★ Balls were Cast. ★
<オープニング>

 ぽうん。
 ぽうん。
 ぼおるはぽうんとはねてとぶ。
 どうしてぽうんとはねてとぶ。
 だれかがぽうんとなげてとぶ。
 ぽうん。
 ぽうん。
 ぼおるをぽうんとなげとばす。
 だれかがだれだとおこったよ。
 ぼおるをぽうんところがして。
 にいこりわらうはだれだろか。
 くろいろしたかげなんだろか。

  ◆ ◆ ◆

「寒い……」
 十二月も半ばを過ぎた頃。竹網の籠を抱え、白い息を吐きながらベラはぼやいた。
「なんだよ、これくらいで。情けねぇな」
 その隣で、ベラの倍以上の荷物を抱えたセイリオスが言う。そんな彼はいまだにいわゆる夏服だ。対して、ベラはしっかりとコートまで着込んでいる。
「じゃあもっとこっち来てよ、天然暖房機」
「その言い方止めろ、てめぇ。焼き殺すぞ」
 洒落にならない脅し文句を言いながらしかし、セイリオスはベラに寄り添うように歩いてやる。ベラは満足そうに笑った。
「冬はやっぱりセイリオスがいいわよね。ハリスじゃ寒いもの」
「あのなぁ……」
 ため息をつく。
 途端に、ベラがつんのめった。転ぶにはいたらなかったが、頭を抑えている。
「なにしてんだよ、どんくせぇな」
「人の頭を殴っといて何よ、その言い草は」
 言ってから、ベラはセイリオスが抱える大荷物を見やる。両手が塞がっている彼に、後頭部を殴れるはずが無い。
 いや、セイリオスなら足で蹴るぐらいやるかも……。
 そう思っていたところで、今度はセイリオスがつんのめった。
「なにしてんのよ、どんくさいわね」
「うっせぇ、誰かが何か投げつけやがったんじゃねぇか!」
 え、と振り返る。
 しかし、そこには誰もいない。
 当然だ。
 彼らはなんていうか、早朝四時に山へ行き、食料を捕ってきたのである。ベラは山菜を抱え、セイリオスは猪を抱えている。 許可はきっと取ってある。多分。おそらく。っていうか、猪なんかいたんだ。気にしてはいけない。
 ともかくも、早朝四時にアジトという名のアパートを出、現在五時に意気揚々と帰るところであった。
 そんな時間に、銀幕市民が杵間山付近を闊歩しているなど、考えにくい。妙に早起きのおじいちゃんに会ったくらいである。
 ベラとセイリオスは、訝し気に周囲に眼をやった。
 ぼがす。
「いたっ?!」
 ベラが再び後頭部に衝撃を感じたとき。

 くすくすくす。

 小さな笑い声が聞こえた。
「……ガキ?」
 振り返るとそこには、小さな子どもがいた。少年である。年の頃は5、6歳だろうか。ぱじゃまと呼ばれる寝間着を身に着けている。裸足だ。子どもがいるくらいでは大して驚かない二人だが、それが寝間着でうろついているとなれば、話は別である。
「おい。なにしてんだ、こんなところで」
 声をかけると、少年はくすくすと笑って木立に身を隠した。追いかけると、するすると木立を抜けていってしまう。

 くすくすくす。

 少年が何かを投げた。ベラが受け止める。ボールだ。赤い、ボール。
「……待って!」
 ボールから顔を上げて少年を見やった時には、少年は何処かへと行ってしまっていた。
「痣」
 セイリオスが呟く。ベラが振り返ると、セイリオスは言葉を続けた。
「痣があった。手の甲だ。左の手の甲に黒い、丸っこい痣があった」
「……なにかしら」
「わかんねえ。でも、少なくともあのガキは人間だ」

  ◆ ◆ ◆

「ボールが当ったんだ」「当てられたのよ」
「まったく、どこの子かしら」「どんな躾をしてるのかしら」
「青いボールだ」「黄色だったよ」「緑よ」「僕は黒だった」
「裸足だったのよ」「パジャマのままで」「裸足だったな」「普段着だった」
「それに当って転んだんだ」「つまづいた」「荷物を落として卵を割っちゃったのよ」
「女の子だったわ」「小さい子供だった」「男の子だったな」
「昼間さ」「出勤途中だよ」「学校帰りに」「夜中だぜ」

 植村は頭を抱えた。
 ここは警察署ではないのだ。確かに、早朝やら真夜中やらに子どもが出歩いていれば問題ではあるのだが。
 それにしても、件数がやたらと多すぎる。時間や性別もばらばらで、統一性がない。ただ共通しているものといえば、幼い子供がボールを投げる。それくらいだろうか。
 ぐったりと突っ伏していると、何か固いものが頭に当たって、植村は顔を上げた。
「よう、相変わらずクマ作ってんなぁ」
「セイ、いきなりそれは失礼でしょ」
 赤銅の肌に黒髪の少年と、白い肌に真っ白い髪の少女が立っている。盗賊団【アルラキス】のセイリオスとベラだった。
「お二方とも、どうしたんです?」
 植村が聞くと、セイリオスが机を指差す。眼を向けると、例の胃薬が転がっていた。
「……えーと、何があったのでしょうか……」
「ボールだ」
「は?」
「最近、噂のボール事件よ。昨日のことだけど、早朝に山の方で会ったの。私たちが会ったのは少年だったわ。大して気にしてなかったんだけど、多いみたいだから報告にね。それに、セイも変なものを見たって言ってるし」
 ベラが言うと、植村は納得したように頷いた。
「昨日の朝ということですと、もしかしたらお二人が最初の被害者かもしれませんね」
 そこまで言って、植村はああ、と何か思い出したかのように天井を見た。ベラが首を傾げると、植村は苦笑する。
「リオネちゃんがね、にっこり笑った子供がボールを投げてる夢を見たって言ってたんですよ。その時は、なんのことだかさっぱりわからなかったんですけど、もしかしたらこれのことだったのかもしれませんね」
 だとすると、ムービースターの可能性が高いと言えるのだろうか。しかし、そんな映画はあっただろうか。
 ぶつぶつと呟きだした植村を見やって、セイリオスは踵を返した。
「んじゃ、そういうことで。ちゃんと伝えたぜ」
「待ってください」
 踵を返しかけたベラとセイリオスの服を掴んで、植村はにっこりと笑った。
「どうやら、あなた方が最初の被害者のようです。こうして報告に来てくださったことですし、ついでに解決してくれませんか?」
「はあ?」
「もちろん、お二方だけで、とは言いません。銀幕市の方々にも呼びかけてみますから」
 弱々しい笑顔とは正反対に、植村の二人の裾を掴む力はとっても強かった。
「いいじゃない、セイ。前は本当はセイが行かなきゃいけなかったのに、他の人が行ってくれたんだから」
 ベラが言うと、植村はぱあと顔をほころばせる。セイリオスは心底嫌そうな顔をしたが、ベラの言葉に不承不承頷くこととなった。

種別名シナリオ 管理番号337
クリエイター木原雨月(wdcr8267)
クリエイターコメントこんばんは、当シナリオをご覧いただき、誠にありがとうございます。
木原雨月です。

さて、此度のシナリオでは、この地味に迷惑な子供たちをどうにか止めていただきたく思います。
オープニングにもあるように、彼らは一様にして幼く、止めさせようと追いかけるとするすると逃げていってしまいます。
どうやって追いつき、諭すかがプレイングの主になるかと思います。
ただし、この子供たちはどうにも不審なところがあるようです。
皆様のプレイングによっては、何かが解るかもしれません。

また、当シナリオにはベラとセイリオスが被害者第一号として同行することになります。
もちろん、単独行動なさっても構いません。
植村さんのためにも(笑)、どうか、このはた迷惑な行為を解決してください。
よろしくご同行のほどお願いいたします。

参加者
ルシファ(cuhh9000) ムービースター 女 16歳 天使
麗火(cdnp1148) ムービースター 男 21歳 魔導師
黒孤(cnwn3712) ムービースター 男 19歳 黒子
王様(cvps2406) ムービースター 男 5歳 皇帝ペンギン
藍玉(cdwy8209) ムービースター 女 14歳 清廉なる歌声の人魚
リディア・オルムランデ(cxrp5282) ムービースター 女 18歳 タルボス
<ノベル>

 ぽうん、ぽうん。
 跳ねるボールの音に、漆黒の男が振り返る。漆黒の男というのは言葉の通りで、黒装束に黒頭巾、手にはやはり黒い手甲を付け、しかしそれもようく見ないとわからない程で、まさしく影のような男だ。
「こらーっ! こんなことしちゃだめだろうっ!」
 ころころと足許に転がって来たボールを手に取って、男は声のした方を向く。そこにはスーツを着た中年男性がいた。その視線の先には、くすくすと微笑み駆け去っていく少女。スーツ男は小さく舌打ちをして、後頭部をさすりながらその場を足早に離れていく。
 漆黒の男は周囲に目をやる。彼の耳に、微かにくすくすと笑う少女の声が届いた。振り返ると、遊具の影から5、6歳ほどの少女が半身を覗かせている。見やると、ひょこりひょこりと4人ほどの少年少女が顔を覗かせた。みんな一様にくすくすと笑っている。そしてその手の甲には、丸い、黒い痣のようなものが見える。
 漆黒の男は、顔をも覆う頭巾のせいで表情は伺えないが、微かに微笑んだようである。
「こんにちは。わたくしは黒孤と申します。こちらのボールは貴方様のものでございますか?」
 黒孤は柔らかな声をかける。しかし、少女はただくすくすと笑うばかりだ。黒孤は小さく頷くと、ぽうんとボールをついて見せた。
「鞠つき、という遊戯をご存知ですか? 鞠と呼ぶには、些か大きいですが」
 言いながら、黒孤はぽうんぽうんとボールをつく。ぽうんとつき、手の甲に乗せ、くるりと回ってみせる。くすくすと笑う彼らの目が、微かに無機質な笑みとは違うものに変ずる。黒孤は、それを見逃さなかった。ぽうんぽうんとボールをつく合間、どこからか子供姿の人形が現れ、黒孤の動きに合わせて踊り出す。少年少女たちは、身を乗り出して人形に見入っている。
 黒孤の本業は人形繰りである。また子供たちを喜ばせることに無上の幸せを感じる彼に、客が子供となれば自然と笑みが濃くなるというものだ。黒孤がふわりと手を掲げたかと思うと、人形たちが小さな鞠をつき始めた。
 ぽうん、ぽうん、くるくるり。
 軽快に踊る人形たちに、子供たちは目を輝かせていた。始めはおそるおそるといったように近づいてくる。それをみとめて、黒孤はボールを少女へと投げ返す。
 すると、わっと子供たちが駆け寄って来た。踊り続ける人形を見ながら、ぽんぽんとボールをつき始める。
 黒孤は僅かに見えるか見えないかという口元に、ふうわりとした笑みを刻んだ。



「お困りのようだな、お嬢さん」
 突然響いたダンディな声に、ベラは振り返った。かろうじて視界に黒い何かが見えて、少し視線を落とすとそこには、なめらかな曲線を描いたフォルムに白と黒のコントラストが美しい、
「カエル?」
「どう見たってペンギンですよ、セイリオスさん……」
 セイリオスのまさかのカエル発言に植村は肩を落とした。が、それを華麗に無視して、ペンギンは美しいグラデーションのオレンジ色の胸を張りベラの手を取ると最初の一声のようにダンディな声で浪々と喋り出した。
「俺は皇帝ペンギンの王様。おっと、間違えてほしくないんだが、王様という名前だからよろしくな」
 ニヒルに笑って、王様と名乗ったペンギンは一つ咳払いをする。
「ま、それはそれとして、だ。お嬢さんが酷い目にあっているそうじゃないか。それを見過ごすようなやつは雄じゃないんでね、協力するぜ。それに……俺も映画では一羽の父親だった。子供が関わっているなら放っておけないぜ」
 きらりと光った(ように見えた)つぶらな瞳が真直ぐとベラへ向かう。ベラはにこりと笑ってその手(いや羽か)を軽く握り返した。
「協力してくれるなら、ありがたいわ。私はベラ。よろしくね」
「美しいお嬢さんの為なら当然さ。特にベラのお嬢さんのように、雪のように白い肌、氷のように青い瞳……ああ、俺の故郷の色だ。俺がお嬢さんと出会うのは運命だったのだろう。今日というこの日にお嬢さんと出会えたことを幸福に思うぜ」
 背景効果が付くとすれば淡いピンクに白いキラキラした雪の結晶が舞う、といったところだろうか。思い切り眉根を寄せたセイリオスがぽつりと呟く。
「なんだこのカエル」
「だからペンギンですよ、セイリオスさん」
 ベラはというと、しばらくぽかんと王様を見返していた。なんと返してよいのかわからないようだ。
 それもその筈。女とはいえ、盗賊団【アルラキス】の紅一点とはいえ、悲しいかな男に囲まれて育った彼女はどうにもそういったものに鈍感だった。女扱いする団員がいなかったというのもある。っていうか、へたに手を出すと頭の鉄拳が飛んでくる。その前にベラお得意の鎖鎌が頬を掠める。昔、他の盗賊が彼女に目をつけ手を付けようとしたところ、頭がぼっこぼこにしたことがある。ついでにその盗賊団を締め上げて政府の城門前へ転がしたこともある。また、女盗賊という魅力に魅かれて結果壊滅した騎士団もある。そんな彼女に手を出す命知らずな団員はいなかったし、むしろ家族のように弟のように接していた。なので、容姿を褒められても照れるという部分すら、彼女には備わっていなかったのである。
「ありがとう、王様さん。それじゃ、そろそろ行こうか?」
 それだけどうにか捻り出して、二人と一羽は対策課を後にした。


 ルシファは昼日中の散歩を楽しんでいた。
 早朝や陽が陰りはじめる夕方などは寒くて散歩をという気分にはならないが、陽の高い今時分は、ぴんと張った空気の中にほわほわと温かな陽だまりを作っている。その中を歩くのがとても心地よかった。
 いつもなら隻眼の相棒を引っ張り回しているところなのだが、今日は少しばかり事情が違う。なにか――そう、声のような存在のような、不思議なものを感じていたのだ。……というのは建前で、単純に陽だまりの温かさに誘われて迷子になった、ともいう。
 しかし、何か花をくすぐる甘い香りに向かって歩いているのは確かだ。今は冬の盛り、この季節に咲く花とは一体どんな花だろう。
 夏の雲のような白い髪を飛び跳ねさせて、ルシファは香りを頼りに歩いた。


 リディア・オルムランデは、混乱の中にいた。
 いや、おそらくは自分の一言がきっかけであろうことは朧げながらにわかっている。しかし、何故という疑問は彼らの剣幕の前に砕け、頭を抱えてただ断続的に続く痛みに呆然としていた。
 リディアがそこを通ったのはまったくの偶然であり、彼らがリディアに向けてボールを投げたのもまた偶然だった。
 初め、リディアはそれに気付かなかった。子供の腕力では到底届かない距離で、しかしぽうんぽうんと跳ねてそれはリディアの足許に辿り着いたのだ。リディアがそれに気付いた時には、彼女の体は前方に投げ出されていて、中世ヨーロッパ風の家事用仕事着のスカートを大きくひるがえらせて、派手に転んだのである。転んで初めて、くすくすと笑う声が耳に届いた。顔を上げると、そこには5、6歳ほどの少年が無機質な笑みを作ってくすくすと笑っている。リディアは転んだことが恥ずかしくて、スカートに付いた埃を軽く払って立ち上がった。そこで初めてボールに足を掬われたことを知る。
 リディアはボールを拾い上げる。少年は少し離れた場所からじっと動かず、ただくすくすと笑い続けた。リディアはボールと少年とを何度も交互に見やって、一つの結論に辿り着く。
「あ……一緒に、遊びたいの……?」
 リディアの声は驚くほどに透明で、美しかった。それのせいかどうかはわからないが、少年は微かに笑いをゆるめた。
「わたしと、遊ぶ……?」
 リディアはぽうんとボールを投げ返す。てんてんと跳ねながら少年の元まで辿り着くと、少年はボールを拾い上げてじっとリディアを見つめた。リディアはその視線を見つめ返すことが出来なくて、視線を泳がせる。人と接するのは、苦手なのだ。父と呼べる人が出来てからは多少なりとも心にゆとりができたけれど、やはり人と接するのは少し怖かった。それに、最近多いらしい、ボールを投げる子供たちの噂。それは、どうやら真実だったらしい。
「……はるがおわるそらのいろは あおにすこしたりない みずいろ」
 沈黙が怖くて、しかしそこから立ち去ることも出来ずに、リディアは歌い出した。幼少の頃、自分を育ててくれた人が教えてくれた、今は忘れられし古郷の子守り歌である。
「夏を満たす木々の色は 青を満たし映える 緑色」
 少し季節外れな気もしたけれど、気に入っている歌なので続けた。すると、どこからか子供たちがボールを持って現れた。一様にリディアを見ている。
「秋を待つ実りの色は あおがゆめみる 赤い色」
 再びくすくすと笑い出した少年たちが、顔を見合わせそろそろとリディアに近づいていく。リディアはそんな彼らに少しだけ安堵した。人と接するのは苦手だけれど、だからといって、嫌われるのも悲しい。それがわがままだとわかっていても、リディアは人として生きることを望んでいるのだ。自分が、タルボスという魔物だと、わかっていても。
 手を伸ばして届くか届かないかというところで止まって、少年たちはリディアを見上げる。リディアは歌うことをやめ、少年たちを見回した。
「あの……」
 少年たちから話しかけてくる様子はなく、リディアは思いきって聞いてみることにした。ボールを、投げる、その理由を。
「気付いて欲しかったの……?」
 少年たちは、ぴたりと笑うことをやめた。
「誰かに、気付いて欲しかったの……?」
 ふとリディアは、少年たちの手の甲に、丸い黒い痣があるのを見つけた。それはなにか、禍々しいものに見えて。少しずつ這い上がってくる不安を掻き消すように、リディアは少年たちを見つめる。そして、口を開いた。
「あなた達は……生きてる?」
 少年たちの目が、大きく見開かれた。



 麗火は街をぶらぶらとしていた。
 焔という彼に纏わりつくモノによって、彼の周辺の温度は最も過ごしやすい一定の温度に保たれている為、麗火が寒さに凍えたり、逆に暑さに茹だることもない。麗火はこの寒空の下、快適な温かさで特に当てもなく歩いていた。
 しかし、その彼の周りを風がひゅるひゅると吹き抜ける。彼に纏わりつく、もう一つ。その名の通りの風である。夏は楽しく踊っていても文句も言われないが、今は冬。あまり陽気にしてはいられない。そんな風は、欲求不満だった。いつもは怒られてもへこたれずにじゃれ付くくせに、近頃はどうにも機嫌が悪かった。
 さてどうしたものか、とぼんやり思っていると、道の向こうに見知った顔を見つけた。
 と、同時に風がぱっと顔をほころばせ(たように感じ)て、麗火の静止も聞かずに突っ込んでいった。
「……まぁいっか」

「どわぁあああっっ!?」
 突然の衝撃に、セイリオスは天高く舞い上がり、そして落ちた。それを華麗に避けて、王様はベラに向き直る。
「大丈夫かい、ベラのお嬢さん。まったく、突然何をしているんだか。これだから小僧は」
 やれやれという風に両手を軽く持ち上げて首を振る様は、妙に様になっていて、ベラは思わず笑った。
「黙れ、このカエル! そんで……てめぇっ!!」
 がばりと起き上がり、セイリオスは虚空を指差す。そこではひゅるひゅると風が踊っていた。
「いきなり何しやがんだ! オレだったからよかったものの、もしもベラに当ったらどうすんだっ!!」
 風は笑うようにセイリオスの誇りを払ってやる。そして、再び距離を取ろうとしたところで主の声が聞こえた。
「やめとけ、風。どうしてもやりたかったら、また一人のときを狙えばいい……くくっ」
 笑いをこらえながら、しかし堪えきれずに小さく笑った青年は、軽く眼鏡を押し上げながら悠然と歩いてくる。その笑い顔に心底嫌そうな顔をして、セイリオスは小さく舌打ちをした。
「麗火……おまえ、一体そいつらにどんなきょーいくしてやがんだよ。っていうか、一人のときを狙えとか言ったろ、こんにゃろう!」
「ああ、言ったな。いや、なかなか貴重なんだおまえみたいなヤツ。これからも風の鬱憤ばらしに付き合ってくれ」
「誰が付き合うかーっ!!」
 胡散臭い笑み全開でぽんと肩に置かれた手を、払いのけながらセイリオスは叫ぶ。どうにも自分は人に馬鹿にされてばかりな気がする。それは某ハゲ然り某ドラゴン然りだ。
「小僧共は置いといて、ベラのお嬢さん。俺たち二人で解決へと向かおうじゃないか」
 王様が高らかにそう言うと、セイリオスはぐりんと顔を向けた。
「ふざっけんな、誰がわけわかんねぇカエルなんかとベラを連れて行かせるかっ」
「俺はペンギンだと何度言えば覚えるんだ、この脳ミソすっからかん野郎。そもそもあんたはベラのお嬢さんのなんだ?」
「盗賊の仲間で妹だっ!」
「へぇ、血が繋がってるのか。その割には似てねぇな」
「血なんか繋がってねぇよ」
「それって妹か?」
「妹だっ!」
「私は弟だと思っていたけど」
「ああ、そりゃもっともだ」
 笑う三人(二人と一匹)に、セイリオスは肩を震わせる。が、ここはぐっと我慢だ。ここで怒鳴れば更に増長させることになる。
「……っいいから行くぞっ! さっさとガキ共をひっ捕まえてやる」
「ああ、おまえらどこか行く途中だったのか。そりゃ悪かったな」
 くるりと踵を返す麗火の首を捕まえて、セイリオスは悪い笑みを浮かべた。
「誰が逃がすか、ここで会ったが百年目。おまえにも手伝わせてやる」
「使い方が微妙に違うぞ」
「うっせぇ!」
「あーっ!」
 突然の甲高い声に、セイリオスたちはびくりと振り返った。
「王様だーっ!!」
 満面の笑みでどかん、という効果音つきで王様に抱きついたのは、白い髪に深紅の瞳が映える、少女だった。王様はぐえ、と出そうなうめき声を飲み込んだ。お嬢さんの前で、そんな格好悪い声なんぞ出せない。ぎゅうと抱きしめる力が少し緩んだのを見計らって、王様はオレンジの筋がすっと通った嘴を開いた。
「おう、ルシファのお嬢さんじゃないか。相変わらず元気じゃないか」
「うん! とっても元気だよ!」
 にっこにっこと微笑む少女は、ふと顔を上げると慌ててぺこりと頭を下げた。
「私、ルシファって言います! お友達になってくださいっ!」
 開口一番お友達になってください発言に、思わずセイリオスたちはぽかんとする。そんな男共を見て、王様がつんつんと突っつく。
「可愛いお嬢さんが満面の笑顔でお友達になってくださいって言ってんだぜ? 返事ぐらいしろよ、なってねぇな」
 それでようやく三人はルシファに自己紹介をし、彼女のお友達宣言を受け入れることになる。



 子供たちが、人形とボールつきに夢中になっている隙に、黒孤はこっそりと小さな人形を懐に忍ばせる。
 楽しそうにボールをついて遊ぶ子供たちは、なんらおかしなところは見えない。おかしなところといえば、物陰に隠れてくすくすと無機質な笑みを浮かべていた時の方がよほどおかしいと言える。
 黒孤は、頭巾に隠れて見えないその下で、すと目を眇める。子供たちの手の甲に見える、丸い、黒い影のような痣。
 ふつとボールが手からこぼれ落ちてしまった少年のボールを拾って、黒孤はその手を取った。
「……お手を、どうなさいました」
 言うと、少年たちはぱっと黒孤を振り返る。その顔に先ほどまでの楽し気に笑っていた顔は、どこにもなかった。少年はボールを奪い取って、ばたばたと走り去っていった。
 黒孤は小さく息を吐き、糸を繰った。
 先ほど、少年にこっそりと忍ばせた小さな人形。それには、自分の影を糸状にして繋いである。影の総面積以内なら、その後を追える。
 黒孤は静かに歩きだした。


「ボールを投げる子供、ね」
 さして興味もなさそうに、麗火は呟く。
 その隣で、ルシファは難しい顔を作って考えているようだった。そして、ふと顔を上げると首を傾げた。
「どうしたの、ルシファさん」
 ベラが聞くと、ルシファは首を傾げながら指を指す。
「あっちから、なにか声が聞こえた気がしたんです」
「声?」
 セイリオスはじっと耳を澄ませる。しかし、彼の耳には何も聞こえなかった。あるとすれば、行き交う人々の足音、ざわめき、息遣い程度だ。
「なんも聞こえねぇけど……」
「セイは耳だけはいいのにね」
「だけってなんだ、だけって!」
 そんなことはさておき、一行はなんの手がかりもないのでルシファの感覚を信じ、そちらへと向かってみることにした。

 ぷかぷかと浮かぶ水球の中に、一匹の魚が収まっていた。
 水球はバスケットボールほどの大きさで、その中に蒼い魚がゆらりと泳ぐ。ぷくりと小さな泡を吐きながら、魚はふよふよと空中を彷徨っていた。
 水、水。
 魚は多くの水を求めて漂う。街を行き交う人々は、ああムービースターか、と慣れた顔で、微笑ましくその水球に収まった魚を見過した。魚はそれもまたいつものこととして、とにかく水を求めて進む。
 と、突然、魚を包んでいた水がぱしゃりと散った。魚は驚き、びくりと跳ねて落ちていく。地に着くその直前に、水球がバスタブほどの大きさに広がった。広がったかと思うと、そこには一匹の美しい人魚が姿を現した。
 黒く艶やかな髪に、硝子玉のように美しい瑠璃色の瞳。少女の面持ちをしたその下半身は、瞳と同じく美しい瑠璃色の鱗に覆われた尾が伸びていた。
 少女はぐるりと辺りを見渡す。色とりどりのボールが、人々の頭や足許に転がっていく。それを見て、ああ自分もあのボールを当てられたのか、と少女は納得した。納得はしたがしかし、なぜぶつけられたのかはわからない。

 歩いていると、あちらこちらから罵声がすることに気が付いた。それはどうやら子供たちに向けているようで、五人は顔を見合わせる。
「まったく、近頃の子供はどうかしてるわっ!」
「ああっ、徹夜で仕上げた課題が水たまりにーっ!」
「ねぇ、あの子、あそこの家の子じゃない?」
「エリートだか何だか知らないけど、蓋を開けてみればってことかしらねー」
「謝りもしないで、けしからん!」
 見れば、あちらの影、こちらの影にくすくすと無機質に笑う少年少女たちが怒鳴る大人たちを見ていた。
 ルシファが反射的に追いかけようとすると、くすくすと笑う彼らはするりと姿を隠してしまった。影を覗いてみるが、そこには誰もいなかった。
「痣」
 セイリオスが呟く。
「あいつら、やっぱり手の甲に痣がある」
「お気付きでしたか」
 突然の耳慣れない声に、セイリオスは飛び跳ねて身構えた。そこには、全身を黒ずくめにした影のような男が立っていたのだ。麗火も王様も、ベラも警戒心をあらわに身構える。ルシファだけが、きょとりと王様の後ろに立っていた。
 黒ずくめの男はそれを見て苦笑したようで、慇懃に頭を下げる。
「驚かせてしまい、申し訳ございません。わたくしは、黒孤と申します。ボールを当てるお子たちの噂を聞き、追って来た次第でございます」
 顔が見えず、しかし柔らかな物腰、温かな声に最初に声をかけたのは、他でもないルシファだった。
「そうだったんですか。私たちも、なんであの子たちがボールを投げるのか聞こうと思っていたんです」
「然様でございましたか」
 ルシファの笑顔に、黒孤と名乗った男もにこりと微笑み返したような気配があった。
「聞くっつーか、迷惑だからやめさせてくれっつー依頼だけどな。直樹からの」
 セイリオスの言葉もそこそこに、麗火が何かを見つけた。思わず眼鏡を外して目をこする。
「何をしてるんだ、あんた」
 怪訝そうな王様の声に、麗火はじぃとそれを見たまま言った。
「人魚がいる」
「人魚さんっ?!」
 ルシファがぱっと身を躍らせる。子供ならではの俊敏さというか、子供故の身代わりの早さと言うか、ルシファは静止させる間も与えずに駆けていく。それを追いかけてベラも行く。その先には、確かに人魚がいた。バスタブほどの大きさだろうか、水球の中にハイウエストのブラウスを着た、黒く長い髪に透き通った空色の鰭が美しい、一匹の人魚がいた。
 人魚はルシファと2、3言葉を交わして、どうやらボールをぶつけられた被害者らしいことがわかる。
「ところで、貴方様は手の甲に痣を見たのだとか」
 黒孤が聞くと、セイリオスはああ、と頷く。
「左の手だな。右手にはオレが見た限りじゃいねぇ。あんたは」
「わたくしも同じでございます。さて、一体どのような意味があるのやら」
「あれじゃねぇの。ほら、妖精だの、妖怪だのに取り憑かれた人間に残るだろ、痣。聖痕とかと同じ類なんじゃねぇの」
 面倒そうなその声に、セイリオスと黒孤は顔を見合わせる。
「……可能性は」
「十分にあるな。確かにあいつらは人間だが、“中”はわからねぇ」
「影の中にいる、という場合もあるんじゃないか」
 王様の声に、三人は視線を下げた。
「もしくは、影そのものから操っているとか。ボールが後頭部にあたる確率が高いのは、影自身がボールを投げているからじゃないのか。手の痣は、その証」
「そうだとすれば、急いだ方がいいな。取り憑かれた人間ってのは、一気に衰弱していくもんだ」
 頷き合うと、セイリオスはにやりと笑って王様を小突いた。
「いいとこに気付くな、カエルのくせに」
「ペンギンだ、小僧め」
 ふふふと怪し気な笑みを浮かべる二人の間に、ルシファがぴょこりと顔を出した。
「藍玉ちゃんっていうの! 一緒に行くって!」
「どうしてボールを投げているのか、聞きたいんです。あの、ご迷惑にならないように付いていきますから」
 セイリオスが渋い顔をすると、王様はどんと押し退けて藍玉の前に立った。
「美しいお嬢さんを危険な目に遭わせるのは、雄として反対なんだが……危険を冒してまで共に行きたいというお嬢さんを守れないんじゃ、それこそ雄じゃない」
 ニヒルに笑って、王様は三人を振り返る。男三人は苦笑と呆れとを交えたため息をついて、行こう、と言った。
「あれ?」
 声を発したのは、ルシファだった。
「どうしたの?」
 聞くと、ルシファは匂いを嗅ぐ仕草をして、あ、と手を打つ。
「この匂い。うん、私ね、王様に会う前に、花の蜜みたいな甘い匂いを辿ってたんだ」
「甘い匂い……?」
 皆が一様にそうするので、セイリオスは嫌そうな顔をした。
「……微かにだけど、確かにするな。あの路地の方」
「わたくしの影も、あちらへ続いているようでございます」
 頷き合う中で、ベラがこそりとセイリオスに囁いた。
「……大丈夫?」
「……おう。行くぜ」

 ──断続的に続く痛みの中で、リディアは多くの足音が駆けてくるのを聞いた。
 その足音は軽く、おそらくは彼女にボールを投げつけている少年らと同じくらいの年齢だろうか。
 自分の一言がきっかけで、それが彼らの気に障ったというのなら、リディアには抵抗する術はなかった。時折切れかける意識をどうにか掻き集めて、リディアは必死に理性を保った。
 くすくすくす。
 微かに耳に届く、無機質な笑い声。痛みよりも、その笑い声が恐ろしくて、リディアの緑の瞳に涙が浮かんだ。
「だめ! 痛いことしちゃだめ!」
 突然響いた高い声に、ぴたりと続いていた衝撃が止んだ。ゆっくりと頭をあげると、そこには白い髪をした、その中できらきらと光る赤い瞳と自分の目がぶつかるのを、リディアはまるで他人のように遠い出来事として受け止めていた。
 その少し後ろで、赤い髪や黒い髪、真っ黒な装束に身を包んだ男性や、ルシファと似たような白い髪をした(こちらは青い目をしている)少女、水に包まれた下半身が魚の美しい少女、そして子供ほどの大きさのペンギンが息を呑んだような顔でこちらを見ていた。
「どうして、ボールを投げているの……?」
 容姿のように、美しく透き通った声を発したのは、人魚の少女だった。少年たちは、黙ってじっと彼らを見返している。
「おいおい、雄がよってたかって麗しのお嬢さんになんてことをしてんだ。雄の風上にも置けないぜ」
 そう言ったのは、ペンギンだ。リディアはふと緊張が緩んだのか、大きな瞳からぽろぽろと涙を零した。
 ついと前に出たのは全身黒ずくめの男だ。子供たちに視線を合わせるようにひざまずくと、ゆっくりとそれぞれを見回して、静かな、諭すような声でゆっくりと口を開いた。
「遊戯は人を困らせる為ではなく、自身が楽しむ為のものでございます。……それとも、ボールを当てる行為自体に何か意味があるのでございましょうか」
 黒孤が聞くと途端に、ぶわりと少年たちの目から涙がこぼれ落ちた。大声で泣きじゃくる者、へたり込んで泣き出す者、泣くまいと必死に堪える者。
 ルシファとベラ、黒孤、王様は慌てて子供たちに駆け寄った。わんわんと泣き叫ぶ子供たちの声は耳に痛かったが、合間にごめんなさい、という言葉が聞こえて、どこかほっとした。
 その時、リディアが高い悲鳴を上げた。
 はっとして見やると、大きく膨れ上がった影の中に、リディアが沈んでいく。麗火とセイリオスは同時に腕を振った。
「火傷作るなよ、明るくするだけでいい、行け、焔!」
「ったく……めんどくせぇなっ!」
 ごぉう、と深紅に煌めく二つの炎が躍って、一瞬にして暗い路地の中が真夏の陽射しの中にあるように明るくなった。
「あそこっ!」
 ルシファの指差す先に、黄色い目を光らせた、形のないぐにゃぐにゃとしたものが蠢いていた。ジャラッと鎖の鳴る音がして、次いでひょおうと鎌が飛ぶ音がした。ぞぶりと黒いそれに鎌が突き刺さると、影は音もなく姿を消した。
 再び路地に暗がりが戻ると、からんと乾いた音とともに、一本のプレミアフィルムが転がっていた。
「こいつが元凶か」
「恐らくは」
 麗火の声に、黒孤が答える。
 子供たちは炎の眩しさで、何が起こったのかはよくわからないようだった。

「いいか、次からは遊んでもらいたい時は、遊んで、って言うんだぞ。それから女性に対しては優しくするのが雄ってもんだ!」
 人形のように子供に抱かれた王様は、そのままの状態で少年たちに演説をする。本当ならお嬢さん方を慰めにいきたいが、その前にこの未熟な雄共をしっかりと教育せねばなるまい。
「ボールを投げるより歌いましょう? 楽しいわ、きっと」
 そう言って喉を鳴らすのは、藍玉だ。その昔、同族たちから『蒼き歌姫』とまで呼ばれた藍玉の歌声は、少女たちをうっとりとさせ、どうすればそのように歌えるのかというレッスンに移り変わっていった。
 その少し離れたところで、ルシファはリディアに手をかざす。淡く白い輝きがルシファの体からほうわりと放たれ、細く白い腕や足にできた赤い傷や青い痕がすぅと消えて行った。
 こぼれんばかりの大きな緑の瞳を瞬かせて、リディアはルシファを見つめた。
「これでもう大丈夫! 私、ルシファっていうの。あなたは?」
 深紅の瞳がにっこりと笑う。リディアは逡巡するようにルシファの赤い瞳と遠いところとをきょろきょろと見やって、やはりにこにこと笑っているルシファに目を向けて、ぎこちなく笑う。
「リディア・オルムランデ……といいます……。どうもありがとうございました……」
 はっとするほどの美しい声に、微笑んだときの息を呑むほどの美しさに、今度はルシファが目を瞬かせた。次の瞬間には輝くような笑顔で、リディアの手を握る。
「とってもキレイな声! あのあの、お友達になってくださいっ!」
 リディアはきょとりと目を瞬かせて、それから今度はふわりと笑った。

「かずやちゃんっ!」

 楽し気な空間の中に、突然響く不快な甲高い声。
 振り返ると、路地の入り口にいかにも教育ママと言った風情の女性が少年の元へ駆け寄る。
「こんなところで何をしているの。もうお塾の時間でしょう。さあ、帰りましょう」
「やだぁあああっっ!!」
 ぐいと腕を掴まれ、立ち上がらせられた少年に、女性は驚きの表情を隠さない。切実なその声に、ベラは思わず女性の肩を掴んだ。
「あの、今すぐじゃなきゃいけないんですか」
 その手をさっと振り払って、女性はベラを検分するように見た。
「なんですか、あなたは。……その姿からすると、ムービースターのようですけれど、うちのかずやちゃんに変なことを教えないでくださる?」
「へんなことって」
「最近、この子の様子がずっとおかしかったのよ。今まで、こんな風に嫌がったことだってなかったんです。こんな暗い路地で、子供を集めて……一体どんないかがわしいことを教えているの?」
「な、……」
 ベラは何を言われているのかわからなかった。
「ともかく、かずやちゃんは連れて帰らせていただきます。──行きますよ、かずやちゃん」
 言うと、今度は少年は大人しくその手に引かれて行った。呆然としていると、次々と保護者らしき人々がやってきて、一様にベラたちを見下げたように一瞥し、子供たちを連れて行った。
 嫌だと泣き叫んだり、駄々をこねる子供たちを叱責して、彼らは帰っていく。
 振り返り振り返り、そして手を引かれて帰っていく子供たちの背中は、悲しく見えた。

「解決、か」
 麗火がやれやれと壁に背を預けて言った。
 セイリオスは渋い顔のまま腕を組んでいる。黒孤もまた何事かを逡巡するかのように、 じっと子供たちが去った後を見つめていた。
「なんで……? 私たち、悪いことしたのかな……? むーびーすたーだから?」
 ルシファが泣き出しそうな声で呟く。王様はそんなルシファの頭をそっと撫でて、首を振った。
「世の中にはな、色んな親がいるんだ。その中に、色んな子供がいる」
 わからない、という風に首を振るルシファの肩を、リディアと藍玉がそっと触れた。

「……痣が、今消えた」
「はい」
「さっき、ふぃるむとかいうのになった影とは、ベツモンだな」
「子供たちの態度の変わりようも、気になります」
「死んだヤツと、憑いてたヤツは同じことをしたけどベツモン、ってか」
 無言で肯定の意を伝える黒孤に、セイリオスは大きな溜息を吐く。
「めんどくせぇな」
 手の中で、小さなフィルムが確かに存在を主張していた。

クリエイターコメントこんばんは、木原雨月です。
まずは、ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます。
今回のシナリオは、皆様の温かなプレイングに、大分救われました。
それなのに最後はなんだか後味の悪いものになってしまってごめんなさい……。
また、ご参加くださった皆様のプレイングによって話の内容が大きく変わったことも、ここに白状致します。

少しでも皆様の心に何かを残せたのなら、幸いに思います。
口調や呼び方など、何かお気づきの点がございましたら遠慮なさらずにご連絡くださいませ。
ご意見・ご感想などもありましたらば、是非お気軽にお送りください。
それではまた、何処かで。
公開日時2008-01-09(水) 18:20
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