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<ノベル>
「それでは……マジックショーを始めよう」
もはや魔術の域を超えている。
ジズの、さらに上空に、唐突に、その白いシルエットは出現した。
何の支えもなく、タキシード姿の少年は宙に立ち、優雅に両手を広げた。そしてそれが、白の奇術師の、めくるめくステージの始まりだったのだ。
「It is a showtime!」
一声とともに、輝くナイフが出現する。
一本や二本ではない。数え切れないナイフの群れが、整然と列をなして虚空にあらわれ、次の瞬間、その切っ先をまっすぐにジズへ向けて、ナイフたちは飛翔する。
地上から見上げたなら、さながらそれは、真昼の流星雨のようだった。
「……」
白の奇術師の灰色の瞳が、冷やかにその光景を見下ろす。その表情はあくまで万来の客を前に演技に臨むマジシャンのそれであったが、ほんのかすかな翳りがよぎったのに、気づいたものがいただろうか。
尋常であれば、とっくに敵は、幾百のナイフに貫かれ、昆虫標本と化しているはずなのだ。
甲高い、ガラスの楽器が奏でられるにも似たその音は、猛スピードで敵を襲ったナイフが弾かれ、あるいは刃が折れる音だった。それは場違いに美しく、アップタウンの空に響き渡る――。
避難する住民の流れに逆らうようにして、ひとつの影が走る。
歩道や車道は混雑しているとみたか、それは狭い路地や、塀の上、時に屋根づたいにと、群衆を避けて、柊邸のある方角へ向かっていた。
その黒い影を見れば、ムービースターの忍者かと人は思ったかもしれない。
だがムービースターはムービースターでも、黒服は忍び装束ではなく、オフィス街が似合いのスーツであった。
山砥範子は、その日もいつも通り、銀幕市におけるただいまの勤務先に出勤していたが、事情を察知するや、騒然となる会社にいつものように落ち着き払って有給を申請し、そのまま駆けつけてきたのであった。彼女は派遣社員だが、現在の就労先での勤務がちょうど半年を経たので有給が取得できるようになったのだ。銀幕市未曾有の危機さえ、彼女に都合のよい日時に降りかかる。
そんなわけで、遠目に翼ある光球を睨みながら、範子は駆けた。
――と、そのはるか頭上を、キィイン、と鋭い飛行音が切り裂いて飛んでゆく。
それはミサイルだった。
まっすぐに、ジズを目指して飛来するミサイルから、なにかが切り離されて落下したようだった。
そしてミサイルはジズを直撃し、爆発する。
爆発の光が綺羅星ビバリーヒルズに立ち並ぶ邸宅を照らし出し、轟音が空気を震わせる中、柊邸の屋根の上に着陸したのはサマリスだった。
彼はそこに先客がいるのに気付く。
「やあ。先日ぶりかな」
山本半兵衛である。
羽織の背中を丸め、半兵衛は、小型のゴールデングローブを彼が使役するちいさいものたちに配給しているところだった。犬神鼠や管狐が列をなして順々にそれを受け取り、装着するとどこかへ飛んでゆく。
「白の奇術師さんも来てるよ。それから原さんという人――彼は柊木芳隆さんの会社の人なんだって」
煙管をくわえた顎をしゃくって、邸宅前の路上を指す。
ひとりの青年がスチルショットを手にしているのが見えた。
「それは心強いです。……が、あまりダメージが効いていませんね」
サマリスの機械の目が、上空の敵を見据える。
「まずはあの攻撃をどうにかしないと」
ぶん、と視界がブレる。
ビバリーヒルズの街並みに、ワイヤーフレームのグラフィックが重なると、すべての風景がどこか現実味を欠いたようなものに変わる。サマリスのロケーションエリアが周辺をヴァーチャルフィールド化することで、地上へのダメージを無効化しようというのである。
「ここは危険です。早く退避して下さい」
「いいえ」
原貴志は、山砥範子の姿を見てそう言ったが、範子は静かにそれを拒んだ。
「微力ながら、お手伝いに参りましたので」
そういって、どこからともなく――そう、どこからともなく!――バズーカめいた某かの兵器をとりだして肩に担いだ。その手に輝くゴールデングローブを目にして、彼女がムービースターなのだと知ると、貴志は頷き、そして言った。
「わかりました。では自分がスチルショットで奴の動きを止めます、みなさん、その間に攻撃を! 申し訳ありませんが、次のチャージまでの時間を稼いで下さい!」
言葉の後半は、柊邸屋上の半兵衛たちにも向けたものだった。
半兵衛が片手をあげて応える。
忽然と、白の奇術師があらわれた。
「どうにもノリの悪い客だ」
皮肉っぽく唇の端を吊り上げる。
「かなりダメージが通りにくい」
「飛行中のジズはあの光の外殻で身を護っているようですね。他の地域からの通信によると」
貴志が言った。
「ただ、ジズは必ず地上に降下してネガティヴゾーンのようなものを展開するそうです」
「その時が好機でしょうか。いや、しかしネガティヴゾーンを展開されてしまっては……」
範子の言葉に、貴志は頷く。
「降下し、しかし、ネガティヴゾーンを展開するまでの一瞬に賭けます」
★ ★ ★
放たれる衝撃波が、サマリスのロケーションエリアの効果や、半兵衛が使役する犬神の結界によって抑えられていることに業を煮やしたように、ジズがその高度を下げ始める。
射程ぎりぎりに至ったところで、貴志のスチルショットが光弾を発射した。
そのあとを追う、範子と、サマリスの砲撃。
管狐たちが噴射する炎や、白の奇術師のナイフの雨が、別の方向からも敵を襲う。
「……この人がいたから、僕らはこの銀幕市で『普通の生活』ができたんだもの――」
柊邸の屋根にそっと手を置き、半兵衛は呟く。
はげしい攻撃音にかき消され、それを聞いていたのは、着き従う犬神鼠たちだけであったかもしれないが。
「たとえジズが、この非日常を日常へ戻すためにやってきたモノだったのだとしても、僕はこの街を蹂躙される事は許せない。だから……きっと守るよ」
カッ、と、閃光が周囲を真昼のように照らし出す。
それは集中攻撃が敵を撃破したしるしなのか、それとも、スチルショットがもたらしたわずかな猶予のあと、反撃に出たジズの新たな攻撃か。
次のチャージまであと少し。貴志は祈るような思いをこめて、砲身を的へ向ける。
次の瞬間!
視界が、歪んだ。
耳を聾する、不快な音の洪水。そして平衡感覚がうしなわれていく。
「これは……ネガティヴゾーン!」
サマリスは、ロケーションエリアが消え、かわりに、空間が変質していくのを感知する。頼みとする計測器が、異常な数値をカウントし、状況が掴めない!
路上にいた3人は、前方、ジズが降り立とうとしていた方角から、アスファルトがぼこぼこと泡立ち、異様な色合いの沼地のようなものにかわっていくのを見た。その領域は、かれらを呑みこもうとするかのように、凄まじい勢いでこちらへ向けて進んでくる。
退避しようにもとても間に合わない。ならせめてスチルショットで止められるか、と貴志がひきがねを引こうとした瞬間、かれらは柊邸の屋根の上、半兵衛の傍にいた。白の奇術師の瞬間移動だ。
「ふう、どうにかこれくらいはできるようだ」
唸りをあげるゴールデングローブをさすりながら、奇術師がこぼす。
「……倒し切れなかったみたいだねえ。さて……やっこさん、これはまたなんとも」
飄々と、半兵衛は煙管をくわえながら言った。
柊邸は、いわば毒の沼地に浮かぶ孤島のような状態だった。
空は暗雲に覆われ、そこから地表へ向けて時折稲妻が下る。落雷を受けた箇所は音を立てて沸騰し、蒸気を吐き出し……それはまるで原初の地球のようでもあった。
そしてそのただなかに、巨大な類人猿めいた怪物が、ゆらりと立っていた。
全体として猿のようではあったが、奇怪なことにその両腕はうごめく触手の塊だ。
飛来中の形態とあまりに違いすぎるが、これがあのジズの真の姿ということか。そしてここはそのジズが支配するネガティヴゾーン。その中に、5人は――たった5人だけで、取り残されている。
柊邸が毒沼に沈まないのは、まるで、本当はすぐにでも呑み込んでしまえるがあえてそうしないのだと、この世界そのものに嘲られているような気がした。
ぎり、と貴志は歯噛みする。
どうすればいい。あとの4人はムービースター。ゴールデングローブに力を制限されている。自分がなんとかしなければ。しかしどうやって?
変わり果てた綺羅星ビバリーヒルズを見渡す。
貴志は生まれも育ちも銀幕市だ。
この街には大切な人たちが暮らし、たくさんの思い出がある。魔法がかかってから知り合ったムービースターたちだって、彼の大事な友人たちだ。尊敬する上司も、また。
諦めてはだめだ、と自身に言い聞かせた。
上司なら、決してあきらめないだろう。彼から預かった、特殊な威力の弾丸を装填した銃を抜く。彼ならどうする? 貴志は頭を回転させた。
「近づいてきませんね……」
ジズは、効果地点に立ちつくしたままだ。
貴志の言葉に、半兵衛が頷いた。
「やつの足もとをみてごらん」
皆は目をこらした。
「犬神鼠が言ってる。鉄が冷え固まっていく時みたいな音と匂いだって。……このネガティヴゾーンは未完成なんだ。やつは自分の土地をつくっていこうとしている」
「好機はまだ続いている。そうだね?」
と、白の奇術師。
降下し、ネガティヴゾーン展開前に倒す。
その作戦が失敗したかに見えた状況だが、そうではなかった。
「ですが、あの距離まではすこし射程が――ギリギリでしょうか。十分な火力となるかどうか」
サマリスが冷静に分析する。
「ところでみなさん」
ふいに、範子が口を開いた。
「ここにゴールデングローブが大量にあります」
どさり、とダンボール箱が置かれた。中にはリング状のゴールデングローブが、たしかに大量にあった。
「どこから!?」
「ええ、たまたま都合よく持っていたんです。……そしてここに、砲丸があります」
「何故ッ!?」
「偶然です。これもごらんのとおりたくさんありますが……なんと都合のいいことに、ほら、サイズがぴったりです」
範子の手の中で、砲丸にゴールデングローブがぴたりと嵌まった。
「ゴールデングローブにはネガティヴパワーを中和するはたらきがあります。つまり!」
美しい、完璧なフォームで、砲丸を投げる範子。
弧を描いて投擲されたそれが、毒の沼に落下するや、その落下ポイントから円形に、空間がビバリーヒルズの住宅街に戻るではないか。
「おお!」
みなが色めき立つ。それは徐々にまたネガティヴパワーの沼に呑まれていくようだが、すこしの間は保たれる。なんというご都合展開! だがこれこそ、スーパー派遣社員・山砥範子の能力だった。
★ ★ ★
ぶん、と砲丸が宙を舞う。
範子が投げた砲丸のあとを追うように、かれらは飛び降りる。通常のアスファルトに戻った地面に着地、走り出す貴志、サマリス、半兵衛、そして白の奇術師。
範子の肩には半兵衛の犬神鼠がいて、次に投げるべき方角と距離を囁いてくれる。
範子は正確に、次の投擲を行う。それがつくる道を、4人が駆ける。
ジズの眼が、接近してくる4人へ向いた。
その触手の群れが、ぞわりと動きだし、こちらへ伸びてくる。
だがサマリスのアサルトの掃射が張る弾幕がその攻撃を阻んだ。
ジズの足もとはすでに冷えた鉄のような島状の陸地になっていた。4人はそこに上陸する。
触手がかれらを追う。サマリスが撃ち返す。
だが――
「弾切れ、ですか」
弾丸は有限だ。
ごう、と空を切って襲来する攻撃!
「サマリスさん!?」
「……大丈夫――それなりに頑丈に、できていますので……」
触手の攻撃を受け止め、盾となったサマリス。ぎしぎしと軋む音が聞こえてくるが、そうしてつくってくれた猶予を無駄にはできない。
片膝ついて、貴志は狙いをつける。
「……っ」
半兵衛も、敵を見上げた。額ににじむ脂汗。ゴールデングローブの影響で憑きものたちの力は落ちる。だがそれを、彼は自身の生命力で補おうとする。術力は抑制されても、肉体そのものの生気は、人間として自然にそなわっているそれは削がれない。だがそうすることは文字通り生命を削ることだった。
犬神の呪力が、ジズをとらえた。その動きが止まり、管狐の放つ炎が火の輪となって敵を戒めた。苦痛と憤怒に、ジズが眼を見開く、その眼を狙って――
貴志の銃撃。
<暴威弾>が炸裂した!
寸分違わず、眼を撃ち抜いたのだ。
咆哮とともに、その巨体が傾いだ。
みるみるうちに、空の色が、周辺の風景が変化していく。
ネガティヴゾーンが消えていくのだ。
「さて。ちょっと童心に帰って虫捕りでもすることにしようかな?」
白の奇術師が、さっと手を振れば、しゅるしゅると飛んできたロープがジズをからめとり、そして四方から立ち上がる壁が「箱」を組み上げていく。あっという間に、文字通り魔法のようにジズを箱詰めにしてしまった!
「……捕った虫を殺さないといけないのが心苦しいけど」
これこそ白の奇術師の大一番『種無しマジックボックス』。あらわれた剣が、その箱を刺し貫いた――!
「あ」
思わず、貴志は声を漏らした。
「これが、マジックですね」
サマリスの声にさえ、感嘆の色が差す。
『こいつぁすげぇ』
『家主もどうせならこういう術を使えねぇかねぇ』
犬神鼠たちの頭を、半兵衛の煙管がぽかりと叩く。しかしその唇は笑っており。
「まあ」
その光景は、範子からも、はっきり、見えた。
いや、範子が一番の特等席だった。
マジックボックスが、ぱたぱたと解体され……、その中のジズは消滅していた。
かわりに箱の中からは――
鳩だ。
真っ白い鳩が、何羽も、何羽も、青さを取り戻した空へ、飛び立って……!
かつて、大洪水の終わりを、一羽の鳩が教えたと聖典は云う。
その鳩の群れは、銀幕市に残された最後の希望のしるしではなかったか。
華々しいショーの終わりに、奇術師は、優雅な一礼で応えた。
(了)
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クリエイターコメント | ■事務局より このノベルは諸事情により代筆が行われました。担当ライターの作品ではありませんがご了承下さい。 |
公開日時 | 2009-04-27(月) 09:00 |
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