<オープニング>
宇宙艦隊司令官マルパス・ダライェルは、宇宙生まれの宇宙育ち。スペースコロニー〈ゼブル〉出身で、成人すると同時に軍隊に入ったという設定だ。また『スターフォウル』の世界は、地球の環境汚染は深刻なレベルに達しており、動植物の生体数も(人間を除いて)激減しているという極めて後ろ向きな設定にされている。
つまり、そういうわけなので……
「サクラの花というのは、空から降ってくるのかね」
市役所のロビーにあるテレビから、『桜前線』という言葉が飛び出してきたのを聞いて、マルパスは後ろ手を組みながらぽつりと呟いた。
「はい!?」
「冗談だよ、植村君」
静かに笑って、マルパスは相変わらず忙しい市役所を出ていった。しかし、忙しいとはいっても、まだ平和なほうだ。ここのところ銀幕市には大きな事件が起きていない。ハリウッド大女優の来訪はある意味大事件ではあったが、銀幕市市民の身に危険が及んだわけではなかった。
マルパスは連日暇そうにしている。それが一番なのだと彼は言う。彼が出て指示を出すとき、それは戦時を意味するのだから。
「そうか、マルパスは桜を見たことがないでしょうね。いや、一本や二本くらいなら確かコロニーで保護されているという設定のはずですし、艦内では色んな風景をイメージシアターで見ることができますが、満開の桜が公園や山を埋めつくす実際の光景なんて、たぶん……」
柊市長は『スターフォウル』シリーズの大ファンだった。さすがオタ……、いやマニアか。登場人物の心情をも察している。
マルパスはここのところ毎日銀幕市自然公園に足を運んでいるらしい。もともとそれほど饒舌だという設定ではないし、誰に吹聴しているわけでもないが、彼は、桜の開花を楽しみにしているようだ。
「マルパスだけではないでしょう。桜がない世界の映画はいくらでもあります。植村君、市のほうでお花見を企画しませんか」
「そうですね。今はわりと落ち着いてますし。いえいつまた大騒ぎが起きるかわからないんですが」
「ところで、植村君。SAYURIさんがまだ銀幕に残っているって本当ですか?」
「え? ええ、噂どおり気まぐれな方で。桜もご覧になりたいんじゃありませんかね。……市長、もしかして、ファンですか?」
「……。じゃ、植村君、お花見のほう、よろしくお願いします」
「はい。……え」
また仕事を押しつけられた。植村はうっかり即答してから、気がついた。
植村が小規模なムービーハザードや事件への対応の合間を縫って、お花見を企画を進めているうちに――桜前線が、銀幕市の上にも訪れた。
気象庁が発表した開花予想よりも、少し早かった。
銀幕市自然公園の桜という桜が咲いて、毎日桜を観察していたマルパスも、満開の日には圧倒されてしまった。柊市長が言ったとおり、彼は視界を埋めつくすほどの桜を、見たことがなかったから。
「しかし、サクラというのは……」
サッカーグラウンドとしても使われることがある芝生広場を訪れたとき、マルパスはぽつりと小さく呟いた。
「これほど大きく成長するものなのか……?」
ざ、
ざわ、
ざわわわわわわわわわわ……。
頭の中ではわかっている。こんな大樹は、昨日までなかった。芝生広場全体に影を落とすほど枝を広げ、その枝にくまなく花をまとった巨大な桜が、そこに出現していたのだ。視界は、桜色に奪われる。
それ以上の言葉さえ失ってしまったマルパスのそば、大樹の根元で、対策課が企画したお花見が開かれることになった。もともと別のベストスポットで行う予定だったが、不思議な大樹を利用しない手はない。立ち尽くす黒衣の軍人の横で、着々と準備は整いつつあった。
もう、銀幕市の住人は、桜の大樹が突然現れたくらいでは驚かないのだ。
銀幕市自然公園の片隅に、ムービーハザードの「巨大な桜」が出現。その下ではお花見が行われました。
■巨きな桜の下で(過去ログ)
(期間限定で運営されたイベント掲示板の記録です)
そしてお花見がお開きになったあと、巨大な桜の樹上に何者かが潜んでいることがあきらかになり、有志の面々がその正体を確かめるべく、桜の樹に登ってゆきました。
→特別シナリオ『【サクラサク】ニーズヘーグは桜色』
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