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メイドは問い、メイドは答える
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| ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2012-08-07(火) 23:45 |
壱番世界は猛暑の夏を迎えている。 ゼロ世界は相変わらずの温暖な気候であるが、季節の移り変わりを愛でたくなる時もある。サシャもその一人だった。 デパートの一角、もうすっかり顔なじみとなった茶葉の専門店でアイスティー向きの茶葉を吟味し、三種類を購入する。ティーセットも涼しげな物を新しく揃えたいが、それはさすがに予算オーバーだ。 ショウウィンドウをしばらく眺めた末にそう結論付け、サシャはエレベーターホールに向かった。何の気なしに店内を眺めていたサシャの視界に、見憶えのある姿が映る。 黒いゴシックなメイド服に映える白いエプロンと紫の髪。そして何より、過剰に自己主張をするはちきれんばかりの胸元。 ハイユ様だ、とサシャは気づいた。 ハイユの右手にはデパートのロゴをあしらった紙袋がぶら下がり、その口からは酒瓶が何本も顔をのぞかせている。あの数では相当に重いはずだが、いつものとろりとした笑みは崩れていない。その緑の瞳がサシャの方を向いた。 「おー、サシャちゃーん!」 ハイユの大声に、店内の客が一斉にハイユを、次いで視線の先にいるサシャを見る。サシャは顔を真っ赤にした。 「ちょ、ちょっと待って下さいよ」 千鳥足でゆらゆらと歩み寄るハイユをあわてて抑え、サシャは小声で言う。顔を近づけるとハイユの息はすでに酒臭かった。 「ハイユ様、酔ってます……よね?」 「あたしの美しさに?」 酔っている。確実に酔っている。 「あの、帰りませんか? ワタシ、お送りしますから」 「何だよー、一緒に飲もうぜ? その胸のサイズでもハタチなんでしょ?」 「むっ、胸のサイズは今、関係ないじゃないですか!」 「だからさぁ、飲みっぷりでオトナのオンナを見せてやりなよ」 もう何を言っているのかも良く分からない。サシャは説得を諦めた。 紙袋を持っていない左手を引くと、ハイユは案外素直に付いてきた。 着いたエレベーターにはサシャとハイユ以外、誰も乗っていなかった。 「サシャちゃんよぉ」 「何ですか?」 階数を示すランプを見上げながらサシャは軽く返事をする。 「シュマイトお嬢の話とか聞きたくない?」 「また別の機会に」 この状態でまともな話が聞けるとは思えない。 「今の方がいいよ」 しかしなぜか、ハイユは粘った。 「聞くだけでいいんよ? 屋敷に着くまでの間メイドさんの話を聞くだけの簡単なお仕事です」 「……分かりました」 しつこく言われ、サシャは渋々うなずく。何か知らないが、ハイユにはよほど話したい事があるらしい。 デパートの外のオープンカフェに目をやり、サシャは聞いた。 「ハイユ様、口直しに何か飲まれます?」 「これ」 ためらいもなく紙袋から新しく酒瓶を出したハイユに、サシャはため息をつく。予想していた通りの回答だ。 「お酒以外で」 「じゃあいらない」 サシャはすっきりとした味のレモネードを二つ注文し、一つを「どうぞ」とハイユに渡す。懲りもせず酒で割ろうとするハイユを制して、 「それで、シュマイトちゃんに何かあったんですか?」 この調子では、いつ本題に入れるか分かったものではない。サシャの問いかけにハイユは、ぼんやりと宙に視線を流して言った。 「んー? ああ、お嬢ね。そう、最近お嬢がおかしいって話なんだけど」 聞き逃せない発言だった。思わず表情を硬くするサシャに、ハイユはだらだらとした締まりのない口調で話し続ける。 「けっこう前にさ、サシャちゃんとお嬢があたしの寝込みを襲いに来たことあるじゃんか」 「変な言い方しないでください」 何の事を言っているのかはすぐに分かった。ハイユがシュマイトに「恋人のできたサシャはシュマイトから離れて行ってしまう」と吹き込み、シュマイトが悲壮な覚悟を持ってサシャの真意を確かめに出た一件だ。とは言え、結果として誤解は解けた。シュマイトはサシャと一緒に、昼寝をしていたハイユを叩き起こして問い詰めた。その剣幕にはさすがのハイユも「悪かったよ」と認めた。 「あれは絶対にハイユ様のせいです。シュマイトちゃんがどれだけ悩んだか、分かってるんですか!?」 「そこなんよね」 ハイユは、アルコールの感触がないのが不満なのか、ちびりちびりとレモネードを舐める。 「あの後さ、お嬢、告解室探したりメイム行ったりしてるみたいなんよ。そもそも、あたしのメイドさんジョークまで真に受けるとかね。何つーか、あそこまで他人に入れ込んでるお嬢、初めて見たわ」 サシャは少し意外だった。シュマイト本人は恥ずかしがってあまり話そうとしないが、彼女にだって元の世界に気になる男性──機械技師のラスという人物がいたと、サシャは知っている。彼に対しては、シュマイトもきっと、可愛らしい表情をひっそり浮かべていたのではないだろうか。 「それだけで『おかしい』だなんて、ひどいですよ」 苦笑してサシャは受け流そうとした。しかしハイユの表情からは、いつの間にか笑みが消えていた。 「問題はこの後だ。実はお嬢が覚醒した後、あたしらの世界で事件が起きた。あたしはそれを完璧に隠したつもりでいたけど、バレてるのかもしれない。それがきっかけでお嬢の精神が不安定になって、救いを求めてサシャちゃんにこだわるようになったのかも」 そこまで言ってハイユは黙り込んだ。 「何があったのか、聞いてもいいですか?」 迷った末に覚悟を決めて、サシャは聞いた。 「ラスが拳銃で自分の頭を撃ち抜いた」 かすれた声でハイユは答える。 サシャには一瞬、目の前にいるハイユの姿が揺らいで見えた。 シュマイトのトラベルギアは「ラス11号型」という拳銃だ。魔法の込められた弾を撃てるらしい。サシャには拳銃の事などまったく分からないが、シュマイトが目を輝かせて銃について話すところは何度も見ている。 自分以上の腕を持つラスによって作られた、自分には作れなかった性能の銃なのだ、と話すシュマイトはとても誇らしげだった。 そのラスが、自殺した? そんなはずはない。サシャは震えの起きる体を必死に抑え、心の中で繰り返す。 そんなはずはない。ラスはシュマイトの帰る日を待っていたはずだ。シュマイトだってそれを信じていたはずだ。それなのに、どうして。 「あたしも詳しくは知らないけどさ。自分の銃の性能を疑われたのが嫌だったらしいよ」 サシャは再び言葉を失う。やっと出てきた一言は、多分に怒りを含んでいた。 「どうして、そんな事で……!?」 「あたしに聞かれてもね」 「ワタシ、自分の腕を疑われたら、そんな事ないです、ってお見せします。お料理でも、お掃除でも、なんでもやります」 「ラスもそうしたかったんじゃないの?」 ハイユの落ち着き払った態度に、サシャは焦燥を覚える。ハイユの中では一通り整理されているのかもしれないが、自分にとってはまだ驚きがあまりに生々しい。ましてや、シュマイトがその事実に触れかけているとしたら、その心はどれほどにきしみを挙げているか。 「これが、あたしのしたかった話よ」 ハイユはそう言った。 「──ご存知でしたら、教えて下さい」 サシャは努めて落ち着いた声で話そうとした。 「ラス様が亡くなったのは、どれくらい前なんですか? お葬式とか、お墓とか」 「死んでないよ」 それは光明と言って良かったのだろうか。 サシャははっと顔を上げ、ハイユに食い寄る。 「ご無事だったんですね! でも、お怪我は」 「全然」 再び完全に否定をしたハイユは、レモネードを一気に飲み干そうとして、むせる。 何度も咳き込み、肩を震わせる。 違う、とサシャは気づいた。 ハイユはむせているのではない。笑っていた。レモネードのグラスをテーブルに戻し、必死にこらえようとする。それも長くは続かなかった。隠そうともせずにテーブルを叩いて笑い転げる。 「ハイユ様」 「んー?」 サシャの心は別方向への怒りで塗り潰された。 「だましたんですか!?」 「嘘はついてないよ」 ハイユはふてぶてしく笑う。 「あたしは嘘を言っていない。ラスが拳銃で頭を撃ち抜いたのは本当。でも生きてるどころか無傷なのも本当。ちなみにラスは不死身でも機械の体でもない、普通の人間だよ」
ハイユは宙に目をやった。そして宣言する。 「さて、ここで読者のみなさんに挑戦です。ラスが自分の頭を銃で撃ち抜いたのに生きているのはどうしてでしょう?」 「ハイユ様、変なこと言って話をそらさないでください」 「正解発表は今週中にUP予定。簡単すぎるからってコメントで正解を書いたりしないでね? お姉さんとの約束だ」 「ハイユ様!」 |
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回答編
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| ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2012-08-11(土) 23:51 |
「あたしは嘘を言っていない。ラスが拳銃で頭を撃ち抜いたのは本当。でも生きてるどころか無傷なのも本当。ちなみにラスは不死身でも機械の体でもない、普通の人間だよ」 そう言われてサシャは考えた。 ハイユの世界の物理法則について詳しく聞いた事はないが、話を聞いた限りでは、魔法の実在を除いては壱番世界と大きく変わらないようだ。だからハイユの「普通の人間」という言葉は文字通りに取って良いのだろう。 撃たれた側が普通の人間だとしたら、普通でないのは、撃った方。当事者であるラスについてのわずかな情報と、ハイユの言った動機を考え合わせるならば。 「ラス様は、シュマイトちゃんの銃を作った方なんですよね」 「魔法拳銃のラス11号型ね」 「それで確信できました」 すうっと息を吸い、サシャはハイユを真っ直ぐに見て言った。 「答えは『撃たれても死なない魔法の銃を使った』です!」 「正解」 ハイユは満足そうにほほ笑む。 「その銃の機能を疑われたから、ご自分の身で証明して見せた」 「そういうこと。銃で頭を撃ち抜いた人間が無傷で生きてたら、さすがに普通の銃じゃないってのはわかるだろうからね」 「でもハイユ様、さすがに悪趣味すぎません?」 問題は解けたとは言え、あまり良い気分にはなれず、サシャは聞く。ハイユは不思議そうに、 「何が?」 「人が亡くなった冗談なんて」 「本当にあった愉快な話なんだからしょうがないじゃんか。それに、ラスはたぶん自殺なんかしないよ」 「そんなこと、分からないですよ」 ラスの死を望む気持ちなどあるはずもないが、ハイユのように軽々しく言われるとどうも引っかかる。 「平気平気。いくら自分の作ったものに自信があるからって、自分の頭を銃で撃ち抜くような男だよ? 自分に絶望するなんてあるわけがない。それで言うと、お嬢の方が危ないかな。今まで天才発明家とか言われて調子に乗ってたのに、いきなり自分の世界よりもはるかに進んだ機械文明を見せられちゃったんだから」 それは確かに、あるのかもしれない。シュマイトが壱番世界で平然とパソコンを使いこなしているのは見たことがあるが、その時に何を思っていたのかは分からない。 サシャが考え始めた向かいで、ハイユは小銭を置いて席から立ち上がる。 「じゃ、先に行くわ」 「はい、また今度」 ハイユは酒の紙袋を手にデパートの入り口へと戻って行った。その頭上には「屋上・ビアガーデン」の垂れ幕がかかっている。念のため、サシャは素早く会計を済ませてハイユを追い、確認した。 「ハイユ様、これからどちらへ?」 「醒めてきたから迎え酒」 「帰りましょう」 夏物ティーセットよりは安い額だ。すぐに馬車を借りて、シュマイトちゃんのお屋敷まで連れて行こう。とサシャは決意した。
【終】 |
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謝辞
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| ハイユ・ティップラル(cxda9871) 2012-08-11(土) 23:53 |
サシャさん、ご出演ありがとうございました。 |
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