シュマイトは現在、エスポワール孤児院で教職を務めている。科目は機械技術。生徒たちに手に職を付けさせ自活を促すのが目的だ。 機械技術と言っても、ここの子どもたちは全員がロストナンバーだ。出身によって持つ知識の方向性は大きく異なる。そこでシュマイトは基準点を設ける事にした。出身者の数が最も多い壱番世界を中心とし、その前後でクラスを分けるのである。 そうと決まれば次にする事は決まっている。壱番世界の技術水準を明確にするのだ。 教職員室に赴いたシュマイトは、授業後を待って目的の人物に声をかける。 「ロキ」 壱番世界の地図を机に数枚広げていたロキは手を止めてシュマイトに視線を移した。 「ん? どうかしたか?」 「授業計画を立てるのに付き合ってほしい」 コンダクターでセクタンはロボットフォーム。加えてゲーマーであるため、一般的な水準の知識も期待できる。理想的な相手だ。 それに、とシュマイトは心の端で思う。キミとはほかにも話してみたい事がある。 授業計画は滞りなく進んだ。シュマイトはノートにびっしりと書き込みを連ね、次第に授業の方向性を見出してきた。シュマイトが満足そうにノートを閉じた時、教職員室には彼女たち二人しか残っていなかった。 「遅くなったな。送って行こうか」 「ああ」と短く返事をしてから、彼女は先ほどの予定を確認する。 丁度良い。人目のあるここでする話でもないだろう。 二人で孤児院の通用門から出る。シュマイトが長身のロキを追うように歩いていると彼がぼそりと言った。 「サシャって、さ」 思わず足が止まる。シュマイトもまさに、その名を出したかったのだ。シュマイトにとっては親友の、ロキにとっては恋人の、名前。 「普段はどんな子なのかな?」 「質問の意味が良く分からん」 わざとにべもない調子で返すと、ロキは少し言いにくそうに、 「ほら、サシャってシュマイトと話す時は友達口調になるだろ? だから、俺の……知らない、シュマイトといる時のサシャはどんな感じなのかな、と思って」 シュマイトは少しの間、どう答えるべきか迷う。 「わたしはキミといる時のサシャを知らない。ゆえにキミの前でとわたしの前での違いを厳密には説明できない。だがね、きっと彼女はいつでもああだよ。わたしの知っている限りでは彼女に裏表などない。おそらくはキミも見知っているままだ」 親友の美徳を言い尽くせないのがもどかしい。不必要に飾らず、それでいて常に人を引き付ける天性の魅力。まぶしいほどの澄み切った笑顔、抱きとめるように柔らかな物腰、快活に話し真剣に聞く態度、周りを和ませる穏やかな空気。そのすべてがシュマイトには憧れだった。しかしそれは口にしない。今こうして話している彼は、そんな事などすでに充分に知っているのだろうから。 「まあ、そうだな。端的に言って人好きがするとはああいう人徳を表すのだろう。サシャが怒った顔など見た事がない……」 言いかけてから一度、言葉を切った。 先日、その親友の笑顔を歪ませてしまった。彼女が自分から離れてしまうと、その真心を疑ったのだ。そう言った時、彼女は出会って以来初めて、声を荒らげた。 「……ないわけではないが、極めて例外的な事態だ」 「そっか」 それ以上は追及もなく、ただ穏やかに、ロキは微笑む。 もっとろくでもない相手ならば話は単純だったのだ。 ロキは何の問題もない人間だ。彼とサシャの仲に対しては、シュマイトが口を挟む要素など何もない。ただ自分のわがままだけが強調される。 「今日は世話になったな」 言う事がなくなり、シュマイトはぎこちなく話題を変える。 「あんな事で良ければ、いつでも言ってくれよ」 ロキの唯一の欠点は、とシュマイトは思う。わたしの暗い感情を気づかずに受け流すところくらいだろう。
【終】 |