ターミナルには様々なお店がある。ベーシックなものから奇をてらったものまで様々だ。 その中でもちょっと分類し辛いのが『イタズラ好き』の名を冠した３軒の店。『レストラン ミスチヴァス』『Cafe ミスチヴァス』『コスプレ喫茶 ミスチヴァス』 この３軒は経営者が同じ、いわゆる姉妹店である。 ただ片方は瀟洒な建物で、片方はメルヘンチックな建物で、もうひとつは……そういう建物なのだ。隣接してはいるが、違和感は激しい。 今回はそのCafeの方への招待である。 カラカララン……ピロピロロン……。 ビスケットのような扉を開けると、なんだかメルヘンな音が出迎えてくれた。目に入った店内はパステルカラーがセンスよく配置されていて。天井からは雲や星、ペガサスや蝶、トナカイなどのオーナメントが吊り下げられていて、一気にメルヘンの世界に導かれる。 ところどころに張られている張り紙は、ちょっと気になってしまうようなものばかり。 懐中時計を持ったウサギの絵の横に『僕と一緒に走ってくれるアリスを募集中。時給はトランプ３枚』。 お腹の大きな狼が眠っている側で赤ずきんとおばあさんと狩人が喜んでいる絵の横には『赤ずきんの特性料理、完食できたらご褒美あげちゃう！』 など、おそらくバイト募集や大食いメニューの案内であろう張り紙がメルヘンチックにアレンジされていた。 もちろん客席も凝っていて、ロールケーキを模した椅子にミルフィーユのテーブルのコーナーがあれば、パステルピンクの花型のテーブル、椅子の座面と背面も開いた花の形をしているセット。床のタイルには緑の草が描かれているコーナーも。こちらは隣近所に色違いの花のテーブルセットが置かれていて、まるで自分たちが小さくなって花畑にいるようだ。 他にも色々なメルヘンちっくなコンセプトで座席が用意されている。 また、スイーツには一段と手が込んでいて、そのメニューは写真が載っていないので一見しただけではどんな料理が出てくるのかわからない。かろうじて『ケーキ』『その他スイーツ』『軽食』『ドリンク』のカテゴリはあるものの、補足説明が殆ど無い。 そこに勤めているウェイトレスのコンダクターに聞いてみたところ、少しだけメニューの中身を教えてくれた。『レディ・カリスの腹話術』 ……狐のパペットをかたどった可愛いスポンジケーキにマカロンと、飴飾りを散らしたバニラアイスの載ったホカホカのアップルパイ。『リリイの優雅なポーカー』 ……トランプを模した精緻な細工の施されたビスケットの間にアイスを挟んだものとドーム状のババロアをスカートに見立てて飴細工の女の人が乗せられているもの。『アリスの血の滲む努力』 ……花火の刺さったざくろジュース。『シンデレラの昼下がり』 ……壱番世界でよく売られている半透明の乳酸菌飲料。『アリッサの悪戯とリベルのお仕置き』 ……左側には四角に折りたたんだクレープに、三色のフルーツソースがかけられて。そこにリベルを模したマジパンが添えられている。右側には三角に折りたたんだクレープに、ホイップクリームとチョコレートソースが模様のようにかけられていて。三角の頂点にマジパン細工のアリッサの顔が置かれていて、ドレスのようにも見える。 このメニューは誰のセンスなのかというと、どうやらオネエの店長（経営者とは別のようだ）が考え、パティシエとともに作り出しているらしい。「あらぁ～？ お客さまかしらァ～？ それともアルバイト希望？」 ちょうど今、店内清掃が終わって開店するところだったらしい。あなたを出迎えたのは噂通りオネエの店長と、狐耳の20代半ば頃のウェイトレス。そして金髪にゆるい巻き毛の少女ウエイトレス。 ここは制服も可愛い。襟元と袖口にリボンの付いたパフスリーブの半袖ブラウスに、胸元を下半分だけ覆う、深いカーブのついたベスト。ウエスト部分に幅のある、裾がふんわりとしたミニスカートに腰から下のふわふわエプロン。これが女子の制服だ。 男子の制服は、ギャルソン風らしいが……あまり男子はホールに出たがらないので目にする機会が少ないのだという。「お客様でしたら通常メニューも良いですが期間限定メニューもオススメよ」 狐耳のウェイトレスがパチンとウインクをして。「食欲に自信がおありで、甘いモノがお好きでしたら、メガサイズに挑戦されてはいかがかしら？ 全部食べきれば、プレゼントがありましてよ」 金髪のウェイトレスが少し高飛車に言い放った。 さて、あなたはCafeでの時間をどう過ごしますか？
吉備 サクラは若干緊張した様子で、カフェの椅子に座っていた。通されたのはリンゴを模した椅子に、アップルパイ模様のカウンター席。一人でもこのカフェのコンセプトを楽しめる席で、頼んだスイーツが届くのを待つ。その間にきょろきょろと店内を見回して、店の構造やウェイトレスの働きぶり、お客に出される料理やそれを食べたお客の反応を眺めた。料理を目の前にして嬉しそうなお客を見ると、サクラもなんだかワクワクしてきた。 「お待たせいたしました、『レディ・カリスの腹話術』とお勧めドリンクの『白雪姫の林檎』でございますー」 狐耳のウエイトレスが持ってきてくれたのは狐のパペットをかたどった可愛いスポンジケーキにマカロンと、飴飾りを散らしたバニラアイスの載ったホカホカのアップルパイ。飲み物はクラッシュアイスの入ったグラスに無糖のアップルティーを入れたものだ。 「ありがとうございます！」 ウエイトレスに礼を言って、サクラはナイフとフォークを利用してアップルパイを真ん中から切る。ホカホカのアップルパイは上に乗ったバニラアイスが溶け出して、白く化粧をしている。とろりと流れだしたバニラアイスの甘い香りが食欲をそそる。 一口大に切って口に入れれば、あったかさとひんやり冷たさが同居しているそれは一瞬にして融和して、口の中で混ざり合う。広がるのは上品な甘さ。 「甘くて幸せです、想像通り美味しいです、別腹で３個位行けそうです！」 スポンジケーキは可愛くカットされていて、狐にナイフを入れるのがためらわれる。でも残すのも失礼であるからして意を決してナイフを入れてみれば、ふんわり柔らかくて。聞けばスポンジの間のクリームは日替わりで、今日は青リンゴを混ぜたクリームを使っているらしい。林檎づくしだ。アップルティーに手を伸ばせば、鼻孔を林檎の香りがくすぐった。 「口をさっぱりさせる紅茶がまた……永久運動に突入しそうです！」 本当に別腹で３個位は行けそうである。口内をさっぱりさせた後はマカロンに手を出して。今日のマカロンはクランベリーとブルーベリーらしい。甘酸っぱさが心地よい刺激だ。 「はぁ……とっても幸せでしたご馳走さまでした！」 プレートを綺麗に平らげたサクラは伝票を手にし、レジカウンターへと向かう。正直な感想を述べれば、応対したウエイトレスも嬉しそうだ。 「ありがとうございましたー」 可愛らしい音のなる扉をあけて、サクラはミスチヴァスを後にした――。 ＊-＊-＊ ――はずだったのだが。 外に出て深呼吸。くるっと向きを変えて店に向き直ると、扉めがけて再び突撃したのだ。 「あの、このお店でバイトしたいです、是非ホールの体験バイトさせて下さいっ！」 「あら、あなた今……」 レジカウンターから離れようとしていた狐耳のウエイトレスが訝しげにサクラを見る。サクラはがばっと勢いよく頭を下げて。 「ごめんなさい、バイトをする前の気持ちであれだけは食べておきたかったので……すみません」 「あらまぁ、きちんと立場を分けて考えているなんて素敵じゃない？」 入り口でなにか話しているようだと気がついたのか、顔を出したのはオネエの店長。ここぞとばかりに自らの心構えと行動の理由を説明して、再びサクラは頭を下げる。 「バイトを始めたら、料理は美味しかったじゃ駄目だと思います。何にも考えずに幸せに浸るんじゃなくて、その時感じた幸せをどうお客様に伝わる言葉に変換するか、特に全メニューを覚えるまではそれが大事だと思うので……すみません」 「あら、謝ることはないわ～。いい心意気じゃない？ 体験バイト歓迎よ♪ あなたお名前は？」 「吉備サクラです」 「サクラちゃんね。アブリルちゃん、更衣室に案内してあげて」 店長は人好きのする笑顔で狐耳のウエイトレス、アヴリルに指示を出す。 「やる気のある子は歓迎よ」 アヴリルも悪い印象を抱いた様子はなく、色々と説明をしながらサクラを更衣室へと案内してくれた。 ＊-＊-＊ サクラに貸し出されたのは、アヴリルが着用しているのと同じ、襟元と袖口にリボンの付いたパフスリーブの半袖ブラウスに、胸元を下半分だけ覆う、深いカーブのついたベスト。ウエスト部分に幅のある、裾がふんわりとしたミニスカートに腰から下のふわふわエプロン。 髪はさっと三つ編みにして、着替えも手早く。レイヤーとしては着替えに時間をかけてなんていられない。 「あら、早いわね……似合うじゃない」 客に対するのとは違う素の口調でアヴリルに応対してもらえるのが嬉しくて。ありがとうございます、微笑んだ。 「店長、サクラちゃんの着替え、終わったわ」 「あら早いわね……じゃあ」 店長が屈むようにしてサクラの胸元に付けてくれたのは『見習中』の札。よく見ると厚めのクッキーでできたプレートにピンクのアイシングで『見習中』と書いてあって美味しそうだ。 「わぁっ」 思わず声を上げてしまう。こんな気の利いたお店で本採用になれればとても楽しくアルバイトができるだろう。 「このお店がメニューに写真を載せないのは、お客様の想像力を掻き立てるだけじゃなくて、お客様とホールスタッフが和やかな会話で繋がることも期待してるからじゃないのかなって思います」 高揚する胸を押さえることが出来ず、サクラの言葉は口から溢れ出てくる。店長もアヴリルもそれを嫌な顔一つせずに聞いてくれている。 「少しでも早く『お待ち下さい聞いて参ります』を減らせる接客したいです、そして本採用になりたいです頑張ります」 「そうね、頑張ってちょうだい～♪」 勢い良く言いたいことを言い切ったサクラ。店長は笑顔のままトレイと布巾を差し出した。 「とりえず最初は、テーブルの片付けとセッティング、お客さまを席へお通しすることとお水を出すこと、そこから始めましょう」 アヴリルは体験の子や新人の指示をするのに慣れているのだろう、サクラを連れて店内を回りながら、片付けとセッティングの仕方を教えていく。時折オーダーを取るために彼女は呼ばれたりもしたが、サクラはその間にテーブルを拭きながら他のウエイトレスの動きをしっかりと確認していく。教えられるだけじゃなく、自ら盗むのも忘れない。 「２つはかけもちしないと飢え死にしそうです、だから絶対本採用になりたいです！」 扉を開けた時に鳴る可愛いメロディが聞こえた。厨房から「いらっしゃいませー」の声は聞こえたが、ウエイトレスは皆お客に対応していて、新規のお客を案内することは出来ない。サクラは意を決して、走らぬように早足を心がけて入り口のお客様の元へと近寄っていく。 「いらっしゃいませ、何名様ですか？」 目元から笑うしっかりとした笑顔でお客に尋ねる。空席の把握はまだ出来ていなかったので少しばかりきょろきょろしてしまったが、それをお客に悟られないようにして案内をする。 「こちらのお席にどうぞ。こちら、メニューになります。お決まりの頃にまたお伺いいたします」 案内を終えてお冷を用意するサクラを、店長が厨房でこっそりチェックしていた。 「サクラちゃん、なかなかいいんじゃない？ 経験重ねれば戦力になるかも♪」 サクラのバイトが決まる日は、近いかもしれない！？ 【了】
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