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[228] 【偽シナリオ】英雄の条件
オルグ・ラルヴァローグ(cuxr9072) 2012-03-24(土) 21:58
 あのとき見たその背中は、大きくて、逞しくて――今じゃとても、とても遠くてさ。

 ※ ※ ※

「だから言ったろ。 “アンタ、死ぬぜ”ってさ」
 昨日出会ったばかりの少年は、苦虫を噛み潰したような顔でそう吐き捨てた。
「あ……ああ、た、助かったよ、ありがとう……君は、私の命の恩人だ」
 すっかり土埃塗れになった衣服を叩きながら、私は立ち上がる。 目の前に居る少年はどこか機嫌が悪そうに視線を逸らしてしまった。 昨晩私に伝えた“予言”を、私が信じなかったことを、彼はやはり快く思っていないのだろうか。
 そう、彼と出会ったのは昨日だ。 私が宿屋のベッドで眠る直前に、彼は私が死ぬという“予言”を伝えにやってきた。 出会ったときは「こんな真夜中になんのつもりだ」と憤慨したものだが、彼は私が通る予定の山道を事細かに言い出したことには驚かされたものだ。 結局、その時はそのまま追い返してしまったが……日が変わり、山道に足を踏み入れた時、山賊の襲撃に遭ってしまった。 少し離れた地方で悪名高い賊の一味で、彼等の手に掛かった行商仲間は数知れない。 出会ってしまえば最後、殺されて身ぐるみを剥がされる――そうなるはずだった。 だがそうはならなかった。 銀色の鎖がついたクロスボウを肩に乗せて駆けつけてきた少年が。 昨日、私が死ぬという“予言”を伝えにきた少年が、泣く子も黙る山賊達をたった一人で撃退してしまったからだ。
「ここらはまだ危険だ。 さっきの連中以上のヤツらが潜んでるからな。 けどアンタ、行くつもりなんだろ?」
「……ああ、隣町に届けなければならない品がある」
 少年は防塵ゴーグルを外し、翡翠の緑を思わせる瞳を細めて顔を顰める。 緑色の神父服を着た彼はどこか大人びた雰囲気を持ってはいるが、本当に幼い子供だ。 精々、十代前半くらいの年齢だと思う。 そんな見かけに騙された大人達は、あっさりと返り討ちに遭ってしまったが。
「……昨夜は疑ってしまって、済まなかったな」
「いいよ、オレも話をブッ飛ばしすぎた感があるし、そんなの信じろって言うのも無茶だろうしさ。 ……それよりアンタに話がある」
「話?」
 少年は一瞬だけ、ほんの一瞬だけ小さく俯いた後、私が首から下げているペンダントを指差しながら、こう提案した。
「オレを用心棒として雇ってくれ。 代価は……それだけでいい」

 ※ ※ ※

「察しがいい人は気付くだろう、そのペンダントに使われている宝石は竜刻だよ」
 灰色の司書猫、ディスはさも面白くもないような表情でそう語る。 ぺらぺらと捲られたページはひとりでに二枚破けて、その場に集ったロストナンバー達の目の前に躍り出た。 そのページにはニ人の人物が描かれている。
「一人は今回、旅団員に声を掛けられている旅商人にして竜刻の所持者。 そしてそっちの少年は旅団員だ。 頼りなさそうな見た目には騙されないほうがいい、それなりの戦闘能力を持っているからね」
「……どうやら、そのようだな」
 集った面々の中に混じっていた金色の狼剣士、オルグ・ラルヴァローグは切り取られたページを眺めてうんうんと頷いてみせる。 詳細が書かれているその紙切れには、たった一人で十人はいたはずの山賊団を壊滅させたと書かれていた。 特殊な力を持ったロストナンバーであれば造作もない内容にも見えるが、少なくとも戦士である彼は少年に「戦いにおける気質」を見出しているらしかった。
「今回はこの少年をどうにかして、件の商人から竜刻を回収してほしい。 って言うのが今回の依頼なんだけど……ちょっと嫌な点がある」
「嫌な点?」
「ああ。 正義感のある人にとっては、今回の旅団員に好感を持ってしまうかもしれない点と……必然的に君達を悪人にしなきゃいけなくなるって点があってだね」
「……どういうことだ?」
 オルグは持っていたページを隣にいた人物に回しながら首を傾げる。 そこへディスは過去の旅団絡みの報告書を取り出しながら口を開く。
「件の旅団員は、過去3つの竜刻争奪戦でやった『殺してでも奪え』っていう方針を取っていない。 ターゲットであるはずの商人に対し友好的に近付いて、彼を殺そうとした山賊を追い払い、その後には用心棒として雇えと申し出ている。 その代価に竜刻を要求することを忘れずにね。 ……つまり、正当な報酬として竜刻を譲り受けようとしているんだ」
「へぇ、そりゃ歓心だな」
「で。 このあと僕が言いたいこと、分かるかい」
 思わず好意的な笑みを浮かべた狼剣士をじと目で見つめる猫司書は、一つトーンを落とした声で尋ねてくる。 いきなり話を振られたオルグは暫し考え込んだが、心当たりがあったのか「あぁ~」と声を漏らし頭をかいた。
「そういうことだよ。 商人は当然、この友好的な“用心棒”を骨董店で気まぐれに買ったペンダント一個で雇う。 そんな彼らを君達“山賊らしき存在”が襲撃すれば……今回のお話の悪役は、商人からしてみれば君達ってワケさ。 そんな悪党に対して、すんなりと竜刻を渡してくれると思うかい?」
「……ねぇよな、そりゃ」
「遭遇して間もない頃は、商人は間違いなく少年を味方するだろう。 それでも構わないと言うなら止めはしないよ……悪党になりたくないって言うなら、商人の誤解を解かなきゃならない。……これに関しては少し工夫が必要になるね」
 額に皺を寄せている狼の顔を眺めながら、どこか他人事のような口取りで猫は呟く。 「じゃあ任せたから」とばかりに尻尾を振って見送ろうとする中、「あっ」と何かを思い出したように声を上げる。
「この少年さ、実は山道で商人と出会う前に、昨晩の宿屋で一回会ってるみたいだ。 少年はどうも……商人が山道で死ぬって言う“予言”を伝えたとかなんとかでさ」
「予言……ねぇ。 確かに誰の助けもなく山賊に襲われたんじゃ、死ぬかもしれねぇな」
「若しくは、これから向かうキミ達に襲われて……かな」
 ディスはにこり、とイタズラっぽい笑みを浮かべながら言うと、無益な殺生を好まないオルグが不満げに睨む。 その視線に「冗談だよ」と笑ってから、今度こそ尻尾を振って見送る姿勢に入った。

 ※ ※ ※

『ターゲットとは上手く接触できたか?』
「ああ。 なんとかな」
 山道の上り坂の最中、馬車の荷台に揺られながら少年はひっそりと呟く。 耳に当てた携帯電話からは、『にししっ』と変わった笑い声が聞こえてくる。
『アンタの“願い”は確かに叶えたぜ。 これでアンタも憧れのヒーローに一歩近付いたってワケだな?』
「……こんな茶番で、あの人の背中に近付けるわけねぇだろ」
『正義感が強いのはケッコウだけどさ。 あんまりこんな回りくどいことばっかやってると風当たり悪くなるぜー? リーダーみたく、もうちょい上手く立ち回らなきゃなぁ?』
「……忠告どうも。 手助けには感謝する」
『また“願い”がありゃ聞いてやるよ。 賊の陽動でも何でも、オイラに任せ』
 ぴっ、と通話が途切れ、翡翠の瞳は天を仰ぎ、眩い太陽のひかりを受けて細める。 金色に見えるそれを眺めながら、彼は脳裏に一人の英雄を思い浮かべながら、そっと祈るように――嘆くように呟いた。

「……申し訳ありません」
 ――オレは、貴方みたいな誇り高い戦士にはなれませんでした。

 かつて憧れた存在、今は遥か遠くの世界にいるだろうかの者へは決して届かぬ思いを、ごとごとと揺れる荷台から零した。


[229] PLコメント(偽クリエイターコメント)
オルグ・ラルヴァローグ(cuxr9072) 2012-03-24(土) 22:01
この度は当スポットにお越し頂き、ありがとうございます。
もうすぐ4月、門出のシーズンですね。 個人的には4月1日のどこからともなく舞い込むカオスにも期待大です。

偽シナリオとは、言葉の通り非公式のシナリオっぽいものです。
この偽シナリオの執筆しているのは正規のWR様ではなく、普段はPCを動かしている一人のPLであることをご承知頂ければと思います。

今回の舞台はヴォロスの町と町を繋ぐ山道、旅商人が首に下げている竜刻を回収することが目的となっています。
この商人とは既に旅団員が接触し、用心棒となって彼をガードしています。 皆様を発見次第、「山賊」に見立てて攻撃を仕掛けるつもりのようです。
そして商人もまた、皆様のことを「山賊」と思い、それ相応の行動に出ます。 大きな脅威には成り得ませんが、多少の妨害や非難は覚悟したほうがいいかもしれません。

悪党になりたくない場合は少し工夫をした方がいいとディスは語っています、PL情報になりますが、旅団員の少年にはなにやら不穏な事情があるようです。 ちなみに少年の通話相手は今回の依頼には登場しません。

今回、オルグがOPに登場していますが、依頼に同行はしていません。


※このお話の登場人物(特殊能力はディスが配ったページに記載)
◆緑色の少年
緑色の神父服を着た、栗色の髪と翡翠の瞳を持つ大人びた雰囲気の少年。
銀色のクロスボウや浮遊する剣の他にも、樹木の力を借りた妨害系の魔術を扱う。
正義感が強く、今回の竜刻回収においては「殺してでも奪う」というスタンスを取っていない。

※特殊能力一覧
・茨の領域
魔法の茨を敵対者一人の周囲に放つ。 対象とその周辺にいる敵対者を茨で拘束する。

・迷子の剣
自身の周囲に3本の剣を招来させ、迫る敵対者を迎撃させる。

・召喚「ケットシー」
小剣と拳銃を持った猫の妖精「ケットシー」を呼び出し、戦闘に参加させる。

・ライトニングシューター(EX)
自身の持つ魔力を解放し、金色に煌く矢を放つ秘術。 当たり所によって重傷判定有り。

(EX特殊能力は、一度までしか使用できません。)

◆旅商人
竜刻のペンダントを所持する中年の旅商。
山賊の襲撃に遭うが緑色の少年に助けられ、竜刻のペンダントを代価に道中の護衛を依頼する。

◆And You…….(4/4)
・リエ・フー
・幸せの魔女
・ナイン・シックスショット・ハスラー
・ハルク・クロウレス

※参加表明
発言時のタイトルを「【参加表明】」として、このスレッドに発言してください。 それを参加表明と受け取ります。
万一、参加表明されたお方が4名以上になった場合は、抽選をとらせて頂きます。 抽選期間は3月26日の0:00まで。

※プレイング
プレイングの受付は4月5日、0:00まで。
プレイングはPC「オルグ・ラルヴァローグ」宛てに600文字以内の行動プレイングをお送りください。

※最後に
これは『螺旋特急ロストレイル』の本筋とは全く無関係な、所謂「二次製作のシナリオっぽいもの」です。
それでも、誰かを思い嘆く緑色の少年に関わって下さるお方がいらっしゃいましたら、ごとごとと揺れる荷台が通る山道で共にお待ちしております。

これまでの説明でまだ不明な点がございましたら、このスレッドにて質問などをしていただければと思います。
[230] 参加表明
「行くぜ楊貴妃」
リエ・フー(cfrd1035) 2012-03-24(土) 22:14
へえ、おもしれえじゃんか。
要は悪役のふりして竜刻かっさらえばいいんだろ?そういうのはまかせとけ、くさっても愚連隊上がりだ。

その旅団員ってのも気になるしな……
[231] 参加表明

幸せの魔女(cyxm2318) 2012-03-25(日) 00:04
何やら色々と込み入った事情のありそうな依頼だけれども…、うふふ、知ったこっちゃないわ。欲しいものは力ずくで奪えばいいだけ、とても簡単な話だわ。

ところでひとつ質問があるんだけど。竜刻意外にも何かひとつ奪っても良いのかしら?(キラーン)
[232] 参加表明

ナイン・シックスショット・ハスラー(csfw3962) 2012-03-25(日) 09:37
込み入った事情持ちみてぇだな…。
ま、力づくで奪ってもいいけど合法的に頂けるなら頂きたいとこだろ。
[233] 参加表明
ハルク・クロウレス(cxwy9932) 2012-03-25(日) 23:19
ふっ…恨まれ役、か。
汚れ事は嫌われ者がやるべきであろう…
吾輩には適任である。元より友などおらぬ身なのでな。
[234] 参加者確定、OPノベル
オルグ・ラルヴァローグ(cuxr9072) 2012-03-26(月) 00:09
「要は悪役のふりして竜刻かっさらえばいいんだろ?」
 おもしれえじゃんか、とチケットを竜刻に見立て攫っていったのはリエ・フー。 弱肉強食の貧民窟を生き抜いたストリートキッズは「正にオレ向きの仕事だ」と余裕の笑みを浮かべる。
 その傍らで、リエがディスの語った少年に関して何を思うかは、幸せの魔女の知るところではない。
「欲しいものは力ずくで奪えばいいだけ、とても簡単な話だわ」
 そう、幸せもそうやって勝ち取ればいいのだと微笑んだ後、金色の瞳をキラーンと輝かせて猫へ問う。
「ところでひとつ質問があるんだけど。 竜刻以外にも何かひとつ奪ってもいいのかしら?」
「……現地での行動はキミ達の判断に任せる。 必要だと思えば僕は目を瞑るけど、生物を持ち帰るのはダメだよ」
 生態系に影響を及ぼすことを固く禁じる「旅人の約束」を改めて述べる猫の視線は、彼とは別の猫へと向けられていた。 ナイン・シックスショット・ハスラーは旅団員のページをじぃっと眺めた後、司書猫の視線に気付き顔を上げる。
「込み入った事情持ちみてぇだな……。 ま、力づくで奪ってもいいけど合法的に頂けるなら頂きたいとこだろ」
 どこか西部劇に登場するカウボーイのような姿のケットシーが司書猫の同意を受けた頃、狼剣士のオルグからページを受け取ったカワウソ型の獣人、ハルク・クロウレスは自嘲気味に呟く。
「汚れ事は嫌われ者がやるべきであろう……我輩には適任である。 元より友などおらぬ身なのでな」
「まぁそう言うなって。 旅団のガキと商人サンにゃ悪いことする流れかもしれねぇけど……上手くやってくれることを祈っとくぜ」
 ぽむ、と大きな手が肩に被さる。 気の良い金狼の笑顔を横目で一瞬見た後、ハルクはチケットを毟り取って駅のホームへと歩を進めた。


-----------------------参加者-------------------------

・リエ・フー
・幸せの魔女
・ナイン・シックスショット・ハスラー
・ハルク・クロウレス
[235] 本編ノベル
オルグ・ラルヴァローグ(cuxr9072) 2012-05-13(日) 22:26
 朝方から昼にかけて、一台の馬車が荷台を揺らしながら進んでいく。 この速度ならば夕方の少し前には峠を越え、夜が更ける前に街へ着くだろう。 馬の手綱を引きながら、旅商人は少し強ばった面持ちでそう思っていた。
「……この辺りにも、まだ山賊がいるのか」
「ああ、まだいる。 それも相当厄介な連中だ」
 確認と言うよりは恐れを含めた独り言は、荷台に陣取る少年の耳に届いたようだ。 ゴーグルをかけ直す彼の声も、商人の声と同じかそれ以上に沈んでいる。 それがこの先にいると言う山賊の恐ろしさを象徴しているかのようで、冷や汗が流れて止まらない。
「キミの……先程の腕を信じないワケじゃないが、私達は突破できると思うか?」
 金属同士がぶつかり、噛み合う音が耳元で響く。 少年が持つクロスボウに矢が備わった音だと気付いた時、商人の顔には少しだけ、少しだけだが安堵の色が宿る。 なにせこちらには、十人もの大人をたった一人で蹴散らした“用心棒”がいるのだと思えば、それだけで心強く思えたのだ。

 そこへガサリ、と山道を外れた草薮が不自然に揺れた。 野兎かなにかといった野生動物が動いたのかと思ったのは一瞬だけで、商人は息を潜ませ、少年は矢を番えたクロスボウをそちらへと向ける。 以前と揺れ続け、こちらへと近付いてくる気配を見せる影に対し、少年は荷台を飛び降りた。 クロスボウを構えたまま茂みへ一歩ずつ、距離を詰めていき――地を蹴った。
「――動くな、“山賊”」
 矢先を揺れる茂みの奥へと突き出せば、葉と葉が擦れ合う音も止み辺りが張り詰めた空気に包まれる。 荷台に残っていた商人が恐る恐ると、少年が“山賊”と呼んだ人物はいかなるものかと確かめるために近寄ってきた。 “山賊”の顔を見るなり商人は、どこかホッとした様子でため息を吐く。
「なんだ、子供じゃないか」
 商人の言うとおり、矢を向けられた“山賊”は子供だった。 矢を向けている“用心棒”と歳は大して変わらないほどの子が、ズタボロになった布切れだけを纏って、なぜたった一人でこんなところにいるのかと疑問に思ったのはすぐ後のこと。 癖のある黒髪すらピタリと止めた彼は矢先に目を向けたまま、ゆっくりと両手を上げた。
「ま、待ってくれ、オレは山賊なんかじゃねぇ。 オレが身を寄せてたキャラバンも、賊に襲われて散り散りに……」
「なんだって! 君のような子まで……、それで君のキャラバンは」
「オレだけが生き残った。 他の連中はもう……。 それより、ソレ下ろしてくれねぇか? そんな物騒なモン向けられたままじゃ、気が気でねぇよ」
 タダでさえ命辛々逃げてきたってのに、そう顔を背けた少年の言い分は尤もだと感じたのだろう、商人は矢を向ける栗毛の用心棒の肩に軽く手を置く。
「ネリム、武器を下ろしてくれ」
「……。 悪かったな、こっちも警戒してたからさ」
 緑色の神父服を着た少年は渋い顔のまま銀の石弓を下ろすと、そのまま背を向け荷台へと乗り込んでいく。 彼が積荷の影に隠れた頃、癖毛の少年は商人に向け祈るように手を組んだ。
「なああんた、目的地が一緒なら同行させてくれねぇか。 オレ達を追ってきた賊もうろついてるかもしれねぇし、何よりオレ一人じゃ……だろ? 頼む!」
「困ったときはお互い様だよ。 先客にさっきの……ネリムがいるからちょっと狭いかもしれないが」
「ありがてぇ、恩に切るぜ」
 こうしてキャラバンは新たな乗客を迎えて、再び危険渦巻く山道を往くことになる。 ぼろを纏った少年と、緑色の少年の視線が途中でぶつかったことなど、気の良い商人の知るところではない。

 ※ ※ ※

「上手く接触できたようだな」
 ぼろを纏った少年がキャラバンに受け入れられる所を見て、別の箇所に潜んでいたカワウソの獣人――ハルク・クロウレスはふっとため息をついた。 さっそく荷台に乗り込んだ彼の仲間は、栗毛の用心棒に親しげに声を掛けているところまで見届けてから振り返る。 茂みを跨いだ先には純白のドレスを身に纏った可憐な女性――幸せの魔女が立っていた。 スカートの裾に土が被り、少々不満げな表情だ。
「キャラバンのことはリエ達に任せ、我輩たちは先に峠へ向かうとしよう」
「はぁ……、目の前の幸せを目前にして、こんな遠回りをさせられるなんて。 これでもし私が幸せを掴むことが出来なかったら……どうしてくれようかしら」
 Witch of Happiness. 名を聞けば幸せを運ぶ使者と思う人は少なからずいるだろう。 しかしその性質は他者の幸せすらも自分の幸せに変えようとする恐ろしい性質を持っている。 今回彼女の求める“幸せ”などハルクの知るところではないが、その気配は仲間と言えど安心できたものではないと感じていた。
「荒事を起こすのは峠でだ。 その時にお主の言う“幸せ”を掴めばいいだろう」
「言われなくてもそのつもりよ。 ……とりあえずその峠まで、エスコートしてくださる?」
 花のように笑う魔女がすっと差し出した手を、嫌われ者を自称する魔導物理学者はそっと受け取る。

 ※ ※ ※

 事を起こす前に相手のハラが知りたい。 ロストレイル内にて、リエ・フーは予め用意したぼろ切れを同行する皆に見せながら、まずそう言った。 ただ真っ向から襲撃を仕掛けるつもりでいた幸せの魔女は異議を唱えたが、元より少年を説得するつもりでいたハルクに抑えられて、一先ずそれに従った。
「なんのつもりだよ、お前」
 そうして荷台に乗り込んだリエへ、すぐ隣から警戒を滲ませた声が聞こえる。 近くで膝を抱えて座っている緑の少年に声をかけられたのだと気付いたのはすぐのことだ。
「竜刻が目当てか、ならもう遅いぜ。 アレはもうこっちのモンだ、約束だって取り付けてある」
 緑色の少年――ネリムと呼ばれていた用心棒はリエに目を向けることなくそれだけを吐き捨てる。 先程まで持っていた銀色の石弓は手に持っておらず、その形を視認することもリエには出来ていない。 リエがネリムの顔を見てみれば、警戒を前面に押し出す傍ら、微かな戸惑いの念が見て取れた。 ここまでリエの読みは当たっている、ネリムはゴーグルで自分の顔を隠すことさえ忘れていた。
「真理数がねえからお互いロストナンバーだってのは丸わかりだが……旅団にとっちゃ仇敵でも、商人から見りゃキャラバンとはぐれたただのガキ。 連れの手前無碍にゃできねーだろ」
 善意の用心棒を演じる計画ならば、自分を保護せざるを得ないだろうと洞察していたリエ。 まんまと懐に入られたネリムは視線を逸らしてからため息を付いた。 二人を取り巻く空気は既に重く、時々火花が散る程度にピリついていた中、リエはにやりと笑いながら両手を広げてみせる。
「ほうら、武器なんかどっこにもないぜ? なんなら身体検査でもしてみるか?」
「ロストナンバー相手に身体検査とか、無駄だろ。 お前の頭が狼のそれに変わったって、オレは驚かねえよ」
「だからそうピリピリすんなって、少しはてめぇの相棒を見習ったらどうだ?」
 相棒。 そんな言葉が浮かんだ後、二人の少年の視線は荷物の山の向こう側を指した。 その先からは、賑やかな笑い声が聞こえてくる。


「猫妖精は悪戯好き、って知ってるかにゃ?」
「こらこら、よさないか」
 馬の手綱を握る商人の膝元に居座る黒猫が、人の首から下がったペンダントにじゃれ付いている。 初めは「言葉を喋る猫!」と驚いていた商人だったが、今ではすっかりこの猫と打ち解けていた。
『同族がお世話になっているので挨拶に参上したケットシー族の、ナイン・シックスショット・ハスラーと申しますにゃ』
 そう口にして商人との接触を図ったナイン・シックスショット・ハスラーは、友好的な援助者を演じると同時に、『ここに同族がいる』という情報を明かした。 その言葉に首をかしげた商人はふとネリムを見れば、ネリムはやはり苦い表情で『同族』を呼び出して見せたのだ。 ナインと名乗る猫は砂漠の民を思わせる衣装を着ていたが、ネリムが呼んだ猫は赤い貴族服をオシャレに着こなしている。 瞳はナインの金色のそれとは異なり、澄んだ青をしていた。
 思わぬ二匹の愛らしい来客を迎え、商人の気分は上々だ。 二匹の猫妖精はしばらくにゃあにゃあとじゃれ合った後、商人の頭に乗ったり膝に乗ったりとやりたい放題だ。
「にゃー、あそんでくれなきゃイタズラなのにゃ!」
 赤い貴族服の猫妖精もまた、立派な衣装とは裏腹にやんちゃなイタズラを講じていた。 商人の頭の上に陣取り、前足で彼の額をぽんぽんと叩いている。 ネリムからは密かに、ナインの監視を指示されていたはずなのだが。
「ボクはカノって言うのにゃ、こんなトコで同族に会えるなんて感激なのにゃ! 歓迎するにゃ♪」
 ネリムの目がなくなった途端、カノと名乗った同族はにこやかにナインを迎え入れていた。 弾んだ声がネリムに聞かれているとも知らずに。
「(チョロすぎるだろ、コイツ……)」
 楽なことはいいことなんだが、とナインは口許を歪めた。 初めは打ち解けたフリをしているのかと思いはしたが、カノはそんな気配すら見せない。 リエはネリムから何らかの情報を探る気でいるらしいが、この分ならネリムよりもカノから聞き出す方が簡単かもしれない。
 思い立ったナインは商人の膝元を降りると、カノを誘って荷台の屋根へとよじ登った。 カノはナインの背を嬉々とした足取りで追ってくる。
「あのネリムって呼ばれてたニンゲンが、カノのご主人なのにゃ?」
「いかにもボクはネリム様の従者なのにゃ! ナインのご主人はリエ様なのにゃ?」
「あー……主人は別にいるにゃ……」
 座り際にさり気無くした質問にも、カノはにこにこと楽しそうに答えていく。 すらっと返された質問にナインは言葉を濁しながらも、屋根の下にいる二人の少年の顔色を窺いながら口を開く。 ネリムは頭を抱えていた。
「ネリム……、今回の“仕事”はあんまり乗り気じゃないみたいにゃね」
「にゃあ。 ネリム様はキャラバンでの旅経験は確かに豊富なお方ですにゃけど、図書館さんとの戦いの経験はこれっぽちもないにゃ。 けど旅団のお仕事にゃから仕方ないのにゃー」
「……随分とすんなり喋るな、主人に怒られないか?」
「にゃ、にゃんか雰囲気変わったにゃ? 怒ってたら矢が飛んでくるにゃー。 でもネリム様はお優しいお方なのにゃ、怒ることなんて滅多にないから安心なのにゃ♪」
 怒る以前に呆れているか、既に諦めているのだろうと考えが過れば、下にいるネリムはいつの間にかクロスボウを手に取っていた。 標準はまだこちらに定まっていないが、これ以上カノから情報を聞き出そうとすればカノの言葉どおり「矢が飛んでくる」だろう。 人を射れば大事だがナインは猫。 流れ着いた猫一匹を射抜いたからといって、商人が唯一の用心棒を山道に放り出すなど考えにくい。
 ナインは勢い良く布地の屋根の上から飛び上がり、手綱を握る商人の頭に飛び乗った。 無論カノもソレに習ったため、商人の頭に猫タワーが建築される。

「へぇ、旅団の指示だから仕方ねぇってか」
 二匹の猫がまたイタズラを始めた頃、リエはからからと笑っていた。 それに対しネリムは睨みを効かせるが、幾つもの修羅場を掻い潜ってきたストリートキッズを黙らせるまでには至らない。 何度目かも分からなくなったため息の後、ネリムは視線を逸らした。
「……なんだよ、オレをからかいに来ただけかよ。 図書館の連中は随分と暇なんだな」
「そう言うなって、同じ荷台に乗ってる仲じゃねぇか、なぁ?」
「お前が勝手に乗ってきたんだ」
 友好的、と言うには度の過ぎた馴れ馴れしさで言葉を重ねるリエに、尖った返答ばかり残すネリムとの会話は無論、聴力の優れたナインの耳にも届いている。 ナインはじゃれるカノの眼を逃れつつトラベラーズ・ノートを開き、にゃあ、と鳴いて見せれば、リエは。
「旅団の連中と言やぁ、オレが前会った旅団の野郎は竜刻持ってるガキを殺して奪おうとしやがったが……てめぇは違ぇみてぇだな」
 当初の目的だったネリムの心内を探るべく、隣に座るネリムの瞳をじぃっと見やる。 好戦的でどこか挑発的に、にやりと笑みを讃えながら。
「てめぇこそ何が目的だよ、竜刻が欲しいだけならてめぇだって、アイツと同じようにやりゃあいいだろ」
「……そんなヤツとオレを一緒にするな」
 立ち上がり、逃げるように商人の元へと向かうネリムの小さな背を見ながらリエは肩を竦めた。 その手中には銀色のロケットが握られている。 ネリムにクロスボウを向けられた際、彼のポケットからスリ取ったそれは、小さな本の形をしていた。


 それからネリムはリエと言葉を交わそうとはしなかった。 商人の横に座る彼と入れ違いになる形で、ナインがリエの元へとやってくる。 その後を追ってカノが付いて来た、見張りの仕事は継続中らしい。
「にゃ? それ、ネリム様のなのにゃー。 拾ってくれたのにゃ?」
 リエが持っていた銀のロケットをカノが指差し、リエはそれをカノへと投げ渡す。 いきなり投げられて驚いたカノは危なげだが身軽な動作でそれを受け止めた。
「にゃー、もうちょっと大切にして欲しいのにゃ、ネリム様のだいじなものなのにゃ」
「なら次から落とすなって伝えときな。 ところで」
 今度はリエが銀のロケットを指差す。 本の形をしたそれに開かれた形跡を感じたカノはむすっと顔を顰めた。 好意的な猫が見せた初めての不満げな表情を受けながら、ナインが口を開く。
「そのロケットの中にあった絵……誰の絵か聞いてもいいかにゃ?」
「……そのお方は“英雄”様なのにゃ、ネリム様がそう言ってたにゃ」
 ぱかり、と小さな音を立てて“本”が開く。 猫の瞳程度の大きさのそれに収められた絵は、誰かの後ろ姿を描いたようだった。 その誰かの素顔は窺えないが、その頭は狼の形をしていた為に狼型の獣人であることは分かる。 今度は“本”を閉じたカノが二人に尋ねる。
「運動会、覚えてるにゃ? そこにネリム様とボクもいたんにゃけど……、ひょっとして図書館側に金色の毛の狼の獣人さん、いませんでしたかにゃ?」
「金毛の狼……」
 二人がふと思考を巡らせようとした、丁度その時のことだった。


「な、なんだ君たちは!?」
 馬車は突然止まり、商人の上ずった声が聞こえてきた。 声のするほうを見れば、両手を挙げた商人とクロスボウを構えたネリムが見える。 彼の向ける矢の先にいるのは、二人の“山賊”。
「にゃっ、山賊なのにゃ!」
 慌てて主の下へ駆け出そうとするカノ。 そんな猫の行く手を同族であるナインが遮る。 にゃ、と抗議の声を上げた頃、カノはここでやっと彼らを“図書館、敵”と判断し――。

「そうにゃ、あなた様方も」
 ――その問いは、ナインの銃が放つ弾丸に阻まれた。

 ※ ※ ※

 御機嫌よう。 出会い頭にそう口にした彼女は花のような笑顔をしていた。 山道を歩くには適さない白いドレスを微かに風に靡かせながら、幸せの魔女は一歩一歩、ゆっくりと――しかし着実に荷馬車へと迫る。 その手には山賊を名乗るには不釣合いなほど豪華な装飾が成された剣が握られていた。
「あまり幸せそうではない商人さん。 私達は通りすがりの山賊なの」
 謳うように語り迫る魔女の傍らにいるカワウソ型の獣人、ハルク・クロウレスはにこりと笑む魔女とは裏腹に、鋭い瞳で睨みを効かせている。 背丈こそはネリムよりも低く100cmにも満たないが、それすらも忘れさせる威圧感が彼にはあった。
「こちらの要求を素直に応じるならば、それ以上の危害は加えないと約束しよう。 だが」
 言いながら、彼もまた懐から手帳を取り出して開く。 手始めに、と破いて放ったページは瞬く間に空間を裂く刃となる。 放たれた刃は荷台の屋根を切り裂き、触れた反動を以って弾き飛ばした。 ハルクは自身が描く方程式を魔術に変換する術に長けており、先程の刃は空間の歪みから刃を放つ方程式【空間断裂】によるものだ。 商人には何もない中空から“何か”が出たようにしか見えず、その事が更に彼を怯えさせる。
「抵抗するならば相応の対処をさせてもらう。 場合によっては命の保証も出来ぬものと思うがよい」
「……なんだよ、結局力づくかよ」
 唖然とする商人を下がらせ、銀のクロスボウをハルク達へと向けながらネリムは何度目かのため息をつく。 ゴーグルで翡翠の瞳を覆い隠してから声を張り上げた。
「馬を止めるな、突っ切れ!」
「なっ!? 待て、連中を跳ね飛ばすつもりか? いくらなんでもソレは……」
「それだけで退いてくれりゃ上等! 早く!」
 ネリムに急かされ、再び手綱を握ろうとする商人へ幸せの魔女、ハルクが駆け出す。 しかしその前にネリムが立ちはだかり、駆ける二人の足元目掛けて矢を射る。 地に突き刺さった矢は3本、横一列に並んで立つその向こうで、クロスボウに再び矢が備わる音が聞こえた。
「次は眉間に当てる。 そっちこそ、命が惜しいなら下がれ、山賊ども」
「あら、出来るかしら? あなたに」
「……なに?」
「でもその前に」
 クロスボウを構え直すネリムに笑みを返した後、幸せの魔女はすかさず手綱を振るおうとする商人へ剣を向ける。 日の光を受けてぎらりと光る刀身に、彼の身はびくりと震えた。
「お願いだから、そこから一歩も動かないでね。もしそこから馬を出すとか、おかしなマネをすれば……ぶち殺すわよ?」
「ひっ」
 商人の手からするりと手綱が滑り落ちるのを見て、またにっこりと魔女は笑い、すっと身を翻した。 ネリムのクロスボウから勢い良く飛び出した矢は不自然な軌道で――まるで狙い澄ました魔女を自ら避けるように、薮へと潜り込む。
「矢が逸れた? 何で」
「私の名前は幸せの魔女。 今の私はとても幸せなの、貴方の攻撃が私に"不幸"を及ぼす限り、貴方の攻撃は私に触れる事さえ出来ない」
「……じゃあ試してやる!」
 先に地を蹴ったのはネリム、抱えるようにして持ったクロスボウを魔女の目前に迫ったところで振り上げ、ピッケルのように尖った箇所で殴りかかる。 射手かと思っていた相手の特攻に瞳を丸くしながらも、魔女は一歩後ろに飛びのいて回避。 しかしネリムの狙いはそこにあった、魔女が飛びのく地へ手を翳す。
「茨よ、捕らえろ!」
 魔女が地に足をつけた時、ネリムの樹木を操る力によって生まれた茨が彼女の周りを取り囲む。 迫る茨の一本は剣を振るうことで切り落とされるが、3本、4本と迫る茨に足を取られた。 魔女の白い肌に無数の小さな棘が覆い被さるが、突き刺さるまでには至らない。 歩く自由を奪われた魔女の眉間に、ネリムのクロスボウが向けられる。
「加減はしてある。 荷台の仲間とそっちの獣を下がらせろ、そうすれば茨はお前を傷つけない」
 暗に諦めろと威圧するネリムだが、それに対しても魔女は花のような笑みで応えた。 それこそ茨を纏う気高き白薔薇のような笑顔であり、それはネリムを更に苛立たせる。 ぎりり、と歯を食いしばる音がした。
「……随分、余裕だな。 ホントに撃つぞ、オレは本気だ」
「そういう貴方は随分と不幸そうねぇ。 そんなに鈍感だから、いつまで経っても幸せを掴めないのね、可哀想に」
 やがて全身を茨で覆われても幸せの魔女は、それはとても幸せそうに笑ってみせる。 そうした状況下で魔女はそっと白い手を伸ばし、ネリムの頬に触れて見せた。 茨に拘束されているにも関わらずに。
「……!?」
 魔女の腕にぶら下がった茨の一部がネリムの視界に入った。 それは彼の瞳のような緑色をしていたハズが、今では黒く変色しぼろぼろとなっている。
「棘が私に刺さらないのは貴方が加減しているから……って、いつから錯覚していたのかしら? ほんと、おばかさんね」
 パァン、と乾いた音が弾け飛ぶ。 幸せの魔女が嘲笑と共に振るった平手打ちがネリムの頬を叩いた。 逸れる視界の先にネリムが見たのは、手帳の頁を破いたハルクの姿で、よくよく見れば彼の周囲には何やら怪しげな霧が立ち込めているように見える。 その霧は茨にも纏わり付いていた。
 方程式【硫酸霧】、名の通り霧状に気化した硫酸を発生させる式である。 ふっ、とハルクが声を漏らす。
「若いな、周りの状況がまるで見えていない。 勢いだけでは相手の策略に嵌るだけだぞ、少年よ」
「……そうか、答えはお前か!」
「今更回答をしても遅い、我輩の“方程式”は完成した」
 叩かれた頬を抑えつつネリムが下がる先。 その地点こそハルクが仕掛けた“方程式”に記された場所だった。 破かれた頁はハルクの手中で消失し、それと当時に“方程式”が物理的現象となって姿を現した。
「【高重力場】」
 キィン、と耳鳴りを感じた後、全身に何かが覆い被さる感覚がネリムを襲う。 突如感じた違和感に抗う間も無く、ネリムはその場に膝を付いていた。 ただひたすらに体が重く、気を許せば地に這い蹲ってしまう、それほどの重さに今のネリムは支配されている。 幸せの魔女もハルクが描いた“方程式”の内側にいたはずだが、“幸運にも”範囲から逸れているようだ。
「力無き正義って無力よねぇ」
 変わらず響く魔女の嘲笑に、小さな用心棒はゴーグルに覆われた瞳を苦々しく細めた。

 ※ ※ ※

 幸せの魔女が荷台に乗り込んだ一人と一匹の仲間と合流を果たした頃、彼女が脅しつけていた商人は泣いて懇願するどころかすやすやと寝息を立てていた。 あら随分と幸せそうね、と魔女が剣を突き立てようとした所、ナインが待ったをかける。 それと同時に己の持つ魔道具、6連リボルバー型の拳銃を見せた。
 眠りの羊。 ナインが商人に放った魔弾の名である。 強力な催眠効果を持つ弾丸で、怪しい行動を取るかもしれない商人の自由を奪ったのだと彼は言った。
「そういえば彼、あなたのような猫の妖精を連れているって聞いたけど、見かけなかったわ。 その子も幸せそうにお昼寝かしら?」
「カノ……、同族は“送還”させた。 しばらく“こっち”には戻ってこれないだろうが、死んだわけじゃない」
 弾丸が二つ消費されたリボルバーの銃身は、まだ温かい。 図書館側にいると知りながら――銃を向けるまで――、絶え間ない笑顔を向けてきた同族を思いつつも、ナインは眠りこけた商人の首からペンダントをもぎ取った。

 荷台を飛び降りたリエはすぐさま、地に座り込んだネリムの元を訪れた。 いくらか彼との距離が縮まったところで「それ以上近寄るな」と声が掛かる。 ハルクの施した方程式【高重力場】はまだ発動していた。 幸せの魔女が去った後もハルクとネリムの交戦は続いていたようだったが、初めから勝敗は決していたかのようなものだった。 ネリムが隠し持つ迷子の剣は重力場に落とされ、硫酸霧によって腐食が進み使い物にならなくなる。 彼の周りには、そうした剣の残骸が幾つも転がっていた。
「……少年よ」
 唯一腐食の被害を受けずにいるクロスボウを手に幾度か首を傾げた後――、ハルクはネリムの目前に座り込み、語りかける。 学者としては腐食しない銀についても気になるが、やるべきことがまだ残っていた。
「お主の信念とは何だ? 人を欺き、悪に加担する事か?」
「……違う」
 戦う力の殆どを失っても、ネリムの眼は目前の敵、ハルクを睨んでいた。 重い手を翳し、ゴーグルを引き摺り落とした後も、光を失わぬ目を見てハルクは陰で安堵しつつ、そっと帽子を取る。
「吾輩は断言する。 お主の仕える者達に、お主の求める信念は存在しないと」
「だろうな……、それも分かってる」
 ならば、と手を差し伸ばそうとするハルクにネリムは隠し持つ最後の剣を向けた。 それすらも霧に当てられて形が崩れていくが構わないと、翡翠に似た瞳が訴えかけてくる。
「で、なんだよ。 お前たちにはオレが求める信念があるって言うのか」
「その答えは我輩が返すものではなく、お主が決めることだ。 そしてお主自身、旅団にはお主が求めるものはないと分かっているのだろう?」
「……物は言い様かよ、それでオレがお前たちの元に下ると思ってるのか」
 崩れ落ち、形も無くなった剣の柄を握りこんでネリムは視線を下ろす。 重力場による体力の限界が近い様は、来たばかりのリエにも一目で分かるほどだ。 リエといえば、危機的状況に陥りつつハルクの説得に耳を貸しながらも、折れる様子を見せぬ、かつての旅仲間をただ見ていた。
「確かにそうさ、旅団には……オレや、あの人が求めてるようなものなんてない。 目的のためなら、周りの人が苦しんでても構わないような連中……この先も仕え続けるなんて、冗談じゃない。 けど……」
 ぽつり、ぽつりと語りだすネリムは胸に剣を持たぬ左手を当てて、それをぎゅっと握り締める。 そっと、辺りに漂い始めた光の粒は仄かに輝き、ハルクは眉をひそめた。
「けど……、旅団には仲間がいる。 オレは旅団のために戦ってるんじゃない……仲間のためだ。 お前たちにどう見えようと勝手だけど、オレは仲間を裏切ることなんか、絶対に……」
「お主……何を考えている」
 ハルクが【高重力場】の方程式を書き足すべく手帳を出すが、その前にネリムの手には一筋の光が現れていた。 その光は次第に矢の形を形成していき――。

「図書館に下ることが裏切りになるなら……、せめてオレは……“博物館”のメンバーとして……!」

 ――その矢先が向く方は、ネリム自身。
 光の矢の名は、ライトニングシューター。 神々の放つ稲妻をも撃ち落すとされる秘術の矢は、主の胸を――。



 ※ ※ ※



「――…………」
 翡翠の瞳がまず目にしたのは、真っ暗な空が見える車窓。


「……あれ、オレ、何で生きて……」
「黙って寝てろ、嘘吐きの卑劣漢」
 次に目にしたのは、赤茶色の子狐を肩に乗せた黒髪の少年。 名は確かリエ・フー、と商人に名乗っていただろうか、とおぼろげな意識のまま考える。
 彼が手にペンダントを握っているようだったが、自分が狙っていた竜刻ではないことは辛うじて――紐が違うから――分かった。
 彼の所持品である勾玉、そう呼ぶらしい石飾りは――この視点からは見えず、後で知ったが――木っ端微塵に砕かれていたそうだ。
「ったく……この冬瓜(トングァ)、てめえでてめえを蔑み続けて、挙句の果てには自決か? ンなひねこびた生き方で憧れのあのヒトとタメ張れんのかよ」
「……煩いな」
 自決、そうだ自分はあの場で魔力の矢を、自らの腹に突き刺したハズだ。
 なのになぜ生きているのか……、その答えはこの段階では検討も付かなかったが、今のオレにはそれを知る由もない。
 少なくとも目の前で不敵に笑うリエは、その理由を語るつもりなんて微塵も無いだろう。 聞かないことにした。

 ※ ※ ※

 ネリムが眠りについた後、リエは粉々に砕けてしまったトラベルギアをパスホルダーへと収める。 己の命を絶とうとしたネリムを光の矢から護るため、ギアで結界を張った。 結果、己のギアは破損してしまったが、同じ荷台に乗った仲間の命に比べれば、安いものだと一人微笑む。

「俺はてめぇに賭ける。逆境で正義を貫く、英雄の誇りにな」
 そして取り上げたのは、ネリムの傍らに落ちていた携帯電話。 画面には着信履歴を知らせる表示がいくつか並んでいた。
 発信者の名は、“ノラ”と記されている。

 ※ ※ ※

「無事に戻ってくれたね、お疲れ様」
 挨拶は手短に、猫司書は今回の冒険へ赴いたロストナンバーへ労いの言葉を送った。 そしてちらりと幸せの魔女の方を見て、やや苦い顔を浮かべる。 彼女の髪にとめられた白い花のコサージュは、出発時には見なかったはずなのだが。
「約束通り、積荷のひとつとしてこれを貰ってきたの」
「有言実行とはよく言ったものだね……」
 似合うかしら、と髪に咲く花と共に笑う魔女に苦笑いを向ける猫の傍らには、彼らが発つ所を見届けた狼剣士が手を振って出迎えていた。
「お前らが今回捕らえてくれた旅団員……ネリム・ラルヴァローグはホワイトタワーに送られることになったぜ。 後で俺が尋問しにいくことになったから、コッチは任せてくれ」
 にかっ、と笑う彼もまた挨拶程度の言葉を交わして背を向ける。 しかし司書が去った後も感じる視線に対し、彼は暫しの沈黙の後……、振り返らずに答えた。
「名字が同じなのは偶然、だと思いたかった。 正直、依頼を聞きに行った時も俺が行くべきか悩んだ。 ……結局、お前たちに任せちまったが」
 はぁ、と大きなため息と共に尖った耳がぱたりと倒れる。
「ネリムって言う名のガキのコトは、親父から聞いたコトがあった。 親父のキャラバンに同行してて……死んだって話だ。 旅の道中、襲撃にあった時にな。 結局その時、ネリムの遺体は見つからなかったらしいんだが……」
 こういうオチか、と乾いた笑い声を上げて頭を掻きながら、金色の毛を持つ狼の獣人はその場を立ち去った。

 終
[236] あとがき(偽クリエイターコメント)
オルグ・ラルヴァローグ(cuxr9072) 2012-05-14(月) 23:09
 この度も大変お待たせしてしまい、参加者の皆様にはご迷惑をおかけしました。
 ここに偽シナリオのノベルを投稿させていただきます、ご参加ありがとうございました。

 結果としましては、竜刻回収そのものは成功と言う形となっています。
 旅団員であるNPC、少年ことネリムは気になるワードを残して白の塔に収監されました。
 一部のお方はアイテムを回収している流れとなっています。

 正義の形は人によって違うものと言うことを、皆様のプレイングを見て改めて噛み締めた次第です。
 この度も偽シナリオにご参加頂き、ありがとうございます。
 以下、個別コメントです。

>リエさん
 ネリムの内面に最も強く干渉されたプレイングをいただきました。
 “アノ人”に関する情報も探っていただいたので、その答えとしてオルグが少し語っています。
 また、ネリムが落とした「携帯電話」はリエさんに回収して頂きました。
 その内、発信者から電話かメールが届くかもしれません。
(※とある偽シナリオの優先枠を設けさせて頂きます、辞退も可能です)

>幸せの魔女さん
 魔女さん達にはいつもいつもお世話になっております。
 戦闘に振り切ったプレイングを頂きまして、少年を肉体的精神的共にボコって頂きました。
 「力無き正義って無力よねぇ」となじった後は、不幸の少年に興味が無くなったノリで描いてみました。
 お土産として、商人が愛する妻の為に買い付けたコサージュをお送りします。 幸せは奪い取るもの。

>ナインさん
 今回は潜入に振り切ったプレを頂き、共に潜入したリエさんのサポーターとして一つ。
 また相手ケットシーに対し、明確な対処を描いて頂きましたので、ダークホースは暴れる前に沈んでいます。
 名の通り六つの弾丸を用意して頂きましたが、出来る銃士さんは無駄玉は撃たないだろうとして、あえて残しています。
 個人的にはナインさんとケットシーの猫タワーを見てみたいです。

>ハルクさん
 本日の詰みゲーです。 幸せの魔女さんとのタッグで無理ゲーとなりました。
 初シナリオ(偽ですが)を任されてしまい、責任重大と知ったのは昨日でした。
 方程式の映写は言葉選びなどはかなり悩んだのですが、あの映写で問題が無いことを祈ります。
 ところで方程式は書いた後、効果の発動と同時に消える映写にしていますが……あれでOKでしょうか。

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螺旋特急ロストレイル

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