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[17] Lacrimosa~抄録~(東野楽園の演武)
チェシャ猫の微笑
東野 楽園(cwbw1545) 2011-11-27(日) 01:07
一人の少女が舞台に歩いてくる。

交互に踏み出す爪先を包むのは、黄金で胡蝶の縁取りを施した漆黒の布靴。

眼下には雲棚引く峻険な山々、背景には無限に広がる青空。
その雄大な眺望を、人はおそらくこう評するだろう。

『楽園』。

少女の装いは決して華美なものではない。
身に纏うドレスは上等だがクラシカルなデザインで、壱番世界の人間の価値観に照らせば、些か時代錯誤な感が否めない。

喪服のような、と誰しも連想するだろう。

事実、少女は喪に服している。
孵化しなかった雛鳥が固い殻の中で微睡み死ぬように。
自らを殻に閉ざし、永遠に還り行く何かを悼むかのように。

それは泡沫と消えた恋への弔歌ー鎮魂歌。

少女は優雅に一礼する。
丁寧に梳いた絹糸を思わせる黒髪がさらりと揺れる。

閉じた瞼がゆるやかに開かれ、空気の重さに耐えかねたように睫毛が震える。

その時になり、観衆は初めて気付く。
少女が無気力に垂らした片手に握る、巨大な鋏の存在に。

華奢で非力な少女が持つにはあまりに不似合いな武器、そして凶器。

彼女のトラベルギアである。

鋏が放つ剣呑な存在感に薄ら寒いものを感じ、やや気圧された観衆を蠱惑的な黄金の瞳で一瞥し、ごく緩やかな動作で片腕を虚空に延べる。

優しく残酷な幻覚に、今、この時限りのダンスを乞うような動作で。

「さあ、踊りましょう」

小さく呟き、彼女ー楽園は踊り始める。
線路の上、不安定な足場をものともせず、蝶のように舞う。

重力の枷から解き放たれかの如く軽やかな動き。

不可視のパートナーと手を取り合って踊るかの如くステップを踏めば、空気が何重にも波紋を生じる。

もう片方の手には鋭い鋏。

動きに緩急が生じる。
少女の動きが加速する。
ドレスの裾が風を孕んで翻り、次第に激しさを増しゆく動きに髪がうねり狂う。

楽園は鋏と踊る。
鋏を振りかざし振り回す。

刺突。
撫で斬り。
旋回。
反転。

一つ一つの動作が殺意に研磨され切れ味を増す。

魅せて酔わす芸術性の高さよりも憎しみの昇華を目的とした演武は、あるいは彼女の自己表現の一手段だったのか。

弧を描く番いの刃。
虚空を走る銀の残光、鋭利な残像。

見えざる誰かを無慈悲に切り裂く。
その血潮を浴びて薄く微笑む。

より苛烈に、より凄烈に。

かと思えば鋏を持たぬ繊手はたおやかにしなやかに空を泳ぎ、清冽な光を奏で爪弾く。

楽園に届けと祈るように、
掴めなかった何かを掴もうとするように。


トン、


軽い足音を立て線路の中央に降り立ち、上品にドレスの裾を摘まんでお辞儀。

演武がしめやかに幕を閉じる。

薄い胸に吐息を逃がしてゆっくり上下させ、楽園は呟く。

「……これが、私の演武」
[48] 【審査結果】
事務局(maaa0001) 2011-12-04(日) 00:29
翡翠の姫・エメルタ
「たいへん美しい……。それに、なにか胸に迫るものがあるような気がします……」
評価:★★★★★

蒼き雷鳴・ザクウ
「演武というよりは舞踊だが、気迫は感じる」
評価:★★★

首狩り大将・オウガン
「もうちょい大人になればいい女になりそうだな」
評価:★★★

異端児・アドン
「なぜかわからないけど、ちょっと切ないような気持ちになるな……」
評価:★★

総合評価:13点(20点満点)

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