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[21] 故郷を絶つ
小竹 卓也(cnbs6660) 2012-04-03(火) 20:49
2012年3月某日。

「うん、―――うん―――」
携帯を耳に当て、荷物の準備をしながら親との電話。
「まー、無事に卒業決まって本当に良かったよー。このご時世、内定をもらえたのに4年になってから単位足りないって気が付いて一時期顔真っ青になったけどさ」
苦笑。携帯の向こうから聞こえてくる親の小言。
そしてそこから社会人としての心得をさらに聞かせてくる。適当に相槌を打つ作業。
……良い親なんだろうけど、小言が多いんだよなぁ。
鞄の中に詰められる荷物をメーゼがベッドの上から見ている。相変わらず何を考えているのか分からない奴だ。
着替えも詰めた、パソコンも持った。後は足りない物はっと……。
「よしっと。ん?あー、旅行の荷物整理中。ほら、内定先に引っ越す前に卒業旅行に行こうと思って」
あらそうなの。どこに行くの?
特に心配してない様子の親の声。
海外。どこそこの国。1人で。
そう答えた瞬間、また、分かっていると思うけど。そう付け加えてから海外旅行での注意を一々言ってくる親。
本当にこれさえなければなぁ……。
「1週間程度行く予定ー。まぁ楽しんでくるよ」
チケットを確認する。搭乗日は明日。
「それじゃもう今日は遅いし、じゃあね」
そう言って携帯を耳から離して

一瞬躊躇した後に

通話終了ボタンを押した。


「―――ごめんなさい」



僕は別段、特別な家に生まれたわけじゃない。
普通よりほんのちょっと裕福かもしれない家庭に生まれて。
普通に育って、普通に学校に行かせてもらって。
そして普通に進学して。
大学に入ってから性分の文章好きが高じてライトノベル大賞に応募しては落選して。
そんな大学2年生の冬。
そのライトノベル大賞用に書いていた小説が切欠で、僕は世界の外を知った。
飛天 鴉刃。そしてその世界。
まさか空想で考えていた世界が、人物が現実にあるとは思わなかった。
人の頭上に数字が見えるようになって混乱する僕は0世界に連れて来られて、そして今に至る。

正直、未練が全くないわけじゃない。
でも、壱番世界の帰属は考えられない程に、覚醒した先に見た物は僕にとって楽園だった。
壱番世界ではただの空想の産物でしかなかった、昔から憧れて、空想の中で遊んでいた魔法や獣人、そして竜。
それが壱番世界の外では現実の物となっていることを知ってしまった。
今思った様に壱番世界に帰属する気はない。
だけど壱番世界で過ごすにはこの体はあまりにも不便すぎた。不老と壱番世界基準離れした身体能力を持ったこの体では。
覚醒して2年と半年。今は大丈夫だけど、5年後、10年後。いつかはばれる。
だから、僕は。
大学卒業のこの時期に、壱番世界を捨てることにした。
ツーリストの皆や、訳あって帰れないコンダクターの人達が聞いたら激怒する様な行為だろうけど。
今まで育ててくれた両親、付き合ってくれた友達や知り合いの皆さんも裏切る行為なのは理解しているけど。
それでも。怪しまれずに消えるには。この時期しかないと思った。


空港に辿りついて、チケットと時間を確認。電車でも何度も確認したから当たり前だけど時間はまだ大丈夫。
「えーっと、この行き先の便はっと……」
目的地の海外行きの便を探すとすぐに見つかった。
0世界で既に、行き先での滞在中にロストレイルがその国へ来ることは調べてある。
後は海外旅行を装ってその国へ行って。
そこからロストレイルに乗車する。ただそれだけでいい。
荷物は確認した。忘れ物はない。
壱番世界では海外へ卒業旅行中の学生1人が旅行中に忽然と姿を消して行方不明になった、規模はどうあれ騒がれるのであろう。
そして僕の知り合いは心配して、悲しむのだろう。親は泣くかもしれない。色々とお金をかけることになるだろう。一応銀行には怪しまれない程度に大きなお金を貯金したけど、そんなのは雀の涙だ。
最後まで親に迷惑をかけっぱなしどころか、最後に最大の親不孝をする最悪な奴だと自分でも思う。
でも―――

ゲートを潜り抜ける。

一度振り向いて立ち止まる。

「……ごめんなさい。それと」

―――行ってきます

壱番世界を捨てる足は踵を返して、そのまま止まることなく雑踏の中に消えた。

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螺旋特急ロストレイル

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