先日、夢浮橋を訪れたロストナンバー達の何人かは謎の勾玉を発見していた。勾玉は白く、今のところ何でできているのか、なぜその場に落ちていたのかわからないという。 華月はその時左大臣邸を訪れていたが、勾玉を発見することが出来なかった。(もしかしたら、左大臣邸にもあるかもしれないわ) どうしても左大臣邸で勾玉を見つけられなかったことが気にかかっていた華月は、ひとり、夢浮橋へと向かった。 目指すは左大臣邸。 できれば会いたい人もそこにいた。 *-*-* 再び訪れた左大臣邸。取り次ぎにでてきた女房も華月の顔を覚えたのか、最初ほど邪険には扱われなかった。けれども。「鷹頼様はただいまご出仕中でございます」「あ……」 そう言われてしまっては二の句が繋げず、どうしていいのか迷う。帰ってくるまで待たせてください、そう言えればよかったのだが……。「あの、その……」 女房も気をきかせればいいのに、じっと華月の様子をうかがっている。何度も訪ねてきて、鷹頼が人払いをして内密の話をする相手である女陰陽師に興味津津のようだ。困って視線を女房の後ろに向ければ、数人の女房が覗いていることに気がついた。(え、と……) 注目されると困る。華月はどうしよう、どうしようと心の中で迷った。口元に手を当ててきゅっと瞳を閉じたその時。「ただいま帰った……ん? 華月か?」「鷹頼さん!」 その声を間違えるはずはない。華月は聞き覚えのある声にほっと胸をなでおろして振り返った。予想通り、そこには出仕用の改まった格好をした鷹頼が立っていた。「おかえりなさいませ、若君」 女房達が慌てて頭を下げる。鷹頼は華月と女房達を見比べて。「俺への客だろう? 何故通しておかない?」「も、申し訳ありません」 更に低く頭を下げる女房にそれ以上の追求をせず、鷹頼は華月の横を通り抜けて廊下へと上がり、振り返った。「華月、俺に用なのだろう? こちらへ」「あ、はい……」 ぺこり、女房に頭を下げて華月は鷹頼の後を追って廊下へと上がった。彼が歩む後ろをそっとついていく。(鷹頼さんが帰ってきてくれて、良かったわ……) 待たせてくださいとも日を改めますとも言えなかったので、本当に助かった。「……ありがとう……」 広い背中へ向けて小さく告げる。「気にするな」 一言だけの、飾り気のない返答が心地よかった。 *-*-*「……というわけなの」「ふむ……」 以前訪れた時に、他の仲間が他の場所で怪しげな勾玉を発見していたこと。けれどもここ、左大臣邸ではまだ勾玉を見つけられていないこと。それが気になって再び訪れたことを着替えを済ませた鷹頼に告げる。考えるように黙り込んだ鷹頼をおずおずと見上げて華月は返答を待った。「怨霊や物の怪の出た九カ所のうちの何箇所からか勾玉が見つかった、か……探してみるか?」「い、いいの? じゃあ、怨霊の出た場所を教え……」「行こう」 華月が言い終わる前に、鷹頼は脇息から肘を上げて、すっくと立ち上がる。場所だけ教えて貰うつもりだった華月はとっさに反応できず、鷹頼が几帳をのけて廊下に出ようとするまで座ったままの体勢でいた。「行かないのか?」「ば、場所さえ教えてもらえれば、私一人でも……」「また女房達にいじわるされたいのか?」「……、……」 足を止めて振り返った鷹頼に問われ、華月は慌てて立ち上がる。左大臣の息子、頭中将を何度も訪ねてくるなんてどんな関係なのだろう、好奇心に満ちた視線は感じていたが、そうか、あれには意地悪の一種的な意味もあったのか。 黙り込んだ華月の様子を見て察したのか、鷹頼は歩み出す。彼は華月を女房の視線から守ってくれるつもりなのだろう。共に庭を散策していたら別種の視線を向けられそうな気はするが……華月は黙って鷹頼の背中を追った。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>華月(cade5246)=========
庭へ降りた華月と鷹頼。先導する鷹頼に置いていかれないように華月が小走りになると、それに気がついたのか鷹頼の足を運ぶ速度が落ちた。 彼は何も言わない、だから華月も何も言わずに彼から半歩下がった隣を歩く。 「……」 視線を感じてチラッと屋敷の方に視線を向ければ、渡殿にいた女房はさっと視線を逸らし、ある女房は几帳の影に隠れ、ある者は御簾の向こうで顔を逸らした。 (……やっぱり見られてるわ) 鷹頼は見られることに慣れているのだろう、そっと見あげれば何事もないような顔をしている。だが華月はどうもそわそわしてしまうのだ。 (駄目。意識を切り替えなきゃ。ここに来たのは何のため?) 自分自身に問い、言い聞かせる。 「華月」 呼びかけられて何故か心臓が跳ねた。応えようと顔を上げたのだが、その瞬間華月の視界を締めたのは庭の光景ではなく一面土塗りの――壁。 「きゃっ!?」 咄嗟に悲鳴は出たが、前へ進もうとしていた身体は止まってくれない。ぶつかる――目を閉じた。 「華月!」 だが一拍後に訪れるべき痛みは訪れなかった。代わりに痛いほどに強く腕を引かれ、傾いた身体は良い香りのする衣に受け止められて。 ぽす……そんな音を立てて華月の身体が自分の意志によらず辿り着いたのは――。 「大丈夫か?」 おかしい、斜め前にいたはずの鷹頼の声が上から振ってくる。 (ああ、この香りは鷹頼さんのお部屋で嗅いだ……!?) ぶつからなくて済んだ安堵が華月を襲い、事態を理解するまでに時間を要した。 そう、華月は鷹頼の香りに包まれていた。何という香りなのか名前は分からないが、つい先程嗅いだばかりだからそれはわかる。 「え、鷹頼さ……」 上を向いてみれば、馬に乗った時のように近くにある彼の顔。漸く彼が腕を引いて助けてくれたので壁にぶつからないで済んだのだと気がついた。自問自答して言い聞かせているうちに前方への注意が疎かになってしまっていたようだ。 「何を考えていたんだ?」 「……調査を頑張らないと、って……」 「ふっ……相変わらず真面目だな。だが前はきちんと見ておいたほうがいい」 腕の中で赤くなって俯く華月を見て鷹頼は軽く笑う。だが、離してくれる気配はない。 「あ、の……鷹頼さん……」 「ん?」 「このまま、じゃ、調査が……」 「ああ」 告げれば案外あっさりと離してもらえて。彼が真面目な人だと知っているからこそ、一体この人は自分をどう思っているのだろう、そんな思いがよぎった後首を傾げる。 (……? 私は何でこんなことを……) 「華月、ここを曲がればすぐだ」 「あ、はいっ……」 また考えこみそうになったところを引き戻されて、華月は鷹頼の後を追う。先ほどの出来事を屋敷から見ていた女房たちが小声で何か噂しあっているのは聞こえないふりをした。 *-*-* 「この辺りで怨霊と対峙した。今は一見その痕跡はないが……華月にはわかるか?」 「……少しだけ、異質な気配の残滓のようなものを感じるわ」 連れて来られた場所が女房達より下働きの者が多い場所に近い所だったおかげもあって、華月は調査に集中することができていた。……いや、厳密に言えば、隣にいる鷹頼のことがなんだか気にかかって仕方がないのだが、そちらは原因不明なので対処できないでいた。 「この躑躅の木の奥に行ってもいいかしら?」 「構わないが、枝に引っ掛けて怪我をするなよ。抱き上げようか?」 「え、遠慮しておくわっ……」 その心遣いは不意打ちで、かああっと顔に朱が走るのを感じた。そうか、と短く答えた鷹頼は特に気を悪くした様子はなく、躑躅の低木を眺めていた。 「こちらからなら入りやすいだろう」 手招く鷹頼に従って躑躅と、敷地を取り囲む土塀の間の隙間へと身を運ぶ華月。 (地中に埋め込まれているのかしら) そっとしゃがみこんで、地を這うようにしながらそれらしき箇所を探す。見つけたいのは白い勾玉。 白い指先を土で汚すのを躊躇わずに華月は地面を触る。埋めたとしたら掘り返した跡があるはずだ。だが、それらしき場所はなく、焦りが募る。 (なぜ見つからないの? ここにはないの?) 心が落ち込みそうになったその時。 さわり……強い風が下草を揺らして、きらり……差し込んだ陽の光が何かを照らした。 「あっ!」 逃げはしないだろうと解っていたのに、反射的に膝をついてその光に飛び込む。 「華月?」 心配そうに鷹頼が躑躅の木の向こうから覗き込んでいた。華月は顔を上げて、彼に自然、微笑みかける。 「見つけたわっ……」 華月の手の中には、白い勾玉が一つ入っていた。 鷹頼の手を借りて庭へと戻った華月は、早速勾玉に神経を集中させた。確かに陰なる力の残滓は感じられる。けれどもそれは既に消え去ろうとしていた。 「この勾玉には、もう悪い力が残っていないみたい。ねえ鷹頼さん。怨霊が現れた日、この屋敷を訪れた人物がいたか教えて欲しいのだけれど」 その中で気になる人がいれば教えてほしいと告げると、鷹頼は少し考えて。 「あの日は特に来客はなかったはずだ。まあ、野菜売りや魚売りの配達とかは除くが」 「そう……」 「勾玉を持ち込んだ者がいると考えているのだな?」 こくり、華月は頷いて。出来れば他に怨霊・物の怪が現れた場所でもそれらが現れる以前にその場所を訪れた人の確認を行いたいと告げた。しかし鷹頼は難しそうな表情を見せた。 「場所によるが、難しい場所もあるだろうな。それに必ずしもその家を訪れる必要はあるまい」 「え?」 「勾玉を敷地内に置くだけならば、塀の向こうから放ればいいのではないか?」 「あっ……」 確かに勾玉は塀からそんなに離れた場所に落ちていなかった。それは他の人に見つからないようにするためだと思っていたが、鷹頼の言うような意味を持っていたとしたら? 「確かに、それならすべての場所に本人が侵入する必要はないんだわ……」 目から鱗が落ちた思いがして、華月は感謝しつつ鷹頼を見た。 「少しは役に立てたか?」 「ええ。とても。後は……勾玉が普段から呪術に使われているのか、詳しい人に聞きたいのだけれど……」 「それについてはお前自身の方が詳しいのではないか、陰陽師殿?」 含みのある言い方をされ、華月の背中に嫌な汗が走る。そういえば、まだ陰陽師を騙っていることを釈明できていなかった。尤も、鷹頼はだいぶ前から気がついているようではある。 (どうしよう……今ここで言ってしまっていいのかしら。でもそれだと、本当は何者かまだ話さないといけなくなるわ、きっと) ぐるぐるぐる。頭の中に考えが回る。答えはすぐには出せそうにない。 ぽん。 大きな掌が華月の頭に載せられた、そして優しくその艶やかな黒髪を撫でる。 「意地悪が過ぎたな。お抱えの香術師を呼びに行かせよう」 近くにいた下働きの者を呼んで命ずる鷹頼の後ろ姿を見て、華月は小さく呟いた。 「……ありがとう。いつか、きちんと話すから」 *-*-* 左大臣お抱えの香術師によれば勾玉は古来より神具として扱われていて、陰陽師や僧侶などはたまに身につけることがあるらしい。中には呪術を行使する際の守りとして身に付けるものもいるらしいとの事だった。だが、今回はその使用法だとは考えにくい。 「少し考えるのをやめたほうがいい。思いつめていては気がつけることに気がつけないままだ」 鷹頼の勧めで華月は左大臣家に幾つかある庭園を案内してもらうことになった。 庭園はどれも手が行き届いていて、季節の花が咲き誇っていた。浅い池の近くには禊萩が沢山の花を咲かせていて、華月は思わず目を細めた。 「禊萩が気に入ったのか?」 「……どれも素敵で、趣味の銀細工作りに今後生かせそうだと思って」 「ほう、銀細工作りが趣味とは……意外だな。いや、逆か。お前によく似合っているかもしれない」 そうかしら、首を傾げると彼は「魔を打ち祓う者が作った魔を退ける銀とはきっと素晴らしいものだ」と華月を見て真剣に告げた。 「あちらには、女郎花が咲いている。待宵草もたしかあった」 「詳しいのね。鷹頼さんはお花が好きなの?」 「好きというより教養として覚えこんだというのが正しいな。風情がなくてすまん」 鷹頼は女郎花の前に座り込み、ぽつり、歌を紡ぐ。 手にとれば袖さへ匂ふ女郎花 この白露に散らまく惜しも 「古い歌だ」 歌の引用も貴族としての知識を競う部分。華月にはまだあまり良くわからないが、鷹頼は知識も教養も兼ね備えているのだろう、それだけは分かった。 「鷹頼さんの趣味は何?」 「俺か? 舞や笛、琵琶の演奏もするぞ。後は弓か」 「! わた、私も、横笛と舞が得意なのっ……」 思わず上気した顔で鷹頼を見つめる華月。自分の得意なことが相手の好きなことである、それがとても嬉しくて。 「ならば、今度是非披露してくれ」 「……鷹頼さんも見せてくれる?」 「勿論だ」 間髪入れずに返ってきた強い答えと嬉しそうに微笑む彼の表情が自分に向けられている、それがなんだか嬉しくて。足取りが軽くなる。 だが、そんな華月を現実に引き戻したのは、女房達の視線だった。 (鷹頼さんは21歳。年齢的に考えて、鷹頼さんにも北の方がいるのかもしれないわ) 心の何処かが気が付きたくなかったと言っている。 (どうして今まで考えなかったのかしら。私が何度も鷹頼さんと接触する事で、その人が嫌な思いをするかもしれないわね) 女房達の意地悪は、北の方のためだったのかもしれない。そう考え始めると、気持ちはずんずんと沈んでゆく。 「どうした、華月」 急に顔を伏せた彼女を心配するように掛けられる声。その優しさが今は少しだけ苦い。 「ぁ、あの……前の、怨霊になってしまった方の妹君の所には、部下の方が通ってらっしやったのよね……?」 「ああ」 「鷹頼さんも、やっぱり……その……」 聞こう、そう思ったが上手く口に出せない。 「あー……もしかして」 今までにない歯切れの悪い言葉が返ってくる。続きが聞きたい、けれども耳をふさいでしまいたい、そんな気持ちだ。何故? そんなのわからないけど、でも――。 「……通ったことのある女はいるが、今の所、北の方はいない。というか……」 北の方はいない、その言葉にホッとした自分がいて。何故? 自問する。それに妙に話しづらそうにしている鷹頼の言葉の続きも気になった。 「左大臣家の跡取りなんだからいい加減、身を落ち着けろと言われて数年経つんだが……その、婚姻が成立しない」 「……え?」 「三日目まで通えた試しがないんだ」 意外にも顔を真っ赤にして口元を抑える鷹頼。この世界の貴族の婚姻は三日夜婚(みかよこん)といわれ、三夜の間男性側が女性のところへ通い、情を通じ合えれば成立となる。 「どうも、運が悪いのか俺が気が利かないからか、怖がらせてしまったり怒らせてしまったり、なんだかんだで三夜通うのを諦めたことが数度。父上の持ってきた縁談も破談にしてしまったことがあってな……呆れられている」 「……意外だわ」 けれども華月はホッとしていて。 (何故? 鷹頼さんだって傷ついたでしょうに……何故私はホッとしているの?) 私だったらもう、怖がったりしないのに。怒ったりなんてしないのに――そんな気持ちが湧いてきて、華月の心中をかき混ぜる。 「そ、そうだわ。待宵草を一輪もらって行ってもいいかしら?」 「あ、ああ……」 強引すぎた。けれども話題を逸らしたかった。自分の心がよくわからなかった。 「情けない男だと思っただろう……?」 鷹頼のその呟きは、花を選ぶ華月には届かなかった。 *-*-* 「いつもありがとう」 動揺を残しつつも、屋敷を辞す際にはしっかりと挨拶をして。 「原因究明に頑張るわ」 「ああ。何かできることがあったら手伝わせてくれ」 正直、後ろ髪を引かれている。もう少し鷹頼の側にいたいという理由のわからぬ思いが華月を支配している。 けれどもそれを押しとどめたのは使命感のようなもの。 (こんな自分でも誰かの為に出来る事がある。だから頑張るわ) きゅっと勾玉の入った拳を握りしめて、華月は自分を支配しようとしている謎の思いとともに左大臣邸を後にした。 【了】
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