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[17] メメントモリ
チェシャ猫の微笑
東野 楽園(cwbw1545) 2012-02-12(日) 12:12
ロストレイル車内にて。

「ふう」
クラシカルな旅行鞄を大義そうに膝に持ち上げ、一息吐く少女を反対側から見返すのは、彼女と同年代とおぼしきこちらも見目麗しい少女。

極上の絹と紛う光沢の真っ直ぐな黒髪、喪服めいた漆黒のドレス。
美しく整った顔に嵌め込まれた瞳は冴えた黄金。禁忌と背徳、蠱惑と魔性が結晶した虹彩の輝きが印象的だ。
ガラスケースの中のビスクドールの如く凜と背筋を伸ばして座す姿は深窓育ちの出自を保証する。生まれ持った気品を育ちの良さで磨き上げた少女だ。

対して、その向かいに座る少女はというと……
不吉で不健康な紫色の肌。
浮腫み黒ずみ、まるで死者を思わせるその色。
長く優雅な睫毛に縁取られた光映さぬ水底の瞳、妖艶な微笑をほのめかす青い唇。
腰まで垂らした華やかな金髪が紫の肌によく映える。
彼女もまた時代錯誤なフリルで飾り立てたゴシックドレスに身を包み、鍔広の帽子を被っている。葬式帰りの小公女を思わせるレトロな洋装だ。

「重たいですわね、この鞄。疲れてしまいましたわ」

道化た動作で肩を落とす。
衣擦れの音を道連れに独り言を呟く袖口からちらりと手が覗く。
皮と肉が腐り落ちて白い骨が剥き出しとなった骸骨の手だ。

「そうね。その手で持ち運ぶのは大変そうね」

漆黒の少女ー楽園はお世辞にも社交的な性格とは言えない。むしろその真逆、人嫌いで敬遠されるタイプだ。
本来なら列車で乗り合わせた人間に自分から話を振る事などないのだが、この時は少しばかり興味を覚えてしまった。
あるいは、猫の気まぐれか。

「おわかりになりますかしら。ええ、大変なんですのよこう見えて。壱番世界の諺では骨折り損のくたびれもうけというのかしら」

悪戯っぽく含み笑い、骨格曝す手を愛おしげにさする少女をまじまじ見返す。
美醜混沌と共存する異形の身を恥じる卑屈さは微塵もなく、いっそすがすがしいまでにあっけらかんとした笑顔。
応じる言葉は打てば響く機知と諧謔に富み、目的地に着くまでの話し相手とするのも吝かではないと判断する。

「その用法は少し間違っているんじゃなくて?」
「ごめんあそばせ。壱番世界の言語文化には疎くって。あなたはコンダクター?」
「ええ、そうよ」
「インヤンガイへ?」

皮肉まじりの指摘をさらりと受け流し問いを投げ返す。
偶然の采配を面白がっているような、成り行きで得た話し相手を歓迎するかのような愉快げな笑み。

一呼吸おき、楽園は迷いつつ答える。

「……美麗花園へ」

たおやかな手でドレスの裾をぎゅっと握り潰す。
楽園が口にしたのは、暴霊の巣窟と化した死の街の名。
今は廃墟と化した街の名前。

「その街は立ち入り禁止の危険区域ではないのですの?」

報告書で読んだんですの、と付け加えれば、楽園は浮かぬ顔で俯いてしまう。

「ーだからよ」

だからこそ、自分は往くのだ。
全てが死に絶えた後の静寂こそ今の自分が求めるもの、楽園の心象風景を具現化したもの。

ガタンゴトン、ガタンゴトン。窓の外には涯てしなくディラックの虚空が広がっている。
猟奇的な少女は頤に人さし指を添え小首を傾げる。

「まるでお葬式に行くような顔ですわね」
「そういう貴女はどこへ?」
「さあ、どこかしら。どこへでも」
「からかってるの」
「お友達が沢山いる所に行きたいですわね」

お友達作りが趣味ですので、と尚更笑みを深くする。

「行き先はお友達が決めてくださいますわ。そう、お友達が呼んで下さるならどこへでも……」
「そのお友達はどこにいるの?別の車両?」
「ふふ、内緒ですわ」

隠す事でもないんですけど、女性は秘密があったほうが魅力的とおっしゃいますでしょう?
唇の前に人さし指を立てる。その手も骨が剥き出しだ。

のらりくらり掴み所ない言動に翻弄されて、楽園は不愉快げに眉をひそめる。

「美【霊】花園……ステキな名前ですわね。ステキなお友達と出会えそうで胸高鳴りますわ」

もっとも、私の心臓はとっくに鼓動を打つのをやめているのですけど。

至って無邪気に、遠足に出かける子供のような口調で後を引き取る少女に対し不快感と警戒心は次第に薄れ、共感とも親近感とも言えぬ奇妙な感情を抱き始めてるのを自覚する。

いつしか楽園はこの状況を愉しみ始めていた。

鏡が映し出す虚像とでも会話してるような倒錯した感覚に浸りつつ、戯れに問う。

「貴女の名前は?」
「死の魔女ですわ。貴女は?」
「楽園よ」
「まあ、ステキ。私達似た者同士ですわね」
「何故?」
「死(タナトス)と楽園(エデン)は近しいもの。死(タナトス)が導く混沌(カオス)から楽園が生まれるのですわ。死は楽園に至る近道、永遠の円環。どんな性悪な魔女とでも死ねばたちまちお友達になれますわ」

唄うような抑揚で狂った哲学を述べる死の魔女に、楽園もまた軽く首肯し賛同を示す。

「……そうね。その通り。永遠が欲しければ殺してしまえばいいのよ」

鳥籠で飼う小鳥の首をねじきるように。

「賛同を得られて嬉しいですわ。私達やっぱり気が合いますわね」

心臓の鼓動なんてうるさいだけ。呼吸なんて邪魔なだけ。脈動も拍動も雑音でしかない。
だったらいっそ全部止めてしまえばいい、この手で断ち切ってしまえばいい。

そうよ、そうー

「永遠がないなら作ってしまえばいいの」
「同感ですわ」

片方はまだ見ぬ友人を、片方は愛しい男を、どこまでも狂おしく恋い求め追い求め。
病的なまでに一途な執着の対象は異なるといえど、孤独の裏返しの独占欲の塊と互いを自負する少女達。

「永遠を作る方法をご存じかしら?」
「是非ご教授願いたいわ」

車窓に切り取られた横顔にうっそりと笑みがたゆたい、澱んだ血の色の瞳が底知れぬ邪悪さを孕む。
恍惚に潤み蕩けきった目を細め、死を司り弄ぶ魔女が永遠の作り方を語りだす。

「相手を殺すのですわ。そうするとまず心臓が時を止めて永遠になりますわ。ご存じかしら、血の濁りが消えて青ざめた皮膚の色はそれはそれは綺麗ですのよ。それから永遠の魔法をかけるのですわ、冷たい唇に接吻して死の吐息を吹き込むのですわ。そうすればほら、また一人お友達の出来あがり。とても簡単ですのよ」

くすくす、くすくす。
どちらからともなく笑いだす少女達。

「ステキね。今度試してみるわ」
「やっぱり気が合いますわね、私達」

生きているお友達は初めてですけど。

「貴女が最初の一人になってくれるなら光栄ですわ」

それがふたりの出会い。
楽園と死の魔女、いたいけに死を想い死を慕うふたりの邂逅。

END
[18] PLより
チェシャ猫の微笑
東野 楽園(cwbw1545) 2012-02-12(日) 12:34
「廃墟ロマンチカ」鴇家楽士WRより。
死の魔女PL様、ご出演ご快諾ありがとうございました。

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螺旋特急ロストレイル

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