それはある日のトラベラーズカフェ。 己が秘めたる能力を伸ばし高めるため、同じ退魔師家業の好敵手をさがしていた臣 雀は、カフェの入口で不審な背中を見つけた。 中に入ろうか入るまいか迷っているのか、半身を乗り出しては引っ込める、そんなことを繰り返している。 長く美しい黒髪に蝶の髪飾り。麗しい少女と思しき後ろ姿は雀の視線に気づかずに、まだうろうろとしている。「ねえねえ」「……っひゃあっ!?」 雀としては優しく声を掛けただけだったが、相手はとても驚いたようで、壁に張り付くようにして少し泣きそうな顔をしている。「あ、あの……私……怪しいものじゃ……」 行動は若干怪しげだったが今の雀と彼女の様子を事情を知らない人が見たら、雀が彼女を怯えさせているようにみえるかもしれない。「そんなに怯えないでよ。あたし何もしないよ。それはともかく、入らないの?」 雀が指すのはカフェの中。少女は「あ……」と小さく呟いて、ゆっくり首を振った。「……今日は、もう、いいの」「何か用事があったんだよね?」「……ええ、でも……」「よかったら、あたしに話してみない? なにか役に立てるかもしれないし」 雀はぽんと胸を叩いてウィンクしてみせる。すると初対面ながらも相手が小さな女の子だったからか、それとも雀の笑顔に心ほぐされたのか、少女は小さく笑みを見せた。「あたし雀。臣雀だよ」「あ……私は華月よ」 *-*-*「……というわけで」「手合わせをしたいんだよね?」 あの後カフェで華月も退魔家業の好敵手を探していたと知って、雀は勢いよく名乗りを上げた。それは華月にとっても嬉しいことで、本当に初対面の相手よりは会話を通じて少しでも打ち解けた相手の方がよかった。 そしてそのままコロッセオへと向かい――向かいがてら他愛のない話をして更に意気投合しつつ――使用の予約だけでもと思った所、丁度キャンセルが出て空いているというのだ。「今日なら新しいフィールドが使えるぞ」「え? どんなの?」 リュカオスの言葉に雀は興味津々である。華月もまた気になるようで、瞳に期待を覗かせながらリュカオスを盗み見ている。「新しく発見された世界があることは知っているだろう? その中の一つ『夢浮橋』のフィールドだ」 その声とともにコロッセオに映しだされたのは、屋敷と思しき建物。だが建物は壱番世界で言う和風である上、よくよく見ると柱はあるが壁で区切られてはいない。代わりにすだれのような御簾(みす)、布で作った衝立である几帳(きちょう)、そして屏風などで隔てられていた。他には普通は壁の代わりに壁代(かべしろ)という布を使うのだが、現在は取り除かれているという。「これは貴族の邸宅の再現だ。この通り壁は殆ど無いが、遮蔽物はある。これを上手く使って戦うのがいいだろう。それと、一箇所だけ出入り口が一つしか無い密閉空間がある」 塗籠(ぬりごめ)と呼ばれる空間だ。納戸や寝室として用いられたこの部屋には、明かり取りの窓はあるが出入り口は一つしか無い。「夢幻の宮によれば、寝殿造りという貴族の邸宅らしい。戦い方次第では遮蔽物を利用しながらも、攻撃することで取り除いて広くしても戦える。どうだ?」 リュカオスの言葉に雀と華月は目を合わせて頷いて。「やるよ!」「やるわ!」 声を合わせて挙手をしてみせた。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>華月(cade5246)臣 雀(ctpv5323)=========
(私は、少しは強くなれているのかしら。心も力も、過去と向き合えるくらいに。誰かを今度こそ、守れるくらいに) 開始の合図を前にして華月は思う。 かつて故郷では大切な親友を守れなくて。どれだけ自分を不甲斐ないと思ったことだろう。 今は? 今の自分はあれからどのくらい成長した? その答えがこの戦いにあるきがする。 (貴族の大邸宅かあ。実家とちょっと雰囲気が似てる。うちは中華風だから、少し感じは違うけど……懐かしいな) 臣 雀は目を細めて寝殿造りの邸宅を眺める。雰囲気の似た佇まいに、思わず郷愁が胸を占める。けれども今は郷愁に浸っている場合ではない、雀は思い直してひとつ、頷いた。 「戦闘訓練なんて久しぶり! 同じ退魔師同士 手加減なしで挑んできてね」 「ええ、よろしくお願いするわね」 雀の無邪気な明るい笑顔につられ、華月も自然、笑みを浮かべる。これから戦いを始めるのだが、何も憎みあっている者同士ではないのだから、こういったやり取りも大切だろう。もちろん両者とも、戦いが始まれば手加減などせず己の力を発揮するつもりだ。 「そろそろいいか?」 二人のやり取りを見ていたリュカオスが声をかけてくる。二人は頷いて、そしてすっと引き締まった表情を見せた。いつ開始の合図があってもいいように。いつでも戦闘に入れるように。 「では、始め!」 コロッセオ内にリュカオスの声が響き渡る。 雀が一段抜かしで階(きざはし)を上がるのを追うようにして、華月も邸内へと上がった。 華月が階を上がりきった時、既に雀の姿は御簾の向こうに消えていた。その小さな身体と素早さを生かして早々に邸内に入り込んだのだ。華月は気配を感じ取ろうとしながら御簾を上げて邸内へと入る。壁代が取り払われているおかげか、燭台に火が灯されていなくともあまり暗くは感じない。 す、すっとすり足で、全身で気配を探りながら板張りの床を進む華月。雀は几帳の裏か、屏風の裏か――。 ふっ……。 「!?」 しばらく足を進めたその時、御簾が揺れた。御簾の向こうに人影のようなものが見え、華月は反射的に足元に五芒星を出現させて自身を守る結界を展開する。まずは相手の戦法を見極めようとしていた華月は、その人影のようなものには攻撃せず、防御を選んだのだ。 「そこだ!」 「!?」 華月が御簾越しの人影に気を取られているのを見て、雀は思い切り火の呪符を放った。円に囲い込む形で呪符が放たれたが、それは華月をぐるりと覆う結界に弾かれて。落ちた火の粉が板張りの床を焦がす。 (呪符を用いていたわ……多彩で特殊な攻撃を用いる術師なのね) 炎の飛んできた方向へと視線を移した華月は、一瞬視界に入った雀の呪符を見て攻撃方法にあたりをつけ、警戒を強める。火をあらかた弾いた所で結界を解き、トラベルギアの槍を手に駆け出す! 華月の振るった槍が、雀に届く寸前、雀はひらりと身を返して傍にあった塗籠の外壁を駆け上がる。華月の槍の穂先は宙を突いた。だが華月は素早く反応し、槍を伸ばして壁を駆け上がっている雀を貫こうと追う。 シュンッ! タッ! 鋭く突き出された槍先を、雀は壁を足場にして跳躍することで避けた。くるくると宙で回転し、猫のようなしなやかさで華月の後方へと着地してみせる。そのまま間髪入れずにかけ出した雀の姿は、几帳の後ろに消えて。華月が振り返った時には既に姿が見えなくなっていた。 (さすが、身軽ね) 感心しつつ、華月は己の鋭い聴力に頼る。几帳の後ろからは既に雀は居なくなっているようだった。 (どこに行ったのかしら……) 几帳を避けて、慎重に邸内を進む華月。頼るのは己の聴覚と感覚。向こうも感覚を全開にして華月の気配を探っているだろう。けれども感知については華月のほうが上か――? 「そこ!」 花模様の美しい几帳。その影に気配を感じた華月は、無闇に近づかず、槍を伸ばした射程ギリギリから几帳の布ごと雀を突くつもりで槍を突き出す! ズサッ! だが、手応えはなかった。 槍の勢いに耐えかねて倒れた几帳の向こうから、後ろに飛び退いて今の一撃を避けたと思われる雀が姿を現した。 「華月さん、やるね。でもあたしも負けないよ!」 雀が放った護符から噴きでたのは煙――いや、霧だ。濃い霧が華月の視界から雀の姿を覆い隠していく。攻撃だと思いとっさに防御の結界を張った華月の周りだけは明瞭だったが、視界は悪い。どの角度から攻撃されるのかわからない。 ピカッ……ドゴンッ!! 案の定、華月の頭上あたりに雷が落ちてきた。けれども用心して結果を解かなかった華月は幸いにして無傷だ。結界を張ったまま反撃の隙を狙う華月に、その後も雷が数弾落ちる。 けれどもこの目隠し状態は長くは続かなかった。この邸宅は密閉空間ではないからして、霧が流れて行き、晴れるのも早かった。 だが、雀もそれはわかっていたのだろう、霧が薄くなった時には既にその場に彼女の気配はなかった。 *-*-* (貴族の邸宅ならアレが落ちてないかな?) 霧がすぐに晴れてしまうことはわかっていた。少しでも目隠しになれば御の字だと思っていたから問題はない。 雀は既に別の区画へ移動し、警戒しながらもあるものを探していた。 (貴族の女の人の着物……十二単) 貴族の邸宅といってもコロッセオが再現したものであるからして、あるかどうかは確証はなかった。けれどもそれを承知で首を巡らせた雀の視界に映ったのは、美しい襲の着物。香りを焚きしめるために伏籠に掛けられているのは、紅梅重ねの匂い(紅梅襲のグラデーション)の装束。地紋は八重梅を使用したこの装束は壱番世界の『源氏物語』という話の中で、紫の上という女性を象徴する衣装として登場するものとそっくりだ。 そのそばにも装束が立てかけるようにして飾られている。こちらは内側から紅、黄、緑、紺、濃縹など明るい色合いの組み合わせの色々重ねだ。一番外の青鈍の表着には白で藤立涌が織り出されていて、こちらは源氏が選んだという空蝉の君の装束によく似ている。 「空蝉……」 ぽつり呟いた雀は色々重ねの装束を衣装立てから取り外し、その中に呪符を仕込む。風の呪符の力でふわふわ浮いた装束はまるで蝶々のよう。雀は紅梅重ねの匂いの装束にも同じように呪符を仕込み、他にも置かれていた袿にどんどん呪符を仕込んでいく。 「できたっ!」 その数十二。 シュンッ! 雀が己が造り出した装束の蝶の完成に喜んだ一瞬の隙。空を切って飛来した何かが雀に迫る。 「っ……!?」 寸前で気がついた雀は身体をひねるようにして身をかわしたが、鋭い部分が彼女の頬を切りつけ、引っかき傷に似た切り傷を作った。滲む血は紅。 カタンと落ちたそれを見れば、美麗な絵が描かれた檜扇であった。檜扇が飛来した方角を見れば、華月がこちらへ駆けて来るところである。 「行けっ!」 雀は素早く風の呪符に命令を発し、先ほど創りだした装束の蝶を飛ばす。まさしく空蝉の蝶はひらひら、ふわふわと華月へ迫る。 「綺麗でしょ?」 幼子特有の無邪気さで笑む雀。華月は迫り来る装束の蝶の妨害を何とかしようと槍を突き出そうとする。 「でもね」 ドスッ。 ゴウッ!! 「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」 槍が装束の蝶のうち一羽を貫いた瞬間、火柱が上がった。中に火の呪符が仕込まれていたのだ。火柱は槍を手にした華月の腕を焼く。熱さと悲鳴が漏れる。 「触った途端にボン! て火柱がたつよ。火傷しないよう気をつけて?」 その光景を余裕の表情で見ている雀をキッと睨みつけ、華月は火のついた腕を叩いて何とか消火を果たす。衣服についた火が延焼してしまっては戦いどころではなくなる。だがその間に、華月は装束の蝶にほぼ囲まれていた。 (触れただけで火柱が立つ……何とか包囲から逃れなくては) さっと視線を動かして、包囲の薄い部分を見つけた華月はその隙間を突破する。装束の蝶は華月を半分囲んだまま、追いかけてくる。その後ろから雀が駆けてくる小さな足音が聞こえた。だが華月に振り返っている余裕はなかった。なんとか逃れて反撃に移らねば、そう考える。 ズキズキと火傷した腕が痛む。この時華月はまだ気がついていなかった。 雀は呪符に命令を飛ばしながら、自身の策が上手く行っていることを確信していた。華月は気がついていないようだが、蝶の包囲が一部薄かったのはわざとである。そして半分囲い込むようにして装束の蝶が彼女を追い込むのは――。 「!」 もはや逃げ道はなかった。華月は目の前の入り口に飛び込む。そして飛び込んだ所で気がついた。そこが壁に囲まれた空間であることに。 (!? 追い込まれたの!?) そう、そこは塗籠。ここに追い込むのが雀の策だった。長物である槍を武器とする華月には狭い空間は分が悪い。早く外に出なければ、そう思った時には既に遅かった。大量の符が戸口を覆い、華月を閉じ込めていく。ちらりと符と符の隙間から見えた雀の表情は、勝利を確信しているようだった。 ザァッ……。 「水!?」 そして塞がれた塗籠内に注ぎ込まれるのは大量の水。一体どこから出てくるのかと思えば、雀の水の符が塗籠内に大量に入り込んでいた。 華月の背丈よりも上方から注がれる水は、床に落ちて飛沫を散らせながら水たまりを作っていく。足が冷たい水に浸り、飛沫で衣服が、頬が濡れていく。 (このままじゃ……) 水牢の如く姿を変えた塗籠内で華月は考える。その間にも水はどんどん溜まっていき、膝を越した。 「ホントはこんな卑怯な手使いたくないけど……ホントの戦いなら手段を選んでらんないもん」 戸の代わりの符の壁の向こうから雀の呟きが水音に混じって聞こえた。 (兄貴が言ってた。あたしに足りないのは非情さだって) 立派な退魔師になりたかったら心を鬼にすることも必要だ。そしてそれは今だと雀は確信している。 「降参するまで外に出してあげないよ。どうする?」 水音に負けぬように声を張って、雀は華月に問いかける。だが華月からはいらえがない。 (どうしたら……) 華月は考えていた。このままでは完全に追い詰められてしまう。たとえ水から自身を守る結界を張ったとしても、そのまままでは膠着状態がつづくのは目に見えていた。雀は華月が降参するまで戸口を開ける気はないらしいから。 迷う、迷う。迷って、華月は瞳を閉じた。そして思い出したのはかつての親友のことと自らの決意。 (もしここに揚羽がいたら、私はどうやって守るかしら……?) 黒髪に留まる蝶にそっと手を添え、考える。 過去と向き合い、誰かを今度こそ守れるようになりたいと思っていたのではないか? だとすれば、こんな追い詰められた場面でも突破口を探すことを諦めてはいけないのではないか? 考える、考える。俯いて増えていく水ばかりを見つめていた視線をふと動かしたその時。 「! そうだわ!」 出口がないのならば作ればいい。その視線は壁に向いていた。 *-*-* (華月さんの返事がない……どうかしたのかな) 返事がないことで鎌首をもたげた不安を首を振って吹き飛ばす雀。非情になるって決めたんだから、ここで情に流されてはいけない。もしかしたら、返事をしないのも相手の作戦かもしれない、そこまで読んでおかねばきっと駄目だ。 自分は符で作った戸口の結界を死守すると決めたのだから――そう雀が思ったその時。 ドガァァァァァァァァッ!! 轟音を立てて壁が吹き飛んだ。いや、壁に穴が開いたのだ。そこから大量の水が流れでて、簀子を伝って庭園へと流れ出ていく。 「えぇっ!?」 あまりの事に、雀は思わず驚きの声を上げた。自然な決壊とも思えぬから、華月の仕業だろう。おっとりした彼女からは想像できぬ力技に、少しばかり固まる。 「お待たせ」 水の勢いが収まった所でその穴から姿を現したのは、槍を手にした華月だ。槍に結界を纏わせて攻撃することで、壁に大穴を開けて出口を創りだしたというわけだ。出口がなければ作ればいい、その理屈で。 (私はこのまま負けていいはずはないの) 衣服が濡れそぼって身体にくっついて多少動きにくいが、それも実戦で起こらないとはいえない状況だ。華月は一気に雀との距離を詰める。だが雀もいつまでもあっけにとられているはずはなく、素早く後ろに飛び退きながら雷の符を放つ。 しかし華月はその雷を槍で受けた。槍に結界を纏わせているのだ。衝撃で少し手がしびれるが、槍を握れぬほどではない。華月は追い立てるように何度何度も槍を繰り出す。その度に雀は素早く後退し、符を放つ。けれども華月は攻撃を槍の結界で受けて、再び突き出してくる。 雀の額に冷や汗がにじみ始める。 「あっ……」 いつの間にか簀子の端の高欄にまで後退してしまっていた。腰に欄干の感触を受けた雀は一瞬迷う。追い詰められた――でも。 タンッ! 華月が槍を突き出すのに合わせて雀は簀子を蹴った。腰に当たる欄干を支点として上半身の重心を後ろへとかける。 「!」 驚いたように華月が目を見開いたのを雀は見ることは出来なかった。その時は彼女の頭は真っ逆さまに砂利敷の庭へと向かっていたのだから。 「!?」 慌てた華月が欄干に駆け寄る。しかし雀の身体は落下の衝撃を受けてはいなかった。素早く足をたたんで身体を丸め、くるりと一回転。高さ的にはギリギリだったが砂利敷に着地した。 欄干に視線を向ければ、華月がほっとしたように息をついていた。雀も一瞬笑みを浮かべて。 けれどもそれは互いに一瞬のこと。次の瞬間華月は欄干に片手をついて飛び越えた。そして着地の衝撃を物ともせずに次の動作へ移る。 既に着地地点から離れていた雀は懸命に符を放った。だが、華月は地面に槍を突き立て、その反動で空に舞い上がった! 抜き取った槍とともに飛び上がる華月。上空から、串刺しにするように勢いをつけた槍が降ってくる。雀は槍から逃れようと身体を動かした。だが。 「わぁっ!?」 槍が雀に到達するにはまだ距離があったはずなのに、その目測は強制的に狂わされた。華月が槍を伸ばしたのだ。 雀の予測より早く、槍先が雀を襲う。何とか重心をずらして直撃は避けたが、その反動で体勢を崩してしまい、雀は砂利の上に尻餅をついてしまった。 ドスッ――。 槍先が尻餅をついた雀の足の間の地面に突き刺さり、直後に華月が砂利を踏んで着地した。 「そこまで!!」 リュカオスの声が響く。 「勝者、華月!」 「勝った……の?」 その声に緊張を解いた華月は信じられぬ思いでつぶやいて。 「ああー負けちゃったかぁ。まだまだ修行がたりないなぁ」 雀は残念そうに、だが悲壮感なく声を上げた。華月は我に返ってそっと雀に手を差し出す。 「その、あの、どうもありがとう」 「こちらこそ!」 華月の手をとった雀はにっこり笑って。 「負けちゃったけど、楽しかったよ!」 「私も。声を掛けてくれて、真剣に戦ってくれて、とても嬉しかったわ」 おっとりと微笑む華月の胸は、まだ勝利に弾んでどきどきしていた。 「次に戦うときは負けないよ!」 「私もよ、次も負けないわ。負けていい理由がないもの」 明るい声と笑みがコロッセオ内に響き渡る。 「いい戦いだったぞ。フィールドをよく理解し、利用していた」 リュカオスは満足気に言い、二人を傷の治療のために誘導するのだった。 【了】
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