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[31] 【夢幻能・焔神楽】(灰燕・湊晨侘助・呉藍)
灰燕(crzf2141) 2011-12-01(木) 02:34
 縦横無尽に敷き詰められた列車の轍。影一つない無人の舞台。目に眩いほど鮮やかな天の青。演武待ち詫びる観衆の目。
 それら全てを焼き尽くす様に、白い焔が立ち昇る。
 翼を広げた鳥の様に膨張し、跳ね上がる様に躍り、白銀の火の粉を振り乱して。ひとしきり燃え上がった後、それは唐突に収束した。なにものかに吸い込まれる様に、或いは咲き広がった花が急速に蕾へと戻ってゆくかの様に、ただ一点に集い、収まる。
 焔が潰えて、そこには一人、男が佇んでいる。
 煤の一つも纏わず、凛然と。
 くるくると番傘が舞う。焔が消えて尚降り止まない白銀から、彼を護る様に翼を広げるその色も、白銀。傘の黒に押し込められた優美な鳳凰が、男の頭上で廻った。
 右手に鬼の面を持ち、左手で番傘を戯れに回す。洒脱に歩く白髪の男を、不意に横薙ぎの熱が襲った。
 白銀の焔を振り払って、紅蓮の炎が駆け抜ける。
 曖昧な色彩を塗り潰して鮮やかに。見る者の目を焼く、烈しさを持った熱が舞台を飲み込んだ。
 傘を己の前に翳して盾とし、いとも容易く炎から身を守った男は、瞳を細めた。愉悦に滲んだ笑みを浮かべて、擦り足で一歩、舞台の中央へと踊り出る。
 紅蓮の炎が収束して、そこにはやはり、ひとつの影が佇んでいた。
 背の低く、四つに這った姿。太く逞しい尾は狼に似ているが、しなやかな身体つきとぴんと立った耳は、どちらかと言えば虎によく似ている。舞台の四面を覆う天空にも劣らない、鮮やかな蒼い毛並みに身を包んだその獣は、紅蓮の炎を身体に纏わせ、金の眼差しを男に注ぐ。
 凛と通った鼻面を上げ、獣が高く咆哮する。狼のソレとも、虎のソレとも違う、奇妙な吼え声で。衆目の鼓膜へ訴えかける。
 白い雨は降り続く。音を立てずに、深々と。雨ではなく雪の様にも見える美しさで、男の傘と獣の背を叩き続ける。触れた端から燃え上がるそれは、熱を持たなかった。
 傘の下の男が、右手に提げていた面を、おもむろに顔に宛がう。額から二つの角をのぞかせる、苦悩に満ちた目と憤怒に充ちた口許の鬼面。般若と呼ばれるそれを。
 紐で括りつけられたわけでもないのに、手を離しても、何故かそれは落ちなかった。男の顔を覆い隠して、不気味に笑み惑い、無様に悔やみ憤る。
 最早舞台に立つのは男ではない。
 白く変容した髪を持った鬼。一匹の般若だ。
 焔の雨が降る。しかし男は、般若は、黒い番傘を畳み、己の背後へ差し伸べた。白焔が立ち昇って、男の差し出した番傘を恭しく受け取ると、静かに消える。空いた右の手を左に差した打刀の柄に遣る。朱塗りの鞘を押さえて、ゆったりとした所作で刃を抜き放つ。焔の雨が落ちて、その刀身を飾る様に燃え上がった。
 そして、一呼吸。地面を蹴った。
 始めの所作は静かに、しかしそれに続く動きは俊敏に。焔に降られながら、一直線に駆け抜ける。獣との距離を一気に詰めて、斜めに切り上げる。
 確かに間合いは詰めたはずだが、手応えはなかった。
 咄嗟に振り仰げば、蒼い獣の身体が宙に舞う。鬼の刀身の先を蹴って、空中へと踊り出る。蒼いその身が三日月の様にしなる。と、四ツ足の先に紅蓮の炎が咲いた。実態のないはずのソレを、まるで木々の枝葉の様に軽々と踏みつけて、獣は更に高く跳躍する。白い焔の雨を踏んで、留まる紅の炎を踏んで、天へ天へと登ってゆく。
 ひと際高くへ登り詰めて、虎でも狼でもある獣は、満足げに目を細めるとくるりと廻る。その場で身を捻って、尻尾を生き物の様に揮うと、一直線に地面へと落ちて行った。
 とん。
 いっそ軽くも聞こえる音を立てて、しなやかな猫の様に着地する。その姿は最早獣では、なかった。
 眩いほどに鮮やかな蒼い具足に身を包んだ青年。武人と呼んでいいほどに精悍な佇まいだが、どこか少年らしさを残した面持ちはまさに若武者と呼ぶにふさわしい。肩から羽織る蒼い小袖が風と遊ぶ。
 跳躍ひとつで姿を変えた獣は、ひらり纏う袖を振る。鬼を誂う様に。誘われて振り降ろされる刃を紙一重でかわし、ひらりひらりと舞いながら、舞台の隅へと追いつめられてゆく。焔の雨をすり抜けてゆく。
 若武者の追いつめられる、その先に一人、青年が立っている。
 いつからいたのか、それは誰にもわからない。紅椿の袖を羽織り、黒髪を刀が切った風に遊ばせる、見る者の目を惹きつける美しさを持ちながら、まるで黒子に徹しているかの様に青年は佇む。
 蒼の若武者が背中越しに差し伸べた手を、微笑んで受け取った。ふっとその姿が掻き消える。
 青年を焼き尽くすかの様に炎立ち、若武者の手に残るは刀一振り。漆黒の鞘に、漆黒の柄。飾り紐の紅だけが妖艶に風に遊ぶ、優美な拵えの日本刀。
 よく目を凝らせば、その鞘にはうっすらと、見事な椿の紋様が彫り込まれているのがわかる。刀身と柄とを繋ぐ目釘もまた、一輪椿だ。
 凛と咲く椿の美しさを備えた刀が、蒼く精悍な若武者の手の中に収まる。鬼に対抗する為の武器を手に、若武者は不敵に笑った。
 一閃。周囲の空気さえ切り払う様な重厚な一振りを跳躍ひとつで避けて、若武者は鬼の背後へと回る。刀の鞘を払えば、目にも眩しく美しい刃が閃いた。力のままに振り抜く。振り返る鬼の、肩から羽織る豪奢な袖を二つに切り裂いた。
 鬼が豪快に刀を振るえば、若武者はその太刀筋の上を駆けて飛ぶ。降り止まない炎の雨を踏み、火の粉を纏って更に高みへと、段を登る様に軽やかに跳んでいく。それはさきほどの獣と全く同じ動作であり、全く違う華やかさがあった。
 若武者が上空から刀を振り下ろす。それを見越していた様に般若は身を捻り、落ちてくる身体へと刀の刃を滑らせる。ひらりと焔を足場にしてそれをかわし、若武者は般若から小さく距離を取って着地する。
 そして、再び刀を構えた。白焔の雨が燃え上がってその刀身を飾り立てる。
 般若の面がカタリと音立てて歪む。
 若武者のその手で躍る刃に、ひととき視線奪われた。
 錆び毀れ、或いは歪みひとつない磨き込まれた刃。鏡の様に光跳ね返す。刀身に彫り込まれた天昇る龍。切っ先を外側の『目』へと突き付ける。その刃の奥に覗く透かし彫りの鍔木(つばき)。蒼く長い髪を振り乱し、跳ね躍る若武者と共に、艶やかな黒の柄から伸びる紐の紅が舞う。天空の青に鮮やかに映える。
 神刀の威光に衆目よりも強く心奪われて、般若の太刀筋が揺らぐ。顎を引き、俯けば、怒りを貼り付けた口元は隠れ、苦悩と悲哀を表現する目元だけが見える。二つの表情を内包した般若、その惑いだけが残る。
 その隙を逃さず、蒼い若武者が般若の懐へと踏み込んだ。振り翳した刀身の龍が、煌めいて咆哮する。
 そのまま一閃、振り降ろす。
 鬼の惑いを切って捨てる。

 焔の雨が、止む。
 ふたりの役者も、二振りの刀も、身じろぎひとつしない。雨が収まって、訪れた静寂が舞台を覆い尽くす。
 カタリと、小さな音が天空の舞台に響いた。
 鬼面が、欠片一つ残さず綺麗にふたつに割れる。若武者と般若の間に落ちる。それが合図だった。
 止んだはずの雨が、遡る。落ちた火の粉の白銀が膨れ上がる。紅蓮の火が空中に咲く。紅蓮と白銀の混じり合った火焔に代わり、たちまち燃え上がって舞台を覆い尽くした。天を衝く火柱の様に爆ぜ、立ち昇る。それははじめの白銀とも、紅蓮とも違い、なかなか収束を見せなかった。
 火焔はちりちりと天を焼く。身悶える様にうねり、揺らいで、やがて満足げに高くその腕を広げた。鳥が翼を広げた姿によく似た形。一度高く咆哮を残して、尾を引く様に、余韻残す様に、火焔は静かに収束する。白銀の火の粉と紅蓮の残影をおいて、消えた。
 残されたのは、縦横無尽に轍の走る能舞台。
 そこには最早、影一つなかった。
[52] 【審査結果】
事務局(maaa0001) 2011-12-04(日) 00:31
翡翠の姫・エメルタ
「これは異国の物語なのでしょうか。ひとつひとつに深い意味が込められているように感じます」
評価:★★★★★

蒼き雷鳴・ザクウ
「あの動きは一朝一夕にはできないものだろう。見事だ」
評価:★★★★

首狩り大将・オウガン
「なんだ?消えたぞ!落ちたんじゃないよな?」
評価:★★★

異端児・アドン
「うーん、オレにはちょっと難しかったかも……」
評価:★★

総合評価:14点(20点満点)

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