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[14] ブルーレクイエム・ブルース
「行くぜ楊貴妃」
リエ・フー(cfrd1035) 2012-02-06(月) 11:06
これは夢だ。
その証拠に夢でしかありえない情景が目の前に広がっている。
『青の』
『青!』
主観では夢見ながら、客観的に醒めた理性でこれは夢だと判断する。


甘ったれが依存し逃避する嘘っぱちの理想郷、自慰でしかない感傷が生み出す無意味な虚構、けして戻らぬ過去の残響。夢とはその別名だ。

本物の姉妹のように無邪気にじゃれあう黄と桃を優しく眺める金のグレイズ・トッド。

彼らには名前がない。
皆が一まとめに野良犬を意味するグレイズ・トッドで呼ばれた。
名前を持たないという事は人権を認められないのと同義だ。
否、そもそも彼が生まれ落ちた世界には「人権」という概念が欠落していた。
あるのは弱肉強食の掟のみ、力なきものは容赦なく虐げられ搾取されるさだめ。
事実、暴力の犠牲となり死んでいく子供たちは後を絶たなかった。
隕石の衝突よりこちら資源が枯渇し荒廃の一途を辿る世界では人類の生存圏も限られる。
黙示録に綴じられた世紀末の情景ーもしくはその一歩手前かーそんな世界に生まれ落ちた身の常として、絶望は予定調和と同義。

それでも自殺衝動に駆られるほど悲観せずに済んだのは仲間がいたから。
野良犬同士の傷の舐め合いでも、互いを舌で慰撫し傷口を癒し塞げる彼らは間違いなく家族だった。

『お前は優しいんだから無理するな、青の』
知ったふうな口をきくな。お前に何がわかる。
『わかるさ、長く一緒にいるんだから』
うるせえ。黙れ。
『わかるさ。本当のお前は強くて弱くて優しくて……そう、青い炎みたいなヤツなんだ。お前が生む炎みたいに』
はん。ほざくな。俺が炎なら近寄っただけで火傷しちまうぞ、お前。
『俺はいいんだ』
どういう意味だよ。
『お前ならいい。お前に触れて焦がされるなら構わない。だから青の、自分が独りだなんて思うなよ。俺たちが一緒だから』
………いかれてやがるぜ、お前。


それが虚勢か本心か、彼自身にもわからない。




    ・・・・・・・・・・・・・






ターミナルに無限のコロッセオと呼ばれるチェンバーがある。
古代ローマの遺跡を模した重厚な石造りの外観に階段状の観客席を備えたこのチェンバーでは、しばしば模擬戦闘が行われている。
対戦相手はロストナンバーの記憶から錬成された魔法的クローンで固有の意志は持たない。ロストナンバーの因縁を解析して造り出した精巧な模造品、といったところか。

このチェンバーではしばしばロストナンバー同士の模擬戦闘も行われている。

純粋に戦闘力の向上を兼ねた鍛錬に挑むものもいれば、私怨絡みの喧嘩の延長として舞台に上がる者もいる。

彼らの場合はそのどちらか。


闘技場へと通じる石造りの薄暗い通路にて。
その壁にだらしなく凭れ掛かっているのは、癖の強い黒髪と黄金の瞳の少年。
擦り切れたフライトジャケットに無造作に両手を突っ込み、斜に構えた姿勢で壁に寄り掛かった少年ーリエ・フー。

「なんでこんなことになっちまったんだか」

嘆息と自嘲が綯い交ぜとなった皮肉な笑みをちらつかせ、なげやりに呟く。
仕方ない。売られた喧嘩は買わずに済ませられぬ性分だ。
最も、相手にしてみたらリエこそ喧嘩を売った当事者かもしれないが。

「-ま、これも運命ってヤツかね?」

それも一興と信じてもいない言葉を舌の上で転がしてみれば、ますますもって苦笑いが深まる。
初めて会った時から遅かれ早かれこうなる予感はしていた。衝突は避けて通れない直感があった。

無視を貫くにはあまりに似すぎていた。
無関心を装うにはお互い若すぎた。

磁石の両極のように反発しいがみ合う傍ら抗いがたい共感を覚えていたのも事実で、誤解をおそれず言うならどうしようもなく惹きつけられていた。

近親憎悪じみた反感と、平行世界の自分を見るような共感と。
本音を言えば対峙する度、相反する複雑な感情を持て余してきた。


「………」


もうすぐ試合が始まる。
勝ち残るのは二人に一人。


瞑想に耽るように静かに目を閉じる。
最初に既視感を憶えたのは、何よりあの瞳だ。
やさしさもぬくもりも厳しく拒絶する目。
リエと同じ黄金の瞳。
しかしリエのそれが猫科の猛獣ーたとえば虎ーの目とするなら、彼のそれは飢えてぎらつく野良犬の目だ。


グレイズ・トッド。
これからリエが戦う相手の名前。


「……野良は群れる生き物のはずだがね。してみると、はぐれ犬か」

他人の事は言えない。
自分だって似たようなものだ。
ロストナンバーとして覚醒してからこちら、数えきれないほどの人の生き死にを見てきた。その中には当然かつての仲間も含まれる。

冷たい壁に背中を預け、安らかに凪いだ気持ちで追憶に耽るリエの耳に、乾いた風に乗って演奏が届く。

哀愁誘うハーモニカの音色。
いつだったか、ブルーインブルーで聴いた葬送曲。

「………」

そっと目を開き、舞台を隔てた対岸の出入り口を物憂げに見やる。

空耳か。幻聴か。
否。
これは彼が奏でる葬送曲ー……今は亡き仲間に捧げる鎮魂歌。
聴く者の心の琴線を静かに震わす哀切な音色。
優しく吐息を吹きこむごと醸される音は、死に逝くものの安息を祈る静謐な調べを紡ぎ、潮騒のように満ち引きを繰り返し大気に浸透していく。

死者に手向ける葬送曲。
歳月に削られ風化した痛みを悼む旋律が、大気に波紋を描き余韻を広げていく。

グレイズが吹くハーモニカの音色にしばし黙祷を捧げるかの如く耳を傾けていたリエだが、ツと視線を上に放り、口笛で音階を辿りだす。

口笛の飛び入りに一瞬戸惑い途切れた演奏が再開、距離と暗闇に隔てられ互いの顔が見えぬまま連鎖し錯綜し重なり行く。

ハーモニカの主旋律に口笛が絡むや陰鬱な葬送曲が軽快な調子に反転、速く激しくテンポを上げ加速度的に疾走感を増していく。

挑発する口笛に負けじと疾走するハーモニカ。
一吹きごとに氷が溶け、内に秘めたる情熱と激情とが音符となって迸る。

追いかけっこに興じる音と音のはざまから厚い氷の殻を破り炎が噴き出す。
軽やかな口笛との二重奏が凍りついた魂を溶かし音楽に血を通わす。

ああ、これがアイツの音か。
アイツが氷に閉じ込めた本性か。


絡み合い渦巻く音の奔流に身を浸し、うっそりとひとりごちる。

『了不起』

青く燃える炎のように熱く冷たく激しい魂の拍動(ソウル・ビート)。

ポケットから手を抜き、あたり払うような大股で一歩を踏み出しながら、リエは不敵にほくそ笑む。

「相手にとって不足はねえ」


これから、リエ・フーとグレイズ・トッドの戦いが始まる。
[15] PLより
「行くぜ楊貴妃」
リエ・フー(cfrd1035) 2012-02-06(月) 11:07
「有りの悉く」聖WRの前フリっぽく。
グレイズPLさま、出演ご快諾ありがとうございました。

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螺旋特急ロストレイル

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