シュマイトがエアメールで「これから茶でも飲まないか」と誘ってきたのは年の瀬のある日の午後だった。ページに並ぶ几帳面な字を見てサシャは思った。 ──シュマイトちゃんからお呼ばれなんて、珍しい。 メイド型自動人形の一件以来ではないだろうか。その後も顔を合わせてはいるが、シュマイトの側から誘いに来る事はこれまでにあまりなかった。 何か良い事でもあったのかしら? 勝手にそう思って、少し弾んだ気分になる。 サシャが指定されたオープンカフェに着くと、シュマイトはもう来ていた。サシャを目にして軽く手を振る。注文を済ませ、それが届くまで、シュマイトは何も言わなかった。 「シュマイトちゃん?」 元よりシュマイトは多弁な方でないが、まったくの無言となると、さすがに気になる。声をかけたサシャにシュマイトは「ああ」と生返事をし、思い出したように一口だけ飲んだ。ティーカップをソーサーに下ろし、やっと口を開く。 「なあ、サシャ」 「なあに?」 「わたしはキミの役に立つ人間か?」 唐突に聞かれ、サシャは戸惑った。ミシンやラジオの不調をシュマイトに直してもらった事はある。だが、友人に対して「役に立つ」という表現をするのは何かが違う気がした。 とっさに否定も肯定も出てこなかったサシャを見て、シュマイトは目を伏せた。 「そうか」 いつも通りの淡々とした口調で一言そうつぶやく。 「あ、あの、違うの。待って!」 「気遣いはいらん」 その声には心もち、力が無いようにサシャは感じた。 「そこを確認しておきたかった」 シュマイトは席から立ち上がった。 「待ってよ、いきなりそんなこと言われても……」 「今まで済まなかったな。もう迷惑はかけない」 深く頭を下げ歩み去ろうとするシュマイトに、サシャは息を呑む。それは再会できない別れのあいさつにも見えた。 「どうしてそんなこと言うの!?」 サシャは思わずシュマイトの手をつかみ、声を荒らげた。聞き慣れないサシャの大声に驚いたのか、シュマイトの視線がこちらを向く。その目をきっと見据えてサシャは言った。 「迷惑って何? ワタシは、役に立つからとかじゃなくて、シュマイトちゃんがお友達だからずっと一緒にいるんだよ!? これからだって」 言いながらサシャは自分の顔が熱くなるのを感じた。自分の気持ちを値踏みされたようで、かなしかった。 シュマイトにはこの反応は予想外だったらしい。一度はっと目を開き、それからばつが悪そうに再びチェアへ腰を下ろす。 「何かあったの?」 サシャは慎重に、しかし核心へとまっすぐに問いかける。 「ハイユから、聞いたのだが」 シュマイトは言いにくそうにちらちらとサシャを見た。 「恋愛と友情を比べさせると、人は九割方、恋愛を取るのだそうだ」 シュマイトが言葉を切ったのでサシャは話の続きを待った。しかしシュマイトはそれ以上何も言わない。 「ええと。それだけ?」 「キミもそうなのだろう?」 シュマイトは投げやりな調子で聞いてきた。 「……失礼しちゃう!」 サシャはあっけに取られ、次いでむくれた。激情を覚えた自分がばかばかしくなる。 「そんなの、比べられないよ」 「では、仮にキミが比べるとしたら?」 「だって、どっちも大事だもん」 シュマイトが求めているのはこの答え方ではないと思うが、両方とも大事だというのが自分の心情には最も合う。 彼女を納得させるにはどう表現すればいいだろうか。 考え始めたサシャは、ふと、テーブルの上に目を止めた。 そうだ、ヒントはここにあった。 「シュマイトちゃん」 先ほどの言葉では明らかに納得していない様子のシュマイトに、テーブルの上を示して聞く。 「紅茶とケーキならどっちが好き?」 シュマイトは不審そうに返す。 「何を言っている?」 サシャは黙ってシュマイトを見つめ返した。彼女に答える気がないと悟ったらしく、シュマイトは渋々とした風情で言う。 「どちらがと言われてもな。そもそも種類が違うのだから……」 そこまで言ってサシャの言いたい事をつかんだらしい。シュマイトははっとした顔になって続ける。 「……種類が違うのだから、比較しても意味がない、か」 「うん、そういうこと! どっちも好きだし大事!」 サシャの明るい声を聞いた瞬間、シュマイトの表情がやわらぐ。サシャは胸をなでおろした。シュマイトはもう一度ケーキとティーカップに目をやり、 「ところで、どちらがわたしだ?」 そこまでは考えていなかった。 「え? ええと、ケーキ、かな? 髪ふわふわでホイップクリームみたいだし……」 テーブルの上とシュマイトを交互に見ながら、サシャはあわてて答える。シュマイトは今日サシャと会ってから初めて、笑顔を浮かべた。 サシャもついつられて笑顔になる。だが、シュマイトの発言で一つ、気になっている事があった。 「最初『ワタシの役に立つ?』って聞いてきたよね。どうしてあんな言い方したの?」 最初から、もっとはっきり言ってくれればよかったのに。 そんなサシャの意図を受け取ったらしく、シュマイトは気まずそうに答えた。 「自分が友人かと直接たずねるほど、わたしも度胸がないのでな。それではキミの場合、本心よりも気遣った答えをしそうだし。それに、友人として居る事がかなわないなら、せめてキミの役に立つ存在でありたいと思っていた」 シュマイトちゃんらしい答えだな、とサシャは思った。 「サシャ」 すっかり湯気の出なくなってしまったティーカップに目を落とし、シュマイトが言った。 「今からハイユを殴りに行かないか? 余計な事を言ってわたしをたばかった罰に夕飯を作らせよう」 「う~ん。ハイユ様にはお話ししておいた方がいいかも」 殴るかどうかはともかく、デザートくらいは要求してもいい気がした。 同業のメイドであるハイユに敬語で、その主人側のシュマイトに友人口調という態度は、よく考えると奇妙だ。だがサシャとシュマイトの仲は、まぎれもない「友人」だ。
【終】 |