ヴォロスにはシャハル王国という国がある。 この国は竜刻の影響で植物がよく育ち、冬でも花が咲く。薬草なども豊富であり、薬草の薬効の調査や新しい薬の研究なども行われているらしい。 先日、この地を訪れた福増 在利とシャニア・ライズンは、王都で行われている研究についての噂を手に入れていた。 「こういう土地だからこの国では植物学者や薬師が多いんだけどね、数年前から優秀な薬師が秘密裏に集められたり、国が孤児を引き取ったり身寄りのない人を保護するといって王都近隣の街や村に連れて行っているっていう噂がチラホラあってね。まあ噂が噂を呼んで、新しい薬の被験体にしているんじゃないかーとかいう噂が出てきているのよ」 話してくれたおばさんはこの噂を信じていないようで一笑に付してしまったが、気になる噂ではある。 元々在利が持病を治す薬があるかもしれないと、シャハル王国への調査を望んだのは噂を聞いたからだった。 しかしもしこの噂が本当だとしたら? 細胞を活性化させる薬の研究がされているという噂も本当かもしれない。 在利は、危険が伴うとわかっていても、その噂の真相に迫りたかった。本当にそんな薬の研究が行われているなら……。「この前と比べたら、多分、かなり危険があるとは思います。それでも、よかったら―――」 遠慮がちに、だが真摯な瞳で在利が誘ったのは前回と同じくシャニアだ。シャニアは声をかけてもらえたことが嬉しいのか、ぱちんとウインクをして。「いいのよ、在利君の頼みなら頑張っちゃうんだから♪」「……ありがとうございます」 照れたように、そして感動したように礼を述べた在利。 そして二人は王都・ネスを訪れたのだった。 *-*-* そこは王都というだけあって、人も物もたくさん集まっている場所だった。 石造りの建物が多く、王都の中心には王宮があり、その王宮を取り囲むように四方にそれぞれ1つずつ庭園がある。 北にはリンデンの庭園、南には薔薇の庭園、東には蒼の庭園、西には夢見草(ゆめみぐさ)の庭園。 この4つの庭園は時期にもよるが、度々一般開放されていて、植物を愛する人々や花を描く人々などが訪れているようだった。「在利君、どうする? さすがにいきなり王城に乗り込むのは無理だと思うけれど」「そうですね……地道に話を聞いて回る、のも危険でしょうか?」 シャニアの問いに首を傾げるようにして悩む在利。もしも『細胞を活性化させる薬』の研究が秘密裏に行われているものだったら、ぺらぺらとそれを口にして聴きこむのは危険が伴うかもしれない。 と、これからどうしようか迷ってまちなかで立ち往生していたその時。「お嬢さんたち、王都は初めてかな?」「「え?」」 声を掛けてきたのはフードを被った旅人風の青年。フードから零れる金色の髪は、太陽の光を反射させてキラキラと輝いている。 どうやら悪い人では無さそうだ。というか。(……どこかで会ったような……?) 在利の脳裏に既視感がよぎる。どこかでこんな人を見たような気がするのだ。「どこに行くか迷っているようなら案内するぞ?」 顔ははっきりとは見えぬが、どうやら迷っている二人を見かねて声を掛けてきてくれたことはわかった。フードの下から覗くその目は曇りなく親切心に満ちていて、危害を加えるつもりがあるようにも見えない。「ああ、いくらなんでも警戒するか。俺はラグ。こう見えて王都には詳しいんだ」 そう言って男はフードを取り外した。こぼれ出ていた金髪は長い前髪だったようで、後ろ髪はひとつ三つ編みにくくっている。年齢は20代後半だろうか。背が高く、そこそこ筋肉質そうだった。「えっと……」 どうしようか。在利とシャニアは顔を見合わせた。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>福増 在利(ctsw7326)シャニア・ライズン(cshd3688)=========
シャハル王国の王都・ネスにて今後の方針を話し合っていた福増 在利とシャニア・ライズンに声を掛けてきたのは金髪の青年だった。二人が困っていると思ったのだろう、良ければ案内すると声を掛けてきた彼はラグと名乗った。 (彼は確か……ラグさんはルルヤニで菖蒲さんを保護してた旅人ですかね) 在利にはそのフード姿と溢れる金髪に見覚えがあった。だがあの時在利とラグは直接会ってはいないはず。在利は菖蒲を驚かせない様に隠れて様子をうかがっていたからだ。在利はそっとシャニアの耳に口元を寄せ、そのことをささやいて知らせる。向こうには在利の顔は知れていないはずだから、初対面のふりをする、とも。 「案内はどうする? あたし達王都のこと、何もわからないし……」 「そうですね、シャニアさんがいるとは言えやっぱり2人じゃ心細いですし、それに情報も何もないですし……目を見る限り信頼できそうですし、ラグさんに案内してもらいたいです」 「じゃあお願いしましょう」 二人が小声で話し合っている間、ラグは静かにそれを見守っていた。初対面の男が声を掛けてきたら警戒するのは当たり前だろうし、いきなり案内すると言われたのだから二人の間で意思疎通を図る必要が出てくるだろうことをわかっているようだった。無闇に急かすような真似はしないし、話に割って入ってくる様子もない。ただ、話に集中している二人を見る瞳が少し……鋭くなっていた事に、二人は気がついていなかった。 「それじゃあ、お願いできますか? 宜しく、ラグさん」 「お、話がまとまったようだな。任せてくれ」 シャニアが在利からラグへと視線を移すと、一瞬にしてラグは笑顔を浮かべ、歓迎の意を示した。だから気が付かなかった。二人をじっと見ていた時の彼の瞳に。 お互い自己紹介を終えると、ラグは指折り数えるようにして。 「何を見たい? 旨い食べ物か? 土産物か? 何を目当てにしてきたかによって案内する先も異なるが」 「あたしは王都の有名所を回ってみたいけれど……」 シャニアは、つ、と隣の在利へと視線を移す。すると在利は少し躊躇った様子を見せてから、口を開いた。 「あの。この国では、薬の研究が進められていると聞いたんですが」 「ああ。竜刻のおかげで植物の種類も豊富だし、時期を待たずに手に入るからな、薬効の研究は盛んだ」 「僕も薬師でして、この国で新薬の発見や、新薬開発のヒントになるような物を見つけれたら良いな、と思ってやってきたんです」 「ほう。そっちのお嬢さんも薬師なのか?」 ただの薬師ならば、薬の研究も盛んに行われているこの国に来るのも不思議ではない、ラグは頷いてシャニアにも視線を移した。シャニアはううん、と首を振って。 「あたしは彼の助手兼護衛なの。どこも何かと物騒でしょ? 一人で旅をするのは危ないと思って」 「なるほどな。たしかにこの国も安全なところばかりじゃない。残念ながらな」 じゃあ少し歩こう、彼はそう言って二人を混雑から守るようにして導いていく。シャニアは少しでも在利の手助けになろうと、質問を繰り出す。 「そう言えば、王様とか、王城の人達ってどんな方なのかしら? 簡単には会えなさそうだけど、王都に来たのなら知っておいた方が良いと思って」 「うん? 王様か。そうだな……普通の人だと思うが」 「え?」 「え……一国を統べる方が普通の方、ですか?」 返ってきた言葉に驚いて、シャニアも在利も声を上げた。こういう場合は誰が聞いているのかわからないこともあって、そこそこ褒めるものではないのか。 「ん、なにか変だっただろうか。ああ……民の評判自体はそれほど悪くはないはずだ。後は……そうだな、国王は未婚のため、事あるごとに臣下に結婚を勧められて困っているらしいな。無駄な相続争いを起こさぬため、跡継ぎをきちんと定めておくのも国王の仕事だしな」 「なるほど。どこにでもあるのね、跡継ぎをめぐるいざこざって」 「そうだな。城内では王がこのまま結婚しなかった時のことも考えて、なくなった王弟の息子……王の甥につこうと考えている者も少なくないと聞く」 「早すぎるんじゃない? ああ、でも王様が結婚なさっても子どもが生まれるとは限らないから、早すぎるってことはないのかしら」 シャニアはラグから聞き出したことをメモしていく。在利はそのやり取りを聞いて、ふと思うところがあった。 (ラグさん、王都に詳しいって言ってましたし、ご主人様って言われてましたし、貴族の方なのかな。王城内の事に詳しそうだし……) もしかしたら王の結婚云々は庶民も知るところなのかもしれない。けれども派閥云々については少なくとも庶民には今のところ害も利益もないことのように思える。ということは、ラグもそこそこ良い身分に違いなかった。 (密偵とかじゃないですよね……ご主人様、ですし。薬の研究所に、推薦できるような人ならそのことを頼んでみたいけど、流石にそんな都合のいい話ないよね……) 確かにラグにつてがあるなら頼めれば話が早い。けれどもそんなに都合のいい話はそうそう転がっていない。転がっていたとしたら、何らかの罠である可能性も高いのだ。 「このあたりが薬やハーブを扱っている界隈だな」 物思いに沈んでいた在利は、ラグの声にはっとなる。考え事をしながら彼について歩いてきたら、いつの間にかたどり着いていたようだった。 「在利君、大丈夫?」 シャニアが心配そうに在利の顔を覗き込む。ちょっと考え事をしていて、と在利は笑ってごまかして並んでいる店に目を向けた。 石造りの建物が並ぶその界隈には、花や葉、薬を描いた看板が多い。ちょっとウィンドウ越しに覗いてみれば、そこはハーブ屋のようだった。様々なドライハーブが店内で逆さに吊るされている。その隣の店からはハーブティの香りが漂ってきた。 ハーブ系の店の向かいには薬を表す看板が多く、在利はそちらに惹かれた。 「少し、見て回ってもいいですか?」 職業柄とでも言うのだろうか、見知らぬ薬や薬草にはやはり興味がむくむくと湧いてきて。遠慮がちではあるがやや興奮気味に在利が告げると。 「もちろんよ!」 「そのために案内してきたんだ。好きなだけ見ていってくれ」 シャニアとラグは微笑ましいものを見るように優しく笑ってくれた。在利はその言葉に甘えてたたたっと小走りで向かい側の店へと近づいた。その後ろをシャニアとラグがついてくる。 「このお店は、薬草の知識がなくても使用出来るようにして薬を売っていますね。一般の方たちもよく使われているのではないでしょうか」 「そうだな。子どもが怪我をした、旦那が腹を下した……そんな風に駆け込むご婦人方をよく見かけるな」 ラグの同意を得て、在利はその店には入らずに隣の小さな店へと移動した。こちらはただでさえ狭い店内にところ狭しと置かれた瓶や壺、薬包が置かれている。説明書きもあまり置かれていないことから、玄人向けの店だと知れた。 「こちらのお店の方が専門的ですね。僕の知らない薬草もあります」 在利はシャハル王国の薬草をいくらか知っていた。キャラバンに同道した時に教えてもらったものもあるし、この間訪れた時に見たものもある。けれどもさすがは王都。まだこんなに知らない薬草があるとは。在利はその小さな店へと足を踏み入れた。 「いらっしゃい。おや、珍しいお客さんだ」 薬草に埋もれるようにして店番をしていた老婆が顔を上げる。老婆は在利とシャニアを見て、皺の多いその顔に笑顔を浮かべて更に皺を作った。そしてラグを見て。 「おやラグ様……またお付きをまいたのかい」 「その呼び方はやめてくれ、ニルギ婆」 「お知り合いですか?」 どうやら二人は知り合いだったようで、驚いたように見つめる在利とシャニアに対し、ラグは頭を掻いた。 「昔の知り合いでね」 「こーんなちっこいころから知っておるよ」 対するニルギ婆は親指と人差し指で『ちっこさ』を表してみせた。いくらなんでもそんなに小さかった頃というのはあれなので、誇大な比喩だと思っておくのがいい。 「小さい頃のラグ様は薬がお嫌いでのう……飲ませるのに侍女数人がかりで……」 「はいはい、そのくらいにしておいてくれ。今日はお客さんを連れているんだ」 長い昔話が始まりそうな気配を察したラグが、在利たちに配慮してか始まる前に遮る。もしかしたら、恥ずかしい昔話を聞かれたくなかっただけかもしれないが。 「そうじゃったそうじゃった。可愛いお坊ちゃんとお嬢ちゃん、何をお求めかね?」 「あ、あの、聞きたいことが……」 在利は知らない薬草を一つ一つ指さして、名前や薬効を尋ねている。シャニアはそれを後ろでメモしながら、ふと思った。 (このお婆さん、在利君の性別間違えなかったわ……年の功というやつかしら) ラグはといえば、店外から覗いた時死角になる場所に丸椅子を動かして、そこに腰を掛けていた。 (あら……? なんで) シャニアはラグのその表情が気になり、思わず視線を止めた。 (何でラグさんはあんなに厳しい瞳で在利君を見ているのかしら?) 彼の表情はシャニアたちに相対する時のラグのものとは違って、硬いものになっていた。その鋭い視線は、まるで在利を検分しているようにみえるとシャニアは感じた。 「僕はこんな薬を作っているんです」 在利は荷物から実際に薬を取り出し、一つ一つ効果を説明しながらニルギ婆に見せていく。ニルギ婆も面白いねぇと言いながら、薬の入った小瓶を見ていた。 「新薬開発のヒントを求めてやってきたらしい」 と、突然にラグが口を挟んだ。 「は、はい、そうなんです」 「新薬開発ねぇ……新しい薬を開発して、地位や名声を得たいのかね?」 「いえ、違います!」 在利の薬瓶をふるふると振ってみたりしながら発せられたニルギ婆の言葉に、在利は大きくかぶりを振った。そして一瞬躊躇った後に、口を開く。 「……故郷に、原因不明の不治の病にかかってしまった双子の妹がいて。でも、それを治せる薬を作りたいんです」 「ほう」 本当は在利自身の話だが、病人が元気に動けるというのも事実であるがおかしいので、妹の話として聴かせることにしたのだ。するとニルギ婆が興味深そうに瞳を見開いた。 「ほう……原因不明の不治の病のう。詳しく症状を話すことはできるかい? 無理にとは言わぬが……もしかしたらここにある薬草が役に立てるかもしれぬ」 「はい、お気遣いありがとうございます。大丈夫ですよ」 笑んで、在利は口にする。成長に従い、細胞が徐々に死滅していく恐ろしい病のことを。肺付近と手足の末端化に進行していく病を。病に苛まれ、だんだんと自分の体が死滅していくという恐怖、不治の病と告げられた時の絶望を思い出して。 「……在利君」 シャニアがそっと、在利の手を握ってくれた。 「……大丈夫ですよ、シャニアさん」 手は、少し震えていただろうか。 シャニアについてきてもらったけれど、迷惑はかけられない。一人で来るべきだったか……そう思ったりもした。だが、いま手から伝わる温もりを感じると、ついてきてもらってよかった、そう思える。 彼女がそばに居てくれると、こんなにも心強いのだと思い知らされた気がした。 「細胞の死滅、のう……」 ニルギ婆は在利の震える手とそれを支えるシャニアを見ないふりをして、ラグへと視線を移した。ラグはというと、硬い表情のまま腕を組んで目を閉じている。 「残念ながら、そこまで強い効果を表す薬は……いや、あるにはあるんじゃが、お坊ちゃんの妹御の病に効きそうな薬はこの店にはないのぅ」 「……そうですか」 「ただ」 「「ただ?」」 ニルギ婆の言葉に、在利だけでなくシャニアも聞き返した。何か少しでも情報があるなら、得て帰りたい。その思いが強い。 「ラグ様、この二人に教えてもいいかのう?」 「「?」」 なぜここでラグが出てくるのだろう。二人はニルギ婆とラグの顔を交互に見やって首を傾げる。 「ニルギ婆の勘はなんと告げている?」 「わしは安全だと思うがの……」 「だが、この二人はなにか隠し事をしている。違うか?」 パチッと目を見開いたラグ。彼はじっと在利とシャニアを見ている。ふたりは何を話しているのだろう、けれども在利は病気のことを妹の話だと偽ってしまったこと、そしてロストナンバーというシャニアと自身の存在を隠していることもあって、隠し事をしていると言われても否定出来ない。 「俺だって人を見る目はあると自負している。だが、隠し事をしている者を完全に信用することは出来ない」 「ラグ様はもっともなことをおっしゃっているのはわかるがの……人には隠し事のひとつやふたつ、あるじゃろう。ほれ、お前さんにも」 「そうよ! ラグさん、深い所まで知ってる様だけど、ひょっとして御偉い様? あたしたち、あなたのこと何も知らないわ」 なぜ自分達ばかり隠し事を咎められなければならないのか。シャニアが声を上げる。『様』付けで呼ばれていることから身分は窺えたが、はっきりとその口から聞いたわけではない。 「……そうだな。フェアじゃなかった。そこは詫びよう」 一触即発に進展するか……在利はドキドキしながら展開を見守っていた。もし何かあったらシャニアを止めようとも思っていた。けれどもラグは小さく息をつき、緊張していた肩を緩めた。 「ラグ様もお坊ちゃんとお嬢ちゃんを信用しておらぬわけではないのだよ。ただ、守らなければならぬものが人より多いだけなのさ。むしろ、誰よりもお坊ちゃんの気持ちがわかるのはラグ様じゃないかのう」 「ニルギ婆」 咎めるように鋭い声をラグは発した。そして椅子から立ち上がり、在利とシャニアの前まで歩いてくる。彼からは、なんだかオーラのような威圧感のようなものを感じた。 「俺の名前はラグラトリアス。長いんで、今までどおりラグと呼んでくれ。俺は、王城――ネス城の地下で行われているとある薬の研究に携わる立場にある」 「! まさか!」 がたり、身体を揺らした在利は、テーブルにぶつかってしまった。その拍子に持ってきた薬瓶が倒れて床に落ち、破片を散らしたがそれよりも今は。 「研究中の薬は『細胞を活性化させる薬』だ。ただし、すでに死滅してしまった細胞に効くかどうかは、まだわからない」 「その、その研究所に連れて行ってもらうわけには……!」 在利はラグに縋りつかんばかりにその答えを求める。 「在利君……」 その必死さが辛さの裏返しに思えて、シャニアは在利の肩を後ろから抱きしめるようにした。 「……国家単位で秘匿されている研究だ。そう簡単に連れて行くことは出来ない。ただ……俺の推挙があれば別だ」 「!」 「在利、さっきの病の話に偽りはないか? 全て真実だと信じていいのか?」 「それは……」 ラグの真っ直ぐな瞳、それを受けきれなくて在利は視線を移した。シャニアも在利の首に回した腕をほどいて、彼の顔を覗き込む。 「在利君……」 「……シャニアさん……」 病の患者が在利自身であると告げれば、なぜ自由に元気に動けるのか、そういぶかしがられるだろう。ラグをうまく誤魔化すことができるとも思えない。彼からはそんな威圧感と鋭さを感じる。 「……」 「……、……」 二人共、すぐに結論を出すことは出来なかった。研究所に行きたい気持ちは誰よりもあるのだが、ロストナンバーであることを話すのは……。 「すぐに結論が出せないのなら、後日でもいい。俺は、二人を信じている。だが、簡単に研究所に入れるわけにはいかない。それはわかってくれ」 ラグは最初の頃のような柔らかい表情に戻って、困ったように笑った。きっと今までも研究を狙うスパイなどがいたのだろう。国家機密なら警戒するのはよく分かる。なぜだか分からないが、ラグが二人を信じてくれた、それだけでも大変な進歩なのだ。 「……わかりました。返事は後日にさせてください」 「このお店に来れば、ラグさんと会えるかしら?」 「ああ、ラグ様を呼んであげるよ」 ニルギ婆との約束を取り付けて、二人は店から出た。名残惜しそうに、一度振り返ってまた歩き出す。 「どうしようか……」 「どうしようかしらね」 せっかく掴んだ大きなチャンス、どうしたら活かせるのか、それが問題だった。 【了】
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