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[2] 二人でお茶を……飲まずに
うむ
シュマイト・ハーケズヤ(cute5512) 2011-12-29(木) 00:06
 シュマイトがエアメールで「これから茶でも飲まないか」と誘ってきたのは年の瀬のある日の午後だった。ページに並ぶ几帳面な字を見てサシャは思った。
 ──シュマイトちゃんからお呼ばれなんて、珍しい。
  メイド型自動人形の一件以来ではないだろうか。その後も顔を合わせてはいるが、シュマイトの側から誘いに来る事はこれまでにあまりなかった。
  何か良い事でもあったのかしら?
 勝手にそう思って、少し弾んだ気分になる。
 サシャが指定されたオープンカフェに着くと、シュマイトはもう来ていた。サシャを目にして軽く手を振る。注文を済ませ、それが届くまで、シュマイトは何も言わなかった。
「シュマイトちゃん?」
 元よりシュマイトは多弁な方でないが、まったくの無言となると、さすがに気になる。声をかけたサシャにシュマイトは「ああ」と生返事をし、思い出したように一口だけ飲んだ。ティーカップをソーサーに下ろし、やっと口を開く。
「なあ、サシャ」
「なあに?」
「わたしはキミの役に立つ人間か?」
 唐突に聞かれ、サシャは戸惑った。ミシンやラジオの不調をシュマイトに直してもらった事はある。だが、友人に対して「役に立つ」という表現をするのは何かが違う気がした。
  とっさに否定も肯定も出てこなかったサシャを見て、シュマイトは目を伏せた。
「そうか」
 いつも通りの淡々とした口調で一言そうつぶやく。
「あ、あの、違うの。待って!」
「気遣いはいらん」
 その声には心もち、力が無いようにサシャは感じた。
「そこを確認しておきたかった」
 シュマイトは席から立ち上がった。
「待ってよ、いきなりそんなこと言われても……」
「今まで済まなかったな。もう迷惑はかけない」
 深く頭を下げ歩み去ろうとするシュマイトに、サシャは息を呑む。それは再会できない別れのあいさつにも見えた。
「どうしてそんなこと言うの!?」
 サシャは思わずシュマイトの手をつかみ、声を荒らげた。聞き慣れないサシャの大声に驚いたのか、シュマイトの視線がこちらを向く。その目をきっと見据えてサシャは言った。
「迷惑って何? ワタシは、役に立つからとかじゃなくて、シュマイトちゃんがお友達だからずっと一緒にいるんだよ!? これからだって」
 言いながらサシャは自分の顔が熱くなるのを感じた。自分の気持ちを値踏みされたようで、かなしかった。
 シュマイトにはこの反応は予想外だったらしい。一度はっと目を開き、それからばつが悪そうに再びチェアへ腰を下ろす。
「何かあったの?」
 サシャは慎重に、しかし核心へとまっすぐに問いかける。
「ハイユから、聞いたのだが」
 シュマイトは言いにくそうにちらちらとサシャを見た。
「恋愛と友情を比べさせると、人は九割方、恋愛を取るのだそうだ」
 シュマイトが言葉を切ったのでサシャは話の続きを待った。しかしシュマイトはそれ以上何も言わない。
「ええと。それだけ?」
「キミもそうなのだろう?」
 シュマイトは投げやりな調子で聞いてきた。
「……失礼しちゃう!」
 サシャはあっけに取られ、次いでむくれた。激情を覚えた自分がばかばかしくなる。
「そんなの、比べられないよ」
「では、仮にキミが比べるとしたら?」
「だって、どっちも大事だもん」
 シュマイトが求めているのはこの答え方ではないと思うが、両方とも大事だというのが自分の心情には最も合う。
  彼女を納得させるにはどう表現すればいいだろうか。
  考え始めたサシャは、ふと、テーブルの上に目を止めた。
  そうだ、ヒントはここにあった。
「シュマイトちゃん」
 先ほどの言葉では明らかに納得していない様子のシュマイトに、テーブルの上を示して聞く。
「紅茶とケーキならどっちが好き?」
 シュマイトは不審そうに返す。
「何を言っている?」
 サシャは黙ってシュマイトを見つめ返した。彼女に答える気がないと悟ったらしく、シュマイトは渋々とした風情で言う。
「どちらがと言われてもな。そもそも種類が違うのだから……」
 そこまで言ってサシャの言いたい事をつかんだらしい。シュマイトははっとした顔になって続ける。
「……種類が違うのだから、比較しても意味がない、か」
「うん、そういうこと! どっちも好きだし大事!」
 サシャの明るい声を聞いた瞬間、シュマイトの表情がやわらぐ。サシャは胸をなでおろした。シュマイトはもう一度ケーキとティーカップに目をやり、
「ところで、どちらがわたしだ?」
 そこまでは考えていなかった。
「え? ええと、ケーキ、かな? 髪ふわふわでホイップクリームみたいだし……」
 テーブルの上とシュマイトを交互に見ながら、サシャはあわてて答える。シュマイトは今日サシャと会ってから初めて、笑顔を浮かべた。
  サシャもついつられて笑顔になる。だが、シュマイトの発言で一つ、気になっている事があった。
「最初『ワタシの役に立つ?』って聞いてきたよね。どうしてあんな言い方したの?」
 最初から、もっとはっきり言ってくれればよかったのに。
 そんなサシャの意図を受け取ったらしく、シュマイトは気まずそうに答えた。
「自分が友人かと直接たずねるほど、わたしも度胸がないのでな。それではキミの場合、本心よりも気遣った答えをしそうだし。それに、友人として居る事がかなわないなら、せめてキミの役に立つ存在でありたいと思っていた」
 シュマイトちゃんらしい答えだな、とサシャは思った。
「サシャ」
 すっかり湯気の出なくなってしまったティーカップに目を落とし、シュマイトが言った。
「今からハイユを殴りに行かないか? 余計な事を言ってわたしをたばかった罰に夕飯を作らせよう」
「う~ん。ハイユ様にはお話ししておいた方がいいかも」
 殴るかどうかはともかく、デザートくらいは要求してもいい気がした。
  同業のメイドであるハイユに敬語で、その主人側のシュマイトに友人口調という態度は、よく考えると奇妙だ。だがサシャとシュマイトの仲は、まぎれもない「友人」だ。

【終】

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