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<ノベル>
桜の下に真紅の曼珠沙華が咲いていた。
すとんと伸びた黒髪の先端は帯の上で揺れている。白い肌は陶器を彷彿とさせるように滑らかで、朧な笑みを乗せている唇は鮮血の色をしていた。
曼珠沙華を咲かせているのは和服を身につけた女だった。春の風になびく着物に、いっそ見事なばかりに真紅の華が咲いているのだ。
日本人形を思わせる見目をもった女は先ほどから桜の森を仰いでいるが、その眼には感慨深げな色は何ら浮かんでいない。ただ、唇ばかりが笑みの形を描いているのだ。
楚々として歩く女の足は件の森へと向いていた。
見事なまでに咲き揃った桜だが、その中には確かに暗澹たる空気が充ちて広がっている。
「心地良い」
流れる花風に呟きを落とし、女は眼下を埋める薄紅の絨毯をじわりと踏みつけた。
頭の先から爪先までを黒装束で覆い包んだ、それはまるで主のない影のようだった。が、目を凝らして検めれば、それは着物に腹当、手甲、股引に帯、頭巾と、総てを黒で統一した出で立ちの黒子であるのが見て知れる。
黒子は桜の幹のひとつを選び、その下に片膝をついて身じろぐ事もせずに控えていた。
細身な体躯からすれば一見女かと見紛うが、手甲から垣間見える手を窺うに、黒子は男であるようだった。頭巾のためもあって面立ちを覗くには至らないが、ぼうやりと浮かぶ口許には小さな笑みがある。
頭巾で隠れた眼差しは、しかし、桜の森の樹林の隙間を真っ直ぐに見定めている。
桜の下には屍体があるだの、鬼がいるだの、あるいは狂人がいるのであっただろうか。ともかく、彼が今対峙している樹林の向こうには、確かにそういった禍たる何かが居るのだ。
密やかに息を吐いて、ほんの僅かに目を瞬く。次いで視線を横手へと移し、花風の向こうから現れた女の姿を目にとめた。
女もまた黒子の姿を視界にとめ、かくりと小首をかしげて一声を放つ。
「貴方もこの場所に惹かれていらしたんですか?」
訊ねられ、黒子はつと膝を立てて姿勢を正した。
「――という事は、貴方様も」
「ええ。此方に何やら暗澹たる空気を感じました。参じてみれば、この地には何方かがかけた、……そう、呪のようなものがある様子」
「わたくしは、……どうやらこの地に招かれたようなのでございます」
「招かれた?」
訊ねた女の言に、黒子はゆらりと頷いた。それから再び顔を桜の樹林、その隙間へと向けて言葉を継げる。
「この地の入り口に、斯様なものがございました」
言って持ち上げた手の中には数体の人形――人形のようなものがあった。
「……まあ」
「聞けば、先頃此方では神隠しと称する現象が生じているとの事。実しやかなる噂を耳にするに、それと期を同じくして幾人かのムービースターが行方知れずになっているとの事でございます」
「随分と無体な……」
黒子が手にしている人形のひとつを受け取り、女は僅かに目を細ませた。が、次の時、
「失礼」
女が次の言を口にしようとした矢先、横から伸びて現れた腕が黒子の手から別の人形を持ち上げた。
「これが、元はヒトやムービースターであったという人形であろうか」
告げられた声音は男のものだった。
黒子と女とが視線をやれば、そこには三十代頃と思しき見目の青年がひとり立っている。両腰のそれぞれに一振りづつの剣を提げ持つ青年自身は、仰ぎ見なければならない程の身丈と屈強な躯をもっていた。
「失礼つかまつった。私は十狼と申す者。カフェ・スキャンダルの梨奈殿からこの地に係わる話を聞き、足を寄せてみた次第。よもや他にもこちらに足を寄せていた者があろうとは」
十狼を名乗った青年は恭しい所作で腰を折り曲げ、研ぎ澄まされた切先を思わせる鋭利な眼孔が放つ印象とは異なる、やわらかな笑みを浮かべて黒子と女を順に見遣った。
「わたくしは黒孤と申します者。貴方様は巷説をお耳にされましたのでしょうか」
「黒孤殿。左様、――とは申しましても、梨奈殿から伺うまでは露程も。巷説などにはどうにも疎い」
「私は柘榴と。……それではやはり此方の人形は」
黒孤に次いで名乗り出た柘榴に丁寧な会釈をし、十狼は屈強な腕を組んで銀色の双眸を緩めた。
「失言であったならば申し訳無い。決して害悪をもった言でない事を、先んじて申し上げる」
「ええ」
十狼の言に小さなうなずきを返し、柘榴はおよそ感情といったものの浮かんではいない眼に眼前の青年を映す。
「これが真実ヒトであったものならば、それを人形に創り変えるといった現象はひどく興味深い」
言って、十狼は黒孤に視線を寄せた。
黒孤の面立ちは頭巾に隠れて窺い知れない。が、少なくとも十狼の言に異論を持った様子も認められなかった。
「人形はあくまでも作り物に過ぎません」
告げられた黒孤の声音は穏やかだ。感情の波も無く、故にその声音から腹の底を窺い知るのも難しい。
「それ故にわたくしどもの様な者が繰りて人々に夢を与え、それ故に人々に愛され、それ故に大切にされた人形には魂が宿ります」
「同感です」
柘榴がうなずく。
「……検めてみたのですけれど、此方、確かに少し変わった……と言いましょうか。確かに元は人であったようです」
手にしていた人形をしげしげと見つめながら述べる柘榴の横で、十狼が興味深げに目を瞬いた。
「しかし、折れた腕や破損した部分など、およそヒトの肌質を留めてはおらぬように見える。……良く出来た人形にしか思えぬ」
十狼の言葉通り。人形は何れも揃って破損している。箇所や状態はそれぞれだが、仮にそれがヒトという器を得たものならば、頭蓋や胴が欠けたのではおよそ生還など出来はしないだろう。
血液や腸の見えないそれから視線を上げて、十狼はゆるりと笑んで柘榴を見る。
「だが、生きるも死ぬの個人個人の力量、あるいは逃れ難い運命であろう。この者は死すべき時期にあったが故に死した、それだけに過ぎなかろう」
「――どうでしょう。人の生死にはとやかく口を挟むつもりもございませんけれども……ただ、少しばかり気に入りません」
「気に入らぬとは」
返した十狼を仰ぎ見て、柘榴は絹糸のような黒髪を風に躍らせた。眼光に、初めて感情のような光彩が宿る。
「呪いにまつわるものであれば、私も少なからず会得しております。それ故に判る事もございます。――呪いには代価が必要なのです」
「代価」
応えた十狼から視線を逸らし、柘榴は歩みを進めて黒孤の傍らに立った。
黒孤は先ほど見ていた隙間に顔を向けている。
暗鬱たる気配は、明らかにその隙間から洩れているのだ。
「わたくしが此方に招かれたは、恐らく、わたくしが人形を繰る者だからでございましょう。わたくしが耳に留めましたは隙間風の如くか細く響く数多の声。ならばわたくしを此方へ招いたは、憐れな人形達なのかもしれません」
言って、黒孤はつと片手を持ち上げた。
「あるいは、人形を成した何者かの招きであるのかもしれません。――何れにせよ」
持ち上げた手が桜の木々、その向こうを示している。
「そちらに何者かが」
十狼が半歩を進む。
「ならば、私がそちらへの道を通すといたそう。僭越ながら、空間を断絶し、閉ざされた空間への道を拓く術を心得ておる」
ずいと身を乗り出した十狼だが、しかし、それを柘榴の手が制した。
「この先には呪を使役する何方かがおいでです。黒孤さんは此方に招かれて足をお寄せになられたとの事。もしや、この中に踏み入った瞬間に黒孤さんも人形に変化させられぬとは限りません」
漆黒の眼差しが十狼の顔を仰ぐ。
十狼ははたりと足を止めて「確かに」とうなずいた。
「しかし、ならば如何にして立ち入ったものか」
唸り声をあげた十狼の横で、黒孤がふと顔を上げた。
「わたくしは人形繰りを生業としてございます。――実はわたくしを模した人形を作ってまいりました」
こちらに。そう続け、黒孤は一本の桜の木の裏側に身を隠した。程無くして再び姿を見せた黒孤の横には、黒孤と瓜二つといっていい出来の人形が並んでいた。
「なるほど」
ただちにうなずいたのは十狼だった。
「その人形を黒孤殿の代わりに向かわせるのだな」
「左様でございます」
黒孤は恭しく腰を折り曲げた。
「黒孤さん、十狼さん。よろしければ此方をお持ちくださいませ」
ついと踏み出た柘榴が二枚の札を差し伸べる。
「此方、呪除符です。おふたりには要らぬものかもしれませんが、念の為」
紅を引いた唇が笑みを形を作った。
「呪除符」
首をかしげながら手を伸べた十狼に札を手渡しながら、柘榴はさらに笑みを色濃いものへと変じた。
「大丈夫です。――呪われませんから」
◇
はじめの内はたぶん怖ろしくおもっていたはずだ。
きおくを手繰ってみても、わたしがいつからこうなってしまったのか、思い出せない。
とにかく、はじめの内は怖ろしくおもっていたはずなのだ。――いまとなっては、本当にそうおもっていたのかすらもあやふやでいい加減なのだけれど。
きがついたらわたしはこうなっていた。
熱のこもらない、つめたいからだ。老いもせず、死すらもえんどおいものとなった。もっとも、死や老いをおそろしいとかんじたきおくもない。あまり関心をもっていなかったように、ぼうやりとおもう。
わたしは、わたしのそうぞうしゅの手の中でとわにいきつづけるらしい。
あるじがもとめた演目をまい、あるじをよろこばせる。それがわたしのやくめなのだと、きがつけばわたしはそう理解していた。
そう、はじめのうちは怖ろしくおもえていたはずなのだ。でも、いつからかそれがあたりまえのことになって、そうなるとあとは欲というものにまみれていくだけだった。
「仲間が欲しい」
わたしのねがいを、あるじは快諾してくれた。
――あ、
――ああ、ちがう
ともだちがほしくはないかと言ったのはあるじのほうだったかもしれない。
薄紅で囲まれた空間の真ん中に置いた椅子に腰掛けて、少女の形をした人形がぽつりと天を仰ぐ。
天は、彼女の視界の中で円い形をしていた。
筋雲が数本たなびいている。風が心地良く流れ、簪を挿した黒髪をさわりと撫でていく。
彼女の主は黒子だ。糸をもって彼女を繰り、魂魄の髄をすら揺らす声をもって甘い蜜を囁く。
視線を天から下ろせば、眼前には真新しい『友人』達が並んでいた。
列をなし、ひどく項垂れている友人達は、一見すればただの繰り人形にしか見えないだろう。
だが、彼女は知っている。
友人達は何れも、かつては生ある場所で活動していた存在だった。むーびーすたあと言っただろうか。あるいはむーびーふぁんだったか、それともえきすとらであったかもしれない。
なんにせよ、桜の咲くこの地に踏み入った彼らの半分ほどを呼び寄せ、見事な人形だと言って彼女を覗き込んできたところを、その首を目掛けて噛り付くのだ。
首を裂かれれば大概の者は命を落とす。そう囁いたのも主だった。
鮮血が噴き出す。それが桜の紅を一層美しく染めてゆくのを心地良く眺めている間に、主は新たな人形を創りだしているのだ。そうなれば、後はもう彼女の心ひとつ。
この手の形が気に入らぬ。顔の形が、髪の色が、目の形が気に入らぬ。
そうしてそのたびに気に入らぬ箇所を戯れに千切りとっていくのだ。
ああ、
あたらしいともだちがはいってきた
◇
たった今まで横にいたはずの黒孤が――黒孤の形を模した人形が――ふつりと姿を消した。まさに一瞬にして気化して宙に融けて消えたかのように。
「……消えた」
「消えましたね」
十狼と柘榴は刹那視線を交わし、失せた人形の代わりに今しがた生じたばかりと言わんばかりの桜の幹に目を向ける。
後方、別の桜に身を潜めて影繰りを使役して人形を歩かせていた黒孤当人の姿がある。
時は宵を目前に迎えた夕暮れ刻。傾いた陽光が朧な影を描き出していたが、黒孤の繰る影の先端は桜の一本に吸い込まれている。
「わたくしの影は此方の木の向こうに続いております」
つと足を寄せた黒孤が桜の幹に手甲を当てた。
「桜の木の向こうに、ヒトを攫っていった張本人がおるという事か」
「左様でございます」
向けられた十狼の銀の双眸を受けて、黒孤は深々と頭を垂れた。
「私の記憶に頼るなら、この桜はついぞ今までこの場にはございませんでした」
柘榴が空虚な眼差しで桜を仰ぐ。その眼光は確かに空虚のものながら、しかし時折確かに輝きが一閃する。――呪の気配は先程から随分と色濃いものとなっているのだ。
「私もそのように記憶しておる。――なるほど、神隠しと称して攫ったヒトの代わりに新たな桜をひとつ残しておるのか。これほどに多くの桜が並ぶ地ならば、その一郭に新たな杜が増えたとて、訝しむ者なぞないであろうからな」
「なら、この一郭の桜は神隠しが生じるごとに数を増していたのだという事になりましょうか」
「あるいはそうかもしれぬ」
柘榴を見つめ、十狼は口許に薄い笑みを浮かべる。
「とにもかくにも、この木が向こうへと通じておるならば話は早い。――私が路を拓こう」
言うや否や、十狼の手は腰に提がる刃の内の一振りを抜き取った。
切先が夕映えに閃く暇も無く、刃は再び鞘へと戻る。それはまさに刹那の出来事。桜を揺らす風ですらも刃が鞘を抜け出た事に気がついてはいないようだった。
景色は一見何ら変化を迎えたようには見えない。が、夕暮れを流す風が僅かほどに勢いを強めた瞬間、眼前の風景が真っ二つに割けたのだ。否、風景を写した写真が割けたかのような光景だった。
桜の木や森には傷ひとつ残されてはいない。しかし、三人の眼前には確かに路が拓けて現れていた。
連立する桜の木立ちが、その向こうに広がってあるのであろう空間へと三人を誘っている。
「さあ、参ろう」
先んじて歩みを進めた十狼が、肩越しに振り向いて穏やかな笑みを浮かべてみせた。
木立ちが作る路はさほど長くはなかった。
黒孤の足元から伸びる影は確かに路の奥へと続いている。
暗澹たる気配を乗せた風は、確かに路の奥から吹いていた。
並木は唐突に途切れ、視界が広く開けた。
桜が円をなして空間を護り、空間の上には円い空が覗いている。
足元には若草が伸びているが、その上には桜の枝を離れた花が敷き詰められている。風が花を散らす、それは文字通りの花吹雪だった。
「これは……」
黒孤が小走りに歩み、そこに転がる一体の人形を手に取った。
黒孤の姿を模し創りだした一体の人形。それは恐らくその人形を小さく縮めたもののようであったが、しかし原型を留めぬほどに崩された様を見るに、もはやそれは真実そうであるのかが窺い知れない。
「無体な」
独りごちながら周りを見る。
「この人形の全てがそうなのでしょうか」
柘榴が目を細めて呟いた。
円を描いた空間の中央、今は外界から踏み込んできた三人の客を囲うように取り巻いているそれらは、何対あるのかも知れぬ繰り人形達だった。
和服を着せられたものもあれば、ごくあたりまえのように目にする洋服姿のものもある。スーツ姿のものや、中には豪奢なドレスを身につけている人形もあった。面立ちから察するに、年齢は様々であるようだ。
それらの人形、全ての眼が、取り囲まれた三人に向けて注がれている。
「存外に数多くあったようだ」
十狼が肩を竦める。
と、人形の中で唯一椅子の上にあった日本人形が、前触れもなく、かくりと首を傾いだ。うろんな眼孔が真っ直ぐに三人を捉え、美しく結い上げられた黒髪が風をうけてそよと揺らぐ。
柘榴の目が光彩を帯びる。
「呪の気配があります――ああ、そこにも、ここにも……!」
言いながら周りを囲う繰り人形に視線を向けた。と、その視線を受け、それまでかくりとも動かないままだった人形達が一斉に首を動かし、木と木が擦れてぶつかるような音がカタカタと唄いだした。
「この全てが、元はヒトであったものです!」
「それならば、わたくしを此方に招いたはこの人形達」
黒孤が人形をぐるりと検め、最後に椅子の上の人形へと顔を向ける。
「……いいえ、貴方様でございましたか」
黒孤の言は、椅子の上から空中へと移動した繰り人形へと向けたものだった。
今しがたまで椅子の上にあったはずの人形は、今は夕闇に沈む空気の中に浮揚している。――否、目を凝らせば、そこに僅かな陽を受けて鈍く光る繰り糸があるのが知れた。
人形は繰り糸の先でじわりじわりと動いているのだ。そうして、その糸を繰っているのは、
「貴殿がこの人形の主か」
十狼が穏やかな声音で告げる。
糸を繰っていたのは黒孤と同様、黒子の姿を得た影のような者だった。
黒子はしずしずと腰を折って言を述べる。
「左様です。斯様な舞台袖まで足をお運びいただき、恐悦至極に存じます」
陰々と響く声だった。
声の主は仰々しい所作で礼をすると、そのままするすると繰り糸を繰り、それきり口を噤んでしまった。
代わりに、黒子の手の先で流れるように動き出した人形がかつりと口を開ける。
「それで、はて、斯様な地までいらしたのは如何様な理由あっての事でございましょうや」
発せられたのは女の声音。黒子の姿は再び夕闇に融けて失せている。
「失礼ながら、貴方様はわたくしと似たような御方であろうかとお見受けいたします」
ずいと歩を進めたのは黒孤。
「わたくしも人形を繰る者。つかぬ事とは存じますが、これらの人形をお創りになられたのは貴方様で相違ございませんか」
訊ねる黒孤の後方には十狼と柘榴とがいる。十狼は腕を組んで安穏と微笑み、柘榴は、やはり感情の一片をも感じさせない面立ちで繰り人形を見据えていた。
人形はかくりとうなずき、次いで僅かケタケタと笑う。
「同じく人形繰りなれば、其方様も人形が気にかかるご様子」
「お話の途中で申し訳ないのですけれど」
つと歩み出たのは柘榴だ。
「此方の人形、元はヒトであったものだとお見受けします」
「左様にございます」
「ひとつお伺いしたいのですけれども、あなた様、なぜヒトを人形に変じさせておいでなのです?」
「なぜと申しますと」
「呪いには代価が必要です。代価無くして行えば、それは業となりましょう。まして、ヒトを殺める業ともなれば、それは暗く、深く、そして重い」
ひそりと声を静めた柘榴に、人形は再びケタケタと笑う。
「確かに其方様の仰る通り。わたしが負う業は幾重にも幾重にも暗澹とした重責となりましょう」
「いや、失礼。度々口を挟みいれる無礼をお許し願いたい。……貴殿が如何なる理由と業とをもって斯様な真似をなされたのか、私はさほどの興味がない。しかし、貴殿にひとつ訊ねてみたい事ならばある」
「――へえ、なんでございましょうや」
かつりと音を立てて人形が十狼を向く。十狼は腕を組んだままで人形を見据え、再び口を開けた。
「ヒトとは生であるがゆえに不完全なもの、人形とは虚ろであるがゆえに完成されたモノ。共に、同じ形をしていながら。……その差異は、境は、一体、どこにあるのだろうな」
「へえ」
応え、人形はしばし口を閉ざす。
「なれば、ヒトの生を譲り受けた人形なれば、ある意味真実完成された存在とでもなりましょうや」
言って喉を震わせるように笑い、人形はカツリカツリと音を立てた。
「ヒトが不完全たるは生の有無に非ず、人形が完成されたモノたるは生無き虚ろなものだからに非ず。人形は存外容易く魂魄を移すモノにございましょう。ヒトの想念が人形に移り、それが自我と動作とを許されてしまえば、果たしてそれで完全たるモノとなりえましょうか」
声音はいつの間にか再び男のものへと変じていた。否、それは男の声音と女の声音とが重なり響いているものだった。
「わたしは何も完全たるモノを創りたいがためにこうしておるのではございません」
重なる声が低く笑みを含む。
「では、目的は」
柘榴が問う。
と、周りを囲んでいた人形達がカタカタと動き出し、次いで示し合わせたようにゲタゲタと笑い出した。
「目的なぞ」
黒子が嗤う。
「理由無き戯れというものもございましょう。しばし退屈を凌ぐために僅かばかりの戯れに興じたところで、はて、そこに深い意味などございましょうや」
「では、何ら目的も無く、――人形への愛着をも持たずに斯様な真似に及び、……しかもそれを戯れと仰られるのでございますか」
黒孤の声が僅かに震えた。
「左様にございます」
黒子と人形は同時に同じ仕草で深々と頭を垂れた。
「珊底羅!」
間を置かず、柘榴が声高に使鬼の名を口にする。
それと同時に、十狼は両手を交差して両腰の刃を抜き取っていた。
柘榴によって呼び出された大蛇が電撃を落とすのと、十狼が刹那の技で刃を振り下ろすのとは、ほぼ同じタイミングとなった。
切先は二陣の風の刃を創り、場にいる人形達の繰り糸を総じて断ち切った。
電撃は夕闇を裂いて地に突き立ち、それは見事に黒子の身を地に縫い止めた、かのように見えた。
――だが、その場のどこにも黒子の姿は見当たらない。
落日後の薄い闇が辺り一面を取り込んで、桜の花は陽光の下で見せる顔とはまるで異なるものを浮かべていた。
風に揺れ騒ぐ木立ちが一斉に葉擦れの音を唄う。それは時折嘲笑混じりの声と織り交ざって森の中を暗澹と染めてゆく。
そうして、そこには三人が落とす影と、数体の人形ばかりが残された。
むろん、黒子もあの人形も、気配すらも残さずに消えていたのだった。
柘榴が新たに召喚したのは、土佐犬に似た見目をもった使鬼だった。招杜羅と呼ばれたその使鬼が舐めると、人形に変化させられていたヒトの全てが元の姿を取り戻したのだ。
元の姿に戻ったヒトの全てが、己が人形に変じられていた事をも認識出来てはいない。ただその記憶の中にぽっかりと小さな穴が開いたような感覚だけを感じているようだった。
「つまるところ、あの者は己の心の空虚を慰めるための戯れに、何ら罪のないヒトを弄んでいただけだったのだろうか」
何ら変わりばえのない桜の森をぐるりと見渡しながら、十狼が小さなため息を落とす。
「呪いによる業を怖れている節もありませんでした」
柘榴がゆっくりとかぶりを振った。
黒孤は桜の木立ちに手を伸べて、壊されたままついにヒトの姿に戻る事の出来なかった人形達に憐憫を向ける。
「……人形は、わたくし共のような者が繰り、お客様に夢を与えるためのもの。それゆえに皆様に愛され、そうして大切にされた人形には魂が宿るのでございます。人形の魂とは、」
木立ちの根には人形達が葬られている。――神隠しの結末を報せるにも、被害者達が人形のままでは、それが当人達であると果たして誰が信じるものだろう。
「……決して、元ある魂を歪めて作り出すものではございません」
続けた黒孤の声は月明かりに照らされた桜の森、その中を流れてゆく風の中へと消えていった。
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クリエイターコメント | このたびは当シナリオにご参加くださいまして、まことにありがとうございます。 少しばかり長いノベルとなってしまいました。そのぶん、少しでもお楽しみいただけていればよいのですけれども。 今作はシリーズノベルと銘打ちました、その第一話となりました。黒子と人形、その顔見世を兼ねた内容ともなりましたが、思ったよりもホラーにならなかったような……まあ、それはそれとしまして。
黒孤様> お初にお目にかかります。 黒子同士での対峙ということで、ご参加を確認しましてからしばしひとりで萌えを感じておりました(失言)。黒子という存在は非常に魅力的ですよね。 今作ではわりと中心的な位置に立っていただきました。セリフが素晴らしかったものですから、前半と後半、二度にわたって使わせていただきました。
柘榴様> お初にお目にかかります。 今作へのプレイングが初であったとの事ですが、とても丁寧でわかりやすい、ありがたい内容でした。 設定がまたおもしろいPC様ですね。今作ではシリアスに傾向してしまいましたが、呪いの儀式で大量に吐血する様ですとか、コミカルなノベルも、機会があればぜひとも書かせていただきたく思います(笑)
十狼様> お初にお目にかかります。 古風な口調との事でしたので、果たしてどこまで書かせていただいてよろしいものか、しばし思案いたしました。結果、ずいぶんと古風な感じになってしまいましたが、支障などございませんでしょうか。 また、抜刀。プレイングでは抜刀に関する記述はございませんでしたが、個人的な事情で抜刀していただきました。……いえ、桜の下、刃を手にする殿方(しかも美丈夫様!)という場面を、どうしても描写したかったのです。個人的な萌えに走るライターで申し訳なく。
口調・設定、その他もろもろ、PL様のもつイメージと異なるなどといった点がございましたら、遠慮なくお申し付けくださいませ。 それでは、またご縁をいただきますよう、こっそりと祈りつつ。 |
公開日時 | 2007-04-11(水) 23:30 |
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