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[28] 道化師と蛙と0の空 (1/3)
マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431) 2012-08-03(金) 00:30
けたたましい轟音—列車の発車音で目が覚めた。


駅のホームの隅の端、 手入れを忘れられ煤けた壁と
同じ色の土煙が、届かぬ光を板状に映写している、 どれだけか人目につかず久しい場所。

おざなりにまとめられた赤茶色の髪、地味な無地のシャツの青年は、そこにいた。

どのくらいそこに寝ていたのだろう。
身体には埃が積もっている。
漂着、というにはずいぶん内地の様だ。
感じる空気は異国、 いや、異世界の物だった。


額に触ると、長い前髪が手に触れる。
滲んでしまった自身の記憶は、酩酊したように、まどろむように、思い起こせない。

共にここに落ちていた、使い倒した鞄を探ると
「マスカダイン・F・羽空 (パウロ)」
英字混じりのカタカナでそう記された紙を発見し、
それが自分の名前だという事を思い出す。
嫌になるほど呼ばれ続けた自分の名前。
暫く眺めたのだが、Fの部分はどうしても思い出せなかった。

嵐の後のような静謐。
ほこりじみた空気が居辛い。

立ちあがると、乾いた吹き溜りのものたちが身体からぱらぱらと落ちる。
ズボンの土ぼこりは、払ってもとれなかった。


この世界—この街の枢軸らしき施設。
ほどなく保護され、連れて来られた
そこの人間の言葉を、黙って聴くにつれ、
自分が世界から放逐されたのだと知った。



街を歩く。
晴れ上がった昼の空が眩しい。
呆けた様に模様を変えない空に、冴えない目を硬く細める。

本名が一部欠けていても、提出書類は出せたようだ。
年は20ということにしておいた。
確か酒は飲めていた様な記憶がある。
受け取った配備品はどこかにしまい込んだ。
存在を持続してやるかわりに何かをしろと
言われた気もするが、どうでもいい。

日陰を選び進むと、街の人影はだんだん減っていった。
西洋を模した町並みは、さながら閑散としたテーマ・パークの様だ。

薄汚れたズボン、大きめのシャツを着ていると、少し自分が小さくなれた気がした。
口を真一文字に締め、擦れた鞄のベルトを強く握る。

視界の端に入った人々はずいぶん奇異な姿をしている物も
いる様に見えたが、
それすら、染み付いた生活スタイルは 青年を人目を避ける様に歩かせた。
足は自ずと人気のない方へ行く。


誰も居ない広場に出る。
街の最端に位置するそこは、街の「外側」が良く見渡せる場所だった。
石造りの広場の中ほどには、少し大きめの木が一本植えられている。
そこに向かって歩みを進める。

崖の様な町並みを背に、空の下ぽつりと生える木の下の
木陰、そこに腰を下ろした。

迷子な訳じゃない。
どこにも行くあてが無いだけだ。

幹に寄りかかり、一つ、深い溜め息をつく。
空腹なはずなのに、不思議と何も食べる気がしない。


まるで忘れてしまった様に、模様を変えない空を
流れる雲はコンベヤのように、白々しく、地平の果てへ消えていく。
下を見れば、無機質なチェッカー・フラグの様な地面が永遠に続いていた。
醒めない夢の中の様な世界だ。
抜け出せない悪夢。

嵐の後のような静寂。

赤茶けた髪に、不自然に光を照り返す銀色の目。
街角のガラスに映った、奇特な風貌を思い出す。

嘘ばかりついて生きてきた。
特異な見掛けのせいで目立たず地味に暮らす事もできず、
自分のせいで荒事を立てない様に、なるべく物事が大人しく済んでくれる様に、
—だけどそんな腹の内を悟られない様に、
その場をしのぐ言動ばかりを憶えてきた。
気がつけば、そういう生き方だけするようになっていた。
いつだって、どんなときだって、そうしてきた。

家族も、友達にも、 —いや、友達はいなかったかもしれない
相手の望む様に、顔色ばかりうかがって、表面ばかり取りつくろってきた。

思い出せないのも当然だ。
自分がいたことなど、一度もなかったのだから。
その分他人に心を割いて、暮らしてきたつもりだ。

そうして行き着いた先が、この何もない世界。

ずいぶんじゃないか。
[29] 道化師と蛙と0の空 (2/3) (…長ったらしいのも演出のうち!)
マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431) 2012-08-03(金) 00:32
木の幹に寄りかかる。
痩せた肩が食い込んで痛いが、どうでもいい。

雲が流れてゆく。
眩しい暮れない昼が、夜目に利く目に痛い。
忌々しく晴れた青い空、無機質に通り過ぎてゆく雲。

その風景すら意識からはなれ、視界を白ませててゆく。
そういえば何も食べていない。
飢えた心が、おのずと四肢の自由をうばってゆく。
このままここで死ぬのかもしれない。
それでも別にいい、と思った。
どうせ思い出す人もいない。どうでもいい—


いつからこんなに摺れてしまったのか。


「やぁ、なにをしているんだい?」

その視界に突如、異質がとびこんだ。

聞こえた声の主は、目の前の、きょろついた目をもったモノ。
離れた目で、首を傾げながら、こちらを覗き込んでいる。

(…ツーリストか)
先刻図書館で得たばかりの知識を掘り起こす。
コンダクターである自分の世界とは別の世界から来たツーリスト、その中には
普通の人間と姿を異にする亜人がいると。そんな事を聞いた気がした。
ほとんど上の空で聞いていたが。

目の前に立っているのは、体こそ人の形につれ、それと風貌を異する亜人。
その顔は、カエルとバジリスク—蜥蜴を足して割ったような…そんな感じだ。

それが几帳面に燕尾服を着込んでいる。

B級映画か、タチの悪いカートゥーンだ。

「なにをしているんだい?」
蜥蜴男は、さらに滑稽に首の角度を傾斜させてみせる。
黙っているのも失敬だ。

「…宗教の勧誘ならお断りなのね」
羽空は辛気臭い目付きのせいか、よくそういうのに声を掛けられた。
わけのわからないものを拝んでまで友達など欲しくないし、はなから形のない物に縋るのなんてまっぴらだ。
…言ってしまえば、同業者の腹の内など知れている。

蜥蜴男は シュウキョウ? と、いうように、こんどは反対側に首を傾けた。単語の意味が通じてないらしい。

羽空は元々他人と話すのが苦手だった。
自分では一生懸命話しているつもりでも、どこか怪訝な顔をされがちなのだ。
そうして会話を避けるうち、「普通な喋り方」を学ぶ機会は余計減っていく。
体もだるいし、早く終わらせたい。

「そういううさんくさい優しさの押し売りはごめんだと言っているのね」

「そういうことなら安心だ、僕は道化師、キミみたいな人のために来た!」

そのツーリストは頓狂な声でそう叫ぶと、その手元から豪炎を吹き出し—

—炎、その中から一羽の白い鳥 —おそらく、その時はそう見えたなにか— が飛び出し、
白い羽を羽ばたかせ、 またたくまに、 空高くへと飛んでいった。

突如の出来事に、体の重さも忘れて、飛びのいていた。
驚嘆の顔を見て満足する様に、ツーリストは待つ間もなく喋りだす。

「さあジェントル・エンド・ジェントル! ココは人が居ないようだからね、
 今日はおとっとき、キミのためのワンマンショーの始まりだ!」
おどけた仕種で翻ると、かっちり着込んだ黒い燕尾服の、どこからともなく極彩色が溢れ出す。
浮かび上がった大量の風船がぱん、ぱん、と弾けると、今膨れたはずのその中から、おもちゃの兵隊が現われ、
マーチングバンドを奏でだした。その楽隊に拍子を合わせながら軽やかに回したスティッキが
空中で紳士帽にかわり、中から金銀宝石が溢れたかと思うと、それはあっというまに
花弁となり、風につむじを巻いたかと思うと、一人の高貴な女性の姿をとり、手の甲へとキスをした。
めくるめくイリュージョンに次ぐイリュージョン。

子供騙しだ。 頭の隅でそう思いながらも、
取られた手をそのままに呆気にとられながら、
その高度な幻想に見入っていた。

そういえば昔、…ずっと昔、小さな子どもの頃、サーカスにつれて行ってもらったことがあった。

息をのむパフォーマンスに、動物たちの感心する技、おどけたピエロの曲芸。
極彩色のスポットライトに照らされて、誰も皆キャンディー・カラーに染まった会場。笑顔と歓声。
痛くなるほど手を叩き、時間も、なにもかも忘れて、目の前で次々繰り広げられる混沌に、非現実に見入っていた。

そうだ。
心から、何かを楽しんでいたこともあったのだ—


つかれた赤茶の頭に止まった蝶々を、ツーリストの指が拾う。
白い手袋の上の蝶々に ふ、 と息を吹きかけると、
虹色に輝く粉となって、風に吹かれていった。

光の粉が、しばし空中に舞う。
 
[30] 道化師と蛙と0の空 (3/3)
マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431) 2012-08-03(金) 00:33
 
広い広場の木の元で、一人分の拍手が響く。
それは社交辞令で、 無口な青年の、精一杯の賛辞の表現だった。

それを聞いて、燕尾服のツーリストは、大仰に胸を張る。
「…ありがとうごさいますなのね。」

うっとり目を閉じポーズを決めたツーリストに、青年は弱々しく口を開く。
「でもごめんなのね。ボクお金持ってないのね。一銭も払えないのね」
彼は きょとん?と また、首を傾げた。
「高等な芸当を見せてもらってありがとうなのね。でも、ボクなにもあげられるものが—」
「なにをいっているのかな、」
目の前のツーリストは、おどけたポーズから、またどこからともなく紳士帽を出し、深々と一礼する。
「僕は道化師、”人を笑顔にする”のが仕事なのさ」

「…だから、お仕事なら、何かしら見返りを」
それを聞いて燕尾服の蜥蜴男は、滑稽に肩をすくめさせた。
「だから僕は道化師、”人を笑顔にする”のが「仕事」。”見返り”なんていらないよ」
今度ははきょとんとするのは、こっちの方だ。

「…それ仕事って言わないのね」
自分の行ったことで、対価をとってこそ「仕事」だ。
対価を取らないのでは、それでは、ボランティアというか…
…なんていうか、お人好し?

「キミの仕事は何だい?」
目の前のツーリストは、こんどはこちらに、何の気はなしに問いかけた。
並んで違うお弁当を食べている相手に、「そのおかずは何?」と聞くくらいの乗りなのだろう。
その無邪気な問いに、自嘲を浮べ気味に答えた。
「…そうだね、じゃあボクも道化なのね。」
身を削って、刹那の幻想の後。残るのは何もない空き地だ。
それなら自分の人生、正しく道化だった。

「じゃあ、キミも同じだね!」
その自身の答えを聞いたツーリストは、よろこびを体現する様に、
陽気なポーズで飛び跳ねる。
無邪気な仕種に、一抹の自責の念が湧く。
マイナスの感情は、怒りの糸口を呼びおこし、抑え込んでいた言葉を紡がせた。
「同じじゃないのね。他人なんて、薄っぺらい言葉で、お粗末なパフォーマンスで、
 その場その場でテキトーにおべっか使ってれば事なきを得るのね。
 だから、そうやって嘘ばかりついてきたのね。」
「それがなにがわるいんだい?」
「だって…やっぱり嘘をつくのは良くないことだよ」
「これだってウソさ」
そういうとツーリストは、ばらばら、と袖口から、
さまざまな、—今は仕組みは差し図れないが、たくさんのタネらしき物を落としてみせた。
「!」
燕尾服のツーリストは、散乱した構造物と自分の顔を交互に眺める青年の姿を見て、いたずらっぽくその目を輝かせている。


「…でもやっぱり貴方とは違うのね。ボクはただ相手を怒らせたり困らせたりしないように—」
「やっぱりキミも同んなじじゃないか」
燕尾服の蜥蜴男は微笑んで、言葉を繋げる。
「だって、人を怒らせたり泣かせたりしないってことは、人を笑顔にしてるってことだろう?」
言いたい事はままあった。

でも、言い返せなかった。

その言葉、考えが、ひどく魅力的な物に思えたから。


「笑ったね」
蜥蜴の顔のツーリストは、大きな両目を、にまぁ、と細め、
口角を弓の形に上げ、こちらを見つめ、そう言った。

それはそうと言われなかったら気付かなかったろう。
自分の口の端が、わずかにゆるんでいた。
めったに使わない筋肉を動かしたような、いびつなゆがみ。
見られたことになぜか羞恥心が湧き、俯く。

「じゃあこれで、僕の”仕事”はおしまいだよ」
頭の上でツーリストが言葉を言い終えた端—小さな爆発音が起こり、

「!」
また驚きに視界を閉じた刹那、再び目を開けると、
もうもうと立つ四色の煙を残し、そこには誰も居なかった。


嵐の後のような静謐。


見開いた目に、眩しい昼の光。
呆然と、しばし眺める。
四色の煙が混ざり逢い、風に運ばれていく。
その霞の中に、何かあった。
さっきまであのツーリストの立っていた場所。

近寄る、昼の光が眩しい。でも進む。
何かが反射している、 フレームの丸い眼鏡のようだ。

プレゼントなのか、おとし物かは分からない。
拾い上げてかけてみたが、元々人より良い視力の視界は歪むことなく、
心なしか、景色が良く見える様になった気がした。
青い空、白い雲。
振り返ると、折り重なった西洋建築の町並みが、バースディケーキのように、晴天に照らされちらちら輝いている。
広場の木を背に、街へ歩きだす。

歩き始めると、そういえばお腹がすいた。
しまい込んだパスケースの中から、トラベルギアを引っ張りだす。
おもちゃ型のそれから、ぽん、と空中に飴を打ち出すと、そのまま口でキャッチした。 こういう遊びは昔から得意だ。
広がる甘さに、気のせいか体が軽くなった気がした。
街に駆け出す。

使い古した鞄を売った。
自分の趣味ではないそれは、—誰かに買い与えられた物かもしれない
なにか名の通ったブランドのデッドストックだったらしく、ずいぶんな高額で売れた。
食べ物だけでなく、余分な物も買えそうだ。

鞄の中身も売ろうと、古書店をみつける。
そこで、奇術の指南本を買った。
初歩の手品が沢山載っている。タネは意外と簡単なもので、いくつかは明日にでもおぼえられそうだ。
小さいながらも手の上で幻術が繰り広げられると、気分が上がった。
練習すればだれかに見せられるくらいになるかもしれない。
指南本片手に次のマジックをこなそうとして、よれた無地ののシャツの袖口が目に入る。
そうだ、それにはこの格好はすこし大人し過ぎるかもしれない。

新しい服を買った。
気分が明るくなるような、そんな明るい色の服。
街のショーウィンドウのガラスに映った、自分の姿を眺めた。
頓狂な色彩の服は、浮世離れした風貌によく合っている様に思える。なんだ、もっと早くこういう格好をすれば良かった。
おどけた色のシャツを着ていると、少し自分が大きくなれた気がした。
ま新しいトランクのハンドルを強く握り、小踊りで駆け出す。

景色を高く見上げれば、雲が流れている。
底抜けに澄んだ青空に浮かぶ真っ白な雲。子どもの描いたような空に、ゲーム盤のような地面。
なにもない世界。
腕を振り上げ叫ぶ。
「自由 な の ね ー!」
人気のない街は、さながら開園したてのテーマ・パークのようだ。

もう少し軽るいふうになりたいな。
そうだ、髪を染めよう。
あの空を行く雲と、同じ色に。


丸い伊達眼鏡、おどけた色のシャツ、雲の色に染めた髪。おもちゃの銃を振り回し、
自然と上がる口角。鼻歌混じりに、街角を行く。

ふと、開けた交差点で、誰かに出会う。
道の真ん中、小さな、猫の姿の亜人だ。女の子もののスモックを着て、
ポシェットを握りしめ、宙を所在無さげに見渡している、
その姿は迷子然としていた。

「どうしたのね?」

羽空は、首を傾け、にこやかな笑顔で、その子の顔を覗き込む。
不安な面持ちの子猫の少女は、はっと少し驚いた顔で見上げ、
小さな言葉を発した。
「…お兄さんは誰?」

羽空は、おどけたシャツを翻し、陽気なポーズをしてみせた。
「ボクは道化師、人を笑顔にするのが仕事なのね!」




ツーリストに、魔法なんていくらでも
使えるものがいるのを知るのは、また後々の話。

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螺旋特急ロストレイル

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