<オープニング>
「ロイ・スパークランドって、あの『エディ・ジャックス』作った監督だよね!? あ、私は――ええと、エニシ・アサマ?って言います。初めまして! こんな間近で監督と話せるなんて超感動!!」
浅間 縁の声が上ずっているのも無理はない程度に、ロイは有名人だった。顔は知らなかったとしても、ある程度、映画を観ている人間なら、名前を聞いたことくらいはあったからだ。
もっとも、しかしそれは映画を観ていた側の話で、映画の中にいたものたちにとってはそうでもないようで。
「皆の反応から察するに、すっごい人なんだな。あたしは烏丸つぐみ、宇宙忍者ナリ。ニンニン」
烏丸つぐみが、わざとらしく忍者風(?)の名乗りをあげ、
「お初にお目にかかる 、岡田剣之進と申す。俺で良ければ何なりと使ってくれ。あー……これは“あるばいと”代?は出るのか?」
と、岡田剣之進が刀を挿した着流し姿で、無邪気に話し掛けた。
「なんだって、Japanese NINJA!? Realy!? That's Great! ……と、キミ! キミはSAMURAIだな! KUROSAWAだ! こりゃ凄い。やっぱり、ここはパラダイスだね。あ、手伝ってくれたら日当は出るハズだ。よろしく頼む!」
実際にムービースターと接するのは、それだけで、ロイを相当、興奮させたようだ。日本語が流暢なことからして、彼は日本映画も好きなのかもしれない。
さて、そのロイ・スパークランドの目的は、この街を舞台に、この街でロケをして、映画を撮るということだった。しかも、スタッフもキャストも、この街の住人を使っていきたいというのだから、型破りな話だ。
だが日本のハリウッド銀幕市の住人は映画が好きだ。製作に携わりたいと願うもの、スクリーンに出てみたいと思うものも決して少数派ではなかった。
「初めましてっ、私、七海 遥っていいます。演技力は学芸会レベルですけど、映画への情熱には自信あります! スタッフでもキャストでも、何かお手伝いできることがあったらぜひぜひお手伝いさせてくださいっ。……あっ、あと良かったら監督さんのサインお願いできますか?」
七海 遥が差出したサイン帳にペンを走らせながら、ロイは応えた。
「演技なんてね、こういっちゃ何だけど、キャメラの前で自然にしていれば、なんとかなるもんだ。いっしょに楽しい映画をつくろう」
「自然にしてるだけ……、それなら私でも大丈夫そうです! 楽しい映画にするためのお手伝いが出来るように頑張りますねっ」
「うん。でも肝心の映画の内容なんだけど、銀幕市を舞台に撮影するという以外に、まだ何も決まっちゃいないんだ。ここで、みんなのアイデアを聞いてみたいと思っていたんだけど」
ロイの言葉に、居合わせた人々は腕を組んだ。
そして、カフェスキャンダルが、一転、ハリウッドの映画会社さながらの、ブレーンストーミングの場となったのである。
★ ★ ★
「映画のアイデア、なあ……。はっちゃけたやつも楽しいて良いけど、せっかくええガタイしとる兄ちゃんもカッコイイ姉ちゃんも、思わず守ってあげたくなるような女の子もたくさんおるし。幕間をなごす動物もどきもおるし。いっちょマフィアもんとか楽しいんやないかな、とか思うんやけど……どうやろ?」
四位いづるが、肩に白いバッキーを乗せて、そんなことを言った。
「いっそバッキーが主役、ってのはどうかな。せっかくこんなふわふわのもちもちで可愛い生物がいるんだから、使わない手はないよ?」
と、沢渡ラクシュミ。彼女の腕の中で、オレンジ色のバッキーが、話を理解しているのかいないのか、きょとんとした顔でいる。
「こういうのはどう? 『バッキー達が次々に謎の暴走を始めムービースター達を襲い始める。バッキー達をおかしくさせたのは何か、そしてムービースター達は生き残れるのか』」
神野鏡示が、キャッチコピー風にストーリーのアイデアを語ってみせた。
ロイが、バッキーたちを興味深そうに見つめながら頷いた。
「なるほど。バッキー、っていうのかい?このcuteな動物を使うのは面白そうだ。それと、マフィアものなど大勢の悪役が出て来るようなもの……」
「じゃあ、『バッキー達が連続して誘拐されるという事件が発生。それと同時に、犯罪集団が出現。ムービーファンやムービースターたちは調査に乗り出す。そして……』みたいな」
鏡示が続けた。
「序盤は謎解き、後半は派手なアクションというのも良いのではないかな」
いつのまにか、そこに、黒いコートの紳士が坐っていた。
ブラックウッドである。
「登場するキャストも、アクションが得意な者からそうではない者まで多岐にわたるだろうから、アクションが不得意な者にも活躍の機会があるような頭脳パートもあるといいだろう。バッキーの登場するシーンには、コメディタッチの軽妙なやり取りも許されると思うよ。シリアスになりそうなシーンでふとバッキーが登場すると和めるのではないかな」
鹿瀬蔵人が、その話にぴくりと反応する。
ぽわわん、と、表情がとろけたのは、いっぱいにひしめくバッキーを想像したからのようだ。
「賛成!」
縁が声をあげた。
「映画のごった煮みたいで面白そう。……ね、タイトルなんだけど、こういうのはどう? ……『銀幕★狂想曲』」
★ ★ ★
いろいろなアイデア出されたようだ。
時間を忘れて、カフェのテーブルで、まだ見ぬ映画のシーンを人々は思い描く。
「なあ……」
来栖香介が、白熱する議論の合間に、ふと、ロイに話し掛けた。
「アンタ、どうしてこの町で、こんな方法で映画撮ろうと思ったんだ? ちゃんと話しがまとまるかどうかもわかんねぇのに」
「どうして、って……、そうだな。この街は、ボクが思う『映画』そのものだからね。その意味では、あえて映画になんかしなくてもいいのかもしれないけれど、それでも、ボクは映画監督だから、この街とその住人のみんなを、フィルムに焼きつけておきたいと思ったんだ。『映画』っていうのはね、『夢』だ。夢をかたちにしたものなんだ。ここはドリームランドなんだよ。こんな場所、世界中のどこにもありはしないんだから」
「ドリームランド……夢の国ね。でも、ここで起きてるのは夢じゃない。なるほど……なんとなく分かるような気がするな。確かに、こんな面白いことを形にして、残さないのは勿体ねぇ。……でも映画の世界を映画にするって、言葉にするとわけわかんねぇな」
「たしかに」
ロイは笑った。
そして――
「 みんな、ブレーンストーミングにつきあってくれてありがとう。いろいろなアイデアを聞いて……、自分の中でイメージが動き出してきたよ。撮影については、準備が整ったら、告知するから、そしたらみんなまた集まってくれ。さあ、忙しくなるぞ……。……あ、ここの支払はあとで、ボクのエージェントに回しておいてくれ! もちろん、みんなのぶんもね! じゃあ、またロケで会おう!」
嵐のようにあらわれた男は、こうして、カフェを去っていった。
後日。
人々は、街のあちこちで、その告知を目にすることになる。
キャスト募集!
ロイ・スパークランド新作映画
『銀幕★狂想曲〜消えたバッキーの謎〜』
出演希望者は×月×日×時 銀幕広場に集合!
スタッフ希望者も歓迎
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「スパークランド監督! これって、どんな映画なんですか?」
七瀬灯里の突撃インタビューに彼は答えた。
「舞台はここ、銀幕市。シチュエーションは、この街の状況そのものだ。ストーリーとしては、ある日、バッキーたちが次々にいなくなる。それは天敵であるバッキーを排除すると同時に、バッキーをサイボーグ化して自分たちの兵器にしようとするヴィランズの集団の陰謀だった。……前半は事件を調査して、そういった真相にたどりつくまで。後半はバッキー救出に向けてのアクションが中心だ」
「面白そうですね。配役は誰なんですか?」
「これからだよ」
「……はい!?」
「可能な限りアドリブを取り入れるのがボクの流儀だ。今回は、どうせ、キャスティングもこの街のみんななんだから、そのとき、そこにいる人たちだけで撮る。どうだい、わくわくしてくるだろう?」
「っていうか、むしろ、無謀……」
灯里は呆れたが、ロイは心底楽しそうだった。
本当に、この街で映画を撮ることを、楽しみにしている顔だった……。
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