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<ノベル>
不気味な洋館だと、最初からシグルス・グラムナートは思っていた。
(引き受ける時から、何だか嫌な雰囲気だったからな)
対策課に、ムービーハザードによる被害が出ていると通報が出たのは、つい三時間前の事だ。突如町外れに洋館が出来、たまたまその場にいた市民達が人形に代わったのだという。そして、人形にされた市民達は、今度は他の市民へと襲い掛かってきたのだ。仲間を増やそうとするかのように。
事態を重く見た対策課は、すぐさま対処に当たる者達を手配し、また市民に避難を呼びかけた。
シグルスは、手配されたうちの一人だ。そう、大勢いる中の、一人。
だが、周りに人はいない。洋館を中心とするハザードは、足を踏み入れると同時に皆を人形に変えた。それによって軽いパニックを起こしたものの、皆しばらくすると落ち着きを取り戻した。
そこまでは良かった。
だが、洋館の端で泣いている小さな子どもを見つけ、用心の為と皆で駆け寄ったのがまずかった。
子どもは泣きながら、一人一人に「あなたは、だあれ?」と聞いて回った。不安だから聞いてくるのだと思った仲間たちは、自らの名を告げる。その様子に違和感を持ったシグルスが「その前に、お前は?」と尋ねた途端、他の仲間たちが襲い掛かってきた。
(つまり、名を知られると操られる、という事か)
厄介だ、とシグルスは舌を打つ。既に自らの体は人形に変えられている。いつものように動く事は難しく、かといってこのまま放置しておくわけにもいかない。
(前に進むのみ、か)
対策課は、第二陣を送り込む予定だと言っていた。ならば、シグルスはそれらを待ち、情報を与え、共闘するのがいいだろう。
――がたっ!
洋館の入口の方で、大きな音がした。
(相手の手駒か、それとも第二陣か)
なるべくなら後者であってくれ、とシグルスは願いながらそちらへと向かう。すると、一体の人形が多数の人形に囲まれているのが見えた。
(罠か、それとも)
子どもの人形と同じ罠ならば、再び名を奪われる危険がある。だが、もし第二陣が人形に変えられているのならば、助けに行かなくてはならない。
「……考えてる場合じゃないか」
シグルスは呟き、囲まれている人形に向かって走る。小さな声で呪文を唱え、素早く囲まれている人形の周りに結界を張る。姿は人形にされたが、自分の持つ能力がそのまま使えるのは不幸中の幸いだ。
続けて、シグルスは囲んでいる人形を蹴りで突き飛ばす。あくまでも元は人間なのだろうから、多少手加減をして。
それが功を奏したのか、囲んでいる人形達は一斉にどこかへと走り去っていく。残ったのは、囲まれていた一体の人形だけだ。
「大丈夫か?」
シグルスはそう言って、囲まれていた人形に話しかける。人形はびくりと体を震わせ、身構える。
「俺は、まだ名を奪われていない。こうして、人形の姿になってしまっているけどな」
シグルスが言うと、人形は「名前?」と不思議そうに聞き返した後、小さく「そっか」と頷く。
「だから、いきなり皆が変貌したのね。道理で、不自然に名前を聞かれたはずだわ」
人形はそう言って、シグルスを見る。そして、噴出す。
「あなた、凄い格好の人形なのね。ええと、お侍さん?」
「それを言うなら、お前だってフランス人形みたいじゃないか。髪、縦ロールだし」
互いが互いを見て、再び噴出す。そうして一通り笑い合い、罵りあってから、改めて自己紹介を行う。
「対策課から派遣されてきた……名前はいえないから、サムライでいい」
「じゃあ、私はフランスね。私も対策課からよ。よろしくね、サムライ」
互いに握手をし合い、情報交換を行う。といっても、二人とも来たばかりで、仲間たちがあっという間に操られたという以外に情報は殆どない。対策課から派遣されてきたのだから、得られる情報源も同じ。
「つまり、これは」
「とにかく前進あるのみ、という奴ね」
フランスはそう言って、ぐっと拳を握り締める。その格好がフランス人形にはさっぱり似つかわしくないものだったため、シグルスは再び噴出すのだった。
親玉は、大体一番上にいる。
フランスはそう言って、先へ先へと駆けていく。こうだと思ったら、一直線に進んでいくそのさまは、懐かしい誰かを思い出す。
「……おい、フランス」
「何?」
「さっきも同じ所を通った気がするんだが、意味があるのか?」
「え、嘘」
シグルスに言われ、フランスはぴたりと足を止める。きょろきょろと辺りを見渡し、くるりと振り返って「そうなの?」と尋ね返す。
「そこの花の絵、さっきも見た」
「花の絵なら、他にもあるし」
「あと、あそこにさっき気絶させた、人形がいる」
シグルスの指し示す先に、ぐったりと動かなくなった人形が置いてある。絵と、人形。その二つの指し示しているのは、先ほどここを確かに通ったという事実だ。
「……そういう事も、あるわね」
「あるわねって、お前」
「いいじゃない、サムライが気付いたんだもの」
「それは、そうだが」
シグルスはため息をつき、言葉を付け加える。「もう少し、落ち着け」
「落ち着いているわよ」
「落ち着いている奴は、いきなりこけたりしない」
ぐっと、フランスが言葉を詰まらせる。
「あ、あれは……不幸な事故よ」
「おい、そんなに落ち着きがなかったら、一生恋人なんてできないぞ」
「そこまで言わなくてもいいでしょ?」
「言いたくもなるこっちの身にもなってみろ! 全く、無茶しやがって」
シグルスはそう言い、そっとフランスの腕を取る。そっと触れたにも関わらず、フランスは顔をしかめる。
「やっぱり、怪我をしていたか。人形の体だからといって、傷がついたら痛いようだな」
「べ、別に、平気よ。これくらい」
フランスはそう言ったが、シグルスは呪文を唱えてその傷を癒す。幸い、あまり酷い怪我ではなかったようだ。
「もう、痛くないだろう?」
「あ……ありがとう」
「これから、親玉と会うんだ。怪我なんてしていたら、対処できるものもできなくなるからな」
シグルスはそう言い、先ほど行かなかった道へと進み始める。素直に礼を言われたのが、なんだか気恥ずかしかった。
(何せ、傷を癒すと怒り出す奴だったから)
「でも、もう、いいからね」
(そう、こんな風に……)
シグルスははっとして、振り返る。フランスは、真剣な表情でじっとシグルスを見ていた。
「治癒魔法って、自分の生命力を削っているって聞いたことがあるの。だから、もしまた私が怪我をしても、治癒はしなくていいから」
「そんな事言ったって、お前」
「いいの。なんだか、嫌なの。私が」
「嫌だとか言っても、治癒はした方がいいだろう。お前の怪我を治す事は、俺のためでもあるんだから」
「なら、あなたの治癒魔法はどうなの? 生命を、削ってないの?」
フランスに言われ、今度はシグルスがぐっと言葉を詰まらせる。それが答えだとフランスは判断したようで「なら」と更に言葉を続ける。
「もう、いいの。私は、本当に大丈夫だから。勝手に治癒をしないでね」
フランスはそう言い、シグルスが向かっていた方向へと進む。シグルスはフランスの背を見て、追いかける。
(あいつを、思い出すな)
思わず、口元を綻ばせる。
生命を削っていると知って、シグルスが治癒魔法を使う事を嫌っていた。それでも、無茶をするから傷ができ、傷が出来ればシグルスが治癒をする。そのことで、いつも喧嘩になっていた。
先ほどまでの、やりとりのように。いや、もっと激しく。
「どうしたの? さっさと進みましょうよ」
足を止めていたシグルスに、フランスが呼びかける。シグルスは「ああ」と答え、小走りで駆けていく。
そうして進んで行った先に、大きな扉があった。館の一番奥である。
「……いかにもって感じじゃない?」
「だな。この中にいます、と言っているみたいだ」
互いに顔を見合わせ、どん、と勢い良く、同時に扉を開けた。薄暗い部屋の奥に、巨大な椅子に座った男性がいた。
恐らく、彼が元凶だ。
周りには、取り囲むように人形がいる。それらが全て、名前を奪われた元市民だと思うと、心が痛んだ。
「随分、好き勝手してくれたわね」
フランスはそう言って、びし、と人形遣いを指差す。
「これは心外だ。私は、私がなすべき仕事をしただけだよ」
「ここは銀幕市だ。お前の仕事は、人に被害を与える事じゃない」
「それは違う。私は、こうしなければならないから、しているだけだよ」
フランスとシグルスは顔を見合わせる。
話は通じない。説得にも応じない。本人が改める事もしない。
「それなら、力ずくでも応じてもらうだけよ」
フランスはそう言い「サムライ」とシグルスを呼ぶ。
「ちょっとだけ、時間を稼いでくれない?」
「時間を?」
「そう。一瞬でケリをつけたいの。お互い、長期戦は不利でしょう?」
ちらり、とフランスは人形遣いを見る。ここまで来るのに、二人とも体力を使っている。だが、人形遣いは違う。ただ二人が来るのを、たまに人形を操って応戦していたにしても、じっとこの部屋で待っていただけだ。
長期戦は、確かに不利になるだろう。
「分かった」
シグルスは答え、素早く呪文を唱えて人形遣いの周りに結界を張る。人形遣いが人形を操り、シグルスに攻撃しようとしたら、体術を使って応戦をする。フランスの方にも、いかないように牽制しながら。
「精霊よ……!」
力強い声と共に、フランスが精霊を召喚する。輝かしい光に、シグルスは思わずそちらを見る。
(あの、精霊は)
召喚された精霊の姿に、シグルスは呆気にとられる。見覚えがあった。召喚呪文にあったはずの真名は聞き逃してしまったが、確信があった。
(俺は、あの精霊を、知っている……!)
――どんっ!!
次の瞬間、光が爆発した。人形遣いは光の中で笑い声を上げていた。ぐにゃり、と景色が歪み出した。
ハザードが、倒されたのだ。
シグルスはフランスの姿を確認しようとしたが、歪む景色と精霊が引き起こした光の爆発が、それを許してくれなかった。
「くそ……フランス……!」
シグルスは叫ぶ。湧き上がる土煙の向こうから「サムライ?」という声が聞こえた気がしたが、定かではない。
(あ)
一層、大きく景色が歪んだ瞬間。シグルスは、きらり、と光に反射する銀色の髪を見たような気がした。
「……フランス?」
辺りの景色が落ち着いたとき、シグルスは銀幕市の中心に立っていた。周りの人たちが、驚いたようにこちらを見ている。通行人に確認すると、シグルスはいきなり現れたのだと言う。
「ハザードが消えた、影響か?」
シグルスは呟き、大きなため息をつく。
辺りに、一瞬見えた銀色の髪の持ち主は、いなかった。
後日、シグルスは市役所に赴く。名簿を確認するためだ。
「……ない、か」
名簿に「Kaguya Aliciate」の名はなかった。銀色の髪に、見覚えのある精霊、懐かしいやりとり。それらは、フランスはカグヤだったのだろうと思わせるのに、十分だったというのに。
(なら、あれは)
シグルスは名簿を市役所に返し、次は対策課に行ってみようか、とぼんやりと考えながら市役所を後にする。
それと入れ違いに、銀髪の女性が市役所の中に入っていく。
「サムライって人、結局誰か分からなかったのよね」
ぽつり、と呟く。最後の召喚呪文は、彼の協力無しでは、成し得なかっただろう。そのお礼を言っておきたかった。
「ついでに、恋人なんて別にいいって主張しておかないとね」
彼女は呟き、市役所の職員に「こんにちは」と挨拶をする。
「私の名簿、確認にきたんだけど」
職員から受け取った名簿に、彼女は目を通し、自らの名を見つけて小さく笑った。
そこには「香玖耶・アリシエート」と、明記してあるのだった。
<思いと場所を交差しつつ・了>
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クリエイターコメント | お待たせしました、こんにちは。再びのオファー、有難うございます。 交差しつつも気付かない、気付かないが気になる、という状況を書いてみました。いつか交差に気付くのだろうか、とどきどきします。 少しでも気に入ってくださると嬉しいです。ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。 それでは、またお会いできるその時迄。 |
公開日時 | 2009-02-11(水) 20:20 |
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