★ 【御先さんの幽霊な日々】目指せ、有名ユーレイ! ★
<オープニング>

 草木も眠る、丑三つ時。
 御先はちらりと時計を見、小さなため息をつく。
(また、幽霊と遭遇するんですかねぇ)
 実に六割と言う高確率で、御先の客は幽霊である。霊や呪いといったものに弱いというのに、それらを惹きつけるという切ない能力を持っているためである。
「あ」
 ため息混じりにハンドルを握り締めていると、道路脇からすっと手が伸びていた。そちらを見ると、セーラー服を着た可愛らしい少女がタクシーを呼び止めようとしていた。
 客だ、と御先は車を止める。ドアを開くと、少女はいそいそと後部座席に乗り込んでくる。
「お客さん、どちらまで」
 御先が尋ねると、少女は行き先を告げる。随分離れている場所だ、と御先は「分かりました」と返事をしつつも、疑問に思う。
 何より、少女を乗せた場所はあたりに何も無かった。道路はあっても店はなく、車自体もあまり通らない場所なのだ。
 そのような場所に少女一人で何をしていたというのか。
(き、きっと、道に迷ったとか、そういうのですよ、ね……)
 自分にそう言い聞かせつつも、御先は本人には確かめられない。いやな予感と言うものは、当たって欲しくない時には良く当たるものだから。
 車内にラジオをかけながら進んでいたが、不意にラジオの調子がおかしくなった。ざざ、ざざ、とノイズばかりが聞こえるのだ。
 御先はラジオの電源を切り、諦め混じりに少女に尋ねる。
「お客さん、その……ここら辺の人、ですか?」
 少女は、ふふ、と笑った。「そうよ」と答えながら。
 その笑い方が、妙にぞっとさせるものだった。背中を、つう、となぞられているかのような。
(まさか……まさか、タクシーの幽霊、なんじゃ)
 御先はハンドルを握り締める手が、小刻みに震えるのを感じた。いくら幽霊に遭遇する確率が高いからと言って、それらが怖くなくなるという訳ではない。怖いからこそ、お守りを持ったり体中にお札を貼ったりしているのだ。
(タクシーの幽霊なら、た、確か……気付いたらもういないんですよねぇ)
 しかも、居なくなった場所が、じっとりと濡れていた……というのが定番だ。
 御先は意を決し、ごくりと唾を飲み込み、バックミラーを覗き込む。すると、そこには……。
「ちょっと、まだ見ないでよ!」
「は、はいっ。すいません!」
 ペットボトルの水を、後部座席にこぼしている少女の姿があった。
「……何を、しているんですか?」
 御先はブレーキを踏み、車を止める。そして恐る恐る尋ねると、少女は「ちっ」と小さく舌打ちをし、ペットボトルの栓をする。
「タクシーの幽霊は、居た場所が濡れているんでしょう?」
「そうですが、それとどう関係が」
「私は、立派な幽霊になりたいの」
 はぁ、と怪訝そうにする御先に、少女は自らをレイコと名乗ってから、ぐっと拳を作る。
「立派な幽霊になるために、学校にも通っていたわ。だけど、この世界にはその学校が無い。だったら、自力で頑張るしかないじゃない。そう、自力で有名で立派で人々が恐怖するような、幽霊にね!」
 果たして、それが立派なのかどうなのかは、分からない。
「手始めに、タクシーの幽霊から始めることにしたの。それなのに、タネを見られてしまうなんてね」
「あの、その……少なくとも、タクシーの幽霊は、ペットボトルの水は使ってないかと」
 突っ込む御先に、レイコは「だって」と言いながら、ぷい、と目線をそらす。
「なんだか、おもらしみたいじゃない。そんなの、ヤダ」
 御先は大きくため息をつき「ともかく」と言う。
「対策課に行きましょう。そこで、今後について聞けば」
「いやよ。だって、退治とかされたらかなわないもの」
 レイコはそういうと、あっという間にタクシーから出て行く。御先は慌ててレイコを追いかけるが、辺りにレイコの姿は無い。
「レイコさーん?」
「とりあえず、タクシーの幽霊に再チャレンジよぉ!」
 あっはっは、と笑い声が響く。
 御先はポケットに入れているお守りをぎゅっと握り締め、再びタクシーに乗り込む。
 翌日、対策課に相談しよう。そう心の中で決意して。

種別名シナリオ 管理番号619
クリエイター霜月玲守(wsba2220)
クリエイターコメント<補足>
・レイコは「ハッピー・ユーレイ・デイズ」という、新米幽霊が人を驚かせる有名な幽霊にする為の養成学校に通って立派な幽霊を目指す、コメディ映画の主人公です。実体化したのが初期の頃の為、どうやったら立派な幽霊になれるかを模索している最中です。
・レイコと会う為に、午前二時頃、御先さんのタクシーを囮にして銀幕市内の一箇所をぐるぐると回ります。タクシーは全員乗れるよう、大型タクシーを手配するようです(ただし、タクシー乗り込みの人数によってはタクシーの大きさが変更されます)

<WRより>
こんにちは、霜月玲守です。
タクシーの幽霊、地方によって違うかもと思いつつも、自分の知るタイプを出してみました。
宜しくお願いいたします。

参加者
二階堂 美樹(cuhw6225) ムービーファン 女 24歳 科学捜査官
小春(cfds6440) ムービースター 女 25歳 幽霊メイド
花咲 杏(cyxr4526) ムービースター 女 15歳 猫又
グレン・ヘイル(cbsm3414) ムービースター 男 24歳 元・魔王
一乗院 柳(ccbn5305) ムービースター 男 17歳 学生
<ノベル>

 日が暮れてきた。
 御先はいつもとは違う、大型タクシーに乗っていた。沢山の人数の乗れる車を一応用意して欲しい、という対策課からの言葉に従ったのである。いつも乗っているタクシーとは微妙に勝手が違う。
「本当に、来てくれるんでしょうか」
 御先はため息をつき、ブレーキを踏む。対策課からの呼びかけで対応してくれるという人たちと待ち合わせしている、公園に着いたのだ。
 降りてそれらしい人を探そうと、御先はエンジンを切る。その瞬間、ぞくり、と背筋が凍りつく。
「御先様、お久し振りで御座います」
 ぬっと、助手席に小春(コハル)が現れる。思わず御先は「ぎゃっ」と声を上げた。
 小春は「あらあら」と言いながら、にっこりと笑う。
「お困りのようですわね」
「おおお、お困りですね! まず、小春さん、あなたにお困りですよ、私は!」
 文法がおかしい。
 小春は「あら」と言いながら、きょとん、と小首をかしげる。
「どうなされたんですか? 御先様がお困りと伺って、参ったのですが」
「なら、普通に待ち合わせ場所に居てください。助手席にいきなり現れなくてもいいでしょう」
「早くお会いしたかったので」
「なら、せめて口の端から血を流さないで下さい」
 御先に突っ込まれ、小春は「あらあら」と言いながら、血をぬぐう。明らかに確信犯である。
「御先さん、何をやっているんですか?」
 コンコン、と運転席の窓を一乗院 柳(イチジョウイン リュウ)が叩く。御先は「すいません」と言いながら、タクシーから降りる。柳はその際、思わず一歩後ろに下がる。
「どうしました?」
「え、ええと……正直、御先さんって外見が幽霊っぽいですよね」
 びくりと体を振るわせた言い訳を、柳はそう説明する。御先は「はあ」と言いながらも、納得したようだ。
「相変わらず、男が苦手なようじゃな、ヤナギ殿」
 こそ、と柳の首に巻きついている管狐、クダラが言う。その言葉に、柳は苦笑をもらす。
「にゃあ」
 御先の足元で、黒猫が声を上げた。花咲 杏(ハナサキ キョウ)だ。
「花咲様、無事に御先様を連れてまいりましたよ」
 にこやかに言う小春に、杏は「にゃあ」と鳴きながら近づき、小さな声で「黙っててくれるんやね」と言う。
「当たり前ですわ」
 杏は、人間の姿にもなれる。だが、あえて猫の姿で御先の前に現れた。顛末を知り、これは面白そうだと思ったので来たものの、やはりただ来るだけでは面白くない。
(こんな面白い事、見ずにはいられへん)
 くすくすと笑う杏を見て、柳が「あ」と言う。杏は足取り軽く地を蹴り、す、とクダラのいない方の柳の肩に乗った。
「内緒やで?」
 杏の言葉に、柳は「やっぱり」と言って笑う。
「うん、黙っておくよ。内緒だね」
 悪戯っぽく、互いに笑い合う。御先一人、何事か良く分かってはいない。
「よし、これで全員そろったな。行くぞ、御先!」
 グレン・ヘイルは、そう言ってにっと笑った。口元から、キャンディの棒が覗いている。
「そ、そうですね。なんとしても、レイコさんには野望を改めてもらわないと」
 御先の言葉に、グレンは小首をかしげながら「なんでだ?」と尋ね返す。
「何でって……ええと、レイコさんが改めてくれるように、来てくれたんですよね?」
「いや? オレはレイコが立派な幽霊になるのを手伝いに来たんだぞ」
「ええっ?」
 御先は慌てて周りを見る。御先の言葉を聞き「そうだったのか」と言わんばかりの表情をしている、皆の顔がそこにはある。
「さっさと行かねば、レイコに会えなくなるぞ」
「あ、は、はい」
 グレンの言葉に、御先は慌ててタクシーに乗り込む。それと同時に、皆もぞろぞろとタクシーに乗り込んだ。
「小春さん、姿を消すんですね」
 柳の言葉に、小春は「おほほ」と笑う。
「まずはレイコさんに来ていただかないといけませんから」
「それじゃあ、オレ達は後部座席に隠れておかなければいかんな」
 グレンが「ふむ」と言いながら頷く。そして、小春は姿を消し、グレンと柳は後部座席に身をかがめた。
「み、皆さん今からしなくても……」
 アクセルを踏みながら慌てる御先に、杏が心底楽しそうに「にゃあ」と声を出すのだった。


 夜が更けてきた。
 仕事で遅くなってしまった、と二階堂 美樹(ニカイドウ ミキ)はため息をつく。静かな住宅街は、誰もこの街には居ないのではと不安になるくらい、静かだった。
 そんな中、隣を大型タクシーが過ぎ去っていった。
「こんな夜中に、タクシー?」
 美樹は小首をかしげながらも、深く考えずに歩き始める。早く家に帰って、ふかふかの布団にもぐりこみたい。
「あら」
 またタクシーがやって来た。大型タクシーだ。先程確かに自分とすれ違ったはずなのに、また前からやってくる。
「団体客でもいたのかしら?」
 二台目だし、と美樹は呟きながら何気なくタクシー内を見る。タクシーが「賃走」になっているので、誰かが乗っているはずだ。いや、大型だから多人数か。
「え?」
 すれ違い、美樹は思わずごしごしと目をこする。
 タクシーの中には、誰もいなかった。いや、運転手はいた。だが、客は誰も乗っていなかったのだ。
「どういう、こと?」
 ぞくり、と背中が凍りつくのを感じた。美樹は足早に歩き始める。これは気のせい、疲れているせいなのだと自分に言い聞かせて。
(まさか、幽霊タクシー?)
 最近、勤務先である県警内で噂になっていた。夜中になると、幽霊を乗せている幽霊タクシーがいるのだと。
「ば、馬鹿馬鹿しい!」
 ぎゅっと唇を噛み締めつつ、美樹は言う。
「何が、馬鹿馬鹿しいの?」
「え?」
 不意に声をかけられ、美樹は振り返る。そこには女子高生が立っていた。何故か向こうの景色がうっすらと見える、女子高生。
 美樹は声にならない悲鳴を上げた。
 蝙蝠くらいなら、聞きつけられるかもしれない。いや、声にもなっていないのだから、音波すら出ていないかもしれない。
 美樹は走り出していた。すると、目の前からまたもや大型タクシーがやってきた。相変わらず、中には誰も乗っていない大型タクシー!
――ばたんっ。
 美樹はそのまま、気絶してしまった。


 目を覚ました美樹が見たのは、自分を心配そうに見る人々と猫だった。
「あああ、無事だったんですね。よかったです」
「ここ、は」
 ぼんやりとした頭で辺りを見回す。大型タクシーの中のようだ。
「そう、幽霊!」
 叫びながら起き上がると、皆が顔を見合わせながら「実は」と話し始めた。
 御先の体験した事と、レイコの事を。
 それでようやく納得した美樹は、大きく息を吐き出してから皆に向き直った。
「協力するわ、私も」
「では、お願いします」
 にこやかに御先が言う。
「それでは、レイコ様をおびき寄せる為に、美樹様もお隠れになってくださいませ」
 小春の言葉に首をかしげると、柳とグレンが手をこまねいた。後部座席に身を隠せ、と言っているのだ。
「狭くないかしら」
「大丈夫やろ」
 声がし、慌ててそちらを見るが誰も居ない。いるのは、綺麗な毛並みの黒猫だけだ。
 美樹は一瞬びくりと体を震わせてから、グレンの「こっちだ」という声に従った。
「杏ちゃん、あまり驚かせないようにしないと」
「つい、な」
 柳の突っ込みに、ちろり、と杏は悪戯っぽく舌を出すのだった。


 草木も眠る、丑三つ時。
 御先は、すっと手の挙げられた少女の姿を確認してタクシーを止めた。少女は俯いたままタクシーに乗り込む。
「どちらまで?」
「あっちです。ずうっと、あっち」
 少女の言葉に、御先はごくりと喉を鳴らして唾を飲み込む。ゆっくりと車を発進させ、何事も無いかのように振舞う。
 タクシーに乗り込んだ少女は、おもむろに何かを取り出す。運転席の方を確認し、そっとそれをシートに向かってこぼそうと。
「いけませんわ、そんなことをしては……」
 ぎゅっと、いきなり少女の腕は血塗れの手に掴まれてしまった。少女は思わず「きゃあ」と声を上げる。
「そうだ。後部座席を少しぬらす程度では、怖くないだろう!」
 後部座席から、いきなりグレンがぬっと飛び出る。またもや少女は「きゃあ」と声を上げる。
「こっちにしろ、こっちに。こっちの方が怖いぞ」
 少女の持っているペットボトルを取り上げ、グレンは紫色でボコボコいっている怪しげな液体を手渡す。
「それ、凄い液体っぽいですけど、どうなるんだ?」
 ひょっこりと柳が出てきて、グレンに尋ねる。更に出てきた存在に、少女は再び「ひい」と声をあげる。
「ふっふっふ、かけてみれば全て分かる。さあ、やるのだ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
 慌てて少女は突っ込む。すると、近くで猫が「にゃあ」と鳴く。
「ね、猫?」
 軽くほっとする少女だが、猫が少女に近づいて「こういう驚かせ方も、ありやろ?」と悪戯っぽく話しかけてきた為、再び悲鳴を上げる。
「先例に倣うというのはいい手やけど、折角やからそれ参考にしてよりよくしたらどうや? 水やなくて、菊の花びらとか」
 猫……杏は、そっと少女に囁く。少女は猫が喋るのと、不思議なアドバイスに何も言い返せず呆然とする。
「あなたね、立派な幽霊になりたいとかいうのは」
 美樹がひょこっと出てきて少女に言う。少女は「もう!」と叫びながらも、体をびくりと震わせる。
「一体、何だって言うのよ! てか、手、手!」
 少女の手は、相変わらず血塗れの手が掴んでいる。手は「あらあら」と言いながら、全身を現した。
「まだ掴んだままでしたわね」
 ほほほ、と笑う小春は、何故か血塗れ。少女は更に悲鳴を上げる。
「何よ、この……幽霊タクシー!」
「いや、あなたに言われても……」
 御先はタクシーを止め、冷静に突っ込む。
 少女は「あ」と声を上げ、照れたように笑う。
 少女とはつまり、レイコであった。


 タクシーを止め、レイコを中心にタクシー内の座席に皆が座った。
「立派な幽霊になりたいなんて……」
 ふう、と美樹がため息をついた。レイコはきょとんと小首をかしげる。
「できれば、立派な幽霊、なんていう言葉は使って欲しくないわ」
 新米とはいえ、美樹は警察関係者だ。悲惨な最期を遂げた被害者達を見ている。映画の世界では違うかもしれないが、現実世界の幽霊は自分自身も恐怖や恨み、悲しみのうちになくなっていることが多いのだ。
 だが、それはレイコには分からない。美樹も説明はしない。現実世界と映画世界の成り立ちから考え直す必要が出てきそうだからだ。
 それでも、立派な幽霊という言葉には引っかかる。だからこそ、使って欲しくない。
「分からないわ。だって、私は立派な幽霊になるために学校に行っていたのよ?」
「立派な幽霊になるための学校なんてものもあるんだね。僕の通っていたとこは、人外が人間らしさを学ぶ為の学校だったけど」
 柳が感心したように言う。
「あなた、人外なの?」
「いや、僕は正真正銘、れっきとした人間だけど」
 レイコは「ふうん」と頷いた。何故人なのに、人外の学校に行っていたのだろうと思ったらしいが、とりあえずは聞かない事にしたらしい。
「立派かどうかはさておき、幽霊としても流儀がございます」
 小春が静かに言う。
「流儀?」
「ええ、例えば……あまり人を困らせてはいけません」
「私、困らせてた?」
 レイコが怪訝そうに尋ねる。そこかららしい。
「こ、困りましたよ! 少なくとも、私は困りました」
 御先がここぞとばかりに主張する。そして、レイコの持っている怪しい液体をびしっと指差す。
「特に、それ! それ、困りま」
「結局、これってどうなるの?」
 必死な御先の言葉を遮り、レイコはグレンに尋ねる。グレンはにやりと笑い「やってみたらいい」と促す。
 レイコは「それじゃあ」と言って、液体を後部座席にたらした。ぬるっとした液体が座席にかかり、勿論座席もぬるぬるする。
「見た目がグロテスクになっただけやね」
 ぽつり、と御先に聞こえぬよう、杏が言う。
「早く拭かないと、取れなくなっちゃうわよ」
 美樹が言うと、御先がティッシュを取り出して座席を拭こうとする。
――べちゃ。
 拭こうとした御先の手が、ぬるっとした座席に着地してしまった。というか、杏の手(というか前足)によって、べちょ、と着地させられてしまった。
「……どうなの?」
 柳が尋ねる。
「べとべとです。まるで、ベッドの如く、べっとべとです!」
 御先の言葉に、その場が凍りつく。
 寒い。
 タクシーの中、ちょっとクーラー入れすぎちゃったかな、と不安になるくらい、寒い。
「こりゃ参りましたね! あっはっは、参った参った、まーいっかー!」
――参ったと、まあいっか、をかけてみました。
 説明されなければ分からない、寒いギャグ。細かく分類するならば、親父ギャグというものになる。でもって、御先は何故かハイテンションだ。
「グレン様、これは……」
 小春の問いに、グレンは「どうだ」と誇らしげに笑う。
「怖いだろう。話すたびに皆が凍りつくくらい、怖いだろう!」
「ええ、ある意味」
 びしっと美樹が突っ込んだ。まだ背筋がぞくぞくする、と言いながら腕をさする。小春は「あらあら」と言いながら、御先に代わって座席を拭いてやる。
「綺麗に取れるといいですわね、御先様」
「ありがとうございます。ありが十匹で、ありがとう! とかっ」
 あっはっは、と笑いながら言う御先に、小春はぴたりと手を止める。そして次の瞬間、全身血塗れになって御先の背後に立つ。
「御先様……!」
 呼ばれて、御先は後ろを振り返る。振り返った先には、血塗れの小春。
――ばたり。
 御先は、その場に倒れてしまった。色々限界に行ってしまったのかもしれない。
「……仕方ないと思うわ」
 小春を見て顔を引きつらせながら、美樹は言う。まるで先程の自分を見ているようだ、と思いながら。
「これで、堂々と話せるわぁ」
 杏はそう言って、ぐぐっと伸びをする。
「なぁ、お嬢。それやったら、ただ驚かせてるだけや。それなら誰でもできる。よりスタイリッシュに驚かさな。有名になりたいんやったらな」
「スタイリッシュ?」
 きょとん、とレイコは小首をかしげる。
「そうだね。大体、タクシーを狙っても限られた人しか脅かせないし、それ位で有名になるのは難しいんじゃないかな」
 柳が頷きながらいう。レイコは「そうかもね」と言いながら、こくこくと頷く。
「それに、気の弱そうな方は脅かしすぎたらいけません。危ないですから」
 小春はそう言って、やんわりと微笑む。気絶している御先は、気の弱そうな人、というのに入らないのだろうか。
「あまり急に驚かせても、危ないだけだわ。交通事故が起こる可能性だって出てくるし」
 そう言って、美樹は真面目な顔をする。
「なら、どうしたらいいのかしら。あ、もうそのベトベトは却下よ」
 さらりというレイコに、グレンが「なぬ」と言って、レイコをじっと見つめる。
「まだたくさん作れるのだが」
「いらないわ」
「あれは、怖くなかったか」
「ある意味怖かったけど、却下」
 すっぱりと切り捨てられ、グレンは小さく「残念だ」と呟く。周りは、軽くほっと胸をなでおろす。
 世の中にあのような親父ギャグが蔓延するのは、どうもよろしくない。現状でさえ……いや、なんでもない。
「銀幕市には、ホラー映画から出た訳でもないのに、色んな人に恐怖を与えている有名人だって居るし」
 柳はそう言って、小さな声で「ツタとか、ツタとか、あとツタとかで」と呟く。
「ツタ?」
 きょとんとしてレイコが尋ねると、柳は「と、とにかく」と言ってから、ぐっと拳を握り締める。
「幽霊だからって、人を脅かさなくちゃいけないって事はないと思うんだ。っていうか、怖いから脅かさないで下さい」
「私の行っていた学校では、脅すのを習慣に、みたいな事を言ってたけど」
「そういう習慣良くないって!」
 柳は慌てて突っ込む。
 そのやり取りを見て、くすくすと杏が笑う。
「そうやなぁ……銀幕市ゆえに、スターと思って怖がらない相手もおるし、知っていても怖がる人もおるからなぁ」
「例えば、御先様はとても怖がってくださいますので、楽しいかもしれませんが……どうせなら、善い方には迷惑をかけず、もっと悪い事をされていそうな方々を脅かした方がいいと思いますわ」
 小春はそう言って、にっこりと笑った。
 にっこりと笑っているのに、どことなく黒いオーラのようなものを感じる気がするのは、気のせいだろうか。
「せや。焦らず、相手を選ぶのも肝心やわ」
 こくこくと杏が言う。
「わ、悪い人でも脅かしすぎるのは良くないわね」
 ごほん、と咳払いをしてから、美樹が言う。「どうせなら、人を脅かして尚且つ喜ばれるような存在を目指す方が良いわ」
「そうそう、レイコちゃんは何か他のものを目指すべきだよ。そんなに可愛いのに、人を怖がらせる事なんかに熱意を燃やしているなんて、勿体無いよ!」
 力強く柳が言う。レイコは「可愛い?」と言って笑う。まんざらでもなさそうだ。
「でも、そうするとレイコの目指す『立派な幽霊』というものからは、外れていきそうだぞ」
 グレンが冷静に突っ込む。それを聞き、美樹が「立派な、ねぇ」と小さくため息をついたが、誰の耳にも届かなかった。
「どうしても幽霊に拘りたいなら、お化け屋敷か何かでアルバイトしてみるとか。そうしたら、営業妨害どころか、寧ろお店の貢献になるし、アルバイト代も稼げて一石二鳥だよ」
 柳が提案すると、グレンが「なるほど」と頷く。
「アルバイトは大事だからな。有名になれば、お客は増えるしレイコも有名になる、という訳だな」
 グレンの言葉に、柳はこっくりと頷く。
「それ、いいわね。これから銀幕市で生活するんだし、立派な銀幕市民になれるわ」
 美樹が言うと、レイコは「立派な銀幕市民?」と尋ね返す。
「そうよ。立派な幽霊じゃなくて、立派な銀幕市民を目指すといいと思うわ」
 現実世界の幽霊という概念を持たぬレイコには、そういう方向から話を持って行く方が得策だ。レイコは「そうねぇ」と頷いている。
「それでしたら、今からいかに恐ろしい演出をするかという練習をされたらいかがですか?」
 小春が提案する。レイコは「いいわね」と言って笑う。
「本当にお化け屋敷に行くかどうかはさておき、それはちょっと聞きたいかも」
「ならば、オレから提案だ。やはり、見た目からだ!」
 グレンはそう言って、持っている棒キャンディをひらりと振るう。さながら、シンデレラにドレスを着せる魔法使いのように。
 きらきらと光が消えた後、現れたのは煙草の着ぐるみを着たレイコだった。ご丁寧に、上の部分から煙が出ている。
「苦くて煙たくて、オレは嫌いだ。恐ろしい」
 忌々しそうにグレンが言う。
「ええと、頭から煙出てるけど」
 柳が突っ込むと、グレンはこっくりと頷く。
「あれは、ドライアイスだから安心だ」
 自信満々に言うが、どうも反応がよろしくない。特に、レイコの。
「別の、ないの?」
「あるぞ。それっ」
 グレンはそう言って、再びひらりとキャンディを振るう。
 そして現れたのは、アリの着ぐるみ。
「……あの」
「オレの好きなキャンディを落とすと寄ってくる、嫌な奴だ!」
「確かに怖いかもしれないけど、また違った怖さね」
 冷静に、美樹が突っ込む。
「なら、これならどうだ?」
 再びグレンがキャンディを振るう。現れたのは、怪獣の着ぐるみ。
「あの、ね」
 軽く震えながらレイコが突っ込もうとすると、グレンは真顔で口を開く。
「この間、こいつの映画を見た。なんとも恐ろしい映画だったぞ」
 杏が腹を抱えて笑っている。真顔のグレンと、呆然とするレイコを交互に見ながら。
「これも気に食わないか。なら、やっぱりこれだろう!」
 グレンがキャンディを振るう。そうして、最終的にレイコの格好はグレンと同じものになる。
 皆が呆然としてグレンを見ると、グレンは自信たっぷりにこっくりと頷く。
「やはり、一番恐ろしいのは、オレサマだろう」
「そうね、ある意味そうに違いないわ」
 レイコは大きくため息をつく。本当に、ある意味、恐ろしい。
 グレンは「仕方ないな」と呟きながら、レイコを元の姿に戻した。
「噂や都市伝説を利用するというのも手や。噂が本物を産む事もあるしな」
 未だに喉の奥で笑いを噛み締めつつ、杏が言う。
「怖いと思う演出をするというのもあるで。怖そうな場所に怖い噂があって、夜も遅い時間に白いものを見たら、それを幽霊と思ったりもするし」
 杏の言葉に、美樹が小さく「覚えがあるわね」と呟く。
 全く同じ事が、先程起こったような気がする。その名も「幽霊タクシー」。
「レイコ様の演技も大事になりますわね。腕の見せ所ですわ」
 小春が頷きながら言う。
「うちは、面白そうな……頑張っている女の子には、全力で協力するし。頑張り」
 杏がすらりと立って言う。レイコは嬉しそうに「ありがとう」と礼を言う。
「今、さり気なく『面白い』とか言ってなかったか?」
 グレンがぽつりと突っ込む。
「確かに聞こえたけど……まあ、レイコちゃんは気付いていないし、いいんじゃないかな」
 ぽつり、と柳も呟いた。
 タクシー内が和気藹々とした頃、ううん、という声が響いた。
「あら、気付いたのね。よかったわ」
 美樹が御先を見ながら言う。御先の閉じられたまぶたが、ぴくぴくと動いたのだ。
「長い気絶でしたわね」
 ふふ、と小春が笑う。小春が気絶させたせいなのだが、特に気にしていないようだ。
「わ、私は、一体」
 ぱちぱちと何度も瞬きをしながら、御先が体を起こす。それを見て、杏が「そうや」と言って、不敵に笑う。
「お手本、見せてあげるわ」
「え?」
 レイコが尋ね返したその瞬間、杏は地を蹴って御先の前に行く。御先が「猫さん」といった瞬間、くるり、と杏は宙を一回転する。
「……なっ! ぎゃっ!」
 御先は、ぽかんと口を開けたまま、杏を見つめてカタカタと震えた。余程驚いたのだろう。
 悪戯っぽい笑みを浮かべてレイコの方を振り返る杏は、可愛らしい黒髪の少女の姿になっていた。
「かっこいい……」
 両手を組み合わせ、キラキラした目でレイコは呟いた。


 後日、銀幕市にある遊園地に新しいお化け屋敷が出来たという宣伝が入った。
 そのお化け屋敷は、まず入り口で雰囲気をしっかりと演出され、黒い猫が案内してくれる。途中途中でいきなり血塗れの手で腕を掴まれたり、背後に立たれていたり、何故かべたべたした床があったりしつつ、出口を目指していく。出口では、猫がくるりと一回転して少女の姿に変わるのだという。
 一度に入れるのは一組だけ、一日に入れるのも限られたグループ数だけ、という珍しさも手伝い、連日盛況なのだという。
「一石二鳥って聞いたし、色んな指導もらったし、いいかなって思って」
 お化け屋敷の休憩時間、様子を見に来た御先にレイコはそう言って笑った。
「よかったですね、楽しそうで」
「そうね、よかったわ。タクシーの幽霊になってやろうと、御先さんのタクシーを狙ってやって」
 レイコの返事は御先のものとは違ったのだが、訂正しなかった。レイコが、心から楽しそうにしていたから。
「あ、もう休憩時間終わっちゃう」
 慌てるレイコに、御先は「頑張ってくださいね」と声をかける。
「折角だから、入っていけば?」
「いえいえ、遠慮しておきます」
 全力で首を横に振る御先に、レイコはくすくすと笑う。そして「じゃあね」と言ってお化け屋敷のほうへと向かったが、急にくるりと振り返った。
「私、立派な銀幕市民かな?」
 レイコの問いに、御先は笑顔で頷いた。それを見て、レイコは足取り軽く、お化け屋敷へと向かっていった。
 彼女が有名な幽霊になるのは、そう遠くない未来かもしれない。


<お化け屋敷から楽しそうな悲鳴が聞こえ・了>

クリエイターコメント お待たせしました、こんにちは。霜月玲守です。
 この度は「【御先さんの幽霊な日々】目指せ、有名ユーレイ!」にご参加いただきまして、有難うございます。いかがでしたでしょうか。

 この「御先さんの幽霊な日々」は、木原WR提案の独立型のシナリオです。他のWRさんとの密接なリンクはありませんけれど、御先さんをたっぷりと堪能できる仕様になっています。

 今回、ノリとテンポを重点に置いたシナリオとなりました。書いている本人が、凄く楽しいものに。あの、その……皆さんプレイングが素敵過ぎると思います。大好きです!

 少しでも気に入ってくださると嬉しいです。ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。
 それでは、またお会いできるその時迄。
公開日時2008-07-16(水) 18:40
感想メールはこちらから