼がDPに異動になると聞いて、それまでの所属部署の仲間でおめでとうを言ってくれるものは一人もいなかった。
 あからさまに気の毒さを表明してくるものもいたし、急によそよそしくなったものもいる。
 残念なことではあるが、ことさら、かれらを恨んでも仕方がないとエドガーも思っていた。
 DPは単なるひとつの課とは意味が異なる。ただの人事異動とは言えないのだ。
 箱を持ち上げ、短く挨拶を言うと、エドガーは長年慣れ親しんだオフィスを後にした。誰も握手もハグももとめてこなかったのは、たぶん彼の両手がふさがっていたからだろう。
 向かった先は本日からの勤務先だ。
 前に一度訪れているはずなのに、エドガーは一度、道を間違えて人に尋ねなくてはならなかった。
 どうしてこんな、というような、建物の奥まった、わかりづらい場所に、DPのオフィスはある。しかも近づくにつれ、廊下には出しっぱなしの使用していないデスクが積まれてあったり、どこかの資料室からあふれてきたらしいダンボールに占領されていたりで道が狭くなっている。
 それらをすりぬけて行った先、蛍光灯の切れた暗い廊下のつきあたりに、「Division Psychic」というプレートのかかったドアがあった。
 ノックをするために荷物をひとまず置こうとしたが、それより早くドアが開いて中にひっぱりこまれた。
「ようこそ、エドガー。DPに歓迎しよう」
 荷物を取り上げられて、強く手を握られる。
 わっと集まってきたのは、年齢も人種も性別もバラバラの――、一見して警察とは思えない風体のものも含めた、大勢の人間たちだった。
 次々に自己紹介を受け、それに応えながら、用意されたデスクに案内される。
 いっせいに話しかけられて応えられないので苦笑する。 
 賑やかなところだ。
 ふと、そばのキャビネットをすり抜けてあらわれた男がいる。
 難しい顔をしてモニターをにらんでいる女のそばにはファイルや文房具が浮かんでいる。
 笑い合う男たちの頭上でパチパチと正体不明の火花が散る。
 そして――
「……」
 新しい同僚たちの向こうに、エドガーはひとりの男の姿を見た。
 エドガーを中心にした喧騒のなかで、その男の席のまわりだけ、しんとした張り詰めた空気が覆っているようだった。
 エドガーよりもいくぶん歳は若いだろうか。細面の、金髪の白人だった。
 きわめて静かに、手元の書類をめくっている。
 見覚えのある顔だ、と思った。
 瞬間――、男が書類から目をあげた。しかし、彼は無感動な一瞥をくれただけで、すぐまた自分の仕事へ戻る。
 エドガーと、レオンハルト・ローゼンベルガーとの、それが出会いだった。

 しかし厳密に言うならば。
 エドガーと、レオンハルトを「見覚えのある顔だ」と思ったことは間違いではなかったのだ。
「レオンハルト・ローゼンベルガーという男を?」
 エドガーが異動になって2週間、廊下ですれ違ったところを捕まえられた元同僚は、突然の問いに面食らいながらも、すぐに答を返してくれた。
「ああ、あのうす気味悪い、DPの?」
 言ってから、エドガーがそういう物言いを好まないと思いだしたのか、ばつが悪そうな顔で、
「同じ部署にいるのに、俺に聞かなくても」
 と言った。
「もっともだが、この2週間でした会話の総量は5秒くらいだ」
 エドガーが配属当初の訓練期間のためオフィスにあまりいつかないせいもあるが、挨拶にせよ何にせよ、レオンハルトはつねにそっけなく、そして寡黙だった。
「やつは昔からそうだぜ。ママのお腹の中に感情ってものを置いてきちまったのさ」
「どこかで会った気がするんだが」
「TVか新聞で見たんじゃないのか」
「というと? トークショウの司会には見えないが」
「面白すぎるジョークだ。やつは元弁護士だぜ」
「あ」
 フラッシュバックのように、甦る光景。
 胸のつかえがやっととれたようだった。ようやく思い出したのだ。
 青ざめた男の横顔――、ふるえて声も出せないでいる。検事も裁判官も、陪審員たちも……困惑と驚愕の表情でその場を見守っていた。水を打ったように静まり返った法廷の中に、淡々と響く声は、レオンハルトのそれだけだった。
 DPのオフィスでは寡黙な男と思っていたが、そうではない。不必要なことを話さないだけだ。レオンハルトが、その必要があって口を開くとき、その声は深く、低く、しかしよく通り、滑らかだが落ち着いた弁舌は鋭く論敵の矛盾に突き刺さり、誤謬を切り裂いていく。
 その様子を、エドガーは傍聴席から見ていたのだ。
 その裁判によって、ひとりの無実の被告人の冤罪が晴らされた。
 エドガーは正しきを守護する神の存在を思ったのを覚えている。だが、あの日、あの場所には、その神に選ばれた男がいたのだ。
 たしか当時、レオンハルトは大手のローファームに所属していたと思う。それでなくとも疑いもなく成功した弁護士だったはずだ。
 あれからずいぶん月日は経つが、その彼がなぜDPにいるのか。
 むろん、なんらかの能力を有しているからだろうし、DPの面々は、みな、それぞれの理由や経緯があって集まってきている連中だ。エドガーもまた、先に通常の警官としてスカウトされたという点では変わり種のケースだが、叩き上げの警察人というわけではなかった。
 けれども。
 エドガーは生じた疑問を、そっと胸に収めることにした。
 元同僚に礼を言って、廊下を急ぐ。
 それは聞かないほうがいい――と、なんとなく思ったのだ。いずれわかるときがくるだろう。その必要があるのなら、あの男は饒舌に口を開くのだから。 

 ★ ★ ★

 それからどれくらい月日が過ぎただろう。
 エドガーは訓練期間も過ぎ、DPの一員としての経験も順調に積んでいっていた。
 それは騒がしくも充実した日々で、もとの、一般の警察官として過ごした時間や、それ以前の会社員だったころの、何倍も濃密な時間だった。
 そんなある日のことだ。
 ふいに、レオンハルトと組んで任務を与えられたのは。

「あれが?」
「登記上はある企業の工場だ。2年前に所有が変わっている。今の持ち主はペーパーカンパニーだと判明した」
 車の中から、問題の場所を眺めるエドガーに、レオンハルトは説明した。
 もともと彼がひとりで担当していた案件の応援として、エドガーはつけられたということのようだ。レオンハルトは先行して、一人でできるだけのことはほぼやりとげてしまっていた。
「あそこで麻薬が製造されていると」
「それはまだ推定の域を出ない。しかし犯人グループの拠点のひとつであることは間違いないだろう。問題の薬品だが――」
「解析にとまどっているんだな」
 エドガーはファイルをめくる。科学捜査部門からのレポートだ。
「他の惑星からの密輸かな?」
「成分自体は地球上にある物質と判断して差し支えない」
 エドガーのジョークに何の反応も示さずにレオンハルトが言ったので、エドガーはコーヒーに逃げ場を求めるしかなかった。カプチーノのトールサイズはとっくに冷えていた。
「だが現在知られているいかなる製法でも、この薬品を再現することはできない。つまり製造工程で能力者の関与が疑われる」
「……なるほど」
「まずは能力者の存在を特定することが必要だ」
「塀の外で俺がアンチサイを展開しようか。それでこのヤクが出回らなくなればビンゴ」
「一案だが、君がこの場を動けなくなる。相手方に存在を知られれば危険もある」
 エドガーは肩をすくめた。
 レオンハルトと組むのは初めてだったが……、他のDP警官たちが――百戦錬磨のくせもの揃いの連中からして――レオンハルトの相棒になるのを渋っている理由がよくわかった。
「なら塀の中をのぞいてみるしかないな」
「多少のリスクはあるが、それがもっとも効率的と判断していい。用意は?」
「いつでも」
「では行こう」
 ふたりは車を下りた。

 アタッシュケースの中にはみっちり詰まった札束。
 男は頷くと、引き換えに別のカバンを差し出す。その中には、袋詰めの白い粉末が。
 金を差し出したほうは黒服の、いかにも暗黒街の人間といった風の男たちだった。相対する、薬を渡したほうは、これまた柄の悪い、鋲を打った革ジャンから刺青の入った腕を剥き出しにしたような、街の不良グループがそのまま大きくなったような一団である。
「おい。なんだこれは。足りないぞ」
 黒服のひとりが言った。
 工場の中は薄暗く、埃っぽかった。
 とうに廃工場になっていたところへ、不良グループめいた連中が、スプリングの飛び出たソファーやら、テーブルがわりのドラム缶やらを運びこんで根城にしているようだ。酒の空き瓶がずらりと並んでいる。
「値上げしたんでね。この額ならこれだけしか渡せない」
 にやにやしている不良グループたちを従えているのは、ソファーにふんぞりかえっている一人の男のようだ。
 一団のなかでも特に年若く見える男である。ひどく痩せていて、顔色が青白い。
「なんだと。話が違うぞ」
 黒服たちが気色ばむも、ソファーの男は薄い唇に笑みを浮かべただけだった。
「……値上げを思いついたのは今さっきだからね」
「貴様。俺達をバカにするのもいいかげんにしろ。ダウンタウンでこの薬をさばけるのは俺達だけだ」
「だから? この薬を作れるのは俺達――いや、俺だけだ。この俺、“ミスター・ケミカル”ただひとりさ」
 ゆらり、とソファーから立ち上がる。
「大人しく、これだけ持って帰るか……、もっと金を払うか……、選べ」
 その答えは、しかし黒服たちがいっせいに懐から拳銃をとりだすということだった。
「そっちこそ大人しく料金分の薬を出せ。今まで通りの額なら金は払ってやる」
「……品物で払ってもらうというのでもいいがね。たとえば、薬の原料とか」
 ミスター・ケミカルと名乗った男は動じた様子がない。
「原料?」
「ああ、そうだ。そういえば、この薬が何からできているか、話したことなかったかな?」
「おい、俺はそんな話をしているんじゃない」
「気にならないのか? 自分たちが扱っている商品の原料が」
「おまえ、いいかげんに――しない、と……いいかげぇん……にぃ……」
 黒服たちがはっと目を見開いた。
 男のろれつが回っていない。その目が、またたく間に光を失っていく。がくり、と男が膝をつくのに、黒服たちが吠えた。
「てめぇ、何をした!?」
「安心しなよ。いい夢を見ているだけさ。ハイなトリップ中」
 ケミカルは笑った。
 男は泡をふいているが、その表情は蕩けている。
「まさか――」
「エンドルフィン。脳内で分泌される快楽物質。こいつの原料さ」
 ケミカルはドラム缶を蹴り倒した。
 ごろり、と転がり出たのは死体だった。額から上の――頭蓋を取り外され、その中身がからっぽになった姿の!
 黒服たちが息を呑む。自分たちが取引し、商う薬が何からつくりだされていたかを知ったのだ。ケミカルのグループが、あちこちに隠していた武器を手にとる。釘バットにチェーンソー、それにくわえて、散弾銃や、マシンガンを持つものさえあった。みな一様に、目の焦点があやしい。
「そうさ。みんなとっくにイッちまってるよ。これが俺の能力だ。通常の数十倍の速度で相手の脳内で大量のエンドルフィンを生成させる。おまえたちも……味わってみるか……?」
 ケミカルのグループが黒服たちを取り囲む。
 だが、次の瞬間!
「!?」
 飛び込んできたのは、銀の稲妻。
「待て!」
 だれかが叫んだ。
 だれも反応できないうちに、2人が倒されていた。
 閃く刃――映画で観た、東洋のニンジャがもつような剣だ。それを手にしたひとりの男が、ケミカルに躍りかかる。
「ッ!」
 配下の男が釘バットを手にボスを守ろうとした。しかし、一刀のもとにバットはまっぷたつ。返す刀の峰打ちで意識を失う。
「なんだおまえ――」
 ケミカルが男を――むろんそれはエドガーだ――にらみつけた。その瞳があやしい輝きをおびたが、エドガーは次々遅いかかってくる敵を鬼神のごとくに葬り去って、その勢いがとどまることはない。ケミカルのかおに狼狽が走った。仲間が倒されていくからではない。
「なぜだ。俺の能力が……効いていない……?」
 そして、あぜんとしている、うしろの配下たちを怒鳴りつける。
「なにをしてるッ!」
 叱咤されて、一団の銃火器が、一斉にエドガーを狙った。
 瞬時に、状況を見て取るエドガー。
 飛び出してしまったのは、このままでは取引相手――むろんかれらも犯罪者であるが、だからこそ生きて捕捉しなければならない――が殺されると思ったからだ。
 今は、黒服たちはエドガーのうしろにいる。
 そしてそのエドガーへ向けて、銃が火を噴いた!
「……」
 襲ってきた衝撃は、銃弾によるものではなかった。
 突き飛ばされたのだ。
 呻きながら、身を起こし、エドガーは、おのれが蜂の巣にならなかったのは、彼を突き飛ばして割って入った人物がいたからだと知る。
 すなわち――、そこに立つ、レオンハルト・ローゼンベルガーが。
「レ、レオン……!」
 応えは、なかった。
 しかし、その長躯が倒れることもなかった。
 ケミカルの一団の、驚愕の眼差しをあびながら、彼は悠然と一歩を踏み出す。
 仕立ての良いスーツには無数に穴が開いているし、そこから見る間に血があふれて、シャツを染めていくのをエドガーは見た。しかしレオンハルトはその横顔に、微笑さえ浮かべていた。
 血染めのスーツも、みずからにふさわしい衣裳だといわんばかりに、どこか誇らしげにさえ見える。
 すっ――、と、レオンハルトは人さし指を立てた。
『見よ』
 低い声で言う。
(違う)
 わけもなく、エドガーは思った。
(あれはレオンじゃない)
 ぼっ、とレオンハルトの指先に火が灯った。
 蝋燭の火のような、小さな火だった。
『汝らを焼き尽くす地獄の業火を』
 伊達男が花でも投げるように、レオンハルトは手を振るった。ちいさな火種は、火矢となって宙空を奔り、ドラム缶の山を貫いた。
 轟音!
 肌を焼く熱気が、爆風とともにエドガーたちを呑む。
 なんらかの化学物質にでも引火したのだろうか、すさまじい火の手があがっていた。
 黒服たちが、ケミカルの一団が、蜘蛛の子を散らすように逃げだそうとする。
 レオンハルトの、炎に照らされたおもてには、冷酷な喜悦の表情が浮かんでいた。
 抱擁のように両手を広げる。両の掌の上に火球があらわれる。
 それはレオンハルトを中心に回転しながら飛び、廃工場のあちこちに火の雨を降らせていく。麻薬取引に携わっていた犯罪者たちがその中を逃げ惑う。まさに地獄図だ。エドガーは神曲のダンテにでもなった気になる。
 もはや逃げることさえ忘れてそこから動けないでいるケミカルに、レオンハルトは歩み寄った。
『祈りたくば祈るがよい。そなたの神が、その穢れた声をまだ聞くというのなら』
 観念したように、彼は膝を折った。
 祝福を与えるかのようにレオンハルトが両手を差し伸べる。そのあいだに、炎が起こる。
「レオン!」
 エドガーは叫び、駆け寄ろうとした。だが、それより早く――
「……」
 炎は、レオンハルト自身の手に握りつぶされていた。じゅっ、と、肉の焦げるにおいがする。
「……それは許されない『無価値の名を冠するもの』よ。……警察官である以上、実力を行使するには法的根拠が必要だ。たとえそれが超常の能力であっても」
 だれかに言い聞かせるように言い、それからレオンハルトは、はじめて彼に気がついたとでもいうように、エドガーを見た。
「何をしている。関係者の避難誘導と身柄拘束を。応援が必要だ」

 ★ ★ ★

 さいわい、廃工場の火災は、敷地内の被害にとどまった。
 関係者も、軽い怪我ですみ、全員、逮捕することができた。
 護送車に乗せられていく面々を、エドガーはパトカーにもたれて見ている。
「エドガー」
 声をかけてきたのは、レオンハルトだった。
「レオン。傷はいいのか」
「大事はない。数日の欠勤と、しばらくの生産性の低下は免れないだろうが」
「でも無事でよかった」
「よかった?」
 安堵したエドガーを、レオンハルトのひややかな眼光が射抜いた。
「君の直情的な行動で発生したリスクは相当なものだった」
「……」
 エドガーは詰まった。
「……そうだな。すまない」
「私の負傷のことを言っているわけではない」
「ああ、わかっている」
「……」
 レオンハルトは、息をついた。
「理解したなら次からはよりよい選択を頼む。……ただ、結果としてひとりの死者も生まなかった点についてはさいわいだった。私ひとりなら……、情報を優先して、かれらの殺人を止めるのは間に合わなかったかもしれない」
 それだけ言うと、レオンハルトはまた口をつぐんで、それっきり何も言わなくなった。

 その後――
 レオンハルトとエドガーの関わり方が変わったかといえば、少なくとも表面上は何も変わらないのだった。
 あいかわらずレオンハルトは、無表情で、寡黙だった。
 あのとき――、工場に火を放ったのが何だったのかも、そのときまだエドガーは知ってはいなかった。
 だがいずれ……わかるときもくるだろう、とあまり気にしないことにした。
 その必要があれば、かれはいつだって饒舌に語るのだから。


「エドガー、昼飯食いにいかないか」
「いいね。行こうか」
「おおい、みんな、行こうぜ」
「あ、待って」
「……」
「レオンも――どうだい?」
「……」


(了)

クリエイターコメント『沈黙は金』をお届けします。
おふたりの出会いのエピソード、ですが、エドガーさん視点で描くこととしました。お2人の話でありながらも、背景として警察やDPの情景、シチュエーションみたいなのがうっすら行間に描けていれば成功したのかなと思います。

公開日時2009-03-04(水) 19:10
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