オープニング

 単身者向けに作られたと思しきアパートメント。その二階部分へと上がる階段に丁度片足をかけたとき、コージー・ヘルツォークはこちらに向かって近づいてくる足音に気がついて自然、顔を上げた。
「あ」
「……ぁ」
 二階部分から下り階段に足をかけようとしていた人物もコージーに気づいたらしく、二人はほぼ同時に声を上げた。
 コージーは明るい表情でその人物を見つめ、反対にその人物――クローディア・シェルは見つかりたくない人に見つかってしまったような、渋い顔をみせた。
 コツコツコツ……手すりに白い手袋に包まれた片手を沿わせながら、彼女は一段一段階段を降り来る。残りが三段くらいになったところでコージーが差し出した右手の意味をすぐに察したのか、彼女はその手を取って優雅に階段を降りきった。
「久しぶり、クローディア。出掛けるところだったみたいだけど」
「ええ、少し用事があって」
「そっか。じゃあ無理強いするわけにもいかないし、またの機会にするかなぁ」
 頭をポリポリと掻いて困ったように笑うコージー。彼をチラッと見て、クローディアは小さくため息をついたようだった。
「……コージー、あなたの用件は何? 告げる前から諦めるくらいの内容なのかしら?」
 少し棘が感じられる物言いだったが、コージーはあまり気にした様子はなく、いつもの優しげな表情のままだ。
「そんなことないよ。ただ、せっかく自主的に出かけようとしているのを邪魔したくないなあとも思ったから」
「言って」
「え?」
「いいから言ってみて、用件」
 気になるじゃない、クローディアはそう言って先を促す。コージーはじゃあ言うよ、と笑顔を浮かべた。


「クローディア、おれとデートしよう!」


「!?」
 笑顔で紡ぎ出されたその言葉を、クローディアは理解するのに時間がかかっているようで、一瞬わずかに驚きを見せた後、固まった。
「そろそろ0世界にも慣れてきた頃だろ? 行きたい所があれば付き合うよ」
「コージー……あなた、『デート』の意味知ってて言ってるの?」
「? 知ってるよ」
 いつも通り明るくクローディアに話しかけるコージー。彼女は少し当惑したような表情で。
「……なら……」
「ん?」
「私の行きたいところに付き合ってくれるならいいわ」
 少し照れたように頬を染めたクローディア。承諾を貰えてコージーは笑顔を浮かべる。
「勿論、クローディアの行きたいところに付き合うよ! 何処に行きたい?」
「そうね、まずは……」




 *-*-*



 そうして画廊街のリリイ・ハムレットの店、『ジ・グローブ』に連れて来られたコージーは、なぜか店の外で待たされていた。
(ここで待ってて、ってクローディアは言ったけれど)
 服の製作を頼みに来たのか? そう思ったコージーの疑問は、程なく解消されることになった。
「お待たせ」
「クローディ……」
 店から出て来たクローディアは、いつものドレス姿ではなかった。
 フリルのついた白いブラウスにスカーフ。スカートは細かいプリーツの入ったミニスカート。ストッキングやタイツではなくニーソックスを身に着けている所が淑女というより少女らしくて、意外だ。
 ドレス姿を見慣れていたコージーが言葉を失っていると、クローディアは拗ねたように声色で。
「今日、これを受け取りに来る予定だったのよ。どうせ似合わないのはわかっているけれど、ドレス以外もあったほうがいいと思って……特別な時に着たいじゃない」
 普段はドレス姿の多い(時にはワンピースで我慢するときもある)彼女にとって、それ以外の服のほうが『特別』なのだ。
 よくよく考えて見れば、訪ねた当初彼女が微妙な表情をみせたのは、タイミングが悪いと思ったのかもしれない。恐らく、次にコージーに会うときは今日受け取る予定だったこの服を着たかったに違いなかった。
「次も付き合ってくれるんでしょう?」 
 褒め言葉をもらうのを諦めたのか、クローディアは視線を次の目的地の方向へ向ける。
 どうやら次は不動産を見たいようだった。


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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
コージー・ヘルツォーク(cwmx5477)
クローディア・シェル (cpmx1453)
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品目企画シナリオ 管理番号2591
クリエイター天音みゆ(weys1093)
クリエイターコメントオファーありがとうございました。天音みゆです。
完全おまかせでしたので、クローディアの行きたいところに付き合って頂く形に致しました。
……姫様なんかツンデレ気味な気も致しますが。気のせいでしょうかね。
あんな態度とってますが、本人はコージー様と出かけられて喜んでいるようです。
わかりにくかったら申し訳ありません。
わざわざ着替えたのも、新調した服でデートしたかったからみたいですよ!

場所が0世界ということでデートコースに悩んだのですが、
『ジ・グローブ』の前からスタートです。
クローディアは次は不動産を見たいとのことです。
今の仮住まいのアパートから、ちゃんとした住まいに移りたいようですね。
どんな家、部屋が良さそうか、アドバイスしていただければと思います。
一応今のところは、カロとヒロとの同居の予定はないようです。

その後の予定はありませんので、お茶に誘うなりどこか別の場所に誘うなり、お任せいたします。
ただし、あまりたくさんの場所を指定なさると一箇所の描写が薄くなりますので、できるだけ絞るほうがお勧めです。

それでは、デート楽しんでくださいませ。

参加者
コージー・ヘルツォーク(cwmx5477)ツーリスト 男 24歳 旅人

ノベル

 心弾む。いつも以上に自分がウキウキしていることに気がついて、少し恥ずかしいけれど、でも、これって悪いことではない。
 彼女を知るのが嬉しくて、楽しくて。


「服、似合うよ、凄く可愛い」
「……いいのよ、無理しなくても」
 すたすたと歩いて行くクローディア・シェルを大股で追いかけながら、コージー・ヘルツォークは胸の前でぎゅっと拳を握りしめて。
「無理なんかじゃないよ! さっきはちょっとびっくりして言葉が出なかっただけだ。色々と着せ替えたいサクラの気持ちがわかるな」
「……そう」
 小さく答えた彼女の顔を横から覗きこむと、頬が少し赤くなっていて。言葉と裏腹のその顔色にまたひとつ、嬉しくなる。
 特別な時に着たい服だと言われたということは……
(もしかしておれも少しは「特別」なのかな)
 なんてちょっと自惚れてみれば、心が暖かくなる。自惚れたっていいじゃないか。


「おれ、いつも野宿ばっかりだからなぁ。アドバイスできるかなぁ」
 不動産屋にて、隣合わせで椅子に腰掛けた二人を、業者のおじさんはファイル片手ににこにこと見つめている。
「ご夫婦かな?」
「ふっ……!?」
 クローディアが業者の不意打ちに引き攣れた声を上げる。コージーは彼女の反応の意味がわからず、「夫婦じゃないけど一緒に住んでもいいよ」なんて笑顔で口にするものだから。
「そ、そんな、一緒に住むなんて、か、簡単に言うものじゃないでしょう!?」
 真っ赤になって立ち上がったクローディアがコージーを見下ろして、怒ったように言うのが理解できない。
「わかったわかった、そんなに怒らないで」
 本当に住んでもいいのにな、なんてコージーはルームシェア的意味で思ったのだが……「女心がわかっていないんだから」なんてぶつぶつと呟かれてしまって。でも、今の怒り方はなんだか生き生きとしていて可愛いと思った。最近彼女、なんだか無気力っぽかったから。
「どんな条件のお部屋をお探しで?」
「なるべく綺麗で……ひとつでいいから広い部屋があったほうがいいわ」
 クローディアの言った条件を業者がファイルに向かって述べると、パラパラパラ……ファイルから自動的に該当した部屋の間取り図を印刷した紙が飛び出てきた。これはこのおじさんの能力なのだろうか。
「すごい!」
「……」
 二人は目を丸くして。
「うーん、ここは日当たりがよさそうだし、こっちは安全そう。あっちはリビングが広いし……」
「あなたって……」
 間取り図を手にしながらあっちもいいこっちもいいと呟くコージー。彼はどんな場所からもいいところを見つけるのが得意のようだとクローディアは思う。これはきっと、場所にかぎらず対人でもそうなのだろう。彼は人のいい所もすぐに見つけてしまうはずだ。
「クローディアが昔住んでた部屋、参考に教えてくれないかな?」
「……。ナラゴニアでは、オリーヴィアの娘の部屋に住んでいたのよ。続き部屋のある、広い部屋」
「じゃあ、覚醒前は?」
「……」
 そういえばコージーには話したことがなかったか。クローディアは言葉に詰まって一瞬瞳を閉じて。
「出ましょう。ごめんなさい、また来るわ」
 椅子から立ち上がって、業者にそう告げて不動産屋を出てしまった。コージーも慌てて立ち上がり、頭を下げた後彼女を追いかける。
「ごめん、クローディア」
「……なにが?」
「なにか、気に障ったんだよな。何かはわからないけど、教えてくれればこれから気をつけ……」
「違うの!」
 後ろから彼女の顔を覗きこむようにしていたコージーは、彼女が鋭い声を上げたことに驚いた。動きを止め、彼女を見つめる。
「あそこでする話じゃないと思ったから……」
 ぽつり、呟いてクローディアは続けた。
「コージーは私の力、知っているでしょう? この力、元の世界では国主の独裁政権を影から支えるために使わせられていたの。城の、奥深くに隠されるようにして、物心ついた時から私はそこにいたの」
「え……」
「部屋は広くて清潔だったけど窓がなくて。本と紙とペン以外は必要最低限のものしかなかったわ。本だけはたくさんあった。知識を得るために。カロとヒロは、最初は年下の遊び相手だったけど、のちのち世話係になって――」

「無理に話さなくていいよ」

 コージーはその大きな胸板にそっとクローディアの頭を抱き寄せた。彼女が、とても辛そうで泣きそうな顔をしていたから、どうしていいのかわからなくて。彼女には笑って欲しかった。だから、これ以上辛い顔は見たくなくて。
「ごめんな、辛いこと話させて」
「あの時は辛くなんかなかったのよ。それが生活の全てだったから。でも、もう少しだけ、このままでいさせてくれると嬉しい――」
 彼女が静かに目を閉じて安らいだ表情を見せたのは、気のせいだろうか。そんなの関係なしに、彼女が望むなら、コージーはいつまでもそうしているつもりだった。


 *-*-*


「コージー君?」
「あ、アイノさん、マルクスさん!」
「!?」
 そのやり取りを聞いて、クローディアはばっとコージーから離れる。コージーの知り合いにこの状態を見られるのが恥ずかしいようだが、コージー自体はそのままでいいのに……なんて思っていた。
「久しぶりだねぇ」
 傍目に見れば抱き合っている様子だったのに余計な詮索をしないのは、重ねてきた年月と経験故か。コージーに声をかけた老夫婦は、にこにこと微笑んで彼を見ている。
「お久しぶりです。クローディア、この人達は俺が覚醒当初世話になった下宿の管理人夫婦で……あっ!」
「「ん?」」
 声を上げたコージーに、アイノとマルクスは小首を傾げて。顔を赤くして伏せていたクローディアも、怪訝そうに顔を上げた。
「おじさん、いま部屋って空いてますか?」
「ん? 空いてるが……コージー君、戻ってくるのかい?」
「いえ、彼女が部屋を探していて」
 かくかくしかじか、事情を話せばマルクスは、彼女がナラゴニア側の人間だったと説明しても嫌な顔一つせずにコージーの話を聞いて。
「彼、いい子でしょう?」
「あ、え……そうですね、とても優しいです……」
 男二人が話し込んでいる間にアイノに話しかけられ、困ったようにクローディアは答えた。当たり障りの無い答えのように聞こえるが、不意に出てしまった本心。
「きちんと捕まえておきなさいよ」
「……え?」
 クローディアがきょとんとして、赤くなる前に今度はマルクスから声がかかった。
「お嬢さん、よかったらうちに来ないかね? そこそこ古いが綺麗に掃除はしているし、今は一番大きな部屋が空いているよ」
「良ければ、どうかな。おばさんの料理は凄く美味しいんだ」
 食事は夫妻と一緒にとることもできるし、望めば別にすることもできる。家族のように温かい下宿人達のいる場所だから、ここだったら安心して預けられるとコージーは思う。
「えと……あの、その……私、家族とかそういうのあまりわからなくて、おそらく普通の生活というのもあまり経験がなくて、迷惑をかけてしまうと思うから……」
「あら、それならうちで学んでいけばいいわよ。下手に一人暮らしさせるよりコージー君も安心でしょう?」
 アイノの言葉にコージーは大きく頷いて。
「困ったことがあれば二人が手伝ってくれるさ。色んな世界から来たばかりのロストナンバー達を世話してきた人達だから、それぞれの世界の常識が違うのにだって慣れてる」
「……コージーのおすすめなら……でも、私なんかがお世話になって本当にいいの?」
「『私なんか』とか言わない!」
 怒ったような顔を作ったコージーを見て、クローディアは「ごめんなさい」と呟いて笑った。
「それじゃあ、よろしくお願いするわ」
 ぺこり、頭を下げる彼女を見て、コージーの胸に嬉しさがこみ上げる。0世界でのクローディアの居場所ができていくのを実感したから。
 彼女が笑顔で過ごせるように助力は惜しまない、と改めて決意して。
「引越しって手伝い要るよな? ああ、そうだ、落ち着いたら依頼にも一緒に行こうか」
 これから、一緒にやりたいことが沢山浮かんできた。


 *-*-*


 新しい住まいも見つかり、引越しは後日ということになり、二人は余った時間をコージーのエスコートで過ごすことにした。
 ハンバーガーをテイクアウトして(コージーはメガサイズを3つだ)0世界の高台にあるベンチに座る。クローディアにバーガーを手渡して、自分の分のバーガーの包みを開けてかぶりつくコージー。まだ暖かいバーガー。肉汁がじゅわっと染み出して美味しい。
「まだ知り合ってない人が0世界にこんなにいて、ここから繋がる世界にはもっといるんだろうなって。出会えたのって奇跡みたいだよな」
「奇跡……そうね」
 ぱくり、小さな口でバーガーに噛み付いたクローディアを横目で見るコージー。両手にバーガーを持って言うものだから、せっかくのいいセリフが若干残念になっているが、おいしい、と彼女が呟いて嬉しそうな顔をしてくれれば、それで充分だと思える。
(いつかはおれの世界も……)
 見せてみたい、そう思う。
 高原に渡る風と近い空、賑やかな歌。
「おれの村はさ……」
 コージーが語る故郷の光景を、クローディアは黙って聞いていた。聞いているとアピールするためか、時折頷き返してくれたりするから、それだけでいい。
「素敵なところなのね。私は自分の故郷といったら窓のない部屋しか覚えていないから……羨ましい」
「そっか。じゃあ、いつかおれの故郷の世界も見せてあげたいな」
「そうね、見てみたい……」
 するりと出て来た言葉はおそらく彼女の本心だろう。いつの間にか、機嫌の悪さというか刺々しさを見せなくなっていた彼女。あっちの彼女も本物の彼女かもしれないが、なにか虚勢を張っているようにも見えた。だからこうして力を抜いて、自然体でいるように思える彼女を見られるのは、とても嬉しい。それが、自分がきっかけであることも。
「コージー、口元、ついてるわ」
「え? んん?」
 指摘されて慌てて右側を拭ったコージー。
「そっちじゃないわ、こっちよ」
 そっと、彼女の手が伸びてきて。紙ナプキンでコージーの口元を拭きとってくれた。頬に触れた白手袋越しの彼女の熱が、心地よくて。
「!」
 思わずその手を掴んで頬に押し付けてしまった。
「あ、ごめん!」
 彼女が硬直してしまったから、慌ててその手を離す。自分でも無意識の行動だったから、何故そんなことをしたのかもわからなかった。けれども、彼女の熱が心地よいと思ったことは覚えている。
「……気にしないで」
 そう言った彼女は俯いてしまった。ほんのりと頬が赤らんでいるのがわかる。照れ屋なのだろうか。
「あれっ、もうこんな時間か」
 なんとなく腕時計を見たコージーのセリフに、彼女の肩がびくっと震えた。
 クローディアは、もうおしまいの時間だと思ったのだ。無意識に、手に持ったバーガー入りの包みを握りしめてしまう。自分でも何でこんなにおしまいの時間が来るのがショックなのかはわからなかったけれど、もう少し彼といたい、そう思ったのだ。
「行こう!」
 だからコージーがベンチから立ち上がって手を出した時、クローディアは驚いたような表情で彼を見上げた。
「実はさっき予約入れたんだ」
「……え?」
 彼女が手をとってくれないから、少々強引かと思ったがコージーは自分からクローディアの手をとって。
「クローディアの行きたい所に付き合ったから、今度はおれの行きたい所に付き合ってほしいんだ」
「そ、それはいいのだけれど……」
 手を引かれるようにして立ち上がった彼女は、少し安心したような、嬉しそうな表情を浮かべていた。その事実に、彼女自身は気がついていないかもしれない。
「美味いって評判の店にかたっぱしから予約を入れたんだ」
「え、えぇ!? 私、そ、そんなに食べられないわよ?」
「大丈夫、クローディアが残した分はおれが食べるから。ほら、行こう!」
 コージーが歩き出したから、クローディアはそれについていくように小走りで付き従って。それに気づいたコージーは、若干歩幅を抑えて、彼女に歩くスピードを合わせた。


 まだまだデートは終わらない。
 これから、食べ歩きだ。



      【了】

クリエイターコメントオファーありがとうございました。
ノベルお届けいたします。

いかがだったでしょうか。
暴走歓迎とのことでしたので、こちらで色々と付け加えつつ、姫様の覚醒前の話は丁度トリガーが有りましたのでこのような形で話させて頂きました。

最初、オファー文を見た時、いろいろな意味で驚きましたが……デートしてみれば今の彼ららしいデートになったのではと思います。
今後、更にステップアップする機会は訪れるのでしょうか。
なんて煽ってみました。

重ねてになりますが、オファー、ご参加ありがとうございました。
公開日時2013-04-19(金) 21:50

 

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