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<ノベル>
ばんっ、と高い音を立てて、対策課の戸が開かれた。何事かと見やる職員たちや依頼を探していた数人を前に、駆け込んできたのは二人の娘と、一台のマシンだ。
「お願い、助けてください!」
「一体、どうしたの?」
息せききって駆け込んできて、開口一番が「助けて」である。ちょうど訪れていた香玖耶・アリシエートはびっくりしてそちらを見つめた。
「この子と同じ映画から、実体化した……研究員とロボット、が追ってきていて」
肩で息をしながら、二人の娘のうちの一人……二宮由佳が口を開いた。彼女はもう一人の、はかなげな、しかしどこか無機質な印象を見せる白いワンピースの少女の手を引いている。
「捕まるとこの子、ばらばらに、されちゃうかもしれないの。逃げてきてさっき一旦は、この人……サマリスさんが追い払って、助けてくれたんだけど。……ごめん、私もう、ダメ……」
「警告しましたし、この姿ですから威圧感はあったと思うのですが……また装備をそろえてくることも考えられます」
体力不足か、結局へたり込んだ由佳の言葉を、小柄な白を基調としたマシン……サマリスがやや憂う様に引き取って続けた。
「どうやら依頼となりそうやね。うちも詳しいお話、聞かせてもろてもええ?」
同じく居合わせた金と青のオッドアイの少女……花咲杏が首をかしげつつ、そばにいた黒のツナギの青年を呼んだ。
「ほら、ミケはんも気になりますやろ?」
青年……ミケランジェロは、小さなため息交じりに一応そちらへ向きなおった。彼の紫の瞳があまりやる気が無いことを漂わせている。しかし少女は、そう言ったことには頓着せずに、促されて話し始めた。
「研究所の人たちは、私が逃げ出したから追いかけてきているんだと思います。私は、あの人に……絵描きに会いに行きたいんです。森へ行って、あの人のアトリエに、行きたいの」
彼女は自分の手をぎゅっと握りしめて、続けた。それは切実な、想い。
「お願いです、力を貸してください。森に……あの人のところに、行きたいんです」
言ってぺこんと頭を下げる。すぐにあげられない頭は、彼女の思いの強さを物語っているようでもあった。
「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られるっていうし、ひとり頑張る女の子は放っては置けへんやろ。うちは手伝うわ」
「私も。何か力になれそうなら」
香玖耶が杏に続く。
「私も通りかかったのは何かのご縁ですし、お手伝いしたいと思っています。これで四人、ですね」
「……五人だ」
サマリスの言葉に、ミケランジェロが続けた。「俺も手伝うぜ」
少女がぱっと顔を輝かせた。ありがとうございますと言ってまた頭を下げる。
「ということは、とにかく森に行ければいいのよね? ……動く前に、情報があると嬉しいのだけれど……」
「一応、私が来る最中に頼んではおいたのですが……」
その言葉にサマリスが答えて、役所の中を見渡す。気がついた職員が、数枚の紙の束を持ってきて彼女に手渡した。ホチキスで綴じられたその表紙の文字は、『約束の一枚』。
「――貴女に頼まれたものだと連絡が来てましたよ。こちらには来られないので転送で申し訳ないともおっしゃってましたが」
「それは?」
「……彼女の映画の情報です。ここに来る前に、フェア様に頼んだものなのですが。……あれ、梟様たち、いませんね……?」
あの移動動物園みたいな方たちなら、数日前にでてっちゃったんですよと職員が苦笑交じりに言う。そうですかと答え、ざっと目を通したサマリスは、紙を香玖耶に渡した。香玖耶が目を通す横から、杏が覗き込む。
「森ってのは絵か……」
興味がなさそうに見えたが、いつの間に見たのか。きちんと目を通していたらしく、ミケランジェロがモップにややもたれて呟いた。
「ええ。でも、どうやら魔法使いを探すのが一番速そうですね」
「この魔法使いって、実体化しとるんやろか?」
サマリスの言葉に、杏がカウンターの方を向いた。資料にある特徴……亜麻色の髪に浅葱の瞳、加えて作中では名前が無かった……を聞いて、職員の一人が声を上げた。市民名簿をめくっていたらしい。
「ああ、ありました。登録されてますよ。結構前ですね、これは」
「おおきに。……ほな、市役所にずっといたってもどうしようもないやろから、探しに行こか」
優しく杏が少女に声をかけ、市役所の出口の方に向かって歩きはじめた。ミケランジェロがモップを持ちなおしてそれに続き、少女を振り返る。サマリスに促されて不安そうに歩を進める少女に、隣に並んだ香玖耶が声をかけていた。
「大丈夫よ。きっと私たちが、なんとかして会いに行かせてあげるから」
言いながら彼女の指は、無意識に胸元の銀のロザリオをなぞっている。
*
「といっても、どこにいるのか見当もつかないわね……」
初対面の面々とも改めてあいさつを交わした後。首をかしげながら言った香玖耶のコメントに、うんうんと杏が頷く。
「ネットワーク使うて、地道に聞き込みしてみるわ。……絵についてはそっちが専門やろ? 任せましたで、ミケはん」
「私も精霊に飛んでもらって聞いてみるわね。同じ映画出身なら、多分波長で分かるはずなの」
魔法使いを探そうと準備に取り掛かりかけた二人に、サマリスが声を上げた。
「あっ!? ――お二人とも、危ないですっ!」
びぢゅんっと空気を裂いて、石畳を焼く音。
「きゃっ!? なによ!」
「不意打ちなん、あんまり奇麗な手ではあらへんね」
すんでのところでレーザー銃か何かの一撃を避けた二人は、攻撃の元の方を振り返った。そこには大仰な機械を構えた研究員が数人と、まるで絵を描く時に使うデッサン人形のようなのっぺりとしたロボットが数体、こちらに向けて駆け寄ってきたところであった。少女がびくりと身を固くして、来た、と小さく呟く。
「あなたたちね、彼女のこと捕まえようっていうのは」
「そ……そのロボットを引き渡したまえ!」
研究員のうちの一人が、銃のような形の機械を構えて叫んだ。とたんロボットたちが襲いかかってくる。
「邪魔するんやったら、うちらかて手加減せぇへんよ!」
掴みかかってきたロボットをひらりとかわし、杏が声を上げた。睨みつけたロボットのうちの一体がごうっと燃え上がる。軽やかに身をひるがえして地面に降り立つ杏の姿は、変わらずの長い黒髪に、猫の耳と、尾。
「あまり物騒なことは、なさらないでいただきたかったのですが、ね」
どんっと音がして、サマリスの放ったライフルが狙いたがわず研究員のレーザー銃らしき塊を鉄クズに変える。腰を抜かして尻もちをついた研究員は、それでも何とか声を絞り出した。
「ほっ、他の奴らには構うな! 被検体だけ取り戻せばいいんだ!」
「そうはさせないわよ! ……流れゆく乙女の歌声よ、応えよっ」
香玖耶の声に応えて、風が相手の足元……まさしく地面そのものから勢いよく巻き上がる。うわああと情けない悲鳴をあげて研究員たちが巻き上げられて派手に吹き飛ばされ、ロボットの数体が声もなく吹き飛ばされて転がる。そのなか、小さな悲鳴が響いた。少女にのばされたのは、のっぺりとした人形の、腕。杏が振り返って声を上げた。
「お嬢――」
その声は、どっという重い音とともに途中で飲み込まれる。先程までは、戦闘は任せるとばかりに傍観していたミケランジェロが、胸に大穴をあけたロボットからモップの柄の方の先を引き抜いたところだった。
「まだ、やるのですか」
ガシャンという重厚音。サマリスが研究員の方に向き直って訊ねている。彼らは……とはいえ数人のうち二人は気絶していたが……ともかく彼らは、顔を見合わせると平身低頭した。ロボットと見れば、一体は丸焦げ、数体が地面や何かに激突してひしゃげており、最後の一体は胸に大穴があいていた。どうやらそれが、彼らの頼みの綱だったようだ。
「すっ、すみませんでした! どうか見逃してください!」
「い、命だけは! 命だけは助けてください!」
「どうしましょう……少し勘違いされてるようですが」
サマリスが振り返って囁いた。それに香玖耶と杏が顔を見合せ、ついでミケランジェロの方を向く。彼が我関せずとばかりにひらりと軍手の手を振ったのを見て、二人は頷いた。
「勘違いしてくれはってるほうが、うちらにも都合がええんやないやろか?」
「ええ、このまま帰っちゃってもらいましょうよ」
二人に頷くと、サマリスは研究員たちの方に向き直った。ひいいっとじりじり後ずさって悲鳴をあげる研究員たちに内心苦笑しながら、サマリスは告げた。
「もうかかわらないというのなら、私たちもなにもしません。ですから、お帰りいただけるなら――」
「本当にすみません、ありがとうございます! 去りますので!」
ある意味見事とすら言える逃げ足で、研究員たちは逃げ去っていった。あまりにあっけない逃走に少女を除いた四人は思わず顔を見合わせていたが、気を取り直したように香玖耶が空を見て声を上げた。
「来てくれてありがとう。……もう一つ、お願いがあるのだけど。ええ、人探し――」
何事かと見ていると、地面に風が小さくつむじ風を作った。どうやら彼女は、先ほど呼び出した精霊に捜索を頼むようだ。その様子を見て、杏も近くの猫に声をかけていたが、ふと気がついたように振り返った。少女の方を、覗きこむ。
「な、なんでしょう?」
「ここは、銀幕市って言うんやけどな、ここには、お嬢やうちらのように、映画から実体化した人たちがたくさんおるんよ。……でも、残念なんやけど、お嬢の想い人は、映画にも映ってないんや。――わかる?」
「杏さんっ!?」
息をのむ少女に、振り返った香玖耶が非難めいた声を出した。それを伝えてしまうのかと、彼女の薄い紫色の瞳が言っている。それを遮るように杏が片手をあげて制すると、続けた。
「つまり銀幕市には、いない。お嬢の気持ちだってわかるつもりやよ? だからこそ、知った上で選んでほしいと思ったんや。別に実体化せえへんでも、想うことはできるし、それが無意味なこととも、うちは思わない。……それに、実体化できへんからって会えないとも、うちは思ってないんよ。会うところがここである必要だってないんやで? ――それに乗りかかった船やし、お嬢が何を選んでもうちはとことん手伝ったるよ」
皆が固唾をのんで見守る中、少女は迷う様に視線をふらつかせていたが、やがて、それでも消え入りそうな声で呟いた。
「だとしても……もし仮にそうだとしても、行きたいんです」
それは杏の言葉を完全に信じたようではなかったが、少女自身の森に行きたいという決意自体は固いものであることを如実に表していた。と、みあうという猫の鳴き声。五人が足元を見ると、数匹の猫が集まってきていた。そのうち一匹の白い猫が、杏を見上げて一声鳴く。それと同時に、香玖耶がふと顔をあげた。やわらかい風が、また吹き始めている。
「見つかったん?」
「ええ、こっちも見つかったみたい」
「どこにいるんだ?」
なにやらにゃあみゃあと猫たちにまとわりつかれはじめたミケランジェロに、杏がにんまりと笑いながら答えた。
「自然公園によくいるらしいんよ」
せやよね、と香玖耶に向かって振り返ると、彼女も頷いた。
「ええ。……そ、それにしても、ミケランジェロさん、猫に好かれてますねぇ……」
「俺は猫じゃねぇ!」
「あの、猫でなくとも懐かれるとは思いますが……。ね、行きましょう。そうすればすこしでも近づけるはずです。それに――」
猫たちにツナギをよじ登られて辟易した様子のミケランジェロに呟きつつ、そっと少女を促して、サマリスが優しく言った。
「杏様の言葉じゃないですが、ここは銀幕市なんです。原作通りに行かなくてもいいと、私は思いますよ」
*
自然公園の方まで、あたりを探しつつ五人は移動していた。なぜか一部の猫まで一緒についてきている。
「あ……」
ふと、少女が声を上げた。四人が習って見やると、確かに探していた特徴と合致する青年が、数人の連れと一緒に公園を出ようと歩いてきたところだった。
「まほう、つかい……?」
少女の目の前で、青年が淡く微笑む。杏の足元で白猫が、「ね、いったでしょ?」とばかりに得意げに小さく鳴いた。なにを言うのだろうと四人が見守る中、魔法使いが口を開く。
「……久しぶりだね。この街でこうやって会えるとは、本当は思ってなかったんだけど」
「ええ、久しぶり――」
小さく呟いて、少女は幻でも見るかのようにふらふら近寄った。その腕に触れて確かめ、彼女は口を開く。やはりというべきか、最初の質問はこれだった。
「ねえ、絵描きがいないって、本当なの?」
「――黙っていて、すまない」
魔法使いの返答に、少女が一歩後ずさった。それを支えるように、香玖耶が後ろから手を添えた。顔をあげて、青年に問いかける。
「ねえ、それでも会いに行く方法は、ないの」
「『森』までは確かに、連れて行ってあげられる。でも……僕には逆にいえば」
彼はそこまで言って言い淀んだ。きっと彼は、絵描きが映画の中で居なかったことを知っているだけに、会いに行かせてやることに意味があるのか、悩んでいるのかもしれなかった。彼はふと後ろから肩を叩かれてそちらを向いている。小さく、けれど何かをしっかり呟いた魔法使いは、そこで何かを取り戻したように見えた。また背筋を伸ばして彼は言い直す。
「――少なくとも『森』までは連れて行ってあげられると思う。それに……それに、もしかしたら、僕らがいま映画の中にいないことで……何か奇跡が、起こせるかもしれない」
*
そこは、無限に広がる森と、その森の中に建てられた一件のアトリエ。
「ここ――!」
少女はそのこじんまりとした建物を見つけると、突然駆け寄っていった。慌ててサマリスと香玖耶、それに杏が後を追う。一方ミケランジェロは、この空間がやや気になるようだった。絵のような感じもするが、違う気もする。おそらくは絵『でもある』のだろうが……。
「ここは……ここは魔法で構成されているんです。……銀幕市でいえば、ロケーションエリアみたいなもの、でしょうか。現実と、彼のアトリエのある森とをつなぐのが僕のこの夢幻の森なんです。彼のアトリエは、彼によって絵に閉じ込められてしまったから……」
誰に言ったのか、ぽつんと魔法使いが呟いた。絵ではなく、森が先にあったのだ。どうやらその森を絵の中に『閉じ込めた』らしい。比喩か現実かはわからないが、少女が緊張した面持ちでドアに手をかけるのを見てミケランジェロもそちらへ向かった。――確かに絵は彼の領域だ。しかしあまり無暗に干渉するものではない。この少女の想いのためなら、最終的には能力を使っても良かっただろうと心の隅で思っていたことに気付いて、彼は苦笑した。まあ、もともと彼女の真摯な想いにほだされて手伝うことを決めたわけだが。
「中に入ってみると、意外に広いのですね……」
サマリスが感心したように呟いた。そこかしこに並べられたキャンバスは、雑多に並んでいるように見えて丁寧に扱われているようだ。しかしそれは、完全にしまい込むために整頓されているというよりは、すぐまた絵を描けるように整頓されて並べられているようだった。描きかけの絵は一つもないが、そこには人気のない静かな空気が漂っている。
「……これは」
少女は、机に乗っていたカードをふと手に取った。それは、一組のククカード。対になる人の絵を持つ、絵描きの作品。彼女はそっとそれを抱きしめるように持つと、またあたりを見回した。しかし、そこに人のいた気配はない。……香玖耶は、アトリエの中を見回しながらなにか感じ取れないかと感覚を澄ましていた。そこには普段の想いのようなものは、あまり残されてはいないようだった。あきらめかけたその時、小さなスケッチブックが彼女の目にとまった。そっとそれに触れる。
(……それでも、彼女を縛りたくはない)
「今のは……!?」
すみません、見ますと呟いて中を覗く。それは少女のラフスケッチが描かれたものだった。様々な表情を見せる絵の中の少女に、アトリエを見回している少女の姿が重なる。
「やっぱり、いないのか……」
ごく小声で呟いた声は、魔法使いのものだった。香玖耶は振り返る。
「絵描きは……彼は、何者だったんですか? 何故いないの?」
その質問に、青年は少しだけ微笑んで答えた。
「彼は本当にただ純粋に絵を描くことが好きだった、ただの絵描きだよ。ただ、自分の絵の中に、世界を持っていたにすぎないんだ。――理由は僕にもわからない。本当に、どうしてだろうね……」
「あ……そう、なの」
最後の一言のさみしげな様子に、香玖耶はやや慌てて相槌を打った。絵描きがいないことはこの人にとっても辛いことなのだ。しかも、彼も理由を知らない、なんて。
「ねえ」
香玖耶は少女に声をかけた。少女が振り返る。香玖耶にスケッチブックを手渡され、彼女は首をかしげた。
「彼の想いが、このスケッチブックに残っていたの」
言われて彼女は、それをそっと開いた。自分の絵が描かれていることに驚き、彼女は言葉をなくしたようにただ立ちすくむ。
「『それでも、彼女を縛りたくはない』……ですって」
「……人の絵なんて、描けないって、言ってたのに」
少女はぎゅっとスケッチブックを抱きしめた。そして顔をあげて香玖耶に微笑む。
「ありがとうございます。……あの人の言葉を、伝えてくれて」
彼女はすっとアトリエの中を見渡した。その瞳には、今までの狂おしいくらいの切望ではない、別の強い意志がかすかに浮いている。……彼女はふっと詰めていた息をつくと、同じようにアトリエを見渡していた魔法使いの方を向いた。
「ありがとう魔法使い。あなたがいなければ、私はこの世界には来られなかったわ」
それは奇しくも、映画そのままの台詞。
「それは……約束、が、あったからね」
何を言うのだろうかと見守る中、魔法使いは躊躇ったあと、それでも口にした。
「ねえ、こんな時にこんなことを言うのはおかしいかもしれない」
その言葉に、少女が首を傾げる。
「なに?」
「……好きだ。好きなんだ、君のことが。――君が絵描きのこと、好きなのも知ってる。でも……」
突然の告白に、皆が目を見開いて見守る中、少女は瞳をそらさずじっと彼の方を見ていた。
「でも、好きなんだ」
言いきってしばし間をおく青年に、少女はぽつりと告げた。
「……ごめんなさい、魔法使い。今は――考えられ、なくて」
少女は悩みながら、言葉を探しているようだった。
「でもっ、でも……もう、絵描きだけ見るのも、やめようと思うの。絵描きのことは一番大切だし、絶対忘れたくないけど、でも……」
彼女は、消え入りそうな声で呟いた。
「でも、『自分に縛られないで』って、絵描きがいうのなら。絵描きの気持ちも大切にしたいし――」
彼女はふと面を挙げて、微笑む。
「ここが銀幕市だから、そう思えたんだと思う。これが私の本当の気持ちだって、思えたから」
*
「ありがとうございました」
少女が、ぺこりと頭を下げた。そこはもう、森ではない、銀幕市。
「アトリエに行けて、良かったと思います。……みなさんの、おかげです」
「……絵描きのこと、残念だったな」
ぽつりとミケランジェロが言った。彼は人のカードを示して、続ける。
「絵でよければ、そこの彼と会わせてやることならできるとは思うが……?」
でももういいよな、という彼の言葉に、彼女もこくりと頷いた。
「ありがとうございます。でも、もう会うことにはこだわらないって、決めたんです。あそこで」
「これからは……?」
サマリスが訊ねると、彼女は微笑んだ。
「まだこの町になれてないので、それまではなんとか頑張っていかなきゃって思ってます」
「ここは楽しいとこやよ。心配せぇへんでも、きっとすぐに慣れるやろ」
杏が言い、香玖耶がそれに頷く。彼女はまた、無意識にロザリオに触れていた。……想いは、強い。彼女が納得したのならば、もしかしたら魔法使いにも、まだ望みがあるかもしれないと思ったが、彼女はあえて彼のところで口にしてはこなかった。
「ただ、毎日毎日いろんなことが起こっとるし、それはそれで大変かもやけど」
冗談めかしてにこっと笑う杏に、少女がつられたように微笑む。
花のように開いたその微笑みは、はっとするほどに彼女を年相応の少女に見せる。それは心に強さを得た者の持つ、煌めくような笑顔だった。
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クリエイターコメント | このたびはロボットの少女にお付き合いいただき、ありがとうございました。 書きながらいろいろと考えることもあり、 このシナリオを出せて本当に良かったと感じています。
ご参加、ありがとうございました。 お楽しみいただければ、幸い。
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公開日時 | 2008-10-24(金) 22:40 |
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