ライター名葛城 温子 ライターIDwbvv5374
メッセージお世話になりました。
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たくさんの方にお世話になり、ありがとうございました。
物語の楽しみを、また一つ、教えて頂きました。

またいつかお会いできますように。
お元気で。

【最後の遊園地】夢

 もう、それほど長くないとわかっていた。
 病室の窓を開け放すと強く咳き込む。名前の由来ともなった白い髭もそり落とされて、口元がなおさら頼りない。
「……保たなかった、か…」
 呟く声が白い天井に吸い込まれる。
 さっき経営陣の一人がやってきて告げた。
 遊園地は閉園した、と。
 観覧車、ジェットコースター、回転木馬、お化け屋敷、ミラーメイズ、コーヒーカップ、バイキング、ゴーカート、射的場、チェーンタワー……他に食堂、売店、花壇に囲まれた噴水がある。トイレも4カ所、休憩のためのベンチは20カ所、チケット売り場も各ブースの他に2カ所、入ってすぐのイベント会場ではキャラクター・ショーや手品、アクロバットなども見せていた。交通手段も駅から5分、バス停留所から3分と悪くない。
 けれど、決め手、いわゆる目玉商品というものがなかった。
 そこそこにいろいろあるけれど、どうしてもここに来たいと思わせるものがないのは致命的、経営陣はそう判断した。
 病魔に倒れ、後継者を育て切れなかったのも事態を悪化させた。
 彼とともに遊園地を愛してくれた経理担当が、白髭園長の病室を訪れなくなって、どれほどたったのだろう。
 田舎へ帰った、そう聞いた。
「……っ」
 今さらながら虚しく侘しい想いが広がる。
 もう少し何とかできなかったのか。
 もう少し工夫が凝らせなかったのか。 
「……もう、少し」
 お客が来てくれていたなら。
 眉を寄せて目を閉じる。
 病床につきつつも、何度も夢見た。
 あの遊園地にやってくる様々のお客が、アトラクションの新しい工夫に驚き喜び感動し、疲れ切りへたった心に気力を甦らせ、遊園地が厳しい生活のささやかな慰めとなり、見失った航路となり、辛い経験を豊かな試練に生まれ変わらせてくれることを。
 けれど現実はどうだ。
 自分はこんなところで病に倒れ、後数ヶ月ももたない命を惨めに浪費しているまま、あれほど愛し、育て、守ってきた遊園地は、支えてくれたお客にさほどの恩返しもできないまま潰されていく。
 苦しさに体を起こして、ベッドの上から窓を引き開けた。
 眼下に広がる人の気配のない、赤錆の浮いたアトラクションが恐竜の化石のように散らばる光景、紅の夕焼けに伸びて重なる影がおどろおどろしく互いを蝕み合うような園内で、枯れた噴水が干涸び、壊れたベンチがきしみ、破れた幟や売店の天蓋がぶぶぶと不気味な音をたてるその世界。
 惨い。
 視界が眩み、悔しさに唇を噛んで俯く……。


「っ!」
 強く息を吐いて目を開けた。
 溢れた涙が新たに頬を伝い、はっとして触れると顔がべたべたに濡れていた。気恥ずかしくて、のろのろと片手で拭う。
「夢か…」
 最近体力がなくなったせいか、ちょっとした間に眠り込み意識を失う。
 手に握りしめていた携帯に目を落とし、もう一度送られて来た画像を再生する。
『見えますか、白髭園長! 今日も大入り満員ですよ!』
 叫ぶ黒髭園長、かつての経理担当の後ろから従業員が歓声を上げて拳を突き上げる。続いて画像は園内を走り回る子ども達に切り替わる。色鮮やかな花壇、寄り添い歩く噴水前の恋人達、はしゃぐ人々が列をなし、ジェットコースターが駆け、観覧車が空を往き、回転木馬が踊り、コーヒーカップが回り、チェーンタワーが風を巻いている。
『新たな従業員も増えました! 覚えてますか、隣の空き地、ついにあそこに広げましたよ!』
 楽しげに誇らしげに報告する黒髭園長、画像はクレーンとトラック行き交う光景を捉える。
『体験型アトラクションを増やします! レスキュー0999! 災害に襲われた街から皆で協力しあって脱出したり、続発する大きな事故を助け合って切り抜けるんです! 例の』
 黒髭園長がいたずらっぽくウィンクする。
『不思議なお客達がまた楽しんでくれるといいんですが!』
「……ああ、そうだな」
 彼らには本当に助けられた。どこの世界の誰であろうとも構うものか。一緒に遊園地で楽しんでくれた、それだけで彼らは最上のお客だ。
「…すば……ら…しい……お客…さま……達だっ……」
 再び眠気が襲ってきた。
 今度は堪え切れないほど強烈だ。
 白髭園長の手から携帯が転がり落ちる。
 深く安らかな闇が両手を広げて待ち構えている。
 懐かしい顔が二つ、振り向いて園長を見つけてくれた。
(おかえり)(おかえりなさい、おとうさん!)
 変わらぬ笑顔がもう一つ。
(おかえりなさい……あなた)
 ああ、待っていてくれたのか。
 随分待たせてしまったな。
 でも、もう大丈夫だ。
(ただいま)
 
 白髭園長は微笑していた。
 

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