★ マリオネット 愛しすぎた亡霊 ★
<オープニング>

「これで、六件目」
 深い闇が世界を満たす中で、サムがぽつりと呟いた。周りには寝るのも返上して働いている刑事たちがあっちこっちへと走り回り、一般市民たちがこの悲惨な光景を見ないように細心の注意を払われている。
 悲惨な光景から顔をあげると、パトカーのライトの眩しさにサムは目を一瞬眩ませた。
 先ほど見ていた悲惨な光景がフラッシュバックのように瞼に映し出される。あまりのことにサムは耐え切れず、俯き、そして、それを見た。
 緑、茶色の液体を肉体から溢れさせた、それ。
 人、生き物というカテゴリするには、いささか躊躇いがある。ロボットという人種だ。ロボットといっても、それにはさまざまな分類があり、人とまったく同じもの、また見た目は鉄のボディを持ったものと、多くの映画から出てきただろう彼ら。ただその肉体は刃物で切られると、赤い血ではなく――二件目の被害者は、なんと赤い血をまとっていたが、それは赤いオイルだった。コードと鉄の皮膚を曝される。あまりにも悲惨たる姿には思わず目を背けたくなる。彼らとてこの市の立派な住人だ。それをこんなひどい仕打ちをする相手にサムは憤りを感じた。
 ここ最近ロボットをねらった連続殺人事件が発生している。
 サムの調べたところでは、その被害者たちには、共通点はない。ただあるとすれば、ロボットであるということ。
 そして、その肉体は無残に引き裂かれているということ。
 事件発生時は、どこからか匿名の通報がなされて、被害者は発見され、すぐさまに保護されて一命は取り留めている。
「すぐにはこ……あっ」
 サムの目の前で、一本の鋭いワイヤーが見えた。サムが慌てて銃を抜き取り、それに向けて放つ。かんと鉄の音が響いた。まるで手ごたえがない。
 サムは驚き、そして顔をあげた。
 闇の中で、それは現れた。
 銀色のボディをした、それがサムに襲い掛かる。ワイヤーがサムの右手に絡まった。
「くっ、このぉ!」
 銃を捨て、サムは地面を蹴って、それの懐に飛び込み、蹴りを放った。かんっとまたしても強い衝撃の音、足の裏に僅かな痛みが走る。サムは目を瞠った。
銀色のボディをしたロボットであった。二足歩行、人のような見た目であるが、銀色のボディ、顔はつるりとしてなにもかれていない。
「貴様が、この事件を引き起こしたのか!」
「……イエス、マスター」
「ばか正直に答えて、挑発しているのか」
 サムの言葉に、彼、彼女は何も言わない。ただ銀色のボディはライトに照らされて輝き、その手に握られた鋭いワイヤーがうごめく。このままでは、せっかく助かる命が助からないと思い、サムは自らを盾のように被害者の前に立ちふさがり睨み付けた。
 彼か、彼女は黙ったまま背を向けて走り出した。サムは追おうとして、がくりと崩れた。蹴った足が痛んだのだ。まるで岩を蹴ったかのような衝撃だった。そのせいで足を軽く捻ったらしい。
「サムっ!」
「俺はいいから、あいつを追ってくれ」
 仲間にサムは叫んだ。
 だが、それが無駄に終ることをサムはなんとなく、察していた。

 翌朝、すぐさまにサムは対策課に赴いた。事前に昨日の事件のことを報告していた。
「こちらで調べましたが、相手は近未来SF映画から出てきた『エレナ』というアンドロイドのようです。エレナは、その映画ではアンドロイドを作り出した科学者がアンドロイドを破壊するためだけに作り出したキャラクターのようです。元はその科学者の孤独を癒すために作られたそうですが……科学者は自ら手をくわえて、エレナを破壊のみのアンドロイドに仕立てた、それもアンドロイド専用の……その映画だけでは、せっかく作り出したロボットたちを戦争で兵器として使われることを嫌悪した科学者の抵抗だったようですが」
 そこで言葉が切られた。
「説得するにしても問題があります。エレナは改造された際に、会話機能は「イエス、マスター」しかいえないようにされているようです……他人の言葉を理解することはできるでしょうが、エレナの脳にはアンドロイドの破壊しかないようです」
「では、最終的には……エレナを破壊するしかないのか」
 サムは目を伏せて、深くため息をついた。
「俺は、多少、ひっかかりを感じる、エレナであれば俺くらい殺して、目的のアンドロイドを殺すことができたはずだ。なのにしなかった」
「ロボット三原則かもしれませんよ。人の命令にしたがう、人を傷つけない、自殺しない」
「気になるのは、どうして事件発生すると、五分以内に通報がなされているんだ。それも匿名電話かと思っていたら、パソコンからのメールでの通報だったんだ。それもわざと発見されやすいように工夫がなされていた。まるでこの事件が起こったことを知っているように現場の場所をそっけなく書かれたものであった。……とにかく、エレナを止めなくてはいけない。……場合によっては、強引な手段を使ったとしても、それが、今回の依頼だ」

種別名シナリオ 管理番号818
クリエイター槙皇旋律(wdpb9025)
クリエイターコメント今回は、ロボット(アンドロイド)を狙った事件です。幸いにも、被害者たちは一命をとりとめていますが……

犯人は近未来SF映画のエレナ。現在は全身が銀色のボディで、表情らしいものはありません。言葉は『イエス・マスター』しかいえないそうです。人間は傷つけられないようですが、同類と判断した相手に対する攻撃は可能のようです。(ロボット・アンドロイド限定らしい)
攻撃能力は、特殊ワイヤー。身体能力は高く、知能も高いようです。

また、事件が発生すると匿名の情報提供がパソコンを通じてあるようです。

参加者
アズーロレンス・アイルワーン(cvfn9408) ムービースター 男 18歳 DP警官
水瀬 双葉(cnuw3568) ムービーファン 女 10歳 探偵見習い
サマリス(cmmc6433) ムービースター その他 22歳 人型仮想戦闘ロボット
四幻 アズマ(ccdz3105) ムービースター その他 18歳 雷の剣の守護者
<ノベル>

「高い知能を持ち得るのに、そんなしょうもない事を繰り返すしか出来ないなんて、勿体無いじゃないか!」
 自らのセキュリティ万全のラボにある特殊コンピューターに向かいながらアズーロレンス・アイルワーンは傲岸な態度で言った。
「メールを誰がしているかってことだな。私に出来ないことはない。逆探知してみよう」
 そんなことを言いながらアズーロレンスがコンピューターのキィを叩く。その様子を水瀬双葉、サマリス、四幻アズマが待っていた。アズーロレンスが集中して、周りが見えなくなっても幸いにも部屋には見ているだけで退屈することはないほどにさまざまな興味を引くものが鎮座しているが、さすがに手を伸ばそうということはない。
 事件を調査するために集まった四人は、まず事件を知らせるという謎のメールの調査にかかった。そのメールの主は、エレナの犯行を知っている、知っていながらただメールで教えるだけという行動だけ。それは事件の解決、そしてエレナを止める方法の鍵となるかもしれない。
 本当に逆探知できるのたろうかという気持ちはあるが、ただコンピューターに向かっているアズーロレンスに質問するのははばかられる。なぜならば、もう自分の世界にはいったようで声をかけづらい。むしろ、声をかけても見事にスルーされてしまう。もう、これはほうっといて、結果が出るのを待つしかない。
「そういえば、四幻さんはどう思います?」
 双葉が、隣にいるアズマに声をかけた。
「私は、機械類が好きですから、こういうのを聞くと、気になって引き受けたんですます」
「ですます?」
「あっ」
 つい緊張して変な敬語を使ってしまったのにアズマが慌てる。その慌てている様子に双葉がくすっと笑う。笑う双葉の屈託のなさにアズマも緊張がほぐれたように弱弱しく笑った。
「それに、エレナさんの本当の気持ちも知りたいから」
「四幻さん」
 その言葉に、四幻が、エレナのことを気にしているのがわかった。だから、双葉は嬉しくなる。自分も、エレナのことが気になるのだ。
「このメールは、対策課で聞いたエレナの産みの親の科学者さんじゃないかって、あたし、思ってるの」
 双葉は探偵見習いだ。有名な私立探偵のところに住み込みで働いている。いつか自分も探偵として独り立ちすることを夢見ている。
 彼女は自分の推理を披露する。
「もう、エレナに壊されたくないからメールをしているとか」
「水瀬様、それでは、どうして匿名なのですか」
 ひっそりと控えていたサマリスが尋ねる。その声は感情のまるでこもっていない女性のもの。見た目は、ロボットそのものだ。
「え、あ、それはー」
「それは自分のことだと知られたくないでしょうか……けど、ほとんど事件の直後というのは、どうなんでしょう。もし科学者さんがいたとしたら、やはり、エレナと行動を共にしているんでしょうか」
 言いよどむ双葉のかわりにアズマが提案してみる。
「だから、エレナを止められないから自分がメールを」
「その場合はエレナの作り手が実体化しているかということになりますが、対策課では、そのような情報は皆無でした。仮にエレナが実体化した科学者を攫い行動を共にしているにしても、科学者は人間のはずです。その場合、食料などはどうしているのでしょうか。また二人が隠れる場所も必要です」
「う、うーん」
「うーん」
 サマリスの冷静で的確なつっこみに双葉とアズマは腕組みをして唸った。
「キミたち! なに、してるんだ。メールの逆探知に成功したぞ。これは、対策課にいるサムくんに教えて捕まえてもらうか?」
「どこなんですか?」
 慌てて双葉が身を乗り出して尋ねる。
 アズーロレンスの特殊コンピューター画面上には地図があり、そこに赤い点が点滅している。
「綺羅星学園の裏山だな、ここは」
「ここだと、今までの事件のあったところからだとすごく遠いわ」
 メールの発信元の位置と今までの犯行を考えると、あまりにも位置としては距離がありすぎる。そこから常に誰かが発信していたというのだろうか。
「あ、けど、この赤いぴこぴこ、動きましたよ」
「つまりは、発信元は自由に動けるようだな。まぁ携帯や、その他の通信機能を使っているのかもしれないが」
 それは、つまりは――四人は互いに顔を見合わせた。
 アズーロレンスが頭をかいた。
「刑事であるサムくんに連絡すれば、すぐにでも行ってくれるだろうが、逃げる可能性があるな」
「どうすればいいのかしら」
 双葉が眉を寄せて難しい顔をする。
「つまりは、これはエレナという可能性もあるということですよね」
 アズマが尋ねると、アズーロレンスが頷いた。
「そういうことだな。ならば、サムくんには一応は通報するが、事件が終わるまでは、待っていてもらうように頼もう。そこらへんは、この私に任せるがいい。この合間に囮用のロボットを何体か製作しておいたんだ」
「すごい、いつの間に」
 双葉は目を瞬かせた。
 目の前にあるのは、銀色のボディ。頭はまん丸、胴体もまん丸い。うーうーと機械の音をたてて動いている。
「ふん、私に不可能なんてものはないのだよ、さらにいうと、あれやこれとかいろいろと機能もつけたみたぞ。エレナを挑発するために」
 真ん丸い囮用ロボットが両手をあげてキィキィと踊りだした。それも真ん丸い頭が開いてぽんと花が出てきたりとする。ささやかで、可愛く、そして面白い。
 このアズーロレンスは天才であり、そしてすごい変人と噂高いが、その噂を決して裏切らないようだ。
「可愛いだろう。そして、なんとも襲いたくなる! はっはっはっ大量生産だからいくらでも生産して、相手のアンドロイドがバッテリー切れまで粘るって手も出来るのだよ!」
「ただし、問題は、このすべての固体に回すエネルギィが」
「あの、もし電気でしたら、私がなんとかできます」
 アズマが名乗りをあげた。
「電気でしたら帯電モードを発電専用にできますです」
「そうなんですか、すごぉい」
 双葉が目をきらきらさせてアズマを見上げが、アズマは苦笑いを浮かべた。
「いや、家でずっとやってるんだよ、発電……それで冷蔵庫が動いてたりするんだよ」
「うん。じゃあ、手伝ってくれ。アズマくん」
 アズーロレンスがアズマを引きずるのに双葉は手持ち無沙汰になってしまい、サマリスを見た。
 双葉は実はロボットというものが好きだ。プラモデルを作るのが好きという女の子としては、すこし変わった趣味を持っている。今もリュックの中には大好きなプラモデルの「アイアンファイター」が必要なものと一緒にはいっている。
「エレナさんを止められたらいいよね。うん。みんな幸せだといい。私、説得しようと思うんだけど」
「エレナは完全なプログラム制御ではなく、自律AIだとすれば説得の余地はあるかと思います。ですが、最悪の場合は……心苦しいですが、破壊するしかないでしょう」
「サマリスさんって優しいのね!」
 双葉が声をあげていうのにサマリスはなんと応えていいのかわからないようであった。
「私の大好きなプラモデルのね、アイアンファイターっていうのもかっこいいのよ。サマリスさんって、そんなかんじ。かっこいいヒーローなのよ」
 双葉は言いながらリュックからアイアンファイターを取り出した。かっこよくて素敵な双葉の大好きなプラモデルのロボット。
 アニメのプラモデルで、青い色をしているのが特徴だ。頭が中世の騎士の兜風だ。格闘が得意なロボットなのだ。
「私、いっぱい失敗したりするし、みんなみたいに何かできるってわけではないけどね。けど、ほってけおけないの」
「私のロケーションエリアが役立つかもしれません」
「えっ?」
「私のロケーションエリアの効果で、プラモデルを実体化させることができます。とはいえ人間並みのサイズですが、持ち主の命令には忠実です」
 サマリスの言葉に双葉は目を瞬かせた。
 不謹慎かもしれないが、それは、とっても魅力的だ。なんといっても自分の憧れのアイアンファイターに命令できるかもしれないのだ。
「よし、囮用のロボットの準備が出来たよ。これを設置していくか」
「アズーロレンス様、私も囮の中にはいってもよろしいでしようか」
 サマリスが言うと用意が整ったアズーロレンスは片眉をあげてサマリスを見つめた。
「君が? 確かに、君はロボットのようだけども、危険じゃないのかい?」
「危険は承知しておりますが、やってみたいんです。通信機能を遣い、みなさんには常に私の位置がわかるようにしておきます」
「……わかったよ」
 アズーロレンスは、しばしサマリスを見つめたあと、肩をすくめて言った。
「ありがとうございます」
 サマリスは頭をさげた。

 アズーロレンスの大量生産した囮用ロボットを綺羅星学園の周辺に設置し、サマリスもまた独自で囮役として動いた。綺羅星学園の裏手にある裏山だ。囮用たちが、いけない、この場にサマリスは単独で乗り込んだ。
 アズーロレンスが、即作で作り出した「サマリスレーダー」でサマリスのいる位置は、確認できる。また、それにはサマリスの通信機能もプラスされ、常に情報は交換できる状態だ。
 それでも絶対に安全とはいいがたい。また、必ずエレナと会えるとも限らない。
 エレナに説得の余地があるかもしれない。それは、メールが物語っている。なによりも、危険は承知の上である。
 双葉とは事前に、もしエレナを見つけたら、その際には説得をしてもらうということは頼んでいる。――自分の存在が邪魔ならば、身を隠すつもりでいるからだ。エレナの中にあるプログラムが、ロボットを破壊するためにあるとすれば、自分ではエレナを説得できないからだ。
 最悪の場合は、アズマにエレナを破壊してもらう方法も考えている。
 アズマの持つ電帯を全開にすれば、機械は確実に壊れるからだ。アズーロレンスはエレナの武器の対策のほうに力もいれている。
「……!」
 鋭い糸がサマリスに向かって飛んだ。
 サマリスは素早く避ける。
「……エレナ」
 銀色のボディをしたロボットは、冷たくサマリスを見つめていた。

「サマリスさんのところにエレナが来た!」
 双葉が叫んだ。
 どの囮が狙われても、いつでも移動ができるようにと綺羅星学園の近くに身を潜めていた三人は慌てて走り出した。
 裏山につくと、銀色のボディが見えた。
 その銀色のロボットとサマリスが対峙している。
「エレナさん! やめて!」
 双葉が叫ぶがエレナは止まらない。サマリスへとワイヤーを放つ。サマリスのボディにワイヤーが音をたててまきつく。エレナは片手でその糸を強くひく。このままサマリスの肉体を真っ二つに切ってしまうつもりだ。
「これでどうだ!」
 アズーロレンスが懐から小さな瓶をとりだし、ぴんっと張ったワイヤーにかけた。そうすると、ワイヤーがどろりと溶けた。
 サマリスの体が揺らぐのに、慌てて双葉が支える。
「予想はあたっていたようだな。そのワイヤーは、あの素材で作られ、あんな仕組みで作用しているだろうから、対抗してアレな素材を使ってみたんだ!」
 切れたワイヤーをエレナは見つめ、そして拳を構えた。ワイヤーが効かないと判断し、接近戦に持ち込むつもりだ。
「エレナ」
 電帯モードであるアズマが前へと出てエレナの拳を防ぐ。ばちりと一瞬、青い火花を散らしエレナとアズマは拳を交えた。
「君は、何を望んでいるんだい」
 アズマが問う。
 彼の力には「電文解読」という力がある。機械に電気的につながり、その情報を読み取るのだ。エレナと拳を交えたとき、アズマは確かに、エレナと通じた。――ただし、エレナが否定すれば、その心は読めない。
 アズマの視界が真っ暗になった。
 ――憎い
 ――憎い、マスターが憎い、憎い、憎い、憎い どうして、どうして、私はこんな姿にならなくてはいけない。ロボットたちを殺さなくちゃいけない
 ――殺したい、殺したい、殺したい 私だけが、こんな風にならなくちゃいけない 憎い、憎い他のマスターに愛されたロボットが
 ――こ ろ し て や る
 どす黒い憎悪はあまりのことに眩暈をさそう。思わずアズマはすべてから目を背けてしまいたくなった。エレナは破壊したくない。だが、彼女の中には、もう、破壊の願望しかなく、そして心もないというのだろう。
 だが、その中で一瞬だけ、暗闇を照らす小さな、小さな光を見た。
 美しい女性の姿をしたロボット、それに微笑む一人の白衣を着た男。二人は人工的に作られた小さな庭にいた。白衣の男がロボットに手を伸ばし、その身を優しく抱きしめた。
 ――エレナ。私のエレナ、どうか、私のために生きてくれ。私の最高傑作。
 ――イエス。マスター

 ――限りなく人間に近いものを作ったが、所詮は、ロボットだな。お前の声は偽り。お前の感情も所詮はプログラム!
 ――イエス。マスター

 ――お前なんて作るんじゃ、なかった。こんなにも悲しく、虚しい。お前はただの人形だ!
 ――イエス。マスター
 ロボットは微笑んだあと、その瞳から透明な雫を流した。ロボットには涙はない。けれど、心は涙を流していた。

 ……た す け て……

 そこでアズマはエレナの心から突き飛ばされた。一瞬の暗闇のあと、アズマは目の前にいるエレナを見た。銀色のボディの冷酷なロボットはアズマに攻撃をしかける。
 アズマは慌てて後ろへと引いた。
「エレナ、君は」
 すべてを憎みながら、それでも心の中では助けてくれと悲鳴をあげている。
 憎いと
 そして
 助けてほしいと
「やめるんだ。ここは、君の世界じゃない。君は自由なんだ。エレナ! 君の心が本当に望んでいるのは、そんなものじゃない」
 アズマが叫ぶがエレナは止まらない。
 そのとき、サマリスが威嚇射撃をして、アズマに向かってくるエレナの意識をひきつけた。エレナはサマリスへと顔を向け、一度止まったとおもったら、全力で向かってきた。
 そのとき、地形が変わった。
 サマリスのロケーションエリアが発動したのだ。ヴァーチャルフィールドとなり、地形は踏破可能な陸地を選択できるのだ。
 サマリスが選んだのは螺旋状の地下通路。
 これでエレナを逃がさず、追い詰めるためだ。そして、これによってもう一つの戦力があらわれた。
 双葉があらかじめリュックから取り出していたアイアンファイター。それが作動したのだ。
「ファイター、おねがい」
 ファイターはエレナへと接近し、パンチを繰り出す。突然の敵にエレナの動きが遅れた。ファイターのパンチをなんとか避けるが、その合間にサマリスのライフルがさらにエレナを追い込む。
「エレナさん、ここはロボットの戦争するところじゃないのよ。だからやめてっ!」
 エレナの動きがぎぃと音をたてた。片腕ががたがたと震える。
「イエス、マスター」
 エレナは、それしかいわない。
 だが、体は震えている。
 何かに抗うように。
「あれは」
「プログラムにエレナの意思が拒絶反応をしめしているんだよ」
 アズーロレンスが呟いた。
「アズマくん、エレナを読み取ったんだろう? エレナはどうだった?」
「……憎んでいたけど、けど、心の底では、いやがってました」
「奇妙だと思わないか? この事件、狙われたロボットたちは、みんな、ひどい怪我をしているが完全に破壊されてはいない。つまりは、エレナは破壊するといいながら、襲ったロボットたちをみんな助けているんだ」
 アズーロレンスが不適に笑った。
「エレナいうシステムが破壊のプラグラムに反逆したのさ。実に興味深いだろう。それが今、動きを鈍らせている。アズマくん、君がもう一度接近して、あのばちばちをしたら、エレナは止まるかもしれない。もしくは、手足を破壊してもいいが、どうする?」
「……やってみます」
 アズーロレンスの言葉にアズマが前へと出た。
アズマがエレナに近づけるようにアイアンファイターとサマリスがエレナの動きを封じた。その一瞬をアズマは逃さない。電気を帯びた手を伸ばし、がたがたと震えるエレナに触れる。
 ばちりと音をたててエレナは崩れた。
 アズマがエレナをしっかりと抱きしめた。
「私たち、エレナさんを救えたの? ねぇ、アズーロレンスさん」
 双葉にはわからない。戦いの中で震えていたエレナ。彼女は、どうなるのだろう。
「なぁに、心配することはない。私が帰って解体して仕組みをしって、そのあと改造して助手のアンドロイドにするつもりだ」
 アズーロレンスが双葉の頭を軽くぽんぽんと叩いてなだめてやる。双葉は、それでも心配そうに見上げている。
「ちゃんともうロボットを破壊するプログラムは、のけてくれる?」
「私を誰だと思っているんだ! 計算高いアンドロイドはいくらあっても困らないからね! 仲間と協力して、さらに素晴らしい機能が使えるものに再利用するさ!」
 不適に笑うアズーロレンスの言葉に双葉は少しだけほっとしたようであるが、エレナの心はわからない。自分は、エレナの心を救えたのだろうか?
「……双葉さま」
「サマリスさん」
「メールを一つ受信しました」
「えっ?」
「そちらに転送します」
 双葉は慌てて自分の携帯を見た。
 ただ一文だけがのっていた。
 ―――ありがとう
 双葉は、それを見て目を丸めた。
「エレナからのものです」
 双葉は一瞬泣き出しそうになるのを必死に押さえて、笑顔を作るとサマリスに抱きついた。
「やったね、サマリスさん!」
 サマリスが抱きしめられて、驚いたように身をかためてしまった。
 その様子をアズーロレンスとアズマは見て、笑った。

クリエイターコメントこの度は、参加をありがとうございました。
みなさんの、エレナを助けたいという気持ちが、この結果を生みました。
何かを激しく憎みながら、羨望を抱き、それでも自分を止めてほしいと願う、自分ではどうすることもできない心の悲鳴を聞きつけ、手を差し伸べてくださり、ありがとうございました。
公開日時2008-11-16(日) 00:10
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