★ 僕らの恋を終わらせて ★
<オープニング>

師走。
年の瀬に向けて勤め人は慌しく走り、恋人達は聖夜のイベント準備に余念が無く、何も無い者達にとってはただの寒い冬。

そんないつもと同じ師走の、ある夜のこと。

「誰か……誰か殺して! お願いです……」

ホラー映画「不完全殺人」から実体化したとあるムービースターが、夜中の住宅街を駆けずり回っているらしい。

「……タチの悪いことにさ、死にかけの状態で実体化してんのよ」

たまたまその現場を見てしまったムービースター、KENが、思い出すのも嫌だといった風で口元に手を当てている。
どうにかKENから聞き出すことが出来たムービースターの情報は、こうだ。

実体化したのは男女一人ずつであること。
うち、女性のムービースターが瀕死の重傷を負っているが死ねていないこと。
男性のムービースターが、それを殺して欲しがっていること。

「マジ勘弁してくれよ……夜中に臓物引きずりながら殺してくれ殺してくれって、呪いじゃなかったら何だっつの……」

残念ながらそれが銀幕市にかかってしまった魔法だ。
自身もそれのおかげで実体化したことは棚に上げ、KENは見たものを忘れようと必死に頭を振る。

「兎に角、さ。こんなんが街中ウロウロしてたら怖すぎるっしょ」

KENはいつに無く必死な顔で両手を合わせ、後は頼むと頭を下げた。
タイムリミットは夜明けまで。居合わせた面子は複雑な表情で頷くしかなかった。

種別名シナリオ 管理番号852
クリエイター瀬島(wbec6581)
クリエイターコメント予定がホワイトクリスマス。
こんにちは、瀬島です。

クリスマス間近ですが、ちょっと哀しいシナリオをお届けに上がりました。
どうやらホラー映画の被害者が実体化してしまったようです。

何故、男は女を殺して欲しがるのか。
KENの語った少ない情報から状況を推理し、プレイングを書いて頂くことになります。

ある程度の筋書きはこちらで用意しておりますが、
皆様のプレイング次第で結末が如何様にも変わります。

なお、KENは只の目撃者です。
OPで提供した以上の情報は持ち合わせておりません。
かなり嫌なものを見てしまったようですので、
皆様のプレイングでご指定が無い限りはノベルに登場いたしません。
何かを頼んでも非協力的な態度をとると思われます、そこにご注意下さい。

それでは、皆様の素敵なプレイングをお待ちしております。


※シナリオの性質上、流血表現やグロテスクな文章がふんだんに盛り込まれることが予想されますので、
そういった描写が苦手な方は参加を控えられることをお勧めいたします。
それでも構わないという方のご参加を歓迎いたします。

参加者
エドガー・ウォレス(crww6933) ムービースター 男 47歳 DP警官
リョウ・セレスタイト(cxdm4987) ムービースター 男 33歳 DP警官
仙邏=ルーナ・レクィエム(cmrs3500) ムービースター その他 17歳 ファイター
三嶋 志郎(cmtp3444) ムービースター 男 27歳 海上自衛隊2曹
ブライム・デューン(cdxe2222) ムービースター 男 25歳 ギャリック海賊団
空昏(cshh5598) ムービースター 女 16歳 ファイター
<ノベル>

 嘗て、雪は風と同様に色を持たなかったという。持たざる雪はとある花の色を与えられ、その花を愛するようになったとも。
 だから花は、立ち上る冬の冷たさに負けず雪と見つめあう。自らが根を下ろす命……大地を雪が抱いている限り。

 花の名は待雪。雪の名は六出。愛し合う二人は、いつまでも一緒。死が二人を分かつまで。

 __雪は嫌いだ。薄く積もるばかりで後が汚い。それに寒い。ほら、今だって。待雪が寒がっている。
 六出は白い息を吐き散らし、歩けなくなった待雪の腰を引き寄せ後ろから抱き締めた。掌にまとわりついた赤いものはとうに乾いているかと思っていたが、待雪を抱き締めたはずみで再びぬるりつるりと温かく湿り始める。切り裂かれた腹を優しく撫で、半分以上はみ出た腸が凍えないよう血の海の中へ仕舞ってやった。
 __もうすぐ、終わるからね。
「待雪……寒くない?」
「……リクが、あったかい。平気、よ」
 待雪は目を細めて手を伸ばし、まだらに赤いマフラーの端で、リク……六出の頬を拭った。元は淡いミルク色だったカシミヤのそれは、待雪の血と六出の涙で新しい模様を作っている。今、二人の身に起こっていること。二人はそれに慣れっこだ。待雪の腹が切り裂かれているのも、六出の両手が血に塗れているのも、耐え切れない痛みそのものも。
「これで何度目だったかな」
「……数えないでって、言った……じゃない」
「……ごめん」
「もうすぐ、終わるのよ、ね……?」
「ああ、もう終わるよ」
「じゃあ、一緒に……死んじゃおう……ね」
 正常ではない会話。尋常ではない姿。お互いを想い合う二人の瞳に、光は射さない。それを見ていたのは、鋭く強かに光る二つ……否、四つの目。

 エドガー・ウォレスが二人を目にしたのは本当に偶然だった。たまたま、本当にたまたま、いつもと違う帰り道を行こうとして、慣れぬ路地の角を曲がっただけだった。そして見てしまった、自己嫌悪と葛藤に至る、開け放たれた扉を。
「(面白い……これは素晴らしいクリスマスプレゼントじゃあないか)」
 葛藤はすぐさま昏い歓びに押し潰され、僅か残る自我も「彼」の手中に堕ちた。「彼」、それはもう一人のエドガー。笑顔の能面を被った鬼以外の何者でもない。彼は湧き上がる笑みを押し殺し、あくまで通りすがりを演じながら、目をつけた玩具へ歩み寄った。
「……どうしたのかね、こんな夜更けに」
「!」
 玩具の片割れ、六出が驚きと期待を込めて彼を見上げる。待雪の生を終わらせることしか考えていない六出にとって、彼の声は福音に等しかった。
「お願いです、どうかお願いです……僕の恋人を、殺してください……」
 縋るように彼の足元へ蹲り、六出は何度も何度もアスファルトに額を擦り付けた。
「成る程、生きるのが厭になるような酷い怪我だ……彼女を楽にしてやりたいのだね」
 楽にしてやりたい。その一言で六出の瞳に涙が浮かんだ。
「はい……。心臓を一突きでも、頚動脈をばっさりでも、何でも、結構、です……彼女を、待雪を……眠らせてやって欲しいのです」
「断る」

 __ひゅん……。

 重い静寂に、銀色の衝動が閃く。


「しかし寒いなこの町は!」
「そうさの……はよう帰って茶でも啜ろう」
「……電気カーペット、欲しかったなあ」
「そもそも身体より懐の寒い儂らには、土台無理な話よの」
「ばっさり否定するな! 余計寒くなるじゃないか」
 ちらつく雪を溶かすようにふいと息を吹きかけ、空昏と仙邏=ルーナ・レクィエムは街の電気屋を後にした。銀幕市の冬は寒い。市井に溢れるクリスマスの幸せな雰囲気とは裏腹に、暖房器具が買えないばかりか天候までもが自分たちの味方をしてくれない。こちらに実体化してからというもの、闘いようのない「貧乏」という敵に二人は常に悩まされている。せめて目の保養でもしようじゃないかとこうして電気屋に赴いたはいいものの、心に広がるのは空しさばかりだった。
「身体を動かせば少しはあったかいかもしれないぞ。センラ君、家まで競争だ!」
「構わぬがの、この薄雪では足を取られて転ぶのが関の山ぞ」
「相変わらず浪漫もへったくれもないな君は!」
 持ちかけた提案があっさり却下され、空昏は口を尖らせて仙邏に歩調を合わせる。仙邏としては転んで雪まみれでは余計寒かろう……と自分なりに気を使った故だったのだが。
「……ところでだ、センラ君」
「何じゃ、空昏」
「アレは何だ? この寒いのに、男どもは元気だな」
「……何ぞ揉め事かのう」
 空昏の指差した先には、三人の男が一人の男を取り囲んで何やら喚いている。否、喚いているのはどうやら取り囲まれた方の男らしい。
「だから、何度も言うがあんたしか顔を知らないんだろ?」
「いーやーだーーーー!!! 俺ぁ行かねーぞぜってーーー行かねーぞ!!」
「とんだ困ったちゃんだな、おい……」
 ブライム・デューンと三嶋志郎が困り果て、リョウ・セレスタイトが溜息交じりに見下ろしていたのはKENだった。
「もし、そこな者ども。大の大人が寄ってたかって何の騒ぎじゃ」
「ああ、大した事じゃ……あるか。人探しだよ、重傷者のな」
 ブライムが簡潔に事情を説明すると、リョウが事も無げにKENを指差す。
「目撃者がこいつだけって寸法さ、それ以外の手がかりがゼロでね」
「だからってオレは行かねーぞ! 思い出すのもやなこった!」
「んー……ま、言ってな。厭でもご協力していただくよ」
 駄々をこねる子供のように嫌がるKENをリョウは鼻で笑い、薄い笑みを絶やさぬままKENの目を覗き込んだ。
「いいかい、KEN。リミットは一般人が騒ぎ出す前…つまりどんなに遅くとも夜が明ける前だ。おまえがだんまりじゃ明日の朝どうなるか、分かるよな?」
「……」
 今まで口を開けば嫌だ嫌だと言っていたKENが、急に黙りこくった。強張っていた表情は力が抜けてどこか虚ろにすら見える。
「さあ、行こうか」
「……分かった」
 リョウが促すとKENは素直に立ち上がり、表通りに向かって歩き出す。
「すごいな君! 何なんだ今のは!」
「良い子は真似しちゃいけない催眠術さ、お嬢さん」
 驚きと興味で目を輝かせた空昏の問いかけに軽くウインクを返し、、リョウはKENの後を追うように足を向ける。
「俺はこいつと件の映画をチェックしてみる。何か分かったらこの辺で合流だ」
「了解」
 残された二人……志郎とブライムは手がかりを失って暫し思案に暮れる。事情をよく飲み込めないまでも、仙邏と空昏も何となく帰る気を失くし、その場に留まっていた。ブライムの一言が気にかかっていた空昏が思わず口に出す。
「なあ、重傷者とはどういうことなんだ?」
「ん? んー……俺達と同じムービースターが、この辺をうろついてるらしい。瀕死の重傷で、殺してくれって喚きながら」
 ブライムが自信無さげに語ったのはKENから聞き出した情報の伝聞だからであり、確かなことは何も無い。
「まあ、突っ立ってても仕方ねー。……で、先に聞くけどよ」
 志郎の心は既に、顔も知らぬ負傷したムービースターに向けられていた。自分の中で既に答えが出ている問いを、敢えて他の面子に向けて放つ。
「どうするよ。シメる? 生かす?」
「……」
 その場に居た誰もが、即答を避けた。沈黙が重く、四人の肩に圧し掛かる。耐え切れずに口を開いたのはブライムだった。
「……俺には、答えられない」
「別に必要が無ければ殺すことも無いと思うがな……俺は。何で、あんたは答えられねーんだ」
「知らないからだ。何も知らないからだ」
 苛立ちを隠さない志郎に向かい、ブライムは静かに言葉を紡いだ。起伏の乏しい表情から本心を窺い知ることは難しかったが、どうでもいいなどと微塵も思っていないのは誰もが理解出来た。
「……調子狂うぜ、俺は助けるからな」
「好きにしたらいい」
 消えかけの命があると耳にするだけで、人の心は揺れる。志郎はあくまで助けるべきとの主張を崩さず、ブライムは全てを知ったうえで判断すると心に決めていた。それぞれに、それぞれの矜持がある。誰もそれを曲げてはいけないし、曲げることは出来ない。そして此処にもう一人、自らの矜持を曲げまいと虚空を睨む者が居た。
「……センラくん」
「何じゃ」
「僕も探しに行くからな」
 空昏は目を伏せ、仙邏の目を見ず、小さな秘密を一つ明かすかのようにぽつりと、その一言を口にした。水を差すつもりは毛頭無かったが、仙邏は何となく、何となく哀しい予感を覚え、返事が出来ずにいた。殺して欲しい、それは嘗て仙邏の伴侶であった神も口にした、己を保たんが為の切なる願い。銀幕市に生きる今でさえ、嘆き苦しむ伴侶の記憶は仙邏の胸を痛め続ける。
「……駄目じゃと言うても聞かぬであろう」
「当たり前だ!」
「……分かった、分かった」
 空昏の肩を軽く叩き、仙邏は口元から白い息を吐き散らした。それが溜息なのか、空昏の純真に向けられた笑みなのか、仙邏自身にも分からなかった。
「と、また降って来たな……行くぞ」
 志郎が暗い空を見上げ忌々しげに呟く。待ち受ける結末も何も知らず、四人は当て所なく捜索を開始した。


「やめてくださいやめてくださいお願いだからもうやめて!!!!」
 六出は己の力が許す限り、声を振り絞り、彼の足へ縋るように纏わりついた。ムービースターとはいえ、六出は何の力も持っていないただの青年だ。だから彼に頼んだ筈、だった。待雪の為に。でもそれは浅はかな間違いだったと、今心の底から後悔していた。
 彼が最初に刻んだのは、右手の指。自分が初めて贈った指輪を嵌めていた、綺麗な薬指。可哀想に根元から切断されて、指輪は六出の足元に寂しく転がっている。プラチナに僅かばかり残った待雪の体温が、ひらり落ちる雪を融かして涙を流した。
「見たくないのかい、君が望んだことじゃないか」
 滾る快楽を隠そうともせず、彼は淡々と待雪を蝕む。右手の次は左手、その次は左耳、子供が飽きた玩具をばらばらにしてしまうように、それは楽しげに。
「愛しているよ、お嬢さん。さあ、もっと愛してあげる、だから可愛い声で啼いておくれ」
「……」
 待雪は目を閉じたまま、何も語らない。辛うじて目に見える口元の白色が、まだ息のあることを知らしめていた。
「……つまらないね、嗚呼つまらない」
 彼が言葉尻と裏腹の、感嘆にも似た声を囁く。実際彼は、少しだけではあるがつまらないと思っていた。足元に縋りつく矮小な青年は遊ぶに相応しくないし、彼自身を常日頃閉じ込めるエドガーが抗ってくれるにはもう少し時間がかかりそうだし。それに……。
「君は本当にしぶといね……素敵だけれど、いつまでもこれでは興が削がれる」
 こぼれた腸を捻じ切っても、あらぬ方向に腕を折り曲げても、何をしても。まるで見えない何かに守られているかのように、待雪の命の炎が消えることは無かった。待雪は最早開け続けることも叶わぬ瞳をこじ開け、六出以外に自分を案じてくれる存在を感じて賢明に呼吸を紡いだ。
「……リク……にげ、て……」
「健気だね、そんなにあいつが好きかい?」
 好きに決まっている。好きに決まっている!そう叫びたい、けれど声が出ない。
「嗚呼嫌だ嫌だ……どうして俺を見てはくれないのかな、君は」
 もがきながら、抗いながら、それでもどうしようもない力の差を感じながら、苦しんで苦しんで苦しんだ挙句に死ねばいいのに。彼は歪んだ微笑みを、待雪ではなく足元の六出に向けた。
「そうか、最初からこうすれば良かったんだね」
「……、……!!!」

__そして再び静寂が訪れた。


「……おい、そこの不健康そうな茶髪。君、大丈夫かね」
「大丈夫……だと思うが」
 実際のところ、ブライムは大丈夫でも何でもなかった。待雪と六出__尤も、四人は二人の名さえ知らなかったが__の捜索を開始してから小一時間が経過し、どうにか路上にそれらしき血痕を見つけたものの……降っては融ける雪が頻りに邪魔をしていた。
 事情を知らない人が見てはいけないものだからと、始末する素振りでブライムが掬った血の一滴は待雪のもので合っていた。祈るように握り締めたそれは微かに生命の残り香を漂わせている。ブライムの覚悟を固めるには充分過ぎるほどに。
__まだ、間に合う。
 ブライムは目を閉じ、もう一度掌を握り締めた。どうか間に合って欲しい、真実が隠れてしまわぬように。この血を流した誰かの傷がこれ以上広がらぬよう、命の火が消えてしまわぬよう、術を掛けるというよりは子供が神様に願い事をするかのように。
 恐らく、自分の感じる痛みを基準としてよいのなら……ブライムの掛けた術は一定の効果を上げている筈だった。先程から内臓のあちらこちらが痛み、一歩足を進める度に悲鳴が口から零れそうになる。それでも、これは術を被った者が生きている証だ。耐えなければならない、捨て置けない。名も知らぬ女の痛みを代わりに引き受けながら、生の証を確かめながら、ブライムは何食わぬ顔で祈り続けた。自己満足に過ぎないかもしれないけれど、それでもと。
「時間が惜しい……行こう」
「間に合えば良いがの……」
「間に合わせて、みせる」
 仙邏の小さな呟きを真っ向から否定するように、ブライムは言葉を返した。それが只の希望に過ぎないことは、ブライム自身が一番よく分かっていた。希望を捨ててしまえば何もかもが終わってしまうことも。だから、祈らずにいられなかった。
「……見つけたぞ、アレだ」
「!!!」
 志郎の一声に、四人の視線が、街灯の下に集まった。

「……何じゃ、あれは」
「あれ、三人……?」
 夜が一層深まり、風の出てきた路地に立ち尽くしていたのは、彼……否、エドガーだった。彼の目を通して見ていた非道の数々に打ちひしがれ、それら全てを清算しようと、もう一度刃を手に取り、待雪に向けて振り翳さんとしている。
「駄目だ、殺すな!」
「間に合わないのか……!」
 志郎は咄嗟の判断で地を蹴ってエドガーの懐に飛び込み、ブライムが血を吐く思いでありったけの魔力を待雪に向け放った。空昏は血と臓物を目の当たりにして足が竦んでいたが、このまま待雪と六出が死んでしまうことに、言いようの無い哀しみを覚えた。仙邏は誰の行動も否定せず、ただじっと成り行きを見守った。誰が正しくて誰が間違っている。そんなことはこの場の誰も判断出来ないし、してはいけないことだった。それでも、突き動かされるものがある。目の前で呻き、救いを求める者を捨て置きたくない。救いとは何だ。自分が信じる方法を施したとて、それが本当に救いたるのか。考える暇があるならば行動するしかない。そうしたかったらそうするしかないのだ。誰も絶望してはいない。してはいけない。……ブライム達四人の後ろから近づいていた、一つの足音を除いては。
「エドガーさん……あんた……」
「……! リョウ……」
 白い息を撒き散らし、肩で息をしながら追いついたリョウは、目を疑うような光景に出くわした。同じDP警官として信頼していたはずのエドガーが、どうしてこんなところで刀を持って立ち尽くしているのか。足元に広がった鮮血の量、動かない男と女……さっき自分がDVDでで確かめた、六出と待雪の惨殺シーン。その再現を見ているようだ。
「……あいつ、か」
 一連の光景にひどい既視感を覚え、リョウの脳裏を過ぎったのは彼の存在だ。忌々しい記憶。血の匂い。
「またなのか……何度やりゃあ気が済むんだ、あんた」
「……」
 エドガーは否定も肯定もせず、じっと。只じっと、足元に蹲る待雪と六出の痛々しい姿を凝視している。
「この角を曲がりさえしなければ……すまない……」
「!!! よせ、エドガーさん!」
 志郎を振り払って立ち上がり、刀を振り上げ、横槍の入った「清算」を成し遂げようとするエドガーを止める術、そんなものをリョウは持っていなかった。間に合わなかった……誰もがそう思った。
「驕るな、若造がァ!!」
「センラくん……!」
 夜目に煌く鋼の糸が、エドガーの刀と仙邏の手元をしかと繋いだ。
「空昏、手当てじゃ! はようせぬか!」
「……! わ、わかった! おい自衛隊! 君の出番だろう!」
「ってー……任せとけ、苦手な奴は見るなよ!」
 仙邏がエドガーの刀を抑えている間、志郎が手際よく処置を施してゆく。空昏も時折目を逸らしつつそれを手伝い、ブライムは満身創痍の身体に鞭打って待雪と六出に術を掛け続けた。
「大丈夫だったんだな…! まだ生きてるんだな…」
「馬鹿野郎、俺達は死んじまったら死体の代わりにプレミアフィルム、だろうが」
「う……そうだったな」
「そんな事より止血だ、寒さの所為もあるんだろうがよくこんだけ……」
「……ッ……どうした?」
「……足りねーな。何だ、この身体」
 志郎が訝しげに待雪と六出の身体……エドガーの刃に捌かれた傷口の、もっと奥を見て、不思議な言葉を呟いた。
 足りないと。
「おい、エドガーとやら。……あんた、こいつらの内臓何処やった」
「……何の、何の事だ」
 志郎が何を言っているのか、エドガーをはじめ殆どの者が理解出来なかった。
「腎臓一つ、肝臓と肺の半分ずつが二人とも仲良く無くなってるんだがな。女に至っては子宮もだ。……何処にやったって聞いてる」
「知らない……俺は知らない……!」
「ふざけんな!」
「よせ、三嶋。無いのは元からだ、エドガーさんの咎じゃねえ」
 志郎の疑問を理解していたリョウが冷静に制止する。 
「そういう映画なんだ、ターゲットの臓器を一個ずつコレクションしてじわじわ殺してくっていう」
「……胸の悪くなる話だな」
「仕方無いだろう、映画なんだ。……だから、これ以上エドガーさんを睨むのはよしてくれ」
 打ちかけた舌打ちを引っ込めて、志郎はまた手当ての続きに戻った。生きているものは生かす。自衛隊員として多くの生き死にと関わってきた志郎にとって、これは一つの信仰のようなフレーズだった。救える命を目の前にして見捨てることは、弟の死を納得してしまうことに他ならない。理不尽に奪われた命を知っている、だから絶対に、この二人を死なせる訳にいかないのだ。
「待、雪……」
「!! 意識が! おい、聞こえるか!」
 刹那、六出が血反吐と共に呼吸を取り戻した。
「待雪……どこに……」
 薄く目を開けてはいるが、最早殆ど見えていないのだろう。動かぬ指を賢明にまさぐり、すぐ横に居る恋人を探してうわ言のように名前を呼び続けている。
「大丈夫だ、あんたの待雪は無事だ。今も隣に居る」
 どう見ても六出より待雪のほうが重い怪我を負っていたが、そんなことは告げられない。志郎は冷静を装って六出を励まし、賢明に手当てを続けた。
「よかっ、た……」
「殺して欲しいのでは、なかったのか……?」
 ブライムがぽつりと呟いた言葉に、六出が僅か首を振る仕草を見せる。
「僕が、苦しむ、待雪、を……見て……いられなかった、それ、だけです……無事なら、良かった……生きててくれて……良かった」
 六出の目尻に涙が浮かび、後から後から落ちる雪を融かしてゆく。助けていいのだと知り、一同の顔に新たな覚悟が見える。
 それでも、経験上の勘は残酷だ。志郎には分かってしまった、六出と待雪、二人の瞳が夜明けを待たずに閉じきってしまうであろうことを。
「くそっ……」
「駄目だ、諦めるな! 死んだらおしまいなんだ!」
 空昏の悲痛な叫びは待雪の唇を僅かに動かしはしたが、それ以上の反応は望むべくもない。
「……空昏、そこを退けい」
「センラくん……」
 涙でぐずぐずになった空昏の頬を軽く撫で、仙邏が六出と待雪の前に屈みこんだ。
「待雪、とやら。……残念ながらそなたの、そしてそなたの伴侶も、とうに命の灯は消えかけておる。そのうえで汝に問おう……黙して語らぬ汝の望みは、何じゃ」
 仙邏は静かに待雪へ語りかけながら呼吸を整える。
「……!?」
 途端、仙邏の身体に銀色のトライバルタトゥのような文様が浮き上がり始めた。腰を屈めた状態からでもはっきり分かるほど、背丈も伸びている。これが仙邏の本性、生命と死を司る古き神の姿だ。
 仙邏は待雪の言葉を待っていた。もしも待雪が六出と共にこのまま眠ることを望むなら、そうするべきだと思いこの姿を現した。しかし待雪が黙ったまま死んでしまったらどうするべきだろう。この姿で在れる時間は有限だ。
「……神、様……?」
「神様か……なるほどそのようなものかもしれぬ」
「嗚呼……神様、わたし、は……もう、このひとを、哀しませて……生き続け、る、のが……辛くて……なりません……。どうか、居るのなら、神様……わたしは、もう、眠ります……代わりに、この人だけは……助けてあげて……」
「……それが汝の望みなのだな」
 待雪は穏やかに微笑んで目を閉じた。プレミアフィルムにならないところを見ると、まだ辛うじて息はあるのだろう。
「……センラくん」
「何じゃ」
「何じゃじゃないぞ! 僕の言いたいことぐらい分かってくれたらどうだ! こんな願いを本当に叶えるつもりなのか!? こんなの哀しすぎるじゃないか……! 僕の言っていることは我儘か!?」
 お互いを想い合う、叶わぬ願いがこんなに哀しいものだなんて。空昏は命の理不尽さに涙し、それを司る仙邏に食って掛かった。どうして二人が二人のまま幸せになれないのか。映画の中から抜け出てこられたのなら、用意された結末を拒んだっていいじゃないか。空昏自身の願いを叶える術は、空昏の世界には一つしか無かったけれど、この街に居てもいいのなら、他の術を信じて生きることは悪いことじゃあ無い筈だ。
「……空昏よ、汝が我儘なのは今に始まったことではなかろうて……」
 ふ……と、仙邏は蜘蛛が糸を紡ぐように細く細く息を吐き始めた。それを境に場の空気が少しずつ温かくなってゆく。瞬く間に、六出と待雪の身体に色味が戻ってくる。
「おい、傷が……!」
 そのまま、永遠とも一瞬とも感じられる温かな時間が過ぎた。皆一様に六出と待雪の変わってゆく様を見つめていた。彼……もう一人のエドガーによってつけられた六出の刺し傷は完璧に塞がり、待雪の身体も見る間に修復されてゆく。
「……これで、よかろう」
 仙邏が元の姿に戻るのとほぼ同時に、まず六出が目を開けた。視界がはっきりしたことを驚くように目を瞬かせ、次に痛みを感じなくなったことを訝っておそるおそる傷のあった場所に手を遣った。
「一体、何が……何が起こったんですか」
「何でもよかろう」
「リク……?」
「待雪!」
 続いて待雪が目を開けた。切り離されたと思っていた指を握っては開き、六出の無事を確かめ、大粒の涙を零した。
「流石に服までは再生出来んかったがの、そこは御寛恕願おうか」
 満足そうに微笑む仙邏と、また涙でぐずぐずになっている空昏。ブライムと志郎もほっとしたように二人を見て、自然と笑みが零れた。
「どなたか存じませんが、ありがとうございます……!」
「いや、まだだ」
「……?」
 今まで手を出さず見守ってきたリョウが待雪に跪き、いつになく真摯に囁く。
「モノのケジメは、つけないとな」
「……? あの……」
「黙って。……いいかい、今日のことはすべて夢。夜が明けたら朝日に溶けてしまう、悪い夢だったんだ。そうだね?」
 首を傾げる待雪の言葉を指で制し、リョウの囁きが待雪と六出の耳を通してヒュプノスの癒しに変わる。
__今日のことは全て夢。
 それはエドガーによって傷つけられた記憶を消し去る為の催眠であり、二人がこれからこの街で新しく生き直す為のおまじないだ。
「さあ、もうすぐ朝が来る。恋人は隣に居る。それにもうすぐクリスマスなんだ、これ以上の朝は無いだろう?」
「……はい」
 待雪は恥ずかしげに微笑み、ふと思い出したように右手の薬指に触れてあっ、と声を上げた。
「……指輪が……」
「指輪?」
「……これのこと、だろうか……」
 待雪が振り向いた先にはエドガーの手があり、そこに載せられていたのは雪の雫を浴びてきらきらと輝くプラチナリングだった。
「そうです、この指輪。ご親切に、ありがとうございます」
 自分の記憶をすっかり失くした待雪の様子を見て、エドガーは安堵と共にあらためて後悔の念が生まれた。記憶を失くしたとはいえ、自分がしてしまったことは消えようのない事実としてエドガーの胸に残っている。
「でも、不思議ですね。わたし、貴方を存じないのに何だかとても……貴方に感謝しなくてはいけないような気がしています」
「……それは、何故かな」
「分かりません……。でも、そんな気がするんです」
 自分の犯した罪が、生きることを諦めた状態で実体化した六出と待雪の、生への執着を取り戻す切欠になったとか、そんな都合の良い話があるだろうか。リョウが気を利かせたのかと目線を遣れば、軽く肩を竦められて知らぬ存ぜぬのサインが返ってきた。
 今日ぐらいはそんなことが起こってもいいかもしれない。何たって、もうすぐクリスマスなのだから。エドガーは居るか居ないか分からない神に感謝し、罪は罪として胸に留め置き、二人の新しい人生に影を落とさぬことを誓った。
「……センラくん」
「何じゃ。今日はやけに名前を呼ばれるの」
「秘密の話を教えてあげよう。……僕はね、君を羨ましく思っているのだよ?」
「そうか、それで?」
「!? 人が折角秘密を打ち明けたというのに君って奴は!! ……でも、今日のことだけは素直に感謝してやるぞ!」
 東の方角から朝日が昇る。古い一日が殻を破り、新しい一日が産声を上げる瞬間だ。何時の間にか雪は止み、冬の薄い空が八人を包んでいた。

クリエイターコメントお待たせいたしました、【僕らの恋を終わらせて】お届けに上がりました。

今回はスピード感のある文章を心がけてみましたが、如何だったでしょうか。
前回より文章量を削って読みやすいノベルになっていればよいのですが……!

そして毎度のことながらPCの皆様には暴走していただいております。
今回も大変楽しく執筆させていただきました!

ちょっとばかり強引な結末だったかもしれませんが、そこはクリスマスの奇跡ということでひとつ。

ちなみに、この日はクリスマスイブでも何でもありません。
もうすぐクリスマス、と言える日のどこか……とご想像下さいませ。

最後になりましたが、ご参加下さった皆様とお読みいただけた皆様に心より感謝申し上げます。
ありがとうございました!
公開日時2008-12-20(土) 22:50
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