★ CONCERTO〜退魔協奏曲〜 ★
クリエイター小田切沙穂(wusr2349)
管理番号899-6281 オファー日2009-01-09(金) 03:40
オファーPC シグルス・グラムナート(cmda9569) ムービースター 男 20歳 司祭
ゲストPC1 香玖耶・アリシエート(cndp1220) ムービースター 女 25歳 トラブル・バスター
<ノベル>

 かつて、人々が魔女におびえた時代があった。
 人を超えた力を持つものすべてが神に反逆する悪とみなされ、ことごとく粛清されようとした時代のことである。

 冠雪がそびえる峰を白く染めている。
 針葉樹の森がその裾を緑のレース模様のごとく縁取っていて、その山は遠くから眺めれば、取り付く島もない美女のようだ。
「……さて」
 香玖耶・アリシエートは、山の登り口である険しい坂に一歩踏み出した。
 防備は身軽だが、完璧だった。
 銀色の長い髪を邪魔にならないよう束ねてあるのはもちろんのこと。
 チュニックを着た腰に巻きつけたベルトには愛用の鞭が、いつでも手にして振るえる形に手挟んである。
 特に足元は、しっかりとした皮のブーツが包み込み、ごつい岩を踏み登っても、ほっそりとしたその脚はまったく痛まない。
 

 お ぉ お ぉぉぉ ……


 遠吠えが聞こえる。
 山頂付近だろうか。
 香玖耶は登ってゆく道の先にいるはずの、悪しきけものを思い描き、胸のうちで呼びかけた。

 今のうち、吼えてるがいいわ、馬鹿狼。
 
 凶暴な獣のうわさを聞き込んだのは、数日前。
 きのこ採りに出かけた村娘や、夕方まで外で遊んでいた子供、果ては山歩きに慣れているはずの猟師までが襲われたという。
 単なる獣ではなさそうだった。
 噛まれた者が怪我をするばかりではなく、爪でわずかな掻き傷を残された者は原因不明の熱病に苦しんだ。
 退治してやろうと弓矢を獣に射掛けた者も、同様に熱病にかかるという。
 祟りなす魔のけもの、と村人は震え上がった。
 もっとも、村人が何人怪我をしようが、あるいは命を落とそうが、香玖耶にとって本来は関知したことではない。
 あまりに強力な魔力ゆえ、魔女として忌み恐れられている香玖耶は、森の奥でひっそりと暮らしており、他人との接触などほぼないに等しい。
ただし、ひとつ問題がある。
 「魔女」を恐れながら、人知を超えた知恵と能力を持つ存在として、ときおり取引をもちかけ願いをかなえようとする人間がいることだ。
 獣の被害が広がるにつれ、時折森の奥(それも見当違いの方向)に分け入って、「魂を売り渡してもいいからあたしの良人の脚を食いちぎった獣に罰を与えておくれ」とわめいたり、供物のつもりか果物やぶどう酒を詰めたかごを森の入り口に置いていく村人がちょくちょく現れるようになった。
 香玖耶がときおり森の様子を探らせている、風の精霊がその息吹に乗せて、こうした声や動きを伝えてくれた。
 魔女狩りが麻疹のごとく蔓延するこの時代でさえ、人は行き詰れば魔法という妖しき力にすがるのだ。
 そうした凡人の発想は、とうに人の全うすべき寿命を通り越してなお生きる香玖耶にとって理解しがたいものではある。
 関係ないとそっぽをむくこともできた。
 さんざん魔女を貶め迫害しておきながらとせせら笑うこともできた。
 なのに、こうしてわざわざ装備を固めて狼退治に出かける理由は何かと問えば、香玖耶は「退屈しのぎよ」と答えるだろう。
 −−−−もっともこの女召還師、常に本音を語るとは限らない。
 

 山道を進むにつれ、明らかに空気が変わった。
 単なる冬山の冷気ではない冷気が肌を押し包む。香玖耶は油断なく、目を配りつつ歩を進めた。
 遠吠えは、今は聞こえない。
 むしろ息を潜めて、魔獣がこちらの気配をうかがってでもいるようなーーーどこかから見られているような、不穏な空気が感じられた。
 だが、『本命』ではあるまい、と香玖耶は判断した。
 さほどの妖気は感じないから、おそらく本命に様子を探れと命じられた雑魚というところだろう。
 生半可な魔法使いなら、この辺でお茶を濁してさよならというところだろう。
 第一、一文の得にもなりはしないのだ。
 香玖耶は脚をとめ、雑魚を片付けて先を進もうかあちらから仕掛けてくるまで無視しようかと考えた、その瞬間ーーー
 がさり。
 背後の茂みが揺れた。

 びっしぃいぃぃぃ!!!
 香玖耶の鞭が瞬時に一閃!
 まさに手練の早業である!

「「「「殺す気かっ!」」」」
 おや。
 なんだか聞き覚えのある声とツッコミ具合。
「とぼけるな、お前目が本気だったぞ!」
 鞭がばっさりと切り裂いた藪から、がさごそと顔をのぞかせつつ少年は、金髪を逆立てんばかりに怒っていた。
 対する香玖耶は、腰に手を当ててつんとあごを上げた。
「この状況を考えてみなさいよ。魔物が出るって噂の山で、背後で怪しい物音がしたら警戒するの、当然でしょ」
「よくもまあぬけぬけと……気配には敏感な癖に。お前だったら、魔と俺の気配ぐらい区別つく筈!」
 香玖耶はきっと向き直った。
 この金髪の少年、シグルス・グラムナートの頑固さはよく知っている。
 なにしろ、姉と弟のように暮らした時もあったのだから。
 せっかくの退屈しのぎ、邪魔をされないようきつく釘を刺しておかねばなるまい。
 ひさびさに愛用の鞭を振るえる楽しい機会だというのに、聖なる力を行使するとはいえ、この暴走気味の坊やがくっついていては、存分に楽しめないではないか。
 そもそもこの坊や、下手をすればわが身を削って人を助けようなどというお人よしなのだから、せっかくの楽しみに抹香くさい水を注されかねない。
 −−−−だから。
「どっちにしろ、ここにいれば危ない目に合うんだっつうの。怪我したくないんなら、今すぐ帰りなさいよ。ほーらお子ちゃまはおうちに帰る時間よー」
 暮れなずむ空を指差してひらひらと手を振ってみせる。
「だ……誰が『お子ちゃま』だって……?」
 ぴきっとシグルスの白い額に血管が浮き出た。
 シグルスとしても、ここで退くわけにはいかない。村を脅かす魔獣を退治する仕事は、聖なる力を持つ自分にこそふさわしい仕事である。何しろ彼の聖なる力は既に証明済み。
 まだ18歳の若さとはいえ、つい最近も恐ろしく凶暴だった悪霊を聖呪文のほぼ一撃でふっとばし、村中の信望と感謝を一身に集めたばかりである。
 華奢で少々お人よしの女召還師ごときが乗り出したところで、険しい山道では苦戦して泣きを見るのが関の山だろう。
 だいいち魔女として恐れられている彼女が、魔獣退治に成功したところで村人達が感謝することはない。
 逆に言えば、仮に失敗して怪我でも負おうものなら味方も心配してくれる者もいないわけで、そんな孤独な女ひとりがわざわざ危険を背負って立つ必要がどこにあるのか。
 ーーーーだから。
「ちょっ、何押しのけてんのよ!?」
 シグルスがいきなりぐいと香玖耶を押しのけ先に立って山道を登り始め、美しきエルーカは怒りの声を上げる。
「当然だ。魔物退治は昔から聖職者の使命と決まっている」
「昔っていつのことよ!? 年下のくせして」
「……う……だから聖なる書にもあったりとかほら……」
「はーん、本で読んだ知識ね。悪いけど経験はこっちのが豊富なんだからね。お子ちゃまはお帰り!」
「くっ……言わせておけば」
 とか二人がやってる背後から、GRRR……と不穏なうなり声。
 がさがさと周囲の藪をゆすり、無数の狼が姿を現した。
 しかも普通の狼ではありえない。
 狼達は今にも飛び掛らんと身を低め、魔性を帯びた目を赤くぎらつかせた。
「URRRR……!」《意訳:ウヘヘヘ、身の程知らずにもこんな魔の山まで入ってきやがったかアアン? 骨までバリバリ食ったるで〜ビビれやオラ!》
「だぁからさっさと帰って村のおっさん達と聖歌でも歌ってなさいって言ってんでしょ! 狼ぐらいあたしが指一本で退治してやるわよ!」
「指一本だな? 絶対だな? じゃやってみろ。武器とか魔法使うなよ!?」
「そーゆーくだらないところにツッコんでる暇があったらさっさと帰って村のおっさん達と(略」
 残念ながら、女召還師と司祭は狼が目に入っていないようだ……
「GRRR……?」《意訳:えーと。あのなおい。聞いてます?》
 勇気を奮って、狼のうち一頭が前足でつんつんと枝で香玖耶の脚をつっつく。
 ふぁさっと銀色の髪をなびかせ振り向いた香玖耶は、
「……さっきから何、今忙しいんだけど!?」
 怖っ。全身からイラッとオーラ噴出。思わず手というか前足を引っ込める魔狼。そして聖なる力の使い手と精霊使いのバトルは続く。
「大体退屈しのぎに魔物狩るなんていうその発想がだな」
「あら、タダで退治してくれるなんてありがとうっていう感謝の気持ちはないの?」
「GAOOOO!」《意訳:ゴルアお前ら、俺ら超怒ったぞ!? 怒ったらマジ怖いのよ俺ら!? シカトしてんじゃねえぞコラ!》
 魔狼がついにキレた。
 無数の狼が襲い掛かり、危うし香玖耶&シグルス!。
 だが、たとえ魔物といえど喧嘩吹っかける相手は選んだ方が良い(教訓)。
「ちょっと何これ!? 忙しいって言ってんでしょ! 」
 ひゅんっとムチをふるって香玖耶は前方の狼たちをなぎ払ってしまうと、良い間合いが取れたとばかりにシグルスが聖なる銀の弾丸をダンダンッと立て続けに狼達に撃ち込む。
 かてて加えて香玖耶は氷の精霊を召還し、それでも懲りずに銃弾をかいくぐり、シグルスに飛び掛ろうとする魔狼数頭をカッキーンと空中で凍らせてしまう。
 重力の法則にしたがって落ちてきたその氷狼どもは、地に落ちて粉々に壊れてしまった。
「……余計なことを!」
 シグルスはぎろりと緑の目で香玖耶を睨みつけ、お前の助けなどいらわい、こんな魔物ぐらい呪文ひとつで、こうじゃー! とばかりに聖魔法の呪を唱え、残る魔狼の群れを一瞬のうちに燃やし尽くしてしまった。
 もちろん香玖耶は怖かったの☆ありがとう(はぁと)なんてリアクションはするはずもなく。
「あっ! なんで私の楽しみを奪うのよ!? 最近契約した雷精霊召還しようと思ってたのに!」
「だから遊び気分でこんな危険な場所に女一人で入り込むなど、間違っていると言っているだろう!」
「女一人って何それ差別?」
「ならばそっちは人を子ども扱い、それだって立派な差別だろう!」
 前世からの敵といわぬばかりにののしりあう香玖耶とシグルス。
 傍目から見れば、【ムチで間合い確保→銃撃攻撃→氷魔法で敵戦力削り→聖魔法でとどめ】な超ナイスコンビネーションなのだが両人自覚なし。
 しかもそこへ、怪樹木がやられたぞというので、人類にもともと恨みがあるのか、それとも単に目立ちたいのか、はたまたにぎやかな雰囲気がスキ★なのかは不明だが、新たな魔物が二人の前へ舞い降りた!
 《ギッギッギ……キレイナ目玉、ツツキダシテヤル》
 翼を広げればゆうに香玖耶の身長ほどはありそうな、怪鳥。
 カラスに似ているが、そのくちばしの捻じ曲がり具合といい、異様に大きく光る目玉といい、魔の気配濃厚なナマモノである。
 空中戦となれば人間は不利、どうする香玖耶&シグルス! ……って……
「だぁかぁら、誰にも迷惑かけてないんだから、邪魔される言われはないって言ってんでしょ!」
「ではなくて倫理の問題だ! たとえ結果的に人助けになるにせよ、そのような心がけでだな……」
 もしもしっ!? 喧嘩続行してる場合か!?
《コラコラッ、サッキノ下ッ端ト違テ一応ワシ、中堅ドコロノ悪ヤ! チョットハ反応センカイヤコラ!》
 取り残されて寂しい魔物さんが焦って二人の間に割り込もうとするが、
「えっ何? うるさいわね。 何、そうよ人間だけどそれが何か? しつこいわね! 今それどころじゃないんだから!」
 と、香玖耶が振り向きもせずに雷の精霊を召還。


ピカッ ドォォォォォン!!

 怪鳥の頭上にもろに雷の精霊の稲光が炸裂。
 ばたばた羽ばたき苦しみながらも、捻じ曲がったくちばしで襲い掛かろうとする怪鳥に、

 ドンッ!

 まだまだまだまだ喧嘩続行中のシグルスさんが聖なる銀の弾丸を放ってしまいました……怪鳥一瞬でお陀仏。
そして今回も見事な、【雷撃で動き封じ→聖弾丸とどめ】というタッグ攻撃。史上に残る魔物バスター名コンビと言えましょう。
 しかし。
「頂にまだ雪が残ってんのよ!? なだれがおきたらどうするのよ!?」
「そっちの雷撃だって危険だろうが!」
 喧 嘩 の ネ タ 増 え た。
 もはや《混ぜるな危険》状態の二人。
 かくして。
 あーだこーだとお互いにどっちが魔物退治にふさわしいかを討議しあう二人は、いつのまにか、押しのけあったり追い抜きあったりしながら山頂近くに来ていた。
 ふと、はるか眼下となった村を見下ろし、シグルスがぽつりと言った。
「わかってる。お前が魔物狩り、やめるはずないって。……昔から、そうだったよな」
 人は彼女をを魔女と呼び、迫害する。
 目が合えば石にされると拉致もない噂を流し、忌み嫌う。
 それなのに……人を呪うどころか、人を苦しめる魔物をこっそり退治して回るとはお人よし極まれりというところだと、シグルスは言った。
「言っておくが、退屈しのぎだなんて下手な言い訳、全っ然説得力ないからな」
 魔物たちとの戦いで身体が傷ついても、魔女として貶める人々に心が傷ついても、きっと彼女はそのすべてを受け止めるのだろう。
 その生き方を変えることなく。
 儚きものこそいとおしいという、シンプルだが重い信念をその細い肩で背負って。
 ……てなことを思ってしんみりと振り返るシグルスだったが。
「……なんか言った?」
 目の前にいたのはしゃりしゃりと持参のリンゴをかじってる香玖耶さん。
「……っお前、弁当タイムか、この状況で弁当タイムなのか!?」
「はぁ!? いつ何時どこで食べようが私の勝手でしょ?! 召還師だって身体動かしたらお腹すくのよ」
 緊張感なさすぎだとかなぜ緊張感なんか持たなきゃならんのかと山頂の残雪を溶かしそうな勢いで生討論が始まったとき、ものすごく怪しい気配が二人の背後に立ち上る。
 ザワザワ……ザワザワ……
 風もないのに、木の葉の葉ずれの音だけが大きくなる。
 
 《ケガラワシキ人ノ子ヨ……ワレラ魔族ガ棲マウコノ山ヲ侵ストハ……》
 
 山頂に聳え立つ巨大な古木が、ゆさゆさと枝を揺すり、根を大地から引き抜いてズシン……ズシン……と歩み始める。
 その歩みの重さで大地を揺さぶらんばかりの巨木は、若き司祭と女召還師に迫り、枝を伸ばして二人を絡めとった。
 
《許サヌ……ワガ使イ魔タル狼マデモ……》

「わかった、弁当の話はおいといてだ。そもそもこの山の狼退治は、お前がすべき仕事ではないと何度言ったら……」
「ちょっと待った、食事のとり方も、魔物退治のやり方もどっちも私の自由だって言ってるのよ! なぜそこから話を逸らすの!?」
 口論続行中の二人だが……
「なんか手首痛いじゃないの!?」
「うるさい、俺は何もしていない!」
 ちょー〜〜〜もっと早く気づけ〜〜〜〜。
 口論に熱中するあまり、魔の気配に気づいていなかった二人は、いつの間にか両手脚を怪木の枝に絡めとられ、身動きができなくなっていた。
《フッフッフッ……手モ足モ出ルマイ》
 私って頭いい♪ と悦に入ってる怪木さんだが、忘れちゃいけねぇ、二人は手足を動かせなくとも有力な攻撃手段を持っているのだ。
 呪文を唱える唇さえあれば。
「『天の御国にあるごとく、地上においても浄らかなる……』」
 シグルスが聖文を唱え始め、彼の身体に巻きついていた部分の怪木の枝ブスブスが煙をあげて燃え始める。
 苦悶の声とともに怪木が枝を引っ込めると、今度は香玖耶が負けじとばかりに叫ぶ。
「『速きひかり雲の彼方より降りて我が敵を貫け!』」
 紫色の夕闇を裂いて、金色に輝く稲妻が香玖耶の招きに応えた。
 バシッ! と輝く稲妻が、邪気を放つ巨木の頂点から根元まで一気に切り裂いた。
《グアアア……ナ、ナゼダ……》
 そもそもこの樹怪、実は魔狼や怪鳥を操っていた大物。出自は大地の奥深く眠るいにしえの魔族、昏きものと呼ばれる一族の末裔でありその魔力は地底の……
《ニ、ニンゲン怖……ガクッ》
 あ、説明してる間なかった……とにかく最後の大物魔物、撃沈。
 聖なる魔法で攻撃手段を奪われた上、その存在の根幹を稲妻に瞬時に切り裂かれた怪木は、燃え尽きた炭の塊となって大地に倒れ伏したのだった。
 

 で。
 魔が祓われたため、山を覆っていた不吉な気配は跡形もなく消え去り、星がきよらかに銀の光を振りまく中を、二人は帰途につき始める。
 村の平和は守られたが、もちろん二人の間に平和はない。
 いつのまにか魔物の残骸が足元にゴ〜ロゴロな状態で、二人ともそれを互いのせいだと思って。
 「今日のために皮鞭もしっかり編みなおしたのに、おかげでぜんっぜん手ごたえなかったじゃないの」
 紫曜石の瞳の召還師がぶつくさ言えば、
「手ごたえがなかったのはこっちだって同じだ」
 引退した祖父の教えで、銀の弾丸にわざわざ神聖文字を刻み込み退魔の力を強めておいたのだが、効いたのやら効かぬのやら、香玖耶が横からちょっかいを出したせいでわからなかったと、容姿といい高潔さといい守護天使そのものだと噂される若き司祭は言い返す。
 二人の間には微妙な距離が開いていて、それ以上近づくことは決してない。
 たとえばシグルスが、銀色に流れる香玖耶の髪に触れようと思えば指先が届く距離。
 魔物の爪がわずかに掠め、シグルスの頬に残した小さな傷を、香玖耶が撫でようとおもえば届く距離。
 近づくことはないかわりに、それ以上開くこともないのは、おそらく二人の間に言葉にできぬ想いがあってそれを埋めているから。
「……まあ、こっちの手をわずらわせるような怪我をしなかったことだけは褒めてやってもいいがな」
「あらそう? こっちこそ、他人の傷をわが身に引き受けるなんていう、おせっかいな癒しの力を使われなくて嬉しいわ」
「このへらず口が……」
「「「どっちが!!」」」


 二人を見下ろす森の木々に、緑の若葉が芽吹いている。
 雪解けの季節が、すぐそこまで来ていた。

クリエイターコメント 大変長らくお待たせし、申し訳ありませんでした。思わずPCの前に土下座です。
 互いに思いやりながら口では正反対のバトルを繰り広げるという、なんとも文章書きにはたまらん設定に、楽しく風呂敷を広げすぎ、削り作業に手間取ってしまった次第です。実体化した二人に幸せな結末がありますように。
公開日時2009-03-18(水) 18:10
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