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<ノベル>
それは一瞬の芸術だった。
何気ない昼下がりの銀幕市。その中心街のほど近く。
表通りから一本入ったところにある雑居ビルが、爆音と共に崩落していった。
音に気づいて建物を見上げた通行人は、展開される光景に動きを止めた。
隙間から灰色の煙が飛び出し、強固とは言えないまでも建築基準は守られた建物が、潰れるように下へと縮んでいく。いや、崩れていく。
ものの数秒。
両隣のビルの壁面をわずかに傷付けただけで、ビルはコンクリートの破片に戻った。
ほわりと埃が周囲に拡散していく。
奇妙に辺りは静かになった。
遅れて、誰かが悲鳴を上げた。
そしてパニックが訪れた。
天井はしなるが、今すぐ崩壊しそうな気配はなかった。
誰からともなく、テーブル席の下に集まる。昼時を過ぎていたのが幸い、閉じ込められた人間は少なかった。
バーテンダーのミハエルが、懐中電灯で集まった人々を照らした。
「……無事ですか?」
明かりに浮かんだ顔は、彼を入れて四つ。
「アル君?」
「こんにちは……と呑気に挨拶している場合ではないですね」
みずから光っているかのように、青みを帯びてさえ見える肌と髪。宝石のように赤い瞳。口調は少々時代がかっていたものの、端正な姿によく似合っていた。
アルはここの店員の知り合いで、ミハエルとも顔見知りだった。
「まさか、こんな時に『元気だったか!』ってわけにもいかないか」
「とんだ厄日だな」
残る二人が、アルを見て親しげに話しかける。ミハエルはマイクのように、懐中電灯を見知らぬ二人へ向けた。
「お知り合いですか?」
「こちらは、と……と……とう……刀冴(とうご)さん」
「初めまして。うまいランチだったぜ」
なぜかアルが照れている。がっちりとした、巨躯の男が笑みを浮かべた。体こそいかめしいが、童顔なので威圧感はない。
「そして、こちらが十狼(じゅうろう)さん」
「若――刀冴様の守役である。よろしく頼もう」
十狼は頭を下げた。刀冴よりさらに筋肉質で大きい。鋭角的な美丈夫で、瞬時に敵味方を分けてしまうような印象があった。
「オーケー、協力しましょう。私はミハエル・スミス、雇われのバーテンダーです」
「懐かしいな。前に地下回廊に迷い込んだ時は、地下水飲んだり目のねぇ魚をとったりして……。楽しかったな、なあ十狼?」
呑気な刀冴に、十狼があきれ顔になった。
「懐かしんでいる場合ではないでしょう。ムービースターが三人、とはいえロケーションエリアを展開するような状況ではありませんし」
十狼が眉をひそめる。そんなことをしたらどうなるか、言わずとも誰にもわからない。ただ、どう転ぶかわからないことだけは理解できる。
「ルビーはあいにくと散歩中で……無事でしょうか」
アルは使い魔に思いを馳せる。
「まあ、ここは山奥でも無人島でもありませんから、いずれ助けが来るで……っつ」
ミハエルは体勢を崩す。懐中電灯が落ちた。かららら、と転がってゆくのを十狼が拾い、うずくまる彼の姿を照らした。右腕が力無くぶら下がり、きらりと光る薄いものが刺さっている。
「失礼。大した怪我ではありませんから」
とは言うが、頼りない光源でもわかるほど顔が青い。傷口が塞がれているから出血はさほどないものの、ガラス片はかなり深く刺さっているようだった。
「無理をするな」
刀冴が、服の端を歯で破る。が、彼が行動に移るより先にアルが動いた。
腕を握るなり、一息にガラスを引き抜く。ぶわりと血が飛沫いた。ミハエルは奥歯を噛みしめて耐えている。手が汚れるのも構わず、アルは傷口に手を当てた。生気を分け与える。ほのかな熱と共にそれは伝わり、ミハエルの傷は塞がっていった。
濡れた手を離すと、体が重くなったような気がする。それを気のせいにして、アルは無理矢理微笑みを浮かべた。
「サンクスアロット、アル」
顔色を取り戻したミハエルが、気遣うように伺う。
ぴしりと、天井の亀裂が広がった。
混乱は粛々と収まっていった。
地上では、一人の男が現場を整理していた。
「落ち着け! 冷静になって、怪我人を手当てしろ!」
逃げまどい、あるいは呆然と立ち尽くす人々に向かって命令する。
三つ揃えを着てはいるが、少しラフな雰囲気がする。それでも、だらしなくはない。
『耀』で昼食を済ませたのは数分前、柊木芳隆(ひいらぎかおる)は現場に居合わせた警官として、きびきびと働いていた。
もちろん、さきほど黄門様の印籠のように披露した警察手帳は映画の小道具、銀幕市での身分は『銀幕セキュリティ社』の社員だが、そんなことは関係ない。
リーダーがいることで、非日常に接した人々は日常へ、そして救助へと移動していく。
人混みを大体さばいたところで、柊木は一息ついた。警察、消防にはすでに連絡済みで、到着を待つだけだ。
下手に瓦礫に突入しても、第二、第三の災害を引き起こす可能性がある。プロが到着するまで、することはあまりない。
「プロの仕業だな……発破解体屋、か」
跡を見て、柊木は呟いた。雑居ビルがひしめきあっている区画なのに、両隣のビルはそれほど傷ついていない。防護用のネットが張ってあったなら、被害はガラス数枚で済んだだろう。
発破屋は、日本では珍しい職業だ。が、映画の中の住人がごまんといる市内では、石を投げたら当たるとまではいかなくても、千人集まれば一人二人見つかるだろう。
それに、警備会社に勤める柊木には聞き覚えがあった。無差別に爆破テロを繰り返す人物のことを。幸い、柊木の会社の顧客は被害を受けていないが、同業者の中には顧客が標的になったところもある。警察も動いていると聞いた。
とうとう、出くわしてしまったわけだ。
煙草を取り出し、することのない苛立ちを紛らわせるために火をつける。
ぽ、と灯った火の向こうに、不思議なものを見た。
海賊服を着た子供が、空中に浮いていた。いや、身長が低いだけで大人かもしれない。顔は、目深に被った海賊帽に隠されて判然としなかった。
柊木は首を振る。
「疲れてるな……」
「逃がさないアルよ! 爆弾魔め!」
幻が喋った。というより叫んだ。きんきんと甲高い声なのだが、周囲を見ても誰も気にする様子はない。
「逃げようったって無駄アル! この、ノリン提督(ていとく)が成敗してくれるアル!」
カトラスが向けられるにいたって、さすがに無視できないと柊木は諦めた。
「誰と間違ってるかは知らないが、僕は犯人ではない」
人命救助が行われている周囲をはばかって、小声で主張する。
「しらを切ったって無駄アルよ! ボクはゆるゆるネクタイがビルから出てくるのを見たアルよ! 時計を気にしながら!」
妙なあだ名を付けられた。いや、それはどうでもいい。
「昼休みが終わりそうだったんだ。間に合うか気にするのは普通だろう」
「大人しくお縄につくアル! それとも、天国でワビ入れるアルか!?」
ノリン提督はカトラスで八の字を切る。だが、刃がふよんふよんと左右に揺れる。薄いらしい。
柊木が対処に本気で困っているところへ、ようやく警察が到着した。
刀冴はドアを力任せに壊した。
「うおっ」
あふれんばかりに迫っていた瓦礫が崩壊する。どざざざざ、と降り注ぐコンクリート片から、飛び退いた。
「後先考えてください」
十狼は遅まきながら忠告する。流れてきた瓦礫のせいで、活動できるスペースが狭まった。
ミハエルが照らす丸い輪の下、刀冴はなおも瓦礫を掘る。
光源については、アルが火球を生み出すことを提案したが、酸素を余分に消費しないため却下された。
しばらく掘っても埒が明かない。
「ちくしょ、勝手口だ」
「体力と空気を無駄に消費するだけでないといいのですが」
十狼の冷ややかながらも心配を含んだ口調に、刀冴は思いとどまった。本拠地と化したテーブルの下に戻る。
「ビルは地上七階建てですから、かなりの瓦礫の量になるでしょうね。それにここは地下二階。一番最後に救助される場所ですね」
バーテンダーがとどめを刺した。刀冴はいじけて体育座りになる。
「通信手段は……」
ミハエルは携帯電話に目を落とすが、アンテナは圏外だった。地下だから仕方がない。もちろん、先に試した店の固定電話も線が切れたらしく不通だった。
「ミハエル殿、懐中電灯を消してくれるか?」
十狼の指示に、明かりが消えた。辺りは漆黒の闇だ。ひとひらの光もない。空気も停滞している。
天井から、細かな砂が降ってきた。
「密室ですねえ。これで誰かがプレミアフィルムになっていたら、推理小説になるでしょう」
ミハエルのブラックジョークも、場を盛り上げる役には立たなかった。
はは、と本人の乾いた笑い声が聞こえると、無に近い状態になる。
夜目の利くアルは、室内を見渡した。比較的原形を留めている室内だが、いつ潰されるかわからない。何トンもの瓦礫に埋まっては、いくら彼でも無事ではいられない。
一筋の光明を探して凝らしていた目に、また落ちてくる砂が幕をかけた。
嫌な、きしむような音がする。
「危ない――!」
アルはとっさに、手首を食いちぎると『血糸』を放った。魔力によって糸状にされた血が、網のようになって天井を覆う。直後、天井が崩落した。
細かな破片は落ちてくるものの、空間を消すには至らない。
「よかっ……た……」
急激なだるさに見舞われて、アルはうずくまった。
ふたたび灯った懐中電灯が、細かく震える彼を照らす。
「大丈夫か、アル」
「ちょ……疲れて……」
血を、血を、血を。疲弊しきった体が栄養を求めている。そして、餌は三体もいる。
そこまで考えたが、アルの理性がブレーキをかけた。
吸血鬼であるのに、吸血行為は彼にとって最大の恐怖だった。行えばこの飢えを疲労をたやすく追い払うことができるのは、百も承知だ。だが、怖かった。
状況を察した刀冴が、袖をまくってたくましい腕を差し出した。
「俺のでよかったら、血を吸え。禁断症状が出る前に」
「でき、な……」
首を振る仕草も弱々しい。
「無理をするでない」
十狼も言い、なんとか生気を分け与えようとする。
「駄目……です、もう、誰かの血は吸いたくないんです」
うっすらと涙を浮かべて主張するアルのために、刀冴はうなじに手刀を見舞った。ただでさえ朦朧としていたので、あっさりと気絶する。
沈黙を嫌うように、十狼が呟いた。
「後は運を天に任せるのみ、であるな」
自衛隊が活動する斜め後ろで、柊木はあぐらをかいて宙を見つめ、話しかけていた。
一見すると保護が必要な人のようだが、人々は救助活動に携わるか野次馬するかしていた。たまたま見てしまった人は、ショックでねじが外れたんだろうと温かい目で見守ることにする。病院へ連れて行くには、救急車が足りない。
「いいかい、ノリン提督とやら。僕は爆弾魔じゃない。理由一、爆破スイッチを持っていない。理由二、人命救助を率先して行っていた。さあ、どこを疑う?」
「全部アル! 全部怪しいアル!」
論理的、という単語はノリン提督の辞書にないらしい。きっと、広辞苑の百分の一も厚さがあればいい辞書なのだろう。
「いい加減にしろ! 疑うヒマがあったら、人命救助を手伝おうとは思わないのか」
いらいらと、柊木は怒鳴りつける。周囲から冷たいのか温かいのかわからない視線が注がれるが、構ってなどいられない。
「ボクはノリの妖精アルよ! どんなシリアスな場面もカオスに変える、素敵マジックの持ち主アル!」
誇らしげに言う理由がよくわからない。
会話が進むに従って強まる頭痛に、柊木はなすすべもなかった。
不毛な言い争いはしばらく続き、そして一方的に終わりを告げた。
「む! どこかで誰かがボクを呼んでいるアルよ! 今行くアルからね!」
現れた時と同様、ノリン提督はふっと消えた。
一抹の安堵感と共に、柊木は頭を掻いて立ち上がった。
ようやく、救助の手伝いができる。
刻々と、時間だけが過ぎていく。
遠い目で、ミハエルは言った。
「いや……ここにノリン提督でもいたら、寂しくないだろうと思いましてね」
「誰だ、そいつ」
「誰ですか、それは」
「友達のメリッサが噂していたのですが、『一緒にいるだけでうきうきわくわくどきどきはらはらするフェアリー』です」
コメントの返しようがなく、二人は曖昧な返事で代えた。
「トヨカワイナリのように、場を和ませてくれるのでしょうかね」
こっくりさんはそんな愛らしい存在ではないが、二人はコメントを控えた。
「ノリン提督……」
「呼ばれて飛び出て提督アルよ!」
ぽふん、と可愛らしい擬音と共に、ノリの妖精が現れた。金色に光っているので、なんとなく安心する。
「出た」
ため息。
ベタかつアイタタな登場に、二人は諦めを知る。ノリン提督は憤慨した。
「誰アルか! ボクをチャバネー(※)のように扱う連中は死刑! でアル!」
(※……ゴキブリのローカルな呼び方)
昭和の懐かしいポーズを取る。五歳児のような外見とのギャップが、また何とも言えない。
「確かに」
「どきどきはらはらはするのう」
「求められている? 求められているアルか? ではここは一発、みんなでサンバを……」
「「「踊れるか!」」」
空気も震えるような三重奏だった。一斉に怒鳴られたノリン提督は、落ち込む様子もない。
「仕方ないアル。外の人達に、君達が閉じ込められていることを伝えてあげるアル!」
「お願いします」
ノリン提督は宙返りをして、消えた。
どっと肩にのしかかる疲労感と共に、三人は少しだけ笑った。そして、休眠を続けるアルの頭を優しく撫でた。
夜を徹しての救出作業により、『耀』にいた面々を含め、地下に閉じ込められていた人々は翌日の日の出を見ることができた。
昨日まで顔も知らなかった相手と、握手し、肩を叩き、涙を流し合う。そんな光景があちこちで繰り広げられた。
救出された人々に混じって、彼は被害者を装った。軽傷だからと救急車を断り、しっかりとした足取りで現場を去った。
「仕事は失敗だったよ……バーは無傷で残しておくつもりだったんだ」
To be continued...
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クリエイターコメント | 大変お待たせしました。滑り込み女王の座を賭けて争っている最中の高村です。
……えー、シリーズでした。爆弾魔の正体は以下次号、です。 毎回、思ってもいなかった方向からのプレイングをいただいて、楽しいながら苦戦しました。 出来上がりを楽しんでいただけたらよいのですが。
次も「花火」でお会いできると嬉しいです。 |
公開日時 | 2007-03-04(日) 00:10 |
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